シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
今年の冬は寒さが厳しく、除夜の鐘も初詣も雪の中。何かといえば雪、雪、また雪。これは引きこもるしかないと意見が一致し、子供は風の子なんて言葉は何処へやら。この週末も会長さんの家に集まって一泊二日の鍋パーティーだと洒落込んだまではいいのですけど。
「…なんであんたが面子にいるんだ」
解せん、とキース君が睨む先にはソルジャーが。
「えっ、別にいいだろ、ぼくのシャングリラは暇なんだからさ。…ついでにハーレイ、今日は忙しいから夜になっても使えるかどうか」
「「「は?」」」
「夜はいわゆる夫婦の時間! お疲れ気味ではどうにもこうにも…。薬はあんまり使いたくないし、道具もハーレイはドン引きするしね」
「「「………」」」
またか、と溜息の私たち。大人の時間はサッパリですけど、要するにソルジャーは暇を持て余していて、運が悪いと泊まり込まれてしまうようです。それを避けるためにもキャプテンの仕事が早く終わることを祈るだけ。でも…。
「キース、仕事がサクサク進む御祈祷ってあるのかよ?」
サム君が尋ね、会長さんが。
「ウチの宗派は基本がお念仏だしねえ…。目的別の御祈祷は無いよ、残念ながら。お念仏とお経はいつものコースで、ちょこっとお願いを付け加えるくらいが限界かと」
総本山の璃慕恩院では、そのやり方で合格祈願などもするとかで。
「…この際、お念仏でも唱えますか?」
シロエ君の発案で、唱えようかということに。お仕事サクサク終了祈願は伝説の高僧、銀青様な会長さんにお任せコース。さて、と湿っぽく唱えようとしたら。
「ちょっと待ってー!」
先にテレビ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」の大きな声が。
「「「テレビ?」」」
「うんっ! 今からスケート、ハイライトなの!」
ダイニングに置かれた大きなテレビの電源が入り、映し出されたスケートリンク。そういえば昨日だったか、フィギュアスケートの大会が何処かであったかな?
「御祈祷、これが済んでからでいい? どうせみんなもお食事中だし」
「あ、ああ…。それはまあ…」
確かに鍋の最中ではある、とキース君。寄せ鍋パーティーはまさに佳境で、グツグツ煮える鍋を囲んでのお念仏はあまり効かないかも…。お念仏、後でいいですよね?
御祈祷の前にテレビ観賞。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はフィギュアスケートが好きと言うより、華麗なジャンプや回転などの技が見たかったらしいです。
「わあっ、凄いや! 四回転~っ!」
まだまだ見るんだ、とテレビに釘付け、私たちも鍋を食べつつスケート観賞。サイオンを使えば回転数は増やせるだろうとか、ジャンプももっと飛べる筈だとか、スポーツマンシップから著しく外れた話に興じていたのですけど。
「…あれっ?」
時ならぬ声の主はソルジャー。綺麗な女性が滑っていますが、まさか好みのタイプだとか?
「えーっと…。うんうん、やっぱりそうか…」
「どうかした?」
会長さんの問いに、ソルジャーは。
「ちょっと質問してもいいかな、スケートのことで」
「どうぞ。…ぼくに分かるか謎だけれどね」
「今、滑ってる人の服なんだけど」
「「「服?」」」
何処か変わっているのだろうか、とテレビに注目。けれど火の鳥のイメージだという鮮やかな赤が華やかなだけで、後は羽根を何枚も重ねたように見える全体のデザインが目を引く程度。そう、まるで羽根で出来た服を着ているような。
「この服、直接着ているわけじゃないんだね」
「「「へ?」」」
直接も何も、服は普通に着るものです。特にスケートは着ぶくれたら負け、出来るだけ身体のラインに合わせたデザインになる筈ですが…?
「ごめん、訊き方が悪かったかな? この赤い服、凄く大胆なデザインだなぁ、と思ったんだけど…。肩は丸出し、裾も短くて足が丸見えだと思ったんだけど…。よくよく見たら肌の色と同じ色の服がくっついてるな、と」
「「「ああ!」」」
そういう意味か、と理解しました。スケート靴まで覆う肌色のタイツに、実は手首まである肌色の袖。胸元もガバッと開いているようで、その実、首の所まで肌色が覆っているわけで。
「なるほどねえ…。今頃になって気が付いた、と」
会長さんが確認をすれば、ソルジャーは「うん」と首をコックリ。
「今までに滑った人たちの服もこうだったのかい? ぼくが見落としてただけで」
「そうなるね。これはそういう決まりだから」
肌の露出は禁止事項だ、と会長さん。うん、こういう服って、そうですよね!
