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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

レトロな趣味

(よしよし、かなり馴染んで来たな)
 そろそろ日記もこれで書けそうだぞ、とハーレイは自分が書いた文字を眺めた。特に意味も無く書き連ねた文字。思い付くままに古い短歌や、その辺にある物の名称やら。
 それらを書いてくれた文具は、澄ました顔で専用のペン立てに収まっていた。ハーレイの右側、机の上に鎮座している白い羽根ペン。ブルーからの誕生日プレゼント。
 小さなブルーは羽根ペンを買おうと百貨店まで出掛けたらしいが、子供が買うには高すぎて。
 それでもハーレイに贈りたいのだと悩んでいたから、羽根ペンの一部を買って貰った。ブルーの予算で出せる範囲を。
 費用の殆どを自分が支払った羽根ペンだけれど、ブルーに贈って貰った羽根ペン。羽根の部分の一部がブルーの買ったものなのか、それともペン先の一部分なのか。
 そんなことは別にどうでもいい。ブルーに「ちゃんと使ってよ?」と渡された羽根ペン代だって使わないまま、机の引き出しに大切に仕舞ってあるのだから。
(こいつはブルーに貰ったんだしな?)
 自分で買って来て、ブルーに渡して、誕生日祝いにと贈って貰った。ブルーの手から受け取ったことに意味がある。
 ブルーの心がこもった羽根ペン。ブルーがくれた大事な羽根ペン。



 あの八月の二十八日から、折を見ては書く練習を続けて来た。
 日記を綴る文字が急に変わってしまわないよう、早く自分の手に馴染むよう、と。
(…最初に書いたのはこれだっけな)
 目を細めて指先でなぞった、ブルーの名前。今日も書き付けた、ブルーの名前。
 幾度こうして書いたのだろうか、前の生からの恋人の名を。羽根ペンをくれたブルーの名前を。
 練習を始める前に一度は書いたし、終える時にもブルーの名前。
 今日の練習はこれで終わりだ、と締め括る時はブルーと綴った隣に自分の名前も並べて書いた。対の名前だと、自分とブルーは共に生きるのだ、と願いをこめて。
 早くこうして二人の名前を並べて書ける日が来ないものかと思いをこめて。
 結婚式を挙げ、互いの名前を誓いの紙に並べて記して、それからは常に、何処でも二つ並べて。旅先で宿帳に記す名前も、旅の記念に何か書くにも、いつだって対で。
 早くその日を、と夢見る一方、「ゆっくり育って欲しい」とも思う。
 まだ十四歳にしかならないブルーに、背丈が百五十センチのままのブルーに、急がずにゆっくり育って欲しいと。
 小さなブルーが前の生で失くした子供時代の幸せの分まで、何年、それこそ何十年でも。



(そういえば、前もあいつに貰ったんだな)
 いや、貰ったようなものと言うべきか。
 前のブルーが奪ったコンテナの中の物資に紛れて詰まっていた、羽根ペン入りの沢山の箱。
 そう、前もブルーに羽根ペンを貰った。今度のように一部をではなく、長かった生涯でも全てを使い切れなかったほどの羽根ペンの山を。
(…あの時も羽根ペンの方が後だったんだ…)
 今のブルーがくれた羽根ペンは、この家の書斎に机を置いてから何年も経った後に来たけれど。十数年を経た後にやって来たのだけれども、前の生でもそうだった。
 羽根ペンよりも先に手に入れた、木で出来た机。ブルーが奪った物資に混ざっていた机。
 誰一人として欲しがる者がいなかったそれを、貰って自室に据え付けた。木の温かみが好きで、暇を見付けてはボロ布でせっせと磨いてやった。
 貰った頃には、まだキャプテンではなかったけれど。厨房で料理をしていたけれど。
(キャプテンになってくれ、って言われた時にも机を磨いていたんだっけな)
 考え事をする時の常で、懸命に机を磨いていた。其処へやって来たブルーの言葉が背中を押したようなものだったな、と思い出す。
 「ハーレイがなってくれたらいいな」と言いに来たブルー。
 ハーレイになら命を預けられると、自分と息の合うキャプテンがいい、と。



