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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

知らない大根

(さて、と…)
 明日は土曜日、ブルーの家に出掛ける日。
 今日は仕事が遅くなって寄れずに帰って来たから、帰宅時間はブルーの家に寄って来た日よりも数時間早い。その代わり、自分で夕食の支度から始めなければならないが。
 とはいえ、料理をするのは好きだし、食材を確かめて調理に取り掛かる。御飯が炊き上がる頃に合わせて出来上がるように。
(家で食事もいいもんだしな?)
 毎日では侘しくなってくるけれど、今の自分にはブルーという小さな恋人がいる。まだ幼くて、おまけにチビで。ブルーがいつも主張している十八歳での結婚が叶うかどうかは全くの謎。
 それでもいずれは結婚して一緒に暮らすのだから、その日を胸に思い描くだけで幸せになれるというものだ。いつかはブルーと二人の食卓、二人で食事。
(未来の嫁さんと週に何度かは一緒に飯だし…)
 ブルーの家で昼食と夕食を食べる休日、仕事帰りに寄って夕食。
 そういう機会も少なくはないし、お蔭で家で一人の食事も苦にはならない。
(メリハリがあっていいってな、うん)
 それに元々、気ままな独身生活を楽しんでいたのが自分だから。
 振り返ってみれば、一人の食卓が侘しいと思ったことなど一度も無かったような気もした。
(…するとブルーに出会ったばかりに、一人が続くと侘しいってか?)
 人の心とは面白いものだな、と苦笑した。
 なまじ恋人が出来たばかりに、一人きりの食事が続くと寂しくなるらしい。
 早くブルーと暮らしたいものだと、いつも一緒に食べたいものだと。



 そうは言っても、侘しさを感じてしまうほどにはブルーと離れていないから。
 週に何度かは一緒の夕食、ブルーの両親も交えた食卓。
 ゆえに一人で夕食を食べる日が訪れても、ブルーと出会う前の自分に戻ったかの如く、あれこれ料理を作ったりして楽しむだけの余裕があった。
 今日も出来立ての料理と炊き立ての御飯を並べて「いただきます」と合掌をして。
 ゆっくりと夕食を味わった後は、片付けを済ませてコーヒーも淹れた。
(ふうむ…)
 ブルーの家に寄った日ならば、この時間にはまだ帰宅していない。自分の時間がたっぷり取れる日、その上、明日は土曜で休日。
(一杯やるかな)
 やらねばならないことを済ませて、日記も書いて。それからのんびり酒を飲むのもいいだろう。
 よし、と立ち上がって書斎へ向かった。まずは仕事と、習慣の日記。



 すっかり馴染んだ羽根ペンで今日の日記を書き終え、引き出しの中へ。
 引き出しの中、前のブルーの一番有名な写真が表紙に刷られた、ソルジャー・ブルーの写真集。『追憶』というタイトルのそれに上掛けよろしく日記を被せて、「いい夢を見ろよ」と優しく語り掛けてやって。
 書斎の明かりをそうっと消してから、ダイニングの方へと戻ってゆく。
 一杯やろうと、一人の夜を満喫しようと。
(時間は充分あるんだし…)
 つまみに何か作ってみようか。
 チーズやナッツといった酒のアテは色々あるのだけれども、時間があるならひと手間かけたい。何にしようか、と考えながらキッチンに足を踏み入れた途端に閃いた。
 大根ステーキ。
 ガーリックも添えて、バター醤油で。



(熱々を食うのが美味いってな!)
 少し冷え始めた秋の夜には丁度いい。酒のお供にもピッタリの味。
 それに決めた、と大根を出して、二切れ切った。三切れでもいけるが、今夜は二切れ。皮を薄く剥き、下ごしらえはミルクを温めたり料理を温め直したりするレンジにお任せ。
 大根を加熱している間に、ガーリックを手際よく薄切りに。
 レンジが仕上がりを告げて来たから、フライパンの出番。
 油をひいて、大根とガーリックを一緒に焼いて。先に火が通ったガーリックを大根の上にヒョイヒョイと乗せた。放っておいたら焦げてしまうし、こうすれば大根に風味も移る。
(そろそろだな)
 大根を裏返し、ガーリックは大根の焼けた面の上へ。ジュウジュウと音を立てる大根をじっくり焼いたら、バターと醤油を全体に絡めて大根ステーキの出来上がりだ。
 もちろんガーリックを乗せておくのも忘れない。ガーリック風味が肝なのだから。



