シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
ぼくがなりたいと思っているもの。いつかなるんだ、と決めているもの。
それはハーレイのお嫁さん。
前のぼくたちは結婚どころか、恋人同士だっていうことさえも内緒で秘密だったから。最後まで言えずに終わってしまって、歴史にも残りやしなかったから。
今度は堂々と結婚するんだ、結婚式を挙げて二人一緒に暮らすんだ。
ぼくはまだチビで、十四歳にしかなっていなくて。結婚出来る十八歳まではまだ遠くって…。
(だけど結婚するんだよ)
その時が来たら、ウェディングドレスか白無垢を着て。
パパやママや、ハーレイのお父さんとお母さん。みんなに祝福されて結婚。
そうしてハーレイのお嫁さんになる。それがぼくの夢で、いつか必ず叶う夢。
(でも、その前は…?)
ハーレイに出会う前には、何だったろう?
ぼくがなりたいと思っていたものは。将来の夢って、何だっただろう…?
(んーと…)
咄嗟にこれだ、と出て来ない夢。
ハーレイのお嫁さんっていう素敵な夢に食べられちゃった?
だって、前のぼくの時から憧れてただろう、お嫁さん。前のぼくたちには結婚なんて夢のまた夢だったから。ハーレイのお嫁さんになんかなれやしない、と分かっていたから諦めてただけ。
お嫁さんになれる日なんか永遠に来ない、と分かっていたから思い付きさえしなかっただけ。
(前のぼくも、きっと…)
心の何処かで夢を見ていた。ハーレイのお嫁さんになるっていう夢。
絶対に叶いっこなかったんだけど。
シャングリラの運命を握る二人じゃ、ソルジャーとキャプテンじゃ、結婚なんて…。
結婚出来ずに終わってしまった前のぼくたち。恋人同士だとさえ明かせないままで、さよならのキスさえ交わせないままで。
(なのに今度は結婚だものね)
幸せすぎる未来が待ってる、今のぼく。
前の生から憧れ続けた夢が実現する、今度の人生。
とびっきり幸せな夢が形になる日を待っているんじゃ、それまでの夢も忘れるよね?
将来は何になりたかったか、何になろうと思っていたのか。
でも…。
幸せすぎる夢に食べられちゃったか、飲まれちゃったか。
ハーレイと再会するよりも前の将来の夢が出て来ない。行方不明で思い出せない。
(何だったっけ…?)
今の世の中、人間はみんなミュウだから。
寿命はうんと長いんだから、その気になったら進路変更はいつでも、何度も出来るんだ。外見の年を若いまんまで止めているから、上の学校に入り直しても浮いたりしないって聞いている。
やりたい道をホントに一から、勉強からだってやり直せる時代。
そんな具合だから、将来の夢は文字通りの夢。
年齢制限があってやり直しの出来ないスポーツ選手とかを除けば、将来の夢は描き放題。途方もない夢に見えていたって、大抵の人は実現させちゃう。長い寿命がある間に。
(だから将来の夢は夢なんだよね…)
あれもこれもと欲張る子だとか、どれにしようか決められない子も少なくなくて。
もちろん、スポーツ選手になる、って決めてる子だって大勢いるけど。
(ぼくの夢って…)
何だったのかな、将来の夢。ハーレイのお嫁さんって決めるよりも前になりたかったもの。
漠然と学者になろうかな、って思ってたくらい?