スラリと長い手足に加えて肩や胸元も大胆に見せる女性の衣装。ところがどっこい、その実態は肌色スーツとも言うべきものでしっかりガードで、見えるどころか完全武装。私たちには馴染み深くて常識でしたが、ソルジャーは全く知らなかったらしく。
「決まり事なんだ…。じゃあ、今、リンクに出て来たこの人の服も」
「片方の肩が丸見えっぽいけど、しっかりバッチリ隠されてるよ」
会長さんがワンショルダーっぽい衣装の女性を示すと、ソルジャーは「本当だ…」と呟いて。
「足もすっかり隠れてるんだね、今の今まで騙されてたな」
「そう見えるように作られてるしね? やっぱり魅力はアピールしないと」
「魅力?」
「女性ならではの身体のライン! だけどホントに見せてしまったらスケートの技術を評価どころか別物になってしまうしねえ…」
露出度の高さを競ってるわけじゃないんだから、と会長さんは言ったのですけど。
「でもさ、見えた方が嬉しい人が多いから、こういう服になるわけだろう?」
「身も蓋も無い言われようだけど、其処は完全には否定できない」
「うんうん、なるほど…」
面白い服もあるものだ、とソルジャーはすっかり衣装に夢中。スケートの技術も見てあげて、と言いたくなるほど服ばっかりを見ている有様。
「うわあ、これまた大胆だねえ…」
「そういう視点で眺める競技じゃないってば! 失礼だろう!」
「見てくれと言わんばかりの衣装で出る方が悪いと思うけどなあ…」
ひたすら「凄い」を連発しながらのソルジャーのスケート観賞は明らかに何処かがズレていました。私たちがジャンプや回転技に歓声を上げても声は上がらず、見ているものは服、服、服。次はどういうデザインなのか、と食い入るように眺め続けて、ようやっとテレビ放映が終わり…。
「うーん、本当に凄いものを見せて貰ったよ」
「そう言いつつも食いやがったな、俺の分まで!」
キース君が投入した具をソルジャーが横から掻っ攫ったとか、盗られただとか。不満たらたらのキース君を他所に、ソルジャーは。
「ところで、さっきの服なんだけど…。あれって作れる?」
「「「は?」」」
「作れるのかな、って訊いてるんだよ、ぼくもああいうのを着てみたい」
「「「えぇっ!?」」」
まさに青天の霹靂というヤツ。露出多めの女性向けフィギュアスケートの衣装。それを着たいとは、どういう趣味の持ち主なんだか…。
「…君の質問に答える前に、一つ訊くけど」
会長さんが切り出しました。
「君はスケートをやりたいわけ? それとも服を着てみたいだけ?」
「服の方だねえ…」
「なんでまた?」
「見た目に露出が多いから!」
そこがいいんだ、とソルジャー、キッパリ。
「ああいう格好でウロついてればね、ハーレイだってその気になるかと」
「何処をウロつくつもりなのさ!」
「決まってるじゃないか、ぼくのシャングリラのブリッジだよ!」
「最悪だってば!」
自分の威厳を地に落とす気か、と会長さんが責めたのですけど、ソルジャーの方は何処吹く風で。
「落とさないようにあの服なんだよ、分からないかな? 一見、露出はググンと多め。でも実際は手袋もバッチリ、ブーツだってキッチリ履いています、なソルジャーの衣装!」
「「「そ、ソルジャー?」」」
「そう! マントは身体を隠しちゃうから外しておくしかないかもだけれど、他はしっかり装着状態! だけど見た目は上着だけしか着ていません…って服は無理かな?」
作れないかな、とソルジャーの赤い瞳が「そるじゃぁ・ぶるぅ」をチラチラと。お裁縫も得意な「そるじゃぁ・ぶるぅ」なら縫える可能性は大いにあります。案の定、ソルジャーの意図を理解していない無邪気な子供はニコニコと。
「あのね、ソルジャーの服は色々と特別製だから…。宇宙空間とかも飛べないとダメだし、そういうのはぼくにはちょっと無理かなぁ? でも、普段着なら作れるよ?」
「普段着って普通に着られるんだよね、さっきのスケートの服みたいに?」
「うんっ! 手袋もブーツも見えないヤツを作ればいいの?」
「そう! 上着だけです、っていう服が欲しいな、いつものコレ」
ソルジャーは私服に着替える前に身に着けていた白い上着を空中にパッと取り出しました。
「これ一枚しか着てないように見えるのが理想かな。…それで、作れる?」
「えとえと…。頑張ってみるけど、いつ使うの?」
「出来上がったら即、着て歩く! 早い方がいいなあ、それこそ明日でもいいくらい!」
「んーと…。御飯の用意をしなくていいなら、明日の夜には出来るかな?」
型紙がどうとか、布がどうとか。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はとても真剣で…。
「明日の夜にはなんとかなりそう! …でも、御飯が…」
「そこは出前でいいと思うよ、ぼくの奢りで! ノルディにお小遣いを貰ったトコだし!」
お寿司でもピザでも遠慮なく頼んでくれたまえ、と言われましても。…ソルジャー、本気で「上着しか着ていないっぽい」トンデモな服を作る気ですか…?
