シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
今年も秋がやって来ました。学園祭の準備なども始まっていますが、私たち七人グループが何をやるかはお約束。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋を使ってのサイオニック・ドリームによるバーチャル旅行で、その名も『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』。毎年恒例だけに準備要らずで。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でダラダラ、これが毎日の過ごし方。柔道部三人組は部活と、たまに学園祭で出す焼きそばの指導。柔道部の名物焼きそば、「そるじゃぁ・ぶるぅ」特製と銘打つだけに作り方は口伝だという念の入れよう。
「ねえねえ、今日は焼きそば指導?」
尋ねられたキース君が「ああ」と些か疲れた口調で。
「…今年の一年生はどうも覚えが悪くてな。あいつらだけに店を任せるのは無理そうだ」
「そんなに酷いの? ぼくの焼きそば、簡単だよ?」
「いや、お前は料理が上手だしな? 合宿でしか料理をしないようなヤツらとは全然違う」
あいつらの腕は絶望的だ、と苦い顔をするキース君の隣でシロエ君も。
「野菜を切るのも危なっかしい手つきですからねえ…。しっかりしごけと言っておきましたが、どうなることやら…」
「俺たちは一応、大先輩だしな? ここぞという所でしか口出ししない方向でないと委縮されても困るしなあ…」
猛特訓は二年生と三年生に任せるそうです。キース君たちは一年生ではありますけれども、特別生。本当はとっくに卒業している筈の大先輩ですから、顧問の教頭先生の次に偉いというポジションらしくて。
「柔道部は特に上下関係に厳しいからな、俺たちへの敬意も半端じゃないんだ」
「ぼくたちへの挨拶の声が小さいと怒鳴られてますしね、一年生…。三年生とかに」
「そ、そうなんだ…」
ジョミー君が驚き、言われてみれば…、と思い返してみる日々の光景。昼休みなんかにキース君たちと歩いている時、やたら大きな声で挨拶している生徒がいるなと思ってましたが、そういう裏があったんですか…。
「まあな。焼きそば指導も苦労するぜ」
「お疲れ様ぁ~! はい、どうぞ!」
焼きそばにするつもりだったんだけど、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が出してきたものは焼きそば入りのお好み焼き。キース君たちの心の傷への配慮らしいです、うん、美味しい!
お好み焼きを食べつつ、話題は学園祭の方へと。私たちが何をやるかは決まっていますし、部屋の準備は業者さん任せ。気になるサイオニック・ドリームの中身や販売用のメニューなんかは直前で充分間に合いますから、そういう話では全くなくて。
「今年も後夜祭の人気投票、ブルーとフィシスさんで独占だよね?」
ジョミー君が言えば、サム君が。
「他にねえだろ、男子の一番人気はブルーで女子はフィシスさんで決まりじゃねえかよ」
「ですよね、もう毎年の定番ですよ」
番狂わせは有り得ません、とシロエ君。
「何処から見ても会長がダントツで美形なんですし、フィシスさんだって…」
「そうなのよねえ、同じ女子でもフィシスさんって憧れなのよ」
スウェナちゃんの言葉は本当です。そんなフィシスさんと超絶美形の会長さんがステージに並び立つ後夜祭のフィナーレは学園祭の花で、誰もが認める美男美女。今年も溜息の出るような光景だろうな、と考えていたら…。
「問題は美女と野獣なんだよ」
「「「は?」」」
当の会長さんの斜め上な台詞に派手に飛び交う『?』マーク。美女はともかく、会長さんが野獣だなんて誰が言ったの?
「ああ、ごめん、ごめん。そこの野獣はぼくじゃなくって、美女がぼくでさ」
「どういう意味だ?」
キース君の突っ込みに、会長さんは。
「そのまんまだってば、ぼくが美女だと野獣が誰なのか分からない?」
「「「…野獣?」」」
「簡単だろうと思うけどねえ? ぼくに惚れてて、おまけに見かけが野獣とくれば」
そんな人物は二人といない、と言われましても。もしや、それって…」
「…教頭先生のことだったりする?」
ジョミー君が恐る恐る口にしてみて、会長さんが「うん」と即答。
「何処から見たって野獣ってね。体格もそうなら御面相も…ね」
「そいつは誰が言ったんだ?」
ついでにどうして問題なんだ、とキース君。うんうん、其処が知りたいです。美女と野獣だなんてカッ飛んだ発言、教頭先生が会長さんにベタ惚れなことを知ってる人しか言いはしないと思うんですが…?