 そうしてキャプテンになったけれども、キャプテンの部屋に羽根ペンの姿はまだ無かった。木の机で日誌を一日も欠かさず書いたのだけれど、あくまで普通のペンだった。
 シャングリラの何処でも、手で文字を書く場面だったらお目にかかれる普及品のペン。色や形は様々だけども、一目で「ペンだ」と判別可能な文具の一種。
 ハーレイ自身も何とも思わず、それを使って日誌を書いた。キャプテンになったからには日々の記録が必要だろうと、後々の役に立つであろうと。
(…日誌と言っても、ノートなんだか日記なんだか…)
 物資に混ざっていた、日付を書き込む欄がついたノートが航宙日誌。日記帳にもノートにもなる品だったそれを日誌に選んだ。倉庫にあるのを知っていたから、キャプテン就任が決まった時点で運び出して机に備えておいた。
 キャプテンになって、操舵の練習なども始めたのだが。
 他にもキャプテンならではの仕事も多かったのだが、まだ後継者が居なかったから。
 キャプテンではなく、厨房と兼業でしていた物資の分配を行う者が決まっていなかったから。
 駆け出しの候補者を手伝ってやるべく、暇な時には覗きに出掛けた。アドバイスをして、これはこうだと知恵も出してやった。
 そんな最中に、コンテナに入ってシャングリラへと運び込まれた羽根ペン。
 前のブルーが奪ってしまった、専用の箱に収められた羽根ペンがドカンと詰まった箱。



「…誰がこんなのを使うんだい?」
 分配希望者を募るために、と物資の数々を陳列した部屋。蓋を開けて置かれた羽根ペンの箱に、ブラウが遠慮の無い言葉を浴びせた。これは古すぎると、ゴミであろうと。
「そうだな、恐らく誰も希望者はいないだろうな」
 居たら驚く、とゼルも「古すぎる」文具とその付属品に呆れてはいたが、こればっかりは分配を初めてみるまで分からない。希望者が何処かに居るかもしれない。
 ハーレイは羽根ペンを見た瞬間から「欲しい」と思ってしまったのだし、同じ趣味を持つ仲間がいないとは言い切れない。
(…欲しいんだがなあ…)
 けれども分配前の内覧会とも言える、自分たちの下見。其処でキャプテンが奪い去っては…、と諦めて見守ることにした。もしも残ったら貰うことにしようと、一箱くらいは残るだろうと。
 ところが、いざ分配が始まってみたら、羽根ペンの箱は全部残った。
 ただの一箱も、一箱でさえも引き取った者はいなかった。



 分配が終わり、残った物資を倉庫送りや処分品などに仕分ける作業が始まった時。
 ハーレイは目を付けていた羽根ペンの箱を一つ持ち上げ、宣言した。
「こいつは俺が貰っておくぞ。残りの箱も倉庫に仕舞っておいてくれ」
 次の機会があるかどうかが分からんしな。予備は沢山あるほどいいんだ、捨てるなよ。
「また、あんたかい」
 ブラウがフウと溜息をついて、「酔狂だな」という感想がゼル。
 前に木の机を引き取ったのもハーレイだったと、今度は羽根ペンを引き取るのかと。ヒルマンやエラも「またか」という顔で見ていたけれども、ブルーは違った。
「そんなに変かな?」
 ぼくはハーレイらしいと思うけれどね?
 みんなが欲しがらないような物にでも価値を見出せるのは凄いと思うよ、才能だよ。
 何でも大切に出来る精神。
 そうでなくっちゃキャプテンも務まらないんじゃないかな、広い目で物を見られないとね。