お裁縫大好き「そるじゃぁ・ぶるぅ」をガッツリ巻き込み、ソルジャーは妙な衣装を作らせて着る気満々でした。しかもキャプテンの仕事が終わらなかったようで、お泊まりコース。
「…お念仏を忘れましたしね…」
シロエ君の痛恨の言葉にズズーン…と落ち込む私たち。キャプテンの仕事がサクサク進むよう、お念仏を唱えて御祈祷をする予定だったのに…。フィギュアスケートのお蔭ですっかり忘れて、災難までが降って来る始末。よりにもよって「上着だけ」に見えるソルジャーの衣装。
「…どう考えてもヤバイよねえ…。ぶるぅが奥で頑張ってるヤツ」
ジョミー君がぼやけば、キース君も。
「当たり前だろう。上着だけだぞ、他はまるっと肌色なんだぞ!」
「猥褻ですよね…」
シロエ君の台詞をソルジャーが聞き咎め、人差し指をチッチッと。
「猥褻だなんて、とんでもない! ぼくはキチンと服を着てるし、問題なんかは全く無い筈! さっきのスケートだってそうだろ、見えちゃ駄目だから肌色を着てるわけだろう?」
「…そうなんだけどね…」
会長さんが疲れ果てた声で。
「なんでそっちの方へ行くかな、ブリッジの士気が下がるだけだと思うけど? そんな格好でウロつかれたら」
「全体としてはそうなるだろうね。ゼルは血管が切れるかもだし、エラは頭痛で倒れそうだ。だけどブラウは楽しんでくれると思うんだよ、うん」
「その前にキャプテンが卒倒するんじゃないのかい?」
「こっちのハーレイみたいにヘタレてないから、ぼくを抱えてダッシュで逃げると踏んでいる。そしてそのまま青の間のベッドに傾れ込むのさ、勤務中だったことも忘れる勢い!」
「……いいけどね……」
好きにしてくれ、と会長さんは右手をヒラヒラ。
「君とハーレイとの仲はバレてるんだよね、ハーレイが気付いてないだけで?」
「そうだよ、だから上着一枚でウロウロしてたら「誘いに来たな」と思ってくれるさ、好意的に」
「……どうなんだか……」
会長さんが特大の溜息をついて、後は野となれ山となれ。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は徹夜モードで衣装作りに燃えていますし、此処はソルジャーの奢りだという出前を注文しますかねえ?
「俺、ラーメンな!」
「ぼくは特上握りかなあ…」
てんでバラバラな注文ですけど、こんな深夜にラーメンにお寿司。開いてるお店があるのだろうか、と考えていたら「ホテル・アルテメシア!」と会長さん。本来はルームサービス用のメニューを使って家までお届け、それはとっても高そうですねえ?
