シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
学校から帰って、ママと一緒におやつを食べていたんだけれど。いつもと変わらないのんびりとした時間だったんだけど、ママが「そうそう」と立ち上がった。
「忘れていたわ、昨日、お買い物に行って貰って来たのよ」
何なんだろう?
街の百貨店に行くっていうのは聞いていたけど、一緒に出掛けた人からお土産?
首を傾げてたら、ママは棚の上からパンフレットみたいなのを取って来て。
「はい、ブルー。懐かしいでしょ?」
(…えーっと…)
なんて答えたらいいんだろう。それは食器のパンフレットだった。
(こんなもの、発売されていたんだ…)
百貨店にはたまに行くけど、食器売り場なんかに興味は無いから知らなかった。
シャングリラ・シリーズ。そういう名前の食器たち。「永遠のロングセラー」って謳い文句も。
白いシャングリラが描かれた食器じゃなくって、見覚えのある食器たち。それもその筈、どれもシャングリラで使われていた食器の復刻版。
みんなが食堂で食べていた食器や、ティーセットまで。よくも揃えたものだと思う。
ママは「買ってあげましょうか」って言うんだけれど。
「要らないよ」
そう答えた、ぼく。ママは意外そうな顔をして。
「あら、欲しくないの? 復刻版だからブルーもずうっと昔に見ていた筈よ」
シャングリラの食器、懐かしいでしょ?
ソルジャー・ブルー用の食器もあるのよ、こっちのページに。
ほらね、とママがめくったページに、紋章入りのカップやお皿。白地にあしらわれた金と赤との紋章はシャングリラの船体にあったものと同じ。ミュウのシンボルのフェニックスの羽根。
今の世界で見られるだなんて思っていないし、懐かしくないこともないんだけれど…。欲しいかどうか、ってことになったら話は別で。
「今の食器の方が好きだよ、これは要らない」
「本当に?」
ソルジャー・ブルーが使ってた食器よ、ブルーの思い出の食器なのよ?
復刻版でも素材は同じよ、それが売りのシリーズなんだから。
「そうみたいだけど…。パパやママと一緒に家で食べてる食器が好き。それにハーレイとも」
今までどおりの食器が良くって、シャングリラの食器は別に欲しくないよ。
「あらまあ…」
本当にいいの?
シャングリラ・シリーズ、欲しくないの?
ママはてっきり、ぼくが昔懐かしい食器を欲しがると思っていたみたいで。
「売ってるのをすっかり忘れていたけど、思い出したからパンフレットを貰って来たの」
昨夜、パパとこれを見ながら相談したのよ。
ブルーが欲しいなら、セットで買ってあげてもいいわね、って。ソルジャー・ブルー用のでも、食堂で使っていた食器でも。
お皿もスープ用のお皿も一式揃えて、それにカップやポットなんかも。
「ううん、ママたちと食べる食器が好きだよ、家にあるのが」
御飯茶碗とかはシャングリラの頃には無かったけれど…。他のお皿も、カップとかも要らない。
「でも、いいの? ハーレイ先生とこれで食べなくっても?」
いつもの食事は普段の食器でかまわないかもしれないけれど…。
ハーレイ先生と食べる時には、シャングリラ・シリーズで食べたくならない?
