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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

綺麗に洗って

※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv



もうすぐ衣替えという九月の末のとある日の朝。いつものように登校した私たちはキース君の姿を見るなり目を剥きました。怪我をしたのか、はたまた火傷か。どちらにしても朝も早くから元老寺の本堂の中は大惨事だったに違いありません。
「き、キース…。どうしたの、それ」
ジョミー君がキース君の腕を指差し、サム君も。
「どうしたんだよ、蝋燭の火が袖に燃え移ったとか?」
「「「うわー…」」」
危なすぎだ、と誰もが絶句。お坊さんの衣は化学繊維じゃないでしょうから、この程度で済んでいるものの…。私たちの普段着だったら火だるまになって大火傷とかもありそうです。まあ、まだ半袖な残暑の時期だけに、袖に火が点きはしませんけども。
「坊主ってリスク高かったんだな、俺もいずれは気を付けねえと」
サム君が怖そうに言えば、シロエ君が。
「そうですよねえ…。ぼくたちだったら今の季節は半袖ですから直接肌に火傷くらいで」
「それも相当痛そうだけどな」
「誰が火傷だと言ってる、誰が!!」
これは違う、と怒鳴るキース君の右手は手のひらから袖に隠れる肩まで白い包帯がグルグル巻き。だから火傷だと思ったのですが、火傷でないなら怪我しかなくて。
「…御本尊様の下敷きかよ?」
サム君の問いに、キース君は憤然と。
「倒れて来たなら身を張って守るのが坊主の使命だが、これは違う!」
「じゃあ、何だよ?」
「事故だ!」
「「「事故?!」」」
自転車登校の生徒だったら転んで怪我はよくあること。でもキース君はバス登校です。まさか山門の石段を上から下まで転げ落ちたとか、そういう系?
「石段から落ちたわけでもないっ!」
勝手に決めるな、とキース君は肩で息をしながら。
「これはだな! 名誉の負傷というヤツで!」
「「「はあ?」」」
「俺は命を守ったんだ!!!」」」
え、誰の? 事故で名誉の負傷だなんて、飛び出した子供でも庇いましたか?



朝っぱらから名誉の負傷、それも事故とは驚きです。よくぞ無事で、と心の底から思いました。正義感の強いキース君ならでは、ひょっとして表彰状を貰ったり新聞に載ったりするのでしょうか? だったら一種の有名人だ、とワクワク期待したのですけど。
「…生憎と新聞も表彰もないな」
「誰も見ていなかったとか?」
それは寂しい、とジョミー君は残念そうで、マツカ君は。
「でも助けた相手がいるわけでしょう? その人から御礼の言葉はあったんですよね?」
「いや、それも無いな」
「小さい子供なら泣いてるだけかもしれないわねえ…」
スウェナちゃんの言葉にシロエ君が余計なひと言を。
「泣くだけだったらまだいいですよ、「おじちゃん、ありがとう」とか言われそうです」
「「「おじちゃん…」」」
そこは「お兄ちゃん」ではなかろうか、と思いたいものの、幼稚園に入るか入らないかの年の子から見ればキース君でも「おじちゃん」呼ばわりは有り得る話。してみれば此処に居る全員が「おじちゃん」もしくは「おばちゃん」の危機で。
「……嬉しくねえ……」
サム君が我が身に置き換えて呻き、他のみんなも。命懸けで助けて「おじちゃん」「おばちゃん」。報われないにもほどがあり過ぎ、と盛り下がっていたら。
「おじちゃんも何も、ギャーと言われてバリバリバリだ!」
「「「は?」」」
どんな子供だ、と全員、目が点。ギャーは泣き声で納得ですけど、バリバリバリって?
「引っかかれたんだ、思いっ切り!」
「助けたのに?」
なんと理不尽な話でしょうか。知らない人と話してはダメ、と躾けられる子が多いとはいえ、身体を張って庇ってくれたキース君を思い切り引っ掻くだなんて酷すぎで…。
「助けられた自覚があるかどうかだ、それすら無いかもしれないな」
「…お前、不幸過ぎ…」
強く生きろな、とサム君がキース君の肩をポンと叩いて、それ以上は気の毒で事情を聞けないままに朝の予鈴がキンコーン♪ と。間もなく本鈴、グレイブ先生の御登場。グレイブ先生もキース君の腕の包帯に目を留めましたが、私たちは。
「先生、訊かないであげて下さい」
「名誉の負傷で事故らしいんです、なのに報われなかったとかで」
口々に言えば、グレイブ先生も「うむ」と眼鏡を押し上げて。
「子供を庇って怪我をしたとは勇気があるが…。自分の命も忘れないよう気を付けたまえ」
かくしてキース君は一躍クラスの英雄に。右腕の包帯は勇者の勲章、素晴らしいです、キース君!



