シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
(んーと…)
おやつを食べながら、何気なく広げてみた新聞。
歴史の舞台探訪だとか、そういった感じで写真が載ってた、前のぼくたちの記念墓地。
あちこちの星にあると聞くけど、立派だったから、アルテメシアの分かと思った。だけど、下に書いてある注釈を読んだら、アルテメシアじゃなくってノアのヤツ。一番最初の記念墓地。
(あの頃はノアが首都惑星ってコトになってたものね)
今では一応、ぼくが住んでる地球が中心。
ただ、蘇った地球の環境を保護しなくては、というわけで首都としての機能は分散してる。前の首都惑星、ノアをメインにあちこちの星に。全部を纏めているのが地球。
だから前のハーレイが彫った宇宙遺産の木彫りのウサギも地球にあるんだ、正体はウサギなんかじゃなくってナキネズミだけど。
でも、地球にある行政の中枢機能はいわゆるお役所、それの出張所といった趣き。高層ビルとか凄く大きな建物じゃなくて、緑の豊かな広い敷地に幾つもの建物が散らばっている。
それできちんと役に立つんだ、通信手段がしっかりしていて、情報がリアルタイムで入るから。
わざわざ遠くの星まで出掛けなくても、重要な会議なんかも出来るから。
(ノアの頃からそうだったしね?)
前のぼくたちが生きてた頃よりも技術はずっと進歩してるし、首都としての機能は地球で充分。
見上げるような高層ビルなんかは建ってなくても、宇宙の中心。
だけど地球には、前のぼくたちの記念墓地は無い。
かつての首都惑星だったノアのと、前のぼくたちが隠れ住んでたアルテメシアと。その二ヶ所に大きな記念墓地があって、他の星にも実は幾つもあったりする。
英雄になってしまった前のぼくたちのお墓に花を供えたりしたがる人が多いから。
その上、前のぼくたちの身体は回収不能で、お墓には何も入ってないから。
とどのつまりが墓碑さえ建てれば其処がお墓で、どれでも本物。
ノアでも、アルテメシアでも、他の星でも、別に何処でも気にしないんだけど。
ただ、アルテメシアの記念墓地には「シャングリラの森」がくっついている。役目を終えた白い鯨が解体されて時の流れに連れ去られた時、船にあった木を移植したのがシャングリラの森。
木たちはすっかり代替わりをしてしまったけれども、こんもりと茂ったシャングリラの森。
そのシャングリラの森があるって言うから、ぼくとしてはアルテメシアにある記念墓地が好み。
断然、そっちの方がいいな、と思うんだけど…。
ぼくの好みを言っていいなら、ノアよりもアルテメシアがいいんだけれど。
(ちょっと待って…!)
好みも何も、ぼくは生きてた。
ソルジャー・ブルーだったぼくは生まれ変わって、青い地球の上で暮らしていた。
どっちのお墓に入りたいとか、そういう以前に生きている、ぼく。
お墓なんかは当分要りそうにないし、生まれて来てから十四年しか経ってない。
(だけど…)
どっちか一つを選ぶんだったらアルテメシアの方がいいかな。
シャングリラの森があるのが魅力的だし、それに何処よりも長く過ごした星だったから。
漆黒の宇宙を最初は小さな、後は何倍も大きな白い鯨になった船で旅して回った末に辿り着いた白い雲海の星。
シャングリラはずっと雲海に潜んだままだったけれど、前のぼくは地上に下りていた。もちろん自由時間ってわけじゃなくって、ソルジャーの仕事。
もっとも、フィシスを見付け出した後は、こっそり出掛けて水槽のフィシスに会っていたけど。
あれはソルジャーとしての仕事ではなくて、ぼくの我儘。ただの我儘。
そんな思い出までが残った星。今でもちょっぴり懐かしく思う、雲海の星。
だから、入るお墓を選んでいいなら、ノアよりも絶対、アルテメシアがいいんだけどな…。
そうしたいな、と思ったけども。
(入ってしまってどうするの!)
相手は記念墓地に建ってるお墓で、生きているぼくが入っちゃっても何にもならない。
それどころか、困る。
お墓なんかに入っちゃったら出歩けないし、おやつも御飯も食べられやしない。
(ぼくはお墓に入りたいわけじゃないんだけれど!)
