シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
(ほほう…)
こいつは全く知らなかった、とハーレイは鳶色の目を丸くした。
風呂に入って眠る前のひと時、日記を書いたり読書をしたりと書斎で過ごすのが常だけれども。其処に置かれた、調べ物に、日々の仕事にと愛用している端末の前。
シャングリラ・リング。
画面に表示された文字のその部分だけが眩い輝きを放って見えた。
シャングリラだと、懐かしい白い鯨だと。
ブルーが守った白い船。ハーレイが舵を握っていた船。
あのシャングリラはどうなったのか、と折に触れては調べていた。時の流れが連れ去って行ったシャングリラはもう何処にも無い。映像や写真といったデータだけしか残ってはいない。
なにしろ、相手は宇宙船だから。
宇宙遺産になってしまった木彫りのウサギならぬナキネズミくらいの大きさであれば、博物館や専用の施設などで保存も出来たのだろうが、白いシャングリラは大きすぎた。
人類軍の旗艦ゼウスの何倍もあったシャングリラ。
大勢のミュウが自給自足で生きていくための楽園としては必要だった巨大な船だけれども、船を降りて自由に暮らせる時代にそれは全く必要無かった。残りたい者だけが船に残った。
三代目にして最後のソルジャー、トォニィを乗せて広い宇宙を旅して回って、トォニィの判断でシャングリラの解体が決まったという。もう要らないと、次の世代には残すまいと。
常に大勢が乗っていたなら、暮らしていたなら簡単だった維持管理。それらは希望者が見学するだけの宇宙船となったシャングリラにとっては大きな負担で、とても続けてはゆけないと。
そうしてシャングリラは消えて行った。
最後にトォニィの手から「ありがとう」と労いの酒をその身に注がれ、時の彼方に。
解体されたシャングリラの船体はモニュメントなどになっていたのだけれど。
記念墓地の施設に使われていたり、他にも色々。
ミュウの歴史の始まりとなった宇宙船だけに、その使い道はいくらでもあった。引き取りたいと申し出る星も多くて、それこそ宇宙の至る所に散って行ったと言ってもいい。
しかし…。
(こういうのが存在したとはなあ…)
シャングリラの姿が無くなった時に、その船体が失われた時に取っておかれた一部分。
白い鯨を構成していた金属の一部。
(シャングリラ・リングか…)
白い鯨を形作っていた金属が溶かされ、記念硬貨やグッズになったということは知っていた。
それから長い長い時が流れ去った今、博物館や愛好家の手元に残された品々は高価。青い地球が蘇るほどの時を経て来た骨董品。とてもではないが、一介の教師では手が出ない。
(だが、こいつは…)
もしかしたら、と端末に表示された文字を覗き込む。
今もまだ在るという、その金属。シャングリラを構成していた金属。
キャプテンだった頃の記憶にある名前。
白い鯨に改造する前に採掘して回り、改造した後も補修などの度に探した金属。その金属を示す名前が其処に出ていた。間違いなくあのシャングリラのものだと断言出来る配合比率。これと同じものをわざわざ作りはしないだろう。
(あんな特殊な宇宙船はもう要らないしな?)
サイオン・シールドにステルス・デバイス。
それらを効率よく施すためにと選んだ合金は平和な今の時代には不要。船の強度を追求するなら割合を変えた方がいい。あの比率で作るよりも良いものが出来ると少し詳しい者ならば分かる。
(ということは…)
シャングリラの船体を解体した後、溶解した金属で記念硬貨やグッズを作って、その他に。
(未来へのタイム・カプセルか…!)
