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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

ストール

(…あれ?)
 あのストール、ってママの手元に目がいった。
 午後から急に冷えて来たから、ママが急いで出して来た箱。ストールを何枚も仕舞ってある箱。
 リビングで開けて、どれにしようか選んでるみたい。あれこれと出して、広げてみて。
 明日はお出掛けなんだって。
 ぼくが学校から帰るまでには戻ってるから、って言ってたけれど。
 コートを着るには少し早いし、ストールなのかな?
 ふわりと一枚、羽織っておいたらかなり違うと思うんだ。
 コートと違って畳める所も便利そう。その辺が多分、選ばれた理由。
 ママがストールの箱を持ち出して、色々広げている理由。



 ちょっと冷える中、学校から家に帰って来たぼく。
 ママはおやつを用意してくれて、ホットミルクも作ってくれた。シナモンミルクのマヌカ多め。ハーレイに教わったセキ・レイ・シロエの好みだったミルク。
 それからママは「ちょっとお出掛けの用意をするから」ってダイニングから出て行った。服でも選びに行くのかな、って見送ったけれど、ストールだった。リビングに置かれたストールの箱。
 おやつを食べ終わったから、食器をキッチンに返して、御馳走様って言いに行ったんだけど。
 リビングを覗いてみたんだけれど。



(あれって…)
 ママが広げてみているストール。
 花びらみたいに優しい青から淡い水色までを染め上げた、グラデーションになったストール。
 なんて言ったかな、普通のストールよりも上等な素材で織られたストール、ママのお気に入り。
 「軽いのにとっても暖かいのよ」って何度も聞いた。
 小さい頃からママが持ってて、触らせて貰ったら柔らかくって。
(なんだか懐かしい…)
 胸の奥からこみ上げて来た、懐かしさ。
 ママが羽織っていた姿だけじゃなくて、もっと親しみを感じる何か。
(ぼく、借りてた…?)
 覚えてないけど、ぼくもあのストール、使ってた?
 なんだかそういう気持ちがするんだ、ぼくにとってもお馴染みだよ、って。
(なんで…?)
 どうしてなのかが分からないから、よく見よう、ってリビングに入って行った。
 青いストール、小さな頃から見ていただけの筈なのに。
 借りたことなんか無い筈なのに…。



「ママ、それ、なあに?」
「えっ?」
 ストールを持ったままで顔を上げたママ。
 青いグラデーションのストール。軽くて柔らかい、大判のストール。
「そのストール、なあに?」
 ママのお気に入りのストールってことは知っているけど…。上等なのも知っているけど。
 懐かしい気持ちがするんだよ。そのストール、ぼくも使ったりした?
 ぼくは借りたの、って訊いてみた。
 大きなサイズのストールだから、小さかった頃に羽織れば明らかに床に引き摺るだろうに。
 上等なんだし、オモチャにしたなら「ダメよ」って叱られてしまうだろうに。
 それでも懐かしくてたまらないから、このストールにはきっと何かがある。
 ぼくの心を捕まえて離さない、思い出か何か。
 ママに叱られたオマケつきでも、胸が躍るような素敵な記憶。



「ぼく、それでソルジャー・ブルーごっこでもしてた?」
 マントのつもりで着ちゃってた?
 床に引き摺ってしまいそうだけど、ソルジャー・ブルーのマントもそうだし…。
 紫じゃないけど、そのストールを借りてやったの、ソルジャー・ブルーのマントの真似。
「していないわよ?」
 そもそもやっていないじゃない、って言われちゃった。
 「ブルーはソルジャー・ブルーごっこなんかはしていないでしょ」って。
 子供に人気のソルジャー・ブルーごっこ。
 大英雄のソルジャー・ブルーになったつもりで遊ぶんだ。もちろんマントは欠かせない。まずはマントで、家の中ならシーツだったり、毛布だったり。
(男の子なら大抵、やるんだけれど…)
 ぼくはソルジャー・ブルーごっこをしたことがない。ただの一度も。
 見た目だけなら、ソルジャー・ブルーにそっくりだけれど。
 ソルジャー・ブルーごっこで木から飛び降りて、怪我をしちゃった友達だったらいるけれど。



