シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
「すっかり暗いね…」
ブルーはフウと溜息をついた。
ハーレイが仕事帰りに寄ってくれる時間は以前と全く変わらないのに、暗くなってしまった窓の外。地球の上で二人、再会した頃には明るかった筈の、この時間。
両親も交えて夕食を食べ始めようかという時になっても、ダイニングの外は明るかったのに。
庭の木々や、庭で一番大きな木の下の白い椅子とテーブルを充分に見分けられたのに…。
それに比べて、今はもう暗い。日が落ちて深い夕闇の中。
「秋の日は釣瓶落としと言うからな」
これからどんどん暗くなるさ、とハーレイが妙な言葉を口にしたから。
「つるべ…?」
なあに、それ。何が落ちるの?
怪訝そうなブルーに、ハーレイは「釣瓶落としだ」と繰り返した。
「釣瓶は井戸で使う道具だ。井戸から水を汲み上げる桶。そいつが釣瓶だ」
井戸も釣瓶も、授業で話したと思うがな?
「そういえば…。でも、なんで釣瓶が出て来るの?」
釣瓶は秋のものだったろうか、とブルーは首を捻った。言葉によっては季節を表すものもあるとハーレイの授業で習ったけれども、釣瓶については覚えが無い。
ハーレイは「ははっ、釣瓶が秋の言葉だっていうわけではないさ」と可笑しそうに。
「釣瓶落としって所が問題なんだ。釣瓶を井戸に入れるとどうなる?」
「えーっと…?」
「それこそ重力というヤツだ。綱がついててもストンと落っこちて行くだろうが」
アッと言う間に井戸の中へと。
秋の夕日は釣瓶みたいな早さで沈んじまうから、釣瓶落としと言われるんだ。
もっとも、本当に早く沈むってことは有り得ないがな、太陽だからな?
それを見ている人間の方の感じ方だな、秋は日暮れがとても早い、と。
実際、日没の時間が早くなってゆくし…、とハーレイに教えられたけれども。
夏よりも日暮れが早くなったことは、ブルーにも分かっているのだけれど。
「…もっと明るいままがいいのに…」
ハーレイと出会った頃みたいに。あの頃はこの時間でも明るかったよ、窓の外は。
「暗いの、嫌いか?」
お前、夜の暗さは嫌いだったか?
前のお前が暮らしていた青の間、さほど明るくはなかったがな…?
「そうじゃないけど…。暗いのが嫌いってわけでもないけど…」
怖い夢を見て目が覚めた時は、暗いととっても怖いけれども、普段は平気。
だけど、今日みたいにハーレイが寄ってくれる日に暗くなるのは嫌だな。
なんだか時間が短くなったように思うんだもの。
外が明るかった頃と違って、ハーレイと一緒にいられる時間が縮みそうな気がするんだよ。
お日様、もっとゆっくり沈めばいいのに。
同じ井戸でも釣瓶じゃなくって、風船を落とすみたいにゆっくり、ゆっくり。
「ふうむ…。なら、戻すか?」
時間が足りないと言うんだったら、戻してみるか?
「何を戻すの?」
「太陽だ」
沈んじまった太陽をもう一度、呼び戻すのさ。そうすりゃ明るくなるだろう?
「そんなこと、出来るの?」
「お前、扇子は持ってるか?」
扇だ、扇。こう、広げてパタパタと扇ぐアレだな、風を送るヤツ。
「持ってないけど…」
「なら、駄目だな」
太陽を呼び戻すには扇が要る。お前が扇子を持ってないなら、諦めておけ。
そうは言われても、太陽を呼び戻せるという方法が気になるから。
ブルーの手元に扇子は一つも無いのだけれども、知りたくなったから尋ねてみる。
「ハーレイ、それって…。どうやるわけ?」
扇子なんかを何に使うの、太陽をどうやって呼び戻すの?