会長さんに片想い一筋、三百年以上な教頭先生。とはいえ一般生徒は知らない筈で、美女と野獣にたとえようにも発想自体が無い筈です。いったい誰が、と訊きたい気持ちは誰もが同じ。会長さんは「それはねえ…」と重々しく。
「ゼルだよ、そういうことを言うのは」
「ゼル先生か…。確かに如何にも仰いそうだが、その発言の何処が問題なんだ?」
キース君の問いに、「ハーレイだよ」と答える会長さん。
「火のない所に煙は立たないって言葉があるだろう? 美女と野獣だなんて言われるってことは何かやらかしたっていうわけでさ」
「教頭先生が…か?」
「そう。ゼルと飲みに行った席でついついウッカリ、妄想を…ね」
「「「妄想?」」」
それはいつものことなのでは、と思ったのですが、さにあらず。教頭先生とゼル先生の会話、時期が時期だけに学園祭が絡んだようで。
「ハーレイときたら、ぼくとステージに立てればいいのに、と言い出したんだよ」
「「「…ステージ?」」」
「後夜祭のステージだってば、ぼくとフィシスの定位置の…ね」
「「「えぇっ!?」」」
あれって先生でもいけましたっけ? あくまで生徒のイベントでは…?
「当然、生徒のものだよ、あれは。教師は絶対立てないけれども、妄想するのは勝手だしねえ…。そしてゼルに同意を求めたわけだよ、教師でさえなければ立てるのに、とね」
「………無理すぎなんじゃあ?」
正直な意見はジョミー君。
「人気投票で一位を取らなきゃ立てないよ、あそこ。…男子の一位はブルーなんだし、教頭先生が一位になったらブルーは一位から転落だよ」
「うんうん、でもってフィシスさんと一緒に立つことになるんじゃねえのか、教頭先生」
サム君の意見ももっともでしたが、会長さんは。
「其処がハーレイの妄想なんだよ。男子の一位は自分のものでさ、ぼくは女子の方の一位ってことになるらしい」
「フィシスさんの立場はどうなるんですか、それ」
シロエ君が尋ねましたが、会長さんの返事は「さあ?」と一言。
「フィシスのことは綺麗サッパリ忘れてるんだよ、あの馬鹿は。ぼくの女神を忘れるなんてね、なんとも許し難いんだけど」
実に許し難い、と不快そうな顔。…問題って其処のことですか?
後夜祭で会長さんと同じステージに立ちたい教頭先生。妄想とはいえ、人気投票で一位を勝ち取り、会長さんと並びたいとは凄すぎです。そりゃあ何処から見たって美女と野獣で、ゼル先生が仰ることも嫌というほど分かりますけど…。
「ハーレイの妄想、ゼルは「いやはや、美女と野獣としか言えん光景じゃわ」と笑っておしまいだったんだけどさ…」
でもその後のハーレイが、と会長さんは深い溜息。
「なまじ自分の夢を語ったから、もう毎日がドリームってね。「一度でいいからブルーとあそこに立ちたいものだ」と事あるごとに独り言だよ、そして喝采を浴びる自分を妄想」
その独り言を会長さんが盗み聞いてしまい、何事なのかと背景を探ったらしいです。妄想の方は一万歩ほど譲って流してもいいそうですけど、許せないのがフィシスさんの立場が無いらしいこと。ステージで会長さんの隣に立てないとしても、フィシスさんは一位でなければならず。
「ハーレイの隣にフィシスなら許す。…だけど何処にもいないのはねえ…」
「しかし想像は勝手だろうが」
まさか実現するわけでなし、とキース君。
「人気投票はあくまで生徒のものだし、その光景は決して有り得ん」
「そうなんだけどね…。でも本当に腹が立つんだよ、どうしてくれようと思うわけでさ」
会長さんの瞳に不穏な光が。まさか因縁をつける気ですか?
「因縁だって? それじゃ甘いね」
「「「甘い?」」」
「そう、甘い。ハーレイが自分で言い出した以上、ステージに立たせてなんぼなんだよ」
「「「えぇっ!?」」」
ステージって、あの人気投票のステージに? 生徒しか立てない筈ですが…?
「それはもちろん。だから人気投票とは別ってことでステージに立て、と!」
その方向で煽るのだ、と会長さんはグッと拳を。人気投票で使うステージ、学園祭の間はグラウンドに常設ですけど、其処に教頭先生を…?
