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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

探し物の天才

(…無い…)
 此処にも無いよ、とブルーは勉強机の脇の床に座って項垂れた。
 昨日の夜からの探し物。ハーレイに聞いた海の話が心に残って、お風呂の中で思い出した物。
 小さな頃に海で拾った真っ白な貝殻。
 拳みたいな形の巻貝、今から思えばタカラガイの仲間。
 拾った時には大きかったけれど、今の自分なら手のひらに収まるくらいだろう。
(白くてコロンとしてたんだよ…)
 父が「ウサギ貝」だと教えてくれた。本当の名前は海兎貝だが、ウサギ貝の方が通りがいいと。
 ウサギはとても好きだったから、貝の名前も気に入った。
 真っ白でコロンと丸いウサギの貝。海に住んでいる、海兎の貝。
 それに何よりも、海の音。
(…海のウサギの貝だものね)
 耳に当てると中から海の音が聞こえた。海のウサギが聞いていた音。
 父と母が教えてくれたとおりに、家に帰ってから耳に当てても海の音はちゃんとついて来た。
 海辺のホテルに泊まっていた時は、窓の向こうの海の音かと思っていたのに。



(海の音が聞こえる貝なんだよ)
 ハーレイが好きな海の音を届けてくれる貝。海の音が中から聞こえてくる貝。
 確かに自分は持っていたのだ、と思い出したから、お風呂の後で探していたのに、見付からないまま諦めてベッドに入った。
 遅くまで探して体調を崩せば、ハーレイに会える学校に行けなくなってしまうから。
(…色々、考えたんだけどなあ…)
 今日こそは見付け出してみせる、と学校へ行く路線バスの中から考え続けて、見当を付けた勉強机の一番下の引き出しの奥。
 大切な物を仕舞う場所は全て探したのだし、恐らく落っこちたのだろう、と。
(引き出しの奥に引っ掛かっちゃって、下に落ちること、あるものね…)
 けれど引き出しの一番奥に貝は無かった。コロンと丸い、海のウサギは居なかった。
 其処に居なければ、もう一つ下。
 更に下へと落ちたのであれば、一番下の引き出しを抜かないとブルーには拾えないのに。



 前の自分なら、こんな時には瞬間移動で取り出せた。サイオンで引き出しの下を覗いて、其処に落ちている海のウサギを見付けてヒョイと一瞬で出せた。
 けれども今のブルーには無理。海のウサギが落ちている場所を透視すら出来ない。
 行く手を阻む大きな引き出し。勉強机の引き出しの中でも、一番大きな深い引き出し。
(…重たいよ、これ…)
 引っ張り出して抜いたら、元に戻せそうもない重さ。中身を空にしてみても重かった。これではどうにもなりはしない、と溜息をつく。
 父が帰ったら、抜いてくれるように頼んでみようか。この下に宝物を落としたのだ、と。
 けれど、それでも無かったとしたら…。
 海のウサギは此処に居るのだ、と引き出しの奥を覗くけれども、自信が無い。
 引き出しの下を見られないから。
 コロンと落ちている筈の海のウサギは、今のブルーには見えないから。



(…何処にあるの…?)
 幼い自分が大切にしていた、海の音が中から聞こえる貝。
 白くてまあるい、ウサギそっくりのウサギ貝。
 あの貝が今、欲しいのに。海の音を聞かせて欲しいのに…。
 店で売っている貝殻ではなくて、正真正銘、自分が海で拾って来た貝。海辺で拾った海の音。
 ハーレイの大好きな海の世界の音を聞かせてくれる貝。
 真っ青な海と、波の音。
 ハーレイが話してくれた海の話を、海の音を聞きながら思い出したいのに…。
(…そうだ、ハーレイ!)
 失くしてしまった宝物。探しているのに、出て来てくれない白い貝殻。
 ハーレイは探し物が得意だった、と遠い記憶が蘇って来た。
 遠い遠い昔、ハーレイとシャングリラの中だけで暮らしていた頃。
 そのシャングリラがまだ白い鯨ではなかった昔に…。



