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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

風船カズラ

(…ふむ)
 秋なんだな、とハーレイはブルーの家へと歩き始めて間もなく目を細めた。住宅街を抜けてゆく中、印象的な垣根を設けた家が一軒。
 レース細工のように繊細な葉を茂らせた蔓草、カスミ草を思わせる小さな白い花。それから丸く膨らんだ無数の丸い実、風に揺れる軽くて重さの無い実たち。
 風船カズラ。
 この家の夏のシンボルマーク。夏の間は緑一色だった実が、かなり茶色く変わって来た。中身の種が熟した印。緑から黄色へと色を変えた実や、薄い茶色になった風船や、すっかり焦げた茶色で萎んでしまった風船やら。
 まだ涼やかな緑色をしている風船カズラの蔓だけれども、秋が深まるとシーズンを終える。沢山実った風船も全て、翌年のための種を宿して萎むのだけれど。



(そういえば…)
 シャングリラでは植えていなかった風船カズラ。白い鯨には無かった蔓草。
 それが今では…。
(ブルーは多分、知らんだろうしな?)
 よし、と庭の手入れをしていた家人に声を掛け、その実を幾つか分けて貰った。淡い緑色の風船ではなく、茶色く乾いた風船を。
 まだふんわりと空気を中に閉じ込め、手のひらに乗せれば触れ合ってカサコソと鳴る風船を。
 道中で壊れてしまわないよう、透明な袋を膨らませた中に入れて貰って。
「すみません、庭仕事でお忙しいのに」
「いえいえ、楽しんで頂けると嬉しいですよ」
 好きで植えてるヤツですからね、と庭仕事をしていた主人は笑顔で返してくれた。風船カズラは一年中楽しめるものではないから冬は垣根が寂しくなるのだが、やめられないと。
 別のものに変えるつもりはないから、来年も沢山の風船が垣根に鈴なりに揺れるだろうと。



 分けて貰った風船カズラ。
 まるで重さを感じさせない袋を手にして、あちこちの庭や公園を眺めながら着いたブルーの家。
 二階のブルーの部屋に案内され、テーブルを挟んで向かい合って座り、紅茶のカップを前にして訊いた。例の袋を開け、茶色く乾いた軽い風船を一つ取り出しながら。
「ブルー、こいつを知っているか?」
「えーっと…?」
「風船カズラの実なんだが…。もっとも、こいつはすっかり乾いてしまっているがな」
「うん、知ってる。ハーレイが来るのとは反対の方に、毎年植えてる家があるから」
 乾いちゃう前は薄緑色で、コロンと丸くてホントに風船みたいだよね。
 こうして茶色に変わっちゃっても、まだまだ風船なんだけど…。風が吹いたら揺れているけど。
 ハーレイ、これをどうするの?
「植えようと思ったわけではないが…。
お前、風船カズラの種って、見たことがあるか?」
「無いけど…。ぼくの家では植えていないし、パパもママも植えようって言わないし」
 だから毎年、見てるだけだよ。
 今年も風船が沢山あるな、って。触ったりつついたりはしてるけれども、中身は知らない。



「うむ、持って来た甲斐があったってな」
 ご近所さんに頼んで貰って来たんだ、もしかしたらお前は知らないかもな、と思ってな。
「えっ?」
 ブルーはキョトンと目を丸くした。見慣れた風船カズラの実。空気を閉じ込めて膨らむ風船。
 可愛らしい実が売りの植物だと思っていたのに、種にも何か素敵な仕掛けがあるのだろうか?
「一つ、自分で開けてみろ。幾つも分けて貰ったからな」
 ほら、と差し出された茶色い風船。乾いて皺が寄った風船。
「…この中、種が一杯なの?」
「いいから、そいつを開けるといい。何処から破っても種が出て来る」
「…んーと…」
 細かい種が部屋に飛び散ってはたまらない、とブルーは紅茶のカップをテーブルに移すと、下のソーサーを受け皿代わりに風船をそうっと注意しながら破ったのだが。
「あれっ?」
 三つだけしか入っていないよ、風船の中身。
 小さな種が三つだけだよ、それに三つとも真ん中にしっかりくっついてる。
 もっと一杯、詰まってるかと思ったのに。砂粒みたいな種がドッサリかと思っていたのに…。



