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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

最高の花嫁

(ほほう…)
 開いていた新聞を次のページへとめくったハーレイの顔が綻んだ。
 以前だったら気にも留めずにページを繰っていたであろう、ブライダル特集。広告なども挟んで数ページにわたる、ウェディングドレスや花や挙式といった華やかな記事。
 結婚式が多い季節だし、今日は休日。結婚を考えている人は是非読んでくれということだろう。
(今はまさにベストシーズンだしな?)
 人気の季節は春と秋、それにジューンブライドで知られた六月。秋の土曜日ともなれば、新聞で特集を組むだけの価値はありそうだ。
(現に俺だって気付いたわけだし…)
 休日もハーレイは普段通りの時間に起きていた。ブルーの家に出掛けるにはまだ早いから、この記事をゆっくり読む時間がある。
 そう、大きなマグカップに淹れた熱いコーヒーを楽しみながら。



(こいつはブルーには無理だろうなあ…)
 朝一番に届いている筈だけれども、ブルーの家での新聞の定位置はダイニングのテーブル。
 小さなブルーは其処で朝食を食べているのだが、テーブルにはブルーの両親も居る。新聞は父が真っ先に読んで、次が母かブルーといった所か。
 たとえ父や母が広げる新聞にこの記事をブルーが見付けたとしても。幸運にも自分が広げた時に気付いたとしても、両親の目が其処にあるのだから。
 この記事はきっと読めないだろう。小さなブルーにブライダル特集は似合わない。女の子ならば夢一杯の記事で通るが、ブルーは少年。まさか花嫁になる予定だとは言えもしないし…。
(気の毒だが、あいつにはまだ早いってな)
 こういった記事に両親の前で齧り付くには幼すぎるブルー。
 どんなに中身が気になったとしても。



(代わりに俺が読んでおいてやるさ)
 将来のための参考にな、と言い訳しつつ、あちらこちらと読み進めていたら。
(サムシング・フォーか…)
 花嫁の幸運のおまじない。結婚式の幸せのおまじない。
 何度も耳にした言葉だけれども、由来などが詳しく書かれたものには初めて出会った。それとも今までは自分には無縁な世界のものだとチラリと眺めただけだったろうか。
(確か、四種類を用意するんだったな)
 結婚式を挙げた友人たちから聞いていたから知っていた。花嫁のためのおまじない。



 今でこそ馴染みの習慣だったが、前の自分はそれに出会ったことすら無かった。
 白いシャングリラで、ブルーと暮らしたあの白い船で、恋人たちを見て来たけれど。遥かな昔にキャプテンとして結婚式に立ち会っていたのだけれども、簡素だった彼らの結婚式。
 結婚指輪すらも無かった彼らに、サムシング・フォーなどがある筈も無かった。豪華なドレスも船には無かった。
(それにだな…)
 前の自分が生きた頃には無かった習慣。サムシング・フォーそのものが無かった時代。
 マザー・システムによって消されていた文化。不要と判断され、消された文化。
 SD体制下で普及していた文化の基礎になった地域の習慣なのに。
 広い宇宙の何処へ行っても、何処の星でも同じ文化しか無かった時代の根幹に選ばれた遠い昔の地球にあった文化。サムシング・フォーは其処に根付いていたのに…。



(あの時代には要らんものだったしな?)
 血縁などまるで無かった時代。家族が作りものだった時代。
 人間は人工子宮から生まれ、養父母に育てられ、成人検査で記憶を処理され、そして結婚。
 その結婚すらも、機械によって振り分けられたコースに従い、選ぶもの。
 コースから外れたミュウには関係無かったけれども、代わりに人権が全く無かった。
(あの頃を思えば、夢のような世界に来ちまったもんだ)
 ブルーとの結婚に備えてブライダル特集を読む日が来るなど、本当に夢にも思わなかった。前の自分に教えてやったら、きっと冗談だと苦い顔をされるに違いない。
(だが、今度はブルーと結婚式を挙げるんだしな?)
 まだ十四歳にしかならないブルーが、十八歳を迎えたならば。
 背丈が百五十センチのままのブルーが、前のブルーと変わらぬ姿に育ったならば…。



 その日のために、と読むことに決めたサムシング・フォーに纏わる記事。
 花嫁になるブルーに幸運をもたらすアイテムとやらは、きちんと読んでおかねばなるまい。
(ふうむ…)
 由来はマザーグースなのか、と其処に書かれた歌詞を見詰めた。
 楽譜が無いからメロディは分からないのだけれども、短くて印象的な歌詞。
 呪文のような言葉の繰り返し。



