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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

最初の靴

(ふうん…?)
 ちっちゃな靴だな、と思った記事。学校から帰って、おやつの時間。ダイニングで眺めた新聞に載ってた、小さな小さな赤ちゃん用の靴。
(ファーストシューズかあ…)
 ぼくが住んでいる地域には無い習慣。ファーストシューズ。
 赤ちゃんが初めて履いた靴を記念に残しておくんだって。片方じゃなくて、両足の分。



(古いけど新しい文化だよね、きっと)
 今ではすっかり昔のままに蘇っているけど、その習慣があるという地域に伝わってるけど。
 ファーストシューズを残す習慣は、SD体制の崩壊と共に復活して来た文化の一つなんだろう。いろんな地域で多様な文化を復興させて、青い地球の上に戻って来た習慣。
 だって、前のぼくが生きてた時代だったら有り得ない。
 赤ちゃんの靴を大切に取っておいたり、大人になったら渡してあげたりするなんて。
(成人検査で行ってしまったら、終わりだものね…)
 育てた子供とは其処でお別れ、新しい子供がやって来る。血の繋がっていない、次の赤ちゃん。機械が選んで届けられる子供。それを育てるのが養父母の役目。
 子供の方でも、パパやママとは成人検査を受けたらお別れ、二度と会えない。教育ステーションへと連れて行かれて、その先の進路は出来るだけ育った星とは重ならないように。
(養父母になるコースを選んだとしても、元の星には帰れないのが基本だっけね)
 それでも宇宙は広いようで狭い。人間が住んでいた星は今よりも少なかったから。
 もしかすると何処かで養父母と出会う場面もあったかもだけど、子供の方には記憶が無い。その人が自分を育てた人だと分かりはしない。成人検査で記憶を消されてしまっているから。
(親の方は消してなかったみたいだけれど…)
 ジョミーを育てた人たちは覚えていたと聞くから。ジョミーを忘れず、次に育てたレティシアという女の子がミュウと判断されてしまった時、収容所まで一緒に行ったと聞くから。
 子供を育てた親の方では、自分たちの息子や娘を忘れたりはせずに覚えていたんだ。
 でも、その子たちと出会う機会があったとしても。
 彼らの方から声を掛けたりは出来なかったろう、親として掛けてやりたい言葉は。



 ファーストシューズという温かな習慣が無かった時代。前のぼくが生きていた時代。
 だけど今では子供は本物の両親の家で育つもの。ぼくにだってパパとママがいる。とても優しいパパとママ。血が繋がった、ぼくの本当のパパとママ。
(今のぼくが初めて履いた靴は…)
 こんな風に大切に残してあるんだろうか?
 それともファーストシューズなんていう習慣が無いから、捨てられちゃった?
 どうなんだろう、と記事を覗き込んでいたら。
「あら、欲しいの?」
 ファーストシューズ、ってママがキッチンから来て微笑んだ。「欲しいの?」って訊くからには残してあったりするんだろうか、ぼくが履いてた小さな靴。
「…ぼくの靴、あるの?」
 赤ちゃんの時の。ぼくが初めて履いた靴って、今もこの家に残っているの?
「可愛かったから大切に取ってあるわよ、こんなのは知らなかったけど」
 今日の新聞を読むまで知らなかったわ、ってママも面白そうに記事を読み直してる。
 赤ちゃんが履いた、ファーストシューズ。
 造花と一緒にガラスケースの中に入れておいたり、いろんな残し方があるみたい。
 大人になったら渡してあげたり、宝物みたいに飾っておいたり。