メッセージは入っていないけれども、時を越えて来たタイム・カプセル。
白い鯨が在った記念に、今もなお作り続けられているというシャングリラ・リング。
そのために残されたシャングリラの一部。記憶に残る数値で配合された金属。
(ふうむ…)
まだまだ在庫はあるらしい。
手に入れた人は大切に次の代へと受け継いでゆくから、それはその家に。
親から子へと、子から孫へと継がれ継がれて、気の遠くなるような時を旅して今に伝わる品々もあるに違いない。シャングリラの名残だと、あの船なのだと語り継がれて。
そして毎年、作られる数が決まっているから…。
(俺たちの寿命がある間には尽きてしまいそうもないな)
どれほどの量で始めたのかのデータもあった。一番最初に取っておかれた金属の量。
今まで尽きずに作り続けられて来たことを思えば、残りの量も充分にある。
今のハーレイとブルーの寿命がいくら長くても、その間に尽きはしないだろう。
(抽選か…)
欲しければ申し込むしかない。
全宇宙規模での、希望者を対象にした抽選とやらで当てる以外に方法は無い。
たとえ手に入れても血縁者にしか譲渡できない、売ることは出来ない品物だから。
骨董品屋に在りはしないし、転売されることも有り得ない。
(俺の家には無いってことは、だ…)
どうやら当てるしか道は無いらしい。
ブルーの家にそれが無いのなら。
代々伝わって来たそれが無いなら、当てない限りはシャングリラ・リングは手に入らない。
白い鯨の名残を今も残した、あの懐かしい比率の合金は。
その情報に巡り会った週末、ブルーの家を訪ねて行って。
いつものテーブルで向かい合わせに座ってブルーにそれを問い掛けてみたら。
「シャングリラ・リング?」
キョトンとしている赤い瞳の小さな恋人。ハーレイは「ああ」と頷き、重ねて尋ねた。
「お前の家には無いのか、そいつは。…シャングリラ・リング」
「それって、何なの?」
何のことなの、シャングリラ・リングって。
「シャングリラの名残だ。今も在るんだ」
ゆかりの品って所だな。運が良ければ家に代々伝わっていたりもするんだが…。
「そんなのがあったら聞いていると思うよ、パパとママから」
だって、ぼくはソルジャー・ブルーだもの。
パパとママの子だけどソルジャー・ブルーだ、ってパパとママはちゃんと知っているもの。
シャングリラに纏わる何かがあるなら、きっとぼくにも教えてくれるよ。
「それもそうか…。いくら指輪でも話すだろうな」
「指輪!?」
なにそれ、とブルーの声が引っくり返った。
シャングリラ・リングとは指輪なのかと、指に嵌める指輪のことなのかと。
「指輪なんだが…。それがどうかしたか?」
そんな大きな声を出すほど問題があるのか、指輪だったら?
「指輪って…。シャングリラの名残って、もしかして、あの石が嵌っていたりする?」
前のぼくたちの服に付いてた赤い石。
あれが付いているの、前のぼくの目、まだあったりする!?
慌てふためくブルーの瞳。澄んだ二つの赤い宝石。
遠い昔に、その瞳の色をそっくりそのまま写し取った石が存在していた。
シャングリラの中で合成されていた石。白い鯨が出来る前から、制服が出来た時代から。
誰の制服にも付いていた石、赤い色をしたミュウのシンボル。
それは本来、お守りだった。ヒルマンが見付けた遥かな昔の地球に在ったお守り、メデューサの目と呼ばれた青い目玉の形の魔除け。それに倣って魔除けにしようと、ブルーの瞳の赤い色。
ソルジャー・ブルーだった頃のブルーにとっては、そのお守りの由来は恥ずかしいもので。
赤い石の由来を思い出す度にいたたまれない気持ちになったものだから、新しく船に来る者には言うなと緘口令を敷いてしまった。ただの赤い石だと言っておけ、と。
ブルー自身もジョミーにすら伝えず、赤い石の由来は永遠の謎になったのだけれど。
その赤い石が今もあるのかと、シャングリラ・リングに嵌っているのかとブルーは慌てた。
誰も由来を知らないにしても、それは恥ずかしすぎるから。
前の自分の瞳から来た石が今も在るなら、指輪になって存在しているのなら。
「安心しろ、あれとは無関係だ」
お前の瞳の石じゃないさ、とハーレイはブルーを安心させてやった。
あの石ではないと、シャングリラ・リングに赤い色の石は嵌っていないと。
「じゃあ…。なんでシャングリラ・リングって名前なの、その指輪?」
それにシャングリラの名残って、なに…?