「キーワードは美女と野獣なんだよ」
ぼくと釣り合わない所が問題、と会長さんは指を一本立てました。
「人気投票で一位を取れるほどの美形でないとね、ステージにも立てない上にぼくと全く釣り合わないし! 美女と野獣だし!」
「…そうなのかな?」
お似合いだろうと思うけども、とズレた意見が何処からか。誰が寝言を言っているのだ、と声がした方を睨み付ければ。
「こんにちは」
会長さんのそっくりさんがソルジャーの正装で立っていました。
「今日はお好み焼きだって? たまにはそういうモノもいいねえ…」
ぼくにもそれ、と部屋を横切り、空いていたソファにストンと腰掛け…。
「かみお~ん♪ お好み焼きの追加一丁~!」
飛び跳ねて行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」がホカホカのお好み焼きを運んで来ました。おかわり用にと沢山焼いてあったのです。私たちも此処で一息とばかりに追加注文、暫くの間はマヨネーズだの青海苔だの鰹節だのとトッピングを巡って賑やかでしたが…。
「ところで、さっきの件なんだけどね」
ソルジャーがお好み焼きを頬張りながら。
「美女と野獣は酷いと思うな、そりゃあ確かに獣なハーレイは好きだけれども」
「退場!!」
会長さんがレッドカードを突き付けました。
「その先は喋らなくてもいいから!」
「えっ、獣なハーレイはパワフルでとてもいいんだけどねえ? あれぞ野獣というヤツなんだよ、ぼくは翻弄されっぱなしで」
「さっさと帰る!」
「ダメダメ、話が済んでないから!」
ハーレイがステージに立つんだってねえ…、とソルジャー、ニッコリ。
「さっきから覗き見してたんだけどさ、ぼくにとってはハーレイはカッコイイんだよ。だけど君はそうではないと言う。でもって君と釣り合う美形に仕立て上げようってプロジェクトだろ?」
大いに興味が、とソルジャーは膝を乗り出しました。
「野獣な今でもカッコイイのに、更に美形になると聞くとさ…。場合によってはぼくのハーレイにも適用したいと思うじゃないか。今よりも更にカッコ良く!」
是非プロジェクトに混ぜてくれ、と瞳を輝かせるソルジャーですけど、これってそういう話でしたか…?
「…ハーレイをカッコ良くとは言ってないけど?」
会長さんの言葉に、ソルジャーは。
「じゃあ、笑い物な方向なのかい? だけどステージに立つんだろう?」
「本人にはそう思い込ませる。でなきゃ頑張ってくれないしねえ?」
「「「頑張る?」」」
何を頑張れと言うのでしょう? 美形になれるよう努力するとか?
「うん、まあ…。そういう感じかな?」
美形になるには努力あるのみ、と会長さん。
「日々の努力で、ぼくと釣り合う美形になるべし! こう、颯爽と、視線を集める素晴らしいキャラに!」
「それってカッコイイって意味なんじゃあ…?」
そうとしか聞こえないけれど、とソルジャーが首を捻っています。私たちにも会長さんの真意が掴めず、ソルジャーの意見に同意ですが。
「…世間で言うならカッコイイかもね。なにしろトップスターだからさ」
「「「トップスター!?」」」
ますますもって意味不明。スターとくればテレビや映画で大活躍の男性ですけど、教頭先生をトップスターの座に押し上げるとか?
「…そういえばトップスターが超絶美形とは限らんな…」
キース君が呟き、サム君も。
「いろんなタイプがあるもんなあ…。教頭先生でもOKなのかもしれねえなあ…」
「だよね、カッコイイって言うより渋いとかさあ、色々あるよね」
ジョミー君の言う通り、スターは色々。誰もが認める二枚目もいれば個性派もあり、輝いていればそれがスターで…。
「そう、ハーレイに必要なものは輝き! それでこそスター!」
会長さんの宣言に、ソルジャーが。
「えっ、輝きまでつくのかい? それは是非ともぼくのハーレイにも欲しいよね、うん」
今のハーレイに輝きオーラがプラス、とソルジャー、ウットリ。
「立っているだけで輝いてるとか、そういうのって素晴らしいよね」
「そりゃまあ…。そういうハーレイを目指すんだけどさ、あまりお勧め出来ないなあ…」
トップスターがちょっと違うし、と会長さん。
「ハーレイが目指すのは男の中の男と言うかさ、男を超えたスターなんだよ。もう現実には絶対いない、っていう勢いの」
輝く男、という話ですが、だったら余計にソルジャーの理想にピッタリなのでは?