夜食は出前で朝食も出前、お昼御飯ももちろん出前。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はソルジャーの注文通りの服を縫うべく頑張りまくって、ついに夕方。
「かみお~ん♪ 出来たよ、お洋服!」
飛び跳ねて来た「そるじゃぁ・ぶるぅ」に、ソルジャーは嬉々とした表情で。
「本当かい? 着てみてもいい?」
「うんっ! 試着しないとピッタリかどうか分からないしね、直すんだったら急がないと」
「ありがとう。それじゃ早速…」
いそいそとリビングを出て奥の方へと向かったソルジャー。やがて戻って来た時には…。
「「「………」」」
これは絶対アウトだろう! と全員が思ったに違いありません。教頭先生が何度かやらされた裸エプロンなども真っ青な凄まじさ。ソルジャー服の裸上着だなんて…。
「どうかな、コレ?」
私たちの感想を求めるソルジャー、裸上着で右へ左へ。いえ、本当は裸ではなく、ソルジャーの肌の色にピタリと合わせた布で覆われているわけですが…。
「どうと言われても、最悪としか」
会長さんがバッサリ切り捨てました。
「趣味が悪すぎだよ、何処から見ても立派な裸上着だし!」
「分かってないねえ、そこがいいんだ。それにさ、裸じゃないって直ぐに分かるし! 此処さえ見れば、もう一発で!」
あるべき所にあるものが無い、とソルジャーが指差す大事な部分。ソルジャー服の上着はお尻はすっかり隠れますけど、前の部分は開いたデザイン。つまりは肌色の布が無ければとんでもない場所が丸出しになって…。
「最低限のマナーだよ、それは!」
会長さんが怒鳴り付けました。
「君の世界はどうか知らないけど、ぼくたちの世界で其処が丸見えだったら犯罪だし!」
「露出狂という言葉もあるぞ」
キース君も横から割り込み、露出狂が逮捕される根拠の法律と罰則までもスラスラスラ。
「…というわけでな、あんたは警察に捕まるわけだが…。その部分に布が無ければな」
「ちゃんとあるじゃないか、問題なし!」
そしてシャングリラにその手の規則は無い、とソルジャーは高らかに宣言を。
「シャングリラではある意味、ぼくが法律! ぼくが白いと言った時にはカラスも白い!」
「……もう好きにしたら?」
ご自由にどうぞ、と会長さんが匙を投げ、私たちも全員、見事にお手上げ。ソルジャーは裸上着な衣装の試着を終えると、それを抱えてワクワク帰って行ったのでした…。
世にも恐ろしい裸上着風のソルジャーの衣装。どうなったのかも考えたくはなく、縫い上げた「そるじゃぁ・ぶるぅ」だけが評判を心待ちにする中、月曜日は何事も起こらずに過ぎて、やがて火曜日の放課後になって。
「…何も起こらねえな?」
今日も平常運転だよな、とサム君がホットココアを飲みつつ胡桃ケーキをモグモグと。もしかしたらソルジャーは例の衣装を着ていないのかもしれません。人類軍とやらの攻撃が来たなら裸上着で遊ぶどころか、本物のソルジャーの衣装で最前線で戦闘ですし…。
「ブルーには悪いと思うけれどさ、そっちの方が平和だよねえ…」
会長さんがそう言った途端、部屋の空気がユラリと揺れて。
「戦闘の何処が平和なのさ!」
紫のマントがフワリと翻り、キッチリ着込んだソルジャー登場。…裸上着は?
「ああ、アレね。そもそもブリッジで着ていないから!」
「「「え?」」」
やっぱり非常事態だったか、とSD体制でのソルジャーの苦労を垣間見た気がしたのですけど。
「そうじゃなくって! いきなりアレを着てブリッジに行って、ハーレイが卒倒したらマズイじゃないか。あれでも小鳥の心臓なんだよ、ぼくとの仲に限定だけどさ」
「「「………」」」
あのキャプテンに小鳥の心臓。似合わないこと夥しい、と突っ込みたいですが、ソルジャー限定ならばアリかも。そのキャプテンがどうしたんですって?
「だからさ、ウッカリ卒倒されてしまったら裸上着の魅力も何も…。そう思ったから、青の間で披露することにした。絶対、喜ぶと踏んでいたのに!」
「…ダメだったわけ?」
会長さんの問いに、ソルジャーは「うん」と頷いて。
「一瞬、嬉しかったらしいんだけどねえ、裸上着だと思い込んでさ。…それが仕掛けに気付いた途端に文句たらたら、これはダメだとか燃えないだとか」
「燃えないって…。そりゃまあ、服は着ているわけだしね?」
アレはあくまで視覚のサービス、と会長さんが返したら。
「違うってば、其処じゃないんだよ! ブリッジに着て行こうかと言ったら「恥をかくのはあなたですが?」なんて言い出しちゃってさ、もう本当に燃えないらしい」
「…なんで?」
「ハーレイ、好みは脱がす方だったんだよ! 「何の恥じらいもなく脱がれた所で、私は嬉しくありませんが?」だってさ、喜んだのは一瞬だけで!」
「「「………」」」
