シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
(ふうむ…)
こういうのに縁は無いんだが、とハーレイは新聞の記事を覗き込んだ。
今日はブルーの家に寄れなかったから、一人で夕食。キッチンの食材を調べてメニューを考え、白米を炊いて、その間に調理。
熱い内に、と出来立てを食べて、後片付けが済めば自由時間だ。SD体制が始まるよりも遥かな昔のこの地域では、教師は家にまで仕事を持ち帰らねばならないくらいに多忙だったと聞く。
しかし今では教師といえども普通の会社員たちと変わらない。むしろ夏休みなどに生徒と同じく長期休暇が取れたりする分、楽な職業と言えるだろう。
遠い昔には大変だったと言われる教師の仕事は技術の進歩とサイオンのお蔭で軽減されて、今や人気の職種だけども。
(…この学校だと、どうなんだろうな?)
教師はハードな仕事だろうか、とリビングのソファで広げた新聞。テーブルの上にはコーヒーを入れた大きなマグカップ。
新聞記事の中、ブルーたちとは違う制服を着た少年たちが明るく笑っていた。別の写真では制服ならぬ作業服。宇宙服を着た写真もあった。
宇宙船のパイロット養成学校の生徒たちの日々を、今日から短期集中連載らしい。
ハーレイが教える学校とはまるで違う世界。
一つ間違えれば大事故になって、自分ばかりか大勢の人々を巻き込みかねないパイロットたち。
(教える方だって命懸けだぞ)
きっと大昔の教師みたいに毎日が大変な学校だろうな、と其処の教師に心でエールを送った。
それからパイロットの卵たちにも。
こういう学校に進んだかつての友人がいた。
同じ道場で柔道の道に励んでいたのに、それは将来に向けてのトレーニングの一環だったからとアッサリと捨てて、パイロット養成学校へ。
柔道は体力と精神力、どちらも欠かせない武道なのだし、責任の大きいパイロットを目指すには打ってつけの世界だったのだろう。
(そこまで読んでの入門なんだし、あいつが選んだ道だしなあ…)
頑張って来い、と笑顔で肩を叩いたけれども、一抹の寂しさが心にあったことは否めない。
自分の方が腕は上だったが、彼も相当な腕の持ち主。
よく大会の代表に選ばれ、何度も一緒に出場していた仲だったから。
その彼は見事にパイロットになり、広い宇宙を飛び回る間に地球よりも好きな星が出来たとかで移り住んで行ってしまって久しい。
宇宙は広くて、パイロットの彼は気の向くままに居を移したのか、あるいは多忙を極めたのか。
いつしか途絶えてしまった連絡。届かなくなった、立ち寄った星からの葉書など。
今では彼が何処に居るのか、住所すらも分からないのだけれど。
(俺の方が先輩だったぞ、おい)
ずっと昔からパイロットだったと、キャプテン・ハーレイだったんだぞ、と記憶の中で今も若いままの友人に向かって語り掛けた。
パイロット養成学校の生徒たちの写真を見ながら、かつての友に。
今も何処かでパイロットなのかと、それともこういう学校で教えているのかと。
(あいつだったら鬼コーチだろうか…)
生徒を怒鳴り付け、訓練に駆り立てる鬼コーチ。教師と呼ぶよりコーチの方がしっくりとくる。
パイロットは命が懸かった職だし、いわゆる教師のイメージではない。
(しかし…)
あいつだったら違うだろうな、と笑みが浮かんだ。
死と隣り合わせの職であっても、彼ならば笑顔を絶やさずに指導するだろう。時には厳しい顔も見せるのだろうが、普段はきっと、生徒たちと一緒に笑い合って、さながら友達付き合い。
(そうなるだろうさ、あいつならな)
自分も穏やかな性格だけども、彼もそういうタイプだった。だから何かと馬が合った。
共に後輩を指導する時も、冗談を飛ばし合いながら賑やかにやった。