 前のぼくの頃には無かった習慣。今の時代だから出来る、素敵な習慣。
 ぼくが住んでる地域には無いのに、ぼくが履いてたファーストシューズをママは残しておいたと言うから。嬉しくなってニコニコしてたら、ママが笑顔で。
「欲しいんだったら、ブルーのを出してあげるわよ?」
「ホント!?」
 見せてくれるの、ってぼくは喜んだのに。
「でも、この記事を読んじゃったら…。大人になるまで仕舞っておいた方が良さそうね」
 そういうものでしょ、ファーストシューズ。大人になったら渡してあげるわ。
「えーっ!」
 あんまりだ、と抗議したぼく。
 だって他所の地域の習慣なんだし、見せて貰っても問題無いと思うんだ。ちょっと見るくらい。
「嘘よ、いつでも見せてあげるわ。でもね…」
 夕食前には出したくないの、って不思議なことを口にしたママ。だから今日は駄目よ、って。
「なんで?」
「ハーレイ先生なら御存知かもね。新しい靴は夕方におろすものじゃないのよ」
「新しくないよ?」
「でも、ブルーの初めての靴でしょう?」
 とっても大切な、ファーストシューズ。
 新しい靴と同じくらいに大事な靴でしょ、夕方は駄目。また今度ね。



 知りたいのならこれよ、と見せて貰ったママの記憶。
 靴の箱の中にきちんと仕舞われた、赤ちゃん用の小さな靴。白い布の柔らかそうな靴。
 もうそれだけで満足したから、本物はまたいつか思い出した時でいいやと思った。
 明日でなくても、それこそ何年か先になっても。
 新聞の記事を閉じてしまったら、切っ掛けが無ければ思い出さないだろうファーストシューズ。
 ママだってきっと忘れるだろうし、ぼくも忘れる。
 今日の間は覚えていたって、一晩経ったら忘れてしまうと思うんだ。
 ぼくには記憶が沢山あるから。
 前のぼくの分まで受け継いでるから、記憶の海に埋もれてしまいそうなファーストシューズ。
 赤ちゃんだった今のぼくが履いていた靴、ママの記憶で見た白い靴…。



(ファーストシューズかあ…)
 部屋に戻った後、勉強机の前に座って考えた。
 前のぼくが履いたファーストシューズは、どんな色でどんな靴だったろう?
 思い出せやしないし、残してあった筈も無いんだけれど。
 前のぼくを育てた養父母たちが大事に取っておいたわけが無いから、消えてしまった靴だけど。
 それでも今のぼくには小さな靴が残っているから、ちょっぴり気になる。
 やっぱり白い靴だったろうかと、白くて可愛い靴だったかも、と。



(靴…?)
 そういえば、前のぼくには靴が無かった。
 赤ちゃんだった時じゃなくって、養父母の家で育った時でもなくって、残ってる記憶。
 成人検査を受けた所から始まる記憶。
 看護師に呼ばれて、検査用の部屋に入って行く時。ぼくは裸足で、靴なんか履いていなかった。何処で脱いだかは覚えてないけど、ぼくの足には靴が無かった。
(うん、靴を履いてた覚えは無いよ…)
 素足で歩いてた記憶しか無い。それから検査で、其処から地獄が始まった。
 成人検査に落っこちた、ぼく。ミュウだと判断されちゃった、ぼく。
 閉じ込められた檻の中では靴なんか無くて、いつも裸足で。
 実験のために引き出されたって、靴を履かせては貰えなかった。研究者たちは履いていたのに。ぼくを檻から引き出す係も、いつだって靴を履いていたのに。
 つまりは靴も要らない動物。人間じゃないから、靴なんか履かせなくても良かったんだ。



 靴を失くしてしまった、ぼく。履かせて貰えずに生きていたぼく。
 アルタミラがメギドに滅ぼされた日に、裸足で地獄を走ったけれど。燃え盛る火の中を、瓦礫の上を走ったけれども、怪我も火傷もしなかった。同じように裸足だった他の仲間も、全員。
 みんなミュウだから、サイオンの制御装置さえ外れてしまえば文字通り火事場の馬鹿力。初めてだってシールドが出来た。火傷や怪我から身を守るための。