「…なんでお勧め出来ないのさ、それ」
案の定、ソルジャーは不満そうに唇を尖らせました。
「男の中の男な上にさ、男を超えたスターだろ? 現実にはいないほどの勢いとなれば、ぼくのハーレイにも見習わせたい! こっちのハーレイだけがスターだなんて!」
それとも何か、と据わった目線。
「君はハーレイには興味ないくせに、凄いハーレイを作り上げて見せびらかそうっていう魂胆? こんなハーレイでも足蹴にします、って優越感に浸りたいとか?」
「…なんでそういうことになるかな…」
深読みするにもほどがあるよ、と会長さんは呆れ顔で。
「ぼくにそういう趣味は無いから! ハーレイを足蹴にするのはともかく」
「だったら、なんで! ぼくのハーレイも男の中の男ってヤツに!」
「…いいのかい? ハーレイが目指すの、男役のトップスターだけども」
「「「男役!?」」」
なんじゃそりゃ、と私たちの声が引っくり返りました。教頭先生、男性だけに男に決まっているというのに、何処から何故に男役と…?
「知らないかなあ、男役」
「男役も何も、教頭先生は最初から男でいらっしゃる!」
キース君が叫びましたが、会長さんはフフンと鼻で笑って。
「ぶるぅ、テレビをつけてくれる? このチャンネルで」
「うんっ!」
大画面のテレビのスイッチが入り、映し出された煌びやかなステージ。もしや、これって…。
「歌劇ってヤツだよ。此処に居るのは全員、女性だ」
会長さんがソルジャーに解説スタート。
「此処のスーツの男性もねえ、実はキッチリ女性なわけ! これが女性に大人気でさ」
「…歌劇ってヤツが?」
「違う、違う、歌劇の男役! 一部のコアな女性にとっては男性以上の男性ってね。女形は知っているだろう? アレは男が極めた女。こっちは女が極めた男。…女形は本物の女性以上に女らしい、と言うんだけどねえ、男役にもソレが当てはまるという話があるわけ」
男のカッコイイ部分を追求した上で極めてるから、と会長さん。
「本物の男じゃ此処まで出来ないキザなポーズとか、色々と…ね。指の先までキマッてるんだ」
「うーん…。確かにちょっと真似たい感じはするね」
この立ち方とか…、と画面に見入っているソルジャー。会長さんと同じ超絶美形なソルジャーだったら男役を真似てもキマるでしょうけど、教頭先生で男役って絵になりますか…?
ソルジャーが興味津々で画面を見守る内に、華やかにレビューが始まりました。実際の歌劇は長いらしいですし、これはダイジェストってヤツなのでしょう。キザな男性を演じていた人が軽やかに踊っていますけれども、それがなんとも格好良くて。
「ね? こんな踊りでもピシャリとキマる。本物の男じゃこうはいかない」
何処かで油断が出て来るから、と会長さん。
「男役のトップスターともなれば、舞台を下りても凄いらしいよ? 歩き方からして颯爽と男、日常生活までが絵になるそうでね」
「それは凄いね…。ぼくだと気合を入れていないと地が出ちゃうから、よくハーレイに文句を言われる。ソルジャーがそれでは困ります、とか」
「そうだろう? ぼくはハーレイに男役の凄さを叩き込もうと思ってるわけ」
それでこそ男の中の男でぼくと釣り合う、とニンマリと。
「元がああいうビジュアルな上に、男らしさのベクトルってヤツがキザとは真逆なハーレイだしねえ? 美形なぼくと並んで立つなら、こういうキマッたポーズが欲しい、と」
指の先まで神経を張り詰め、歩く姿も格好良く! と会長さん。
「ハーレイが男役のトップスター並みにキザが絵になる男になったら、ステージにも立っていいだろうしさ。…学園祭のね」
「あんた、立たせるつもりなのか!?」
キース君の声が裏返りましたが、会長さんは涼しい顔で。
「ステージを目指すと言った筈だよ、ハーレイがぼくと釣り合いたいなら目指して貰う。…男役の花はコレだからねえ、もちろんコレで!」
ビシィッ! と会長さんが指差すテレビ画面はレビューのフィナーレ。男役のトップスターだという女性が…って、見た目は立派に男性ですけど、大きな羽根飾りを背中に背負って大階段を下りてゆきます。足元も見ずに、客席の方に笑顔を向けて。
「この階段がね、難しいらしい。…普通の階段よりも幅が狭い上に傾斜も急だ。そこを足元を一切見ないで格好良く! これでこそスター!」
「…サイオンは?」
ソルジャーの問いに、私たちは声を揃えて。
「「「あるわけないし!!!」」」
「…そ、そうなんだ…」
それじゃぼくにも出来やしない、とソルジャー、感動。男役のトップスターの凄さは分かったようですけれども、これを教頭先生が…?