「シャングリラそのものだ、船の名残だ」
いいか、シャングリラが解体された時にだな…。
シャングリラの行方を探していた、と小さな恋人に話して聞かせた。
白い鯨が、懐かしい船がどうなったのかを。
トォニィがシャングリラの解体を決断した後、あの船は何処へ行ったのかを。
「引く手あまたの船だからなあ、そりゃもう、あちこちに散って行ったさ」
記念墓地だの何だのでモニュメントになったり、施設を造るのに使われたり。
個人向けだと記念硬貨やグッズだな。ずいぶん沢山作ったらしいが、今じゃ立派な骨董品だ。
「モニュメントとかは知ってたけど…。記念硬貨やグッズもあったの?」
骨董品だときっと高いね、売られているなんて聞いたことがないもの。
「持ってるヤツらは手放さないさ。たまにオークションとかで出るらしいがな」
もちろん俺なんかにはとても買えない値段で、手も足も出ないというヤツだ。
見るだけだったら博物館には置いてある筈だが…。常設展示かどうかは知らんが。
「それ、見てみたいな」
シャングリラが別物に変身しちゃった記念硬貨とか、グッズとか。
あの船から出来たものがあるなら、いつかハーレイと見に行きたいな…。
常設展示じゃなかったとしても、宇宙遺産のウサギよりは多分、見やすいだろうし。
何年か待てば出て来るだろうし、それも二人で見に出掛けようよ。
シャングリラを今でも見られるんなら、欠片だけでも見に行けるんなら…。
「それもいいが、だ」
見に出掛けるより、手に入れないか?
俺たちのためだけのシャングリラの欠片。
「それって、買えるの!?」
ハーレイ、高いって言わなかった?
手も足も出ない値段でとても買えないって言っていたのに、どうやって…?
「さっき言った指輪だ、シャングリラ・リングだ」
シャングリラの船体の残りから指輪を作ると言ったろ、金属だけで出来たシンプルなヤツを。
赤い石なんかはついていなくて、ただの指輪だと。
「高そうだよ?」
今も残っているシャングリラの金属から作る指輪だなんて。
記念硬貨やグッズが凄い値段だったら、その指輪だってうんと高いと思うんだけど…。
「いや、シャングリラ・リングっていうヤツは実費だ」
「実費?」
なんなの、それ?
「そのまんまの意味さ、かかる費用だ」
加工代だけ払ってくれればいいんです、ということらしいぞ。
指輪を作るための加工代のみ。
それだけを払えば手に入るというシャングリラ・リング。
シャングリラの船体の一部だった金属を使って今も作られ続ける指輪。
小さなブルーは「加工代だけ…」と呟いてから、赤い瞳を真ん丸にして。
「えーっと…。それ、指輪よりも安くない?」
お店で売ってる、普通の指輪。金とか銀とか、加工代だけじゃないよね、きっと。
そんな指輪よりも安いんじゃないの、シャングリラ・リング。
「安いとも。加工代しか要らないんだからな」
「なのにシャングリラで出来てるの?」
ホントに本物?
元はシャングリラだった金属から作った本物なの?
「本物らしいぞ、俺はデータを確認したしな」
シャングリラ・リングを作り出すための金属の配合比率ってヤツを。
あれはシャングリラでしか有り得ない。
正真正銘、本物のシャングリラの一部だ、あれは。シャングリラ・リングの元になるのは。
ミュウの歴史の始まりの船。
最後のソルジャー、トォニィが解体を決断した船。
白い鯨が、シャングリラが存在していたことを後世の人々に伝えてゆこうと残された一部。
モニュメントや施設や、記念硬貨やグッズを作るのとは別に取っておかれた金属の塊。
シャングリラの船体を溶かして作った金属の塊、其処から作られるシャングリラ・リング。
地球が蘇るほどの長い歳月、毎年、毎年、決められた数の指輪を作り続けて、これから先も。
その塊が残っている間は毎年作られ、遥かな先の遠い未来へまでも。
シャングリラという船があったと、其処から全てが始まったのだと語り継ぐための小さな指輪。
メッセージは刻まれていないけれども、小さな小さなタイム・カプセル。
此処にシャングリラが、白い鯨が入っていると。
シャングリラの一部で作られたのだと、始まりの船で出来た指輪なのだと。
ハーレイが見付けたシャングリラ・リング。
前の自分が、キャプテン・ハーレイが舵を握っていた船から作られる指輪。
そのシャングリラは前のブルーが守っていたから、小さなブルーに訊いてみる。
「なんてことはない、ただのシンプルな結婚指輪らしいんだが…」
欲しくないか?