 リーダーだったブルーの言葉が効いたか、はたまた見放されたのか。
 ゼルたちは分配に使用した部屋から出て行ってしまい、ハーレイは羽根ペンの箱を手に入れた。とりあえず一箱、他は係の者に頼んで備品倉庫へ。
 その日の勤務が終わって部屋に戻って、机の上に置いてあった羽根ペンの箱をそうっと開けた。
 分配は勤務時間中に行われたから、箱を置きに戻るのが精一杯で。
 本当に自分のものになったと、これが自分の羽根ペンなのだと箱の中身をじっと見詰める。分配前の陳列中には見ていただけの品が、今では全て自分のもの。自分だけのもの。
 主役の羽根ペンもさることながら、インク壺だの、吸い取り紙だの。
 初めて触れる品々に心が躍った。顔が自然と綻ぶのが分かる。
(…俺のものだぞ、これが全部な)
 まずはセッティングをしなければ。木の机の上に、ずしりと重いペン立てを据えた。羽根ペンを其処に立てるわけだが、その羽根ペン。
(うーむ…)
 真っ白な鳥の羽根で出来たペンにはペン先が既に取り付けてあった。それとは別に、箱の上蓋の内側に留め付けられた幾つものペン先。取り替え可能なペン先たち。
 どれも同じというわけではなく、形が違った。恐らくは目的に合わせて使い分けるもの。文字の太さなどが変わるのだろうが、初心者には全く見分けが付かない。
 最初から付いていたものでいいだろう、と替えずにペン立てに収めた所で。



「ふうん…」
 いつの間にドアが開いていたものか、それとも得意の瞬間移動で現れたか。
 まだ少年の姿のブルーが、ハーレイをキャプテンに推したブルーがドアを背にして立っていた。机の上に立てた羽根ペンの方を見ながら近付いて来て、それとハーレイとを見比べて。
「いい雰囲気だね、思った通りにハーレイに似合う」
「そうか?」
「うん」
 まだ制服さえ無かった頃。ブルーがソルジャーではなかった頃。
 ブルーへの敬語は必要ではなく、普通に言葉を交わすことが出来た。砕けた口調で、アルタミラからの友人として。
 しげしげと羽根ペンを眺めたブルーは、こう尋ねた。
「それで航宙日誌を書くわけ?」
「いや、まだだが。慣れないペンで書いたら書き損じるしな」
 今日の所はいつものペンだ。航宙日誌は、こいつで書くのに慣れてからだな。
「残念。使い初めをするなら、どんな字になるのか読ませて貰おうと思っていたのに」
「誰が読ませるか、航宙日誌は俺の日記だ!」
「でも、日誌だろう?」
 何処でも日誌は引き継ぎ用に書いているもので、書き手以外も読んでいるけど?
「俺には引き継ぎなんかは無いぞ。日記だと言ったら日記なんだ!」
 キャプテンが二人いるなら分かるが、俺一人だしな?
 誰に引き継ぐ必要も無いし、日誌を書くのも読むのも俺一人だ!



 読ませてたまるか、と追い払おうとしたのだけれども、居座ったブルー。
 椅子を引っ張って来て、机の脇に座ってしまった少年の姿をしているブルー。
 羽根ペンなるものをどう使うのかと、ワクワクしながら待っているのが分かるから。
 ハーレイは「言っておくが」とブルーに断った。
「こいつを貰っては来ちまったが、だ。…俺も羽根ペンは本でしか知らないからなあ…」
「そうだったわけ?」
 知っているのかと思っていたよ。だから欲しくて貰ったんだな、と。
「おいおい、ヒルマンじゃあるまいし…。俺の知識はたかが知れてる。ペンだとしか知らん」
 だが、憧れのペンではあったな、羽根ペン。使ってみたいと思ってはいた。
「いつから?」
「本で挿絵を見た時からだな。主人公が手紙を書いていたんだ、羽根ペンで」
 これは何だ、と思わなくても直ぐに分かった。羽根ペンって言葉が出て来たからな。
 羽根っていうのは見りゃあ分かるし、そいつで作ったペンなんだな、と。