歌劇観賞が終わってテレビが消され、会長さんは至極真面目な顔で。
「ハーレイがぼくの隣に立ちたいと言うなら、このレベル! 此処まで極めればステージに立てる。その勢いで頑張らせないと…。ハーレイはぼくの女神をコケにしたんだ」
「いや、それはそういう意図ではないと思うが…!」
キース君が擁護に出ましたけれど、会長さんはけんもほろろに。
「意図があったとか無いとかじゃなくて! ぼくはフィシスとセットものなのに、そのフィシスを他所に放り出して自分が前に出たいというのが厚かましい。其処まで言うなら、ぼくと釣り合うレベルの男を目指すまで!」
目標はあくまでトップスター! とブチ上げている会長さん。
「もうね、今日から特訓あるのみ! それが嫌なら妄想を捨てる!」
「と、特訓って…」
どういう特訓? とジョミー君。
「さっきの歌劇みたいに歌って踊って、それでもキザにキメるわけ?」
「当たり前だろ。あの階段を下りるトコまでやって貰うよ、ハーレイにはね。…だから、ブルーの世界のハーレイの方にはお勧めしない、と言ったんだ。…どう、こんなのでもやらせたい?」
「…こ、ここまでは要らないかな…」
ハーレイとは何かが違う気がする、と流石のソルジャーも腰が引け気味。
「どっちかと言えば、これが似合うのはぼくの方かも…。決めポーズだとか、こう、色々と」
「うん、常識で考えた場合、ハーレイよりかはぼくだと思う。…だけど相手はハーレイだしねえ? 思い込んだら一直線だし、自分のキャラに合うかどうかは考えないさ」
だからいける、と会長さんは自信満々。
「そして万が一、やらないようなら話はそこまで! ぼくのフィシスをコケにするような妄想を二度と描けないよう、コテンパンにけなして終わりだから!」
「「「………」」」
それはコワイ、と誰もがブルブル。会長さんの毒舌にかかれば教頭先生の楽しい妄想は木端微塵で、下手をすれば絶望のドン底送り。そうならなかった場合には…。
「…教頭先生が男役か…」
致命的に似合わないと思うのだが、というキース君の指摘は間違いではないと思います。ソルジャーでさえ「何かが違う」と感じたのですし、無理があるなんていうものではなくて…。でも。
「似合わないからこそ、やらせてなんぼ! そしてぼくたちは笑ってなんぼ!」
男役を目指すハーレイを! と会長さん。もはや止められる段階は過ぎてしまって前進あるのみらしいですけど、教頭先生はお断りになるか、はたまたオッケーなさるのか…?
男性以上に男性らしく、目指せ男役のトップスター。そんな恐ろしい提案を教頭先生に持ち掛けるべく、会長さんは私たちを引き連れて行くつもりでした。ソルジャーも面白くなると考えたらしくて同行を希望、お蔭様で夕食は会長さんの家で食べることに。
「かみお~ん♪ お肉、沢山あるからねー!」
どんどん食べてね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大はしゃぎ。おもてなし好きのお客様好き、ホットプレートを沢山並べての焼肉パーティーのお世話もバッチリです。オニオングラタンスープまで作ってくれて至れり尽くせり、大満足の夕食の後は…。
「そろそろいいかな、ハーレイもリビングで寛いでるし」
おまけに頭は妄想モード、と会長さんが舌打ちを。
「ぼくと並んでステージに立って拍手喝采を浴びてるよ、うん。どうすればああいうバカバカしい夢が見られるんだか…。ぼくのフィシスをコケにしてるさ、いや、本当に」
それは言い掛かりというのでは、とは怖くて言えませんでした。会長さんにとってはフィシスさんが女神、ソルジャー夫妻のようなバカップルではありませんけれどお似合いです。そのフィシスさんの立場が無いような妄想は言語道断なのでしょう。
「それじゃ行こうか、ぶるぅ、用意は?」
「いつでもオッケー! ハーレイの家だね!」
お馴染みの「かみお~ん♪」の声を合図に迸る青いサイオン、三人前。野次馬のソルジャーも協力を惜しまず、私たちは瞬間移動で教頭先生の家のリビングへ。
「な、なんだ!?」
仰け反っておられる教頭先生、ソファから半分ずり落ち状態。持っておられた新聞は床に落っこちてますが…。
「こんばんは、ハーレイ」
会長さんがにこやかに挨拶しました。
「聞いたよ、ゼルに酷い悪口を言われたってね? 美女と野獣だとか」
「…あ、ああ…。ゼルはお前にまで言いに行ったのか?」
「そうじゃないけど、地獄耳かな。それで君の意見はどうなわけ? 美女と野獣は悪口だよね?」
それとも認めているのかな、と一歩進み出る会長さん。
「ぼくとは全く釣り合わないと分かってるのか、分かってないか。…其処の所を訊きたくてさ」