「でも、そのストール…」
 ホントのホントに懐かしいんだよ、貸して貰ったと思うんだけど…。
「覚えてるの?」
「えっ?」
 今度はぼくが驚く番。
 全然覚えていないけれども、「覚えてるの?」って訊かれたってことは借りたんだ。
 だけど記憶が全く無い。
 借りて幸せ一杯だったら、きっと記憶に残っている筈。それなのに無いということは…。
(忘れたい気持ちとセットなんだよ、うんと叱られちゃったとか…)
 記憶ごと消してしまいたい、って思うような悲惨な出来事とセットの思い出、ストールの記憶。
 ぼくは綺麗に忘れてしまって、懐かしさだけしか残ってないけど。
 黙って持ち出して汚したりした…?
 御機嫌で羽織って絵でも描いてて、インクの染みがついちゃったとか…?
「ごめんなさい、ママ…!」
 ぼくは慌てて謝った。
 忘れちゃっててごめんなさい、って。ストールに悪戯したんだよね、って。
「違うわよ。悪戯なんかをしてはいないわ」
 これはブルーの、ってママは優しく微笑んでくれた。
 ぼくの最初のストールなんだ、って。



「最初…?」
「そうよ」
 一番最初、ってママはストールを広げてくれた。
 青いグラデーションの大きなストール、柔らかくて暖かくて軽いストール。
「ママがブルーに着せてあげたの、今よりもずうっと小さな頃に」
 このくらいね、ってママが示した大きさ。
 うんと小さな身体のぼく。チビどころじゃなくて、赤ちゃんのぼく。
 三月の一番最後の日に生まれて、暫くの間は病院に居て。
 暖かくなる季節に向かって、お日様がポカポカ射している中で家へと向かう筈だった。退院してママの腕に抱かれて。
 それなのに、退院するっていう日。
 季節外れの寒波が来ちゃって、桜も咲いているのに白い雪が舞った。
 病院の中は暖かいけれど、パパの車も暖房が効いているけれど。車に乗る時と、家に着いて入るまでの間はそうはいかない。肌を刺す冷たい空気が待ってる。
「サイオン・シールドで包んでも良かったんだけど…」
 それだとブルーに分からないでしょ、外の空気が。
 せっかく初めて外に出るのに、シールドの中だとつまらないでしょ?
 だから、ってママは青いストールを両手に掛けて笑顔で言った。
 ぼくに着せたと、赤ちゃんだったぼくにこのストールを着せたのだと。
 ストールは入院する時に持っては行かなかったから。
 パパは仕舞ってある場所が分からないから、思念で伝えて病院まで持って来て貰って。
 「これにくるまれてブルーは退院したの」って教えて貰った。
 ママに抱っこされて、パパの車で。
 季節外れの雪が舞う日に、生まれて初めてのドライブをして。



(あのストール…)
 部屋に帰って、勉強机の前に座って考えた。
 なんだか大切そうな気がするストール。
 懐かしい、って思う気持ちに加えて、大事なものだって気までして来た。
 ママの話を聞いたからかな、ぼくの最初のストールなんだ、って。
 赤ちゃんだったぼくを包んだ初めてのストールだから、こういう気持ちになるんだろうか?
(でも…)
 それだけにしては強すぎる思い。
 あれは特別、あのストールは特別なんだ、って胸の奥から湧き上がる気持ち。
(赤ちゃんの時の記憶があるって人もいるよね…)
 もしかしたら、ぼくも。
 すっかり忘れてしまってるだけで、退院した日の記憶が何処かにあるかもしれない。
 病院でママがストールを巻いてくれてた時とか、初めて外を見た時だとか。
 それともパパの車から降りて、この家を見ながら入って来た時。
 赤ちゃんだったぼくの瞳に映った、庭の木だとか、家とか、玄関。
(そういう記憶を持ってるのかも…)
 だとしたら、それを見てみたい。
 青い地球の上に生まれ変わって最初の記憶を、一番最初に目で見て経験したものを。
 景色も、それから雪が舞う日の冷たい空気も。



