シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
閑古鳥。
ガランとしている劇場だとか、お客さんのいない店だとか。
そういうのを閑古鳥が鳴くって言うけど、閑古鳥はカッコウのことだったんだ。ものの例えだと思っていたのに、実在していた閑古鳥。カッコウの名前。
(…架空の鳥だと思ってたのに…)
実はカッコウだったなんて。カッコウの別名が閑古鳥だなんて。
今日のハーレイの授業で教わった話。
SD体制よりもずうっと昔に、この地域にあった日本っていう名の小さな島国。その国にあった短歌、俳句で有名な芭蕉って人の歌に詠まれた閑古鳥。
「憂き我を寂しがらせよ閑古鳥」って。
前のボードに書かれた時には、変な歌だと思ったんだけど。わざわざ寂れた劇場とかに出掛けて何をするんだとクラスのみんなが思ったんだけれど、正解はカッコウのことだった。
遠い昔の日本でお馴染みだった鳥。
ハーレイは「昔の和歌だとホトトギスと間違えて書かれていたりもしたんだぞ」って「郭公」という字もボードに書いた。
(カッコウ…)
幼稚園で習った古い歌。SD体制よりも遥かな昔の地球にあった歌。
静かな湖畔の森の影から、って始まる歌で、カッコウの鳴き声が出て来るんだ。
もう起きちゃいかが、って、カッコウ、カッコウ、って。
(可愛い鳥だと思ってたのに…)
本当は閑古鳥だったなんて、可愛いどころかとんでもない。
小さかったぼくが幼稚園のみんなと歌った「カッコウ、カッコウ」っていう鳴き声の繰り返し。其処が問題、昔の人たちにはカッコウの声が「物寂しい」って思えたらしいんだ。
そのカッコウが鳴いてるみたいに寂しいお店や劇場だから「閑古鳥が鳴く」って言われちゃう。カッコウは閑古鳥だから。
(いい声なのにな、カッコウって…)
小さな頃に森で聞いた声。パパやママと出掛けた、明るい森の中で。
カッコー、カッコー、って。
パパとママに教えて貰わなくても、直ぐに分かった。カッコウなんだ、って。
幼稚園で歌った歌に出て来たカッコウが鳴いているんだな、って。
姿が見えないか、キョロキョロ探した。可愛いカッコウを見付けたくって。
(でも…)
よく考えてみたら、カッコウは可愛くない鳥だった。
未だにチビのぼくだけれども、カッコウの歌を歌ってた頃よりは大きくなって知識も増えた。
托卵。
カッコウがやってる、独特の子供の育て方。
自分で卵を温める代わりに、他の鳥の巣に卵を産み付けて行く。巣の持ち主が気付かないよう、元からあった卵を一個だけ捨てて、それの代わりに自分の卵を一個、コロンと。
それだけでも充分酷いというのに、卵から孵ったカッコウの子供。
巣の持ち主の卵よりも早く孵化して、最初にすることが巣の乗っ取り。他の卵を押し出して巣の外へ全部捨てちゃうんだ。自分よりも先に孵ったヒナがいたなら、そのヒナまでも。
そうして自分がドッカリ居座る。巣の持ち主の子供なんです、って顔で住み着く。
騙された親鳥は、カッコウの子を…。
(自分の子供だって思い込んだまま、育てるんだよ)
一所懸命に餌を運んで、せっせとカッコウの子を育てる。本当の子供と卵を捨ててしまった酷いヤツだと気付きもしないで、これが自分の子供なんだ、って。
自分の身体よりもずうっと大きく育ってしまったカッコウの子にも、頑張って餌を運ぶ親鳥。
大きくっても、餌を欲しがるヒナだから。
まだ飛べもしない雛鳥だから、って何度も何度も餌を取って来て、大人になるまで。カッコウの子が巣立つ時まで、自分の子供だと信じたまんまで。
とてもずるくて酷いカッコウ。
親も親だけど、子供も酷い。巣にあった卵を全部放り出して、自分を育てさせるだなんて。
ホントに酷い、と思ったんだけれど。
(…それって、ぼく…?)