「あれが見当たらないんだけどねえ…」
 何処だろうか、と首を捻ったブラウに、ハーレイが「あれとは?」と問い返した。
 人類のものだった船に名を付けただけの、シャングリラ。名前だけは楽園と立派だった頃。
「あれだよ、あれ」
「ああ、あれな」
 そいつだったら…、と備品倉庫にしていた部屋の一つに入って行ったハーレイは「これだろ」と箱を抱えて戻って来た。予備のリネン類が詰められた箱の中の一つで、枕カバーと書かれた箱。
「そうだよ、これ、これ!」
 助かったよ、と箱を受け取ったブラウがおどけた表情で尋ねる。
「アレで通じたかい?」
「前後の話で大体な」
「そりゃどうも。じゃあ、貰ってくよ」
 ありがとう、と立ち去るブラウを見送りながら、側で全てを見ていたブルーは首を傾げた。
 予備の枕カバー。
 ブラウの探し物は薄々感じ取れたけども、ハーレイもそれを読んだのだろうか?
 漠然とした思念をきちんと読み取り、倉庫から出して来たのだろうか?
 だとすればハーレイのサイオン能力も相当なものだ、と思ったのに。



「いや。俺はそこまで器用じゃないしな」
 ブラウの姿が見えなくなった後、その質問をハーレイに向かって投げ掛けてみたら、返って来た答えがそれだった。
「あれはアレとしか分かりゃしないし、ブラウの話からアレかと思っただけなんだが…」
 そのくらいは誰でも出来るんじゃないか、話さえきちんと聞いていればな。
 ヒントってヤツは詰まってるもんだ、だから「アレ」でも通じるわけだ。
「でも、ハーレイ。…ブラウだけじゃなくて、いつも色々探していない?」
 アレって言ってくる人は珍しいけど、探し物。
 しょっちゅう倉庫に入っているように思うんだけどな。
「そりゃまあ、頼まれれば探してやるさ」
 見付からないって困ってるんなら、俺が探してやらんとな?
 探し出せないなら安請け合いをしては駄目だが、いつでも俺は見付けて来るだろ?
「うん。…あれも凄いな、って見てるんだけど…」
「凄くはないさ。コツはな、整理整頓だ」
 整理しておきゃ見付かるもんだ、とハーレイは笑う。何処に何があるかを分かりやすく整理し、詰め込んでおけば目的の物を引っ張り出せると。
 最初は二人で片付けただろ、と、お前と二人でやっただろうと。



 そう、一番最初はそうだった。ハーレイと二人で始めた作業。
(…二人で掃除をしてたんだっけ…)
 アルタミラから脱出して間もない頃に、一人ずつ部屋が割り当てられた。
 心が落ち着いてくればプライバシーも気になってくるし、プライベートな空間が欲しいと要望も出る。船は充分に大きかったから、一人に一部屋。
 貰った部屋の管理は各自の仕事。気が乗らないなら荷物が積まれたままでもかまわなかったし、綺麗にしろとは誰も言い出さない段階。
 アルタミラでは狭い檻の中だけで暮らしていたから、雑然と荷物が置かれていようが部屋は充分広いと感じる。船の通路に積まれた箱なども、避けて通ればそれで済むこと。
 ところがブルーには、その状態は好ましいものとは思えなくて。
(…ぼくって、前のぼくの時から綺麗好きだしね…)
 自分の部屋を片付けて居心地のいい空間に仕上げた後は、通路も綺麗に掃除したくなった。歩くための場所に荷物を置いておくより、通路は通路。避けなくても真っ直ぐに歩ける通路。
 けれども、どうすればいいのだろう?
 ただ端の方へ寄せるだけでは根本的な解決になりはしないし、片付かない。どうしたものか、と考えながら出掛けて行ったハーレイの部屋。
 脱出の直前に初めて出会った仲だというのに、「俺の一番古い友達だ」と気遣ってくれる友人の部屋。その部屋もすっかり片付いていたから、「通路…」と口から零れた言葉。
 ハーレイの部屋も片付いているのに、と気になった通路。荷物を避けながら歩いて来た通路。