(今のぼくだと火傷した上に、怪我なんだけどね?)
 アルタミラ並みの目に遭わない限りは、裸足で熱い瓦礫の上を走るなんて無理。足を守るための靴が無ければ走れやしない。
 だけど家では履いてない、靴。ぼくの足に今、靴は無いんだ。
 そういう文化の地域に生まれて育って来たから、家の中では脱ぐのが普通。
 夏なら裸足で、冬は靴下。お客様用にはスリッパがある。
 ハーレイの大きな足に合わせて特大のスリッパも買ってあるけど、そのハーレイは履いてたり、履いていなかったり。多分、その日の気分なんだろう。
(最初の間は履いていたけど…)
 今は履かない方が多いよね、って顔が綻ぶ。ハーレイが「お客様」じゃないって証拠。
 スリッパは客間に案内するようなお客様用で、パパとママも普段は履いてないから。
 もちろん、ぼくも。



(これが普通で気付かなかったよ…)
 靴が無いのが変だってこと。前のぼくのアルタミラの記憶に靴が無いこと。
 だから今まで忘れてた。
 綺麗に忘れてしまっていた。
 前のぼくが履いた、ファーストシューズ。
 ハーレイと一緒に履いたファーストシューズ…。



 滅びゆくアルタミラから脱出した船の中、限られた物資。食料は豊富に積んであったけど、服や靴とかは山ほど積まれてはいなかった。
 それでも着替えの分も含めて、充分な量があったんだけれど。とりあえず着るには困らない量の服に下着に、それから靴。
 ところがどっこい、チビだったぼくと飛び抜けて身体の大きいハーレイだけは、標準サイズじゃなかったんだ。みんなが次々に服だの靴だのを見付け出す中、見付からないぼくとハーレイの服。
「この箱も服だと思うんだけど…」
「そうらしいな?」
 あるといいな、って箱を端から開けて回って、やっと見付けた新しい服。アルタミラで着ていた半袖の服じゃなくって、長袖の服。それにズボンも。
 どうしても見付からなかった時には、ハーレイはみんなが脱ぎ捨ててしまったアルタミラの服を縫い合わせて作ろうかと思ったくらいで、ぼくは大きすぎる服の袖とかを畳んで着るしかないかと思ってた。
 いつまでも同じ服を着ていられないし、シャワーの後にはタオルだけ。脱いで洗濯した服が乾くまでの間、タオルを身体に巻き付けただけで待っていなくちゃいけないから。
 だけどなんとか、見付かった着替え。
 ハーレイもぼくも、「シャワーの時には洗濯だ」って急がなくても良くなった。洗濯しておいた服がちゃんとあるから、シャワーを浴びたらそれに着替えて、着ていた服を洗濯に。



 服はそうして手に入ったけど、もっと困ったのが靴だった。
 標準サイズの前後くらいしか無かった靴。子供用も無ければ、特大だって船には無かった。
 どれを履いてもぼくにはブカブカ、ハーレイの足にはきつすぎる。
 探しても靴だけは見付からなくって、考えた末に、ぼくは詰め物、ハーレイは切れ目。そうして履くしかなかった靴。余った部分に詰め物をするか、きつすぎる部分に切れ目を入れるか。
「だけど、無くても困らないしね?」
 靴なんて、ってぼくが言ったら、ハーレイも切れ目の入った靴を眺めて。
「まったくだ。今までは履いていなかったしな」
 ここまで苦労して履かなくても、だ。
 誰が文句を言うわけじゃないし、怪我をするような危ない場所でもないからなあ…。



 無理して履いてなくてもいいや、と履かなかった日も多かった。
 ぼくだけじゃなくて、ハーレイだって。
 ふと見たら靴を履いていなくて、裸足で歩いていたりした。通路も、倉庫も、何処へ行くのも。
 ぼくたちの足にピッタリの靴が無いってことは誰でも知っていたから。船のみんなが知っていたから、行儀が悪いとは誰も言わない。裸足でも平気。
 靴を履いたり、履かなかったり、その日の気分で決めていた。