 風船カズラの実は三つの小部屋に分かれていた。
 三つの区画に分かれた風船、一つの小部屋に五ミリくらいの黒い種が一つ。真ん丸な種が。
 小部屋は互いにくっつき合って育つらしくて、三つの種も実の真ん中で背中合わせにくっついているのだけれど。
 風船が揺れても外れないよう、しっかりとくっついているのだけれど…。
「その種は、だ。三つだけしか入っていないが、其処から外すと…」
 ちょっと面白いことになるんだ、外してみろ。こんな種かとビックリするぞ。
「そうなの?」
「うむ。とにかく外してみるんだな」
 簡単に外れる筈だから、と言われたブルーは「ふうん?」と黒くて丸い種を一個、外してみて。
「わあっ!」
 凄い、と他の二つも外して、ソーサーに置いてまじまじと眺めた。
 真ん丸な黒い種に、くっきりと白いハートのマーク。
 風船にくっついていた種の背中の部分がハートの模様。



「この種、ハートマークがくっついてるよ!」
 凄いや、綺麗なハートの形。風船を破っただけだとハートマークだって分からないんだね。
「やっぱりお前は知らなかったか、風船カズラのハートマークを」
「うん。ハートマークがくっついた種が入ってるなんて、今の今まで知らなかったよ」
 どういう種の植物なのかも考えたことが無かったかも…。
 風船みたいな実が出来るんだし、ちょっとくらいは不思議に思ってもいいのにね。
「この模様がついてるせいなんだろうな、心臓の種って学名らしいぞ、風船カズラ」
 ハートマークだから、ハートで心臓。風船って名前はついてないんだ。
「心臓なの? 心臓よりかはハートがいいなあ、愛してます、って学名だとか」
 せっかくハートのマークなのに。
 心臓の種なんて名前じゃ、そのまんまじゃない。もっと素敵な名前を付ければ良かったのに…。



 ハートマークの種は三つだけだったから、ブルーはそうっとテーブルに置いて。
 転がらないように破った風船の中に収めて、紅茶のカップを元のソーサーの上へと戻した。
 小さくて黒い、白いハートが描かれた種。
 ハーレイがわざわざ持って来てくれて、開けてみろと勧めた風船の中から出て来たから。期待に胸を膨らませながら、向かい側に座る恋人に向かって訊いてみた。
「それで、これってプロポーズなの?」
「そう思うか?」
「だって、ハートのマークがついた種だよ、それを渡されて開けてみろって言われたよ?」
 どう考えても、これってプロポーズでしょ?
 それとも、いつかプロポーズするための練習だった?
 ハートのマークを中に隠してプレゼントなんて、ぼく、想像もしなかったよ…!



 案の定、ブルーは大喜びではしゃいでいるから。
 何処に植えようかと、来年はこれを庭に植えるのだと、ハートの種をつついているから。
 ハーレイは喉をクッと鳴らすと、小さな恋人に風船カズラの真実を教えることにした。
「その種なあ…。プロポーズに使おうってヤツもいるんだが…」
「いるんだが…って?」
 プロポーズ以外の使い道があるの、この種に?
 もしかしてハーレイ、違う意味の方で使おうと思って持って来たとか?
「そんな所だ。実はな、三つ入ってる種の一つがお前だっていう話もあってな」
 前のお前だ、ソルジャー・ブルーだ。三つの種の一つがそうだと言うらしいぞ。
「嘘!」
 なんでそういうことになるわけ、前のぼくだなんて。
 前のぼくと、この種のハートのマークは関係無いと思うけど…。
 これが入ってた風船カズラだって、前のぼくとは何の関係も無いんだけれど…!
「まあな」
 普通に考えれば無関係だな、とクックッと笑いを漏らしながら。
 ハーレイは小さな恋人を見詰めた。前の自分と風船カズラは無縁だと言い張る小さなブルーを。