 なにかひとつ古いもの、なにかひとつ新しいもの
 なにかひとつ借りたもの、なにかひとつ青いもの
 そして靴の中には六ペンス銀貨を



 SD体制が始まるよりも、地球が滅びへの道を歩み始めるよりも、遥かな昔に歌われた歌。
 結婚式の日に花嫁が身に着ける、幸運のお守りを挙げた歌。
 全部で四つで、サムシング・フォーだとハーレイは聞いていたのだけれど。
 歌にはオマケが付いていた。
 靴の中には六ペンス銀貨。これは初耳だ、と件の歌詞をもう一度読んで。



(六ペンス銀貨か…)
 今の地球には無いのだろうな、と記事を読んでゆけば、驚いたことにそれは今も在った。かつて作られていたという国が在ったとされる地域に、SD体制が崩壊した後に復活していた。
 商魂たくましくと言うべきか、古き良き時代の伝統を今に、と言うべきか。
(六ペンス銀貨だけがあるのか…)
 其処で流通している通貨の単位とは別に、六ペンス銀貨だけが特別に。
 なんとも変わったことをする、と思ったけれども、花嫁に幸運をもたらすための幸福のコイン。SD体制よりも遠い昔に廃止された時、反対運動があったほどだと言う。
(なかなかに歴史があるんだな、これは)
 そういったものは嫌いではない。古い習慣や物を大切にすることは、むしろ好みだ。
 この六ペンス銀貨なるものを、ブルーのために手に入れてやってもいいな、と思った瞬間。



(待てよ…?)
 靴の中には六ペンス銀貨を、と歌うまでの歌詞。
 今では広く巷に知られたサムシング・フォーとは何かを歌った歌詞。
(あいつ、そのものじゃないのか、これは?)
 今のブルーにピタリと重なる。小さなブルーを歌ったかのような、サムシング・フォー。
 何か一つ、古いもの。それは前のブルー。ソルジャー・ブルーと呼ばれたブルー。
(古いと言ったら怒るんだろうが、実際、うんと古いんだしな?)
 何か一つ、新しいもの。それが今のブルー。前のブルーと同じ姿に育つ予定の小さなブルー。
(うんうん、あいつは新品なんだ。これから育つってほどに新しいんだぞ)
 何か一つ、借りたもの。幸せな結婚生活を送る友人、知人から借りるらしいが、結婚生活を送る予定の小さなブルー。そのブルーの中に居る前のブルーからすれば、今の身体は借りたもの。
(今度は結婚するんだよ、が口癖だしな、あいつ。今の身体で)
 何か一つ、青いもの。目立たない場所に隠して身に着ける青いもの。ブルーという名前。
(あいつ、何処も青くはないというのに、ブルーって名前だ)
 ソルジャー・ブルーと同じ赤い瞳と銀髪だから、と名付けられたと聞いている。その名だけでは弱いと言うなら、サイオン・タイプがタイプ・ブルーだ。
 とことん不器用になってしまって見る機会すらも無い色だけれども、青いサイオン。
 ブルーは全て持っている。
 サムシング・フォーを挙げてゆく歌に歌われた幸運の四つの品物を、全部。



(…あいつ、生まれながらの花嫁ってわけか)
 花嫁のための幸運のアイテムを全て揃えているブルー。
 サムシング・フォーを自分の身体で全て揃えてしまったブルー。
(前のあいつでは、そうはいかんが…。今度は全部を揃えて来たのか)
 しかも生まれた瞬間から。青いものをサイオンの色とするなら、ブルーは生まれながらの花嫁。名前にしたって両親が先に決めていたなら、やはり生まれた瞬間から「ブルー」。
(そこまで揃えて来なくってもなあ…)
 たまらなく可笑しくなって来た。
 何かと言えば「ハーレイと早く結婚したい」と口にしている小さなブルーが、自分でもそうとは気付かないまま、花嫁のための幸運のアイテムを全てその身に備えているとは。



 早速ブルーに教えてやろう、と記事を頭に叩き込んだ。
 サムシング・フォーと六ペンス銀貨のマザーグースの歌詞も覚えて、それからコーヒーをグイと飲み干し、後片付けをしてブルーの家へと。
 せっかくのニュースを忘れないよう、歩く道すがら、「サムシング・フォーだ」と繰り返す。
 今朝の新聞だと、ブライダル特集で読んだ記事だと。
 秋晴れの空の下を歩いてゆく中、小さな恋人を思い浮かべながら。