 そうこうする内に、尽きそうになってしまった食料。
 飢え死にしてはたまらないから、ぼくは初めて物資を奪った。人類の船へと宇宙を飛んで。
 大きなコンテナに二つ分ものギッシリ詰まった野菜や、肉や。それが最初の戦利品。
 一度やったら、何度でも出来る。機会を狙って、人類の船を追い掛けて。
 ジャガイモ地獄だのキャベツ地獄だの、色々とやらかしてしまったけれど。
 ぼくの仕事は奪い取ることで、みんなが食べる食料を手に入れることだったんだ。



 繰り返す内に欲が出て来て、余裕だって出来る。もう一つ、って狙いたくなる。
 欲張って多めに奪った物資の中には、食料以外も混じるようになった。人類の生活必需品。
 食料と一緒に失敬して来た、服とか、靴とか。どっちも標準サイズが基本。
 そういった物資を分ける時には、公平に行き渡るよう、ハーレイが頑張っていたんだけれど。
「未だに俺のは無いようだな、靴」
「ぼくのもだよ」
 相変わらずブカブカの靴を履いていたぼくと、切れ目の入った靴のハーレイ。
 服はしょっちゅう混ざっていたけど、靴は滅多に無かったから。消耗品っていう考え方なら服の方が断然、需要が高くて、靴は服ほど必要とされていないから。
 服の数だけ靴が無いと困る、っていうわけじゃないから、靴はそれほど数が無い。服が詰まったコンテナの中に靴が一緒に詰まっていたって、服よりもずっと少なめなんだ。
 そうなってくると確率の問題、ただでも無い物があるわけがない。
 標準サイズの靴でも滅多に無いのに、ぼくやハーレイの靴があるわけがない…。



 仕方ないからブカブカか裸足、切れ目の入った靴を履くか裸足。
 そうした日々を過ごしていた中、ある日、ハーレイがぼくにこう言った。
「もしも俺のが先に見付かったら、履かずに待っててやるからな」
 お前の足にピッタリの靴が見付かるまでの間は、履かずに。
「なんで?」
「お前が一人で頑張ってるのに、お前の靴が無いんじゃなあ…」
 可哀相じゃないか、お前だけ靴が無いなんて。足にピッタリの靴を履けないだなんて…。
「じゃあ、ぼくも先に見付かったら待つよ。ハーレイの靴が見付かるまで」
「どうしてだ?」
「待っててくれる、って言うハーレイよりも先に履けないよ。ぼくの靴だけ見付かったって」
「気にしなくていいのに、そんなことくらい」
 お前、俺よりも年は上だがチビだろうが。チビはチビらしく、甘やかされておけ。
「ううん、それは嫌。ぼくはハーレイと一緒に履きたい」
 ぼく、ハーレイの一番古い友達なんでしょ?
 友達だったら、絶対一緒。片方だけが待つなんてことは変だと思うし、一緒がいい。
 ハーレイが待つなら、ぼくだって待つ。
 ぼくたちの靴がちゃんと両方見付かる時まで、ぼくは絶対、先に履かない。



 ハーレイは苦笑いしていたけれども、ぼくが言い出したら譲らないことを知ってたから。
 どっちが先に見付かったとしても、履くなら一緒。
 そんな約束が出来てしまった。
 ぼくたちは二人で、約束を交わした。
 ブカブカの靴も、切れ目の入った靴も、ピッタリの靴に履き替える時は二人一緒に。
 お互いの足にピッタリの靴が揃う時まで、先に手に入れた靴は履かずにおこうと。



 約束してから、どれくらい経った頃だっただろう?
(靴だ…!)
 いつものように物資を奪いに出掛けた船。人類が乗ってる輸送船。
 広い倉庫を透視してみたら、食料のコンテナが並んだ隣に靴ばかりを詰めたコンテナが一つ。
 本当だったら、そんな物は狙わないんだけれど。
 靴なんかを奪う余裕があるなら、食料のコンテナを余分に頂いて帰るんだけれど。
(ハーレイに靴…)
 待っててくれると言っているけど、ハーレイの足にピッタリの靴を見付けたかった。大きな足に丁度いいサイズの、ハーレイのためにあるような靴を。
 その一念。
 ぼくは普段よりも一つ多めにコンテナを奪った。靴だけを詰めた、例のコンテナを一つ。