「やり方か? 扇を持ってだ、そいつを広げて翳すんだな。そして扇で太陽を招く」
戻れ、戻れ、と呼び戻すわけだ。広げた扇を持った手を上げて。
「それで戻るの? そんな方法、あったんだ…」
扇子ならママが持ってるよ。ママの部屋にあると思うんだけど…。
ブルーは立ち上がろうとした。母の部屋にある扇子を探しに、それを探して持って来ようと。
本当に太陽を呼び戻せるかどうかはともかく、試さねば損だと思ったのに。
「やめとけよ、おい」
扇子なんかを取りに行くなよ、とハーレイに待ったをかけられた。
「なんで?」
ちょっと試してみるだけだよ。お日様、戻って来るのかどうか。無理だろうけど…。
「その方法。…下手にやらかすと罰が当たるぞ」
「えっ!?」
「本当だ。SD体制よりもずうっと昔に、この辺りが日本だった頃。其処での話さ」
田植えは分かるな、遥か昔は人間の手で田んぼに稲を植えていた。
広い田んぼを持っていた人が、使用人たちに田植えをさせていたんだが…。日暮れまでにそれが終わらなくってな、それじゃ困ると扇で太陽を呼び戻したんだ。
お蔭で田植えは無事に終わったが、次の日の朝。田んぼは湖になっていました、という話だ。
「…それが罰なの?」
「湖になっちまったら、二度と田んぼには戻らないからな。全財産がパアッってことだ」
しかし、同じように太陽を扇で呼び戻しても。
世の中の役に立つことをしていた場合は、そういった罰は当たらないってな。
「そうなの?」
「船が通れるようにしようと、海峡を開削していた人がいた。ところが、これが難工事だった」
このタイミングならば工事が出来る、という時に日が沈みそうになったから。
工事を始めた偉い人がだ、扇で太陽を呼び戻した。お蔭で工事は無事に終わったというわけだ。
そうやって出来た、狭い海峡。その後もずうっと船が通れたと言うからな。
罰は当たらなかったわけだな、罰が当たったなら、海峡は閉じてしまって船は通れない。
「そっか…」
自分のために、と欲張ったら罰が当たるんだ…。
みんなのために、と頑張った人は同じことをやっても平気なんだね。
罰は神様が当てるものだから。
私利私欲でやれば罰が当たって、そうでなければ当たらないのも頷けるけれど。
扇で太陽を呼び戻した人が少なくとも二人はいると言うから、ブルーの脳裏を掠めた考え。
もしかしたら、と。
「ねえ、ハーレイ。扇でお日様を呼び戻した人たちって、タイプ・ブルーかな?」
ずうっと昔にもミュウがいたかもしれないよ?
その昔話、お日様を呼び戻したっていう所は案外、本当なのかも…。
「なんでそうなる?」
しかも、どうしてタイプ・ブルーってことになるんだ?
「星の自転…」
前のぼくは試していないけれども、星の自転を止めるくらいの力はあったよ。
だから、逆の方向にだって回せたと思う。
お日様が沈むの、地球の自転のせいだもの。逆に回せば戻ってくるよ。
扇で招くのは演出なんだよ、こうすれば太陽を戻せますよ、って。
「なるほどなあ…。前のお前だったら、出来たってか」
扇で太陽を呼び戻すくらい、やれば出来たということなのか…。扇が無くてもサイオンだけで。
「ぼくだけじゃなくて、ジョミーでもね」
おんなじタイプ・ブルーだもの。ジョミーだってお日様を呼び戻せたよ。
「ナスカでは、やっていなかったがなあ…」
太陽は二つあったんだが…。沈んだら作業は其処で終わりだ、延長なんかはしていないぞ。
どうしても終わらせたいって仕事は、明かりを点けるか、サイオンで夜目を利かせてだったな。
「でも…。誰も頼んでいないでしょ?」
日が暮れちゃったら困る、って。お日様が戻ってくればいいのに、って言ってはいないでしょ?