勇者キースの名誉の負傷は噂となって校内を駆け巡り、終礼の時間を迎える頃には知らない人などありませんでした。表彰どころか新聞記事にもならないとあって美談の凄さはググンとアップ。多くの生徒の尊敬の視線を浴びるキース君はまた私たちの誇りでもあったのですけど。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
放課後、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行くと、ソファに座った会長さんが。
「やあ。今日はキースは災難だったねえ…」
まあ座りたまえ、とソファを勧めて、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がいそいそとチョコミントのシフォンケーキを運んで来ました。クールな緑で見た目も涼しげ、香りもとても爽やかです。
「はい、どうぞ! …それで猫ちゃん、どうなっちゃったの?」
「「「猫?」」」
なんだそれは、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」の台詞にビックリ。何処から猫が湧いて出るのかサッパリ謎なんですけれど…。
「お洗濯されちゃった猫ちゃんだよう! ねえねえ、キース、猫ちゃんは?」
「……おふくろが乾かした筈だがな……」
「「「へ?」」」
猫が洗濯でイライザさんが乾かすって…。なに? みんなで顔を見合わせていたら、会長さんがプッと吹き出して。
「キースの腕だよ、腕の包帯!」
「「「え?」」」
「すっかり美談になったようだけど、包帯の下は猫の爪跡が満載なわけ」
「「「えーーーっ!!?」」」
助けた命は子供じゃなくって猫でしたか! それならギャーでバリバリバリでも当然とはいえ、何故に洗濯で命の危機に? お風呂嫌いの猫は標準的ですけども…。
「それがお風呂じゃないんだな。そうだよね、キース?」
会長さんの問いに、キース君は仏頂面で。
「ああ。朝っぱらからウロついた挙句に洗濯機の中に落ちたんだ。おふくろが蓋を開けていたらしい、入れ忘れたタオルを取りに行ってて」
イライザさんがタオルを持って戻る途中にギャーと激しい悲鳴が聞こえて、同じ悲鳴が食事をしていたキース君とアドス和尚の耳にも。アドス和尚に「お前、見て来い」と言われたキース君は裏口に走り、キャーキャーと騒ぐイライザさんとグルングルンと回っている猫を見たわけで。
「…後から思えば洗濯機を止めれば良かったんだ。しかしだ、頭だけを出して回転中の猫を見てしまったら冷静さなぞは吹っ飛ぶからな」
猫が溺れる、と即断即決。腕を突っ込んで掴み出したキース君の救助に対する猫の恩返しが、爪を立ててのバリバリバリな腕登りとなってしまったのでした…。



てっきり幼児を助けたものと思っていれば、どっこい、猫で。しかも元老寺の宿坊で出る残飯を貰って生活している猫の中の一匹らしいです。
「日頃から可愛げのないヤツなんだ、これが。白猫のくせに薄汚れててな、いつも灰色で目つきも悪い。あんなヤツを助けてコレかと思うと…」
包帯の上から腕を擦っているキース君。元老寺で番を張っているという猫の爪は鋭く、手の甲から肩まで駆け登られた後はスプラッタ。野良猫だけに雑菌が怖い、とアドス和尚に浴びせられた焼酎と消毒薬も激しくしみて痛かったとかで。
「俺を散々引っ掻いた後は、魂が抜けていたようだがな…。グッタリしたのを「乾かさなくちゃ」とおふくろが風呂場に持って行ったが、無事であることを祈るのみだ」
「「「………」」」
キース君が言う無事が猫ではなくてイライザさんを指すことは明明白白。ドライヤーの温風を浴びている内に突如復活、バリバリバリは如何にもありそう。
「…お母さん、無事だといいですね…」
シロエ君が心配そうに言えば、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「ぼく、猫ちゃんも心配だよう…。ねえねえ、ブルー、猫ちゃんは?」
「さあねえ、ぼくはキースの心を読み取っただけで猫まではねえ…」
ノータッチなんだ、と会長さん。どうやらキース君の包帯騒ぎで野次馬根性、このお部屋からコッソリとキース君の心を覗いて真相を知ったみたいです。
「ぶるぅが猫を心配するから、一応、元老寺の方もチェックしたけど」
「おふくろは元気にしていたか?」
「其処はバッチリ、心配無用さ。イライザさんなら怪我一つ無いよ、安心したまえ。でもねえ…」
「何かあるのか?」
顔色を変えたキース君に、会長さんは「ううん」と返して。
「問題の猫が見当たらないんだ、灰色だよね?」
「ああ。いつも汚れて灰色で…って、いや、待てよ…。洗濯機の中は泡まみれだったし、アイツも思い切り泡だらけだった。汚れが落ちて白いかもしれん」
「その線はぼくも考えた。それで白い猫は見付かったんだけど、君の言うのと別物でさ」
「別物?」
どういう意味だ、とキース君。
「子猫だったとか、そういう意味か?」
「そうじゃなくって、目つきとかかな。とても可愛い白い猫なら裏口にいたよ」
「……そいつは違うな……」
新顔だな、とキース君は断言しました。洗濯された猫はボス猫、可愛いどころか真逆だそうです。またも一匹猫が増えたなら、洗濯は気を付けなきゃですねえ…。