生きているのに、と自分の頭を拳でコツンと叩いたんだけど。
よく考えたら、あれは前のぼくたちのために作られた記念墓地だから。
入りたいのは多分、ぼくじゃなくって、前のぼくなんだ。
お墓はあちこちの星にあるけど、空っぽだから。
何処の星にも、前のぼくの身体を収めた本物のお墓は無いんだから…。
(でも…)
もしもお墓に入れたとしても、前のぼくの分のお墓の隣にハーレイのお墓は建ってない。
前のぼくは一番の英雄扱い、記念墓地でも一番奥に墓碑が立ってて、隣には誰もいないんだ。
いくら立派な墓碑を貰っても、独りぼっちの前のぼく。
ジョミーとキースのお墓は仲良く隣り合わせで、前のぼくのお墓の前にあるのに。
そのまた前にはハーレイやゼルや、ブラウたちのお墓が賑やかに並んでいるというのに。
(…やだな、ぼくだけ別扱いって)
どうせだったら、みんな同列で並べておいて欲しかった。
もっと欲を言えば、ハーレイのお墓の隣が良かった。前のぼくたちが恋人同士だったことは内緒だけれども、初代ソルジャーと初代のキャプテン。隣り合わせでも不思議じゃないから。
だけど、そのハーレイのお墓も空っぽ。前のぼくのお墓と同じで空っぽ。
前のハーレイの身体も無くなってしまったから。
燃え上がる地球の地の底に飲まれて、影も形も無くなったから。
お墓の中身が入ってないのは、ハーレイだけじゃなくってヒルマンも、エラも。
ジョミーとキースもお墓は空っぽ、ハーレイたちと一緒で地球の地の底に消えてしまった。
記念墓地は何処も綺麗に空っぽ、だからこそ何処に作ってもいい。
例外は地球で、蘇るまでに長い時間が経ったこともあって、地球には記念墓地が無い。
空っぽのお墓が並んではいない。
(中身がありそうなお墓って…)
この地球にあるマードック大佐とパイパー少尉の分くらいだろう。
二人が乗った人類軍の旗艦は、地球に照準を定めたメギドに体当たりをしてそのまま沈んだ。
燃え盛る地球へと落ちて行ったメギドは、後に発見されたけれども。
すっかり風化してたと聞くから、マードック大佐たちの船もきっと残っていなかった筈。
風化したメギドは危険だからと撤去されてしまい、それが在った場所に今ではお墓。
マードック大佐とパイパー少尉の墓碑が立ってて、恋人たちが訪れるという。
二人の絆にあやかりたい恋人同士や、結婚式を挙げたばかりの新婚夫婦。
森の奥のお墓はちょっと遠いから、森の入口に花輪とかを供えられる場所。
(有名なお墓らしいけど…)
ハーレイに教えて貰ったけれども、そのお墓だって、中身はきっと空っぽなんだ。
もしかしたら二人が乗ってた船の欠片が入ってるかもしれないけれど。
それに乗ってた二人の身体は地球の一部になっちゃっただろう。
メギドが風化するほどの長い歳月に融けてしまって、地球の土や水になったんだろう。
(あれ…?)
そういえば、前のハーレイの身体も地球の一部になったんだった。
前にハーレイとそんな話をした覚えがある。
すると…、と部屋に戻って考えた。
おやつを食べ終えて、キッチンに居たママにお皿やカップを渡してから。
(えーっと…)
勉強机に頬杖をついて、ハーレイとぼくが一緒に写った写真を眺めて考え事。
今のハーレイは今のぼくと並んで、笑顔で写真に収まってるけど。
地球の一部になってしまった、前のハーレイ。
燃え上がる地球に飲み込まれて消えた、キャプテン・ハーレイ。
(もしかしたら…)
その地球で生まれた、今のハーレイが持ってる身体。
地球で生まれて地球で育った、今のハーレイの大きな身体。
前のハーレイとそっくり同じパーツで出来上がっている可能性がある。
DNAとか、細かい所を言い出したら多分、前のハーレイとは違うだろうけど。
でも、前のハーレイだった素材をちゃんと使って、今の身体が出来ている可能性だって…。
(…いいな…)
ちょっぴりハーレイが羨ましくなった。
前のぼくの身体はメギドと一緒にジルベスター星系で消えてしまって、地球からは遠い。
隕石に乗って運ばれてくるとか、彗星の核に取り込まれて宇宙を旅してくるとか。
そんな風にして地球まで辿り着くには、あまりにも遠すぎるジルベスター星系。
ついでに言うなら、前のぼくが死んでからミュウと人類の戦いが終わるまでには何年かあって、トォニィたちがシャングリラでナスカの跡へと向かった時には、前のぼくはとっくに宇宙の藻屑。
見付け出そうにも手掛かりがなくて、宇宙ゴミになったメギドの破片が片付けられただけ。
他の沢山の戦場と同じで、船の航行に支障が出ないよう、後片付けがされただけ。
前のぼくの身体は宇宙に散らばり、消えてしまった。地球からは遠く離れた場所で。
どう考えたって地球には来てない、前のぼくを構成していた物質。
なのに、ハーレイは違うんだ。この地球にちゃんと部品が残って、他の何かに変化して。
それから長い長い時間を地球の上で色々と循環した後、今のハーレイを作ったかも…。
前のハーレイとそっくりな身体を、もう一度作り上げたかも…。
(…ぼくの身体は前のと絶対、違うのに…)
前のぼくの身体は遠いジルベスター星系に散らばったんだし、今のぼくの身体には使えない。
使いたくても、使いようがない。
だけどハーレイは、メイド・イン・ハーレイって言うのかな?