「お前、烏瓜っていうのを知ってるか? 秋に赤い実が出来るヤツだが」
「知ってるけど…」
 風船カズラと同じで垣根とかに絡んでいる蔓草でしょ?
 食べられるかどうかは知らないけれど…。
「毒ってわけではないんだが…。不味いらしいし、食うヤツはいない。しかし人気のある実だぞ」
 あれの種がな、縁起物でな。わざわざ探しに出掛けようって人もいるほどだ。
「そうだったの?」
「種の形が打ち出の小槌に似ているのさ。だから財布に入れておきたくなるってわけだ」
 打ち出の小槌だ、振れば宝物が出るんだからな。財布に入れればお金が増えるという縁起物だ。
「ハーレイ、入れてる? 烏瓜の種」
「俺は其処まで欲張らんぞ」
 別のを入れているからな。烏瓜の種まで突っ込まなくても今の所は間に合っている。
「銭亀だっけね、ハーレイのお財布に入っているのは」
「うむ。だが、親父の家には打ち出の小槌が無いこともない」
「えっ?」
「親父が釣り仲間に貰った烏瓜が庭に植わっているからな」
 秋になったら勝手に実るさ、打ち出の小槌。その内に枯れて萎んで、何処かに落ちる。そういう打ち出の小槌が転がっちゃいるが、親父たちの財布には入っていないな。
「そういう意味かあ…」
 お父さんたちは打ち出の小槌も入れているのかと思っちゃったよ、お財布に。
 古いものとかが好きだと聞くから、烏瓜の種の打ち出の小槌も好きなのかなあ、って。
「まるで嫌いではないんだろうなあ、烏瓜を植えてる所をみると」
 たまに通り掛かった人に頼まれて、実をプレゼントしているらしいぞ。打ち出の小槌を知ってる人には気前よく、ってな。



 その烏瓜の種の他にも…、とハーレイはブルーに種の話をしてやった。
「梅の種には天神様って神様が入っているだとか。遠い昔の日本って国には、種を何かに見立てる文化があったわけだな」
 種が落ちれば、其処から新しい木だの草だのが生えて来る。硬いだけの塊に見えてもな。
 そういった不思議さが種ってヤツをだ、天神様とか打ち出の小槌にしたのかもしれん。その種の文化を復活させて来た人たちの中の誰かが思い付いたんだろうな、風船カズラも。
「だから、何なの? 風船カズラ」
 打ち出の小槌とは全然違うよ、ハートマークのプロポーズの実だよ?
「お前だと言ったろ、前のお前だと」
「なんで前のぼく?」
 ハートマークも風船カズラも、前のぼくは関係ないってば!
 前のぼくの服にハートマークはついてなかったし、風船カズラだって植えてなかった。あの草は何処にも無かった筈だよ、シャングリラの。



「そりゃそうだろうな、あくまで見立てているわけだしな」
 前のお前がハートマークだとも、風船カズラを植えていたとも言っちゃいないさ、その話は。
 それで一つ、訊くが。
 前のお前や俺たちのための記念墓地。あれの構造、どうなっている?
「記念墓地?」
「ノアのでも、アルテメシアのでもいい。要は配置だ、記念墓地での墓碑の場所だな」
 前のお前のが一番奥に一つだけ立ってて、別格で…。
「そうだよ、ぼくだけ独りなんだよ!」
 酷いよ、その前にあるジョミーとキースのは並んでいるのに。二人並べて作ってあるのに。
「それはともかく、それ以外の連中は俺も含めて、その他大勢って扱いだよな?」
「そうだけど…。その記念墓地がどうかした?」
「三人分だけ、特別だろう?」
 前のお前と、ジョミーとキース。
 SD体制崩壊の立役者だった二人と、其処までに至る全ての始まりだった前のお前と。
 今の世界を作った三人。その三人の心臓がこいつに入ってるってな、風船カズラの実の中に。
 なにしろ必ずハートの種が三個入っているんだし…。
 三人の英雄の心臓が入った神秘の実なんだ、風船カズラは。