シャングリラ・リング。あのシャングリラから出来た結婚指輪。
「欲しい!」
でも、どうやったら手に入るの?
シャングリラの指輪は欲しいけれども、実費だけだなんて何処で買えるの?
「買うんじゃないんだ、俺たちに出来るのは申し込みをすることだけなんだ」
申し込みをした人の中から抽選で当たれば、シャングリラ・リングが貰えるのさ。
指輪のサイズと、入れたいイニシャルやメッセージ。
そういったことを向こうに知らせて、それに必要な実費を教えて貰って支払いをして…。
指輪が出来たら、手元に届くっていう仕組みだな。
ただし、そいつを売ることは出来ん。売ってはいけないというのが決まりだ。
次の代に譲って大切に継ぐか、継ぐ者が無いなら元の塊が在った場所に戻すか。
それがシャングリラ・リングを持つための決まりで、抽選以外の方法で手に入れるには「継ぐ」しかないのさ、それを持っている人からな。
だからお前に訊いてみたんだ、お前の家にはシャングリラ・リングは無いのかと。
残念なことに俺の家には無いからなあ…。
親父とおふくろは持っていないし、祖父さんたちが持っているなら一度くらいは話題になってる筈だからな。なんと言ってもあのシャングリラだ、あるなら家宝だ。
「そっか、抽選で当てる以外に無いんだ…」
ぼくの家にもハーレイの家にも伝わってないなら、抽選なんだね。
シャングリラ・リングが欲しいんだったら、それしか無いって厳しいんだね…。
「だからこそだろ、記念硬貨やグッズと違って今でも実費で手に入るのは」
俺みたいな普通の教師なんかでも買える値段でシャングリラの名残を手に入れられる。
こいつは実に凄いことだぞ、何年経ったか考えてみろ。
シャングリラって船が消えちまってから何年経ったと思っているんだ、記念硬貨とかは骨董品になっているんだぞ?
それなのに加工代だけで同じシャングリラから出来た指輪が手に入る。シャングリラ・リングを思い付いてくれた人に感謝せんとな、誰にでもチャンスがあるんだからな。
「…そうかも…」
骨董品を買わなきゃシャングリラの欠片が手に入らないなら、ぼくたち、絶対、無理だものね。
博物館の展示ケースの中を眺めて「シャングリラなんだ」って思うしかなくて、触ることなんか出来なくて…。
だけどシャングリラ・リングだったら、当てさえすれば指輪よりも安い値段で貰えるんだし…。
もしも貰えたら、シャングリラの欠片がぼくたちの所に来るんだものね。
それでどうやったら申し込めるの、とブルーが訊くから。
今すぐにでも申し込みをしそうな勢いで訊くから、ハーレイは「まだだぞ」と釘を刺した。
「チビのお前にはまだ早い。そもそも資格自体が無いな」
「なんで?」
「結婚指輪だと言っただろう。二人一組で申し込むもので、お前の年が足りなさすぎる」
十八歳で結婚するとしてもだ、十七歳にはなっていないと抽選以前に外されちまうな。
結婚を考えているカップルだったら申し込めるが、流石に年齢不足はなあ…。
「そうなってるの?」
じゃあ仕方ないね、まだ暫くは駄目なんだ…。
「うむ。抽選は年に一回らしいぞ、全宇宙規模でも年に一回きりってことだ」
「一回きりだと、早めに申し込んでおかないと貰えないよ?」
当たるかも、って待ってる間に結婚式の日が来てしまったら…。
指輪の交換が出来なくなっちゃう、結婚指輪が無いんだもの。結婚指輪は別に作って、当たるかどうかを待つっていうのは変だよね…?
「いや? そう簡単には当たらんからなあ、結婚式が近い場合は指輪は用意しておけ、だとさ」
シャングリラ・リングは実費なんだし、大した費用じゃないからな。
用意しておいた結婚指輪と重なっちまったら、一緒につければいいそうだ。
「重なりました」と伝えさえすれば、一緒につけても似合うデザインにしてくれる。そのための費用は向こうの負担で、余分な費用はかからないんだ。
「だったら安心して申し込めるね、重なっちゃっても大丈夫なら」
結婚式の日に結婚指輪がありません、って慌てる心配も無いみたいだし…。
シャングリラ・リング、抽選でもいいから欲しいよ、ぼくも。
もしも当たったら、シャングリラの欠片で作った結婚指輪を貰えるんだもの。
「よし。それなら二人で申し込んでみるか、いつか結婚する時に」
シャングリラ・リングが欲しいんです、って俺とお前の名前を並べて。
「うんっ!」
抽選、当たるといいんだけどな…。シャングリラの欠片の指輪、欲しいな…。
「忘れちまった頃に当選するかもしれんぞ、忘れて指輪を買っちまった後で」
どうせ当たりやしないんだしな、と結婚指輪を選んで、買って。
下手をすると結婚式をとっくに挙げちまった後で当選通知が来るかもなあ…。
そういうケースも無いとは言えんぞ、抽選の日よりも結婚式にピッタリの日の方が優先だろう?
「そうだね…。抽選を待つより結婚式だね」
絶対この日、って思う日があったら外せないものね。
結婚しちゃって、ハーレイと一緒に暮らしている家に「当たりました」って通知もいいかも…。
そんなサプライズも嬉しい気がするし、そうなったらとっても素敵だけれど…。
だけど最初から結婚指輪はシャングリラ・リングで用意してます、っていうのもいいし…。
ねえ、ハーレイはどっちがいい?
結婚してから当選するのと、シャングリラ・リングで結婚式を挙げるのと。
「こらこら、そこまで先走っちまってどうするつもりだ」
当たるとは限らないんだぞ?
むしろ外れる方が可能性としては高いんだからな、そうそう大きな夢を見るなよ…?
ブルーがすっかり当てるつもりで夢を膨らませるのは可愛いけれど。
可愛いけれども、外れた時にガッカリさせても可哀相だから、ハーレイは注意しておいた。
そう簡単に当たりはしないと、全宇宙規模での抽選だから、と。
「いいな、当たる確率は限りなく低い。其処の所を忘れるなよ?」
「分かってるけど…。当てる秘訣って何かあるの?」
抽選が当たりやすくなるおまじないとか、そういう何か。
ハーレイ、そういったものには詳しいんだもの、何か方法とか秘訣を知らない?
「忘れることだ、とよく言うな」
欲を張らずに忘れちまうような人には当たる、と昔は言われていたらしい。SD体制よりも前の話だな、忘れておくのが一番らしいぞ。
「そうなの? だったら結婚する時に外れちゃったら、次の年から駄目で元々で申し込もうよ」
結婚してるんだから幸せできっと忘れてしまうし、当たりそうだよ。
申し込んだことも忘れて過ごしていたなら、その内に、きっと。
「思い付きとしては悪くないんだが…。残念ながら、チャンスは一度きりってな」
シャングリラ・リングは特別だからな、一生に一度しか申し込めない。
一度外れたら二度目は無いのさ、カップルの相手が変われば別だが。
「それって、究極の運試し?」
ぼくとハーレイの名前で申し込めるの、一回だけ…?
「そうなるな」
一回きりだな、其処で外れりゃおしまいだ。
だが挑戦するだけの価値はあるだろ、なんと言ってもあのシャングリラの指輪だからな。
前の俺たちの船で出来た指輪だ、とハーレイは笑みを深くした。
お前が守った白い鯨だと、俺が動かしたシャングリラだと。
「そのシャングリラの欠片を貰えるチャンスだ、挑戦しないって手は無いだろう?」
当たればあの船が手元に来るんだ、結婚指輪に姿を変えてな。
前の俺たちには想像も出来なかった凄い話だ、シャングリラから作った結婚指輪なんだぞ?
結婚なんか出来やしないと諦めてたのに、シャングリラを結婚指輪に出来るとはなあ…。
「うん…。ホントに夢みたいな話だけれど…」
シャングリラ・リング、欲しいけれども、抽選だよね?
そういう指輪が存在すること、大抵の人は知ってるのかな?
結婚する人でシャングリラが好きだと、申し込むのが常識みたいになってるのかな…?
「さてなあ…。少なくとも俺は初耳だったが?」
多分、誰もが申し込むほど知られちゃいないさ、それなら俺も何処かで聞いてる筈だ。
ダテにお前より年は取ってないし、友達や知り合いの結婚式にも何度も出席してるってな。
しかしだ、シャングリラ・リングの噂は一度も耳にしちゃいない。この地域じゃ知られていないらしいな、他の地域や星に行ったら常識なのかもしれないが…。
とはいえ、全宇宙規模で凄い人数での抽選だとしても、挑んでこそだろ?
「外れたらうんとお笑いだけどね」
ぼくとハーレイで申し込みをして、外れちゃったら。だって、相手はシャングリラだよ?
「まったくだ。他のカップルはともかく、俺たちだけにな」
ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイが申し込みをして外れました、だとお笑い種だ。
せっせと守って動かしてやった船に全く相手にされないんじゃな。
恩知らずな船もあったもんだ、と一生文句を言ってやるしかなさそうだなあ…。
「シャングリラ…。ぼくたちのことを覚えていてくれるといいんだけれど…」
抽選の時にちゃんと気付いて選んでくれるといいんだけれど。
ぼくとハーレイが申し込んだこと。今度は結婚するんだってこと…。
「そうだな、気付いてくれるといいな…」
誰が知らなくても、あの船だけは俺とお前が恋人同士だったことを知ってくれてた筈だからな。
俺とお前の名前で気付いてくれるといいなあ、あの二人だと。
「うん。…そうだ、ハーレイ、シャングリラ・リングの話を忘れないでよ?」
そういう指輪を見付けたってことと、結婚する時には申し込むこと。
ぼくは忘れてしまいそうだから。
悔しいけれども、チビだからかな、一晩寝たら忘れちゃうことが沢山あるんだ。
パパとママとは「子供はそれでいいんだ」って言うけど、シャングリラ・リングも忘れそう…。
「そうだろうなあ、確かに子供はそうしたもんだな」
コロッと忘れて、また別のことに夢中になって。それが子供の特権ってヤツだ。
だが、安心しろ。これだけのネタは俺の方はそうそう忘れんさ。日記にも書くか、少しだけな。
「ホント!?」
「ああ、絶対に忘れないようにな」
シャングリラ・リングだとか、申し込みだとか、そんな風には書かないだろうが…。
俺にだけ分かるヒントってヤツを何処かに書いておくかな、結婚が決まったら忘れずに、と。
忘れないよう、シャングリラ・リングを二人で申し込むように、とな。
「ありがとう! ハーレイ、ホントに忘れないでね!」
ぼくと二人でシャングリラ・リング。
申し込もうね、結婚するってことが決まったら、シャングリラの欠片で出来た指輪を…。
約束だよ、と顔を輝かせる小さなブルーには「日記に書く」と言ったけれども。
ハーレイは机の引き出しに入れた写真集の中にメモを一枚、忍ばせておくか、と考える。
前のブルーが表紙を飾っている『追憶』。
正面を向いた、一番有名なソルジャー・ブルーが表紙になった写真集。
強い眼差しの底に深い悲しみと憂いとを秘めたソルジャー・ブルー。
その彼が寂しがらないように、と自分の日記を上掛けのように被せてやっているけれど。
いつも気にかかっている写真集だから、その中にメモ。
彼と二人で暮らした船から作った結婚指輪を申し込むのだ、と記したメモ。
悲しげな瞳のソルジャー・ブルー。
そんな瞳をしていた愛おしい人を、幸せ一杯の花嫁として迎える時に備えてその指輪を、と…。
未来への指輪・了
※結婚指輪に姿を変えたシャングリラ。抽選に当たらないと貰えないのが問題ですけど。
前のハーレイとブルーが暮らした白い船。指輪の形で手に入れられたら嬉しいですよね。
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