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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

不味かった餌

(今日は予定が狂っちまったな…)
 ハーレイは腕時計を眺めて溜息をついた。
 予定通りに進んでいたなら、今頃はブルーの部屋に居た筈なのだが、仕方ない。自分も寂しいと思うけれども、ブルーはもっと寂しいだろう。
(…寄ってやれなくてごめんな、ブルー)
 約束をしていなかったことが救いと言えた。平日はどうしても仕事があるから、「必ず寄る」と予告出来る日は滅多に無い。
 だからブルーもさほど期待はしていないだろう、と考えながら愛車に乗り込んだ。
 前の生でのマントの色と同じ色をした、忠実な車。それを自宅に向けて走らせ、近くなった所で普段とは別の角を曲がった。
 その先に現れた、レストラン部門を併設している大きなパン屋。駐車場も備えられている。車を其処に滑り込ませて、おもむろに店の扉をくぐった。
 早朝から店を開けているから、いつもだったら仕事に行く前に訪れる店。



(ふむ…)
 今日はこれにするか、と田舎パンを選んでトレイに載せた。どっしりと目の詰まった田舎パンは大きく、食パンよりもズシリと重い。まさに食事パンといった趣き。
 焼いて良し、サンドイッチに使っても良し。この田舎パンはけっこう好みだ。
 店の看板商品でもある食パンと暫し迷った末での選択。此処の食パンは窯がいいと評判が高く、わざわざ車で買いに出掛けて来る人もいるほど。
(だが、今日の気分は田舎パンなんだ)
 ふんわりとした食感よりも、噛み締めたい気分。歯ごたえのある田舎パン。
 料理の得意なハーレイではあるが、流石にパンまでは自分で焼かない。焼こうと思えば焼けないこともなかったけれども、専門の店の窯の味には敵わない。
 ゆえにこうして、行きつけのパン屋が近所に存在するわけで…。



「お願いします」
 田舎パンを載せたトレイをレジに差し出し、包んで貰った。
 レジの向こう側、何段か上って高くなった床の所がレストラン部門の入口になる。カウンターとテーブル席のある其処は、午前中ならば店で買ったパンを持ち込み、食べることが出来た。
 しかし、今の時間はそうではない。ごくごく普通にハンバーグやパスタが供される時間、それとケーキなどの喫茶もあるのだったか。
 パン屋に併設されているほどだから、気取った所は全く無かった。普段着でフラリと入れる店。いつ来ても客が絶えない店。
 とはいえ、特に関心があるわけでもなく、「今日も賑やかだな」と見ていた程度。
 支払いの時に店員が袋に入れていたチラシも、新商品の案内などが載ったものだと頭から決めてかかっていた。いつも入っているチラシ。店員の手描きのイラスト入り。
 ところが、家に帰ってみたら。



(ん…?)
 田舎パンを仕舞おうと覗き込んだ袋に、カラフルなチラシ。
 見慣れた茶色の手作り感が溢れるチラシではなく、綺麗に印刷されたもの。しかも写真入り。
(なんだ?)
 鳴り物入りで発売される新商品でもあるのだろうか、と田舎パンの後に引っ張り出したチラシ。それを広げて、ハーレイは「うーむ…」と低く唸った。



 期間限定、シャングリラ・セットと記された文字と、シャングリラの写真。
 レストラン部門で歴代ソルジャーの食べた食事を味わいませんか、というコンセプト。
 チラシに刷られたソルジャー・ブルーとジョミーとトォニィ、三人のソルジャーのカラー写真。
(こう来たか…)
 今も絶大な人気を誇る三人、こういう企画もありだとは思う。
 あの店はこの町に何店舗かある地域密着型のチェーン店だから、全店でやれば客だって呼べる。
 そうは思うが、シャングリラ・セット。歴代ソルジャーが食べていた食事。
(レシピは残っていない筈だが…!)
 そんな本にはお目に掛かったことがない。データベースでも見たことがない。
 おかしい、とチラシの説明文をよく読んでみれば、根拠はあった。
 前の自分が書いた航宙日誌。
 それとすっかり平和になった後、トォニィが受けたインタビューとやら。



