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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

秋財布

「こらっ!」
 誰だ、とハーレイの注意が飛んだ。
 授業中の教室に派手に響いたコインの音。何枚ものコインが落っこちて床に散らばった音。
 動かぬ証拠が床に幾つも散っているのだし、逃げ隠れは出来ない、その近辺に居るだろう犯人。ブルーも含めて、教室中の生徒が凍り付く中で。
「…すみません…」
 やっちゃいました、と立ち上がった一人の男子生徒が謝った。
 昼食に食べたい一品を買える予算があるかどうかと財布の中をコッソリ覗いて、手を滑らせて。慌てて掴もうと握ったはずみに引っ掛けたのだと、財布が破れてしまったのだと。
 破れてしまった、コインを入れるための場所。底だか横だかがビリッと破れて、落ちてしまった中身のコイン。



「俺の授業中に昼飯の算段をしてたのか?」
 いい度胸だ、とハーレイはフンと鼻で笑った。
「だが、食うことも大切だしな? しっかりと食って身体を作る。それを否定はせん」
「…すみませんでした…」
「かまわんさ。要はお前の財布が空になっちまうだけだからな」
 拾って良し、とハーレイは言ったけれども。
 財布の中身が空になるとは穏やかではない。没収だろうか、とザワめく教室で、ハーレイが前のボードに書いた文字。
 大きく三文字、「秋財布」と。
「秋財布?」
 ヒソヒソどころか、今度はどよめき。今の季節は確かに秋だが、秋の財布がどうしたのだろう?
 没収と関係するのだろうか、と訝る声やら、まるで分からないと首を捻るやら。
「分からんだろうな、これだけではな。しかし…」
 ボードに新たに書かれた文字。秋財布の下に書かれた文字。
 伸びやかなハーレイの文字で三文字、「空財布」と。



 書き加えた三文字をハーレイは褐色の指で指し示した。
「そらさいふ、なんて読むんじゃないぞ。読み方はあきだ、あきさいふだ」
 空いちまった財布。つまり、空っぽの財布の意味だな。
 秋に買った財布は空になるんだ、うんと昔のこの辺り…。日本って島国にあった言い伝えだ。
 俺が財布を没収せずとも、今、飛び散ったコインの持ち主。そいつの財布は空になるのさ。
 破っちまったのなら、財布を買わんといかんしな?
 この季節に買えば秋財布だから、もれなく空っぽになっちまうってな。
「…そ、そんな…」
 コインを拾い集めた生徒が怯えた声を上げたけれども、ハーレイはまるで取り合おうとせずに。
「ついでに言霊ってヤツは何度も教えてあるな?」
 言葉には力が宿るってヤツだ。俺が空財布だと言ったからには空財布だぞ。
 お前が買うだろう、新しい財布。たちまち中身が尽きてしまって、立派な空財布になるってな。
「ハーレイ先生!」
 縋るような目をする男子生徒に、ハーレイはクルリと背中を向けた。
「知らんな、せいぜい泣いていろ。でなけりゃ、そいつを修理してでも使うんだな」
 授業に戻る、と消される文字たち。
 秋財布、それに空財布。



 ハーレイがかけた恐ろしい呪いに教室中の生徒が震え上がった授業が終わって、昼休み。
 食堂に出掛けたブルーがランチ仲間と戻ってくると、例の男子が懸命に財布を縫っていた。針に糸を通して、応急措置なのか、それとも本格的な修復作業か。
 家庭科の授業は無い日だったから、何処かのクラスで借りた道具で。
 空財布になってはたまらない、と真剣に戦う男子生徒。
 財布の買い替えは回避したいと、秋財布だけは買いたくないと。



(怖いよ…)
 空財布なんて怖すぎだよ、とブルーはその日の帰りのバスで財布を眺めた。バスの乗車賃は先に纏めて払ってあるから、財布は要らない。とはいえ、今日は財布が気になる。
(今の財布は大丈夫だけど…)
 入学前に買って貰った財布。まだ肌寒かった頃に買って貰った、自分の財布。当分の間は新しい財布に買い替えなくても良さそうだけれど。
 いつか買うなら秋になる前に早めに買って貰わなければ、と「秋財布」を頭に叩き込んだ。
 秋に財布を買ってはいけない。必要になっても、冬まで我慢。空財布になる秋が終わって、次の季節が訪れるまで。



