シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
学校からの帰り道、家の近所のバス停で降りて歩いてすぐの家。ブルーの目の前で庭に向かって飛び込んで行った一羽の小鳥。
(えーっと?)
見慣れた雀などとは違ったように見えたから。
何の鳥だろうと生垣越しに覗いてみれば、小さな庭池の畔で尻尾を上下させている鳥。長い尾が特徴のセキレイだった。魚を食べると聞いているから、それを目当てに下りたのだろう。
(魚、獲るかな?)
運が良ければその瞬間を見られるかも、と暫く見ていたけれども、魚は些か大きすぎたらしく。尻尾を上下させながら池の周りを一周した後、セキレイは空へと飛び去ってしまった。
いともあっさり、ためらいもせずに。
(残念…)
魚には少し可哀相だけれど、見てみたかった。セキレイが獲物を獲る所を。狙いを定めて目にも留まらぬ速さで嘴を突っ込み、ピチピチと跳ねる魚を咥えた所を。
(魚を獲る鳥、この辺りでは見かけないものね…)
有名な所ではカワセミだとかサギ。
その種の鳥には住宅街ではお目にかかれないし、せいぜいセキレイくらいだろう。そのセキレイだって水辺でないと魚は獲らない。庭に来たって、土の中の虫をつついて食べているだけ。
だから庭池めがけて下りたセキレイに期待したのに、獲物を獲らずに去ってしまったとは、運が無かったと言うべきか。
ブルーは一度も鳥が魚を捕まえる所を見たことが無い。映像ならば知っているけれど、肉眼では未だにただの一度も。
(…ハーレイのお父さんは色々と見ているんだろうけど…)
釣りが大好きで、川へ、海へと出掛けるというハーレイの父。
そうした場所なら魚を狙う鳥だって沢山いるに違いない。サギやカワセミ、それからカワウも。海ならカモメもきっと舞っている。
(…いいな…)
いつかは自分も見られるだろうか。
ハーレイと結婚したなら、釣り名人のハーレイの父も一緒に釣竿を持って海や川へと。釣り糸を垂れて獲物を狙えば、鳥たちも同じように魚を狙っているだろうか…。
見損ねてしまった、セキレイの狩り。
待っていたって舞い戻って来る筈も無いから、家に帰って、制服を脱いでおやつを食べて。
二階の部屋に戻ってから庭を見下ろしたら、其処に来ていた。尻尾の長いセキレイが。
(ぼくの家だと魚は無理だよ?)
生憎と庭に池は無かったし、セキレイの餌は土の中に住む虫くらい。それをせっせと探しているらしく、芝生をチョンチョンと跳ねてゆくセキレイ。長い尾羽を上下に振って。
(…疲れないのかな?)
あんなに尻尾を振りっ放しで、と思うけれども、セキレイにとっては日常のこと。バランスでも取るのか、それとも他に理由があるのか。
(じっとしていられない性分だとか?)
人間で言うなら貧乏ゆすり。まさかね、とクスクス笑っている間に、セキレイは羽を広げて飛び去った。また魚でも探しに行くのか、あるいは他の家の庭で虫を食べるのか。
(今日はセキレイと縁があるよね)
帰り道で見たのと同じ鳥かな、と頬が緩んだ。池の魚を狙っていたセキレイ。
あのセキレイが自分に会いに来てくれたのかも、と。
(…セキレイに知り合いはいないんだけどね?)
毎日見かける鳥ではないし、顔馴染みというわけではない。単なる通りすがりの鳥。
そう思ったけれど、もしかしたら、あれは。
(ブラウとかゼルとかだったりする?)
自分とハーレイのように生まれ変わって、青い地球の上を飛んでいるとか。人間ではなくて鳥の姿で、セキレイになって自由を満喫しているとか…。
(いくらなんでも、それは無いよね)
だって鳥だよ、とセキレイが飛んで行った方角の空を眺めた途端。
(…セキレイ?)
