シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
(あれっ、白い…)
珍しいな、とブルーは生垣越しに見えた庭の中を覗き込んだ。
学校からの帰り、バスを降りてから家まで歩く間に見付けた白い彼岸花。花壇に一杯。
(これって今頃の花だった…?)
彼岸花という名前なのだし、彼岸の頃の花ではなかろうか。確か春分と秋分の頃。彼岸花は秋の風物詩だから、多分、秋分の辺りに咲く筈。少々、遅すぎはしないだろうか。
(それに白いよ?)
彼岸花は赤いと記憶している。
緑が多いとはいえ、この辺りは住宅街だから。学校への道も田園地帯を通るわけではないから、彼岸花には出会えない。
けれども群生している写真を何度も見たし、幼い頃には実物も見た。父と母に連れられて歩いた郊外の道で、燃え上がるような赤い彼岸花の絨毯を。
(今頃の花で、おまけに白いの…?)
彼岸花ではないのだろうか、と眺めていたら、顔見知りのご主人が庭に出て来た。挨拶すると、「おかえり」と笑顔で返してくれて。
「この花、持って帰るかい?」
ちょうど綺麗に咲いているから、と件の花を示された。
「貰ってもいいの?」
「もちろんさ。喜んでくれる人に見て貰えたら花も喜ぶしね。何本欲しい?」
「一本貰えたら充分だけど…。他にも欲しい人、いると思うから」
「欲が無いねえ。…はい、どうぞ」
ハサミでチョキンと切って、一本。白い花を生垣越しに貰った。
せっかくだから、と疑問をぶつけてみることにする。
「えーっと…。これって、彼岸花なの?」
花の時期が遅すぎるようだけれど、と尋ねてみれば「園芸種だからね」と答えが返った。花壇で育てて愛でるための品種で、野生のものより咲く時期が少し遅いのだと。
「じゃあ、花の色は? 彼岸花は赤いと思うんだけど…」
「野生のは赤いね。でも、こうして庭に植える彼岸花なら赤いのも白も黄色もあるよ」
赤い花だと野生のものと同じになるから、早い時期に咲いて終わってしまうという。しかし白や黄色の彼岸花なら、今の季節が見頃らしくて。
「ウチじゃ育てたことがないけど、紫っていうのもあるんだよ」
「紫色?」
「鮮やかな紫ってわけじゃなくって、少しだけれどね」
彼岸花の色に青は無いから、と教えて貰った。紫の彼岸花は白がほんのり紫を帯びたような花。いつか植えようと思っているから、楽しみに待っていてくれると嬉しいね、とも。
(やっぱり彼岸花だったんだ…)
白い花だけど、と貰って帰った彼岸花。母に見せると、母も咲いていた花壇を見ていたらしく。
「あら、頂いたの?」
満開になっていたでしょう、と訊かれて「うん」と笑顔で答えた。
「彼岸花とは違うのかな、って覗き込んでたら、好きなだけどうぞ、って」
でも、ぼくは一本貰えたら充分だから…。他にも欲しい人、きっといるしね。
彼岸花の話も教えて貰ったよ、これは花壇に植える花だから色も咲く時期も違うんだ、って。
「お話が聞けて良かったわね。確かに彼岸花が咲く時期にしては遅いわよねえ…」
気付かなかったわ、とカレンダーに目をやる母。もう秋分は過ぎてしまったし、彼岸花の季節も終わってしまった筈だった、と。
「そうでしょ? それに白いし、気になったんだよ」
「見ていたお蔭で貰えたわけね。ブルーの部屋に飾るんでしょう?」
「うんっ!」
「それじゃ、器を取って来ないと…」
母は背の高いガラスの一輪挿しを選んで生けてくれた。スラリと細い一輪挿し。
「葉っぱが無いのが少し寂しいわね…。でも、これはこういう花だから」
言われてみれば、花壇の花に葉っぱは無かった。ただの一枚も、緑色の葉の欠片さえも。庭から何か取って来て添えれば彩りになりそうだったが、それは彼岸花本来の姿ではないらしいし…。
(葉っぱ無しでもかまわないよね?)