 飴色に焼き上がった大根ステーキ。
 ダイニングのテーブルで熱々を頬張る。酒を片手に寛ぎの時間。
 香ばしく焼けたガーリックが実に食欲をそそり、三切れ作っても良かったか、とも思った。夜は長いし、三切れにしておくべきだったろうか?
 暫く食べていなかったから、この味が如何に後を引くかを忘れていた。
(チーズを乗せても酒に合うんだ)
 ガーリックの代わりに、とろけるチーズ。
 大根は寒さへと向かうこれからの季節が美味しいから。ぐんと旨味が増してくるから。
 暑い季節には忘れ去っていた大根ステーキの出番も増えて来るだろう。
 夜食に、つまみに、大根ステーキ。



(夏だったら野菜スティックなんだがな)
 同じ大根のつまみでも、と考えた所で頭に引っ掛かったもの。
(野菜スティック…?)
 夏の間はよく食べた。旬のキュウリに、セロリやニンジン、大根などなど。
 ディップも自作で味噌を入れたり、バラエティー豊かに楽しんで味わっていたのだが…。
(前の俺も食ったな、野菜スティック)
 シャングリラの食堂でもよく出されていた野菜スティック。
 火を通さない生野菜は新鮮さが売りで、自給自足の生活が順調であることの証でもあった。畑で採れたばかりの野菜を切って揃えて野菜スティック。
 生野菜のサラダも定番だったし、火を通した野菜料理も色々と作られていたのだけれど。
(…大根ってヤツが無かったんじゃないのか?)
 そんな馬鹿な、と愕然とした。
 しかし記憶に全く無い。野菜スティックにも、サラダにも。他の料理にも無かった大根。お目にかかった覚えが無かった。あの真っ白な大根なるものに。



(大根だろう…?)
 さっき焼き上げて、頬張っている飴色の大根ステーキ。
 これも大根だし、料理に、おろしに、刺身のつまにと、大根の出番は非常に多い。
 今では欠かせない馴染みの野菜。
 買い出しに行けば、必ずと言っていいほど選んで買ってくる大根。
(まるで気付いていなかったぞ…!)
 あまりにも当たり前に日々の暮らしにある野菜だから。
 初対面とは思わなかった。
 青い地球の上に生まれ変わって初めて会ったとは気付かなかった。
(前のあいつも…)
 自給自足の生活になるまでは、食料品や物資を奪いに出ていたブルー。
 その頃は後のシャングリラでは作り出せなかった食材も豊富に揃っていたものなのだが、大根は一度も船に来ていない。前のブルーは人類の船から大根を奪ってはいない。
 恐らく、無かったのだろう。
 大根という野菜自体が、それを食材と認識するような食文化が。



(で、どうなんだ?)
 実際の所はどうだったろう、と食べ終わった後で書斎に戻って調べてみれば。
 やはり無かったらしい大根。
 植物としては種の保存のためにと残されていても、食べる文化が何処にも無かった遥かな昔。
 前の自分が生きた頃には、大根は食卓に上らなかった。SD体制とマザー・システムが消した。
 ゆえに前の自分は大根を知らず、食べたことすら無かったわけで。
(なんてこった…!)
 今の今まで気付かなかったとは恐れ入る。
 シャングリラでは調理人だったくせに、と自分で自分に呆れ果てもしたが。
(…厨房は初めの頃だけだしな?)
 キャプテンになった後なら、厨房のことは管轄外だ。食料の管理は係がいたし、前の自分は届く報告に目を通すだけ。食料が足りているか否かをチェックするだけ。
 いや、しかし…。
(食料はともかく、農作物の出来のチェックも…)
 それもキャプテンの仕事だった。
 作物の出来や、次に作る作物は何にするか、といった報告も見ていた筈で。
(たまに畑も見回っていたし、シャングリラで何を栽培してるか、俺は知ってた筈なんだ)
 把握していたのに、なんたる迂闊さ。
 これほどの大物にまるで気付いていなかったとは。
 野菜売り場では直ぐに目に入る、独特の姿の大きな大根。
 それがシャングリラに無かった事実に、今まで気付きもしなかったとは…。