知ったことか、と言いたい気分を私たちはグッと飲み込みました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の力作がパアになったらしい事実は分かりましたし、これで少しは反省するかと…。
キャプテンの好みは脱がれる方ならぬ脱がす方。ソルジャーご自慢の裸上着な衣装はお好みではなく、もちろん裸上着でブリッジをウロつかれたとしても燃え上がる筈もないわけで。
「…どうすりゃいいのさ、あのハーレイを!」
「脱がせて貰えば?」
ごくごく普通に、と会長さん。
「でもって二人で楽しむことだね、ぼくたちの世界を巻き込まないで!」
「脱がせるだけって芸が無いじゃないか!」
定番中の定番なんだし、とソルジャー、ブツブツ。
「そりゃあ、強引にレイプ風とか、バリエーションは幾つかあるけどねえ? だけど変わり映えはしないわけだし、こう、斬新な脱がせ方とか!」
「………ハサミ」
会長さんが意味不明な単語を口にしました。
「ハサミ? なんだい、それは」
「こう、縫い目に沿ってチョキチョキと切る! いい感じだと思うけど?」
「「「………」」」
何故に会長さんまでがアヤシイ発言を始めるのでしょう? ソルジャーは身を乗り出して「なかなかいいね」なんて言っていますし、ハサミは魅力的なのかも…。
「ハサミで少しずつ服を切るのか…。素敵だけれども、服が台無しになっちゃうねえ…」
「その辺は君が考えたまえ!」
アイデアは出した、と会長さんはプイとそっぽを。ソルジャーは「ハサミかあ…」とウットリし始めましたし、もうあの二人は放っておくのが良さそうです。
「下手に喋ると墓穴だしな」
キース君が小声でそう言い、私たちは飲み物と胡桃ケーキに専念することに。おかわりもしてのんびりまったり、ワイワイ騒いでいたのですけど。
「えーっと…」
ジュースの瓶って開けられる? と謎の台詞が「そるじゃぁ・ぶるぅ」の口から飛び出しました。
「「「瓶?」」」
「そう! ハサミのお話を考えていたら思い出したの、開けられる?」
「そりゃまあ、普通は誰でも……なあ?」
サム君が答えて、シロエ君も。
「栓抜き無しだとキツイですけど、あったらポンと一発ですよ」
「えとえと…。やっぱり普通は栓抜き、要るよね?」
「要ると思うが?」
キース君の返事に「そるじゃぁ・ぶるぅ」は「そっかぁ…」とニッコリ。
「それじゃハーレイ、凄いんだ! ビールの瓶を口で開けたよ」
「「「えぇっ!?」」」
それはまさかの歯が栓抜きというアレですか? 教頭先生、凄すぎるかも…。
「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭の中で何がズレたか、歯で栓抜き。ビールの瓶を開けられるという教頭先生、流石は柔道十段です。そんな芸を持ってらっしゃったのか、と皆で感動していたら。
「…なになに、こっちのハーレイがどうしたって?」
ソルジャーが首を突っ込んできて。
「えっ…。ビールの瓶を歯で開けるって!?」
信じられない、と目を丸くするソルジャーに、会長さんが。
「それが出来るんだよ、一種の隠し芸かもしれない。学校絡みの宴会なんかでたまに披露するみたいだし…。ぼくはああいう野蛮な芸は」
「凄いじゃないか!」
会長さんの言葉が終わらない内にソルジャーが膝を乗り出して。
「そうか、ビールの瓶を歯でねえ…。その芸、応用出来そうだよ、うん」
「「「応用?」」」
「ハサミなんかよりずっと深いよ、口で脱がせればいいんだってば!」
これは燃える、とソルジャーはグッと拳を握りました。
「いいアイデアをありがとう! 今夜が楽しみ!」
口でじっくり脱がせて貰う、と叫ぶなりパッと消えたソルジャー。私たち、何かやりましたか?
「……口で脱がす、ね……」
上級者向け、と会長さんが深い溜息。
「一応、覚悟はしておきたまえ。無事に済まない可能性が高い」
「「「は?」」」
「ビール瓶だよ。このタイミングで持ち出さないで欲しかったな、と。…あ、ぶるぅは悪くないんだけどね。君たちが暇を持て余してなきゃ言わなかったと思うから」
「そこで俺たちのせいになるのか!?」
どういう理屈だ、というキース君の反論は無視されました。
「とにかく、ブルーがアヤシイ話を持ち込んで来たら自分自身を呪うんだね。…ぼくは君たちを思い切り呪いたい気分になるだろうけど」
「…なんで?」
ビール瓶の何処がマズかったわけ、とジョミー君。それは私も訊きたいですが…。
「分からないかな、ブルーが口だと言ってただろう? 歯で栓を抜くと聞いて閃いたんだよ、脱がすのが趣味なあっちのハーレイに口で脱がせて貰おうと!」
「「「!!!」」」
それはマズイ、とタラリ冷汗。キャプテンが無事にやり遂げたならば御礼と結果報告の猥談もどきで済むのでしょうけど、もしも失敗した時は…?