「…そ、それは……。私としては自信があるのだが……」
周りから見るとどうだろうか、と教頭先生、あまり自信が無い様子。
「…ゼルの言い分はあのとおりだし、美形だと褒められたこともないしな…」
駄目だろうか、と弱気な台詞。なるほど、妄想全開とはいえ、自分を分かっておられるようで…。
「…やっぱり自信は無いわけなんだ?」
てっきりあるのかと思っていたよ、と会長さんはクスクスと。
「ぼくと結婚が夢らしいから、釣り合うつもりでいるんだとばかり…。そういうことなら、この機会に努力してみないかい?」
「努力?」
「ぼくと釣り合う男になるよう、努力だよ! 美女と野獣なんてもう言わせない、って勢いで!」
自信を持つのだ、と発破をかける会長さん。
「男の中の男を目指して頑張りたまえ。どんな男よりも男らしく!」
「……柔道か?」
「違うってば! それじゃぼくとは釣り合わないだろ、今とおんなじなんだから! 君が目指すのはトップスター!」
「らしいよ、ハーレイ。ぼくも見ていて惚れ惚れしたねえ…」
あれは凄い、とソルジャーが艶やかに微笑みました。
「いやもう、あんなにカッコイイ男がいたら凄いだろうな、と見惚れるしか…。でも現実にはいないんだ。もしも居たなら凄すぎだってば、そんな男を目指さないか、とブルーは言うわけ」
「…現実にはいない男……ですか?」
「うん。男のカッコイイ部分を極めて体現してると言うべきか…。ぼくでさえ真似たくなるほどの凄さ! あんなポーズをキメてみたいと!」
ソルジャーでさえも見惚れる上に、真似をしたくなる男役。男役とは一言も言っていませんけれども、教頭先生がググッと心を惹かれるには充分な言葉であって。
「…あなたでも見惚れたと仰るのですか…」
「そう! おまけに真似たいと思ってしまうね、あのキザさ! あのカッコ良さ!」
「それほどの男を私に目指せと…。出来るのでしょうか?」
「さあねえ、細かい所はブルーに訊けば?」
とにかく本当に凄かった、と称賛しまくっているソルジャー。教頭先生は会長さんの方に向き直り、
「どうなのだ?」と質問を。
「ブルー、私でもそういう男になれるのだろうか? …そのう、現実にはいないとか…」
「いないね、女形の反対だから」
会長さんはサラリと言い放ちました。
「ぼくたちが言うのは男役! 知っているだろ、女性ばかりの歌劇団の!」
「か、歌劇団!?」
アレか、と息を飲む教頭先生。御覧になったことがあるのかどうかは知りませんけど、男役とは何であるかは御存知だったようですねえ…。
よりにもよって歌劇団の男役トップスター。いくら見た目にカッコ良くても、男性よりも男らしいと言っても、教頭先生のキャラとは真逆。会長さんと釣り合う男を目指すためでも承知なさる筈が無いだろう、と思ったのに。
「……あの男役をお手本にすれば、お前と釣り合う男になるのか?」
教頭先生はやる気でした。会長さんが「うん」と大きく頷いて。
「ぼくは美形が売りだしねえ? そのぼくとまるで釣り合わないから、美女と野獣と言われるわけだ。だったら君も美形を目指す! カッコ良さで男の中の男を!」
「…そ、そうか…。具体的にはどうすればいいのだ、男役だなどと言われても…」
教室か何かがあるのだろうか、と教頭先生は大真面目。
「それとも歌劇を見に通うのか? …スターの技は見て盗めと?」
「まずは形から入るのがいいと思うんだけどね、学園祭で」
会長さんはニッコリと。
「ぼくと立ちたい夢のステージだったっけ? 其処で大喝采を浴びられるレベルに仕上げて、上手くいったら日常にもそれを取り入れる! 歩き方まで颯爽とキザに!」
「……ステージだと?」
「そうだけど? トップスターが真価を発揮するのは舞台の上だし、学園祭の特設ステージでスタートを切って自信を持つことをお勧めするね」
それから少しずつ仕上げて行こう、と会長さん。
「もちろん、ぼくも手伝うよ。…ただしステージが成功したら…ね。ああ、ステージの指導はちゃんとするから安心して」
「なるほど、お前と二人三脚でのスタートなのだな、最初の一歩はステージから、と」
「そのとおり! ぼくの指導で真面目にやるなら協力を惜しむつもりはないよ」
頑張ってスターの輝きを目指そう、と会長さんは教頭先生を焚き付けました。
「歩いても良し、立つ姿も良し! そんな素晴らしい男になったら、ぼくともピッタリ釣り合うよ。ねえ、ブルーだってそう思うだろう?」
「まあね。ぼくは元々、ぼくのハーレイと釣り合ってないとは思ってないけど…」