(ブルーも気付いていないだろうなあ…)
 明日の話題にしたいものだが、相手は大根。
 どうやって話を持って行ったものか。
 単に「大根は無かったんだぞ」と話すだけでは面白味に欠けるし、新鮮さも無い。ここは大根を持ってゆきたい所だけれども、丸ごとの大根を提げて出掛けるのは些か間抜けだ。
(かと言って、俺の手料理というのもマズイしなあ…)
 調理された大根を手土産にしたい、と考えたものの。
(おでん大根…)
 咄嗟に浮かぶものはそれくらい。
 持ち帰りも出来る近所の食堂で美味しそうに煮えているけれど。大根だけでも買えるけれども、おでん大根はおやつではない。お菓子代わりに食べられはしない。提げてゆくなら昼食におでん。
(おでんだと焦点がボケそうだしなあ…)
 大根のために買って来たのだ、と告げても大根の影が薄すぎる。他の具材の方に目が行く。
(俺は大根を強調したいんだが…)
 やはりおでんの大根だけを持って行くしかないのだろうか?
 練り物や玉子を入れて貰う代わりに、おでん大根ばかりを買って昼食用に提げてゆくとか。少々偏った昼食になるが、それしかないか、と首を捻って。
(待てよ?)
 そうだ、と閃いた別のアイデア。それにしよう、と頷いた。
 明日はこれだと、これを土産に持って行こうと。



 次の日の朝、ブルーの家を訪ねる土曜日の朝。
 朝食を終えて、いい天気だから歩いて出掛けてゆく途中。
 近所で人気の中華料理の店の前へと差し掛かった。店主の方針で朝が早いから、営業している。店に入って、目当ての品があるのを確認してから注文をした。
「二つ下さい」
 持って帰るので、と言えば包んで袋に入れてくれた。それを提げてブルーの家まで歩いて、門を開けに来たブルーの母に「買って来ました」と渡して中身を説明して。
 二階のブルーの部屋に案内されて椅子に腰掛けた後、ジャスミンティーが運ばれて来た。それと先刻、渡した手土産。温めて貰った大根餅。



 この家では珍しいジャスミンティーの香りがふわりと漂い、大根餅の匂いと混ざり合う。
 ブルーはキョトンとした表情で大根餅を指差した。
「なに、これ?」
 ママが「ハーレイ先生が下さったのよ」って言っていたけど、何なの、これ?
「大根餅だが」
 食ったことないか、大根餅。美味いんだぞ。
「大根餅なら知っているけど…。此処、美味しいの?」
 評判のお店の大根餅なの?
「まあ、食ってみろ」
「ふうん…?」
 ブルーは素直に一口齧って、「美味しい!」と顔を綻ばせた。
「そりゃ良かったな。俺の近所じゃ人気の店の大根餅だ」
「お土産なんだね、ありがとう!」
 これ、美味しいから、他にも美味しいものが色々ありそう。またお土産に買って欲しいな。
「ただの土産じゃないんだがな」
「えっ?」
 どういう意味なの、これって特別?
 今日だけの限定品で次に行っても売ってないとか、そういう特別な大根餅…?



「その大根。お前、変だと思わないか?」
「大根餅が?」
 やっぱり特別? 何か珍しい材料とかが入っているの?
「いや、俺が言うのは大根だが」
「大根餅には大根でしょ?」
 何処が変なの、この大根餅、変わった大根を使って出来ているとか…?
「ごくごく普通の大根だろうと思うがな?」
 しかしだ、当たり前で普通な大根ってヤツ。
 前の俺たちはそいつを知っていたか、ということだ。
 いいか、よくよく考えてみろ。シャングリラでは大根を普通に食っていたのか?
「あっ…!」
 確かに変かも、大根を食べるなんていう話を前のぼくが聞いても何のことだか分からないよ。
 大根がお店に並んでいたって、食べるものだとは思わないかも…。
「ほら見ろ、大根、変だったろうが」
 前の俺が大根を渡されて、食えるものだと聞いたなら。
 それなら料理も工夫しただろうが、何も知らずに大根だけを前にしたなら、料理はしないな。
 食えるかどうかも分からないんだし、毒でもあったら大変だからな?
 他に食うものが何も無いとか、そういう状況に追い込まれた時は毒の有無を調べるトコからだ。間違ってもいきなり料理はしないし、試作品だって作らないってな。