「ん? …通路がどうかしたか?」
 怪訝そうな顔をしたハーレイに、思い切って言った。
「通路に積んである荷物…。片付けたら歩きやすいかな、って…」
「それで?」
「ちゃんと片付けたいんだけど…。今みたいにゴチャゴチャしていないように」
 通路が済んだら、放ってある部屋だって片付けたいな。
 この船の中をきちんと綺麗に、何処へ行っても邪魔な荷物とかが無いように。
「いいんじゃないか? いつかはやらんといかんことだしな」
 此処で暮らして行くんだったら、そういったことも必要になる。放っておいたらメチャクチャになるだけで、勝手に片付くわけじゃない。
 お前がそう思ったのも切っ掛けっていうヤツだろう。やるか、二人で。




 サイオンは出来るだけ使わず、身体を使って手と足で。
 運動を兼ねて自分の身体を動かすべきだ、というのがハーレイの動かぬ信条で。
 せっせと二人で汗を流して通路に置かれた荷物を運んで、空いた部屋へと片付けていった。順に整理し、似たようなものは集めて積み上げ、箱ごとに中身が何かを書いて。
(…最初の間は分からない物もあったんだよね)
 何に使うのか見当がつかず、保留になった箱が幾つもあった。それはそれで纏めておいて、箱に「不明」の文字と手掛かり。どういった形の物だったとか、何で出来ているように見えたか。
 飛び抜けて身体の大きいハーレイはともかく、小さなブルー。
 船で一番身体が小さく、見た目も少年のブルーが頑張って片付けをしているのだから、まずゼルたちが手伝い始めて、いつしか船の仲間たちが総出の作業となった。
 思ったよりも早く船の中は整理され、通路も人間専用としての本来の機能を取り戻して…。



 それがハーレイの仕事の始まり。
 本人は厨房で調理をしていたけれども、最初は食材の管理から。食料の在庫を常に把握し、船にあるものだけで料理を作った。何があるかを、どれから使うかを計算しながら。
 ブルーが食料と一緒に物資も奪って来るから、食料を倉庫などに運び入れた後に、残りの物資を仕分けして仕舞うことになる。
 個人の役に立ちそうなものは、希望者を募って公平に分配。
 船全体で使うものなら、目的別に備品倉庫へ。箱に中身が書かれていなければ、何の箱か一目で分かるように書き、埋もれてしまわないように様々な品物のリストも作って。



 物資の仕分けや備品倉庫への搬入作業は、ハーレイ以外の者も手伝っていたのだけれど。
 備品倉庫の基礎を作ったのがハーレイだったから、どういった品が何処に運ばれたか、置かれているかはリストを見ずとも把握出来ていたと言っていい。
 こういう品なら何処の倉庫で、其処のどの辺り、と簡単に見当を付けられる。
 大抵の物の在り処はハーレイの頭に入っていたから、さながら備品倉庫の管理人。
 ブラウではないが、「あれ」などという要領を得ない問い合わせをする者もいたし、目的の物が見付からないと訊きに行く者も。
 どれもにハーレイは気軽に応じて、求められる品を出してくるから。
 待たせることなく備品倉庫から出してくるから、ますます頼りにされてゆく。
 「見当たらない物があるならハーレイに訊け」とまで言われたくらいに。
(…うん、自分が何処かで失くした物まで訊きに行くんだよ)
 いつも期待に応えたハーレイ。
 船の中で誰かが置き忘れた物まで、きちんと管理していたハーレイ。船の備品なら、それが本来あるべき場所へと。そうでなければ、持ち主不明の遺失物として専用の場所へ。
 そうした管理能力なども買われて、ついにはキャプテンになったのだけれど…。