 今日のハーレイの授業は実に怖かった、と家に帰っておやつを食べ終えた後にも考えていたら。
 空財布なる言霊が飛び出した瞬間を思い出していたら、チャイムの音。
 呪いをかけた張本人が、大好きなハーレイが庭を隔てた門扉の向こうで手を振っていた。
 そのハーレイと二人、自分の部屋で向かい合わせに座った後。母が置いて行った紅茶とお菓子が乗ったテーブルを挟み、ブルーは例の呪いを口にした。
「ハーレイ、財布…」
「ん?」
「今日の授業だよ。ぼくも気を付けるよ、秋のお財布」
 お財布を買うなら、夏か冬かに買うことにする。
「はあ?」
 何故だ、とハーレイに問われたから。
「秋に買ったら駄目なんでしょ? 空っぽになる空財布になってしまうから…」
 だからね、壊れる前に夏に買っておくとか。壊れかけても大事に使って冬まで待つか。



「なるほどなあ…」
 そいつは立派な心掛けだが、とハーレイは頷き、尋ねて来た。
「お前が持ってる今の財布は、入学の時に買って貰ったのか?」
「うん。下の学校と違って、お昼御飯を買わなきゃいけないから」
 これから学校に持って行かなきゃいけないものね、ってママが買ってくれたよ。
「なら、最高に縁起がいいってな。お前の財布はいい財布なんだ」
「なんで?」
「秋財布の逆で、春財布さ。春って季節と、財布がパンパンに膨らむ、張るって意味とで」
 春財布はお金が増える財布だ。もう入りません、ってくらいにお金が貯まるのが春財布だな。
「…でも、寒かったよ?」
 お財布を買って貰った時は。ぼくの誕生日もまだ来てなくって、雪だって…。
 三月は春かもしれないけれども、雪が降ってたら冬なんじゃないの?
「そこは心配要らないってな。授業で旧暦、教えただろう?」
 二月の三日が節分で季節の分かれ目になる。次の日が立春、それからは春だ。
 雪が降ろうが凍っていようが、しっかり春だというわけだな。三月だったら充分に春だ。
「そうなんだ…!」
 春財布なんだね、ぼくの今のお財布。
 寒い季節に買って貰ったけど、ちゃんと春財布になってるんだね…。



 自分の財布は最高の財布の春財布なのだ、とブルーは秋財布の怖さも忘れて嬉しくなった。
 いい財布だと褒めて貰えたように思えて気分も最高。
 そんなブルーに、ハーレイが「財布といえば…」と紅茶のカップを傾けた。
「俺も今では財布を買うなら絶対に春だ、と春に買うが、だ」
 前の俺たちには財布は関係無かったってな。春財布も、それに秋財布も。
 シャングリラでは誰も財布なんかを持っちゃいなかったし、第一、金が無かったからな。
「そうだったね」
 お金が無いって言葉を聞いたら、今のぼくだと金欠なのかと思っちゃうけど…。
 シャングリラはお金の要らない世界で、どんな物でも人類から奪って来てたか、作っていたか。
 船の中で必要なものは何でも、係に頼めば手に入ったし…。お金を払って買わなくっても。
 必要無いから、人類からもお金は一度も奪わなかったしね。
「たまに紛れていたけどな。前のお前が奪った物資に、人類が使っていた金が」
「混ざっていたけど…」
 使っていないよ、ああいうお金は。
 アルテメシアに辿り着いてから、人類の世界に潜入班を送り込むこともあったけど…。そういう時にもお金は一切、使わせてないし。
「ああいったものは足が付くからな。あくまでサイオン、それが鉄則だったっけな」
 潜入中に物資を手に入れるにも、サイオンで情報を操作してタダで手に入れる。
 金は払ったと思い込ませて、痕跡は一切残しません、ってな。



「前のぼくが奪った物資に紛れてたお金、ハーレイ、大事に残していたけど…」
 使えないけどお金だから、って捨てずに全部残していたけど、結局、役には立たなかったね。
 アルテメシアに落ち着いた後も、使わないままになったんだから。
「そうでもないぞ?」
「えっ?」
 何故、とブルーは驚いた。前のハーレイが大切に保管していた人類の通貨。それらの出番は一度たりとも無かった筈ではなかったのか、と。
「前のお前には関係無かった話なんだが、知りたいか?」
「…もしかして、ぼくが死んじゃった後?」
「そうだ」
 前のお前がいなくなっちまった後の話だ、それでもお前、知りたいのか?
「聞きたい!」
 もしもお金を使ったんなら、どう使ったのか知りたいよ。
 何処で使ったのか、あのお金で何が買えたのか。ハーレイ、あれで何を買ったの?
 そんなに凄いものは買えないだろうけど、何を買ったのか聞きたいよ…。