花だけでもとっても綺麗だもの、とブルーは一輪挿しを部屋へと運んで行った。
勉強机の上に彼岸花を飾り、制服を脱いで。
それから一階のダイニングに下りて、おやつを食べてから部屋に戻って来たけれども。
(匂いは無いんだ…)
彼岸花の香りはしなかった。持って帰る途中もしなかったけれど、こうして閉め切られた部屋の中なら少しくらいは、と思ったのに。
小さな百合の花を幾つも束ねて作られたような彼岸花。それに相応しく、百合に似た香り。気品溢れる香りがほのかに漂うのでは、と考えたのに…。
(うーん…)
もしかしたら、と鼻を近づけてみても全く感じ取れない香り。姿だけらしい彼岸花。
(綺麗な花なのに、もったいないよね…)
これで素敵な匂いがあれば、と眺めながら宿題を済ませて、読書。白い彼岸花を飾った机で本を読んでいると、来客を知らせるチャイムが鳴って。
(ハーレイかな?)
椅子から立って、駆け寄った窓から見下ろしてみれば、長身の影が手を振っていた。庭を隔てた向こうに立って、門扉のすぐ脇で上を見上げて。
母に案内されてブルーの部屋に来たハーレイは、いつもの椅子に腰を下ろすなり、勉強机の上に飾られた花の存在に気付いたらしい。紅茶とお菓子がテーブルに置かれて母が立ち去ると、視線を机の方へと向けた。
「ほう、白い彼岸花か。珍しいな」
「綺麗でしょ?」
貰ったんだよ、学校の帰りに。覗き込んでたら、好きなだけどうぞ、って。
でも…。欲張ったら駄目だし、一本だけ。ぼくの机にはこれで充分。
「お前らしいな、一本ってトコが。しかし、白い花か…。まさに曼珠沙華といった風情だな」
「なに、それ?」
「彼岸花の別名さ、曼珠沙華は。本来は天上に咲く花を指す言葉なんだがな、曼珠沙華」
だがなあ、曼珠沙華は白い花だと言うからなあ…。
「白い花だよ?」
「そいつが白いと言うだけだろうが。彼岸花は元々、赤い花だぞ」
「やっぱり、普通は赤だよね?」
だから不思議に思ったんだよ、これは白いな、って。おまけに彼岸花の季節とズレてるし…。
「おっ、ちゃんと覚えているんだな。彼岸っていう時期がいつなのかを」
偉いぞ、とハーレイに褒められた。
SD体制の時代よりも遥かな昔に、この地域に在った小さな島国。日本と呼ばれた国での季節の行事や暦などは古典の授業の範囲だから。ハーレイは古典の教師だから。
嬉しくなったブルーは白い彼岸花に感謝した。
見付けて良かったと、分けて貰えて運が良かったと。
珍しい白い彼岸花。季節外れの彼岸花。
園芸品種だからそうなるらしい、と仕入れたての知識をハーレイに披露してみたら。
「ふむ…。今のこの地域じゃ、すっかり園芸植物だしなあ…」
彼岸花って言えば赤だった時代とまるで違って、花を愛でればいいってことか。必要も無いし。
「必要って?」
何かに使うの、彼岸花の花。それは赤い花でなくっちゃいけないの?