勘違いから人命救助の英雄になってしまったキース君。実は猫だと言える筈もなく、引っ掻き傷が綺麗に治るまで包帯は巻きっ放しでした。途中で衣替えになりましたからキッチリ長袖を着てましたけども、手の甲の包帯は見えていたわけで…。
「あー、やっと包帯、取れたんだ?」
良かったねえ、とジョミー君が言うまでに十日くらいはかかったでしょうか。ボス猫の爪跡恐るべし、とその日の放課後の話題になっていたのですけど。
「えとえと、それで猫ちゃんは?」
おかわりのケーキを切り分けながらも「そるじゃぁ・ぶるぅ」は心配そうで。
「ねえねえ、キース、やっぱりあのまま?」
「…あのままだな…」
「マジかよ、そんなの有り得るのかよ?」
サム君が尋ね、シロエ君が。
「キース先輩を引っ掻いた時までは正気だったんですよね、ボス猫」
「どうだかな…。既に別物だったかもしれん。パニック状態で異常行動を取るのはよくある話だ」
「それじゃ、その段階でもうおかしかった、と」
「そうかもしれんし、グッタリした時に切り替わったのかもしれん。とにかく、おふくろがドライヤーで乾かした時には別物だったという話だ」
乾かす間も喉をゴロゴロ、乾かし終えたらスリスリスリだ、とキース君。例のボス猫は会長さんが元老寺を覗き見して見付けた「とても可愛い白い猫」だったのです。帰宅したキース君ですら新顔だと思った人懐っこい白い猫。それがかつての目つきの悪い灰色ボス猫だっただなんて…。
「いったい何があったんでしょうねえ、ボス猫の中で」
「俺にも分からん。しかしだ、ヤツは生まれ変わったように生きてやがるぞ、今朝だって俺の足にすり寄って喉を鳴らしていたからな」
「「「…うーん…」」」
ボス猫転じて人懐っこい猫。いつも薄汚れて灰色だったらしい毛皮も毎日ツヤツヤ、まるで洗ったばかりのように白くフワフワしているそうで。
「……洗濯がよっぽど効いたんだろうねえ、すっかり別物の猫になるほど」
ショック療法と言うんだろうか、と会長さん。
「最悪の性格が洗って綺麗に直るんだったら、洗いたい気持ちにならないかい?」
「「「え?」」」
「分からないかな、性格最悪」
ぼくはアレを是非洗ってみたい、と会長さんは紅茶のカップを傾けました。えーっと、会長さんが洗いたいモノって何ですかねえ?



洗濯されたら生まれ変わってしまったボス猫。そんな風になるよう会長さんも性格最悪の何かを洗ってみたいらしくって。もしや教頭先生だろうか、とも思いましたが、会長さんに惚れているだけで性格最悪と言うのかどうか…。
「あんた、いったい何を洗濯したいんだ?」
キース君がズバリ切り込んでみれば。
「ブルーだよ、ブルー!」
返った答えは誰もがストンと腑に落ちるモノ。ブルーと言えばいわゆるソルジャー、別の世界から押し掛けて来る会長さんのそっくりさんです。
「ボス猫が可愛くて人懐っこい猫になるんだ、おまけに毛皮の手入れもバッチリ! ブルーがそんな風になったら色々とメリット大きいよねえ?」
「確かにな…」
キース君が深く頷きました。
「あのトラブルメーカーが大人しくなったら、俺たちの日々も劇的に平和なものになるだろう。…もっとも可愛くなったアイツは俺には想像もつかんがな」
「ぼくにも無理だよ。でもさ、真逆に変わってしまった例もあるんだし、ついつい夢を見てしまうよねえ…。純粋無垢になってくれたらどんなに素敵か」
「素晴らしすぎだ」
キース君は即答、私たちも揃って「うん、うん」と。会長さんは更に続けて。
「ぼくたちだって平和になるしさ、あっちの世界もうんと平和になるよ? それに毛皮の手入れもバッチリな前例からして、片付けも好きになるかもね」
「「「おおっ!!」」」
思わず叫んでしまいました。ソルジャーの掃除嫌いは有名な話で、あちらの世界の青の間は常に足の踏み場も無いと聞きます。正確に言えば通り道だけが確保してあって他はメチャクチャ、お掃除部隊が突入するまで片付かないと噂の部屋で。
「綺麗好きですか…」
それはとっても素敵ですね? とシロエ君が指を一本立てて、サム君も。
「だよなあ、凄く喜ばれると思うぜ」
「そうだろう? あっちのハーレイも感動モノだよ、部屋は綺麗でブルーは純粋無垢なんだから」
確か初々しいのが好み、と口にしてから「失言だった」と会長さん。
「とにかく色々メリット有り過ぎ、ぼくは洗ってみたいんだけどな…」
「俺も賛成だが、普通に洗っても無駄だと思うぞ?」
洗濯機だったからこそ猫は変わった、とキース君。確かに普通に洗ってやっても生まれ変わりはしなかったかも…。