ブラウでもなく、ゼルでもなく。
もちろんヒルマンやエラでもなくて、そういう名前の少年がいた。まさにセキレイ。
遠い遥かな歴史の彼方に。流れ去って行った、時の彼方に。
(セキ・レイ・シロエ…)
あまりにも短かった生涯だけれど、彼の名前は今も歴史に刻まれている。ミュウの歴史を教える授業に彼の存在は欠かせない。
前の自分もその名前だけは聞いていた。
ただし、単なるミュウの子として。ミュウ因子を持った幼い少年。
アルテメシアを追われた混乱の中で、ジョミーが救い損ねてしまった子供の名前。あと少しだけ早く見付けていたなら、助け出せたかもしれない子供の名前。
発見が遅れて救えなかった子供は少なくないから、彼もその一人となる筈だったけれど。
救い出せなかったことを詫びるしかない不幸な子として、記憶されてゆく筈だったけれど…。
(キースと出会ったんだよ、シロエは…)
奇跡的に成人検査を通過し、エリートコースに入ったシロエ。
何事もなく歩み続けていたなら自らがミュウであることも知らず、気付くことなく、その生涯を平穏に終えていたかもしれない。
けれども世界はそれを許さず、シロエはシステムに馴染めなかった。ミュウであるがゆえに。
人類が歩むためのコースは彼には向かなかったのだろう。機械の思考を嫌うミュウには、人類が何の疑いも抱くことなく頼り、縋り付いている管理システムは受け入れ難いものだから。
(シロエには教育ステーションの生活は合わなかったんだ…)
大人社会への旅立ちの準備をする教育ステーション。シロエにとっては機械に管理された檻。
合うわけがなくて、システムに従って懐かしい記憶を捨てることなど出来るわけもなくて。
独り反抗して、逆らい続けて、自らの心に正直に生きて。
その果てに宇宙に散ってしまった。
自分が乗った船を撃墜したキースの心に棘を残して、彼の出生の秘密を暴いて。
(…だけど、キースに直ぐには伝わらなかったんだよ…)
シロエが命懸けで手にした、キースの生まれに纏わる秘密。
それは長いこと見付からなかった。知られないままで眠り続けて、役立たなかった。もっと早い時期にキースがそれを知っていたなら、様々なことが変わっていたかもしれないのに。
危うく無駄死にになってしまいかねなかった、シロエの最期。
彼が暴いたキースの秘密は、一冊の本に隠されていたと授業で習う。シロエの船が宇宙に散った後、残骸の中から偶然にも回収された一冊の本。
爆発に耐えて残ったピーターパンの本が無ければ、明かされなかったキースの秘密。
(…ほんの偶然…)
回収したのが軍の上層部であったなら。本は処分され、何も残らなかっただろう。
そうならずに残り、キースの手元に辿り着いたのは神の意志なのか、歴史の必然だったのか。
シロエはそれを望んだだろうが、可能性は限りなく低かった。
(ステーションに置いていたなら処分されたし、爆発で砕け散っても何も残らない…)
ほんの僅かな偶然に賭けて、シロエはピーターパンの本を手に宇宙へ飛んで行ったのだろうか。それとも過酷な検査の末に正気を失い、闇雲にステーションを脱出したのか。
(…どっちだったのか、誰にも分からないんだよ…)
キースからの通信にシロエの応答は無かったと言うから。
自らの意志で通信を切ってしまっていたのか、応答できない状態だったか、それすらも謎。何を思って死んでいったのか、今もって謎は解かれないままのシロエの最期。
確固たる意志と信念の下に死を選んだのか、ただ殺されただけだったのかも。
(どっちにしたって、本が残されたっていう偶然が無ければシロエは無駄死に…)
彼の人生は何だったのだろうか、と見下ろした窓の向こうの庭。
セキレイが跳ねて行った庭。
(まさか、さっきの…)
シロエじゃないよね、と苦笑した。ただのセキレイ、名前がシロエと重なるだけ。
彼が自分に会いに来るなど有り得ない、と。
けれど…。
(…シロエ…?)