 前のブルーが人類から奪っていた物資。たまに人類が使う通貨が混ざっていた。
 様々なコインや紙幣の類。それらをハーレイは専用の金庫に収めていたのだけれども、ブルーの命があった間に使われることは一度も無かった。
 その後も使われないままで終わっただろうと思っていたのに、そうでもないと言われたから。
 何処かで出番があったようだから、ブルーは興味津々で訊いた。
 それを使って何を買ったか、前の自分がいなくなった後、どう使ったのかと。



「あれなあ…。あれは大いに役に立ったんだ、アルテメシアで」
 前の俺たちが最初に落とした星だ、とハーレイはブルーに微笑み掛けた。
「勝ってアルテメシアを手に入れはしたが、人類の社会で金の無いミュウはどうすればいい?」
「奪えないよね…。そんなことをしたら略奪者になってしまうもの」
「そうだろう? 略奪だけは絶対、やってはいけない。だが、俺たちには金が無かった」
 山ほど物資があると言うのに、それを買う金を俺たちは持っていなかったんだ。
 ジョミーは供出させろと言った。勝ったのだから当然の権利なのだと。
 物資はそれでもかまわないんだが…。そうするのが正しい方法なんだが、問題は船の仲間だな。
 シャングリラはアタラクシアの上空に停泊してたが、下には地面が見えるだろうが。手に入れた星の大地ってヤツが。
 そうなってくると、降りてみたいと言うヤツも出る。それにトォニィたちなら簡単に出られる。
 降りて散歩をするだけならいいが、それで済まないのが人間ってヤツだ。
「だろうね、色々なお店があるし…。公園に行けばお菓子を売っていたりもするし」
「うむ。そこでタダで寄越せと言おうものならトラブルだしな?」
 ミュウはやっぱり恐ろしいのだと、金を払わずに持って行かれたと怖がられちまう。
 それは避けたい。しかしジョミーに進言したらだ、「通貨も供出させるべきだ」と来たもんだ。
「お金まで?」
「ジョミーだからなあ…」
 あいつ、前のお前が死んじまった後は、人が変わったようになってたからな。
 歴史の本にも書いてあるだろ、ソルジャー・シンが如何に厳しい指導者だったか。



 通貨も供出させればいい、と冷たい笑みを浮かべたというジョミー。
 けれどハーレイは賛同出来ずに、「考えておきます」と答えを保留し、退出してから。
「思い出したんだ、金庫に仕舞った金があったな、と。あれが使えるかもしれないな、と」
 使えるようなら船にある金を使い果たしてから、ジョミーが言ってた供出だな。
 その方がいい、と調べさせたら、だ。あの金にはプレミアがついていたんだ。
「なんでプレミア?」
「マザー・システムは物価も統制していた。当然、通貨も管理していたわけで…」
 古くなったコインや紙幣は計画的に回収されて、新しいものと入れ替えてゆく。それが鉄則だ。
 マザー・システムが統治する世界じゃ、何百年も前の通貨は流通してない。同じコインや紙幣に見えても、全部新しいものなのさ。
 シャングリラで保管していたような金は、博物館とかに参考資料が幾らか残っていただけだ。
「じゃあ、前のぼくたちが残しておいたお金って…」
「とんでもない値段で売れたってわけさ」
「アルテメシアで!?」
 ミュウに征服された星だよ、頼りにしていたマザー・システムを壊されちゃったんだよ?
 それなのに古いお金を買ってくれたの、アルテメシアの何処かのお店が?
「ああ。人間ってヤツは逞しいよな、征服されたってちゃんと商売するってな」
 信じてた社会の仕組みがブチ壊されても、世界が丸ごと変わっちまっても。
 それでも食わなきゃ生きて行けんし、そのためには稼がなきゃ食えないよな?



 お蔭で…、とハーレイは片目をパチンと瞑った。
「俺たちは真っ当な手段で金を手に入れ、無事に買い物に行けたってわけだ」
 もっとも、ジョミーは供出にこだわっていたんだが…。
 金を手に入れたと報告したって、「そうか」と短く答えただけだった。それどころか、次に調達するべき物資。そいつのリストを俺に作れと、供出の期限はこの日までだと表情一つ変えずにな。
 買うつもりなんかはまるで無かった。供出させろの一点張りだ。
「相当、キツかったみたいだしね…。その頃のジョミー」
「別人だったな、本来のジョミーを知ってた俺の目から見ても」
 仲間を束ねるソルジャーがそれじゃ、船の中だってピリピリしてくる。張り詰めた空気が流れているんだ、いつだって。
 ミュウは本来、繊細だしな?
 そうした緊張が長く続くと神経をやられて参っちまう。
 だからだ、俺たちが落とした星では出来るだけ自由にさせてやったさ、船のヤツらを。
 トォニィたちも含めて、外に出たいと言うヤツら。
 出掛けたいなら出歩いていいと、気晴らしに飯でも食って来いとな。