 ブルーの家に着いてチャイムを鳴らして、二階の窓辺で手を振るブルーに手を振って。ブルーの部屋で二人、向かい合って座り、ブルーの母がお茶とお菓子を置いて去った後、ハーレイは小さなブルーに訊いた。
「今朝の新聞、お前、読んだか?」
「パパが読んでいたよ、ぼくが起きてった時は」
 新聞はいつも、パパが一番。それからママかぼくが読むんだ、ぼくは少しだけ。
 学校のある日は帰ってからゆっくり読んだりするけど、お休みの日にはちょっぴりかな…。
「なるほどな。それで、今日のお前はどうしたんだ?」
「朝御飯の後でちょっとだけ見て、後は掃除をしてからハーレイが来るのを待ってたよ、部屋で」
 今朝の新聞がどうかしたの?
 大きなニュースは無かったように思うんだけど…。
 それに大事なニュースとか記事は、パパたちが「読んでおきなさい」って教えてくれるよ。
「まあ、チビのお前だと見落とすかもなあ、端から端まで見たんじゃなければ」
「何か載ってた?」
「ああ。でっかく出てたぞ、広告も込みで何ページか。うんと目を引く記事だったがなあ…」
 結婚式のシーズンだからな、ブライダル特集っていうヤツだ。
「ブライダル特集?」
「チビのお前にはまだ早すぎだがな。ドレスだの花だの、色々とな」
 お前が読んでも意味が無いだろ、そういう特集。十四歳じゃ結婚出来ません、ってな。
「意味が無いなんてことはないけれど…。でも…」
 ぼくがそういう記事を熱心に見てたら、パパとママがきっと変に思うよ。
「そうなるだろうな、なんでブライダル特集なんかを読んでるんだと訊かれるだろうな」
 だからと言って、将来のためだと答えるわけにもいかんしなあ…。
 お父さんたちの前では読めないな、あれは。



 代わりに俺がじっくり読んで来てやったぞ、とハーレイは片目を軽く瞑ってみせた。
「で、将来の夢は俺の嫁さんだと言うお前。サムシング・フォーって知っているか?」
「…サムシング・フォー…?」
 何なの、それ。結婚するのに必要なもの?
「必要と言えば必要なものだし、無くても別に困りはしないが…。幸せのためのおまじないだ」
 マザーグースっていう古い歌があってな、俺たちの住んでる地域とは別の地域の昔の歌だ。俺も存在くらいしか知らんが、そいつの一つで歌われてるのさ。
 花嫁が幸せになるための、おまじない。それがサムシング・フォーってヤツだ。
「そんなの、あるんだ?」
「俺も今日まで言葉だけしか知らなかったが…。これがな、そのままお前なんだ」
「どういう意味?」
「お前のことを歌っているのか、と驚くくらいに歌詞とお前が重なっていてな…」
 俺も本当に驚いたんだ。だから教えてやろうと思って、歌詞を丸ごと覚えて来た。
 きっとお前もビックリするぞ。
 どんな歌詞なのか、それをお前と重ねてみたらどうなるのかってことを考えたらな。



「それ、どんな歌? ハーレイ、それってどんな歌なの?」
 赤い瞳を煌めかせるブルーに、ハーレイは「メロディは無かったから歌詞だけだぞ」と説明して例の歌を聞かせてやった。サムシング・フォーを歌ったマザーグースを。
「いいか、よく聞けよ? 何か一つ、古いもの。何か一つ、新しいもの」
 何か一つ、借りたもの。何か一つ、青いもの。そして靴の中には六ペンス銀貨を。
 こういう歌になるんだが…。
 古いものは、前のお前。新しいものは、今のお前。
 借りたものは、前のお前が今のお前の身体を借りていて。…青いものはお前の名前かサイオン・カラーだ。
 どうだ、全部お前は持っていないか?
「ホントだ…。ホントに今のぼくみたいな歌詞の歌なんだね」
「そうだろう? つまりだ、今のお前は生まれながらの花嫁なのさ」
 最高の幸せを約束された花嫁ってことだな、自分の身体で全部揃えているんだからな。
 普通は結婚式に合わせて用意する筈のサムシング・フォーを。