前の自分はシロエの声を聞いていなかったろうか?
アルテメシアに居た頃のまだ幼かったシロエの声ではなくて、もっと後の声。
(地球へ行こう、って…)
そう呼び掛ける声を聞いた気がする。
アルテメシアを脱出した後、十五年もの長い年月を眠り続けた自分。
その眠りの中、少年の声で。
切ないほどの思いと憧れが託された声で、まるで自分の地球への思いと重なるかのように。
(みんなで行こう、地球へ、って…)
あの声の主は、思念の主はジョミーだとばかり思っていたけれど。
ジョミーが紡いだ思念なのだと信じ込んだまま、前の自分は深く眠っていたけれど。
(…あれはジョミーの声じゃなかった…?)
折に触れて感じ取っていたジョミーのそれにしては、切なすぎた思い。
あまりにも強すぎた、地球への思慕。
其処へ行こうと、地球へゆくのだと翼を広げて真っ直ぐに飛んでゆくかのように。
それに…。
(…ピーターパン…)
今の今まで忘れてしまって、記憶の海の深い水底に沈んだままで埋もれていた言葉。
ピーターパンと呼ぶ声が届いた。
そう呼び掛ける声を確かに聞いた。
「ぼくは此処だよ」と。
此処にいるよ、と地球に焦がれる夢の翼を託すかのように。
セキ・レイ・シロエ。
幼かった日に出会ったジョミーをピーターパンと呼んだ少年。
ネバーランドへ、夢の国へと連れて行ってくれると信じた少年。
救い損ねたままでエネルゲイアに、アルテメシアに残して前の自分たちは旅立ったけれど。
人類軍に追われて宇宙へと飛び去ったけれど、もしかして、あれは。
前の自分が眠りの底で聞いた、ピーターパンを呼んでいた声は…。
(…シロエ…)
目覚めることすらも叶わなかった眠りの中で聞いたのだろうか、シロエの声を。
その時、自分は捉えたのだろうか…?
人類の中に紛れてしまったミュウの少年が最期に遺した言葉を。
紡いだ思念を、前の自分はそれと知らずに拾ったろうか…?
シロエの声とは気付かないままで、ジョミーの声だと信じ切ったままで。
(…それを言いに来たの?)
帰り道で出会った、庭池の畔に下りたセキレイ。庭の芝生に来ていたセキレイ。
まさか、シロエではないだろうけれど。
あのセキレイは自分に、それを。
(…あれはシロエの声だったんだよ、って…)
どうか気付いてと、思い出してと姿を見せに来たのだろうか。
セキレイという名の少年がいたと、その声を聞いていなかったかと。
アルテメシアを後にした時にジョミーから聞いたきりの少年。
救えなかったと、自分には何も出来なかったと悔やみ続けていたジョミー。
前の自分はその少年の、シロエの辿った運命を知らないままに逝ったけれども。
恐らくはジョミーも最期まで知らなかっただろうけれど。
(…セキ・レイ・シロエ…)
歴史に名前を残した少年。
一瞬の内に燃え尽きてしまう流星にも似た、激しくも短い時を駆け抜けて散っていった少年。
彼が生きた生は、ミュウのものだったか、それとも人類としてのものだったのか。
人類の中に紛れてしまって、そのまま逝ってしまったシロエ。
彼の名前は今も歴史にあるのだけれども、その歴史を何と呼べばいいのだろう。
ミュウの歴史でもなく、人類の歴史でもなく、どちらの歴史と呼ぶべきか。
恐らくは、それはヒトの歴史。
ミュウと人類とが手を繋ぎ、共に歩み始める前の束の間に刻まれた一人の人間の歴史。
人類か、ミュウか。
シロエがどちらの生を生きたかったかは、誰にも分からないのだから。
(…もしもシロエの声を聞いたのならば…)
シロエの声を本当に捉えていたのだったら。
キースに教えてやりたかった。
シロエとキースとの関係を知っていたならば。シロエがどう生き、誰に命を絶たれたのかを。
あの一瞬にそこまでを捉えていたなら、キースに伝えていただろう。