「花じゃなくって、根っこだな。彼岸花は救荒植物なんだ。ずうっと昔は、飢饉が起こって食べるものが無くなってしまったら。彼岸花の球根を掘り起こして食った」
何処にあるのか分かりやすいように、田んぼや畑の側に植えたわけだな。其処を掘ったら球根があると、そいつを食ったら生き延びられると。
「あれって、そういう植物だったの!?」
「いざという時に食えるっていうのと、もう一つ。畑の作物を守るためだ」
彼岸花を側に植えておいたら、モグラや野ネズミ除けになる。昔の人の知恵ってヤツさ。
「ふうん…。役に立つ植物なんだね」
「今ではどっちも必要無いがな。飢饉に備えて備蓄があるし、モグラや野ネズミの害にしたって、そいつのせいで人間様が飢えちまうって時代じゃないだろうが」
だから田んぼや畑の側には彼岸花っていう約束事だって無くなったのさ。
田園地帯に彼岸花が沢山咲くというのは人間が作り出した風景だしなあ、地球の自然を元通りに戻してゆくにしたって、何処までやるかだ。
何が何でも田んぼや畑に彼岸花、と頑張らなくても問題は無い。
そういったわけで、今じゃ田んぼや畑をやってる人たちにお任せしようってことになっている。彼岸花を沢山植えるのも良し、植えなくても良し、だ。
それでも植えてある所が多い、と聞かされてブルーは納得した。幼かった頃に見た赤い彼岸花は郊外の田園地帯のものだし、彼岸花のある風景写真も田んぼや畑のものばかりだから。
「そっか…。それで野生の彼岸花は田んぼとかの側にあるんだね」
野生って言うけど、人間が其処に植えておいた花。役に立つ花だ、って植えたんだね。
「ああ。…だがな、彼岸花は諸刃の剣だ」
「どういう意味?」
「モグラや野ネズミ除けだと言っただろう?」
どうしてヤツらを防げるのか、ってことだ。彼岸花には毒があるんだ。
「ええっ!?」
触っちゃったよ、とブルーは慌てたけれども。
大切に持って帰った上に、飾ってしまったと慌てたけれども、ハーレイは可笑しそうに笑って。
「花や茎には大した毒は入っちゃいないさ、首飾りを作る遊びがあるくらいだしな」
茎をポキポキと折って、皮だけで繋がるようにして。
そうやって花の部分を飾りにするんだ、それを首から下げて遊ぶ、と。
猛毒があったらそうはいかんぞ、たちまちかぶれて大変なことになっちまう。だから花と茎なら大丈夫なんだが、根が危ない。
「根?」
「球根だな。彼岸花の根っこは球根だと言ったろ」
「でも、食べるって…。飢饉の時には球根を掘り起こして食べるんじゃないの?」
「食う前にきちんと毒抜きするんだ」
でないと、死ぬぞ。猛毒だからな、彼岸花の根は。
掘り起こした球根をそのまま食べると死んでしまうから。
すり潰して、更に何度も何度も水に晒して毒を抜いてから、やっと食用に出来るという。それは大変な手間がかかると、口に入れられるまでが大変なのだと。
小さなブルーには信じられない話。毒を抜かねば食べられないのに、食べるという球根。
「…そこまでするの? 毒があるのに食べるの、球根?」
「そうだ。飢え死にしないためにはな」
何もしないで飢え死にするより、食えるものなら毒でも食う。そうやって人は生き延びたんだ。
「飢え死にしないようにって、毒…。でも……」
信じられないって思ったけれども、毒でも食べられるものがあるだけマシだね。
毒さえ抜いたら、それは普通に食べられるんでしょ?
「そうだが、あるだけマシって…」
何のことか、とハーレイは首を捻ったけれども、引っ掛かった記憶。遠い遥かな昔の記憶。前の自分を思い出したから、訊いてみた。
「前の俺たちか? 毒の食べ物でも、っていうのは?」
「そう。…ハーレイが食料の残りが一ヶ月分しか無い、って言った時」
あの時、船には毒の食べ物さえ無かったよ?
毒を抜いたら食べられるんじゃあ、っていう可能性のある食べ物さえも。
倉庫の食料が無くなっちゃったらそれで終わりで、何処にも食べ物は無かったんだよ…。
彼岸花さえ無かったシャングリラ。
前のブルーが物資を奪いに出掛けるより前、飢え死にの危機に瀕した時もそうだが、それよりも後も食料といえば安全な食べ物ばかりだった。
つまりは食料が尽きたら終わり。これを食べれば生き延びられる、という物は存在しなかった。有毒の彼岸花でさえ食料になるのに、そうした手段は何も無かった。
ブルーに指摘され、かつてキャプテンであったハーレイは呻く。
「…シャングリラにはこの手の植物は無かったからなあ、普通に食えるものばかりで…」
「いざという時には非常食だしね」
毒を抜かなくても、パッケージを開けて食べるだけ。そういうのを備蓄していただけでしょ?