「なんでコンテナ一杯の靴なんか奪って来たんだい?」
 ブラウに呆れられたけれども、ゼルはぼくたちの味方だった。ハーレイの喧嘩友達だから。
「いやいや、これも悪くはないぞ」
 其処のデカブツ、未だに自分の靴ってヤツが無いからな。それにブルーも。
 ブカブカの靴も切れ目入りの靴も、裸足も見慣れてしまっているが…。ピッタリの靴ってヤツが見付かるなら、そいつが一番いいじゃないか。
 これだけあれば…、とコンテナを運び込んだ格納庫でゼルたちが端から開けていく箱。こういう仕事は後の長老たちとハーレイ、彼らがメイン。
 靴であろうと、食料だろうと、主な仕分けはゼルやハーレイたちがやっていた。



 作業を見ながら、「ハーレイにピッタリの靴がありますように」と祈っていたぼく。
 ぼくの仕事は物資を奪うことで、仕分け作業は手伝わなくても良かったから。力を使って来た後だから、って外されて見学していただけ。
(ハーレイの靴…)
 あるといいな、と思ってたから、視線は自然とハーレイを追う。靴の箱を開けるハーレイを。
 箱を開けては中身を確かめ、仕分けしていたハーレイの手がピタリと止まって。
「おっ!」
 俺の靴だ、って続くのかと思ったんだけど。ハーレイは顔を上げてぼくの方を見た。
「ブルー、来てみろ」
「なあに?」
「いいから、早く」
 手招きされて行ってみたぼくに、「お前の足にピッタリじゃないのか」と差し出された靴。
 柔らかそうな革の、白い靴。
「ほら、履いてみろ。お前の足に合うと思うぞ」
「でも…」
「いいから、履けって」
「でも、約束…」
 一緒に履こうって約束したよ。靴が見付かったら、二人一緒に。
「履いてみるだけなら問題無いだろ、サイズが合うかどうか」
「だけど…」
 それって履くのと同じじゃない?
 この靴に足を入れてしまったら、それは履くってことにならない…?



(ぼくはハーレイのが欲しかったのに…)
 ハーレイのための靴が欲しくて、靴ばかり詰まったコンテナを持って帰って来たのに。
 でも、ハーレイは履けと勧めてくれるから。試すだけでいいと、何度も勧めてくれるから…。
 履かないと申し訳ないだろうか、と躊躇っていたら。
「ちょいと、ハーレイ!」
 コレはアンタ向けじゃないのかい、ってブラウの声。
 蓋を開けたままで持って来た箱の中、ピカピカに光る茶色の革靴。とても大きなサイズの革靴。
「ほほう、ハーレイのサイズだな、これは」
 ヒルマンが頷いて、ゼルが「明らかにデカブツ用って感じの靴だ」と言ったけれども。「独活の大木にはピッタリじゃないか」なんて悪口めいたことも聞こえたんだけど、どうでも良かった。
 デカブツでも、独活の大木でもいい。
 ハーレイ用の靴が見付かったんなら、細かいことなんか気にしない。
「そうだよ、ハーレイの靴だよ、これ!」
 ちゃんと見付かったよ、ハーレイの靴も。
 ぼくの靴しか無かったんじゃなくて、ハーレイの靴も入っていたよ…!