自分はシロエの声を聞いたと、シロエの船を墜としたことを何も後悔していないのかと。
そうすれば変わっていたかもしれない。
色々なことが。
ミュウの未来や、赤い星、ナスカ。それにキースが歩んだ道も。
(何もかも手遅れなんだけどね…)
全ては遠い歴史の彼方で、前の自分も、キースもとうの昔に消えてしまった存在。
時を戻すことなど出来はしないし、問おうにもキースは何処にもいない。
会えた所で、それは今のキース。今の自分と全く同じで、記憶を継いでいるというだけ。
シロエのことを話したとしても昔語りにしかなりはしないし、何が変わるというわけでもない。
けれど気になる。
記憶の底から蘇って来た、あの声の主が心にかかる。
あれはシロエの思いだったろうか、と。
シロエの声か、そうではないのか。
分からないままに勉強机の前で考え込んでいたら、来客を知らせるチャイムの音。窓から見れば庭を隔てた門扉の向こうに手を振る長身の人影が在った。
ハーレイ。かつてはキャプテン・ハーレイだった恋人。
彼ならば知っているかもしれない。あの声の主が誰だったのかを。
自分の部屋でテーブルを挟んで向かい合いながら、ブルーはハーレイに尋ねてみた。
「ハーレイ、変なことを訊くけど…」
「どうした?」
不審そうに眉を寄せた恋人に、遠慮がちに問う。
「シロエの声…。聞いた?」
「…シロエ?」
「うん。…セキ・レイ・シロエ。…前のハーレイだった時に」
ぼくが眠っていた間のことだよ、キースがシロエの船を撃墜した時。
その頃にハーレイは聞いてないかな、シロエが遺した最期の思いが届かなかった?
「そう言えば、ジョミーがそんなことを…」
俺は直接、シロエの声を聞いてはいないが。
ジョミーも誰の声とも言わなかったが、「キャプテンの君には話しておく」と。
誰かの思いが突き抜けて行ったと、掴むことは出来なかったのだが、と…。
時期としてはシロエの船が墜とされた時と重なっていた。
ずいぶん後になってから、当時の航宙日誌を読み返していて気付いたんだがな。
シャングリラへの攻撃が激しくなったのはこのせいだったかと、良かれと思ってやった人類への思念波通信が彼らに悪影響を与えてしまったのか、と当時の日誌を読んでみた。
其処に書いてあったさ、ジョミーが感じた「誰かの思い」というヤツも。
「じゃあ、あれはやっぱりシロエの声だったんだ…」
地球への思い。みんなで行こう、って…。地球へ行こう、って。
「聞いたのか、お前?」
前のお前は聞いていたのか、シロエの声を?
「うん、夢の中で。…だからジョミーの声だったんだと思ってた…」
馬鹿だね、ぼくも。
シロエの名前は聞いていたのに、シロエがジョミーを何と呼んだかも知っていたのに。
小さかった頃のシロエはピーターパンと呼んでいたんだよ、ジョミーのことを。
あの声は確かにピーターパンと呼び掛けていたのに。
「ぼくは此処だよ」と呼んでいたのに。
もしも前のぼくが、シロエの声だと気付いていたなら…。
そうすれば掴めていたかもしれない、シロエがどういう状況だったか。
どんな思いで地球を目指したか、キースとの間に何があったか。
もしかしたら、キースの正体までも。シロエが命懸けで掴んだ、キースの秘密も。
前のぼくが全てを掴んでいたなら。
あの時、シロエの思いを逃すことなく捉えていたなら、何もかも変わっていたかもしれない…。
「そうかもな…。そうかもしれんな」
お前ならば、とハーレイは腕組みをして深く頷いた。
「ジョミーには無理でも、お前だったら可能だったか…」
あの頃のジョミーはまだ粗削りで、細かな心の襞まで捉える力が無かった。
だが、前のお前だったら、ほんの一瞬、通り過ぎただけの思念も掴むだけの力はあったっけな。