最後の手段っていうのが無いんだ、彼岸花の球根みたいなもの。
「うむ。非常食を食い尽くしたなら、終わりだったな」
幸い、そんな事態には一度も陥らなかったが…。
前のお前が初めて食料を奪いに飛び出して行った時でさえ、俺たちは飢えていなかったし。
食料の残りが少ないってだけで、食える物はまだ充分にあったからな。
「…前のぼくたち、生き延びるために必死だったけど…。まだまだ甘かったな、って思うよ」
彼岸花の話を聞いちゃったら。毒の球根でも、いざとなったら食べるって話を聞いちゃったら。
毒を食べてでも生き延びるんだ、って発想はまるで無かったよ、前のぼく。
食料を確保することは考えてたけど、それは安全な食べ物ばかりで。毒を食べられるようにするなんてことは、一度も考えもしなかった。
前のぼくたちよりも遥かな昔に生きていた人たちは、そうしていたのに。彼岸花の球根を食べて生き延びてたのに、そこまでして生きようってことを考え付きさえしなかったよ…。
新しい種族だったくせに、生き延びる力でSD体制よりも昔の人たちに劣るだなんて。
やっぱり地面の上で生きていないと駄目なんだろうか、人間って。
シャングリラの中の世界が全てで、地面を踏まずに生きていたから弱かったのかな…。
「まあ、人間ってヤツは、基本、そうだろ」
地面の上で生きていたいと願うもんだ。だから地球へと戻ろうとした。
一度は滅びちまった星でも、人類が其処で生まれた星だ。最初に地面を踏んだ場所だな。
「前のぼくたち、変だったのかな…。地面が無い分、弱かったかな…」
だから毒の球根を食べてでも、っていう強さが生まれて来なかったのかな…?
「降ろしてくれる地面が無いんだ、仕方がないさ」
ミュウが降りられる星は無かったし、種族としては弱くなっても船の中だけで生きるしかない。そうだろ、他に選択肢が無かったんだから。
「それじゃ、ナスカは…。ジョミーがナスカに皆を降ろしたのは…」
「人としての生き方を、強さを求めるのならば正しい。…しかし解決策にはならん」
シャングリラの仲間だけが全てじゃないんだ、ミュウは人類の中から生まれていたんだから。
俺たちだけがナスカで強く生きても、ミュウという種族を救えはしない。
「そうだね、ナスカに住んでいるだけじゃ、新しい仲間を助け出せないものね…」
「その辺りもあって、ゼルたちが反対していたわけだな」
ナスカよりも先に地球に行かねば、と。
一人でも多くのミュウを救うためには、こんな所でのんびり暮らしてはいられない、とな。
赤い星、ナスカ。
ブルーはその星を見ただけで終わってしまったけれども、ミュウたちが踏みしめていた大地。
手放したくないと執着しすぎて、多くの仲間を喪ってしまった赤い星。
あの星に自分が降りていたなら…、とブルーは思いを巡らせる。赤い大地を踏んでいたならば、ミュウの未来も変わったろうか、と。
「ねえ、ハーレイ。…ぼくはナスカに降りなかったけれど…」
降りていたなら、また考えが違っていたかな?
何が何でもこの星を守る、とキースをさっさと殺してしまって、ナスカを守り切れていたとか。
地面に降りたら、前のぼくにも強さだとか、逞しさだとか。
しぶとく生き延びるための知恵や本能、そういったものが備わってたかな…?
「どうだかなあ…」
前のお前が生き延びる道を選んでくれてりゃ、俺としては嬉しかっただろうが。
メギドへ飛ばずに残ってくれたら、最高に嬉しかったんだろうが…。
「そういう道だって、もしかしたら。前のぼくが地面に降りてさえいれば、あったのかも…」
だって、地面の上で生きてるからこそ、いざとなったら彼岸花でも食べられるんだよ。
毒を食べてでも生き延びる道を地面が教えてくれるんだよ。
ナスカの地面も、前のぼくに「生き延びろ」って、他の道を教えてくれたかも…。
同じメギドを止めるにしたって、しぶとく生き残る方法とか知恵を。
「そうかもしれんな…」
何としてでも生きて帰れと、死ぬんじゃないと言ってたかもな。
そうなっていたら、本当に全てが変わっていたんだろうが…。
ただ、今の地球。
俺たちが住んでる、この青い地球が在るかどうかは分からないがな。
「…そっか…」
それじゃ駄目だね、と小さなブルーは頭を振った。
未来を変えても何にもならないと、地球が死の星のままでは意味が無いと。
「ぼくがしぶとく生き延びちゃったら、青い地球は戻って来ないんだ…。それは困るよ」
前のぼく、今は英雄扱いだけど。
逆に嫌われちゃっていたかも、しぶとく生き延びた方法によっては。有り得ない、って。
「そんなことにはならんと思うが…。お前、ソルジャーだったんだからな」
凄いと思われることはあっても、嫌われたりは…。
そういや、嫌われると言えば、この彼岸花。こいつは昔は嫌われ者の花だったんだぞ。
「毒があるからでしょ?」
「危険だと教えなきゃいけないからなあ、彼岸花を家に持ち込んだら火事になるって話とかな」
「火事!?」
「赤い花だし、火事を連想したんじゃないか?」
とにかく家には持って入るなと言われていたんだ。今だと信じられないだろう?