「まあな」
そもそも思い付かないからなあ、沈んだ太陽を戻そうだなんて。
日暮れは日暮れだ、たとえ太陽が二つあっても両方沈めば夜が来るんだ。
そういうものだと思っていたから、誰もジョミーに頼みやしないさ。
太陽をもう一度戻せないかと、もう少しだけ時間があったら今日の作業が終わるから、とは。
思い付きさえしなかった、と苦笑したハーレイだったけれども。
タイプ・ブルーにはそれが出来ると言うから、小さなブルーをまじまじと眺めた。
「太陽なあ…。俺は危うく、お前に罰が当たるようなことをさせるトコだったのか?」
扇で太陽が呼べると教えて、お前がそれをやっていたなら。
「大丈夫。今のぼくには出来ないから」
呼びたくっても、呼べやしないよ。ぼくのサイオン、不器用になってしまったから。
「それはそうだが…。今のお前だと、力があったらやりかねないしな」
日暮れが早いのは嫌だから、と扇子を持ち出して、沈んじまった太陽をヒョイと戻すくらいは。
「かもね…。ハーレイを見たいだけなんだけど」
「はあ?」
どういう意味だ、と訝しむハーレイに、ブルーは「ハーレイだよ」と答えた。
「お日様の光でハーレイを見たい。たったそれだけ」
今みたいに早く日が暮れちゃったら、部屋の明かりでしか見られないんだもの。
だけど、そういう理由でぼくが太陽を呼び戻したなら、神様の罰が当たっちゃうよね…。
「何故、太陽の光で見たいんだ?」
どんな光で見たとしてもだ、俺は俺だと思うんだが…。
「ハーレイにとても似合っているから。お日様の光」
それなのに今は、お休みの日か、学校でしか見られないんだよ。
仕事の帰りに寄ってくれる時には、もう夕方で。外は暗くなって来ているんだもの…。
前はもっと明るかったのに。
秋になるよりも前は、今日みたいな日でも、ぼくの家でお日様の中のハーレイを見られたのに。
「太陽の光って…。そいつは普通のことだろう?」
昼間だったら太陽があるし、似合うも何も…。
そりゃあ確かに、夏の日射しと秋の日射しじゃ明るさや強さが違ったりもするが…。
「うん。今のぼくはハーレイをお日様の光で見るのに慣れちゃったんだけど…」
それが普通だと思っていたけど、秋になったら。
暗くなるのが早くなって来たら、気が付いたんだ。
今のぼくと違って、前のぼく。
前のぼくは一度も、ハーレイをお日様の光の下で見ていないんだ、って。
ブルーの言葉。小さなブルーが口にした言葉に、ハーレイはハッと息を飲んだ。
「…そうか…。お前、ナスカに着いた時には…」
眠ってたんだな、目覚めないままで。
俺がナスカの太陽の下を歩いていた時、お前は眠っていたんだっけな…。
「そう。そしてアルテメシアで暮らしてた頃は、ハーレイは外に出ていないんだよ」
いつだって船の中で、お日様の光は射し込まなくて。
ぼくはお日様に照らされたハーレイの姿を一度も見ないままだったんだよ…。
「言われてみれば、そうなるのか…」
俺とお前が一緒に地面に立っていたのは、アルタミラだけか。
あの時は太陽どころじゃなかったんだな、空は真っ赤に燃えていたからな。
「うん。…ぼくが地面の上でハーレイを見たのは、アルタミラだけ」
お日様なんか見えもしなかった、あの時だけ。
シャングリラを改造していた時だって、大気のある星には降りてないから。
ハーレイは地面に立たなかったし、お日様の明るい光の中には居なかったんだよ…。
見てはいない、とブルーは言った。太陽の光を浴びたハーレイの姿をただの一度も。
しかし、対するハーレイにその自覚は無く、何故そうなるのかと首を捻った。
「ならば、俺は何故…。俺は確かに、太陽の光で前のお前を見ているんだが…」