「こじつけだよ!」
 そんな種だと言われても困る、とブルーは叫んだ。
 いくら英雄扱いの三人であっても、由緒正しい烏瓜の種の打ち出の小槌には敵わないと。
 死の星だった地球が蘇るほどの時が流れても、歴史と重みがまるで違うと。
「そうさ、前のお前たち三人が生きてた頃にもあったからなあ、風船カズラは」
 シャングリラじゃ育てていなかっただけで、ごくごく普通に庭に植えられていた馴染みの植物。
 だから定着しなかったってな、新しい説を唱えてみても。
「なんでハーレイが知ってるの、それを?」
 定着したってわけでもないのに、何処で聞いたの、風船カズラと前のぼくたちの話なんかを?
「烏瓜の種を調べていた時、偶然な」
 俺の記憶が戻る前の話さ、お前と出会うよりもずっと昔に何処かで読んだ。
 それっきり忘れちまってたんだが、今日になって思い出したんだ。
 おかしなもんだな、風船カズラを貰って来た家、毎日のように前を通っているんだが…。いつも沢山実がついてるな、と眺めてるんだが思い出さないままだった。
 もしかしたら神様が教えて下さったのかもなあ…。
 前のお前たちの心臓が入った実だから、この大切な風船カズラを広めなさい、とな。



「そんなの、定着しなくていいから!」
 風船カズラなんか広めなくっていいんだから、とブルーが頬を膨らませる。
 自分は全く嬉しくないのだと、三人分の心臓が入った風船カズラの実は要らないと。
「いいと思うが…。実に見事な、いいこじつけだと思うがな?」
 実際、前のお前は頑張ったんだし、そのくらいの御褒美、貰っておけ。本当に英雄なんだから。
「……ぼくとジョミーとキースが最悪」
「は?」
 怪訝そうな顔をしたハーレイに、小さなブルーは大真面目な瞳で風船カズラを示して言った。
「種が三つが最悪なんだよ。二つしか入っていなかったら、許す」
 ぼくと、ハーレイ。
 二人分の心臓が入っているなら、風船カズラの種が前のぼくでも許してあげるよ。
「それは有り得んぞ!」
 どうして前のお前と俺になるんだ、種が二つで。
 前のお前とセットで二つの種だと言うなら、其処はジョミーかフィシスじゃないのか?
 キャプテン・ハーレイは絶対に出ない。
 ジョミーか、でなけりゃミュウの女神のフィシスしか無いぞ、前のお前と二つセットの心臓は。



 無理があり過ぎる、と唸るハーレイだったけれども。
 小さな恋人は風船カズラの種をつつきながら、澄ました顔で。
「うん、誰も見立ててくれないだろうけど…。ハーレイとぼくっていうのは無理だろうけど…」
 前のぼくとジョミーとキースの三人で、風船カズラのハートの種。
 そんなヘンテコな話があるなら、二つしか種が入っていない風船カズラ。
 種が入る部屋が二つしか無い、二つだけの種の風船カズラ。
 それが前のぼくとハーレイの実だよ、探してきてよ。
 そういう形の風船カズラの実を探し出して、「これだ」ってぼくに見せてよ、ハーレイ。
「どうするつもりだ、そんなのを探して?」
 絶対に無いとは言わないが…。
 何かのはずみに三つある筈の部屋が二つになっちまった風船カズラの実があるかもしれんが…。
 それを探してどうするんだ?
「決まってるでしょ、プロポーズだよ!」
 前のぼくとハーレイが入っている実を見付けたから、って。
 ハートのマークがくっついた実をプロポーズに使う人、いるんでしょ?
 ピッタリの実だよ、種が二つの風船カズラ。前のぼくとハーレイの心臓が入った風船カズラ。