 ハーレイにピッタリ合いそうな茶色の革靴と、ぼくの足に合いそうな白い革靴。
 靴に書いてあるサイズの数字は何の参考にもならなかったけど、合うだろうことは目で分かる。どちらも履こうとしている人間の足に似合いのサイズの靴なのだと。
「よし、履いてみるか。お前も履けよ」
「うん」
 ハーレイの前に、箱から出した茶色のピカピカの革靴。ぼくの前には白い柔らかそうな革靴。
 掛け声をかけていたかどうかは忘れてしまったんだけど。
 二人揃って、どっちの足から履いたんだっけ?
 多分、利き足。だから右足。
 同時に足を入れて、もう片方の足にも履いてみて。ハーレイがぼくの足を眺めて顔を綻ばせた。
「ピッタリじゃないか、お前の足に」
「ハーレイのもね」
 凄いね、まるで作って貰ったみたい。
 ハーレイの足にピッタリ合ってる、小さすぎもしないし、大きくもないよ。



 やっと履けた、ぼくたちにピッタリの靴。詰め物も切れ目も要らない靴。
 待つことも、待たされることも無かった。お互いの足にピッタリの靴は、同じコンテナに入ってやって来た。茶色の革靴と、白い革靴。ハーレイの靴と、ぼくの靴。
「良かったな、ブルー。約束通りに同時に履けたぞ、俺たちの靴」
「約束していたからかもね?」
 一緒に履こう、って。どっちが先に手に入れたとしても、待ってて同時に履くんだって。
「違いないな。約束した甲斐があったってな」
 お蔭で同時に手に入った、と。これで俺たちも合わない靴とはサヨナラだってな。
「そうだね、合わない靴も裸足も、さよなら。みんなみたいに足にピッタリの靴を履けるよ」
「自慢しに行くか? ついに手に入れたぞ、って」
「仕分けが済んだら?」
「ああ、急いで済ませることにするかな」
 ハーレイは仕事に戻ろうとしたんだけれども、ブラウが「此処はいいよ」って言ってくれた。
 「せっかくの靴だ、見せに行って来な」って、「ブルーの靴がやっと来たんだからね」って。
「…すまんな、それじゃ行ってくる」
「ブルー、履き心地をうんと楽しんで来るんだよ」
「ありがとう、ブラウ! それにみんなも!」
 ブラウたちに御礼を言った後、ハーレイと二人、新しい靴が嬉しくて。ようやく手に入れた靴が嬉しくて、用も無いのに船の中をあちこち散歩した。船のみんなに見せて回った。
 ぼくたちの足にピッタリの靴を、白い革靴とピカピカの茶色の革靴を…。



(あれが初めての靴だったんだ…)
 前のぼくの遠い記憶の中、初めての自分の足に合う靴。ピッタリの靴。
 だけど大人だったハーレイと違って、ぼくは成長していったから。背丈が伸びたら足のサイズも変わってゆくから、白くて柔らかかった革靴はホントのホントにファーストシューズ。
 擦り切れる前にきつくなってしまって、また次の靴がやって来た。標準サイズの靴になるまで、何足か別の靴を履いてた。どんな靴だったかは生憎と覚えていないけれども、最初の靴しかぼくの記憶には無いけれど。
(最初の靴は白かったんだよ)
 柔らかい革の白い靴。前のぼくが履いたファーストシューズ。
 ママに見せて貰った記憶の中の靴も、白かった。今のぼくが履いたファーストシューズ。ほんの小さな赤ちゃんの頃に、初めて履いた白い靴。
 あれは布だし形も全然違うけれども、前のぼくも今のぼくも、ファーストシューズは白かった。
(…だとすると…)
 今のハーレイのファーストシューズは茶色だったろうか?
 青い地球の上に生まれ変わって来たハーレイ。
 そのハーレイが初めて履いた小さな靴も、前のハーレイと同じ茶色の靴だったんだろうか…。