ボス猫が可愛い猫になるほどのスペシャルな洗い方は洗濯機。首だけを出してグルングルンと回転させられた洗濯機こそがショック療法の決め手みたいです。そうなるとソルジャーを洗って別物にするとなったら、そこはやっぱり洗濯機…?
「うーん…。その程度でスペシャルと言えるのかどうか…」
相手はブルーだ、と会長さんがブツブツと。
「ぼくも詳しくは聞いてないけど、アルタミラとやらの実験施設で相当酷い目に遭ってるしね? たかが洗濯機に落ちたくらいで生まれ変わりそうな感じはあまり…」
「じゃあ、どうやって洗うんです?」
洗濯板でも使うんですか、とシロエ君。
「使いようによっては拷問器具にもなりそうですしね、人体実験を体験済みでもいけるかもです」
「洗濯の方法は色々あるしな、棒で叩くとか」
キース君が例を挙げれば、マツカ君も。
「足踏み洗濯もありますよ? ただ、そういった方法が効くのかどうか…」
「所詮は夢だと分かっちゃいるけど、洗いたいねえ…」
そして劇的に性格をチェンジ! と会長さんがブチ上げた時。
「…いいねえ、洗ってくれるんだって?」
「「「!!?」」」
背後で聞こえた噂の張本人の声。揃ってバッと振り返った先にフワリと紫のマントが翻り、ソルジャーがスタスタと歩いて来るではありませんか。
「ぶるぅ、ぼくにもケーキと紅茶!」
「かみお~ん♪ ちょっと待っててねー!」
すぐ用意するね、とキッチンに駆けてゆく「そるじゃぁ・ぶるぅ」。会長さんが洗いたいと言ったソルジャーが湧いて出るとは、ツイているのかいないのか…。



今日のケーキは甘柿とほうじ茶のロールケーキ。ほうじ茶のスポンジと柿クリームが美味しいそれを頬張りながら、ソルジャーは至極ご機嫌で。
「ぼくを洗ってくれようだなんて、もう嬉しくて嬉しくて…。凄くスペシャルなんだろう?」
楽しみだよね、と紅茶もゴクリ。
「おまけに生まれ変わったようになるって凄すぎだってば、前から体験したかったんだよ」
「「「は?」」」
洗濯機で洗われてみたかったんでしょうか、ソルジャーは? それとも洗濯板で洗うとか、棒で叩くとか、足で踏まれるとか…。
「ノルディに聞いてはいたんだよねえ、そういうサービスがあるって話は」
「「「…サービス?」」」
エロドクターと聞いて嫌な予感がヒシヒシと。何かといえばエロドクターとランチやディナーに繰り出しているのがソルジャーです。美味しい物を御馳走になってお小遣いまでたっぷり貰えるエロドクターとのデート、話題は大抵ロクなものではないわけで…。
「んーと、ブルーとキースは知ってるかもね?」
「何をさ?」
「どうして其処で俺の名が出る?」
「一応、大学に行っていたから」
たしなみだってね? と微笑むソルジャー。
「万年十八歳未満お断りだし、キースは行ってはいないだろうけど周りの人が」
「何処へ行くんだ?」
「ソープランド!」
ソルジャーの答えは斜め上といえば斜め上であり、直球といえば直球でした。
「「「………」」」
アルテメシアの花街、パルテノンの裏手の路地裏に多数存在すると噂の大人のための店、ソープランド。ソープと呼ぶだけに石鹸がセットで、恐らく洗う場所なのでしょう。何をどう洗うのかも私たちには謎な世界のソープランドにソルジャーは行ってみたいんですか?