「普通のがいいよ。ぼくはソルジャー・ブルーじゃないもの」
今はパパとママの子で、普通の子供。だからシャングリラの食器なんかは要らないよ。
「まあ…」
そう言ってくれるの、パパとママの子だから普通でいい、って。
この家で使っている食器がいいのね、今のブルーは。
ママはとっても嬉しそうだった。ぼくはソルジャー・ブルーだけれども、今はママたちの子で、この家が大好きな子供なんだ、って。
本当に喜んでくれた証拠に、おやつのオマケ。「少しだけよ」って、ぼくのお皿に入れてくれたフルーツケーキのおかわり、ママが御機嫌だったって印。
美味しく食べてから部屋に帰って、勉強机の前に座ったけれど。
シャングリラ・シリーズとやらのパンフレットは、ダイニングに置いて来たんだけれど。
(実際、懐かしくないんだよね…)
復刻版の食器だなんて。シャングリラで使われていた食器たちなんて。
シャングリラは今でも一番人気の宇宙船。遠い歴史の彼方にしか無い、時の流れに連れ去られてしまった船なのに。
誰もが憧れる白い鯨だから、其処で使われた食器が人気というのも分かる。同じ食器は材料さえあれば何処の星でも作れるんだし、「永遠のロングセラー」って謳い文句もつくだろう。
地球だけじゃなくて、あちこちの星で売られているだろうシャングリラ・シリーズ。
だけど、今のぼくが懐かしいものはお皿やカップなんかじゃなくって、過ごした時間。
それらが在った白い鯨で、シャングリラで暮らしていた頃の日々。
あの食器たちを使って食べてた様々な料理。
スープもサラダも、メインディッシュも。決して香り高くはなかった、紅茶だって。
(それに、ソルジャー・ブルー用の食器なんて…)
御大層な紋章が描かれた食器。ソルジャー専用の食器の印。
あれはハーレイとぼくが使っていただけ。青の間での毎朝の朝食の席で。朝の報告という理由はあくまで表向きのもの、本当はただの朝御飯。二人きりの夜を過ごした後の。
それだけだったら懐かしいんだけど…。ちょっぴり欲しくもなるんだけれど。
(公式の食器だったんだよ!)
普段はぼくとハーレイしか使う機会が無かったけれども、長老たちとの会食には、あれ。紋章の入ったソルジャー専用の公式の食器。
つまりは、ハーレイとぼくだけのために存在していた食器じゃない。
青の間に置いてあった二人分の食器はハーレイとぼくしか使わない専用の食器だったけど、あの紋章入りの食器は幾つも存在していた。
決して沢山ってわけじゃないけど、ソルジャーだったぼくとの会食用にと仕舞い込まれていて、長老以外の仲間たちの目には滅多に触れなかったんだけれど。
その、食器。
ソルジャー・ブルーと一緒の昼食会とかで、仲間たちを招いて出された時。
(人によっては固まっちゃったし!)
シャングリラの食堂でお馴染みの食器とは違うから。ミュウの紋章が金と赤とで描かれた食器はどう見ても別格、違うものだと一目で分かる代物だから。
(おまけにソルジャー専用だものね…)
前のぼくとしては、お高くとまっているつもりなんかは全然無くて。
仲間たちと同じでシャングリラの一員だと思っていたのに、そうはいかないシャングリラの中。
いつの間にやらぼくは雲の上、神様みたいになっちゃっていた。
青の間に住んでいる神様。シャングリラを守る、偉い神様。
白い鯨に作られた青の間。実はこけおどしだった、巨大な部屋。ソルジャーの威厳だか、神秘性とやらを高めるための演出に過ぎない舞台装置。
そうは言っても、最初の間はまだ良かったんだ。船の仲間はアルタミラから一緒に脱出して来た古参ばかりで、ぼくをソルジャーと敬ってはいても、チビだった頃も覚えていたから。
チビがずいぶん偉くなった、と礼を取りながらも、たまには昔みたいな軽口だって飛び出した。
ところが、アルテメシアに辿り着いて、雲海の中に隠れて。
其処で新しい仲間たちを救い出して来るようになったら、事情は変わった。
保護されたミュウの子供たち。
ほんの小さな子供だったら、ぼくと遊んだりもするんだけれど。ぼくも養育部門の仕事を手伝うつもりで遊んでいたから、子供たちにとってはお馴染みの遊び相手だったけど。
少し大きな子供の場合は、ソルジャーへの礼儀を叩き込まれた。小さかった子も、一定の年齢に達した時には同じように教育を施された。
だから…。
養育部門を離れて船での役目を持つようになったら、会えないソルジャー。
子供時代のように一緒に遊ぶどころか、敬わないといけないソルジャー。
その上、ぼくが船の中をフラフラ歩いていたなら、皆に気を遣わせてしまうから。皆が働いてる場所へは行かずに、ブリッジや公園、養育部門なんかが普段の行き先。
とどのつまりが、そういう職場にいない仲間とは、視察くらいでしか顔を合わせない。
食堂だって、皆が緊張してしまうからと避けていた。
ぼくは青の間で独りきりの昼食と夕食を食べて、たまに会食。
その会食で慰労を兼ねて、って色々な部門の責任者だとか功労者と食事をしたんだけれど。
舞台は青の間じゃなかったけれども、其処で出るのが例の食器で。
ミュウの紋章があしらわれた食器、シャングリラの食堂では出てこない食器。
かてて加えて、各自の席に整列しているナイフやスプーンやフォークといったカトラリー。両端から順に内側へと使うように、と並べられてた。
これまた食堂では有り得ない光景、ナイフやフォークは各自で取ってくるもので。
(テーブルマナーも何も無いんだけどね?)