 ブルーが奪った物資に混ざった本や雑誌などは図書室へ。
 そう名付けられた部屋に書棚が作られ、閲覧用の机も置かれていた。其処で手に取った本を読み進める内に、出て来た挿絵にあった羽根ペン。主人公が使っていた羽根ペン。
 手紙に書くべき事を考えつつ、インク壺にペン先を浸して、書いて。
 インクを早く乾かすためにと吸い取り紙で押さえ、書き上がった手紙を読み返していた。
 普段、ハーレイが使うペンでは考えられない手間暇のかかる執筆作業。けれど、味わいがあっていいと思った。そういうペンで書いてみたい、と惹き付けられた。
 とはいえ、挿絵の人物の服装が示すとおりに古い昔の本だったから。人が地球しか知らなかった時代に書かれた古い本だから、まさか羽根ペンが今もあるとは思わなかった。
 とうの昔に消えたものだと、挿絵にしか無い文具なのだと見ていた記憶。



 それなのに、一目で惹かれてしまったから。
 此処にある木で出来た机と同じく、使いたいと思ってしまったから。
「…もしかしたら俺の養父母の家にあったのかもしれんな、この羽根ペンも」
 木の机も羽根ペンも、失くしちまった記憶の中に多分、あったんだろう。
「そうなんだ?」
「羽根ペンが現役で存在するとなったら、俺は見たことがあるんだと思う」
 ついでに「いい思い出」ってヤツとセットなんだろうな。
 羽根ペンを見たら欲しくなるんだし、きっと羽根ペンにいい思い出が詰まっていたんだ。
「どんな思い出だったんだろうね?」
「こいつを使って遊んでいたってわけではないだろうしなあ…。人をくすぐって遊ぶとかな」
 遊べそうだが、それだと「これで書いてみたい」と思う理由にはならん。
 こういったペンは改まった時に使うものだ、とヒルマンが言っていたからなあ…。
 招待状の返事でも書いているのを見たかもしれんな、パーティーとかの。
「パーティーって、子供が行けるパーティー?」
「そうだと思うぞ、育英都市だと子供同伴のパーティーだろうし」
 羽根ペンを使って何か書いていたなら、何日かしたらパーティーに行ける。
 そんな記憶があったかもしれんな、機械にすっかり消されてしまう前にはな。
 木の机でそいつを書いていたとか、如何にもありそうな話なんだよなあ…。
 今じゃ何一つとして覚えちゃいないが、それでもこうして記憶の欠片が残っているのかもな。
「ハーレイはいいな…。ぼくにもそういう温かい記憶があればいいのに」
「いつかは思い出すかもしれんさ、何かのはずみに」
「そうだといいな」
 ブラウたちに「変な趣味だ」と笑われてもいいから、何かを思い出したいな。
 ハーレイの机と羽根ペンみたいに、いい思い出とセットの何かを。



 机の脇に座ったブルーは帰ろうともせずに、椅子に腰掛けて動かない。
 お茶を出してやったわけでもないのに動かないから、ハーレイはやむなく切り出した。
「…おい、ブルー。俺はこれから今日の航宙日誌をだな…」
 書かなきゃならんし、暇ってわけではないんだが。
「それじゃ羽根ペンの試し書きは?」
「日誌の後だ。まずは仕事だ」
「じゃあ、待ってるよ」
「おい!」
 此処で待つ気か、丸見えじゃないか!
 航宙日誌は誰にも見せんと言っただろうが、たとえリーダーでも俺は見せんぞ!
「分かってるよ。ちゃんと向こうで待ってるってば、君のベッドを借りてもいいよね」
 椅子の代わりに座って待つから。
 それから、あそこに置いてある本。あれも借りるよ、暇つぶしに。