「…普通のソープじゃダメなんだよね」
ソルジャーの言葉に私たちは首を傾げました。普通の石鹸ではダメって意味?
「あ、ごめん、ごめん! ソープっていうのはソープランドを指してるんだよ、ノルディなんかはソープと呼んでいるしね」
でもって普通のソープランドでは意味が無いんだ、と言うソルジャー。
「そういう店では女性が接客するからねえ…。ぼくが出掛けても楽しくはないし、行くならマニア向けの店でないとさ。……ノルディが言うにはあるらしいんだよ、ゲイ向けのソープ」
「「「!!!」」」
話が明後日の方向へ向かいつつあることを悟りましたが、時すでに遅し。ソルジャーはそれは嬉しそうにニコニコと。
「なんかね、店に入れば個室の中にお風呂があってさ、そこで身体を洗って貰うのがソープの真髄らしいんだけど…。普通は女性がやるサービスを男がするんだってさ、ゲイ向けのソープ」
「……行きたいわけ?」
間違ってると思うんだけど、と会長さん。
「ソープは受け身のように見えてね、実態はお客がヤる方だから! 君が行っても無駄だから!」
「ヤリたいだなんて言っていないよ、ぼくは洗われたい方で!」
「だから洗う方がいわゆる受けなんだってば、あの手の店は!」
ギャーギャーと言い争いを始めた会長さんとソルジャーの会話はとっくの昔に異次元でした。意味がサッパリ分からない上、たまに分かる単語があったと思っても前後が繋がらない有様。
「絶対一度はやってみたいよ、泡踊り!」
「だからそれはお客がやるモノじゃなくて!」
「分かってるけど洗われたいって思うじゃないか!」
阿波踊りがどうの、ローションがどうのと叫び立てられても何が何だか意味不明。どうするべきか、と悩みましたが、普段だったらレッドカードを突き付ける筈の会長さんまでがレッドカードな発言中だという事実。
「……出しますか、コレ?」
シロエ君が恐る恐る鞄の中から引っ張り出したものはレッドカードならぬ暗記に使う赤い板。特別生な私たちには無用の道具ではありますけれども、高校生気分を演出するために持っていたものと思われます。
「…いつものヤツは何処にあるのか分からんからな…」
それでいいか、とキース君が決断を下し、私たちはシロエ君が会長さんとソルジャーの間に赤い板をスッと出すのに合わせて声を揃えて叫びました。
「「「退場!!!」」」



効くか効かぬか、暗記に使う赤い板。祈るような気持ちで叫んだ言葉に反応したのは会長さんで。
「…退場だってさ、サッサと帰れば?」
「なんで退場ってコトになるわけ、ぼくを洗うって話じゃないか!」
美味しい話の途中で誰が帰るか、とソルジャーはソファにドッカリと。
「ぼくは洗って欲しいんだってば、いわゆる泡踊りのローションサービス!」
「君は食べるの専門だろう!」
「だから自分が食べる方だろ、泡踊りは!」
洗って貰っていい気持ちになって美味しく食べる、とソルジャーは言い放ちました。
「でもって、誰が洗ってくれるわけ? ぼくが美味しく食べるためにはハーレイじゃないと困るんだけど…。百歩譲ってノルディもいいかも…」
ウットリ気分らしいソルジャー。どうやら阿波踊りというのは私たちが考えている阿波踊りではないようです。何だろう、と顔を見合わせつつ深い溜息。レッドカードは効かないどころか逆にソルジャーに居座られただけで…。やっぱり暗記用の板じゃダメだったのかな?
「あ、泡踊りは知らないかな?」
ここで解説! とソルジャーの赤い瞳が煌めき、会長さんが。
「やめたまえ!」
「えっ、別に問題は特に無いだろ、解説だけだし! 泡踊りっていうのは洗うことでさ」
「「「???」」」
「スポンジの代わりに身体を使って洗うわけ! だからローション!」
えーっと…。身体はスポンジで洗うものですが、代わりに身体を使って洗う? それって手に石鹸とかボディーソープを乗っけて、ですか? でも…。
「身体と言ったら身体なんだよ、もう全身で! そして石鹸だと頑張りすぎたら肌とかが傷むし、ローションで代用するわけで」
「「「………」」」
ますますもって謎な展開。肌が傷むまで洗わなくてもいいと思いますし、ローションなんかで洗っても身体を洗う意味が無いような…。
「分かってないねえ、身体を使って洗う相手も身体なんだよ」
「それは普通だろう!」
身体以外の何を洗うか、とキース君が叫べば、ソルジャーがニヤリ。
「相手と言ったよ、ちゃんと相手がいるんだよ! ぼくが受けたいサービスはねえ、ハーレイとかノルディの身体を使って洗って貰うサービスだってば!」
これぞソープの真骨頂! と言われましても。…身体を使って洗うんですって?