どうせアルタミラでは餌しか食べていなかったんだし、と言っても無駄。
エラが仕切っていた、ソルジャーとの会食。マナーも大切にすべきだから、と譲らなかった。
ナイフやフォークがその有様だから、食事のお皿もそれに相応しく。
食堂のようにトレイに並べられて出るんじゃなくって、一種類ずつ順番に。まずは前菜、続いてスープ。そんな具合だから、もうそれだけで固まる人が出て来ちゃう。
おまけに、食器。ミュウの紋章入りの御大層な食器。
エラが「これはソルジャーのお客様にしか使われません」って仰々しく皆に説明するんだ。
とても特別な食器なのだと、食堂などでは出てこないと。
そう言われたら、もう大変。テーブルマナーよりも、もっと大変。
大切な食器を割っちゃ駄目だと、傷つけちゃ駄目だと、テーブルに着いた仲間はカチンコチン。
そういった時に、よくハーレイに目配せをした。
会食の席にはキャプテンも長老も揃っているから、ぼくの直ぐ側に座ったハーレイに。
頼むよ、って。
分かりました、という返事は返って来なかったけれど。
それから間もなく、ガチャンとフォークを落っことしたり、お皿から食べ物が飛んじゃったり。
「こら、キャプテンが何をやっとるんじゃ!」
ゼルが怒鳴ったり、エラが呆れ果てたように首を振ったり。
「すみません…。つい、うっかりと」
不作法をしてしまいました、とハーレイが大きな身体を縮めて謝り、それで一気に和んだ空気。
キャプテンだって失敗するのだと、慣れている筈のキャプテンだってこうなのだ、と。
緊張が解けたみんなは会話も弾んで、これぞ会食といった雰囲気。
ぼくやヒルマンたちが質問したって、我先に返事が返って来た。誰も固まってはいなかった。
場を和ませる、大失敗。
わざとナイフを床に落としたり、切ったお肉が宙を飛んだり。
あれはハーレイにしか頼めなかった。ゼルにもヒルマンにも、他の誰にも。
会食が終わって、招待客たちの姿が消えて。
お皿もすっかり下げられた部屋で、残ったハーレイと長老たちとで交わされた言葉。
もうお決まりになってた会話。
「あんたも損な役回りだねえ…」
毎回、毎回、ご苦労様、ってブラウがハーレイの肩をポンポンと叩く。
「だが、私しかいないだろう。適役が」
「うむ。わしじゃと空気が凍るからのう、和むどころか」
「私の場合もそうなるだろうね」
セルとヒルマンなら、多分ホントに逆効果。次は自分の番かもしれない、って思われるだけ。
「あたしの場合は「やりかねない」って雰囲気だしねえ、和まないねえ…」
意外性ってヤツに欠けてるんだよ、ってブラウの台詞も頷ける。エラは失敗するわけがないし、頼める相手はハーレイだけ。
だから、ぼくはハーレイにだけ目配せをしてた。
威厳に満ちたキャプテンだって失敗するから大丈夫、って仲間たちの緊張を解くために。
シャングリラを預かるハーレイでさえも、ソルジャーの前で大失敗をしちゃうんだよ、って。
ぼくとハーレイ、夕食は一緒に食べられないから。