ソルジャー・ブルーだった、ぼく。ソルジャー・ブルーの生まれ変わりだった、今のぼく。
ママがお腹の中で大切に大切に育てて、産んで。
うんと可愛がって育ててくれていたのに、ソルジャー・ブルーになっちゃった、ぼく。
十四歳まで普通の子だった、ブルーって子供は消えてしまった。
ママの大事なブルーはいなくなっちゃったんだ。
何も知らずに育ったブルーは、ソルジャー・ブルーの記憶が無かったブルーは。
(…ぼくって、カッコウ?)
そんなつもりは無かったんだけど。
ママのブルーを捨ててしまって、代わりに住み着いたつもりは微塵も無かったんだけど。
(…だけど、カッコウ…)
ぼくがやっちゃったことは、カッコウと同じ。
ママがお腹の中から育て続けた大事なブルーを、一人息子のブルーを奪った。
前のぼくとそっくり同じに育つ身体が欲しいと奪った。巣の中に卵を置いて行く代わりに、前のぼくの記憶を送り込んで。
他の卵やヒナを捨てる代わりに、ママの大事なブルーの身体をそっくりそのまま乗っ取った。
(…ママのブルーを捨てちゃった…)
巣からポイッと放り出して。
澄ました顔して、ママの子供を気取っているぼく。ママのブルーを装ってる、ぼく。
(…ママ、ぼくがやっちゃったことに気付いてる…?)
それとも気付いていないんだろうか、カッコウの子供を育てる親鳥が気付かないのと同じで。
あるいはとっくに気が付いてるけど、人間の子供だから捨てられないとか…?
(…どっちなの、ママ…?)
怖くて訊けない。ママには訊けない。
今日もぼくの大好きなおやつを作って、帰るのを待っていてくれたママ。
いつだって優しい、今のぼくのママ。
そのママはカッコウの子供を育てる親鳥みたいな心境なんだろうか?
これは違うと、自分の子供じゃないようだけど、と思いながら育てているんだろうか…?
今の今まで考えたこともなかった、ぼくがやらかしちゃったこと。
ママのブルーを捨ててしまって、代わりにちゃっかり住み着いた、ぼく。カッコウの子供。
(…どうしよう…)
とてもママには言えやしない、と勉強机の前で頭を抱えて俯いていたら。
「ブルー!」
部屋のドアの向こう、多分、階段の途中あたりからママの声。ぼくの名前を呼んでいる声。
「なあに?」
普通のふりして、訊き返したぼく。充分にずるい、カッコウの子供。
だけどママの方は、そんなこととは知らないから。
「下りてらっしゃい、珍しいものを頂いたわよ!」
「えっ?」
「お菓子よ、ブルーが好きそうなお菓子!」
おやつは済んだけど、見にいらっしゃい。食べられそうなら食べていいのよ、せっかくだから。
ママの呼ぶ声は、いつもと変わらない優しい声で。
ぼくの大好きなママの声だから、知らんぷりなんて出来るわけがない。
(…カッコウの子供でも、ママが大好きならいいんだよね…?)
心の中で言い訳しながら、階段を下りていった、ぼく。ママはダイニングで笑顔で待ってた。
テーブルの上に、綺麗な缶。何のお菓子が入ってるんだろう、小さな缶が置いてある。ママは、その缶の蓋をパカリと開けて。
「ドラジェよ、可愛らしいでしょ?」
「…ドラジェ?」
「お砂糖をかけて作った甘いお菓子よ、中にアーモンドが入っているの」
ほら、って見せて貰った缶の中。桃の花みたいな淡いピンク色の丸っこいお菓子が詰まってた。お砂糖の甘い衣を纏ったアーモンド。それが沢山。
何処から貰ったお菓子なのかな、と思ったら、ご近所さんだった。そういえばチャイムが鳴っていたっけ、ハーレイが来るには早すぎる時間だったから外を覗きもしなかったけれど。
「女の子だからピンクのドラジェなのよ」
「…女の子?」
「そうよ。お孫さん、女の子が生まれたんですって」
お祝い事の時に、こういうお菓子を配る所で。女の子だとピンク、男の子なら水色。
そんな決まりがあるんですよ、って教えてくれたわ、色々なお祝いにドラジェを配るの。
(…お孫さん…)
なんてタイミングなんだろう。
そのお孫さんは普通のお孫さんで、普通の赤ちゃん。ぼくみたいなカッコウの子供じゃない。
大きくなっても、ご近所さんのお孫さんのまま。いつまで経っても、ちゃんとお孫さん…。
「…ブルー?」
どうしたの、ブルー? こういうお菓子は好きじゃなかった?