 あのストールを借りたら思い出せるだろうか、ってママに頼んで借りて来た。
 明日のお出掛けは別のストールに決めたと言うから、ちょっとだけ、って。
 箱から出して貰って、借りて。
 部屋まで持って帰ってふわりと広げた大きなストール。両端に織り糸を捩った房。綺麗に揃った房の色までグラデーション。花びらみたいな青の房から、淡い水色をした房まで。
(これにくるんで貰ったんだから…)
 こんな感じ、と羽織ってみたけど、思い出せない。
 身体にくるりと巻き付けてみても、ストールに頬っぺたをくっつけてみても。
 赤ちゃんだったぼくを包んだストール。
 雪の舞う日に、初めて外へ出たぼくを包んでくれたストール。
(暖かかったと思うんだけど…)
 寒くなんかなくて、ストールのお蔭でポカポカで。
 だけど頬っぺたには冷たい空気が触れていた筈だと思うから。
 ストールにくるまっていられる幸せを、赤ちゃんのぼくは分かっていたと思うんだ。
 そのせいで特別に思うんだろうか?
 これのお蔭で暖かかったと、寒い日だけどとても暖かかったんだ、と。



(暖かかったのが特別だったのかな?)
 メギドで凍えた右手の記憶は、赤ちゃんのぼくには無い筈だけれど。
 暖かいってことがどれほど幸せで素敵なのかは、微かに感じていたかもしれない。
 暖かくなったと、もう寒くないと、幸せなんだと。
(あったかいのが特別だった…?)
 だからストールを懐かしく思っているんだろうか。暖かかったと、ぼくを温めてくれたんだと。ママと同じで暖かかったと、この中でとても幸せだったと。
(ストールの刷り込み…)
 鳥の中には卵から孵って最初に見たものを親だと思い込むのがいるらしいから。
 ぼくもストールをママと同じくらいに特別だと思っちゃったとか?
 ママみたいに暖かかったから。
 ママと同じに、ぼくを包んで暖かく守ってくれたから。
(そうなのかな?)
 だったら、やっぱり思い出したい。
 あったかいストールにくるまって見たものや、感じた空気を。
 赤ちゃんだったぼくの頬っぺたに空からひとひら落ちたかもしれない、季節外れの雪の結晶を。



 なんとかして思い出せないものか、と考えていたら、チャイムが鳴って。
 窓から覗いたらハーレイが見上げて手を振ってたから、ストールの思い出は暫くお預け。
 ハーレイの方が大切だもの、と畳んで椅子の背もたれに掛けた。勉強机の所の椅子の。
 これで汚れる心配は無し、とポンと叩いて、ハーレイが来るのを待ったんだけど。
 ママに案内されて来たハーレイは、テーブルを挟んで向かい合うなり、こう訊いた。
「お前、ストール使うのか?」
 珍しい趣味だな、お前くらいの年の男の子だったら上着だろうと思うんだが…。
「あれは借りたんだよ、ママのだよ」
 ちょっと気になることがあるから、借りて来ただけ。
 でも…。ストールを使うのって、珍しいの?
 冬は膝掛けに別のを使うよ、ママに貰った厚手のストール。薄くした毛布みたいなのを。
「なるほど、膝掛け代わりになあ…」
 お前は弱いし、膝掛けも馴染みのものなんだろう。
 しかしだ、元気なガキってヤツはだ、膝掛けなんかは要らないってな。
「そうかも…」
 でもね、ママから借りたストール。
 あっちの方ならお世話になった子も多いと思うな、寒い冬の日に。
 赤ちゃんだった頃なら、ストールを巻いて貰った子供もきっと多いと思うんだよね。
 ぼくもそういう話をママから聞いて来たんだけれど…。
 このストールがそうだったのよ、って聞いて、その頃の記憶が無いか探しているんだけれど…。



 頑張っても思い出せないんだよ、って立ち上がって勉強机の椅子からストールを取った。
「もっと小さかったら思い出せるのかな?」
 これですっぽりくるめるくらいに小さかったら、ぼくの記憶も戻るのかな?
 忘れちゃってる、赤ちゃんの記憶。
 ぼくはチビだけど、もうストールにはくるめないしね…。そこまで小さくないんだもの。
 ほらね、ってストールを羽織って見せた。
 ストールでくるむには大きすぎだよ、って。
 そしたら息を飲んだハーレイ。
 ぼくにも聞こえるほど息の音がしたし、鳶色の目だって大きくなってる。
「どうかしたの?」
 ぼくにストール、似合わなかった?
「いや…。そういうわけではないんだが…」
「なんだか変だよ?」
 ハーレイ、ビックリしたみたいだけど。
 ギョッとするほど似合ってないかな、赤ちゃんじゃないぼくには、このストールは…?