道場での練習や試合などは一切手加減しないが、それを離れれば後輩たちとも仲良くやりたい。もっと厳しくするべきだ、と言う先輩もいたのだけれども、そうするつもりはさらさらなかった。
自分も、後にパイロット養成学校に行ってしまった彼も。
指導を請われれば、とことん面倒を見る。
ただし鬼コーチなぞになったりはせずに、年上の良き友、同じ柔道を志す仲間として。
(あいつだったら…)
もしも彼がパイロット養成学校で教師になっているのなら。
不出来な生徒がいたとしたって、怒鳴りはしない。
辛抱強く何処までも付き合ってやって、腕を上げるまで決して投げ出さないだろう。
自分の時間を削ってでも、きっと。
そう思った時、心をフッと掠めた記憶。遠く遥かな時の彼方で持っていた記憶。
(…そういや、俺もそうだったか…)
俺もその手の教師だった、と記憶が浮かび上がって来る。
ブルーが守った白い船。自分が舵を握っていた船。
楽園という名のシャングリラの操舵を、前の自分が教えた者たち。
巨大な船を動かすためには技術だけでなく、才能も要る。操舵士になる、と名乗りを上げた者の全てが適しているとは限らないのだが、とことん付き合って教え込んだ。
なにしろ、シャングリラは大切な船。ミュウの楽園であると同時に箱舟。
失うわけにはいかなかったし、動かせる者は多いほどいい。
一人が病で倒れたとしても、また別の者が。二人目が持ち場を離れる時には、更に次の者が。
交代要員を多く作っておこう、と操舵士を希望した者たちには一通りの技術を身に付けさせた。手ぶらで帰っていった者は一人も無いのが前の自分の自慢でもあった。
(そうやってシドを見付けたんだっけな)
飛び抜けて飲み込みの早かったシドは主任操舵士として船を任せられるほどになったけれども。
シャングリラの操舵が出来る者は他にも何人もいた。
ブリッジどころか農業部門にだって、交代要員として使える者が居たほど。
誰も彼も皆、前の自分が教えた者たち。
どんなに下手でも怒鳴り付けはせず、我慢強く指導し、教えた者たち。
(そして俺は…)
俺も習った方だったっけな、と苦笑した。
船の舵など握ったことさえ無かったというのに、フライパンから舵に持ち替えて。
厨房からブリッジへ居場所を移して、フライパンの代わりに舵を握って。
(フライパンから舵へ、だからなあ…)
実にとんでもない転身。
およそ思い付かない、調理人からパイロットへの百八十度どころではない進路変更。
けれども、やりたかったのだ。
シャングリラを自由自在に操るキャプテンになりたかったのだ。
(今から思えば無茶なんだがなあ…)
正気の沙汰とも思えないのだが、キャプテンの任を受けて最初に申し出たことが操舵の練習。
厨房を離れてキャプテンになろう、と決意した時から決めていたこと。
それは要らない、指揮だけでいい、とゼルやブラウに言われたけれども、譲らなかった。
お飾りのキャプテンなどは要らない。そんな任なら受けてはいない。
ブルーを助けて船を動かせる者になるのだ、と堅く自分に誓っていたから。
とはいえ、いきなり舵を握るわけにもいかないから。また、許しても貰えないから。
最初は暇な時間を見付けてシミュレーション用の部屋に籠った。
シャングリラが人類のものであった頃から備わっていた、パイロットの訓練用の部屋。
かつてコンスティテューションと呼ばれていた船の操縦席を再現したもの。
操縦のために使う舵輪や、星々を映し出す大きなスクリーン。船の位置を教える計器なども。
恐らくは勘が鈍らないよう、非番の者が使った部屋なのだろう。
その部屋に入り、シミュレーターを起動してから舵輪を握る。
ブリッジの者たちがやっているように、「面舵いっぱーい!」などと慣れない声を上げながら、懸命に操縦するのだけれど。
思うように船は動かない。舵を切り過ぎたり、逆に足りなかったり。
(くそっ…!)