 そう言ってブルーは椅子から立つと、ベッドの方へと行ってしまった。其処に腰掛け、膝の上に本を広げてはいるが、ハーレイにしてみれば心配ではある。
 なにしろ、ブルー。瞬間移動でアッと言う間に背後に立ってしまえるブルー。
 航宙日誌を引っ張り出して開いたものの、ペンを片手にベッドの方へと視線を向けた。
「これから書くから、読みに来るなよ?」
「行かないよ。君の大切な日記なんだろう?」
 仕方ないよね、と本のページをめくるブルーがどうにも気になって、気になって。
 覗かれてしまわないだろうか、と振り返り、振り返り日誌を書いた。
 日付を書く欄があるというだけの、日記にもノートにも使える仕様の航宙日誌。
 白い鯨が完成した後には専用の立派な日誌が作られたけれど、それまでの間はノートだったり、正真正銘、日記帳だったこともある。
 白い鯨が出来上がった時、ハーレイ自身が時間を作っては順に整理し、何冊かずつ纏めて揃いの表紙を付けて仕上げて、きちんと本棚に並べたけれども。



 ブルーを気にしていたせいだろうか、航宙日誌を書き終えるまでに普段の倍はかかったと思う。それでもなんとか書き上がったから、閉じて置き場所へと戻した所で。
「終わった?」
 ブルーが顔を上げ、読んでいた本をパタリと閉じた。何の未練も無いらしい。さもありなん、と苦笑いしつつ「ああ」と答えれば、ブルーは本をベッドに置いていそいそと元の椅子に戻った。
 ハーレイがベッドに置いていた本は料理の本だし、つまらなかったに違いない。
「日誌が終わったんなら、羽根ペン」
 早く、と急かされ、「うむ」と試し書き用の紙を取り出した。インク壺を開け、羽根ペンの先を浸して紙に「ハーレイ」とサインしてみる。
「ふうん…。そうやって使うんだ」
「インクは入っていないからな。で、こいつで、と…」
 吸い取り紙を持ち、初めてにしては上手く書けたと思えるサインに押し付けた。余分なインクを吸い取るそれに、ブルーの瞳が丸くなる。
「ああ、そうすれば手が汚れないよね。でも…。普通のペンより面倒じゃない?」
 ハーレイらしいとは思うけれども。
 机だって大事に磨いてるんだし、ペンをいちいちインクに浸けたり、書き上がった字を乾かしていても別に変とは思わないんだけど…。
「こういった手間をかけてやるのは好きだな、俺の好みというヤツだ」
 効率だけを追求するより、過程の方も楽しまないとな?
 そういう点では昔に生きてた連中の方が、豊かな人生を送っていたかもなあ…。
 こうやって文字を書くにしたって、じっくりと時間をかけて、ってな。



 同じ文章を綴るにしても手間と時間がまるで違う、とハーレイは試し書きを続けた。
 航宙日誌の中身と少し重なるかもしれない、今日の物資の分配作業。羽根ペンを手に入れられた幸運な出来事を「引き取り手が無かった羽根ペンを貰った」と書き、吸い取り紙で押さえる。
 次は…、とペン先をインク壺に浸そうとしたら、ブルーがそれを眺めながら。
「つまりハーレイ、古いものに憧れるタイプなんだね」
「そうなるな」
 こいつもそうだし、机もそうだな。どっちも古すぎて誰も引き取り手が無かったからな。
「じゃあ、ぼくにも?」
「はあ?」
 意味が掴めず、試し書きを中断してブルーの方へと向き直ってみれば。
「古いものに憧れるタイプだったら、もしかして、ぼくにも憧れたりする?」
 古いよ、ぼくは君よりもずっと。
「お前が古いのは年だけだろうが!」
 見た目も中身も、俺よりもずっと新しいくせに、古いも何も…。
 なんでお前に憧れにゃならん、羽根ペンや机とは違うだろうが!
「やっぱり、そう?」
 古いものなら何でもいいのかと思ったんだよ、ぼくなんかでも。
 憧れられても困るけれどさ、「引き取り手が無いから貰ってやる」って言われても。
「俺だって要らんぞ、お前なんかは」
 机みたいに磨く楽しみも無きゃ、羽根ペンみたいに書く楽しみだって無い代物だぞ、お断りだ。
 心配しなくても俺は貰わん、古けりゃ何でもいいってわけではないからな。
「ふふっ、良かった」
 古いものだからって憧れられても、ぼくはあげられないからね。
 これでも一応、人格はあるし、所有物には向かないんだよ。
「違いないな」
 俺の方でも御免蒙る、お前なんかを貰うのはな。