ちょっと間違ってるかもしれないけれども、前のハーレイで出来てる可能性あり。
でも、ぼくの場合はメイド・イン・ブルーにはなりっこないんだ。
今のぼくを作るために再利用しようにも、前のぼくのパーツは地球には無いから。
ほんの小さな、肉眼ではとても捉えられない細胞ですらも、地球まで来てはいないんだから。
(メイド・イン・テラなんだよ、今のぼくは…)
前のぼくとはまるで無関係な、地球の物質で出来ちゃった、ぼく。
そっくり同じ姿に育つんだったら、前のぼくのパーツを使いたかったな、って思ったけれど。
とても残念だったんだけれど…。
(そうだ、ハーレイ!)
地球で育った、地球生まれのぼく。
ひょっとしたら、今のぼくの身体は前のハーレイのパーツを貰っているかもしれない。
地球の一部になってしまった、前のハーレイ。
巡り巡って、この地球で生まれたぼくの身体の一部を作っているのかも…。
もしも前のハーレイの一部を貰ったとしたら。
(結婚してなくても、とうの昔に二人で一人?)
今のぼくの身体に、前のハーレイ。いつでも一緒で、二人で一人。
そう考えたら、今度は得意。
今のハーレイの身体に前のぼくは絶対、入ってるわけがないんだけれど。
ぼくは前のハーレイの一部を身体に取り込んでいるかもしれない。
ちっぽけなぼくの身体だけれども、何処かが前のハーレイの身体で出来ているかも…!
(手とか、指とか…?)
直ぐに見える場所が前のハーレイの一部で出来上がってたらいいのにな。
一目でそれと分かる印がくっついてるとか。
この部分が前のハーレイなんだな、って見るだけで分かればいいんだけどな…。
「おい」
「えっ?」
考え事に夢中だった、ぼく。
いきなり耳に飛び込んで来た「おい」って声にビックリ仰天。耳に馴染んだハーレイの声。
普段だったら、お客さんだと知らせるチャイムの音だけで窓の所まで駆けてゆくのに、ウッカリしていた今日のぼく。
鳴ったチャイムに気付くどころか、ハーレイが部屋にやって来るまで気が付かなかった。
ぼくの目は多分、見事に真ん丸だったんだろう。ハーレイをぼくの部屋まで案内して来たママが「あらあら…」って呆れて笑ってる。
お茶は置いて行ってくれたけれども。
ハーレイと夕食を待つまでの間に食べるお菓子も、テーブルに置いてってくれたんだけども。
大失敗をしてしまった、ぼく。
窓際のテーブルでいつものように向かい合うなり、案の定、ハーレイに訊かれてしまった。
「いったい何を考えてたんだ?」
俺が来たのに気付きもしないで、うわの空で何を考えていた?
「…ぼくの身体のこと…」
そう答えたら、降って来てしまった沈黙ってヤツ。眉間に皺を寄せたハーレイ。
なんで、って首を傾げた途端に思い当たった。
ハーレイは勘違いしてるんだ。ぼくがいつも「大きくなりたい」ばっかり言っているから。早く大きくなってキスがしたいと、本物の恋人同士になるんだ、って。
これはマズイ、と慌てて首を左右に振った。
「ううん、身体のことって言っても、へんてこな意味の中身じゃなくって!」
違うだってば、うんと真面目に考え事をしてたんだってば…!