教頭先生のビール瓶開けの芸が、思わぬことから別の世界へ飛び火した模様。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の口からその芸を聞いた時には「凄い」の一言だったというのに、同じ「凄い」がソルジャーにかかると別方向へと大暴走で。
「……どうなったと思う?」
ジョミー君が小声でコソコソと。あれから日は経ち、今日は金曜日の放課後です。しかも普通の金曜ではなく、十三日の金曜日。キース君によると更に仏滅、あまつさえ三隣亡とかいう大凶としか言いようのない強烈な日で。
「…日が悪いからな…」
嫌な予感しかしないんだが、とキース君。
「しかしだ、今の段階であいつが来ないということは、だ」
「無事に終わるかもしれないですよね、もうすぐ五時半になりますし」
シャングリラ学園、日暮れが早い冬の間は五時半が完全下校の時刻。一部のクラブ活動を除いて生徒は下校と決まっています。ただし特別生は例外、学校の廊下で野宿しようが無問題。でも、私たちに野宿の趣味はありませんから、完全下校のチャイムが鳴ったら大抵、解散しているわけで。
「この調子だと来ないわよね?」
スウェナちゃんがマツカ君に振り、マツカ君も。
「来ないだろうと思いたいです」
「マツカ先輩、そこは強気に行くべきです! 来ないと断言すべきです!」
昔から言霊と言いますし、とシロエ君が強調した時、キンコーン♪ と完全下校のチャイムが。
「「「やった!!」」」
来なかった、と私たちは急いで帰り支度を始めました。キャプテンはきっとソルジャーの注文に見事に応えたのでしょう。そうに違いない、と鞄を確認、さて、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋を後にするべく立ち上がったら。
「間に合ったーっ!」
「「「!!?」」」
ダッシュならぬ空間移動で滑り込んで来たお客様。紫のマントのいわゆるソルジャー。
「ごめん、ごめん! 思い切り手間取っちゃってさ、用意するのに」
「「「…用意?」」」
「ここじゃアレだから、続きはブルーの家でいいかな」
「ちょ、ちょっと、君は何を勝手に!」
一人で決めるな、と会長さんが叫ぶよりも前にパアァッと溢れた青いサイオン。ソルジャー、一人で全員を連れて飛びますか! 誰も行くとは言ってないのに、殺生なーっ!
瞬間移動でフワリ、ドッスン。会長さんの家のリビングに放り出されて、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が明かりをパチンと。部屋は明るくなりましたけれど、私たちの気分は既にドン底。
「…なんでこういうことになるんだ…」
キース君が呻くと、ソルジャーは。
「急いでたんだよ、全員揃っていた方がいいし! ぼく一人では頼みにくいし!」
「「「は?」」」
「こっちのハーレイ! どうしてもお願いしたかったんだよ、例の芸をさ」
「「「芸?」」」
ビール瓶開けのことでしょうか? そんなの、ビール瓶さえ用意して行けばソルジャー単独でも簡単にお願い出来そうですが?
「ビール瓶開けだけならね」
ぼくがお願いしたいのは指導、とソルジャーの答えは斜め上。いったい何の指導を頼むと?
「ぼくのハーレイに芸を仕込んで欲しいんだ。ビール瓶を開ける芸を持った口でさ、如何にしてぼくの服を脱がせるか、そういった点をビシバシと!」
「そ、それは…。それは些か無理があるかと…」
会長さんが必死に言葉を紡ぎました。
「君のハーレイが口で脱がせられなかったということは分かった。だけど、こっちのハーレイにその手の芸当が出来るかどうかはまた別物で!」
「やってみなけりゃ分からないだろう!」
物は試しと昔から言う、とソルジャー、負けずに切り返し。
「もしも上手に出来るようなら、その技を是非、ぼくのハーレイに! ダメで元々、ここは一発、チャレンジだけでも!」
そのための道具を用意していて遅くなった、とソルジャーが指をパチンと鳴らすと。
「「「えぇっ!?」」」
リビングのド真ん中にソルジャーそっくりの人影が二つ。よくよく見れば人形らしくて、それにソルジャーの衣装が着せつけてあって。
「いい感じだろ? 材料はすぐに揃ったんだけど、作るのに手間がかかってねえ…」
「自作したわけ?」
会長さんが訊くと、ソルジャーは「ううん」とアッサリ否定。
「ぼくのシャングリラには色々な技を持ったクルーが揃っているんだよ。空き時間にコッソリ作って貰った。あ、もちろん記憶は消去してきたよ?」
こんなモノを作らせたことがバレたら大惨事だし、と笑うソルジャー。たかが自分にそっくりの人形、作ったとバレたら何故大惨事に?