ハーレイはブリッジでの勤務の間か後かに食堂で夕食、ぼくは青の間で独りで食べていたから。
会食が夕食会だった時でも私的な会話は出来やしないから、例の失敗をお願いした日は、勤務を終えたハーレイに出前を頼んだ。青の間に来る前に食堂で何か貰って来て、って。
サンドイッチだとか、フルーツだとか。
ぼく専用のお皿ではなくて、食堂で使われるお皿に盛られたそれを二人で食べながら謝った。
青の間で二人、軽い夜食やフルーツなんかをつまみながら。
「今日はごめんね」
また、キャプテンの威厳を損ねてしまって。
きっと話題になっちゃうんだろうね、今日はこういう事件があった、って見てた仲間が働いてる場所で。もしかしたらシャングリラ中に広がっちゃうかも…。
キャプテンはけっこうウッカリ者だと、ああ見えて派手に失敗するって。
「いえ、あれもキャプテンの仕事の内ですから」
大したことではありませんよ。自分の仕事をしたまでです。
「重要な?」
「ええ」
皆が緊張し切ったままでは、会食の意味が無いですからね。
ソルジャーや我々と親しく話せる機会は滅多にありません。そういう場だからこそ、色々な声を上げられるのです。面倒な手順を踏まずとも伝わる意見や要望。
彼らにとっても、私たちにとっても、貴重なチャンスなのですよ。
それをたかだか食事如きでふいにするよりは、肉や魚が宙を飛ぶ方がマシでしょう?
仲間たちの緊張をほぐすのも、仕事。
わざと失態を演じてまでも、彼らとの会食を有意義なものに。
キャプテンはなんて忙しいんだろう、って笑いながらハーレイにキスをした。
太い首にぼくの両腕を回して、「今日の御礼」って。
キスの味はサンドイッチの時もあったし、フルーツだったり、それは色々だったけれども。唇を重ねて、うんと長くて深いキスを交わし合ってから。
ぼくはクスッと笑って、訊いた。
「…こんなキスくらいじゃ、足りないかな?」
失敗の御礼。君に大恥をかかせた分の埋め合わせをするには、まだ足りない?
「ええ、足りませんね」
この程度で足りるとお思いでも?
キャプテンの威厳が台無しなのです、私の自信も粉々ですよ。
砕けてしまった自信を回復させるためには、そうですね…。
美味しく食べ損なってしまった食事。それの代わりに、大好物を。このシャングリラでも最高に美味なあなたを、心ゆくまで食べたいですね。
「ふふっ、欲張り」
心ゆくまで食べるって?
お腹一杯になるまで、ぼくを。
…いいよ、失敗をしてってお願いしたのはぼくだから。好きなだけ、食べて。
(…そうだったっけ…!)
会食の席でのハーレイのヘマ。ぼくがお願いして、やらせちゃったヘマ。
肉や魚が宙を飛んだり、ナイフやフォークが派手に落っこちたヘマの御礼は…。
(ぼくだったんだ…!)
キスだけじゃ足りない、って言ったハーレイ。
ぼくを美味しく食べたハーレイ。
次の日もキャプテンの仕事があるから、お腹一杯食べられたかどうかは疑問だけれど。
(…だけど、食べてた…!)