ぼくは頑張って説明した。
今のハーレイはまるごとハーレイで出来ているかもしれないけれども、ぼくは違うって。
だから今のぼくの身体の中には、前のハーレイのパーツが入っているかもしれないよ、って。
「いいでしょ、ハーレイ入りなんだよ、ぼく」
何処がそうかは分かんないけど。
きっと入っていると思うよ、前のハーレイは地球の一部になったんだから。
「なるほどなあ…。前の俺のパーツで出来てます、ってか」
此処がそうです、って一発で分かるプレートでも付いてりゃ良かったな。
改造前のシャングリラにあったプレートみたいに。
シャングリラの名前に書き換える前は、コンスティテューションって書いてあったプレート。
「うん、心の目でしか見えないプレートが付いてたらいいな」
あったらいいのに、そんなプレート。
そしたら幸せになれるんだけどな、ぼくの此処は前のハーレイで出来ているんだよ、って。
「おいおい…」
その発想は面白いが、ってハーレイの鳶色の瞳が笑ってる。
ぼくは笑われるようなことを言っただろうか、と「どうかしたの?」って訊いてみたら。鳶色の瞳が悪戯っ子みたいな光を湛えて、笑いを含んだ声が返った。
「今のお前に入ってるパーツ、俺だとは限らないんだぞ」
プレートで表示させるのはいいが、だ。
ジョミーとかキースとか、そういうプレート、あったらどうする。
あいつらも地球の一部なんだぞ、充分あり得ることだろうが。
「ええっ!?」
それは困る、と本気で思った。
ハーレイの名前が入ったプレートは欲しいけれども、ジョミーは要らない。
もちろんキースのだって要らない。
ぼくはプルプルと首を横に振り、「嫌だ」と叫んだ。
そんなプレートは要りもしないし、くっついていたら凄く嫌だと。
大慌てで「要らない」と断った、ぼく。
ハーレイは「そうだろうな」と可笑しそうな顔。
「ほら見ろ、無くて良かっただろうが、そういうプレート」
ついちまってたら悲しいだけだぞ、此処はジョミーだの、キースだのと。
「…でも…。ハーレイ限定で表示されるんなら欲しいけど?」
此処はハーレイ、っていう部分だけを表示できます、って仕組みだったら欲しいんだけどな。
ハーレイ以外の部分は非表示に出来るプレート。
「だから、必ずしも俺が入っているとは限らない、と」
赤の他人ってこともあるんだ、そうだろう?
いくら地球でも狙ったように前の俺のパーツが入るとは限っていないんだからな。
「それはそうかもしれないけれど…」
でもね、ぼくにはハーレイ入りの可能性ってヤツがあるんだよ。
だけどハーレイには、前のぼくは絶対入っていないから!
入りっこないし、混ざりもしないよ。
ぼくは二人で一人だっていう可能性がゼロってわけじゃないけど、ハーレイはゼロ。
前のぼくなんかは入っていなくて、二人で一人じゃないんだよ。
だから、と威張ってみせた、ぼく。
今のぼくの身体の方がハーレイのよりもずっとお得で、二人で一人かもしれないと。
ぼくの中には前のハーレイ、結婚する前から一緒に暮らしているのかも、と。
これは今のハーレイには真似出来ないから、「どんなもんだ」って自慢したのに。
「甘いな」
「…えっ?」
甘すぎるな、と不敵に笑ったハーレイ。自信たっぷりに笑ったハーレイ。
どうして「甘い」って言えるんだろう?
前のぼくの身体はずうっと遠くのジルベスター星系で消えてしまって、地球には無いのに。
ありっこないのに、なんでハーレイは「甘い」と笑っているんだろう?
ぼくには全く分からない根拠。
ハーレイの自信が何処から来るのか、全然サッパリ分からないんだけど…!
目をパチクリとさせているぼくに、ハーレイが投げて来た言葉。「甘いな」の続き。
「お前、食物連鎖を知らんのか?」
「…知ってるけど?」
知ってるからこそ言ってるんだよ、今のぼくには前のハーレイが入っているかもしれないって。
「なら、訊くが。…前のお前が死んじまってから何年経った?」
「えーっと…」
何年だろう、と指を折りかけたぼくだけれども。
もちろん指なんかで数え切れるわけがない、とてつもない年数が流れたんだけど…。
「数えなくてもかまわんさ」
其処は問題じゃないんだからな、とハーレイは暗算を始めかけていたぼくにストップをかけた。
そうじゃないんだと、要は流れた年数なのだ、と。
「いいか? とにかく、そう簡単には数えられないほどの時が流れたということだ」
今のジルベスター星系はすっかり様変わりしている筈だぞ、技術が上がってテラフォーミングが成功した星があるんだが…。
聞いたことはないか、今のジルベスター星系の話。
「そういえば…」
あったかな、と思わないでもない。
前のぼくの悲しすぎた最期を思い出すから、今のぼくはジルベスター星系を避けているけれど。
一切調べていないけれども、前世の記憶が戻るよりも前にチラッと何処かで目にした覚え。
ミュウの歴史で大きな意味を持つナスカ。砕けてしまった赤い星、ナスカ。
遠い昔にナスカが在ったジルベスター星系の中に、人が住んでいる惑星があった。
ナスカって名前はついてないけど、人間が暮らしている星が。
「おっ、チビのお前でも知ってたか?」
よしよし、とハーレイの手がぼくの頭をクシャリと撫でた。
嬉しいけれども、チビ扱い。ちょっぴり複雑な気分のぼくに、ハーレイはパチンとウインクしてみせて。
「その星だがな…。けっこう有名になってるようだぞ、牧草地で」
「牧草地?」
それって、牛とかが食べる草のこと?
ぼくはそれしか思い付かないけど、その牧草地?
「うむ。牛を飼うには向いていないが、何故か牧草地には向いていた、ってな」
牛を飼ってみても、とびきり美味い肉もミルクも出来なかった、って話なんだが…。
どういう神様の気まぐれなんだか、いい牧草が採れるんだそうだ。
それでだ、自分たちで牛を飼うのは諦めちまって、牧草を育てる方にした。
とてつもなく広い畑と言うには変かもしれんが、もう一面の牧草地だな。其処で牧草をドッサリ育てて、あちこちの星に輸出している。牛を飼ってる農場向けに、だ。
「…そうだったの?」
「ああ。この地球からはうんと遠いから、牧草は来てはいないだろうが…。その牧草があちこちの星で牛を育てて、名産の乳製品がこれまた宇宙に散って行ってる」
其処の星では肥料用に、ってメギドで大穴が開いちまったジルベスター・エイト近辺で小惑星を削っているらしい。
いいか、ジルベスター・エイトってヤツだ、前のお前は見ている筈だぞ、メギドの近くだ。
そんな所で肥料の採掘をしては、せっせと牧草地の土に鋤き込んでいる。
ということは、だ…。
まだ分からないか、食物連鎖?
「ハーレイ、それって…」
前のぼくの身体、宇宙に散らばったままじゃないかもしれないの?
小惑星の土と一緒に牧草地の星に行っちゃった?
「その可能性もあるってことだな、あくまで可能性だがな」
もしも牧草地の星の一部になっちまっていたら、其処から何処へ行ったものやら…。
この地球までも来たかもしれんな、何処かの星の名産品のチーズやバターに化けちまってな。
「えーっ!」
ぼくは心底、驚いた。
前のぼくの身体は回収不可能、今も宇宙を漂っていると思っていたのに、回収された可能性。
肥料を採掘しているという小惑星から、牧草地の星に運ばれてしまった可能性。
そうなっていたら、前のぼくの身体は牧草になって、何処かの星へ。
牛を沢山飼っている星に運ばれて、牛に食べられて、ミルクやバターやチーズになって…。
(…他の星の名産品です、って書いてある乳製品、けっこうあるよね…)
もしかしたら食料品店の棚に並んでいるかもしれない、前のぼく。
チーズやバターに化けてしまって、お客さんに買われていそうな前のぼく。
すると…。
「ねえ、ハーレイ。もしも、だよ?」
もしハーレイが前のぼくが化けたチーズとかを食べてしまっていたら…。
「俺の一部は前のお前だということだな」
だから言ったろう、「甘いな」と。
食物連鎖の末に俺の中に入りました、って可能性だってあるわけだ。
どの部分が前のお前なのかは分からんがな。
「ハーレイもプレート、欲しくならない?」
前のぼくの名前が書いてあるプレート。
この部分は前のぼくなんです、って一目で見分けが出来るプレート。
「ふむ…。前のお前限定で表示されるなら、なんだか欲しい気もして来たな」
ソルジャー・ブルーと書いてあるのか、ただのブルーか。