自分が太陽の下に出ていないのなら、何故、そのブルーを知っているのか。太陽の下のブルーを知っているのか、と自分に問い掛け、遠い記憶を探ってみて。
見出した答えに愕然とした。
前の自分が知っていたブルー。太陽の光を浴びたブルーは…。
「…俺が見ていたお前の姿。あれは肉眼ではなかったのか…」
俺はお前をスクリーン越しに眺めていたのか、太陽の光の下を飛ぶお前を。
アルテメシアの雲海の上を飛んでゆくお前を、シャングリラのスクリーンを通して見たのか…。
知らなかった、とハーレイは呻く。今の今まで知らなかったと。
「…そうだったのか、俺は気付いていなかっただけで…」
俺も太陽の下でお前を見ていなかったのか…。
前のお前が太陽の光を浴びた姿を、肉眼で見てはいなかったのか…。
「そう。前のぼくもハーレイも、見ていないんだよ」
太陽の下だと、お互いにどんな風に見えるのかを。
本当に一度も、ただの一度も、二人一緒に太陽の下には出なかったから…。
前の生では一度も見なかった、自然光を浴びた互いの姿。
アルタミラの空は火焔を映した黒煙に覆われ、陽が射し込んでは来なかった。
長く暮らした雲海の星はハーレイが降り立つことを許さず、外に出られたブルーの姿も船に居たハーレイは肉眼では捉えられなくて。
ナスカに在った二つの太陽はハーレイを優しく照らしたけれども、眠り続けるブルーの瞳にその姿が映ることは無かった。
ハーレイもまた、ナスカの太陽を浴びたブルーの姿を眺めることは叶わなかった。
長い長い時を、アルタミラからの三百年を超える歳月を共に過ごしながら、一度たりとも互いに見られずに終わった姿。
今ではあまりに当たり前すぎて、気付くことさえ無かった姿。
昼間の空に在る、太陽の光。自然の光を浴びた互いの姿を前の生では知らなかったのだ、とは。
「迂闊だったな…」
俺としたことが、とハーレイは小さなブルーを見詰めた。
秋は日暮れが早くて嫌だと、仕事帰りの自分が寄る時、暗いのが嫌だと言ったブルーを。
「まるで考えちゃいなかった。お前に太陽の光が似合うかどうかを」
其処に気付いていりゃ、俺だって…。
「なあに?」
どうしたの、とブルーが首を傾げるから。
愛らしい顔で問い掛けて来るから、ハーレイは「お前と同じさ」と笑みを浮かべた。
「釣瓶落としを恨んだだろうな、今の季節は太陽の光でお前の姿を見られない、ってな」
こんなに早く日が暮れたんでは、学校か休みの日にしか見られないじゃないか。
お前、太陽の光が良く似合うのに。
今のお前を存分に見るなら、断然、太陽の光なのにな。
「太陽って…」
ブルーは赤い瞳を丸くした。
太陽の光が似合うなどとは、生まれてこの方、一度も言われたことが無い。
強い日射しは身体に悪い、と幼い頃から被せられていた帽子。つばが広くて日陰を作る帽子。
それを被って歩いていれば、「可愛らしい」と何度も言われたけれど。
小さなブルーは、帽子を被った自分の姿を褒められたのだと思っていた。自分ではなくて、頭に被った大きな帽子。頭の上に大きな帽子があるから、太陽の下の自分は「可愛い」のだと。
実の所は、帽子など被っていなくても。
日射しが柔らかい春や秋にも、冬にも「可愛い」と褒められたけれど、それは太陽とはまた別のものだという認識。ブルーにとっては、そういう認識。
太陽の強い光の下では、自分は、帽子。
あの日射しは自分に似合わないから、頭に帽子。
それを被って誤魔化していると、太陽の下では自分は「可愛い」と言って貰えず、太陽は自分に似合わないのだと。
そうだと思い込んでいたのに、ハーレイは太陽が似合うと言うから。
ブルーには太陽の光が似合うと言うから、恐る恐るそれを確認してみる。
「ハーレイ、ぼくって…。お日様、似合う?」
お日様の光はぼくに似合うの?