「…うん。たった一瞬でも捕まえてしまえば読めたから」
其処にこめられた思いの全てを読み取ることが可能だったから。
だから、しっかりとシロエを捕まえていれば…。通り過ぎた瞬間に捕まえていれば…。
でも、出来なかった。
そうしようとさえ思わなかったし、そうしなければとも思わなかった。
ジョミーだとばかり思い込んでいたから、通り過ぎるままにさせてしまった。
全部、手遅れ…。
何もかもがすっかり遅すぎたんだよ、今頃になって気付いても。
あれはシロエの思いだった、と今になって知っても、何にもならない…。
前のぼくは何一つ出来なかった。
十五年間もただ眠っていただけで、シロエの思いさえも捉えようともせずに。
何の役にも立たなかったよ、あれがシロエだと気付いていれば…。
気付きさえしたなら、同じキースを相手にするにも、より深く入り込めただろうに。
キースの心に揺さぶりをかけて、マザー・システムへの懐疑心を植え付けられただろうに。
ぼくがシロエからキースの生まれを、彼の正体を直接聞き出していたならば…。
そうして、シロエから得たメッセージとしてぶつけていれば。
ぼくの言葉ではなくて、シロエの言葉で正面からキースに叩き付けていれば…。
手遅れだった、とブルーは悔やむ。
シロエがその身に抱え込んで散った、地球への思い。
自分の思いに似ていたそれを掴めば良かったと、どうして捕まえなかったのだろう、と。
俯いてしまったブルーの頭に、ふわりと大きな手が置かれて。
「そんなものさ。…世の中っていうのは、そんなものだ」
後悔先に立たずと言うだろ、それに後悔どころか時効だ。
いつの話だと思っているんだ、前のお前がシロエの思いを感じ取った頃。
前のお前が生きてた頃だぞ、まだナスカでさえ影も形も無かった時代でうんと昔だ。
「でも…。あの時、ぼくが気付きさえすれば…」
気付いていたなら、深い眠りの底であっても。
シロエを捕まえて話を聞けたよ、シロエの思いを全て取り込むという形で。
何があったのか、何を見たのか。どうして死んでしまったのかも…。
キースがシロエを殺したことまで、前のぼくは知ることが出来たのに…。
「仕方ないだろう、前のお前は出来るだけのことをしたんだから」
シロエの思いを捕まえ損ねた件はともかく。
キースについては、やるだけのことはきちんとやったと思うがな?
目覚めて間もないフラフラの身体で先回りしたり、挙句の果てにメギドを沈めに飛んでったり。
それだけ頑張った前のお前を責めようってヤツは誰もいないさ、お前だって悔やむことはない。
シロエのことは残念だったが、眠っていたんじゃシロエだって許してくれるだろう。
「どうして気付いてくれなかった」と怒鳴り付けたりはしないと思うぞ。
「うん…」
シロエはずいぶん、気が強そうな感じだけれど。
八つ当たりだってしそうだけれども、流石に前のぼくに其処までは言わないだろうね…。
今のぼくなら負けちゃいそうな気もするけれど、と小さなブルーは首を竦めた。
シロエに怒鳴り付けられたらパニックになると、「ごめんなさい」と泣くしかないだろうと。
ハーレイは「ははっ、チビのお前ならそうかもな」と可笑しそうに笑いながら。
「それで、どうして急にシロエなんだ?」
お前、シロエと接点なんかは無いだろうが。前のお前が夢の中で聞いた声はともかく。
その声だってシロエかどうか、って俺に訊くのに、何処からシロエの話になるんだ?
今日は歴史の授業だったか、シロエの話が出て来る辺りの?
「そうじゃなくって…。鳥を見たんだよ」
学校の帰りと、ぼくの家の庭と。
おんなじ鳥か、別の鳥かは分からないけど、どっちもセキレイ…。
セキレイって言えば、思い出さない?