「ううん…」
「何だか変よ、お腹、痛いの?」
どうかしたの、具合が悪いんだったら早くお医者さんに行かないと…。
「……カッコウ……」
「えっ?」
ポロッと口から零れてしまった、カッコウの名前。そうなったらもう、止まらない。
ぼくは黙っていられなくなって、何もかも全部、話してしまった。
ママはカッコウの子供でもいいの、って。
ママの大事なブルーを家から放り出しちゃった、カッコウの子供のぼくでもいいの、って。
「…馬鹿ね」
お馬鹿さんね、ってママは微笑んだ。
ママの隣の椅子に座って、べそをかきそうになっていたぼくに。
「ブルーはカッコウなんかじゃないわ。最初からブルーよ」
ママの子供の、大事なブルー。カッコウの子供なんかじゃないのよ。
「でも…。今のぼくって、ソルジャー・ブルーで…」
「ソルジャー・ブルーでも、名前はブルー。そうじゃないの?」
同じブルーでしょ、何処が違うの?
「だけど、ママのブルー…」
ママがお腹の中で育てて、産んだブルーが何処にもいないよ。ぼく、カッコウの子供だから。
「此処にいるでしょ、ママのブルーも」
それともブルーは忘れちゃったの、ソルジャー・ブルーじゃなかった自分。
ソルジャー・ブルーになるよりも前の、色々なこと。全部忘れてしまっちゃったの?
「…ううん」
覚えてるよ、全部。赤ちゃんの時のは無理だけれども、小さい頃のことも覚えているよ。
「ほら、ちゃんとブルーはママのブルーよ。ママのブルーはいなくなっていないわ」
ブルーの中にちゃんといるのよ、ママのブルーも。
放り出されたわけじゃなくって、ブルーの中に一緒にいるのよ。
だからブルーは、ママのブルー。ソルジャー・ブルーでも、ママのブルーよ。
大丈夫、ってママは頭を撫でてくれた。柔らかな手で、うんと優しく。
ぼくの記憶が戻った時には怖かったんだ、って話してくれた。
ソルジャー・ブルーだったことを思い出したぼくが、ママの前から消えちゃうかも、って。
何処かへ姿を消してしまって、二度と戻って来ないんじゃないかと思って怖かったんだ、って。
「だけどブルーは何処にも行かなかったでしょ?」
「…ぼくの家、此処だよ」
それに独りじゃ、とっても生きていけないもの…。住む家も御飯も無くなっちゃったら。
…ぼくってやっぱり、カッコウなのかな?
この家でママとパパに育てて貰わないと、大きくなれないカッコウなのかな…。
「違うわ、ママのブルーだからよ。だから独りじゃ生きていけないのよ」
ママのブルーを育てるのはママでしょ、ママがいないとブルーは大きくなれないの。
それにね、ママはカッコウの子供でもかまわないのよ。
カッコウの子供を預けられた鳥は、カッコウの子供を自分の子供だと思って育てるの。ちゃんと大人にしてあげなくちゃ、って自分よりも大きくなったヒナでも。
そうやって頑張って育ててあげても、カッコウの子供は何処かへ行ってしまうんだけれど。誰が自分を育てたのかなんて、すっかり忘れてしまうんだけれど…。
ブルーはパパやママを忘れないでしょ?