「そっか、大根…。毒かどうかも分からないんだね、前のぼくたち」
 美味しそうに見えても毒のあるもの、沢山あるし…。大根なんかはホントに謎だね、見た目じゃ判断つかないどころか、食べ方だって見当つかないよ。
 今のぼくなら、大根の食べ方、分かるんだけど…。
 大根無しなんて考えられない食べ物も沢山あるんだけれど…。
「俺もだ。大根がメインの料理も今では作るわけだが…」
 ゼルたちだと、大根はどうだかなあ…。
 メインでなくても食わないかもなあ、大根を出してやったって。
「えーっと…。メインでなくても食べないだなんて、お刺身は?」
 大根はつまで添えてあるだけだよ、好みで食べればいいんだよ?
「あいつらが刺身を食うと思うか?」
 生の魚だぞ、大根以前に刺身自体が駄目だと思うが。
「大根おろしは?」
「ヘルシーだろうな、ドレッシングに入れてもいいしな」
 だがな、大根おろしが合うドレッシング、前の俺たちの時代にはまるで無かったぞ?
 そして大根おろしを添えた焼き魚を出したとしたって、大根おろしだけが残っていそうだ。
 これは食えんと、魚の味が薄くなるだけだ、とな。



「大根おろしも食べないだなんて…」
 まさかゼルたち、大根は全然食べられないとか?
 前のぼくでも困りそうではあるけれど…。あの頃に大根おろしとかがお皿に載っていたら。
「ちょっと変わった食い物ってことで、挑戦してみて口に合うとしたら、だ」
 大根ステーキくらいじゃないか? レシピによっては美味いと思うのもあるだろうさ。
 でなけりゃ野菜スティックだな。それこそディップやドレッシングで好きに出来るしな。
「そうなっちゃうの?」
 大根の食べ方、大根ステーキか野菜スティックくらいってことになっちゃうの?
「思い切り馴染みが無いからな」
 普段の食い物の味に近付けるしかないってこった。ソースの味とか、ディップの味でな。
「でも、大根…。おろしでもつまでも、アルタミラの餌よりマシだと思うよ?」
 少なくとも生の野菜なんだし、あんな餌よりずっとマシだよ。
 野菜スティックだって餌よりはマシで、ちょっとは野菜を食べてる気分。
「マシどころか実に美味いんだがなあ、大根ってヤツは」
 生だと美味さに限界があるが、料理してやりゃ食い方は色々あるってな。
 そいつを知らずに生きていたとは、前の俺たちはどれほどの損をしていたんだか…。
 まさかシャングリラに無かったなどとは思わなかったさ、大根っていう野菜がな。



「ホントだね…。今のぼくには当たり前の野菜なんだけど…」
 ママが買って来ても、わざわざ「なあに?」って訊かなくっても、大根だって分かるもの。何を作るのかな、って考えるだけで、大根を変だとは思わないもの。
「俺もそうだな、自分で買い物に出掛けて行っては大根を買っているからな」
 もうすぐ切れるから買っておかんと、と迷わずに買って帰る野菜だ。大根があるのと無いのとで飯の美味さも変わっちまうぞ、ここで大根おろしがあれば、っていう風にな。
 大いに使える野菜だがなあ、前の俺が全く知らなかったとは呆れるより他にないってもんだ。
「そうだよね…。前のぼくだって同じだよ」
 大根、シャングリラに似合いそうなのに…。シャングリラっぽい野菜なのに…。
「はあ?」
 シャングリラっぽいって、大根がか?
 大根の何処がシャングリラっぽくて、シャングリラに似合いそうなんだ?
「白いトコだよ、真っ白なトコ」
 シャングリラは白い鯨なんだよ、だから真っ白な大根が似合うと思うんだけど…。
 ああいう真っ白な大きな野菜はシャングリラの畑に無かったよ?
 白い大根が畑でドッサリ育っていたなら、シャングリラのシンボルになりそうなのに。
 シャングリラは大きな白い鯨で、畑には白い大根なんだよ。