 それがいいな、とブルーが言うから。
 見付けて来てよ、と小さなブルーが言うから、ハーレイは苦い顔をした。
「おいおいおい…。チビのお前には早すぎるだろうが、プロポーズは」
 探さないからな、種が二つの風船カズラ。なんで探してまで、チビのお前に渡さねばならん。
「そう言うと思った」
 ハーレイ、探してくれそうにないし。
 ぼくが小さくてチビの間は、絶対探してくれないんだ。プロポーズだってしてくれなくて。
「ふむ…。だったら、お前、こいつを育ててみるか?」
 この種を来年、庭に蒔いておけば風船カズラが生えて来る。今から蒔いておいてもいいぞ。芽が出る季節まできちんと眠って、春にヒョッコリ生えて来るから。
 芽が出て来たなら、水をやって大きく育ててやって…。
 実をドッサリとつけさせてやれば、望み通りの種が二つの実が一個くらいは出来るかもな。
 そしたらその実を俺に教えて、「あれを取って来て」と言えばいいんだ。
「やだ」
「何故だ?」
 お前が欲しがってる、種が二つの実じゃないか。
 チビのお前にプロポーズは出来んが、プロポーズごっこなら付き合ってやるぞ?
「プロポーズごっこは嬉しいんだけど…。本物のプロポーズだと、もっと嬉しいんだけど…」
 その前に、ぼくとジョミーとキースが沢山。三人分の心臓が入った実が沢山。
 二つしか種の無い風船カズラが出来るかどうかも謎なんだよ?
 出来なかったら何年育てても、ぼくとジョミーとキースの実ばかり。
 いつまで経ってもハーレイとぼくの心臓が入った実が出来なくって、腹が立つから。

「じゃあ、お前、この実は要らないんだな?」
 テーブルの上の、その種だって。
 前のお前とジョミーとキースの実だっていうだけで欲しくないんだ、と。
「腹が立つしね」
 ジョミーやキースと一緒にされても、ぼくはちっとも嬉しくないし!
 三人仲良く同じ実の中に詰まってるなんて、悪夢だよ。
 同じ実の中に部屋を作って、くっつくんなら断然、ハーレイ。部屋は二つだけあればいいんだ。
「ふうむ…。だったら、俺がプロポーズに風船カズラの実を持って来ても断るんだな?」
 プロポーズにとハートのマークの種を渡されたら、受ける場合は貰うそうだが…。
 それを大切に残しておいてだ、結婚してから新居の庭に植えるそうだが、お前は要らん、と。
 俺のプロポーズごと突っ返すんだな、ジョミーとキースがセットの実なんか要らない、ってな。
「…ど、どうしよう…」
 要らないって言ったら、そのプロポーズまで断ったことになっちゃうの?
 ひょっとしてハーレイ、プロポーズのつもりで持って来てたの、風船カズラ?
 ぼく、断ったことになってないよね、風船カズラの実のプロポーズ…?



 まさかプロポーズを断ってしまったのではないだろうか、と慌てふためく小さなブルー。
 プロポーズだったらどうしようか、と赤い瞳が揺れているから。
 不安の色を湛えているから、ハーレイは「大丈夫さ」と銀色の頭を褐色の手でポンと叩いた。
「そういうプロポーズの形はあるがだ、お前にはまだ早すぎだ、ってな」
 だから、お前は断っちゃいない。断るようにも俺は仕向けていない。
 風船カズラの実は持って来ただけだ、面白い話を思い出したから教えてやろうと思ってな。
「本当に? その実、受け取らなくてもいいの?」
「腹が立つんだろ、ウッカリ植えたら。種が三つの風船カズラがドッサリ出来たら」
 ジョミーやキースと一緒の家だと、三人分の部屋がセットだと、お前、嬉しくないんだろうが。
 今日の所は持って帰るさ、プロポーズのための実じゃないんだからな。
「持って帰るって…。ぼくの代わりに育ててくれるの?」
「ご近所さんの庭に放り込んでおく」
「えっ?」
「こいつを貰ったご近所さんの庭さ、風船カズラが大好きな家の」
 さっき教えたろ、今から蒔いても大丈夫だって。
 其処の家では種を蒔いてるわけじゃないんだ、秋に落ちた種が春に芽を出して育つんだ。垣根の所に放り込んでおけば、来年の春にちゃんと生えて来る。
 そうして夏には大きく育って、小さな緑の風船ってヤツが垣根一杯に揺れるわけだな。
 運が良ければ、お前の望み通りの実だってあるかもしれない。
 前のお前と、前の俺の心臓が入った風船カズラ。
 種が二つだけの風船が一個、何処かに混じってフワフワと揺れているかもなあ…。