身体を使って身体を洗う。それはどういうサービスなのだ、と頭上に飛び交う『?』マーク。しかしソルジャーは得々としてその説明を始めました。
「洗うからには、もちろん裸が大前提! そして自分の身体をスポンジ代わりに擦り付けてせっせと洗うわけだよ、これでいい気分にならなきゃ嘘だね」
もう最高に素晴らしい、と実に楽しげに語るソルジャー。
「ぼくも裸で、ハーレイも裸。あ、ノルディでもいいんだけどさ。…そして相手の身体と肌とを全身で感じながらの洗われる時間! もうその後は食べるしかないよ、洗ってくれた相手をさ!」
一度は受けたい夢のサービス、とソルジャーの瞳がキラキラと。
「それで、ぼくを洗いたいと言ってくれるからには君が洗ってくれるのかな? ぼくは君でも気にしないどころか、大いに歓迎なんだけどねえ?」
そう言ったソルジャーの視線の先には言い出しっぺの会長さん。ソルジャーはパチンと片目を瞑ると、会長さんに投げキッス。
「同じ身体とヤるというのも興味があるしね、君が洗ってくれるんだったら喜んでお世話になるんだけれど…。今からどう?」
君の家で、という誘い文句が何を指すのか、私たちにも辛うじて理解出来ました。会長さんの家のお風呂で会長さんがソルジャーを泡踊りとかいうサービスで洗い、その後は大人の時間はどうか、という意味です。そんな誘いに会長さんが乗るわけがなくて。
「なんでぼくが!」
「洗いたいって言ってたくせに!」
「そういうコトを言い出さないようにキッチリ洗いたかったんだってば!」
純粋無垢に生まれ変われ、と会長さんの怒りの叫びが。
「洗濯されたボス猫みたいに別物になってしまえと言いたいわけで!」
「……ぼくが純粋無垢だって?」
「そうだよ、猫は洗われて真逆になっちゃったからね!」
猫を見習って別物になれ、と怒鳴り付けられてしまったソルジャー、言い返すかと思えばさに非ず。何を思ったのか腕組みをして「うーん…」と真剣に考え中で。
「…もしもし?」
会長さんが声を掛けると「シッ!」と制止され、更なる熟考。もしや別物に生まれ変わる決意をするのだろうか、という気がしないでもありません。でもでも、相手はソルジャーですし…。
「純粋無垢ねえ…」
ちょっといいかも、とソルジャーが腕組みを解きました。
「よし、それでいこう! そっちの線で洗って貰う!」
「「「えぇっ!?」」」
本気で洗濯を御希望だとは、これ如何に。しかも純粋無垢に生まれ変われる方向で…?



出て来ただけで洗濯さえも猥談に変えてしまったソルジャー。そのソルジャーを元老寺のボス猫よろしくお洗濯して、純粋無垢な性格になるよう洗い上げるなんて至難の業っぽいですが…。
「…た、確かに君を洗ってそうなればいいとは思ったよ?」
でもね、と焦る会長さん。
「それはあくまで夢の話で、本当にそれが可能かどうか…。おまけにぼくが君を洗っても、そうなる保証は何処にも無いから! 遠慮するから!」
そりゃそうだろう、と私たちだって思いました。あのソルジャーが「純粋無垢に生まれ変わりたいから洗って欲しい」と会長さんに頼むにしたって、洗い方はどうせ泡踊り。その泡踊りをしたいがための口実と取るのが普通です。なのに…。
「君に洗えとは言っていないよ」
ソルジャーはサラリと答えて、涼しい顔で。
「純粋無垢なぼくが好みの人間がこの世に約一名! いや、別の世界だし「この世」というのは違うかな? ぼくのハーレイの好みだってば、純粋無垢なぼくってヤツがね」
初々しさと恥じらい属性とがハーレイの永遠の憧れなのだ、と話すソルジャー。
「ぼくを洗えばそうなるかも、ってコトになったら頑張ると思う。しかもスペシャルな洗い方でないとダメなんだ、って説明すれば絶対、頑張って洗うって!」
「「「………」」」
よりにもよってキャプテンを指名、それもスペシャルな洗い方。どう考えても泡踊りの他には有り得ないわけで、ソルジャー憧れのソープランドだかソープなわけで。
「…というわけでね、バスルームを貸して欲しいんだけど」
「「「は?」」」
「バスルームだってば、ブルーの家の! こういうのには非日常ってヤツが大切だから!」
いつもの青の間では気分が出ない、と言うソルジャー。
「ノルディも言ったよ、ソープならではの特別な椅子とかマットとか…。そういうヤツが揃ってるのが雰囲気があっていいんだってねえ、グッズはぼくが揃えるからさ」
ノルディに頼めば揃えてくれる、とソルジャーはやる気満々でした。
「君の家のバスルームは最初だけ貸してくれればいいんだよ。要はハーレイを上手く騙して泡踊りの良さに目覚めて貰えばいいわけで…。次からはちゃんと青の間でやるから」
グッズも全部回収するから、と強請られましても、そんなアヤシイ目的のために会長さんが自分の家のバスルームなどをソルジャーに貸し出す筈も無く…。
「却下!!」
ソープごっこは他所でやれ、とブチ切れました、会長さん。そりゃそうですって、当然です…。