ソルジャーの言葉に真実の欠片が隠れていたのに。釣り合うかどうかは考え次第で、会長さんにその気さえあれば今のままでも釣り合うのだと気付く切っ掛けにはなったというのに、教頭先生は気付かないままで終わってしまいました。そして…。
「よし、やろう! お前に相応しい男を目指して頑張るまでだ!」
指導を頼む、と深々と頭を下げる教頭先生。男役トップスターを華麗に演じるステージとやらへ全力で飛び込んでしまわれましたよ…。
その翌日から教頭先生を待っていたのは地獄の特訓の日々でした。仕事が終わって家へ帰って食事が済んだら、会長さんの家へ瞬間移動で呼び出されて直ぐにレッスン開始。
「ダメダメ、そこはもっと高々と右手を上げて!」
会長さんがシャツとズボンでステップを踏む教頭先生にダメ出しを。
「それと笑顔だね、にこやかに、キザに!」
君の表情はキザとは程遠い、と厳しい指摘が。
「ぶるぅ、鏡を持って来て!」
「かみお~ん♪ テーブルに置くんだっけ?」
「そう、其処でいいよ。ハーレイ、ダンスの前に表情の方の特訓だ」
座って、と椅子を指差し、教頭先生が腰掛けた前には一枚の鏡。それを覗いての表情作りも大切な稽古、基本はキザで、なおかつ男の色気も重要。
「笑って、笑って! そうじゃなくって、こう、カッコよく! うーん…」
「こうじゃないかな、こんな感じで」
教頭先生の背後に私服のソルジャーが立って、褐色の頬を両手でムニュッと。笑顔全開だった教頭先生の顔に渋さが加わり、心なしかキザな味わいも…。
「うん、いいね! ハーレイ、今の表情をキープ! 十秒間!」
「…う、ううう……」
「唸らない! ほらほら、眉間に皺が寄ったし! ブルー、よろしく」
「オッケー! ハーレイ、皺は伸ばして!」
こう、ギュッと! とソルジャー、教頭先生の眉間の皺を広げて、頬なども弄って表情作り。出来上がったそれをキープするべく頑張っている教頭先生の横では「そるじゃぁ・ぶるぅ」がストップウォッチを眺めています。
「五、四、三…。あーーーっ、ダメだよう~!」
戻っちゃった、と悲鳴が上がって表情作りは再び一から。教頭先生の頬が勝手にピクピクするほど顔の筋肉が疲れ果てたら、今度はダンスの指導に戻って…。
「右足はもっと高く上げてよ、あっ、爪先はそんな風には伸ばさない!」
バレエじゃないから、と会長さんの指導がビシバシ。
「革靴を履いたダンスが映えなきゃダメだし、第一、君は女じゃないだろ? バレエのレッスンは女のパートかもしれないけどねえ、こっちは男の踊りなんだよ」
そして色気とキザなポーズを忘れずに! と注文が飛んで、細かい仕種まで直される始末。会長さんったら、何処でそれだけの知識をゲットしたのだろう、と思っていたら…。
「えっ、本職の演出家だけど? ちょっと失礼してサイオンで…ね」
これでバッチリ! と親指を立てていますけれども、男役の技を教頭先生にコピーすることは反則だからしないんですか、そうですか…。
表情を作って、ポーズもキメて。教頭先生はひたすら努力で頑張りまくって、学園祭も近付いてきた頃、ようやく会長さんから「こんなものかな」という言葉が。
「どうかな、ブルー? 君から見てもキザかな、ハーレイ?」
「…そうだね、あんな風にキメてこられたらドキッとするかな、踊りはともかく」
そっちはお笑い、とクスッとソルジャーが零した本音は教頭先生には聞こえておらず、懸命にダンスをしておられます。たまにピタリと止まるポーズがソルジャーの言う「ドキッとする」ものであって、確かに普段よりかはカッコイイかも…。
「ハーレイ、けっこういけてるってさ!」
会長さんが声を張り上げ、教頭先生が振り返って。
「そうなのか?」
するとソルジャーがパチンとウインク。
「いいねえ、今の振り返ったポーズとその表情! ぼくもドキンとしちゃったよ」
「あ、ありがとうございます!」
「…今のお辞儀は地が出ちゃってたね、そっちもキマると良かったんだけど…」
「は、はい…。まだまだ未熟者でして…」
努力します、と頭を下げる教頭先生、今度はポーズがキマりました。もしかしなくても、こんな調子でステージデビューになるのでしょうか? それが見事に成功したなら…。
「…ヤバイんじゃないの?」
ジョミー君が小声で囁き、シロエ君が。
「なんだかサマになってますよね、このまま行ったら充分ステージに立てるんじゃあ…」
「あいつ、どうするつもりなんだ? 二人三脚で男役とやらを極めさせたりは…」
そんなことになったら話が間違う、とキース君。会長さんは教頭先生がフィシスさんをコケにしたから仇討ちとばかりに男役スターへと進ませた筈で、本当のスターに仕上げるつもりは最初から全く無かったのでは…?