「あのお金で?」
 高く売れたっていうお金で御飯を食べに行ったの、トォニィたちも?
 征服した星で供出させたお金じゃなくて?
「そうさ、正真正銘、俺たちの金だ。…まあ、元々は前のお前が奪った物資の一部なんだが」
 捨てずにきちんと取っておいたから、立派なお金に化けました、ってな。
 外へ出たいと希望するヤツらには金額を決めて配っておいた。
 決められた自由時間だったが、それでも配られた金を握って出掛けて行ったな、嬉しそうに。
 しかし初めてのお買い物ってヤツだ、使い道はなかなかに面白かったぞ。
 前のお前を失くしちまって抜け殻みたいだった俺でさえもだ、報告で笑ってしまったもんだ。
「そうなの?」
 報告を聞いて笑えるだなんて、みんなは何を買ってたの?
「何にするんだ、って呆れるようなものから、使い道の無さそうなものまでな」
 シャングリラの何処で乗るつもりなんだ、と悩むしかない自転車だとか。
 自転車はまだマシな方だな、車を買いたいって言い出したヤツらに比べれば。
「車って…。それ、お小遣いで買える値段だったの?」
「掘り出し物を見付けたんだとか言ってたらしいぞ、何人かで組めば買えたらしいんだが…」
 乗って走りたい気持ちは分かるが、また次の星へ、それに地球へと向かうんだしな?
 シャングリラに車を乗せては行けんと笑いながら却下したもんだ。
 行く先々で車を降ろしてドライブ出来るほど暇じゃないしな、おまけに車は燃料が要る。自転車みたいに人間の力で走るんだったら、少しは譲歩してやったんだが。
「なんだか凄いね、車だなんて」
「ジョミーの耳には入れてないがな、あいつが知ったら怒鳴り散らして説教だ」
 たるんでいると、そんなことで地球を目指せるかと。
 だが、そういった息抜きってヤツもミュウには必要だったんだ。
 ジョミーみたいにタフな神経、他のヤツらは持ってはいない。地球までの道を戦い続けて進んでゆくなら、せめて戦いの無い時くらいは休ませてやらんと駄目だってな。



 自転車に車、それが男性陣が買おうとしたものの中でも傑作なもの。
 女性の場合は、船では制服と決まっているのに、着る場所の無い服や帽子や靴や。腕一杯に買い込んで帰ったという話を聞く度、ハーレイは笑っていたという。
 ミュウもなかなかに強いものだと、逞しく生きられるものらしいと。
 そうした愉快な報告を聞いて、最後に必ず返した言葉。辺りを見回し、告げていた言葉。
 「ソルジャー・シンには言わなくていい」。
 キャプテンの自分の耳に入ればそれで充分だと、多忙なソルジャーを煩わせなくてもいいと。
 けれども、それは表向きのこと。
 本当は「ジョミーの耳には入れてはならない」という思いから出た、大切な言葉。
 地球を目指して戦いだけに明け暮れるジョミーは、そうした小さな平和を望んでいないから。
 余暇に費やす時間があったら、楽しみを見付ける時間があったら、それを振り捨てて前へ進めと言いそうなジョミー。実際、そうしていたジョミー。
 ジョミーだからこそ出来ることだと告げた所で、ジョミーは決して納得しないし理解もしない。
 分かっていたから、ハーレイは全てを自分の胸に収めた。
 仲間たちが僅かな自由時間に地上へと降りて、買い物や外食をしていたことを。