「ドケチ!!」
ぼくの憧れのソープなのに、と譲らないのもまたソルジャー。貸すのが嫌なら洗ってくれとか言い出したから大変です。会長さんにはソルジャー相手に泡踊りという趣味などは無くて、さりとてソルジャーとキャプテンのためにバスルームをソープランド用に貸す気も無くて。
「どっちも嫌だと言ってるだろう!」
「ぼくはSD体制で苦労してるのに、それを労う気も無いと!?」
出ました、SD体制攻撃。ソルジャーの最終兵器と呼ばれるSD体制を口実にしたゴリ押しの技。これを出されたら断ることは出来ず、会長さんは万事休すで。
「ぼくを洗うか、バスルームを貸すか。…どっちも嫌とは言わせないからね」
「…う、うう……」
会長さんの額に浮かぶ脂汗。これはバスルームを貸す方だな、と誰もが思って、会長さんの弟分で同居人である「そるじゃぁ・ぶるぅ」も。
「かみお~ん♪ ウチのバスルームを貸すんだね! えとえと、ゲストルームのもあるし、ブルーとぼくとが使ってるのもあるんだけれど…。どっちもちょっと…」
「何か問題があるのかい?」
散らかっていても無問題! と言うソルジャーに「そるじゃぁ・ぶるぅ」は。
「ううん、お掃除はきちんとしてあるよ? でも、ハーレイのにはちょっと負けるかなあ、って」
「「「は?」」」
ソルジャーばかりか私たちまで聞き返す羽目に。教頭先生がどうかしましたか?
「んとんと、バスルームの凄さはハーレイの家に負けてるの…。ぼくたちの家だとあそこまで色々揃っていないの、ボディーソープの種類とか…」
石鹸がとても大事なんでしょ? とソルジャーに尋ねる「そるじゃぁ・ぶるぅ」は泡踊りはおろかソープの意味すら全く分かっていませんでした。ソープすなわち本物の石鹸。会長さんがいつ訪ねて来てもいいように、とアメニティグッズを揃えまくりの教頭先生を連想するのも当然で…。
「それでね、石鹸が大事だったらハーレイのお家がいいと思うよ?」
「ぶるぅ、それだ!」
よく言った、と会長さんが銀色の小さな頭をクシャリと撫でて。
「うん、ハーレイの家が断然オススメ! あそこのバスルームもなかなかだよ、うん」
「…それは確かにそうなんだけど…。ぼくも入ったことはあるしね」
でもぼくたちに貸してくれるかなあ? と悩むソルジャーに、会長さんは。
「平気だってば、ハーレイだったら絶対に貸す! ぼくも一緒に頼んであげるよ」
「本当かい? それはとっても心強いかも!」
要はソープごっこが出来ればいいし、とソルジャー、ニッコリ。教頭先生の家のバスルームを借りてソープごっこって、この先、いったいどうなるのでしょう…?