それに、この家で大きくなったんだっていうことも。
「うん。忘れていないし、忘れないよ」
「ほらね、だからソルジャー・ブルーでもいいの。カッコウの子でもかまわないのよ」
ママが育てたブルーだから。ママをママだと思ってくれているなら、それがママのブルー。
ソルジャー・ブルーがカッコウの子でも、ママにとってはママのブルーよ。
何も心配しなくていいの、ってママはドラジェをぼくにくれた。
缶から取り出して、ぼくの手のひらに一つ。
「今日のおやつは済んじゃったけれど、せっかく頂いたんだから…。お祝いのお菓子」
貰った人にも幸せを運ぶお菓子ですよ、って下さったんだし、食べなくちゃね。
ブルーにも幸せが沢山、来るように。
それから、オマケ。
「…オマケ?」
「心配事が消えますように、ってオマケをあげるわ」
そう言って、オマケのドラジェをくれたママ。
カッコウだなんて言い出しちゃったから、心配事が幸せに変わるようにオマケに二つ、って。
ダイニングで食べた、三粒のドラジェ。
甘くて、中のアーモンドがカリッと香ばしかったピンクのドラジェ。
美味しいでしょ、ってウインクしてくれたママ。
「心配事を幸せに変えてくれる魔法のお菓子よ、それは」って言ってくれたママ。
ぼくはカッコウの子供じゃないって思ってもいい…?
ママのブルーを追い出してないって、放り出してはいないんだ、って。
そんな事件があった日の夕方、暮れて来た頃に鳴らされたチャイム。
部屋に戻ってたぼくが窓から覗くと、門扉の所にハーレイが居た。ぼくが大好きな、前のぼくの頃からの大事な恋人。ソルジャー・ブルーだったぼくが愛したキャプテン・ハーレイ。
今はキャプテン・ハーレイじゃなくて、閑古鳥の話を授業でしていた古典の先生なんだけど。
ただのハーレイ先生だけれど、ぼくにとっては誰よりも大切な恋人なんだ。
そのハーレイが部屋に来てくれて、ママが紅茶とお菓子のお皿を持って来てくれた。テーブルに置かれたお菓子のお皿に添えられたドラジェ。ピンク色のお砂糖の衣を纏ったアーモンド。
それがお皿に一粒ずつ。ぼくとハーレイ、それぞれのお皿に。
「ほほう…。何処かでお祝い事があったのか?」
ハーレイはドラジェを知っていた。お祝い事に配るお菓子なんだということを。今のぼくよりも二十四年も長く生きてるから、貰ったことがあるみたい。
「ご近所さんに貰ったんだよ、お孫さんが生まれたんだって」
「お孫さんか。ピンク色なら女の子だな」
「当たり!」
男の子だと水色だって。それでね、普段だったら珍しいな、って食べるんだけど…。
「どうかしたのか?」
「あのね…」
半分はハーレイのせいなんだよ、ってカッコウの話をしてみた、ぼく。
授業で閑古鳥の話なんかをするから、色々なことをぐるぐる考えちゃったんだ、って。
カッコウの鳴き声だけでは済まなくなって、托卵のことまで思い出した、って。
「…それで?」
「ぼくってカッコウの子供なのかも、って思ったんだよ」
「カッコウの子供?」
「そう。ママの子供を巣から放り出して、代わりに居座っちゃったカッコウ」
だってそうでしょ、ママにしてみれば騙されたようなものなんだもの。
自分の子供だって信じていたのに、育ててみたらソルジャー・ブルーになっちゃったなんて。
まるで違う子供になっちゃったんだよ、へんてこな記憶まで取り戻して。
カッコウの子供みたいでしょ?
育てた親とは全然似てない、大きくて可愛くないヒナが巣に乗っかってて、餌を貰って。
「なるほどなあ…。それでお前はどうしたんだ?」
「カッコウの子かも、って考えていたら、ママに呼ばれた…」
珍しいものを貰ったから、って呼ばれたんだよ。それがこのドラジェ。
ぼくはドラジェがどういうお菓子か知らなかったから、ママが説明してくれて。お砂糖をかけたアーモンドだっていう所までは何も問題無かったんだけど…。
「出産祝いで引っ掛かったか?」
お孫さんだしな。お前、カッコウの子供で悩んでいたんだものな?