「それ、ハーレイだと揃わない?」
 古いものは前のハーレイで、新しいものは今のハーレイ。
 ぼくと同じで揃いそうだけど、ハーレイだとサムシング・フォーは揃っていないの?
「借りたものまではお前と同じで揃うんだがな…。四つ目の青が足りないってな」
 俺の名前はブルーではないし、サイオン・タイプもグリーンだから青ってことにはならん。目の色だって鳶色なんだぞ、青は何処にも入ってないんだ。
「そっか…。生まれ変わりだと揃うってものでもないんだ、サムシング・フォー…」
「当たり前だろう、俺が揃えてどうするんだ。俺は嫁さんを貰う方でだ、なるわけじゃない」
 その俺が貰う予定の嫁さんがお前で、サムシング・フォーを体現していると来たもんだ。
 生まれた時から揃えてます、って凄い嫁さんだ、花嫁になるために生まれたような。
 多分、この地球でもお前くらいなもんだぞ、其処まで揃えて生まれたヤツは。
 つまりだ、お前は最高に祝福された花嫁だってな。
「そう思っててもいいのかな?」
「かまわないだろ、本当に全部お前の身体に揃ってるんだし」
 お前が自分で揃えているんだ、古いものから借りたものまで、青いものまで。
 結婚式のためにわざわざ揃えなくても、最初から全部持っているんだ、最高じゃないか。



 普通は買ったり借りたりするものなんだぞ、とハーレイは仕入れたての知識を披露してやった。
 古いものはともかく、新しいもの。結婚式用のドレスや、ベールや、手袋などを。
 借りるものも、花嫁姿に似合う何かを、幸せな結婚生活を送る友人たちに頼んで借りて。
 青いものは白いドレスを台無しにしないよう、ドレス用の下着に組み込んでみたり。
「何かと手間がかかるようだが、お前の場合は何もしなくても揃ってるってな」
 凄い話だろ、幸せのためのアイテムは全部持ってます、って。
 そんなお前が花嫁になったら、どんなに幸せな結婚生活が待っているんだか…。
 前の俺たちは結婚すらも出来なかったが、その分、今度は最高らしいぞ。
「そうみたいだね。サムシング・フォーを揃えると幸せになれるんだったら」
 揃えなくても持ってるんなら、うんと幸せになれるかも…。
 幸せになれるって分かってるけど、ぼくが思っているよりも、ずっと。
 ありがとう、ハーレイ、サムシング・フォーのこと、教えてくれて。
 今のぼくがそれを揃えているのかも、って素敵な所に気が付いてくれて…。



「なあに、その最高の花嫁を貰うことが出来る、幸運な男は俺だしな?」
 地球どころか宇宙全体でもお前だけしかいないと思うぞ、そんな花嫁。
 それを幸せに出来る男となったら、俺もとてつもなく幸せな結婚生活を送れるんだろうな…。
「そうに決まっているじゃない。ハーレイも最高に幸せでなくっちゃ意味無いよ」
 ぼくはハーレイと一緒に幸せになるんだから。
 ハーレイがうんと幸せでなくちゃ、ぼくは幸せにはなれないんだから…。
「ふうむ…。するとだ、その幸せな花嫁のために、後は六ペンス銀貨ってな」
 左の靴に入れるそうだぞ、踵のトコに。
 そうすりゃ幸せの総仕上げなのさ、サムシング・フォーと六ペンス銀貨。
「六ペンス銀貨って…。そんなお金が今でもあるの?」
 ずうっと昔の古い歌でしょ、マザーグースって。
 それに出て来る昔のお金が今の地球にもあるの、ハーレイ?



「俺もまさかと思ったんだが…。ちゃんとあるんだ、六ペンス銀貨」
 マザーグースが歌い継がれていた、イギリスって国が在った地域の辺りに今でもな。
 もちろんSD体制が崩壊した後に復活して来た文化の中の一つだが…。
 幸運の六ペンス銀貨ってコトで、其処で使われてるお金の単位とは上手く噛み合わないのに誰も文句を言わないってな。
「噛み合わないって、どういう風に?」
「俺たちの住んでる地域もそうだが、今じゃ何処でも十進法だろ?」
 こればっかりは統一してある方が便利だからなあ、何処の星でも数える時には十進法だ。
 その十進法でお金を作るなら、六ペンスっていうのは変だと思わないか?
「六って…。確かに使いにくそうだね、五なら分かるけど」
「使いにくいだろう? 六ペンスはイギリスが十二進法だった時代のコインなんだ」
 だから今だと使いにくいし、むしろ邪魔とも言えるんだが…。
 そいつを使ってお釣りがピッタリ貰えない、って事態になっても「足りない分はいいですよ」と端数は笑顔で諦める。少なめのお釣りを貰って済ませて御機嫌だそうだ。
 幸運のコインを使えば幸運、受け取った人と一緒に幸せになろう、って発想らしいぞ。
「其処まで凄いの、お金を使ってお釣りが足りなくてもラッキーなの?」
「コインがラッキーアイテムだからな」
 それに今では、大した価値でもないらしい。
 六ペンス銀貨が一番最初に出来た頃には、一枚あったら一週間は暮らせたそうだが…。
 そのせいで幸運のシンボルってわけさ、豊かに幸せに生きて行ける、と。
 手元にあったら嬉しくなるし、使う時にも嬉しくなる。そんな幸せのコインなんだ。



 そういうわけで…、とハーレイはブルーに微笑み掛けた。
「もしもお前が、花嫁衣装に白無垢を選ばなかったなら。ウェディングドレスで結婚するなら…」
 それでお前が欲しいと言うなら手に入れてやるさ、六ペンス銀貨。
 お前の左の靴に入れるために、サムシング・フォーのおまじないの歌の総仕上げに。
「ぼく…。そんなに欲張ってもいいのかな?」
 なんにもしてないよ、今のぼく。前のぼくみたいに頑張ってないよ?
 ハーレイのお嫁さんになるくらいしか出来そうにないのに、欲張ってもいいの…?
「前のお前が頑張ったから、今の青い地球がちゃんと在るんだろ?」
 青い地球が無事に蘇ったから、六ペンス銀貨も地球に帰って来たんだろうが。
 お前自身がサムシング・フォーを揃えているのも、前のお前が頑張った御褒美なんだろう。もう一つくらい欲張ってもいいさ。
 六ペンス銀貨の一枚くらいは「欲しい」と強請っていいと思うぞ。
「そっか…。欲張ってもかまわないんなら…」
 ちょっと欲しいかも、六ペンス銀貨。
 ウェディングドレスで結婚するなら、左の靴の中に。



「おいおい、左の靴ってだけじゃないんだぞ、踵だぞ?」
 間違えて爪先に入れるんじゃないぞ、入れる前にちゃんと確かめろよ?
 サムシング・フォーの歌は左とも踵とも歌っていないが、そういう決まりらしいから。
「うん。六ペンス銀貨を本当に靴に入れる時が来たら、ちゃんと調べる」
 右か左か、どっちの靴か。靴の何処に入れるのかも調べて入れるよ、間違えないように。
「なら、俺も心して覚えておくか。六ペンス銀貨が手に入るように」
 今も使っている辺りへ旅行する友達がいたら、土産に持って帰って貰えるようにな。
 結婚するんだとは流石に言えんが、将来に備えてと言っておくさ。
「えーっと…。お土産に貰うの、何処かで両替するんじゃないの?」
「もちろん両替出来るそうだが、相手は幸運のコインだぞ?」
 銀行へ行って、其処でジャラジャラ渡して貰ったコインじゃ、まるで有難味が無いじゃないか。
 沢山の人が使って、受け取って、また使って。
 そうやって幸せのキャッチボールをして来たコインがいいと思わないか?
「…それもそうかも…」
「断然そっちだ、同じコインなら幸せのお手伝いってヤツを沢山して来たコインだな」
 すり減ってるくらいのコインが良さそうじゃないか、大勢を幸せにして来たコイン。
 そういうコインが手に入ったならもう最高だし、そうでなくても誰かを幸せにしたコイン。旅行するヤツに頼んでおいたら、きっといいのを貰えるぞ。
 そいつの幸せな旅の思い出が詰まったコインを。



「そうだね、旅の思い出ならピカピカのコインでも幸せが一杯詰まっているね」
「うむ。銀行で両替するのとは全く違うぞ、幸せの量が」
 両替したって、すり減ったコインはあるんだろうが…。そいつはちょっとな。
「分かるよ、銀行に連れて来られた時点で止まってるものね、コインの幸せのお手伝い」
「そういうことだ。幸せのお手伝いの真っ最中です、ってコインが来るのが一番なんだ」
 次は此処で幸せをお手伝いさせて頂きます、って言ってくれるコイン。
 そんな頼もしい六ペンス銀貨を捕まえないとな、お前の靴に入れるためには。
「ハーレイ、探してくれるんだ…。期待してるよ、幸せのコイン」
「ああ。サムシング・フォーそのものな最高の花嫁を貰える時に備えてな」
 準備しておこう、とハーレイは小さなブルーに約束をした。
 前の生からの大切な恋人、青い地球の上に生まれ変わって再び出会った愛おしいブルー。
 小さなブルーが大きく育って花嫁になる日に、左の靴の踵に六ペンス銀貨。
 ブルーがウェディングドレスを着るのだったら入れてやらねば、と心に誓う。
 花嫁の幸運の総仕上げになる、幸せを届ける六ペンス銀貨。
 サムシング・フォーを生まれながらにして揃えた花嫁、愛してやまないブルーのために…。




               最高の花嫁・了

※花嫁の幸運のおまじない。サムシング・フォーを最初から揃えているのが、今のブルー。
 仕上げに欲しいのが六ペンス銀貨、最高のコインをハーレイが探してくれるのでしょうね。
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