その夜、会長さんの家で賑やかにお好み焼きパーティーを繰り広げた後で、私たちとソルジャーは瞬間移動で教頭先生の家にお邪魔しました。毎度のリビング直撃コースで、教頭先生はまたも仰け反っておられましたが…。
「…なるほど、キースの家でそんな事件が…。それであなたも生まれ変わりたい、と」
「うん。そういう口実でぼくのハーレイを誘い出すから、バスルームを貸して欲しいんだよね」
「は?」
怪訝そうな教頭先生に向かって、ソルジャーは。
「ソープごっこをしたいわけ! ぼくのハーレイに洗って貰って泡踊りとかで!」
「…あ、泡踊り……?」
「知らないかなあ? ゲイの人向けの店もありますよ、ってノルディが言っていたんだけれど」
ちなみにこんなの、とソルジャーは教頭先生の右手をグイと掴んで思念で伝達した模様。教頭先生、ウッと呻いて鼻血決壊、慌ててティッシュを詰めておられるのに。
「それでね、他にも専用の椅子とかが色々あるって話だからさ…。それをノルディに揃えて貰って持ち込みたいんだ、かまわないかな?」
「…せ、専用の椅子…?」
「なんだったかなあ、身体ごと乗れる人型の椅子と、それから座って洗って貰う椅子と…。そうそう、座る方は確かスケベ椅子! 種類も幾つかあるらしくって」
こんな感じ、と手を握られた教頭先生は詰めたティッシュも役立ちそうにない鼻血状態、けれどソルジャーは気にも留めずに。
「ぼくはソープごっこを楽しみたいし、ぼくのハーレイも燃えてくれるといいんだけれど…。良かったら君も混ざってみる? ソープじゃ二人がかりのコースもあるらしくってさ、確か二輪車だったかな?」
気が向けば是非、と誘われた教頭先生、「いえ、私は…」と答えたものの。
「えっ、そう? ブルーひと筋って言いたい気持ちは分かるけれどさ、洗うくらいはいいんじゃないかな?」
エステとあんまり変わらないよ、とソルジャーに上手く丸め込まれて「そうですね…」と。
「あ、洗うだけなら……かまわない……でしょうか?」
「それはもう! 是非とも体験しておくべき!」
「…で、では…。それではよろしくお願いします」
御来訪をお待ちしております、と深々と頭を下げる教頭先生は会長さんの氷の視線と「スケベ」という蔑みの声にまるで気付いていませんでした。こうして決まったソープごっこは…。



「あれって結局、どうなったわけ?」
ジョミー君が怖々といった風情で問い掛けてくる日曜日の朝。私たちは昨日から会長さんの家に来ていました。昨夜はソルジャーとキャプテンも交えての焼肉パーティーで、その後、ソルジャー夫妻は教頭先生の家へとお出掛けで。
「…どうだかな…。あいつが純粋無垢に洗い上がらなかったことだけは絶対間違いないと思うが」
キース君が朝食のオムレツを頬張り、サム君も。
「お前んちのボス猫みたいなわけにはいかねえよなあ…」
「むしろ拍車がかかった方だと思うよ、荒みっぷりに」
どうせそうだ、と会長さん。
「ぼくも一応、気にはなったし、朝一番でサイオンで気配だけを探ったんだけど…」
「ど、どうだったの?」
ジョミー君の声が震えて、私たちも聞きたいような聞きたくないような。会長さんはフウと溜息をついて。
「…結論から言えば、あのバカップルは居なかった。盛り上がった末に続きは馴染んだいつもの部屋で、ってトコじゃないかな、グッズも放置で」
「「「…グッズ?」」」
「ご、ごめん、今のは失言だから! 忘れといてよ!」
ぼくもこの目で見たわけじゃない、と騒ぎながらも会長さんは慌てたらしくて失言の嵐。その失言を分かる範囲で皆で考え合わせた結果、教頭先生の家のバスルームにはマットや椅子などの何に使うのか謎なグッズが置きっ放しになっているらしく。
「…ついでにシャワーも出っぱなしなんだよね?」
「らしいな、今月のガス代と水道代とが気になる所だ…」
いつから出しっ放しなんだか、とキース君が唸るシャワーの脇には教頭先生が一糸纏わず倒れているとか、いないとか。会長さんがソルジャーを洗ってみたいと思ったばかりにこの始末。ソープに化けるとはビックリ仰天、ソープごっこは当分、ソルジャーのお気に入りかな…?




          綺麗に洗って・了

※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 猫を救って怪我をしたキース君はともかく、性格が変わったボス猫が問題だったお話。
 あのソルジャーを洗ってみたって、劇的な効果が得られるどころか、どうにもこうにも…。
 シャングリラ学園番外編、去る11月8日に連載開始から8周年を迎えました。
 9年目に入ってしまいましたよ、何処まで続けるつもりなんだか。
 今月は8周年記念の御挨拶を兼ねての月2更新でしたが、来月は普通に月イチです。
  次回は 「第3月曜」 12月19日の更新となります、よろしくです~!

※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、11月は、スッポンタケに混入していた虫を巡って問題が…。
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