そんなこと、今までにたったの一度も言われたことが無いんだけれど…。
「そうなのか?」
「うん。帽子を褒めて貰っただけだよ、お日様の光が強い時には被っているから」
可愛いわね、って帽子だったら褒めて貰った。つばが広くて大きな帽子を。
「そいつは帽子を褒めているんじゃないと思うがな…」
お前、面白い発想をするな。
帽子を褒めるなら「可愛い帽子ね」と言うもんだ。「良く似合うわね」とか、そんな感じで。
いいか、可愛いのは帽子じゃなくって、それを被ったお前の方だ。
でかい帽子を被っていてもな、声を掛けられるくらいの距離にいるなら顔は見えてる。
「…そうなのかな?」
「当たり前だろうが、帽子を褒めてどうするんだ」
こんなに可愛い顔が帽子の下にあるのに。
お前を褒めずに帽子を褒めてるヤツがいたなら、そいつの目玉は節穴というヤツだよな。
「…帽子じゃなくって、ぼくだったの?」
お日様もちゃんとぼくに似合うの、帽子にお日様が似合うんじゃなくて?
「ああ、似合うさ。前のお前は月みたいだったが、太陽だって似合っていたぞ」
前の俺はスクリーン越しにしか知らんが、良く似合っていた。眩しいほどにな。
そうして今のお前は、だ。
前のお前よりも遥かに太陽が似合ってるんだぞ、影ってヤツが無いからな。
「影…?」
「そうだ、影だから暗い部分だ。悲しみだとか、苦しみだとか」
前のお前は、いつだって何処かに抱えていた。
どんなに楽しそうに笑っていたって、どうしても消えない、消せない影だ。
アルタミラから背負い続けて、メギドに飛んで行っちまうまで。
誰にも見せないようにしてても、俺にまでは隠せていなかったんだ。前のお前の深い悲しみ。
しかしだ、今のお前にはそいつが無い。
悲しみも苦しみも生まれて来ないし、それを持ち続ける必要も無い。影なんか存在しないんだ。
その分、余計に太陽が似合う。幸せそうに笑えば笑うほどにな。
「ホント?」
今のぼく、ホントにお日様が似合う?
「本当だ。俺が嘘なんかを言うと思うか?」
お前は本当に太陽が似合う。前のお前よりも、ずっと幸せに生きている分。
前のお前が焦がれ続けた地球の太陽、今のお前の笑顔にとても似合ってるんだぞ。
褒められてたのは帽子だなんて言い出すお前だ、自分じゃ気付いていないだろうがな。
前のブルーが、ソルジャー・ブルーが焦がれ続けた水の星、地球。
母なる青い地球を育む恒星、それがソル太陽系の太陽。地球の太陽。
前の生でフィシスの映像に在った、地球へと渡る旅の目印。太陽もブルーは見たかった。いつか肉眼で見たいと願った。
その地球の太陽が今の自分に似合うと言われて、小さなブルーの顔が輝く。
「ハーレイ、本当?」と何度も問い掛け、それは嬉しそうに、とても幸せそうに。
太陽のように明るい笑顔。
前のブルーのそれと違って、翳りも憂いも秘めていない笑顔。
ハーレイはその眩しさに、明るさに目を細めて恋人の顔を見詰めたけれど。
前の生から愛してやまない恋人の笑顔に目を奪われてしまったけれども、それはもう太陽の光の中ではなくて。
今のブルーに似合う太陽は、とうに沈んでしまった後で…。
「…俺も太陽を招き返したくなってきたな」
せっかくのお前の眩しい笑顔に、太陽がついていないんだが…。
沈んじまった後で、窓の外はもう真っ暗だしなあ…。
「罰が当たるよ?」
ハーレイがそう言ったんだよ?