「え、大惨事になる理由かい?」
ソルジャーは得意げに人形の片方を指先でチョン、と。
「あんっ!」
「「「???」」」
なに、今の声? ソルジャーそっくりの声でしたけど…?
「ちなみに、こっちも」
もう一体の人形をソルジャーがつつくと「あんっ!」と鼻にかかった甘い声。もしや人形が鳴きましたか? そういう仕掛けになってるんですか?
「ご名答! ぼくが感じる部分と同じ所を刺激すると声が出る仕掛け。流石のぼくもそういう部分を大々的に公開する趣味は無いからねえ…。人形を作った記憶ごと消去」
「「「………」」」
恥じらいが無いと評判のソルジャーですけど、少しくらいはあったようです、恥じらい属性。それで、この人形をどうすると?
「こっちのハーレイに一つ、ぼくのハーレイに一つ! ぼくの服を口で脱がせる作業を人形相手に実地で指導で勉強会!」
ゲッと仰け反っても時すでに遅し。ビール瓶を歯で開けられる教頭先生の話を持ち出した時点で墓穴を掘っていたのです。深い墓穴が十三日の金曜日に「さあ入れ」と言ってきただけで、穴はとっくに出来ていたらしく。
「それでね、是非ハーレイの所へ一緒に行って、ご指導ご鞭撻をよろしくと…」
人生終わった。そう思ったのは私だけではないでしょう。下手に触ると「あんっ!」と声を上げる人形相手に、口を使ってソルジャーの衣装を脱がせるための勉強会。その人形の姿形はソルジャーそっくり、つまりは会長さんにも瓜二つで…。
「まさか嫌とは言わないよねえ? 日頃からSD体制の下で苦労しているぼくの頼みを…」
「もう分かった! 分かったから!」
会長さんが頭を抱えて、墓穴が口をパックリと。もう入るしかありません。虎穴に入らずんば虎児を得ず、とは聞きますけれども、お墓は全く要りませんから「入らない」というチョイスは無いんですか、そうですか…。
こうして不幸にも決まってしまった勉強会。まさかそういうモノだとも言えず、ソルジャーの瞬間移動で教頭先生の家へ夕食後に強制連行された私たちは「ビール瓶を歯で開けられる芸」についてだけ教えを請う方向で頼み込みました。
「ビール瓶か…。あれは素人には難しすぎると思うのだが…」
下手をすると歯をやられるぞ、と難しい顔の教頭先生にソルジャーがパチンとウインク。
「その点は心配無用だってば、ぼくのハーレイには念のために歯科検診を受けさせたから! 虫歯も無いし歯茎もしっかり、後は適切な指導さえあれば!」
「…そこまで仰るのでしたら、引き受けさせて頂きますが…。そちらのシャングリラでも宴会芸の出番があるのでしょうか?」
「それはもちろん! 春になったら公園の桜が咲くからね。夜桜を貸し切りで長老たちとの大宴会が待っているんだ、歯でビール瓶を開ければ絶対にウケる!」
真っ赤な嘘が立て板に水。ソルジャーの世界にビールの瓶はあるそうですけど、それを歯で開ける宴会芸などソルジャーはどうでもいいのです。宴会芸よりも服の脱がせ方、そのためにマネキンならぬ特製の人形まで用意していて…。
「練習はブルーの家でやるんだ。もう夕食が済んでいるなら、今すぐにでも!」
「分かりました。片付けも終わりましたし、大丈夫ですが」
「じゃあ、決まり!」
さあ行こう、とソルジャーが声を掛け、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も「かみお~ん♪」と御機嫌で力を合わせて瞬間移動。戻った先のリビングには例の人形が在って。
「な、何なのだ、これは!?」
目を見開いた教頭先生ですけど、ソルジャーは。
「ああ、それ? 実はね、ビール瓶を開けられる口を見込んでお願いがね…。ちょっと待ってよ、ぼくのハーレイも直ぐに呼ぶから」
次の瞬間、キャプテンの制服を纏った教頭先生のそっくりさんがリビングに。
「こんばんは、ご無沙汰しております。本日は御指導を頂けるそうで…」
「いえいえ、お役に立てますかどうか」
「私よりは上でいらっしゃるかと…。なにしろ私はファスナーすらも全く下ろせない有様ですし」
「……ファスナー?」
首を捻った教頭先生に、キャプテンは「これですよ、これ」と人形の襟元を指差しました。
「まずはコレだと思うのですが…。其処まで行きつく以前にですね、マントの留金が全く外れないんです。歯が立たないとでも申しましょうか…」
「…は、歯……」
教頭先生、唖然呆然。ビール瓶の栓を開けるどころか、ソルジャー服の留金を歯で。しかも人形は下手に触ると鳴くんですけど、どうなさいます…?