(しかし…)
 ランチタイムから供されるという、ジョミーのセットとトォニィのセット。
 買ったパンを持ち込んでの食事が許されなくなる、レストランが完全にオープンした後。
(この二人か…)
 確かにブルーは食が細かったし、本格的なメニューには向かないだろう。しっかり食べたい客が好むとは思えない。ブルーはモーニングセットの担当。
(で、中身は、と…)
 チラシにはジョミーとトォニィの分が先に書かれていたから、そちらから見ることにした。



 ジョミーのメニューはサンドイッチセット。
 曰く、「ソルジャー・シンが忙しかった時の昼食代わりのサンドイッチを再現しました」。
 昼食代わりにとサンドイッチを食べていたことは本当だったから、文句は言わない。
(しかしだな…)
 レストランではポットに入った紅茶と共に供されるようだが、ジョミーは適当に何か飲んでいただけ。サンドイッチしか食べられない時にポット入りの紅茶なんぞを楽しんではいない。
 肝心のサンドイッチの中身の方も…。
(まあ、まるで間違ってはいないんだろうが…)
 分厚く切られたももハムにサラダ菜、キュウリのピクルス。そこが売りの品。
 どれもシャングリラにあった食材ではあるが、こういう組み合わせでジョミーが食べた、と記述した記憶は自分には無い。
 第一、ジョミーのサンドイッチの好みが何だったのかを聞いてもいない。
(…多分、一回くらいはこういうヤツだって食べただろうさ)
 そういうことにしておこう、と納得しておく。
 生き証人がいない今では言った者勝ち、これがジョミーの好みのサンドイッチらしい。



 トォニィの方は彼が好んだというパスタのセット。
 オリーブオイルと塩、胡椒のみで味付けしたスパゲティにおかわり自由のパンのサービス。更にサラダとリンゴのタルトまでがつく。もちろんポットに入った紅茶も。
(…最後のソルジャーだけに、優雅なもんだな)
 リンゴのタルトもトォニィの好物だと謳われていた。
 サンドイッチだけのジョミーと違って、おかわり自由のパンにデザート。おまけにサラダ。
(こいつは充分、ありそうなんだが…)
 ポット入りの紅茶を楽しんでいても不思議ではないが、生憎と自分はソルジャーに就任した後のトォニィを知らない。自分が死んだ後のことまで分かりはしないし、知るわけがない。
(トォニィはこういう飯だったのか?)
 どうも分からん、と頭を振ったが、インタビュアーが正しく記述したなら、そうなのだろう。



 ではブルーは…、と前の生で愛した人の名前を冠したモーニングセットを見るなり愕然とした。
(何なんだ、これは…!)
 どうかと思う、と顔を顰めたセットの中身。プレートのド真ん中に鎮座した品。
 謳い文句はこうだった。
「これを食べながら、ソルジャー・ブルーに思いを馳せてみてはいかが」。
 思いを馳せたい人を止めはしないが、器の中身。プレートに置かれた器の中身。
 それが売りらしい器の中身は、アルタミラ時代の「餌」だった。
 オーツ麦のシリアルに必要な栄養素を添加しただけの、餌としか呼びようがなかった代物。
 アルタミラから脱出した後、オーツ麦は元々が家畜の餌だったという笑えない話をヒルマンから聞いた。貧しい地域では主食だったが、豊かな土地では馬の餌だと。
 それが後世、ヘルシーな食品としてもてはやされてシリアルに化けた。
 更に時代が後になったら、アルタミラで再び餌に戻った。ミュウを飼っておくための飼料に。