セキ・レイ・シロエ、って。
「ほほう…。そのセキレイがシロエだってか?」
セキレイになってお前の目の前に現れたってか、あのシロエが?
「多分、違うだろうけどね。最初はブラウかと思ったほどだし」
「さてなあ、そいつは分からないぞ?」
案外、本当にシロエかもしれん。
向こうがお前をソルジャー・ブルーだと知っているかはともかくとして、だ。
鳥のセキレイになっていないとは言い切れないなあ、こればっかりは神様次第だからな。
人間に生まれるか、鳥に生まれるか。
それとも地面に根を張る木々に生まれるか、全ては神様が決めることだとハーレイが言うから。
希望を聞いて貰えるかどうかも神様次第だ、と言われたから。
小さなブルーは首を傾げて訊いてみた。
「…それじゃ、もしかしたら。…ぼくたちも鳥になっていたかもしれなかった?」
「絶対に無いとは言えないな」
だが、鳥になるなら注文が一つ。これだけは聞いて貰わないとな。
「何?」
「お前と一緒に鳥になるなら、比翼の鳥でなければ嫌だ」
「なあに、それ?」
ヒヨクの鳥って何なの、ハーレイ?
「二羽の鳥がいつも一体になって飛ぶんだ、互いに翼を並べ合ってな」
いつも一緒だから、翼も目も。
片方ずつあれば充分ってことで、どちらも片方ずつしか無い。そして力を合わせて飛ぶ。
絶対に離れないように。
「…その鳥がいいな、ハーレイと一緒に鳥になるなら」
いつだって一緒に飛んで行くんだよ、何処へ行くのにも。
飛ぶ時も、下りる時も一緒で、食事をするのも寝るのも一緒。
「うむ。俺もそいつで頼みたいもんだな、お前と離れずにいられる鳥で」
だが、比翼の鳥ってヤツもいいが、だ。
同じ生きるなら人の身体の方がいいじゃないか、今みたいに。
「そうだよね、前のぼくたちとそっくり同じの身体がいいよね」
今のぼくはまだチビだけど…。
いつかは前と同じになるから、前のぼくとそっくり同じになるから。
だから待ってて、ぼくがきちんと大きくなるまで。ソルジャー・ブルーと同じになるまで…。
「もちろん待つさ」
何年でも、何十年でもな。
比翼の鳥よりは断然お前だ、前のお前と同じお前が一番だからな。
…もっとも、チビのお前も可愛いんだが。
いくら見てても飽きないぞ、うん。
鳥になるよりは、やっぱり今の人間の身体がいいとブルーは思うから。
比翼の鳥も素敵だけれども、やはり人間が一番いいと思うから。
「ねえ、ハーレイ。…もしもあの鳥、シロエだったら…」
あのセキレイがシロエだとしたら。
次は人がいいね、シロエそっくりの人に生まれて来られるといいね。
「さあな。…シロエはどっちが好きなんだかなあ…」
人の身体は二度と御免だ、と思っているかもしれないぞ。
鳥になって自由に飛んで行こうと、何処までも自由に飛び続けるんだ、と。
「そうかもね…。シロエ、そういうことも言っていたかも…」
遠い昔に眠りの中で聞いた声。突き抜けて行ったシロエの思い。
「ぼくは自由だ。自由なんだ。いつまでも、何処までも、この空を自由に飛び続けるんだ」。
それがシロエの最期の叫び。前の自分が捉えた叫び。
(…シロエは飛んで行けたんだろうか…)
地球へ行こう、と受け取った思い。空を飛び続けて、いつか地球へ、と。
シロエも地球まで来てくれていれば、とブルーは願う。
その姿が一羽の鳥であっても、自分たちのような人であっても。
彼が最期まで焦がれ続けた、青く輝く水の星の上に…。
セキレイ・了
※前のブルーが捉えていたらしい、シロエの思念。ジョミーにも掴めなかった最期の思い。
ブルーがシロエを捕まえていたら、全てが変わっていた可能性も…。歴史はそういうもの。
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