何の学者だとも決めてなくって、本を読むのが好きだから、って。
あちこち飛び回って調査しなくちゃ研究出来ない、体力勝負の分野の学者は無理だろうけど。
(なりたかったものって…)
何だったろう、と改めて考え直してみれば。
なろうと思った学者でさえも「この分野だ」って決めていなかったぼく。
動物を追い掛けて走り回るような分野の学者は無理だ、と消去法で決めそうだった、ぼく。
そんな調子だから、小さな頃から将来の夢なんて御大層なものは無かった気がする。
だって、生まれつき身体が弱かったから。
幼稚園の頃から、みんなみたいに元気一杯とはいかなかった、ぼく。
熱を出しては休んでた。休まなくても、駆け回る友達を見ているしかなかったことも多くて。
学校に行くようになれば、もっとハッキリ分かってくる。
ぼくの身体では出来ないこと。弱い身体では決して入っていけない世界。
(…大きな夢なんか見られないんだよ…)
スポーツ選手も、花形職業の宇宙船のパイロットも。
弱い身体じゃ体育の授業に付いていくのが精一杯で、スポーツ選手には手が届かない。
健康でなくちゃ入学できないパイロット養成学校も同じ。
諦めるよりも前に気付いてしまって、夢を見る前にブレーキをかけて。
そういう風に育って来たから、これだっていう夢が無かった、ぼく。
将来の夢を持たずに育ってしまった、ぼく。
(…結局、ぼくってお嫁さんなんだ)
ハーレイと再会出来たお蔭で、それは素晴らしい将来の夢が出来たけど。
それが無ければ、きっとぼくには何も無かった。
自分に向いていそうな分野を選んで、上の学校に行って、学者になって。その道でコツコツ研究したって、「これが好きだから」と思ったかどうか…。
(…やっぱり、学者になるよりお嫁さん向き…)
幸せに生きてゆける道、って言うんだったら、断然、お嫁さんなんだ。
ただし、ハーレイのお嫁さん限定だけど。
ハーレイのお嫁さんになった後にも、お嫁さんと両立させたい夢っていうのが何も無い。
ぼくは男なのに、お嫁さんだけで充分満足、それだけで幸せ一杯になる。
大きくなったら会社に行くとか、ハーレイみたいに先生だとか。
そんなのは全然浮かんでこない未来で、ハーレイもそれでいいって言ってる。
「俺が帰った時に家にいてくれる嫁さんが一番なのさ」って。
ハーレイを「行ってらっしゃい」って見送って、「お帰りなさい」って迎えて、二人で暮らす。そういうお嫁さんが居てくれればいいと、一緒に暮らせればそれでいいんだと。
(お嫁さんかあ…)
思いもよらなかった将来の夢。いつか実現する、ぼくの夢。
お嫁さんなんていう選択肢だけは、それだけは全く無かったと思う。
基本は女の子がなるものだから。
「将来はお嫁さんになる」って言う女の子は今だっているし、幼稚園の頃にも沢山いたし…。
だけど「ふうん…」って思っていた、ぼく。
羨ましいとも思わなかったし、お嫁さんになろうとも全然思っていなかったのに。
(意外すぎだよ)
そのお嫁さんになろうだなんて。
本物の将来の夢が見付かったと思ったら、「ハーレイのお嫁さん」になることだったなんて。
自分でも本当に驚くしかない、とんでもなさすぎる将来の夢。
パパとママもきっと、腰が抜けるほどビックリしちゃうと思うけど…。
ぼくがハーレイと結婚する、って言った時には。
(あれっ?)
パパとママ。
ぼくが「お嫁さんになる」って言ったら、腰を抜かしそうなパパとママ。
そのパパとママに、ずうっと昔に止められた記憶。「それは無理よ」と言われた記憶。
それは無理だと、なれやしないと。
(ぼくって何かになりたかった…?)
パパとママが無理って言ったんだったら、それは本物の将来の夢。
なれそうもないのに、なりたいと夢見ていた何か。
(…それって、なに…?)
ちょっと気になる。
ううん、ちょっとどころかかなり気になる、小さかったぼくがなりたかったもの。
小さな子供が言うことだったら、普通は「なれるといいわね」って言ってくれると思うんだ。
パパだってきっと、「なれると思うぞ」って期待を持たせてくれたと思う。
なのに二人して無理だの、なれやしないだのって…。
子供相手に有り得ない。
よっぽど凄くて、子供の夢では済まないほどに大きすぎて絶対に叶わない夢…?
早い内に無理だと言い聞かせないと、勘違いして道を踏み外すとか…?