ハーレイに美味しく食べられてしまった、前のぼく。ハーレイの威厳を台無しにしたお詫びに、失敗のせいで味わい損ねたという食事の代わりに食べられてた、ぼく。
(…えーっと…)
食べられちゃったけど、嫌じゃなかった。もっともっと食べて欲しかった。
だって、ハーレイ。大好きなハーレイに食べられてる間は、とても幸せだったから。
丸ごと食べられてしまったけれども、本当に幸せだったから…。
(あの食器…。買って貰ったらハーレイに…)
シャングリラ・シリーズのパンフレットにあった、ソルジャー・ブルーの専用食器の復刻版。
金と赤とのミュウの紋章が入った、前のぼくが使っていた食器のそっくりさん。
あれがあったなら、あれでハーレイにお昼御飯を出したなら。
ぼくの部屋で二人で食べている時に、ハーレイがヘマをやらかしたなら…。
(ぼくが目配せしていなくっても、もしかしたら、御礼にキスくらい…!)
元はそういう約束のもの。
あの食器でハーレイが失敗したなら、御礼にキスを贈るもの。
(うん、いいかも…!)
使えるかも、って考えた、ぼく。
パパとママに頼んで買って貰って、ハーレイと食事。そして失敗するのを待つ。
ちょっといいかな、って思ったんだけど…。
もう一度パンフレットを見にダイニングに下りて行こうかな、と立ち上がったらチャイムの音。
噂をすれば影と言われるヤツなんだろうか、窓から見下ろした庭の向こうに大きな人影。門扉の所にハーレイが立って手を振っていた。
これも一種のチャンスかも、って、ぼくの部屋に来てくれたハーレイと紅茶を飲みながら、今日見たばかりのパンフレットの話をしたんだけれど。
「シャングリラ・シリーズだと?」
あれか、シャングリラで使われていた食器の復刻版とかいうヤツか?
「うん。ママがパンフレットを貰って来ててね、買ってあげましょうかって訊かれたんだよ」
パパと相談したらしいんだ。
ソルジャー・ブルー専用の食器もあるから、欲しいならセットで買ってくれるって。
ミュウの紋章つきのヤツだよ、前のぼくが青の間で使ってた食器。
「…ふうむ…。それは悪くはないんだが、だ」
ソルジャー・ブルー専用の食器を買おうという話は別にかまわん。お前も懐かしいだろう。
しかしだ、お前、ロクでもないことを考えてないか?
「えっ?」
「俺がその食器で飯を食ってて、ヘマをしたら、だ」
フォークを落とすだとか、切った途端に野菜が皿から何処かへ吹っ飛んで行くだとか。
そういったヘマをやらかした時に、お前、大喜びしたりしないだろうな?
何かを思い出さないか、と押し売りをしては来ないだろうな…?
これは御礼だとか、妙に恩着せがましく、俺が駄目だと言っていることを。
前のお前と同じ背丈に育つまでは駄目だと禁止したヤツを。
どうなんだ、と鳶色の瞳で覗き込まれてしまった、ぼく。
ヘマの御礼に贈っていたキスは、狙ってたキスは、ハーレイに見抜かれちゃってるから。
「なんでバレたの!?」
ぼくはなんにも言っていないよ、食器としか…!
シャングリラ・シリーズの食器を買って貰おうかな、って言っただけだよ、前のぼくのを!
「筒抜けだ、馬鹿」
そいつを首尾よく手に入れたならば、俺に出そうと思っただろうが。
お父さんやお母さんも一緒の夕食じゃなくて、お前の部屋で食べる昼飯。
でもって、俺が食ってる最中にヘマをしたなら、キスをしようとしていたな?