ぼくがハーレイをお日様の中で見たいから、って思っているのに、「罰が当たる」って。
自分のためにだけ、お日様を呼び戻しちゃったら罰が当たると言ったよ、ハーレイ。
「それはそうなんだが…。確かに言ったが…」
お前の気持ちが俺にもようやく理解出来たぞ、秋は困るな。釣瓶落としの日暮れは困る。お前の姿を思う存分、太陽の光で見たい俺には不向きな季節だ。
「分かってくれた? だから釣瓶落としより、風船落としの方がいいなあ、って…」
ゆっくりゆっくり、日が暮れるのが。
でなきゃ、前みたいに日暮れが遅いか。
「これからの季節、そうもいかんが…。だが、太陽を呼び戻すのも…」
「罰が当たったら困るでしょ? ぼくも、ハーレイも」
「うむ。お互い、それは困るしなあ…」
どういう罰だか分からないが、だ。
田んぼが湖になっちまうくらいだ、お前と二度と会えなくなるような罰が当たると大変だしな?
「それは困るよ、それくらいなら釣瓶落としでも我慢するよ!」
お日様、呼び戻したいとは思うけど…。
ハーレイをゆっくり、お日様の光で見ていたいけど…!
沈んだ太陽を呼び戻す方法。釣瓶落としの秋の日暮れを覆せそうな扇の魔法。
けれども、それを使ってしまえば罰が当たると言われるから。
私利私欲のためには使えないから、ブルーは我慢をすることに決めた。秋の日暮れが早くても。
「…釣瓶落としでも、我慢するしかないみたいだけど…」
ハーレイをお日様の光で見ていたいけれど、学校のある日は家では見られないみたいだから。
その分、お休みの日には、ゆっくり、じっくりハーレイを見なきゃ。お日様の光で。
「俺も同じでお前を見たいが、秋の日暮れはこれから早くなる一方だしなあ…」
夜明けだって遅くなっちまう。流石にお前の家に来る頃には明るい時間になっているがな。
しかし太陽とは縁が薄くなるなあ、これから冬に向かって行くとな。
「でも、太陽はちゃんと出るよね、シャングリラに居た頃と違って」
雲海が白いか、暗いかだけの違いだった昼や夜と違って、どんな日でもお日様は昇って来るし。
それに次の日も、その次の日も…。そのまた次の日も、必ず来るよ。
シャングリラに居た頃は、次の日の朝が来るって保証は無かったのに。夜の間に人類軍の攻撃で沈んでしまって、次の日なんかは来ないかもしれない、って思っていたのに。
あの頃に比べたら、ずうっと贅沢。
お日様が釣瓶落としに消えてしまっても、次の朝には必ず昇って来るんだから。
「違いないな。それも、本物の地球の太陽がな」
前のお前が行きたかった地球。前の俺が辿り着いた時には、死の星だったままの地球。
その地球の上で生きているんだ、釣瓶落としの日暮れくらいで文句を言っては駄目だってな。
秋の日は釣瓶落としと言われるくらいで、明るい昼間も短くなってゆくのだけれど。
太陽の光に照らされる時間は、どんどん短く縮んでいってしまうのだけれど。
それでも昼間は太陽の光の中に居るから。
前の生では見られなかった、太陽の光の下に居る互いの姿を見られるのだから。
沈む夕日を招き返してはいけないのだ、と二人、戒め合う。
それが出来るだけの強いサイオンを持っていたとしても、地球に全てを任せなければ、と。
星の自転を止めることなく、蘇った地球に全て委ねて…。
秋の夕暮れ・了
※前のハーレイとブルーは、太陽の光の下でお互いを見たことが無かったのです。
けれど今では太陽があって、明るい光が似合うのがブルー。平和な時代ならではですね。
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