スポーツ選手とかパイロットではないと思うんだ。
ちょっぴり思い出して来たから。
なりたかったものはぼくに似ていて、なれるかもしれないと思ったんだから。
小さかったぼくに良く似ていたから、なりたかったもの。
パパとママとに無理だと言われた、止められてしまった将来の夢。
いったい、ぼくが目指してたものは、なりたかったものは何だっただろう…?
(…まさか、ソルジャー・ブルーってことは…)
いくらなんでもないよね、きっと。
伝説の英雄になろうだなんて、大それた夢にもほどがあるから。
(でも、ぼくにそっくり…)
そういう何かになりたかった記憶。ぼくに見た目がそっくりの何か。
やっぱりソルジャー・ブルーだったのかな?
だから「無理よ」と言われたのかな、頑張ってもなれやしないって。子供の夢でも無理なものは無理で、せめてパイロットくらいにしておきなさい、って。
(…ぼくって、実は偉いのが好き?)
大英雄のソルジャー・ブルー。いくら似てても、その英雄になりたいだなんて。
(だけど…)
無理だって言ったパパとママとの笑い声の記憶の感じからして、幼稚園くらいだった、ぼく。
そんな小さな子供の頃にソルジャー・ブルーって分かってる?
ブルーって名前はぼくにそっくりの人から貰ったんだ、って聞いていたって、理解出来てる?
(んーと…)
幼稚園にはフィシス先生の像があったけど。
小さな子供がよじ登れるように手を差し伸べていた、真っ白な像があったけど。
フィシス先生が誰なのかなんて、あの頃のぼくは知らなかったし…。
それさえ分かっていないというのに、ソルジャー・ブルーなんて分かるだろうか?
フィシス先生の像はあっても、フィシスと対になるソルジャー・ブルーの像は無かった筈で…。
(…フィシス先生!?)
そうだ、思い出した。
フィシス先生の膝に登って、順番が空くのを待っていた。
幼稚園の制服を着ていたぼくが、休み時間になったら其処にチョコンと乗っかって。
早くみんなが飽きちゃわないかと、ウサギの小屋の前が空かないかと。
(…ウサギ…)
小さかったぼくがなりたかったもの。
パパとママとが「無理」って言う筈で、なりたかったものは赤い瞳に白い毛皮のウサギだった。ぼくとおんなじ赤い瞳に、銀じゃないけど白い毛皮で。
ウサギになりたいと思っていたから、友達になりたくて小屋の中を覗き込んでいた。
そうしていれば友達になれて、いつか誘われてぼくもウサギになれるかも、って。
(…でも、なんでウサギ?)
ウサギの小屋に住みたかったってわけじゃないだろう。
小屋と言っても広くて綺麗なものだったけれど、ウサギの小屋にはベッドは無いし…。羨ましくなるほどに、住みたくなるほどに素敵なスペースとは思えない。
だったら何故、と幼稚園時代の記憶をせっせと掘り起こしてみて。
(遊びの時間…!)
休み時間には小屋の中だけど、子供たちと遊ぶ時間はウサギたちは小屋から外に出て来た。広い園庭をあちこち自由に跳ねて回ったウサギたち。
みんなに人気で、元気なウサギ。駆けっこしたって敵わないウサギ。
どんなに跳ねても走り回っても、ぼくみたいに疲れて寝込んだりしないウサギたち。
あんな風に元気になれたらいいな、とウサギに憧れたんだった。
(ニンジンを毎日沢山食べたら、ぼくもウサギになれるかも、って…)
ウサギの好物は赤いニンジンだったから。
ぼくの御飯もニンジンにしてよ、ってママに強請って、ウサギになるって言い張って…。
それでパパとママに笑われてしまったんだっけ。
ウサギなんかにはなれやしないと、ニンジンを食べても人間がウサギになるのは無理だと。
ついでに、こうも言われたんだった。
「ウサギになったら家に帰って来られないぞ」って。
それはとっても困るから。
ウサギになって元気になれても、家で暮らせないと困ってしまうから。
庭で飼ってよ、って駄々をこねてた記憶もある。
家の庭にウサギの小屋を作って、ウサギになったぼくを飼って欲しいと。
(…ウサギ…)
よりにもよって、それが小さかったぼくがなりたかったもの。
パパとママも呆れる将来の夢。超特大の将来の夢。
流石に幼稚園を卒園する頃には「無理らしい」と分かっていたけれど。
たとえウサギと仲良くなれても、人間のぼくがウサギになることは出来やしないと。
(…そして今度はお嫁さんだよ…)
ぼくが将来、なりたいもの。
ウサギの次には「お嫁さん」だなんて、ぼくはどれほど変なんだろう?