(不味かったんだが…)
 餌だけにとても不味かったんだが、と思うけれども、しかし栄養価は高かった「餌」。それさえ食べさせておけば死にはしない、と毎日檻に突っ込まれた餌。
 なまじ栄養価が高いものだから、モーニングセットの餌は少ない。自分たちが食べていた量より遥かに少なく盛られた餌。器に上品に入れられた餌。
 ついでに「蜂蜜入りの温かいミルクとレーズンを入れてどうぞ」とある。
(そんなものはついていなかったぞ!)
 ミルクさえ無かったアルタミラなのに、前のブルーの名前を冠したモーニングセット。卵二個の目玉焼きとトースト、ポット入りの紅茶までがついてくる品。
(アルタミラでは餌と水だったんだが…!)
 誰がこんなに豪華な朝食を、と文句をつけようにも、これが現実。
 アルタミラどころかソルジャー・ブルーが生きた時代も遥かな昔で、平和な世の中。
(ソルジャー・ブルーの朝食と混ざっちまったと思っておくか…)
 餌だけでは客が呼べないだろうし、こうなるのも止むを得ないだろう。
 目玉焼きもトーストも紅茶も、航宙日誌に確かに書いた。ソルジャー・ブルーと摂った朝食。
(卵の数までは書かなかったしな…)
 ブルーは二個も食べてはいない、と言いたかったが、書かなかった前の自分が悪い。
 朝からしっかり食べたい人のためのセットと思えば卵が二個でも不思議ではない。



(しかし悪趣味な…)
 いくらソルジャー・ブルーが絶大な人気を誇るとはいえ、誰が餌を食べたがるだろう?
 アルタミラに思いを馳せるのだろう、と思いはしたものの、気になったから。
 翌朝、田舎パンの朝食を済ませて出勤前にパン屋に出掛けてみたら、レストラン部門は繁盛していた。昼食用にとパンを買いながらレジで訊いてみると、人気は例のセットだという。
「ソルジャー・ブルーのセットを御注文になる方が殆どですね」
 モーニングの時間帯は大部分のお客様があのセットです、とレジの女性が笑顔で答えた。
(餌なんだが…!)
 あれは俺たちの餌だったんだが、と心で叫んだハーレイの声が届くわけがない。
 女性はテキパキとハーレイが買ったパンを袋に詰め、例のチラシがまた突っ込まれた。



(どうせならブルーに見せてやるか…)
 その日は仕事が早く終わったから、ブルーの家に行って、小さな恋人に見せてやったら。
 意外にも楽しげにチラシを眺めて、興味津々の小さなブルー。
 ジョミーはこれを食べたのだろうか、トォニィはけっこうグルメなのかも、などと。
「おいおい、そいつらは置いといてだな…」
 問題はお前だ、前のお前の名前のセットだ。
 いいか、メインは餌なんだぞ?
 目玉焼きやトーストの方がオマケで、餌を味わって下さいっていうセットだぞ?
 しかもだ、前のお前に「思いを馳せてみてはいかが」と来たもんだ。
 お前、餌を食べながら前のお前を思い浮かべられて嬉しいか?
 これがお前の食ってた味だ、ってウットリするヤツだっているかもしれん。
 現に人気だ、こいつが朝には一番売れてるセットなんだ…!



 あれこれと文句を並べ立ててみたハーレイだけれど。
 小さな恋人は首を傾げて、こう言った。
「別に餌でも悪くはないと思うけど?」
「分かってるのか、前のお前はコレだと宣伝されてて人気なんだぞ、この餌が!」
 ソルジャー・ブルーはアルタミラでコレを食ってましたと、この味を是非、と。
 そんなので回想されてるんだぞ、前のお前が!
「だけど、一生、餌を食べてたっていうわけじゃないし…」
 それに餌だって、案外、こうすると美味しいんじゃない?
 温かいミルクに蜂蜜とレーズンがついてくるなんて。
 ぼくは文句をつける気はないよ、このセット。



 卵二個の目玉焼きは流石に食べ切れないけれど、と可笑しそうに笑っているブルー。
 挙句の果てに言い出したことは、こうだった。
「ねえ、ハーレイ。ぼくは朝から食べに行けないから、ハーレイ、潜入して来てよ」
「はあ?」
「レストランだよ、このモーニングセットを食べに行ってみてよ」
 それが嫌なら、今度の土曜日。
 お昼前までは食べられるんでしょ、ぼくもお店に連れてってよ。
「なんで俺が!」
 第一、お前と外で食事をするのはお断りだと言った筈だが。
 どうしてお前を連れて行かねばならんのだ、俺が。
「ほら、駄目だって言うじゃない」
 ぼくはどんなセットか凄く気になるのに、連れて行く気は無いんでしょ?
 だったら、ハーレイが行くしかないよ。
 一人で出掛けて潜入レポート、楽しみに待っているからね。