「この彼岸花、庭の花壇に植えてたよ? うんと沢山」
ぼくにもくれたし、火事になるだなんて言ってはいなかったよ。
「平和な時代だということさ。彼岸花の毒なんかは知らなくっても生きて行ける、と」
もっとも、そいつはSD体制に入るよりもずうっと前から、既にそうだったようだがな。
「火事の花ではなかったの?」
「恐ろしい花だと嫌う世代が減って行ったら、そうなるだろうが」
毒抜きをしてまで食ってた時代の記憶が薄れりゃ、ただの花だ。
このとおり綺麗な花だからなあ、園芸品種も作られていって、花壇の花へと変身したんだ。
「彼岸花…。葉っぱがあったら、もっと綺麗なのに」
どうして花しか咲いてないんだろ、葉っぱは無くって花だけだったよ?
「葉知らず、花知らず、って言うんだ、そいつは」
花が終わったら、葉っぱが出て来る。葉っぱが消えたら、花が出て来る。両方が揃うってことは無いんだ、花と葉っぱは両立出来ない仕組みらしいぞ。
「それで葉っぱが無かったんだ…」
ママも「これはこういう花だから」って言っていたけど、葉っぱが無いなんて不思議な花だね。
だけど、こんなに綺麗な花が咲くのに、球根に毒があるなんて…。嘘みたいだ。
「おいおい、毒があります、って顔をしている物の方が世の中、少ないぞ?」
如何にも毒だ、って見かけの動物や植物もあるが、大抵は隠し持ってるもんだ。
「そうかもね…」
彼岸花だって毒を隠してるものね、花じゃなくって球根の中に。
球根だけ見たら毒かどうかも分からないんだろうね、「毒です」と書いてはいないだろうし…。
だから「持って帰ったら火事になる」なんて脅したんだね、昔の人は。
綺麗だから、って下手に近付いたら死んでしまうぞ、って。毒なんだから、って。
でも…、とブルーは勉強机の上の白い彼岸花に目を遣った。
「同じ昔の人でも、前のぼくたち。地面が無かったから弱かったかもしれない、前のぼくたち」
毒の球根を食べてでも生き延びてやるって根性があれば。
彼岸花の球根だって食べてしまえって根性があれば、もっと早く地球に着けていたかな?
ジョミーの代まで待たなくっても、前のぼくがソルジャーだった間に。
「根性もいいが、君子危うきに近寄らず、と言うぞ」
食う必要が無かった彼岸花まで食うことはないさ。
前の俺たちには安全な食い物だけのシャングリラが似合いで、無理に背伸びをしなくってもな。好き好んで毒まで食わなくっても、人類からの逃げ隠れだけで充分だ。
「…危険はほどほどでいいってこと?」
「危険なんぞは無いに越したことは無いんだが、だ。無くせないなら、ほどほどに、だな」
それにだ、人類から特に隠れる必要が無かった頃にも、食い物は安全だったんだが?