「なるほどなあ…」
 あの頃には大根を食おうって文化が無かったんだし、大根畑は無理そうだが…。
 大根がシャングリラに似合うというなら、今度シャングリラに挑戦するかな、大根で。
「シャングリラ?」
 大根でシャングリラに挑戦するって、何をするの?
 シャングリラはもう何処にも無いのに、大根なんかで何をするつもり?
「ちょいと彫刻してみるのさ」
 野菜彫刻だ、ベジタブルカービングっていうヤツだ。
 大根は木よりも柔らかいしな、そいつでシャングリラを彫ろうかと…。
「そんなの出来るの?」
 前のハーレイ、木彫りは下手くそだったじゃない。
 大根だったら上手く彫れるの、ちゃんとシャングリラが出来上がるの?
「さてなあ、ベジタブルカービングはやってみたことがないからな」
 大根を綺麗に細かく彫ってあるのとか、そういった写真を見たことがあるというだけで。
 ついでに今の俺は木彫りも全くやっていないし、カンが戻るかどうかも分からん。
 だが…。
 上手くシャングリラが彫り上がったとしても、食っちまうのはあんまりかもなあ…。
 しかし野菜を無駄にするのも勿体ないから、其処が悩ましい所だな。
「煮込んだら白くなくなるよ?」
 大根で彫ったシャングリラ。お醤油たっぷりのお出汁で煮込めば、もう白くないよ。
 白くなければ食べても問題ないんじゃないかな、白い鯨じゃないんだから。
「茶色く汚れたシャングリラか?」
 確かにそいつはシャングリラじゃないし、偽物だな、と思って食えるが…。出汁の味がしみてて美味いんだろうが、汚れちまったシャングリラなあ…。
「シャングリラじゃないでしょ、白くない鯨」
 あちこち補修が必要な時は、ちょっぴり茶色い部分も出来てはいたんだろうけれど…。
 丸ごと茶色くなるようなことは無かった筈だよ、だからお出汁で煮込んでしまえば平気だよ。
 白くない鯨は、もうシャングリラじゃないんだから。



 大根を彫って出来たシャングリラは煮込めばいいよ、とブルーが微笑む。
 そうすれば遠慮なく食べてしまえるし、大根も無駄にはならないから、と。
「だけど、ハーレイが大根でシャングリラを作るんだったら…」
 ぼくも見たいな、大根で出来たシャングリラ。
 ハーレイの木彫りの腕は知ってるし、シャングリラに見えないかもしれないけれど。宇宙遺産のウサギみたいに、目指したものとは別になっちゃうかもしれないけれど…。
「おいおい、ナキネズミがウサギに化けたみたいに、シャングリラも別物になるってか?」
 ギブリくらいで済んだらまだマシで、鯨どころかウナギになるかもしれないってか?
「ウナギだったら、まだ魚だけど…」
 白いからハツカネズミとか。下手に彫ったらハツカネズミが出来上がりそうだよ、大根の。
「こらっ、お前は俺がヘンテコな失敗作を作る方向で期待しているな?」
 ウナギが出来るか、ネズミが出来るか。
 シャングリラなんて出来やしないから、うんと笑おうと思って「見たい」と言っているんだな?
「笑うだなんて言っていないよ、ハーレイの彫刻が見たいんだよ!」
 ベジタブル…カービングだっけ、野菜の彫刻。
 今のハーレイ、木彫りはしないって聞いているから、もう見られないと思っていたけど…。
 楽しそうに木彫りをしていたハーレイ、また見てみたいと思ったんだよ、野菜でいいから。
 大根を彫ってるハーレイでいいから、ナイフ片手に彫刻するトコ。
 それを見たいよ、下手くそだなんて馬鹿にしないから。
 シャングリラがウナギやネズミになっても、ちゃんとシャングリラだと思って見るから。



「そう来たか…」
 俺が彫刻している所を見学したい、と、そういうことだな?
 木彫りじゃなくてもかまわないから、何かを彫ってる俺の姿を。
「うん。大根を彫ってるハーレイでいいよ、懐かしいな、って見学するから」
 前のハーレイも彫ってたよね、って。
 今度のハーレイは大根を相手に彫っているけど、やっぱりハーレイはハーレイだよね、って。
「ふうむ…。なら、結婚してから大根に挑戦してみるとするか」
 お前もゆっくり見学できるし、あれこれ口も出せるしな?
 そんな風に彫ったらウナギになるとか、ネズミになるとか、好き放題に。
「ハーレイが真剣に彫っているのに、横から悪口は言わないよ?」
「馬鹿。俺は楽しんで彫っているんだ、お前が黙って見ていちゃ、つまらん」
 凄いだろう、と感想を求めて訊いてやるから、お前は好きなように言えばいいのさ。
 下手くそだとか、とてもシャングリラには見えないだとか。
 せっかく今度は結婚するんだ、遠慮しないで悪口もどんどんぶつけるといい。
 もちろん俺だって黙っちゃいないぞ、言いたい放題、言い返すからな?
 そうやって二人で作ろうじゃないか、大根彫刻のシャングリラ。
 お前が余計な口を出すからウナギになったとか、ネズミに化けてしまったとかって責任逃れだ。
 そしてお前は俺の腕が下手だと詰ればいいのさ、生まれ変わっても変わりやしないと。
 ナキネズミがウサギに化けるだけあって今度も酷いと、これはウナギだ、ネズミなんだと。