 あの時はお互い、笑い合っておしまいだったけれども。
 それから長い長い時が流れて、白い鯨が出来上がった後に恋をした。ソルジャーと呼ばれ、青の間に住む美しい人に。あの日のブルーが気高く育った、それは美しいミュウの長に。
 そうしてブルーと想いが通じて、身も心も結ばれた恋人同士になれたのだけども。
(…古いものだから憧れた…ってわけではないよな?)
 まさかそういう恋ではあるまい、と羽根ペンを巡る会話を思い返して苦笑する。
 確かにブルーは年だけは上で古かったけれど、レトロなアイテムというわけではない。
 ブルーの何処にも古さを感じたことは無かったし、古いと思ったことさえも無い。
 冗談交じりに「ぼくは年寄りだよ」と言っていたって、ブルーの姿は若々しかった。その身体が弱り、死の影が間近になった頃でさえ、ブルーは若かったのだから。



(うん、ブルーはブルーだ)
 古いものが好きだから恋をしたのだ、と言うのであれば。
(今のあいつに当て嵌まらんしな?)
 十四歳の小さなブルー。見た目どおりに若いどころか幼いブルーは、古くない。
(いや、しかし…)
 いくら今のブルーが若いとはいえ、ソルジャー・ブルーの生まれ変わり。
 前の生からの恋人なのだし、古いのだろうか。
 幼いブルーも、古いものだと言えないこともないのだろうか…?
(古女房という言葉があったな…)
 今の自分だから知っている言葉。古典の教師をしている間に覚えた言葉。
 もしもブルーにこれを言ったら、膨れっ面になるのだろうか。
 「古くない!」と唇を尖らせ、膨れるだろうか、小さなブルーは。



(まさか、古いから好きってわけではないと思うが…)
 違う筈だが、と思うけれども。
 思いたいけれども、前の自分が好んでいたもの。
 誰も引き取り手が無かった代物、木で出来た机と、書くのに手間がかかる羽根ペン。
 どちらもレトロで、前の自分の象徴なのだとゼルが笑った二大アイテム。
 古すぎたことを否めはしないし、レトロに過ぎる趣味ではあった。
 更に…。
(三度目の正直って言葉もあったな…)
 まさかブルーが三つめのレトロなアイテムだった、という恐ろしいオチではないのだろうが。
 前の自分は確かに古いものに、年上のブルーに恋をした。
 恋に落ちてブルーに想いを打ち明け、手に入れて自分のものにした。
 誰にも言えない秘密の恋ではあったけれども、結ばれて幸せな時を過ごした。
 白いシャングリラで、遠く遥かな時の彼方で。
 そうして今も恋をしている。
 青い地球の上に生まれ変わって、小さなブルーに恋をしている。



(今度の羽根ペンは、あいつがくれた羽根ペンだからな…)
 いつかブルーにラブレターを書ける時が来たなら。
 小さなブルーが大きく育って、堂々と恋を語り合える時が訪れたなら。
 この羽根ペンでしっかりと想いを綴ろう、とハーレイは紙にブルーの名を書いた。
 前の生では、書くことが無かったラブレター。
 何処から知れるか分からないから、書かずに終わったラブレター。
 それを今度は羽根ペンで書く。
 前の生からの恋人のために、その恋人がくれた大切なペンで…。




         レトロな趣味・了

※前のハーレイのレトロな趣味。木の机だとか、羽根ペンだとかに惹かれたようです。
 そして同じに「古かった」のがブルー。そのせいで恋をしたなんてことは、ないですけどね。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv








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