「…ハーレイ、頑張ってくれたんだ…。みんなのために…」
 シャングリラを地球まで運ぶだけじゃなくて、船のみんなが疲れ切ってしまわないように。
 戦いばかりで楽しいことなんて何一つ無い、って日が続かないようにしてくれたんだ…。
「まあな。お前を失くして参っちまってた分、そういう気配りだけは出来たのかもなあ…」
 船のヤツらが、俺みたいな抜け殻にならないように。
 神経をすっかりやられちまって、それでも機械的に戦い続けるだけの人形にならないように。
 そんな思いは確かにあったな、俺の二の舞はさせたくないと。
「やっぱりハーレイはキャプテンなんだね、どんな時でも。船のみんなを守ったんだね…」
 ぼくはジョミーを頼むとしか言わなかったのに。
 シャングリラのみんなまで、ちゃんと守って。そうやって地球まで行ったんだね…。
「小遣いを用立てて、ジョミーに内緒で遊ばせてやってただけなんだがな」
 ジョミーも薄々、気付いていたとは思うんだが…。
 切り替えが上手く行ってるんなら、と多分、黙認していたんだろう。無駄な反感を招くよりかは利口だからな。内心、腹を立てていたって、そいつもエネルギーに変えて前へと進みそうだろう?
「うん。…その頃のジョミーをぼくは知らないけど、ジョミーはいつだって前向きだよ」
「いやいや、あれで引きこもってた時期もあったんだがな? しかし基本は前向きなヤツだ」
 ともかく、ジョミーが頭ごなしに「駄目だ」と禁止しなかったから。
 ノアを落とす頃には「いつかは地球で買い物をしよう」と楽しみにしていたようなんだが…。



「地球で買い物って…。お金、そんなに沢山あったんだ?」
 前のハーレイが貯めていたお金が化けたお金って、地球に着く頃にも残ってたんだ…。
「ジョミーが供出にこだわったお蔭で、使い道が全く無かったからな」
 地球に向かう頃にはゼルとブラウとエラも船を持っていたが、あれも供出させた船だし…。
 人類との戦いに必要な物資は全て供出品で賄うというのがジョミーの方針だったんだ。
 食料も、シャングリラやゼルたちの船に必要なものも。
 全く金を使ってないんだ、仲間たちの分の小遣いくらいは地球に着くまで充分、持ったさ。
「でも、地球は…。前のハーレイたちが着いた頃の地球は…」
「買い物どころか、降りるだけでも命が危ない有毒の死の星でした、というオチだったな」
 その上、どうにか落としたと言っていいのかどうか…。
 グランド・マザーとマザー・システムを壊しはしたがだ、俺の命まで終わっちまった。船に居たヤツらには驚きの幕切れっていうヤツだよなあ、ジョミーも死んじまったんだしな。
 まあ、俺にとっては万々歳な最期だったが…。買い物がしたかったわけでもないし。
「どうして其処で万々歳なの?」
「お前の所へ行けるだろ?」
 地球までは行った、ジョミーも支えた。
 胸を張ってお前に会いに行けるし、もうこれ以上は独りぼっちで生きなくってもいいってな。
「そっか…」
 ぼくとハーレイ、会えたんだよね?
 だから二人で地球まで来られたんだよね、今の青い地球に。
「そりゃそうだろうさ、でなきゃこうして一緒に居ないと思うぞ」
 今のお前の部屋で、こうして。向かい合わせで座るためには、まずはお前に出会わないとな。



 この青い地球に生まれて来るよりも前に、何処で出会って何処に居たのかは分からないが…、とハーレイは鳶色の瞳でブルーを見詰めた。前の生から愛し続けた、愛おしい人を。
「俺たちは二人で青い地球に来て、いつかは一緒に暮らすってわけだ」
 だが、前のお前は買い物も出来ずに逝っちまって。
 前の俺も買い物には行かずに終わっちまったし、今度は二人で買い物をせんとな。
 せっかくの地球だ、二人であれこれ買い物ってヤツをしようじゃないか。
「春に買ったお財布を持って出掛けて?」
「うむ。秋は御免だ、秋財布はな」
 秋って季節も好きなんだがなあ、秋財布はいかん。あれだけは駄目だ。
 お前の誕生日に結婚出来るんだったら、結婚記念に春財布も買って贈るんだがな。
「ホント?」
「その頃に俺が忘れていなきゃな」
 しかしだ、お前が春財布を買いそびれたままで結婚しちまっても心配要らんぞ。
 春財布をお前が持ってなくても、安心して買い物していいんだ。
「どうして?」
「俺の財布から支払うからさ。俺はいつだって春財布だ。財布は春に買っているんだ」
 任せておけ、とハーレイは豪快に笑う。
 今度は二人で買い物に行こうと、前の生では出来ずに終わった買い物なるものに。
 前の自分たちが生きた頃には不可能だった、地球での買い物。
 青い地球の上で買い物をしようと、日々の生活に必要なものから、旅の思い出の土産物まで。
 沢山の幸せなものを買おうと、春財布を持って二人一緒に…。




           秋財布・了

※前のハーレイが残しておいた、奪った物資に紛れた通貨。なんと高値で売れたのです。
 お蔭で買い物に行けたミュウたち。地球を目指しての戦いの中でも、少しは息抜き。
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