これはそういう約束だからと、決まりなんだと。
「ぼく、喋ってた!?」
「喋っていないが、お前の思考は前と違って筒抜けなんだ!」
特に、楽しくてたまらない時には垂れ流しだな。
こういうことを考えてますと、こういう計画を立てたんです、と。
「パパやママにはバレたことないよ!?」
「俺に関してはガードが緩むというヤツだろう。日頃からそういう傾向にある」
キスだの、本物の恋人同士だの。
そういったことを企んでいる時が特に酷いぞ、ガキならではだな。
きちんと育った大人ってヤツは、そうした時にはあれこれ駆け引きをするもんだ、チビ。
とことん不器用になってしまった、ぼくのサイオン。
隠してコッソリ進めるつもりが、いともあっさりハーレイにバレた。
「お前にはまだまだ早すぎだ」ってギロリと睨まれて、ゴツンと一発。
頭にゴツンと一発、ゲンコツ。
痛くなかったけど、負けは負け。
ぼくはハーレイに勝てやしないし、企みもすっかりバレてしまった。
(…ソルジャー・ブルー専用の食器があったら、キスを狙えていた筈なのに…)
買って貰えたら狙えたのに、と思ったけれども、バレているなら意味が無い。
シャングリラ・シリーズはやっぱり要らない。
ミュウの紋章が入ったソルジャー・ブルーの専用食器も、買って貰っても役に立たない。
ハーレイのキスは貰えっこないし、代わりにゲンコツ。
何のオマケもついて来なくて、会食の席でカチンコチンだったみんなの姿を思い出すだけ…。
ぼくがしょげていたら、ハーレイの手が頭に伸びて来た。
大きな手がぼくの頭をクシャクシャと撫でて、それからぼくが大好きな笑顔。
「ふむ…。そのシャングリラ・シリーズとやら」
どうしても欲しけりゃ、結婚してから買うんだな。そうすりゃ、御礼のキスも問題無いし…。
俺も自分がヘマをする度、お前からキスが貰えるってな。
「買ってくれるの?」
前のぼくが使っていた食器。ハーレイと朝御飯を食べてた食器…。
「さあなあ、お前が欲しいと言うなら全部セットで揃えてもいいが…」
しかしだ、そうやって買っても、そいつは多分…。
食器棚の奥に仕舞い込まれて、そうそう出番が来ないんじゃないか?
普段の飯には向かないぞ、あれは。御飯茶碗もついてないしな。
「そっか、御飯茶碗…」
ハーレイの分と、ぼくの分と。御飯茶碗が無いと話にならないね、今じゃ。
毎日使える食器じゃないんだ、あのシリーズは…。
「そうさ、俺たちには今の地球にある普通の食器が似合いだってな」
御飯茶碗に、それから箸に。
そういったものが入ってないんじゃ、毎日の食卓には大いに不向きだ。どう思う?
「うん。食事の時には必ず出します、って食器じゃないね…」
それじゃ買っても仕方がないね。食器棚の飾りになっちゃうだけだね。
「そうなるな。…まあ、たまに紅茶をゆっくり飲もうって時にはいいかもしれないが」
昔を懐かしんで、あの紋章の入ったポットやティーカップで。
もっとも、前の俺は食後の飲み物やデザートが出て来る時までヘマをやってはいないがな。
そこでしくじっていたら単なる間抜けだ、それはわざとじゃないってな。
今度の俺にはヘマは必要なさそうだが…、ってハーレイが笑う。
そういう場面はもう無くなったし、わざと失敗しなくてもいいと。
「しかし、お前のキスは欲しいし、その先の美味い飯も欲しいもんだな、いつかはな」
「ハーレイ、それって…」
「無論、食べ頃に育ったお前さ。そいつを美味しく食うのが夢だ。しかし…」
急がなくてもいいんだぞ、ってウインクされた。
何十年でも待っていてやるから、ゆっくり幸せに大きくなれよ、って。
「うん。…うん、ハーレイ…」
今度は結婚出来るんだよね、って、ちゃんと確認したけれど。
ハーレイのお嫁さんにして貰うんだ、って約束もキッチリ取り付けたけど。
そうして二人、同じ屋根の下で暮らすようになっても、多分買わないシャングリラ・シリーズ。
今のぼくたちには、お互いの分の御飯茶碗とお箸のある生活がピッタリだから。
金と赤との紋章が入った、前のぼくが使っていた食器の復刻版なんかはきっと要らない。
うんと人気の、ロングセラーの食器だけれど…。
特別な食器・了
※ソルジャー専用に作られた、特別な食器。それで催される食事会。招かれた方は緊張です。
場を和らげる役目を背負っていたのがハーレイ。ヘマをするキャプテンも愉快ですよね。
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