「でもよ、もうすぐ学園祭だぜ?」
「そうよね、劇的に引っくり返せるどころかステージで披露するしかないわよ…」
何処で話がズレたのだろう、と私たちは焦っていたのですけど。
「な、なんだって!?」
教頭先生の慌てたような声が響いて、「かみお~ん♪」の叫びと青いサイオン。ちょ、ちょっと待って、瞬間移動な心の準備は全く出来ていないんですけど~!
一瞬の後に、私たちは会長さんが住むマンションの屋上に立っていました。其処には立派な階段が一つ。そう、階段。いつか見たテレビで男役のトップスターが足元も見ずに颯爽と下りた、あの階段を思わせるヤツがドドーンと設置されていて…。
「さあ、ハーレイ。これが最後の特訓なんだよ」
会長さんが煌々と屋上を照らす照明の中で嫣然と。
「男役のトップスターたるもの、この階段を笑顔で下りられてなんぼなんだよ。足元なんて見ちゃいけないよ? 観客だけを真っ直ぐに見る!」
学園祭のステージにもコレを運んで設置するから、とニコニコニッコリ。
「当日は背中に羽根飾りもつく。これがなかなか重くってさ…。そうだよね、ぶるぅ?」
「うんっ! 何キロあるのか計ってないけど、すっごく重いの!」
こんなのだよ、と宙に取り出された羽根飾り。一本の羽根が一メートル近くあるでしょうか。それが何枚も太陽の輝きのように組み上げられて、スターの背中を飾る仕組みで。
「とりあえず今日は羽根はつけずにやってみようか、まず階段の上に登って!」
会長さんが階段を指差し、教頭先生は「そ、それは…」と肩を震わせながら。
「階段の幅が狭いと言わなかったか? ふ、普通よりも…」
「狭いね、とにかく登ってみれば? 自分の足でさ」
「…う、うう……」
無理だ、と悲鳴を上げる教頭先生。一番下の段に乗っけた足はかなりの部分がはみ出しています。
「こ、こんなのを登るのはともかく、下りるのは…! しかも足元を見ないなど…!」
「出来ないんだったらデビューは無しだね、せっかく此処まで来たのにさ」
ついでにぼくとも釣り合わない、と会長さんは悪魔の微笑み。
「学園祭まで頑張ってみるか、此処でアッサリ諦めるか。…今までの努力が水の泡だけど」
「もったいないと思うよ、ぼくは」
ソルジャーが口を出しました。
「転げ落ちたら確実に腰を傷めちゃうけど、その腰、まだまだ出番は無いだろ? ぼくのハーレイが腰を傷めたら困るけれどさ、君は直ぐには困らないんだし、頑張りたまえ」
「そうだよ、なんならクッション代わりに羽根飾りもつけて! デビューあるのみ!」
張り切っていこう! と会長さんとソルジャーがタッグを組んで教頭先生を階段の上へとサイオンで運んだのですけれど…。
「む、無理だぁーーーっ!!!」
絶叫と共に反対側へと飛び降りた教頭先生、後をも見ずに非常階段を駆け下りて脱兎の如く…。会長さん、最初からこれを狙ってましたか?
「…正直、此処まで頑張るとは思わなかったけど…。この階段は流石にねえ?」
無理、無茶、無駄! と笑い合っている会長さんとソルジャーと。男役トップスターを極められなかった教頭先生、どうやら未来は無さそうです。出番が消えた羽根飾りは学園祭の人気投票で会長さんが背負うと言ってますけど、大階段も下りるのでしょうか、楽しみ、楽しみ~!
輝けるスター・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
教頭先生が特訓を重ねる羽目に陥った「スター」は、もちろん宝塚がモデルであります。
大階段も大変らしいですけど、羽根飾りの重さも半端ないとか。プロって凄い。
シャングリラ学園、来月は普通に更新です。いわゆる月イチ。
次回は 「第3月曜」 3月20日の更新となります、よろしくです~!
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こちらでの場外編、2月は、恒例の「七福神めぐり」。やはりエライことに…?
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