それから後に起こった惨事は予想どおりのものでした。教頭先生には退路など無く、前進あるのみ。先達の技を習おうと待ち構えているキャプテンがいる以上、まずは留金外しからで。
「…マントの理屈は分かっておいでかと思うのですが…」
「はいっ!」
「此処ですね、此処の襟の所からこう…。ビールの栓を抜く要領でグッと!」
日頃の妄想人生はダテではなかったらしくて、教頭先生は留金をパチンと口で。しかしキャプテンは上手くいかなくて、もたついた末に。
「…すみません、もう一度お願い出来ますでしょうか?」
「いいですが…」
留金外しをもう一度実演するとなったら、外したものを戻さなければいけません。教頭先生が留金をはめるべく人形の襟元を掴んだ拍子に。
「あんっ!」
「は?」
「あ、その人形!」
ソルジャーが声を上げました。
「ぼくのイイ所に当たると鳴く仕掛けなんだ、ちょっといいだろ?」
「…い、いい所……」
「そう! ブルーと同じかどうかは分からないけれど、気分が出るように細工をね。…ハーレイ、実演してあげてくれる?」
名指しされたハーレイはもちろんキャプテン。心得たとばかりにスッと手を上げ。
「ブルーが特に弱い所となりますと…。この辺りかと」
「あんっ!」
「当たりでしたね、他には此処とか、この辺りもですね」
「あんっ! あんっ!」
教頭先生、ツツーッと鼻血。けれどキャプテンの指導を引き受けたからには逃亡不可能。やむなく人形にマントを着せ直し、口でパチンと留金を。
「…い、如何でしょうか?」
「は、はあ…。私にはどうも今一つ…」
ですが、とキャプテンは留金外しに四苦八苦しながら続けました。
「人形を脱がし終えるまで修行しろ、とブルーに言われておりまして…。この先もよろしくお願いします」
「こ、この先…?」
「はい! 上着もアンダーも、その下もです!」
「…そ、その下……」
ツツツツツーッと伝った真っ赤な鼻血。ドッターン! と仰向けに倒れて意識を失くした教頭先生はお約束というヤツでしょう。
「うーん…。師匠なしでの修行になっちゃったか…」
でも人形は二つあるしね? と、ソルジャー、ニヤリ。
「二つとも脱がし終える頃には腕もググンと上がっているさ。留金外しの要領は二度も見せてくれたし、その応用で頑張って!」
「は、はいっ!」
「いやもう、この人形は本当によく出来ているから…。頑張れば下着を脱がす頃には」
「その先、禁止!!」
さっさと帰れ、と会長さんの怒りが爆発。ソルジャーは人形を二つとキャプテンを連れてそそくさと逃げ去り、床に倒れた教頭先生だけが残されました。でも…。
「あの人形、まだ何か仕掛けがあるわけ?」
ジョミー君が尋ね、キース君が。
「俺が知るか!」
「ああ、あれねえ…」
本当に実に仕掛けが猥褻、と会長さんが超特大の溜息を。
「あえて何処とは言わないけれどね、変化するらしいよ、形と体積」
「「「は?」」」
「分からないくらいが丁度いい。ぼくも人形にモザイクをかけずに済んだし、ホッと一息」
うーん、と伸びをする会長さん。人形相手にモザイクだなんて、何なのでしょう? 形と体積が変化でモザイク、ついでに仕掛けがとても猥褻。
「…何だろうねえ?」
「さあな?」
とにかく二度目が無いことを祈る、というキース君の意見に誰もが賛成。今度こそしっかり御祈祷すべし、とお念仏を唱え、会長さんが祈願の一言。
「ブルー退散!!!」
伝説の高僧、銀青様の有難い御祈祷でソルジャーを封じられますように。猥褻な仕掛けの人形とやらが二度とこっちに出て来ませんよう、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…。
脱いだら最高・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
教頭先生が「歯でビール瓶を開けられる」ばかりに、エライことになってしまうお話。
ああいう人形でなかったんなら、きっと上手に脱がせられたかと思いますです。
2016年最後の更新がコレって、なんともはや。ちなみに「ユーリ」は観てません。
来年も懲りずに続けますので、どうぞよろしく。それでは皆様、良いお年を。
次回は 「第3月曜」 1月16日の更新となります、よろしくです~!
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こちらでの場外編、12月は、除夜の鐘で流れる煩悩を巡ってエライことに…。
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