「ふふっ、そういうのも楽しそうだね」
 ハーレイが大根でシャングリラを彫るの、凄く楽しみになってきたかも…。
 ウナギやネズミに化けてしまうの、お互いのせいにするんだね?
 ハーレイはぼくのせいだって言って、ぼくはハーレイが下手だって言って。キッチンか何処かで喧嘩しながら大根のシャングリラが出来上がるんだね?
「うむ。俺は精魂こめて彫るから、そりゃあ立派なヤツが出来るさ」
 ウナギに見えるかネズミかは知らんが、シャングリラだ。
 大根で作った食えるシャングリラが出来上がるんだし、後は二人で食うだけだってな。
「いいね、お鍋に入れてみる?」
「鍋か…。澄んだ出汁なら汚れないから、白いシャングリラのままなんだが?」
 白けりゃ偽物のシャングリラにならんし、良心が痛む気もするが…。
「二人で食べるんならいいんじゃない?」
 白いシャングリラでも、ハーレイとぼくが食べるんだったら。
 ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイがお鍋にしたなら、許されそうだと思うけど…。
 だから食べようよ、分けて、二人で。
「俺たちが食うならかまわないってか?」
 そうかもしれんが、どう分けるんだ?
 ウナギだかネズミだかに見えるシャングリラを二人で食うなら、どう分ければいい?
「えーっと…。切り方はハーレイに任せるよ」
 キャプテンなんだもの、シャングリラのことならキャプテンが決めるのが一番だよ。真っ二つに切るとか、三つに切るとか、食べやすいように切ってくれればいいと思うな。



「分かった、俺が決めるんだな?」
 シャングリラの命運は大根になっても俺が決める、と。此処で切るかと、こう分けるかと。
 どうせなら大きな大根を買って彫刻してみるか、とハーレイは笑う。
 何処で切ろうか悩むくらいの大きなシャングリラが彫れる大根。
 そういう大きな大根を彫って、ブルーが横から口出しをして。
 二人で賑やかに楽しく言葉を交わして、大根彫刻の白いシャングリラが出来上がる。どう見てもウナギやネズミでしかない、シャングリラ。鯨に見えないシャングリラ。
 大きな大根彫刻なのだし、あれこれと料理してみるのもいい。
 彫る時に出来た沢山の欠片は野菜サラダや味噌汁の具に。
 シャングリラはハーレイが幾つにも切り分けて、鍋や煮物などに。



「ねえ、ハーレイ。大根ステーキも美味しそうだね」
 ハーレイが昨日、作っていたっていう大根ステーキ。
 白い鯨じゃなくなっちゃうけど、白くなくなっちゃうけれど…。
「デカイ大根を飽きずに食うなら、そいつも俺のお勧めではある」
 鍋でも煮物でも大根ばかりじゃ飽きが来るしな、一部は大根ステーキにするか。
 酒のつまみに丁度いいんだ、お前の場合は酒は無理だし夜食だな。
 俺と二人でのんびりと食うか、シャングリラを切り分けた大根ステーキ。
「うん、食べたい!」
 ウナギかネズミか分からないけど、シャングリラだもの。
 ハーレイが彫った大根彫刻のシャングリラだもの、お酒も飲まなきゃ。
 お疲れ様、って、慰労会。
 大根彫刻、とっても大変だったよね、って。

 

前のハーレイもブルーも知らずに終わってしまった大根なる野菜。
 今では馴染みの野菜の大根。
 それと前のハーレイの趣味だった木彫りを合わせて、大根彫刻のシャングリラ。
 ウナギが出来るかネズミが出来るか、ブルーと二人で笑い合いながらハーレイが彫って。
 出来上がったら幾つにも切って、鍋に煮物に、彫った時の欠片は味噌汁などに。
 そうして料理を堪能したなら、大根ステーキで慰労会。
 ハーレイの酒の肴を作って、大根彫刻の慰労会。
 切り分けた大根のシャングリラの上にチーズを乗せたり、バター醤油で絡めたり。
 ブルーは酒は飲めないけれども、ハーレイの隣で夜食を頬張る。
 大根彫刻のシャングリラが化けた、ハーレイお手製の美味しい大根ステーキを…。




         知らない大根・了

※大根を食べる文化が無かった、シャングリラの時代。もちろん大根ステーキも無しで。
 今は大根を彫ってシャングリラが作れる時代です。上手く彫れたら綺麗でしょうね。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv







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