「記憶違いかもしれん」
 俺の記憶だ、記憶違いだ。
「なに?」
「単なるストールの記憶なんだが…」
「ストール? それにハーレイの記憶違いだなんて…」
 ひょっとしてハーレイ、こういうストールを何処かで見たの?
 ぼくを見たの、って訊いてみた。
 ママと一緒に退院した日に着ていたんだよ、って。
 赤ちゃんだったぼくが生まれて初めて、病院の外に出られた日。パパの車でこの家に連れて来て貰った、四月の初め。
 雪が降ってて寒かったんだ、って。
 桜はとっくに咲いていたけど、季節外れの雪で寒い日だったからストールの中、って。



「雪だと…?」
「うん、雪」
 ぼくは全然、ちっとも思い出せないけれど。
 雪が降ってたってママが言ったよ、だからストールにくるんだんだ、って。
 パパに家から持って来て貰って、このストールに。
 その日の記憶が戻らないかな、ってママにストールを借りて来たんだけれど…。
「俺はお前に会ったかもしれない」
「えっ?」
「チビどころじゃない、赤ん坊だった頃の小さなお前だ」
 生まれたばかりで、まだ這うことさえ出来ないお前。
 自分の家さえ知らないお前に、俺は病院の前で会ってたかもなあ…。



 あの日…、ってハーレイは遠い記憶を探る目をして。
「俺はいつもの習慣でジョギングしていた。特にコースは決めていなくて、気の向くままにな」
 家を出発して、あちこちに咲いてる桜を眺めながらのコースってトコか。
 桜に雪だと、季節外れの雪になったな、と走っていたんだ。
 公園を抜けて、側にある病院の前まで来たら、歩道の脇に車が停まってて。
 俺くらいの年の男が病院から出て来て、後ろのドアを開けたから。
 病人さんが通るんだったら邪魔しちゃマズイな、と足を止めたら、病人さんではなかったんだ。
「ママ…?」
「さてなあ、そいつは分からないが…」
 顔までは覚えていないからな。
 俺もジョギングの途中だったし、じろじろ見るのも失礼だしな。
 ただ、赤ん坊を抱いていた。大事そうにストールでくるんだ子供を、まるで宝物みたいにな。
「ぼく…?」
「そのストールの色が記憶に無い」
 全く覚えちゃいないんだが…。見た瞬間にハッとしたんだ、そのストール。
 掛けてあった時は何とも思わなかったが、お前が羽織った途端にな。
 何処かで見たぞ、と確かに思った。
 だが、その時点では何処なのかも謎で、いつだったのかも分からなかった。
 ストールを見たな、というだけの記憶だ。それだけでは何の意味も無い。
 記憶違いだと言ったのはそれだ、意味すら無いんじゃどうにもならん。
 しかし、お前がストールにくるまって退院したとか、季節外れの雪だったとか。
 そういった話を聞いていたら記憶が戻って来たんだ、ストールにくるまった赤ん坊だ、と。
 母親に抱かれて車に乗り込む所を見たなと、あの時は雪が降っていたな、と。



「まさか、本当にぼくだったの?」
 ハーレイが見ていた、その赤ちゃん。
 ストールにくるまれていたって赤ちゃん、ぼくだった?
 このストールにくるまれてたなら、それはぼくだと思うんだけど…。
 いくらなんでも同じような日に同じストールで退院する子は、他にはいないと思うんだけど…。
「分からんなあ…」
 肝心のストールの色の記憶が無いからな。
 さっきから必死に考えちゃいるが、ストールにくるまれた赤ん坊って所が限界だ。
 ストールの色も思い出さなきゃ、母親の顔立ちも思い出せない。父親の方もな。
 これではお前だと言い切れはしないし、他の子だって可能性もある。
 なにしろあの日は寒かったからなあ、退院する子は誰でも何かにくるまったろうさ。
 シールドするって方法はあるが、生まれて初めての外なんだしな?
 外の空気を吸わせてやるなら、シールドするよりくるんでやるのがお勧めだ。
 ストールの子供、お前の他にも誰か居たかもしれないしな。