誰が聞いても笑い出しそうなウサギの次は、パパとママが腰を抜かしそうな「お嫁さん」。もう少し普通の、人並みの夢って無いんだろうか…?
そういったことを考えていたら、ハーレイが仕事帰りに寄ってくれたから。ぼくの部屋で二人、テーブルを挟んで向かい合わせで訊いてみた。
「ハーレイ、子供の頃には何になりたかった?」
「そりゃあ、スポーツ選手だな。子供の夢では定番だがな」
「やっぱり…」
予想してたけど、ハーレイの夢はごくごく普通。ウサギなんかは夢見てなかった。ぼくみたいにヘンテコな夢じゃなくって、ちゃんと実現できそうな夢。
実際、ハーレイはプロのスポーツ選手にだってなれそうだったのを断ったんだし…。
ぼくって駄目だと、やっぱり変だと溜息をついてしまったら。
「おい、どうかしたか?」
スポーツ選手は変だったか、ってハーレイに顔を覗き込まれて、ぼくは素直に白状した。
「…ぼくって、ウサギだったんだよ…」
「はあ?」
「ウサギだよ。ぼくが小さかった頃になろうと思っていたもの、ウサギなんだ…」
ホントのホントにウサギなんだよ、なれると思っていたんだよ。
ぼくとおんなじ赤い目をしてて、毛皮の色だってぼくの髪の毛の色と似てたから…。
ちょっぴり恥ずかしかったけれども、ぼくはハーレイに説明した。
ウサギに憧れて、なろうとしたこと。
家の庭で飼って貰おうと思って、パパとママとに強請っていたこと。
ハーレイは最初の間は笑っていたけど、最後まできちんと聞いていてくれて、こう言った。
「ふうむ…。まあ、ウサギでもいいんじゃないか?」
ウサギになれるかどうかはともかく、お前だったら夢がウサギでも。
「なんで?」
「ウサギってヤツは月だからな」
「月?」
「空にある月だ。月はウサギで、太陽はカラス。ずうっと昔の日本って国じゃそう言ったんだ」
太陽にはカラス、月にはウサギが住んでいる、ってトコから太陽が金烏で月が玉兎だった。
お前、見た目が月みたいだしな?
真っ白な肌で、銀色の髪で。イメージで言うなら月だろうさ。
それに目の色はしっかりウサギだ、髪の色だって充分、ウサギで通るし。
ハーレイがぼくはウサギでもかまわないだなんて言い出したから。
ウサギになりたかった夢を笑い飛ばさずに、ウサギでもいいって言ってくれたから。
「じゃあ、ハーレイはカラスなの?」
「は?」
なんでカラスだ、俺の夢はスポーツ選手だったと言った筈だぞ。
「ぼくはハーレイ、太陽みたいだって思っているもの。お日様がとても似合うんだもの」
ハーレイ、カラスになりたくないの?
「いや、そいつは…。俺はそういう夢はだな…」
「そっか…。だけど、ハーレイ、ちょっぴりカラスに似ているよ?」
「何処がだ?」
「肌の色がカラスに似ていない?」
ぼくと違って褐色だよ。カラスに似てると思うんだけど…。
「カラスは黒いぞ?」
「だから、ちょっぴり」
真っ黒だったらカラスだろうけど、褐色だから、ほんのちょっぴり。少しだけカラス。
「ちょっぴりか…。そんなトコだろうな、俺は太陽になれるカラスほど偉くはないからな」
「ぼくも月のウサギみたいに偉くはないよ?」
「前のお前だったら偉いだろうが」
ソルジャー・ブルーだ、ミュウの歴史の始まりになった大英雄だぞ。
地球が蘇ったのも前のお前のお蔭なんだし、今の地球で月を見られるのもそのお蔭だろ?