 かくしてハーレイは例の餌を食べに行かされる羽目に陥った。
 ブルーの命が下った翌朝、家で朝食を食べる代わりにパン屋の奥にあるレストランへと。
 扉をくぐってレストラン部門へ繋がる段を上がると、サッと出て来たウェイトレス。
「お一人様ですか?」
 カウンターへどうぞ、と案内された。忙しく立ち働く調理人たちが見える席。
 渡されたメニューを一瞥した後、「これを」とソルジャー・ブルーの名前を冠したセットを注文してみれば、お洒落な籐のカトラリーケースに入って出て来たカトラリー。
 ナプキンの上に置かれたナイフにフォークに、スプーンなどなど。
 この辺からして既に間違っている。
(…まあ、シャングリラ・セットだしな?)
 あくまでイメージ、平和な時代に創り出されたソルジャー・ブルーなモーニングセット。
 目玉焼きまでついてくるのだし、ナイフもフォークも必要だろう。
(…しかしだ、肝心の餌ってヤツがだ…)
 明らかに餌を食べるために添えられたスプーンなるもの。
 アルタミラでは最悪スプーンも無かったんだが、と顔を顰めても始まらない。
 そんなセットが売れるわけもなく、文句を言うだけ無駄というもの。



 せっかく食べに来たのだから、とカウンター越しに眺めていればシリアルを器に入れていた。
 今ではお洒落なパッケージになって食料品店に並ぶ、忌々しい餌。
(俺にとっては餌なんだが…)
 分かるまいな、と眉間に皺を寄せている間に、サッと仕上がる卵が二個の目玉焼き。トーストも焼けてプレートに載せられ、餌と一緒にハーレイの前へと運ばれて来た。
 紅茶のポットとカップが到着した後、ウェイトレスが笑顔でプレートを指す。
「お召し上がり方を説明させて頂きます」
 彼女が言うものは例の餌。小さめのココット容器に入ったシリアル。
(召し上がり方も何も無いんだが…!)
 食ってただけだが、と言いたくなる餌。由緒正しい家畜の餌から生まれたシリアル。
 けれども反論出来る筈も無く、ウェイトレスは自分の仕事を微笑みながらこなして去った。
 こちらの蜂蜜入りのミルクをかけてどうぞと、レーズンも混ぜて下さいと。



(…来たぞ…)
 餌だ、とミルクは入れずに、そのままスプーンで口へと運んで。
(…あれだ…)
 あの味だ、と一気に蘇って来たアルタミラの記憶。
 独房と呼ぶにもあまりにお粗末な檻の中で一人、黙々と口に運んでいた餌。
 ボソボソしていて、どうにも不味くて。
 乾いたそれが喉に貼り付く度、水で飲み下した。必要に応じて薬などが混ざったりする、味などついている筈もない水で。
(…此処はアルタミラじゃないんだが…!)
 青い地球に来た上、レストランでモーニングセットを食べているのに、アルタミラの記憶。
 これではとてもたまらない、と蜂蜜入りのミルクを加えた。
 様子を見ながら少しずつ入れようと思っていたことさえすっかり忘れて、全部を一気に。



(不味いんだが…)
 蜂蜜とミルクは何処へ行ったのか、とウェイトレスを捕まえて訊きたい不味さ。
 食感がマシになったと言うだけのことで、餌の不味さは変わらない。
 添えられていたレーズンを全部放り込んでも、まだ不味かった。
(…どう転んだって餌でしかないぞ…)
 レーズンを掬えば、ちゃんとミルクで膨らんだレーズンの味がするのだが。
 肝心の餌の味は変わらず、ミルクも蜂蜜も何の救いにもなってはいない。
(やはり俺には向かんな、これは)
 好き嫌いが無いのが自慢だったが、いわくつきの餌ともなれば多分、別枠なのだろう。
 さて周りは、と見回してみれば「美味しくないけど、ヘルシーだから」とリピーターの声。
 ソルジャー・ブルーの名前も聞こえる。
 彼と同じものを食べられて嬉しいと、期間中にまた食べに来ようと。