 知りたいな、って考えていたら、チャイムの音。窓に駆け寄って見下ろしてみたら、庭を隔てた門扉の向こうでハーレイがぼくに手を振っていた。
 チャンス到来、ぼくの部屋でお茶とお菓子が乗っかったテーブルを挟んで向かい合うなり、例の疑問をぶつけてみる。
「ねえ、ハーレイ。ファーストシューズは茶色だった?」
「はあ?」
 目を丸くしたハーレイだけれど、説明したら直ぐに思い出してくれて。
「ああ、前の俺たちが一緒に履いてた靴だな」
「うん。前のぼくたちが履いたファーストシューズ」
 だってそうでしょ、ホントに初めて履いた靴だよ、自分専用の。
 足に合わない靴じゃなくって、自分の足にピッタリ合った靴。
 ファーストシューズだと思うんだけどな、それよりも前に履いてた靴の記憶が無いんだもの。
 足にピッタリの靴を履いてた記憶は全く残っていないんだもの…。



「なるほどなあ…。あれが前の俺たちのファーストシューズというわけか」
 悪くないな、ってハーレイは笑顔になった。ぼくが大好きでたまらない笑顔。
「だが、生憎と今の俺のファーストシューズは知らんな、家には多分、あるんだろうがな」
 親父たちは物を大事にするから。
 俺がガキの頃に作った工作とかもだ、全部きちんと箱に仕舞って残してあるしな。
「だったら、靴も残っているよね、きっと。今のハーレイが赤ちゃんの時に履いた靴」
 ファーストシューズって呼んでるかどうかは知らないけれども、初めての靴。
 茶色だったらビックリだよね。
「そうだな、凄い偶然だな」
 しかし、茶色じゃないかという気がして来たぞ。
 お前のファーストシューズとやらが白かったのなら、俺のは茶色の靴なんじゃないか?
 形はまるで違うんだろうが、前の俺と同じで茶色だってな。



 茶色かもしれない、ってハーレイの鳶色の瞳が柔らかくなる。ぼくのファーストシューズの色が白なら、自分のはきっと茶色だろうって。
 茶色だといいな、とぼくだって思う。小さな茶色の靴が残っているならいいな、って。
「ハーレイのファーストシューズが残っているなら、いつか見たいけど…」
 そうだ、夕方に新しい靴をおろすと何故いけないの?
 ママがそう言って出してくれなかったんだよ、ぼくが履いてたファーストシューズ。
 ハーレイ先生ならどうして駄目なのか御存知かもね、って。
「ああ、それはな…」
 本来は夕方じゃなくて夜だったんだが、夕方だとか午後だとか。
 とにかく新しい履物をおろすなら午前中だ、っていう考え方だな、ずっと昔の日本って国の。
 其処では夜に新しい履物を履いて玄関から出るのは、棺桶に入った死人だけだった。
 そのせいで同じことをすると死んでしまうと考えていたわけだ。
 だから駄目なんだ、夕方に新しい靴をおろすことはな。
「死んじゃうの?」
「そういう風に言われていた、ってだけのことだな、前の俺たちの頃には無かったろうが」
 SD体制の崩壊と一緒に戻って来た文化のオマケなのさ。
「オバケとかと同じ?」
「そういうことだ」
 靴の裏に墨を塗ったら履けるんだぞ、ってハーレイはぼくに教えてくれた。
 どうしても夕方や夜に新しい靴をおろしたい時のおまじない。
 ママはそれを知っているのかな?
 知っていたなら、ぼくの小さな白い靴。出して見せてくれていたよね、きっと。
 靴の裏に墨をキュッとつければ、夜だって新しい靴を履けるんだから…。



 ママがおまじないを知らなかったせいで、見せて貰えなかったぼくのファーストシューズ。
 白くてちっちゃな布の靴。前のぼくのファーストシューズと同じ色をした白い靴。
 いつかハーレイと結婚したら。
 ハーレイのファーストシューズが残っているなら、もしも茶色の靴だったなら。
 ぼくのと並べて飾ってみようか、造花とかをつけてケースに入れて。
 前のぼくたちが一緒に履いたファーストシューズとお揃いなんだと、白と茶色の靴なんだと…。




            最初の靴・了

※前のハーレイとブルーが履いた、初めての足にピッタリの靴。他の仲間よりずっと遅れて。
 「一緒に履こう」と約束した通り、ちゃんと一緒に履けたのです。幸せだった散歩。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv









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