月のウサギ並みに偉いと思うが、前のお前は。
「それは無し!」
前のぼくの話は入れちゃ駄目だよ、こういう時には。
ウサギになりたかったのは前のぼくじゃなくて、今のぼくだから。
前のぼくはウサギになりたいだなんて、一回も思っていないんだから…。
ハーレイが言った月のウサギは、玉兎とかいう月のウサギは今のぼくには似合わないけれど。
ウサギになろうと思ったくらいの、ちっぽけなぼくには偉すぎて手が届かないけれど。
だけど、ウサギになりたかった、ぼく。
もしもウサギになっていたなら…、と考えてみた。
それでもハーレイと会えただろうか?
ハーレイはちゃんとぼくを見付けて、ぼくだと分かってくれただろうか…?
「ねえ、ハーレイ。ぼくがウサギになっちゃっていたら、ハーレイ、どうする?」
そのウサギ、ぼくだって気付いてくれる?
ハーレイの家の庭に小屋を作って、ウサギになったぼくをちゃんと飼ってくれる…?
「お前がウサギになっていたら、か…。もちろん、直ぐに気付くだろうな」
これはお前だと、お前がウサギになったんだ、と。
そして俺もだ、ウサギの小屋を作る代わりにウサギになるさ。
「ウサギ!?」
「お前が言うのは白いウサギだが、茶色いウサギもいるんだぞ。そっちが普通だ」
野生のウサギは茶色いもんだぞ、この辺りじゃな。
「そういえば…。だけどハーレイ、ウサギになってどうするの?」
「決まってるだろう、お前と一緒に暮らすのさ」
ウサギ同士なら、太陽のカラスと月のウサギよりずっと近くで暮らせるぞ。
同じ巣穴に住めるんだからな。
お前が住んでた巣穴が俺が住むには狭すぎるんなら、頑張って掘って広げりゃいいし。
ハーレイも一緒にウサギになるだなんてビックリだけれど。
ウサギのぼくを飼うんじゃなくって、ウサギになって一緒に住むなんてビックリだけれど…。
そう言ってくれるハーレイだから。
「ハーレイ、ぼくがウサギになっちゃっていたら、探してくれた?」
ウサギ小屋でも、ペットショップでも。
ウサギになったぼくを探しに、あちこち回って見付けてくれた…?
「当然だろうが。さっきも言ったろ、たとえウサギでも見付けられないわけがない」
お前はお前だ、一目で分かるに決まってる。
そうやってウサギのお前を探し当ててだ、俺がウサギになるための方法を探すのさ。
「…どうやって?」
どうすれば分かるの、ハーレイがウサギになる方法。
幼稚園の頃のぼくには分からなかったよ、どうすればウサギになれるのかが。
「なあに、簡単なことだってな」
お前に訊けば分かるだろうが。お前、ウサギになっているんだから。
「あっ、そうか!」
ちゃんとハーレイと話が出来たら教えられるね、人間がウサギになる方法。
本物のウサギなら分かっているよね、人間を仲間にする方法も。
「そうだろう? それを教わって俺もウサギになるまでだ」
俺の家は空家になっちまうんだが、あんな住宅地の庭で暮らすより郊外の野原や山がいいだろ?