「前のぼくとハーレイの心臓が入った風船カズラかあ…」
 部屋が二つしか無い風船カズラの実って、どんな形になるんだろう?
 ハーレイ、あったら直ぐに気が付く?
 もしもそういう実が混じってたら、沢山の中に一つだけでも見付け出せる…?
「そりゃまあ、なあ…。こんな話になっちまったからには、見付けた時には嬉しいだろうが…」
「ぼくたち、来年の風船カズラの実が出来る頃まで覚えてるかな?」
 今日の話を。種が二つの、部屋が二つの風船カズラは特別だってこと。
 前のぼくとハーレイの心臓が入った、素敵な風船カズラなんだってことを…。
「忘れてるだろ、何処かにデカデカと書いて張り紙でもすれば話は別だが」
「やっぱり?」
 忘れちゃうかな、そういう風船カズラの実が欲しかった、ってことも綺麗に。
 ぼくは子供だから忘れそうだし、ハーレイも色々と忙しいから忘れそうだよね…。
「うむ。お互い、明日には忘れてそうだな」
 風船カズラを何処かで見たって、前のお前とジョミーとキースの実だってことも思い出さずに。
 ハートのマークの種が入っているんだってことも、実だけ見てたら思い出さずに。
 しかしだ、種が二つしかない風船カズラの実に出会ったなら、俺は途端に思い出すだろうな。
 前のお前と俺のための実だと、二人分の心臓が入った実だと。
 お前はどうだ?
 そういう実、見付けたら思い出さないか…?
「思い出すに決まっているじゃない!」
 これをハーレイに教えなくちゃ、って目印を付けるよ、実のある所に。
 そして「取らないで下さい」って札も付けるよ、誰かが持ってってしまわないように。
 それから、風船カズラを育ててる人にちゃんとお願いするんだよ。
 この実を下さいって、この実を分けて欲しいんです、って。



 風船カズラの膨らんだ実には、一粒の種が入った部屋が三つずつ。
 一つの風船に種は三つで、ハートのマークがついた種は心臓。SD体制を倒した英雄たちを表す心臓の種が三つ入って、前のブルーと、ジョミーとキース。
 今はプロポーズにも使われる実の中に、三人の英雄の心臓があると言うのだけれど。
 ソルジャー・ブルーの生まれ変わりのブルーは不満でたまらない。
 種は二つで充分なのだと、前の自分とハーレイの心臓だけが入った実がいいのだと。種が入った部屋は二つだけ、三つ目の部屋は要りはしないし、欲しくもないと。
「ホントのホントに、種は二つでいいんだけどなあ…。風船カズラ」
「俺もお前と二人で入れる実がいいんだがな、ジョミーとキースに取られるよりはな」
「そうでしょ? 前のぼくとハーレイの部屋だけあったら充分なんだよ、風船の中」
「違いない。ジョミーとキースには出てって貰って、俺が住むとするか」
 変な形の実になっちまおうが、知ったことではないからな。
 風船カズラの実に前のお前が入っているなら、強引に俺が住み着くまでだ。
 ジョミーとキースは追い出しちまって、お前と二人で住むための部屋だけ作ってな。



 風船カズラの種が入った部屋が三つだからこそ、前のブルーとジョミーとキースなのだけれど。
 部屋が二つで種が二つでは、誰も彼らを思い出してはくれないのだけれど。
 もしもそういう実が出来たなら…、とハーレイとブルーは笑い合う。
 たとえ二人とも、今日の話を忘れ去ってしまった後であっても。
 その時には思い出すであろうと、この実が前の自分たちを表す実なのだ、と。
 二つの部屋で、二つだけの種。前のブルーとハーレイの心臓が入った風船カズラ。
 そうして二人、それを眺めて幸せに浸る。
 プロポーズはもう、とうの昔に済んだ後かもしれないけれど…。




           風船カズラ・了

※風船カズラの中には心臓が三つ。前のブルーと、ジョミーと、キース。そういうお話。
 素敵ですけど、広まらなかったみたいです。風船カズラの種についてるハートのマーク。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
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