その辺も含めて見てみたいもんだな、前のお前は此処にあります、と書かれたプレート。
「でしょ?」
ハーレイだって欲しくなるでしょ、プレート。
前のぼくが身体の中に入っているかもしれないって思ったら、目印のプレート。
一目で分かって便利なんだよ、いつも二人で一人なんだよ、っていう目印。
勢い込んだぼくだけれども、でも…、とハーレイと二人で笑い合った。
此処はやっぱり、地球なんだから。
前のハーレイだけじゃなくって、ジョミーもキースも、ゼルたちも地球の一部になったから。
地球の上に生まれ変わった今のぼくたちの身体は、誰のパーツで出来ているのか全くの謎。
誰も入っていないかもだし、思いもよらない誰かの身体が中に入っているかもしれない。
自分の身体を作っているパーツは誰なのか。
下手にプレートを表示させたら、キースだったり、ジョミーだったり。
あるいはゼルとか、ヒルマンだとか。
ぼくとハーレイ、お互いに前の生での恋人のみを表示出来たらいいんだけれど。
ハーレイならぼくで、ぼくならハーレイ。
それ以外の時は表示しなくて、恋人の名前のプレートだけが見えるんだったら最高だけど。
限定表示に出来なかったら、とっても困る。
困ってしまうから今のままでいいと、プレートは無しのままでいいよね、と。
もしかすると地球まで辿り着いたかもしれない、前のぼくの身体。
食料品店の棚に並んで、ハーレイが買って食べたかもしれない、前のぼくを構成していた物質。
そうしたらハーレイの身体の中には、前のぼく。
地球生まれのぼくの身体の中には、地球の一部になったハーレイ。
ハーレイとぼくと、お互いに入っていたらいいのに、前のぼくたちの身体の一部。
(もしも、そんな風に出来た身体だったら…)
二人で一人の身体だったら嬉しいのにな、と夢が大きく膨らんだ。
そういう身体を持っているなら、今度は本当に二人一緒で、いつでも一緒。
おまけに前のぼくたちだって、結婚式を挙げられるんだ。
前は結婚出来なかったけど、今の新しい身体を使って、前のぼくたちも。
そうだといいな、とハーレイに言ったら、「そうだな」って笑顔で返してくれた。
ぼくが好きでたまらない笑顔で、大好きな温かくて優しい笑顔で。
「よし、俺も頑張って乳製品を食うとするかな、前のお前を取り込まないといけないからな」
お前だけが前の俺と二人で一人じゃ癪に障るし、俺も二人で一人を目指そう。
とっくの昔に取り込んでるとしても、プレートがついてないからな。
「うんっ! ハーレイも二人で一人がいいよ」
そうしておいたら、いつでも一緒。
どんな時でも二人一緒だよ、「前の」って言葉が恋人の前についちゃうけれど。
だけどお互い、生まれ変わりだから、前でも今でも変わらないよね。
前の恋人でも今の恋人でも、相手はおんなじなんだもの。
「違いないな」
今日にでも早速買い出しに行くか、乳製品。
そろそろバターを買わんとな、と思っていたから、地球産じゃなくて他のにしよう。
前のお前が入っていそうな確率がグンと高まるからな。
何処のバターを買うとするかな、って買い物の段取りをしているハーレイ。
前のぼくが入っているかもしれない、バターを買おうというハーレイ。
(…前のぼく、バターになっちゃったかな?)
それともチーズ…、と想像していて、気が付いた。
よく考えたら、ぼくも毎朝ミルクを飲んでる。早く背丈が伸びますように、って。
あの毎朝のミルクと一緒に、前のぼくを取り込んでいるかもしれない。
牧草になった前のぼくの身体で育った牛の子供とか、その孫だとか。
そういう牛のミルクだったら、前のぼくだって入ってる。
ほんのちょっぴりでも、前のぼく。
ミルクになって遠い地球まで旅をして来た、前のぼく。
(…ふふっ)
ミルクになってしまったかもね、と考えたら胸がじんわり温かくなった。
前のハーレイの身体は地球の一部になっているのに、前のぼくの身体は何処にも無いんだな、と思っていたけど、ジルベスター星系に出来ているという牧草地の星。
ジルベスター・エイトの近くで肥料を採掘している星。
前のぼくの身体、牧草地の星になってるといいな、牧草になっているのがいいな。
そしてバターやチーズとかになって、青い地球まで来てるといいな。
前のぼくが辿り着けなかった地球。
乳製品の棚に並んでいてもいいから、前のぼくだって地球に着いてるといいな。
だって、今のぼくは青い地球の上、うんと幸せに生きているから…。
前のぼくの身体・了
※ソルジャー・ブルーのお墓は空っぽ。地球には欠片さえも来ていそうにないと思ったら。
牧草地になった星のお蔭で、来ているのかもしれません。それも素敵なお話かも。
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