(…そっか、ハーレイの探し物の才能、ぼくの部屋だと無理なんだ…)
 此処はハーレイが整理した部屋ではないから。ハーレイが整えたわけではないから。
 「見当たらない物があるならハーレイに訊け」と頼られた能力は発揮されない。
 ブルーの部屋では出来るわけがなく、海のウサギは見付けられない。
 それでも…、と期待したくなる。
 ハーレイならばと、あのハーレイなら失くしてしまった海のウサギを見付け出すかも、と。



 もしかしたら…、と勉強机で考え込んでいたら、来客を知らせるチャイムの音。
 ハーレイが仕事帰りに寄ってくれたから、母がお茶とお菓子を置いて出て行くのを待って頼んでみた。例の引き出しを引っ張り出せるかと、引っ張り出してから元に戻せるかと。
「ん、こいつか?」
 椅子から立ったハーレイは引き出しを確かめ、両手でグッとしっかり掴んで。
「…よっ、と!」
 引き出しの中身を出しもしないで、軽々と引っ張り出されたそれ。ブルーの腕には空の状態でも重すぎたそれを、楽々と引っ張り出してくれたけれども。
 覗き込んでみた奥の暗がりに、ブルーの探し物の姿は無かった。
 引き出しの下に落ちたのだろうと思った、海のウサギは居なかった。



「…ありがとう…。引き出し、元に戻してくれる?」
 溜息と共に頭を引っ込め、逞しい腕を持つ恋人に頼んだ。
「もういいのか?」
「…うん。…無かったから……」
「ほう…?」
 引き出しを元に戻してくれたハーレイは何かを言いたそうで。
 テーブルを挟んで向かい合わせに座り直した後も、鳶色の瞳が「どうした?」と問い掛けてくるように見えるから。
 つい、その表情に甘えたくなった。
 探し物が得意だったハーレイならばと、この部屋でも見付けられるのかも、と。



 引き出しを引っ張り出してくれたハーレイ。元に戻してくれたハーレイ。
 探し物をしていることは、きっと分かっているだろうから。
 ブルーは「ねえ」と、恋人に甘えることにした。
「ハーレイ、今でも探し物は得意?」
「はあ?」
「前のハーレイだよ、うんと昔のシャングリラの頃。探し物の天才だったでしょ?」
 みんな言っていたよ、「見当たらない物があるならハーレイに訊け」って。
「あったな、そういう言葉もなあ…」
 懐かしいな、と鳶色の目が細められる。
「それで、お前の探し物というのは何なんだ? 引き出しの下には無かったそうだが…」
 ちゃんとハサミを持ってお願いしてみたか?
「ハサミ?」
「古い昔のおまじないさ。ハサミを持ってお願いするんだ」
 お前の机にもあるだろ、ハサミ。
 まずアレを持って、刃先を下に向けてだな…。それから目線よりも上に持ち上げるんだ。
 そうやってハサミにお願いしてみろ、声には出さなくてかまわないから。
 「これを失くしてしまいました。早く見つかりますように」ってな。
 俺に頼むよりも先にハサミに頼め。駄目で元々と言うだろう?



 古典の教師ならではの知識か、それとも古い物が好きだと聞くハーレイの両親の知恵なのか。
 ハサミのおまじないなるものを教わったブルーは、両手でハサミを持ってみたけれど。
 刃先を下にして願ってみたけれど、それで出て来る筈も無くて。
(…ウサギ貝、何処に行っちゃったんだろ…)
 引き出しの下には居なかったウサギ。白くてコロンと丸い海のウサギ。
 ハサミを所定の位置に戻して、ガッカリしながら椅子に腰掛けると、ハーレイに訊かれた。
「何を探しているんだ、お前?」
「…宝物……」
 海の音がする貝を探しているとは言えなかった。恥ずかしくて。
 ハーレイの好きな海の音が聞こえるウサギ貝を探しているのだ、とは。
「宝物なあ…。見付からないのか?」
「うん。昨日の夜から探しているのに…」
 ぼくの宝物は全部、机の引き出しにちゃんと仕舞ってある筈なのに…。
「宝物、本当に其処だけか?」
「えっ?」
「机の引き出しだけなのか、と訊いているんだ。お前が宝物を仕舞っておく場所」
 宝物ってヤツは生きてる間にどんどん増えるぞ、分けていないか?
 増えすぎちまって他の何処かに仕舞っていないか、その宝物。
「あっ…!」
 そういえば、とブルーは思い出した。自分でもとうに忘れてしまっていたことを。