避け切れなくて、激突してしまった小惑星。
つい先刻まで鳴り響いていた異常接近を知らせる警告音までが止まってしまって、スクリーンは暗転、無慈悲な「終わり」を告げる文字。
また失敗か、と呻いていたら。
「お疲れ様」
はい、と差し出されたコーヒーのカップ。湯気が立ち昇っている、淹れたてのコーヒー。
自分用の紅茶のカップも一緒にトレイに載せて、ブルーが其処に立っていた。
今の小さなブルーよりも少し育った姿の少年。
ハーレイをキャプテンに推した少年。
キャプテンになってくれたらいいなと、自分の命を預けるのならハーレイがいいと言った少年。
「ハーレイ、休み時間も此処で練習してるわけ?」
見当たらないな、って探していたら、ゼルが教えてくれたんだよ。
ハーレイだったらシミュレーターと格闘している筈だ、と。
「一刻も早く覚えたくてな」
船も動かせないキャプテンなんぞは話にならん。
ゼルたちは指揮さえ出来ればいいと言っているがな、それでは役に立たんだろう。
いざという時、お前の望み通りの場所へと船を運ぶなら、俺がやらんと息が合わない。
「焦らなくても、練習時間は充分あると思うけど…」
「後悔先に立たずと言うだろうが」
あの時、練習しておきゃ良かった、と思う羽目になるのは俺は御免だ。
何が何でもさっさと覚えて、このシャングリラを動かさんとな。
「無理しないでよ?」
キャプテンが倒れてしまったら大変なんだし、ほどほどにね。
でも…。
そんなに難しいのかな、とシミュレーターに向かったブルーはハーレイよりも上手かった。
一通りマニュアルを確認してから始めたけれども、鮮やかな腕。
「面舵」や「取り舵」の掛け声も全く間違っておらず、障害物をかわして避けて船を進める。
それどころか、船の速度を上げた。
ハーレイにはとても操れない速さにスピードを上げて、ぐんぐん船を進めてゆくから。
操船中に私語は良くないというのも忘れて、ハーレイは思わず背後から訊いた。
「お前、いつの間に練習したんだ?」
「初めてだけど」
答えながら大きく舵を切ったブルー。
さっきハーレイが避け損なった小惑星に似た巨大な岩の塊を避け、続いて現れた小惑星をも。
二連続など、ハーレイにはとても避けられはしない。
「初めてで今のは無理だろう!」
俺が何度ぶつかったと思っているんだ、一個目はいけても二個目は未だに無理なんだぞ!
「どうして? ゆっくりしてるよ、このシミュレーター」
「はあ?」
ハーレイはポカンと口を開け、スクリーンに映る星々を眺めた。
ブルーがまたも速度を上げたのだろう、猛スピードで迫る障害物。
「おもかーじ!」
まるでゲームを楽しむかのように、ブルーが操る船はぐんぐん飛んでゆく。
ハーレイにはとても出せない速度で、今までに飛んだどの記録よりも長く遠い距離を。
満足し切ったブルーがシミュレーターを止めた時には、ハーレイは既に酔いそうだった。
速度はとうに最大船速、それで小惑星帯の中を縦横無尽に飛ばれたのではたまらない。
スクリーンの映像を見ているだけで平衡感覚を失ってしまい、目が回ったとでも言うべきか。
「…お前、本当に初めてなのか?」
そうは見えんが、とクラクラする頭を鎮めようと額を押さえつつ訊けば、「うん」という答え。
「さっきも言ったよ、初めてだって。最大船速でもゆっくりしてると思うけど…」
ハーレイの目には凄い速度で飛んで来るとしか見えない、小惑星などの障害物。
それがブルーにはスローモーションのように見えるという。
のろのろと飛んで来るものを避けるくらいは簡単なことで、舵の加減さえ掴めば楽なものだと。
「だって、ぼくはこの船と同じ速さか、もっと速くで飛ぶんだよ?」
そうやって飛んで、物資を奪いに何度も出掛けているんだけど…。
いちいち何かにぶつかっていたら、とてもじゃないけど飛べやしないよ。
「なるほどな…」
そういう理屈か、と腑に落ちたものの、ハーレイには出せない最大船速。
まだ避けられない、二段構えの障害物。
フウと大きく溜息をついて、愚痴を零さざるを得なかった。
「つまり俺はだ、操船でもお前に敵いはしない、と…」
お前に負けているってわけだな、そんなので本当にお前の役に立てるんだろうか…?
「大丈夫。じきに上手くなるよ」
これだけ熱心なんだから。ぼくが保証する。
大丈夫だよ、とブルーは微笑み、空になった二つのカップを手にして去って行った。
ハーレイをキャプテンに推したあの日に、そうしたように。
「ハーレイがなってくれるといいな」と言い残して去った、あの日のように…。
ブルーの期待は裏切れない。
船を操れないキャプテンも駄目だ、と自分自身を叱咤し、シミュレーターと格闘し続けて。
どうにか及第点を出せるようになり、時々様子を見がてらアドバイスに来ていたブリッジの者も「これならいける」と頷いてくれた。
後は実地で慣れるだけだと、船の居心地が多少悪かろうが、皆には我慢して貰おうと。
そうして実際にハーレイがシャングリラの舵を握る日がやって来た時。
ブルーは自分が外に出ると言った。
船は自分がシールドで守るから、操舵にだけ打ち込んでくれればいい、と。
ブルーが瞬間移動で船の外に出た後、ハーレイは生まれて初めて宇宙船の舵なるものを握った。
シミュレーターで使っていた舵輪と同じものだが、問題は船。シミュレーターならば誰も船には乗ってはいない。激しく揺れようが衝突しようが、誰にも影響しはしない。
(…しかし…)
これから自分が動かす船には、ブルー以外の仲間が全員、乗り込んでいる。揺れれば皆の身体も揺れるし、ぶつかれば衝撃。
もっとも、ブルーのシールドがあるから、ぶつかることだけは無いのだろうが…。
けれど、此処で尻込みをするわけにはいかない。
いつかは通らねばならない道だし、シャングリラを意のままに操りたければやるしかない。
「シャングリラ、発進!」
ハーレイは舵輪をしっかりと握り、先導役を務めると言ったブルーを追うべく、シャングリラを自分自身の手で発進させた。
青く強く輝くブルーを追いかけ、暫くは順調な航行だったのだけれど。
(うわっ…!)