 ハーレイにとっては信じられない、周囲の反応。餌を食べたいと願う人々。
 美味しくないと言っているくせに熱心に通うリピーターやら、再訪希望のソルジャー・ブルーのファンと思しき人々やら。
 彼らには素敵な朝食らしいが、ハーレイにはそうは感じられない。
 餌は餌であり、ミルクや蜂蜜が、レーズンがあっても餌でしかない。
(少なくとも俺は二度と食わんぞ…)
 これはたまらん、とトーストと目玉焼きとに逃げた。
 トーストにバターをたっぷり塗って、黄身がトロリと半熟になった目玉焼きを切って頬張って。
 それらと餌とを交互に口へと運んでやって、やっとの思いでプレートの上を空にした。
 プレートが下げられた後で熱い紅茶をゆっくりと飲んで、ようやく人心地ついたといった所か。



 その朝、朝練に出て来た柔道部の生徒たちは普段以上に厳しくハードにしごかれた。
 対外試合でも控えていたかと思うくらいに、明日は大会かと勘違いしそうなほどの勢いで。
 そう、アルタミラの地獄を食生活だけ追体験して来たハーレイによって。
「こらあっ、グズグズしてるんじゃない!」
 もっとキビキビ動かんか! と声を張り上げるハーレイの目には、朝練なんぞはお遊戯だった。
 如何にハードな内容だろうが、走り込みだの、組手だので死ぬわけがない。
 やればまだまだ出来る筈だと、もっと出来ると怒鳴りたくもなるというものだ。



 あまりにも不味かったアルタミラの餌。
 オーツ麦を使ったシリアルが売りの、ソルジャー・ブルーなモーニングセット。
(なんだってアレを食う羽目に…!)
 早々にブルーに文句を言わねば、と今日の仕事を猛スピードで終わらせ、自分を生き地獄へ送り込んでくれた前の生の上司の家へと出掛けてゆけば。
「ハーレイ、もう食べに行って来てくれたんだ?」
 嬉しいな、と小さなブルーはテーブルを挟んだ向こう側で顔を輝かせた。
「で、どうだったの?」
「不味かった!」
 二度と食えるか、とハーレイが顔を歪めているのに。
「えっ、でも…」
 とっても人気のセットなんでしょ、とブルーはあくまで無邪気に微笑む。
 リピーターの人が大勢来ていて、また来たい人もいたんだよね、と。



 理解に苦しむブルーの反応。かつての上司の愛らしい笑顔。
 自分は地獄を見たと言うのに、この反応は何だろう?
 どうにも不満でたまらないから、ハーレイはブルーに「おい」と声を掛けた。
「ブルー、手を出せ」
「なに?」
「俺の記憶を送り込んでやる」
 お前も一緒にアレを食ってみろ、俺の気分が分かるだろう。
 どれだけ不味いか、気持ちだけでもアレを体験してみるんだな。
「えっ、いいの?」
 ホントにいいの?
 ハーレイの記憶が見られるんだね、本物の潜入レポートだね!



 やたらと嬉しそうにハーレイと手を絡めたブルーは、何の遠慮も無く送り込まれた地獄の朝食の記憶を全て受け取ってもなお、全く変わらず御機嫌だった。
 自分だったらとてもこんなに食べられはしないと、プレートを空には出来ないだろうと。
 卵二個の目玉焼きだのトーストだったらそれも分かるが、例のあの餌。
 蜂蜜入りのミルクを入れても、レーズンを入れても不味かった餌。
 あれの記憶を味わった筈の小さなブルーは、どうしてこうも機嫌がいいのか。
 分からないから、ハーレイはブルーに訊くしかなかった。
「…何故だ。お前、どうして平気どころか機嫌がいいんだ?」
「えっ、だって…。ハーレイが食べた朝御飯の記憶だよ?」
 ハーレイと一緒に食べた気がするよ、あのレストランで。
 ぼくは出掛けたことはないけど、居心地の良さそうなお店だよね。
 其処でハーレイと一緒に食べたよ、アルタミラの餌。
 アルタミラでは一人で食べていたけど、あれも二人で食べていたなら美味しかったかも…。
「俺はお前を朝食デートに連れてったのか!?」
「気分だけだけどね」
 御馳走様、とブルーはテーブルに置かれた自分の紅茶のカップを手に取った。
 紅茶で喉をコクリと潤し、「うん、紅茶で締めくくりだったよね」と笑みを湛える。
 朝食の最後は紅茶だったと、ハーレイも紅茶を飲んでいたよ、と。