「うん。そのお孫さんは本物だよね、って思った途端に、頭の中がカッコウで一杯…」
それで口から出ちゃったんだよ、カッコウ、って。
言っちゃったらもう止められなくって、ママに喋ってしまったんだ。
ぼくはカッコウの子供なんだ、って。ママの子供を放り出して代わりに住み着いたんだ、って。
そんなぼくでもかまわないの、って、カッコウの子供でもママはいいの、って…。
「ふうむ…。そう話した後はどうなったんだ?」
お母さんはビックリしたと思うが、なんて答えてくれたんだ?
俺を迎えに出て来てくれた時には、いつもと全く変わらない様子だったんだがな?
「…ぼくは最初からぼくだ、って。ママのブルーで、カッコウの子供なんかじゃない、って」
ぼくはママの子供を放り出していないし、ママの子供で間違いないって。
それにソルジャー・ブルーだとしても、カッコウの子供でもかまわないって。
ママをママだと思ってるんなら、カッコウの子供でもママのブルーになるんだって。
カッコウの子供を育てる親鳥は、それが自分の子供のつもりで大切に育てるんだから、って…。
そう言ってくれたよ、ってハーレイに話した。
心配事が消えますようにってドラジェもくれたと、心配事が幸せに変わるようにとオマケに二つ貰ったんだ、と。
「魔法のお菓子よ、ってママは言ったんだけど…。心配事を幸せに変えてくれるのよ、って」
「それで、お前に幸せは来たか?」
「うん。今、気が付いたけど、ちゃんと来てたよ。ハーレイが来てくれたんだもの」
カッコウの子かも、って考えちゃったのはハーレイの授業のせいなんだけど…。
でも、ハーレイが来てくれるとぼくは嬉しいし、幸せはちゃんと来ていたみたい。ママが魔法のお菓子だって言ったの、本当だったよ。
「そうか、幸せは来たんだな。心配事の方はどうなった?」
「やっぱりカッコウの子供かもね、って思うけれども…。ママがいいなら、それでいいかな」
カッコウの子供でもママのブルーだって言ってくれたし、気付いた時ほど心配じゃないよ。
ママのブルーを追い出しちゃったかも、って思った時には本当に心配だったんだ。
こんなことママには言えやしないって、どう思ってるのか訊けもしない、って。
でも、訊いちゃった…。
うっかりカッコウって言っちゃったから…。
「だが、お母さんはきちんとお前の話を聞いて。…そして答えてくれたわけだな」
お前がカッコウの子供かどうかを。カッコウの子供でも、自分の子供に間違いないと。
いいお母さんじゃないか。心配事が幸せに変わるようにと、魔法のお菓子までくれたんだろう?
お前はいいお母さんを持ったと思うぞ、それにお前も素直ないい子だ。
たとえカッコウの子供だとしてもな。
「どうして?」
カッコウの子供って…。それでどうしていい子になるの?
ママがいいママだってことは分かるけど、カッコウの子供はあまりいい子じゃないと思う…。
「お前、自分でカッコウの子かも、と言ったんだろう?」
「言ったけど…」
「其処だ、其処がお前の素直な所で、いい子な所だ」
お母さんにきちんと打ち明けられるのが素直な証拠さ。
カッコウの子供は育ての親に向かって喋りはしないぞ、自分はカッコウの子供です、とはな。
本物の子供と卵は捨てました、なんて本当のことを白状してみろ、自分の命が無くなっちまう。親鳥は子育てをやめて逃げてしまうし、そうなれば餌が貰えないだろう?
餌が来なけりゃ飢えて死ぬしか道が無いんだ、本物のカッコウは最後まで親を騙すわけだな。
しかし、お前はきちんと話した。
お母さんが「自分の子供じゃない」って気付いてしまうかもしれないのにな…?