取り舵と声を上げる暇さえ無かった。
必死の思いで舵を切ったが、船の行く手に突然、飛び込んで来た小惑星。ブルーがシールドしていなければ派手に激突していただろう。
接近を知らせる警告音は何の役にも立たなかった。
それもその筈、頼みの綱の警告音はもう長い間ブリッジに響きっ放しで、未だに止まる気配さえ無い。上下左右に小惑星や岩の破片が浮かんだ空間。これでは警告は止まりはしない。
(こんな所で練習しなくても…!)
いくら俺がタフでも神経が持たん、と嘆きたくなる心を引き締め、ただ懸命に舵を切る。
ブルーの先導でシャングリラが連れて行かれた先は、障害物多数の空間だった。
行けども行けども次から次へと湧いて出て来る小惑星や岩。ブリッジに響き続ける警告音。
(まだ続くのか…!)
先を飛んでゆくブルーの姿が消えた、と思えば障害物。ブルーが見えている時であっても油断は禁物、ごくごく小さな岩の欠片が航路に鎮座していたりする。
たかが小さな岩であっても、ぶつかった場所が悪かったりすれば宇宙船には命取り。
つまりはそれをも避けて飛ばねばならないわけで、神経が休まる暇が無い。
(習うより慣れろということなのか!?)
そうなのか、とブルーに思念を飛ばす余裕すらもありはしなかった。
終わった後でゼルやブラウまでが「死ぬかと思った」と零したほどのハードな初操舵。
シャングリラは無傷だったけれども、ハーレイは翌朝、死んだように眠りこけて遅刻した。
(あいつは鬼コーチだったんだ…)
やりやがった、と悪態をつきかけたけれど。
(違うか…)
現場で俺をしごいていただけなのか、と思い直した。
考えてみれば船を操っていたハーレイよりも、ブルーの方が遥かに負担が大きかった筈。
シャングリラの船体が傷つかないようシールドしながら、ハーレイを先導していたのだから。
今のブルーより育ってはいたが、まだまだ小さな少年の身体で。
細っこい身体で宇宙を駆けて、ハーレイの技術が及ばない分をカバーし続けていたのだから…。
(そうだな、あいつの方がずっと大変だったんだ)
俺なんかより、とハーレイは呟く。
舵を握っていただけの自分より、船を守らなければいけなかったブルーの方がずっと、と。
ハーレイ自身も「死ぬかと思った」初操舵の日の夜、ブルーは勤務を終えたハーレイの部屋までコーヒーを持って来てくれた。
自分の分の紅茶のカップもトレイに載せて、「お疲れ様」とあの日のように。
シミュレーション用の部屋に差し入れに来てくれた、あの日のようにトレイを持って。
ハーレイが向かっていた木の机の上にカップを並べて、自分用に椅子を引っ張って来ると。腰を下ろすと、ブルーは「ねえ」とハーレイの瞳を覗き込んだ。
「ねえ、ハーレイ。フライパンも船も、焦がさないのが大切だよね」
ハーレイは頑張っていたと思うよ、焦がさないように。
フライパンにはまだまだ敵わないけど、その内に船も上手く動かせるようになると思うよ。
「…知っていたのか、俺の…」
座右の銘とは少し違うが、俺の信条。どっちも焦がしちゃならん、ってヤツ。
「うん。フライパンも船も似たようなものだよ、と先に言ったのは、ぼくだけど…」
半分はぼくが作った言葉だけれども、上手い言葉に仕上がったな、って思ってるんだ。
確かにどっちも焦げちゃ駄目だよ、フライパンも船も。
でもね…。
でも、とブルーはハーレイにコーヒーを勧めて言った。
「本当に焦がさないように頑張ろうという所が凄いよ、お飾りのキャプテンなんかじゃなくて」
ハーレイがシャングリラを動かす日が来るだなんて、思わなかった。
キャプテンになって欲しいと頼みはしたけど、動かしてくれとまでは言わなかったよ。
「お前の信頼、裏切るわけにはいかないからな」
「操舵に慣れた仲間がちゃんといるんだし、任せておいて指揮でもいいのに」
「それだと阿吽の呼吸で動けん」
言ったろ、お前と俺との息が合わないと話にならんと。
ピタリと合わせて動くためには他人任せの操舵なんかじゃ駄目なんだ。
俺がやらんと、俺の思い通りに動く船でないと、お前と息が合わないってな。
「ありがとう。期待してるよ、ハーレイの操舵」
「もちろんだ」
やり遂げてみせるさ、やっと宇宙に漕ぎ出したばかりの俺だがな。
今日はお前の背中を追うのが精一杯だったが、いずれ必ず先回り出来るキャプテンになる。
お前が此処に来るだろう、ってポイントに向けて船を運んで、待っていられるキャプテンにな。
フライパンも船も、焦がさないように。
その一念と、ブルーのハードな指導のお蔭で、シャングリラの癖まで掴むことが出来た。
こう舵を切ればこう動くのだと、こうしたければ此処でこうするのだ、と。
計器に頼っての航行では分からない、シャングリラの癖。
舵輪を回すタイミングだとか、その時々で変わる僅かな力加減だとか。
そういったものを、全て現場で身に付けた。
「今日は此処だよ」と言わんばかりに飛んでゆくブルーを追いかけて飛んで、身体で覚えた。
ゼルたちの「死ぬかと思った」という台詞が少しずつ間遠になっていって、消えて。
もう誰一人として「またキャプテンの練習なのか?」と言い交わさないようになった頃。
ハーレイが舵を握っているのが当たり前になり、名実ともにキャプテンとなった。
そうしてシャングリラの舵を握って、宇宙をあちこち旅して行って。
気付けば誰よりも上手く船を操るキャプテン・ハーレイが出来上がっていた。
どんな場面でもハーレイがいれば安心なのだ、と皆が言うほどのキャプテンが…。
(…何もかもあいつのお蔭だな)
ブルーのお蔭だ、と漆黒の宇宙で青く輝いて先導していた少年の姿を思い出す。
今のブルーよりも少し育った、まだ少年の姿だったブルーを。
(あいつのために、と思ったんだが…)
結局は世話になっていたか、と苦い笑みが漏れる。
ブルーのためにとシャングリラを動かす決意を固めた自分だったけれど。
そのシャングリラの操舵を実地で叩き込むために、ブルーの背中を追いかけて飛んだ。
自分が失敗してしまった時も、ブルーのシールドが助けてくれた。
操舵の練習をしていた間に、シャングリラが焦げかかったことは実際、数え切れないほど。
けれどシャングリラは焦げることなく、ブルーのシールドに守られていた。
だから操舵に集中できたし、フライパンから船の舵へと持ち替えることが出来たのだ。
ブルーが居たから。
まだ少年の姿だったブルーがシールドを張って、いつも先導してくれたから…。
(今度はその分も、あいつに返してやらんとな)
前の生でブルーが自分のために使ってくれた力を、思いを、返してやらねばならないと思う。
シャングリラの操舵からしてブルー無しでは出来なかったし、きっと他にも山ほどある。
前のブルーが自分のためにと、力を、思いを惜しみなく使ってくれた場面が。
(そういったヤツを、今度は返してやりたいんだが…)
返してやりたいと思うけれども、小さなブルーに自分は何をしてやれるだろうか。
今度こそは全力で守ると決めたし、守る力もあるのだけれど。
前のブルーから貰った恩を全て返すには、一生かかっても足りるかどうか…。
(あいつは充分だと言ってくれそうなんだが…)
返さなくてもいいんだよ、と微笑みそうな小さなブルー。
きっと、ブルーは言うのだろうが。
返さなくていいと言ってくれるのだろうが、そう言いそうなブルーだから。
そんなブルーだから、誰よりも幸せにしてやりたいと心から願う。
ブルーを誰よりも幸せにしてやって、守ってやって。
ただ幸せだけをブルーのために。
前の生から愛し続けて、今も愛してやまないブルーを誰よりも幸せにしたいと願う。
そう、今度こそは……きっと。
船長の操舵・了
※操舵に挑んだキャプテン・ハーレイと、鬼コーチだったソルジャー・ブルー。
お蔭でシャングリラを動かせるようになったようです、厨房出身のキャプテンでしたけど。
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