 ずいぶん前に、母に綺麗な缶を貰った。
 元々はお菓子が沢山詰まっていた缶。パカリと蓋が開く、青く美しい地球が印刷された缶。
 蓋に青い地球、缶の四方はソル太陽系の星たちと宇宙。一目で魅せられて欲しかった缶。
(…前のぼくの記憶は、あの頃は戻っていなかったのに…)
 それでも缶が欲しいと思った。青い地球とソル太陽系と宇宙を鏤めた缶が。
 母に強請って、約束をして。
 中のお菓子が無くなった後で、貰って大切にこの部屋に運んで来て。
 あの缶を何処に仕舞っただろう?
 青い地球が浮かんだ宝物の缶を、自分は何処に仕舞ったのだろう…?



 それこそハサミにお願いしたい気分だったが、部屋をぐるりと見回してみて。
(そうだ、クローゼット!)
 小さな自分が潜り込んでいた。母に貰った缶を抱えて、奥の奥へと。
(うん、きっと、あそこ…!)
 開けて覗いてみたクローゼットの奥の隅っこ、今よりも小さな自分が隠した缶が入っていた。
 身体ごと手を伸ばし、手にした途端に蘇る記憶。
 この缶の中に確かに仕舞った。
 幼かった頃の宝物の幾つか、うんと大切で特別な宝物たちを。
(…青い地球が綺麗な缶に入れたよ…)
 あの頃の自分は、青い地球がどんなに価値のあるものか、全く知らなかったのに。
 前の生で焦がれた星であることさえ知らずに生きていたのに、宝物を仕舞おうと考えた。そして大切に隠しておこうとクローゼットの奥の隅に置き、取り出しては中身を眺めていた。
(ぼくの宝物…)
 取り出した缶の蓋を開ければ、コロンと丸い白い貝殻。
 探し回っていたウサギ貝。
 海のウサギが缶の中に居た。他の宝物たちと顔を並べて、誇らしげに。



「あった…!」
 見付かった、とブルーは宝物の缶から海のウサギを持ち上げた。
 遠い記憶では大きかった貝は、思ったとおりに今の自分の手のひらに収まる大きさで。
 白いウサギを手のひらに乗せて、艶やかに光る身体を撫でる。
「ハーレイ、やっぱり探し物の天才なんだね!」
「そういうわけでもないんだが…。まあ、あれだ。お前よりも長く生きてる分、経験でな」
 増えちまったら、分けて仕舞うしかないだろう?
 最初は身近な場所に仕舞って、増えたら今度は宝物置き場を作るってな。
 で、なんでそいつを探していたんだ?
「えっ?」
 えーっと…、と言葉に詰まったブルー。
 海のウサギは見付かったけれど、探していた理由は海の音。
 ハーレイが大好きな海から聞こえる音が聞きたくて探していたとは、とても言えない。
 恥ずかしくて言えたものではない、と頬を真っ赤に染めたけれども。
 そうなればハーレイが訊かずに済ませるわけがない。
 どうしてブルーが頬を染めるのか、その貝殻に何の意味があるのかと。