「…お前、強いな…」
 溜息を漏らすハーレイに、ブルーが「そう?」と首を傾げる。
「記憶だからかな、不味さが少し減っているかも…」
 本当にモーニングセットを食べたら、不味いと言うかもしれないよ。
 連れてってくれる?
 不味いのかどうか、食べてみたいから。
「いや、それは…!」
 お前を食事に連れて行くのはまだ早いだろう!
 育ってからだと言った筈だぞ、前のお前と同じ背丈に。
「ほら、そう言って断るんだから。絶対、連れてってくれないんだから…!」
 記憶しか見せてくれないんだから、仕方ないでしょ。
 モーニングセット、美味しかった。
 ぼくの感想はそれに尽きるよ、とっても美味しく食べられた、って。



 もう嬉しくてたまらない、といった様子の小さなブルー。
 ハーレイと一緒に食べた気がする、と朝食デートな気分のブルー。
(…どうしてこういうことになるんだ…)
 俺は思い切り不味い思いをしたんだが、と理不尽な目に遭った気がするハーレイだけれど。
(…二人で食べたら美味しいかも、か…)
 今朝の自分はカウンターで一人、心で文句を呟きながらのモーニングセット。
 不味いと文句を言える相手も、共に語らう相手もいなくて、独りぼっちの朝食の席。
 もしも、あそこにブルーが居たなら。
 カウンター席でも隣にブルーが居たなら、もっと贅沢にテーブル席で向かい合わせなら。
 それでも、あれは不味かったろうか?
 ソルジャー・ブルーの名前を冠したモーニングセットは不味かったろうか…?



(…こいつと二人、か…)
 目の前で「ん?」と赤い瞳を煌めかせて座っているブルー。
 前の生からの愛しい恋人。
 不味いと思ったモーニングセットは、もしかしたら。
 ブルーを連れて行ったつもりで食べれば、隣にブルーが居るようなつもりで食べたなら。
 店で居合わせた人々が喜んで食べていたように、ヘルシーな朝食になるのだろうか?
 不味い餌でも「ヘルシーでいい」と思えるだろうか…?



(…いかん、いかん)
 どう転んでもあれは餌だ、と心の中で繰り返す。
 蜂蜜入りのミルクを入れても不味かった餌で、レーズンを入れても不味かった餌。
 二度と食わんぞ、と思うハーレイだけれど。
 期間限定のイベント中にもう一度、と囁く声も聞こえて来た。
 あれを食べに行こうと、ソルジャー・ブルーのモーニングセットを食べに出掛けようと。
(…餌なんだがなあ…)
 アルタミラの餌。元は家畜の餌だったと聞いた、オーツ麦から作ったシリアル。
 それが今ではヘルシーな食事。ブルーが「御馳走様」と微笑んだ食事。



(…うん、平和な時代になったもんだな)
 いつか、ブルーと結婚したら。
 その時に似たようなイベントが開催されたら、ブルーと一緒に食べに行ってみよう。
 カウンターではなくて、テーブル席。
 向かい合って座って、注文の品が出来て来るまであれこれ話をしながら待って。
 それから二人、スプーンを手にして一緒に朝の食事を食べ始める。
 アルタミラの餌に、不味かった餌に、蜂蜜入りの温かいミルクをかけて…。




         不味かった餌・了

※ハーレイが食べに出掛ける羽目に陥った、歴代ソルジャーの食事の再現イベント。
 今の時代はリピーターまで出る人気なのが「アルタミラ時代の餌」って、平和ですよね。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv








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