「そうだね…。ママもそういうことを言ったよ、シールドの中ではつまらないでしょ、って」
 だからストールにくるんだのよ、ってママも言ってた。
 他の子のママも同じようなことを考えそうだね、シールドじゃなくてくるめる何か、って。
 ハーレイが病院の前で見てた赤ちゃん、ぼくだとは限らないんだね…。
「そういうことだな、俺の記憶がハッキリしてれば絞り込めるんだが…」
 ストールの色とか、車の色とか。
 その辺が決め手になりそうなんだが、生憎とどっちも覚えてないなあ…。
「ハーレイ、それからどうしたの?」
 ストールにくるまった赤ちゃんを立ち止まって見てて、その後は?
 止まってたんなら、赤ちゃんが車に乗り込むトコまで見てたんだよね?
「ああ。ちゃんと父親がドアを閉めてやって、運転席に乗り込む所も見てたな」
 赤ん坊を乗っけた車が発進するのを見送ってから、俺もジョギング再開だ。
 あの子が元気に育つといいな、と颯爽と町を走って行ったな。
 俺みたいに丈夫に育ってくれよと、いきなり風邪なんか引くんじゃないぞと。
 どういうわけだか男の子だと決めてかかっていたなあ、顔を見たわけでもないのにな?
 女の子だったらとんだ迷惑だな、俺みたいに育てと祈られたらな。



「あははっ、そうかもしれないね」
 丈夫なのはいいけど、風邪を引かずに育てというのも嬉しいけれど。
 ハーレイみたいに、って所は余計だったかもしれないね。
 女の子がハーレイみたいに育っちゃったら、とっても大変。
 性格とかなら大丈夫だけど、見た目がハーレイみたいだったら恨まれそうだよ、思いっ切り。
「お前なあ…。それが恋人に向かって言うことか?」
「だって、ハーレイなんだもの」
 ハーレイの姿、ぼくにはカッコ良く見えるけれども。
 シャングリラでは色々と言われていたじゃない。薔薇のジャムが似合わないハーレイだったよ? 似合わないからってクジ引きの箱が素通りしてたよ、ハーレイの前を。
「それは事実だが…。俺も事実を否定はしないが」
 もう少しマシな言いようっていうのは無いのか、お前。
 自分の目までを否定している気がしてこないか、節穴なんだと。
 誰もが認める「薔薇のジャムが似合わない男」がカッコ良く見える自分の目。そいつが実は節穴なんだという方向では考えないのか、お前ってヤツは。
「ううん、ちっとも」
 ぼくはぼくだよ、自分の目だってちゃんと自信を持っているもの。
 ハーレイのカッコ良さが分からない方が間違いなんだよ、分からない人の目が節穴なだけ。
 でもね、女の子がハーレイみたいな姿だったら困るってことはぼくにも分かるよ?
 ハーレイにお祈りされた赤ちゃん、女の子でなければいいんだけどね…。



 女の子だったら可哀相すぎ、って言ったら、ハーレイがギロリと睨むから。
 「まだ言うのか」って眉間に皺を刻んでいるから、話題を戻すことにした。苛めすぎたら仕返しされるし、その前に話を戻さなくっちゃ。
「ねえ、ハーレイ。お祈りされた子、男の子だったら何の問題も無いんだけれど…」
 その赤ちゃんって、ぼくだった?
 ハーレイはぼくを見たんだと思う?
 退院して行くぼくに出会って、元気に育てよって見送ったんだと思ってる?
「さあな? そいつはどうだかなあ…」
 何度も言ったろ、決め手に欠けると。
 ストールの色か、車の色か。どっちかを俺が覚えていたなら、裏付けってヤツが出来るがな…。
 今の状態だと、お前のお父さんやお母さんと記憶を突き合わせたって、上手くは行かん。
 俺の方の記憶がボケちまっていて、お母さんたちが見ても首を捻るしかないってな。



 あの日に、ぼくを見たのかどうか。
 分からないな、とハーレイは慎重に答えるけれど。
 パパやママにも確認しようが無いんだけれども、もしもハーレイと出会っていたなら…。
「あのね、ハーレイが見ていた赤ちゃんがぼくだったら…」
 ぼくは元気に育ったよ?
 退院して直ぐに風邪を引いちゃったなんて聞いていないし、お祈り、効いたよ。
「そのようだな。俺のように、と祈った割にはちょいと弱いがな」
「ハーレイが祈ってくれたからだよ、ぼくが元気に育つように、って」
 弱いけれども、大きな病気は一回もしてはいないもの。
 ハーレイがお祈りしてくれなかったら、大きな病気に罹っていたかも…。
「あれがお前だとは限らんのだが?」
 俺はストールにくるまれた赤ん坊に出会っただけでだ、あの子が男だったかどうかも知らん。
 季節外れの雪は降っていたが、お前の他にも退院する子は居ただろうしな。
「でも、ぼくだよ」
 ハーレイが会った子、ぼくなんだよ。
 このストールを見てハッとしたなら、おんなじストールをその日に見たんだ。
 ぼくをくるんだストールなんだよ、赤ちゃんだったぼくをママがくるんでくれたストール。
 間違いないってぼくは思うな、あの日、ハーレイに会ったんだ、って。
「俺もそういう気がして来たな…」
 そのストール、初めて見た筈なんだが。
 どうにもそういう気がしなくってな、あの日に見ていたストールかもなあ…。



 俺たちはあの日に出会ったかもな、ってハーレイの顔が綻んだ。
 ぼくが生まれて、ママと一緒に退院した日に。
 季節外れの雪が降った日、病院の前で。
 ハーレイはジョギングの真っ最中で、ぼくを抱いたママのために足を止めてくれて。
 ぼくはママのストールにくるまってハーレイの前を通って行った。パパの車に乗り込むために。この家にやって来るために。
(ぼく、ハーレイに会っていたんだ…)
 それで特別な気がするんだろうか、このストールは。
 ぼくの記憶が戻ってなくても、ハーレイに初めて出会った日。
 その日に着ていたストールだから。これにくるまれてハーレイに出会ったストールだから。
(赤ちゃんの時の記憶と言うより、神様が教えてくれたのかな?)
 これをハーレイに見せてみなさい、って。
 そしたら素敵なことが分かると、これは特別なストールだから、と。



(本当の所は分からないけど…)
 ぼくとハーレイ、あの日に本当に出会ったかどうかは分からない。
 ハーレイの記憶はぼんやりしていて、パパやママの記憶を確認したって「間違いない」と言える決め手に欠けているから。
 他に見ていた人がいたって、その人たちだって記憶はとっくにぼやけているから。
(だけど、ぼくだと思うんだよね)
 そんな気がするし、そう信じたい。
 あの日、ハーレイと会ったんだ、って。
 ママのストールにくるまれたぼくと、ジョギング中のハーレイが病院の前で出会ってた、って。



 育ってからなら、会ったかもしれないって思っていたけど。
 何処かで颯爽と走ってゆくハーレイに手を振ったかも、って思っていたけど。
 ぼくが初めて、生まれた病院から外へ出られた日。
 外の空気に生まれて初めて触れたその日に、ハーレイと出会っていたのなら…。
「もし、ハーレイに会っていたなら、運命だよね?」
 運命の出会いってよく言うけれども、本当にそれ。
 あの日にハーレイと会ったんだったら、運命だったと思わない?
「うむ。まさに運命というヤツだな」
 そんな時点で出会っていたなら、運命の出会いを通り越して、だ…。
 前の俺たちからの続きで腐れ縁かもな、ってハーレイは笑って言ったけれども。
 腐れ縁なんて言われ方でも、あの日にハーレイと出会っていたい。
 季節外れの雪が降ってて、ママのストールにくるまれてた日。
 生まれ変わってまた巡り会えたぼくたちだからこそ、初めて病院の外へ出られたあの日に…。




          ストール・了

※季節外れの雪が舞う日に、初めて「外に出た」赤ん坊のブルー。母のストールにくるまれて。
 同じ日にハーレイが出会った「ストールに包まれた」赤ちゃんは…。きっとブルーですね。
 










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