 ハーレイは赤くなったブルーに「うん?」と探るような目を向け、片目を瞑った。
「俺が探してやったんだ。教えて貰う権利はあると思うがな?」
 ウサギ貝だろ、その白い貝。
 なんでお前が探していたのか、理由を訊いたら赤くなるのか。
 まさかウサギの目の色を真似てみましたってわけでもあるまい、どうして顔が赤いんだ、お前。
「…ハーレイの意地悪…」
 ブルーは唇を尖らせながらも、渋々、意地悪な恋人に向かって白状した。
「……海の音だよ」
「海?」
「…ハーレイの好きな、海の音。それが聞きたかった」
 昨日、海の話をしてくれたでしょ?
 あれを聞いたら海に行きたくなったけれども、近くに海が無いんだもの。
 海の音だけでも聞きたいのに、って考えていたら思い出したんだ。
 小さな頃に海で貝を拾って、持って帰ったら家でも海の音が聞こえたんだ、って。
 また聞きたい、って思って探していたんだよ。
 海の音だけでも聞いてみたい、って…。
 ハーレイが好きな音がどんなのか、この貝で聞いてみたいって…。



「…参ったな…」
 俺のせいか、とハーレイは照れたように頭を掻いて。
 少し赤くなった頬をブルーに悟られないよう、「ほら」とウサギ貝を指差した。
「せっかく見付かった貝なんだしな? 耳に当ててみろ」
 暫く黙っていてやるから。
 海の音がするか、ちゃんと確かめてみるんだな。
「うん」
 素直に耳に当てたブルーが、目を閉じて貝から流れて来る音に聞き入っているから。
 ハーレイは「どうだ?」と小さなブルーに尋ねた。
「それで海の音、聞こえるか?」
「…聞こえてるよ、海の波の音…」
 うんと遠くから、と赤い瞳が姿を現し、音を聞きながら瞬いた。
「ハーレイ、この音が好きなんだね」
 波が浜辺に打ち寄せる音。…貝が聞かせてくれている音。
 この音がする浜辺からずっと遠くの沖まで、泳いで行くのが大好きなんだね…。
「まあな。沖へ出ちまったら波の音はせんし、浜辺でのんびり寝転んでいるのも好きだがな…」
 そうやって波の音を聞いているのも好きだが、間違えるなよ?
 俺の一番は海じゃなくって、その音を聞きたいと探してくれたお前の方さ。
 一番好きなものはお前だ、海よりもずっと大事なんだから、覚えておけ。
「…ホント?」
「本当だ。…だが、当分はお前と海には行けんしなあ…」
 それまでは音だけで我慢しててくれ、俺が探してやった貝から聞こえる海の音で。
 見付かったんだからそれでいいだろ、海の音の貝。



 いつか一緒に海に行こうな、とハーレイが微笑む。
 俺の車で本物の海へ、本物の地球の青い海の音を聞きに行こう、と。
「連れてってくれる?」
「もちろんだ。お前にも俺の好きな世界を見せてやらんとな」
 しかしだ、俺が海で泳いでたら、お前は留守番になっちまうしなあ…。
 二人で一緒に浜辺を歩いて貝殻でも拾うか、海水浴の代わりにな。
「…海のウサギをまた拾えるかな?」
「そいつはどうかな、運次第だな」
 だから今度は失くすんじゃないぞ、そのウサギ貝。
 また拾えるとは限らないからな。
「失くしたらまた探して貰うよ、ハーレイはちゃんと見付けてくれるから!」
「こらっ、その前に失くさないよう気を付けろ!」
 コツン、と頭を軽く小突かれ、ブルーは首を竦めて笑った。
 ハーレイが居るから失くしてしまってもまた見付かるよと、直ぐに見付けて貰えるんだよ、と。
 海の音がする、コロンと丸いウサギ貝。
 海のウサギを見付け出してくれたハーレイの腕を、ぼくは信じているんだから、と…。




            探し物の天才・了

※探し物が得意だったのが前のハーレイ。船の仲間たちから頼りにされるくらいに。
 今のハーレイも見付けてくれた、海の音を運んでくれる貝。いつかは二人で本物の海へ。
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