安全な場所に巣穴を作って、お前と一緒に住むんだ、俺も。
そういう暮らしも悪くないよな、お前がウサギになってた時はな…。
ぼくがウサギになっていたなら、ハーレイも人間をやめてウサギになる。
白い毛皮に赤い瞳のウサギじゃなくって、茶色い毛皮をしたウサギに。きっと瞳は鳶色なんだ。同じウサギでもぼくより強くて、巣穴だって軽々と広げてくれる。
二人で住んでも狭くないように、うんと広々と暮らせるように。ウサギで二人は変かもだけど、二羽とか二匹じゃしっくりこない。ハーレイと一緒なら、やっぱり二人。
白いウサギと茶色いウサギで、おんなじ巣穴で仲良く暮らして…。
そこまで考えて気が付いた。
ハーレイがウサギになったぼくを探し当てて一緒に住むのなら。ウサギになって暮らすのなら。
「じゃあ…。ぼく、どっちにしたってお嫁さんなんだ」
「はあ?」
ぼくがポロリと零した言葉に、ハーレイが変な顔をしたから。
まるで通じていないようだから、ぼくは慌てて最初から話した。ハーレイが来るよりも前に頭に浮かんでいた疑問。将来の夢が「お嫁さん」になる前は何だったのか、っていう話。
「ハーレイのお嫁さんになるんだ、って夢が出来る前は何だったかな、って…」
何も無かったみたいなんだけど、って考えていたらウサギだったんだよ。
だけどウサギになっていたって、ハーレイに見付けて貰って同じ巣穴に住むんだったら…。
「なるほど、たとえウサギでも嫁さんだってな」
俺の嫁さん。茶色いウサギになった俺の大切な嫁さんなんだな、真っ白なウサギ。
「うん」
毛皮の色はハーレイと全然違うけれども、ウサギのハーレイのお嫁さん。
ウサギになっても、ぼくの夢はハーレイのお嫁さんみたい…。
もうちょっとマシな将来の夢は無いんだろうか、って言ったんだけれど。
将来の夢はお嫁さんかウサギで、ウサギの方でも結局はお嫁さんなんて、って言ったんだけど。
「…ぼくってやっぱり何処か変かな、お嫁さんになれればいいなんて…」
前のぼくと違って、とても駄目そうな感じなんだけど…。
ソルジャーどころかお嫁さんだけで満足だなんて、きっとみんなに笑われちゃうよ。
今の世界の友達だったら笑う代わりに「おめでとう」って祝福してくれそうだけれど、ゼルとかブラウだとか。あの二人は絶対に大笑いするし、ヒルマンとエラだって笑いそうだよ。
ソルジャー・ブルーはどうなったんだ、って、お嫁さんなんかでかまわないのか、って。
「それでいいのさ、今度のお前は」
頑張って何かになろうとしなくても、俺の嫁さんで。
お前になりたいものが無いなら、嫁さんでいればいいだろう?
住む家も暮らしも、俺がちゃんとするし。ウサギだったなら巣穴も広げると言っただろうが。
お前は何もしなくていいんだ、今度はのんびり暮らせばいいのさ。
前に頑張り過ぎたからな、ってハーレイはぼくの頭を撫でてくれた。
今度は頑張らなくてもかまわないんだと、前のぼくの分まで自由にのびのび暮らせばいいと。
「そいつは俺の夢でもあるんだ、俺が前の俺だった時からな」
お前を守ってやりたかったが、前の俺には不可能だった。そのせいでお前を失くしちまった。
しかし今度は違うからなあ、俺はお前を守ることが出来る。
お前を俺の家に住ませて、飯も食わせて、うんと幸せにしてやれるってな。
俺が望んでやってることだし、お前は俺に任せておけ。そうしてくれれば俺も幸せ一杯だしな。
「本当に? ただのお嫁さんだけでかまわないの、ぼく?」
「嘘は言わんさ、お前は嫁さんだけをやってろ。他にやりたいことが無いなら」
「無いよ、ぼくの夢はハーレイのお嫁さんになることだけだから」
「なら、決まりだな。嫁さんってことで」
夢の実現に向けて大きくなれよ、ってハーレイは優しく微笑んでくれた。
急がずにゆっくり、ゆっくり育って前のぼくと同じ背丈まで、って。
ぼくの将来の夢はお嫁さん。大好きなハーレイのお嫁さん。
もしもウサギになってたとしても、ハーレイのお嫁さんだった、ぼく。
今度はハーレイと結婚するんだ、前のぼくが行きたいと焦がれ続けた青い地球の上で…。
将来の夢・了
※幼かった頃は「ウサギになりたい」と思っていたブルー。真っ白で赤い目をしたウサギに。
もしもウサギになっていたなら、ハーレイもウサギになるのだとか。それも素敵かも。
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