前の俺が厨房に立ってた時から、毒のある食い物なんかは無かったってな。
「生のパイナップルは?」
痺れるから毒だって大騒ぎになったよ、パイナップル。ハーレイが料理をしていた頃に。
「あれは一種の事故だろうが!」
「無知と言うか…ね」
完熟してない生のパイナップルを食べ過ぎちゃったら、痺れるだなんて知らなかったし。
子供の頃には食べたんだろうに、そういう記憶も消えちゃってたしね…。
「生のパイナップルの件はともかく。ちゃんと調べて料理していたんだ、俺だって」
どうすれば美味いか、どう組み合わせれば喜ばれるかと、それに栄養バランスもな。
食料の管理は万全だったぞ、ジャガイモ地獄もキャベツ地獄も乗り切ったろうが。
「いざとなったら彼岸花の球根でも料理してくれた?」
「飢え死にしないためならな。船にそういうのがあったなら、やるさ」
もちろん皆には毒だなんて言わずに、一人でコッソリ毒抜きをして。
本当に食えるか試食してから、何食わぬ顔でドンと出すんだ、皿に盛ってな。今日はコレだと、美味い筈だと。彼岸花の球根を料理したとは絶対に言わん。
「それ、キャプテンになった後でも?」
もしも彼岸花の球根を食べなきゃ生きていけない事態になったら。
ハーレイ、こっそり厨房に立った?
キャプテンの仕事じゃないんですが、って厨房のクルーが止めに入っても、追い出してコッソリ毒抜きをしてた…?
「当然だ。そういう時こそ、俺がやらんといかんだろうが」
厨房のヤツらに任せたんでは腰が引けるし、パニックになったら秘密だって漏れる。たとえ俺が厨房出身でなかったとしても、彼岸花の球根の料理は俺の仕事だ。
シャングリラのヤツらを生き延びさせるためには手段は選ばん。毒の料理でもな。
「ふふっ。…やっぱりハーレイを選んで良かった」
キャプテンになって、って頼んで良かった…。
「何が言いたい?」
「毒の球根をコッソリ料理してでも、みんなを生き延びさせなくちゃ、って意地と根性」
だからシャングリラを運べたんだよ、遠い地球まで。
踏みしめる地面が無い状態でも、彼岸花の球根だって料理するって言い切るハーレイだから。
「その、地球への道。…前のお前が俺に押し付けたんだがな?」
ジョミーを頼む、と言いやがって。一人でメギドへ飛んでっちまって。
「…そうだけど…」
それは悪いと思っているけど、ハーレイだったから頼めたんだよ。
あそこでぼくを止めはしないと分かってたから、ハーレイの強さが分かっていたから…。
「お蔭で俺は生き地獄だったが? 前のお前を失くしちまって、それでも地球まで行けってな」
「ごめん…。ハーレイがどんなに辛い思いをするかは、全く考えていなかったかも…」
自分のことだけで精一杯で。ミュウの未来を守ることだけで頭が一杯で。
ぼくってホントに自分勝手で、うんと我儘だったかも…。
「まあ、いいさ。今日の所は曼珠沙華に免じて許してやる」
「えっ?」
「曼珠沙華だ、あそこの白い彼岸花だ」
彼岸花の別名は曼珠沙華だと言っただろうが。
だが、その名前で呼ばれてた頃は、彼岸花は赤い花だった。突然変異で白い花が咲くってことはあったかもしれんが、基本は赤だ。白い花だという本物の曼珠沙華とは似ても似つかん。
しかし、お前が貰って来た彼岸花は白いしな?
白い曼珠沙華なら正真正銘、天上に咲く花の曼珠沙華だ。
天上の花が咲いているほどに素晴らしい地球に二人で来られました、ってことで許してやるさ。
「…ホント?」
でも、地球に来る前に
一度、死んだんだけどね?
それでハーレイに文句を言われちゃったんだけれど…。ついさっきまで。
「ああ、死んじまったさ、お互いにな」
お前はメギドで、俺は彼岸花さえ生えていない地球で。
これ以上はもう死ねません、ってほどに死んだが、どういうわけだか、地球に居るようだな。
「うん。ぼくもハーレイも、二人とも死んだ筈なのにね…」
けれど青い地球の上に生まれて来られた、と白い彼岸花を二人で眺める。
天上の花だと言われる曼珠沙華。本来は赤い花の色が白く変わった、天上の花の彼岸花を。
小さなブルーが分けて貰った彼岸花。
今は花壇の植物になったそれが咲き誇る、平和な時代の青い地球の上で…。
彼岸花・了
※毒抜きをすれば食べられるという彼岸花。前のハーレイなら、そうやって皆を救った筈。
今は白い彼岸花を眺めて語らえる時代。まさに天上の花で「曼殊沙華」という所ですよね。
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