偉いぞ、ってハーレイがぼくの頭をポンポンと叩いてくれたから。
ぼくの幸せはグンと膨らんで、嬉しくてたまらなくなった。
ハーレイに褒めて貰えるなんて。いい子だって褒めて貰えるだなんて、もう幸せでたまらない。ママに貰ったドラジェの魔法は本物なんだ、って頬が緩んだ。
心配事が幸せに変わる、魔法のお菓子。ママがオマケにと二個くれたお菓子。
一つはハーレイを連れて来てくれて、もう一個はハーレイに褒めて貰えた。素敵な魔法をかけてくれたお菓子。幸せを運んだ、ピンクのドラジェ。
カッコウの子供でも、どうでもよくなる。
そのカッコウの子に、ママが魔法の幸せのドラジェをくれたんだから…。
(ふふっ、幸せ…)
カッコウの子供でもかまわないや、って考えた途端、ハーレイが「実はな…」と口にした言葉。
「俺はな、現役のカッコウなんだ」
「えっ?」
現役のカッコウって、どういう意味なの?
それにハーレイがカッコウって…なに?
「お前と同じさ、俺だっておふくろが産んだ子供とは違う中身になっちまったろうが」
おまけに、お前は記憶が戻って直ぐに、お父さんとお母さんに自分が誰かを話したが…。前世の記憶を持っていることも、ソルジャー・ブルーだってことも話しているが、だ。
俺はまだ、親父にもおふくろにも全く話していないってな。
実はキャプテン・ハーレイでした、っていうことを。
つまり、今でもカッコウなんだ。親鳥を騙して自分の子供だと思い込ませているカッコウだな。
「ハーレイ、それって…。酷くない?」
お父さんとお母さん、ハーレイに餌を運んでるわけじゃないけれど…。
ハーレイは一人で暮らしているけど、カッコウの子です、ってことを黙っているのは酷くない?
「酷いかもしれん。だが、お前を嫁さんに貰うわけだしな?」
それだけでも充分、驚かせたんだ。
一度にあれこれ話しちまったら、親父もおふくろも腰を抜かすと思わないか?
折を見て順番に話さないと…、って言ってるハーレイ。
まだまだ当分、お父さんとお母さんには話すつもりが無いハーレイ。
(…まさか、ぼくと結婚する時まで内緒のままってことはないよね…?)
いくらなんでも、それまでには多分、話すんだろうと思うけど。
こんなカッコウの子供がいるんだったら、ぼくなんか可愛い方かもしれない。
だって、ぼくはたったの十四歳。
ハーレイみたいに三十八年もカッコウをやっていないから。
実はカッコウの子供なんです、って言いもしないで、巣に居座ってたわけじゃないから。
(…ぼくは素直に言っちゃったものね、ソルジャー・ブルーだったんだよ、って…)
前のぼくの記憶を取り戻して直ぐに、パパとママに話してしまった、ぼく。
それが普通だと思っていたのに、ハーレイはキャプテン・ハーレイだったことを内緒にしてる。大人には大人の考え方があるから、それも正しいのかもしれないけれど。
(…それでも、いつかは話さなきゃ駄目なんだけどね? カッコウの子供だったこと…)
ハーレイがキャプテン・ハーレイだったこと。ぼくと同じでカッコウの子供とそっくりなこと。
だけど、ハーレイのお母さんたちも、きっとハーレイを許すんだろう。
ハーレイはカッコウなんかじゃない、って。
カッコウの子供でも自分の子供とまるで同じで、ちゃんと自分の子供なんだ、って。
(ぼくもハーレイも、産んで貰った子供だものね)
人工子宮から生まれた前のぼくたちと違って、お母さんのお腹から生まれた子供。
機械が選んだ養父母じゃなくて、本当の親が育ててる子供。
だからぼくのママも、ぼくはママのブルーに間違いないって自信を持って言えるんだ。
今度のぼくたち、ちゃんと本物のパパとママ。
たとえ子供がカッコウの子でも…。
カッコウ・了
※他の鳥の卵を捨ててしまって、自分の卵を産んでゆくカッコウ。知らずにそれを育てる親鳥。
自分もカッコウのようなものかも、と思ったブルー。優しいお母さんで良かったですね。
←拍手して下さる方は、こちらからv
←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv