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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

金色の食べ方

(あと少し…?)
 土曜日の朝、食卓に置かれたマーマレード。
 ハーレイのお母さんが庭の夏ミカンの実から作った金色のマーマレードの瓶。かなり大きめの瓶なんだけれど、パパもママもぼくもお気に入りだから。
 毎朝のように食べているから、多分、今日か明日かでなくなりそう。瓶の底の方に残った金色、夏のお日様を閉じ込めた色。
(もうちょっとで空になっちゃうんだけど…)
 あと何回かスプーンで掬えば空になっちゃって、瓶は洗ってハーレイに返す。それをハーレイが隣町のお父さんたちの家まで行ったついでに渡してくれて、新しいのを貰えるんだ。
 残り少ないマーマレード。
 だけど、そんな朝でもマーマレードをトーストにたっぷり、ぼくの特権。スプーンを突っ込んで掬って、乗っけて。ちょっぴりビターな夏ミカンの金色をトーストと一緒に頬張る、ぼく。
(ふふっ、幸せ!)
 ぼくが掬った後、パパとママもトーストに塗り始めた。ハーレイに貰ったマーマレード。本当はハーレイのお父さんとお母さんから、ぼくへの贈り物だけど…。
 初めてマーマレードを貰った時に、ハーレイがぼくにそう言った。「親父たちからだ」って。
 いつかハーレイのお嫁さんになるぼくに、お父さんとお母さんからのプレゼント。
 大事に食べようって決めていたのに、次の日の朝、ぼくが起きたらパパとママとが食べていた。表向きはハーレイがお世話になってる御礼ってことになっていたから。
 ショックで声も出なかったぼくだけれども、ホントに泣きそうだったんだけれど。
 でも、パパとママは残り少なくなった時にはちゃんと譲ってくれて、ぼくが最後に食べられた。新しい瓶を貰えたけれども、最後の一匙はいつでも、ぼくに。
 ぼくのマーマレード、ってわざわざ言わなくってもパパとママとは譲ってくれる。
 だから残りが少なくなった今朝はぼくが一番、それからパパとママの番。



 譲り合いなんかやっていないで、次の瓶を開ければいいんだけれど。
 そうすればパパもママも、ぼくが取るのを待っていないで新しい瓶から掬えるんだけれど。
 ハーレイは瓶が空になる前にちゃんと早めに届けてくれるし、マーマレードを切らしてしまったことは無いから。
 ただ…。
(開かないんだよね)
 新しいマーマレードの瓶は開かない。そう簡単には開いてくれない。
 お店で売ってるジャムやマーマレードと変わらないように見えるけれども、蓋が固くてどうにもならない。ハーレイのお母さんが力持ちなのか、それともお父さんなのか。
 一番最初に瓶を貰った時、パパとママとは開けるのにうんと苦労した。
 ぼくは現場に居なかったけれど、見ていないけれど、そう聞いた。とても固くて大変だったと。
 そして今でも苦労している。マーマレードの新しい瓶を開けようっていう時が来る度に。
 パパが全力で蓋を捻って、ママが合わせてサイオンを乗せて。
 二人一緒に掛け声をかけて、ようやく瓶はポンと開くんだ。
 そんな具合だから、新しい瓶が開くのは前の瓶が空になった時。空っぽになったから次の瓶を、っていう時になったら始まる格闘。
 一足お先に開けておこう、と開けるには蓋が固すぎる。だって一人じゃ開かないんだから。



 パパとママとがトーストに塗って、マーマレードの残りは少しになった。
 多分、明日の朝にぼくが塗ったらそれでおしまい、パパとママとは別のジャム。マーマレードの他にもジャムとかの瓶は色々あるから、それを食べてから食後に格闘。マーマレードの瓶と格闘。
「また開けなきゃな」
 パパがマーマレードの瓶を眺めてママに言ったら、ママも頷いた。
「ええ。明日には開けなきゃいけないわね」
 今度は上手に開けられるかしら、いつも二人で開けているけど…。
 ハーレイ先生のお母様たち、ご近所の方やお友達にも配っていらっしゃるのよね、この瓶を。
 皆さん、どうしてらっしゃるのかしら、って首を傾げて見ているママ。
 そう言われてみたら、そうだった。ハーレイのお母さんたちはマーマレードを沢山配る。つまり何人もが瓶を開けているわけで、その人たちが全員、苦労しているとも思えないから。
「ハーレイにコツを訊いてみたら?」
 瓶を開けるコツがあるんじゃないかな、ハーレイは常識だと思い込んでて言わなかったとか…。小さい頃から見ていたんなら、それは普通の方法だもの。
 コツを教えて、って訊けばいいんじゃない?
 今日はハーレイ、来てくれるよ、って言った、ぼく。
 土曜日だから、ハーレイは訪ねて来てくれる。「その日は駄目だぞ」とは聞いてないから。



「そうねえ…!」
 ハーレイ先生なら絶対にコツを御存知なのよね、お母様が作ってらっしゃるんだから。
「それが良さそうだな、きっと開け方があるんだろう」
 訊いてみよう、って頷き合ってるパパとママ。
 明日の朝には瓶を開けるんだし、今日から開けても大丈夫。ハーレイに訊いて、コツを習って、次からはきっと楽に開けられるようになる筈なんだ。
 ママは早速、キッチンの貯蔵用の棚からマーマレードの新しい瓶を持って来た。テーブルの上に置かれた瓶。夏ミカンの金色が詰まった瓶。
「ぼくも開けるコツを聞いておきたいから、習う時には一緒だよ?」
 パパとママだけで聞いちゃわないでよ、教わる時にはぼくも呼んでよ?
「ふうむ…。それなら、この瓶。お前の部屋に置いておいたらどうだ?」
 それなら忘れないだろう。
 ハーレイ先生がいらっしゃったら、時間を見てお前がお願いしなさい。
 この瓶の蓋が固くて開けられないから、開けるコツを教えて下さい、とな。



 というわけで、ぼくはマーマレードの瓶を抱えて部屋に戻った。
 ハーレイと二人で座る窓際の椅子とテーブル、其処にドカンと大きな瓶。マーマレードの金色が輝くガラスの瓶。
 部屋を掃除して待ち焦がれていたら、ハーレイがやって来たんだけれど。
 案内して来たママがテーブルにお茶とお菓子を置いて行ってくれたけれども、ハーレイの鳶色の瞳は瓶に釘付け、まじまじと眺めてこう言った。
「なんだ、こいつは?」
 どう見てもおふくろのマーマレードだが、どうかしたのか、この瓶が?
 中身が減ってるようには見えんし、味や匂いが変だというわけでもなさそうだが?
「えーっとね、そういうことじゃなくって…。瓶の開け方」
 前の瓶がもうすぐ空になるから、明日にはこの瓶、開けたいんだけど…。
 これって開けるのにコツとかあるかな、ぼくのパパとママは苦労してるんだよ。
「ああ、この蓋が開けにくいってか?」
「うん。パパとママがコツを教えて下さい、って」
 ハーレイならコツを知ってるだろうし、どうやったら開くのか、蓋を開けるコツ。
「うーん…。俺にはコツなんか無いんだがなあ…」
 まあいいか、って椅子から立ち上がったハーレイ。
 紅茶のおかわりを頂く前にこいつの方を片付けるか、って。



 マーマレードの瓶を抱えたぼくと、後ろから来るハーレイと。
 階段を下りてリビングを覗いてみたら、パパもママもリビングのソファに座っていたから。
 みんなでダイニングの方に移動して、マーマレードの瓶はテーブルの上。
 主役よろしくテーブルに鎮座した瓶を前にして、パパがハーレイに頭を下げた。
「ハーレイ先生、すみません。わざわざ下りて来て頂きまして…」
「いいえ、全くかまいませんよ」
 これを持って来たのは私ですしね、責任もあるというものです。
「いつも主人と二人がかりで開けていますの。開け方、コツがあるんでしょうか?」
 教えて頂けると助かります、ってママも頭を下げたんだけど。
 ハーレイは「それが…」と、困ったような笑い顔。
「私には特に…。コツというものは無いんですよ、これ」
 こうですが、ってハーレイの大きな手が瓶の蓋を覆って、テーブルの上でキュッと捻って。
 ポンッ! と小気味いい音が聞こえて、開いた瓶。
 軽々と開いてしまった瓶。



「先生、今のは…?」
 パパが目を丸くしたら、ハーレイはマーマレードの瓶に蓋をしながら。
「サイオンは使っていませんよ?」
 捻っただけです、本当に。ですからコツなど私には無いと…。
 いつもこうやって捻るだけです、それだけでポンと開きますからね。
「そうなんですか? 私は妻と二人がかりでないと開かないんですが…」
 妻にサイオンで補助して貰って、私の方は全力で。そのくらいしないと開いてくれません。
 それが捻っただけで開くと仰るからには、やはり力の差ですかねえ…。
 柔道と水泳で昔から鍛えておられる分だけ、力もお強いということでしょうか?
「そのようですね。それほど力を入れなくても蓋は開けられますよ」
「あらまあ…。では、お父様もこの蓋、ポンとお開けになりますの?」
 ママが興味津々で訊いたんだけれど。ハーレイの答えはこうだった。
「いえ、父も力は強い方ではあるんですが…。父でも母と二人がかりです」
 釣りで大物を釣り上げる力と、瓶の蓋とは違うようですね。
 それに、マーマレードを作った母も。
 確かに自分でマーマレードを沢山作って、ガラス瓶に詰めているんですがねえ…。



 自分で蓋をしたくせに一人じゃ開けられないんです、って笑ったハーレイ。
 マーマレードの瓶は特別な真空状態になってて、開けなかったら二十年でも持つんだって。
 ガラスの瓶にマーマレードを詰めたら、蓋をして水を張ったお鍋に入れる。水が沸いてきたら、そのまま暫く弱火で煮込んで、それから出して。瓶を逆様にして冷めるまで待つ。
 蓋の真ん中がへこんでいたなら瓶は真空、開けさえしなければマーマレードはそのまんま。
「母も教わったんだそうです、ご近所の方に。その作り方を」
「そうでしたの?」
「ジャム作りがお好きな方がおられましてね」
 色々と作っておられるんですよ、毎年、何種類ものジャムを。
 頂いた瓶がなかなか開かなかったもので、母が訊いたら「真空ですよ」と仰ったそうで…。
 二十年は軽く持ちますよ、と教えて下さったという話でした。
 母がその話を伺った時に、「二十年以上も前に作りましてね」と御馳走になったようですが…。何のジャムだったかは忘れましたが、まるで出来立てのような味がしていたらしいですよ。



 二十年以上も前に作ったジャムでも、ちゃんと食べられるという真空の瓶。
 蓋が頑丈な理由が分かった。
 そんなに長い間、傷みもしないでジャムが持つなら、マーマレードだって同じこと。外の空気に触れないようにとマーマレードを守っている蓋、そう簡単に外れちゃったら大変だもの。
 ハーレイのお母さんが真空にしちゃった、うんと蓋の固いマーマレードのガラス瓶。
 蓋に小さな穴を開ける人もいるんだって。そうすれば真空じゃなくなるから。蓋は緩んで普通の力で開くようになるし、手伝ってくれる人がいなくても開けられる。
 だけど、そこまでする人がいるほどの蓋。
 固いと評判のマーマレードの蓋をハーレイはポンと開けちゃった。
 コツなんか無いと、自分はいつでもこうやっていると。
 マーマレードの瓶を開ける時には声を掛けて下されば開けますよ、って言っているけれど。
「それは申し訳ないですし…」
 妻と二人でやってみますよ、とパパが瓶を見て、ママだって。
「ええ、なんとか頑張って開けてみますわ、コツが無いなら」
「そう仰らずに、ご遠慮なく」
 いつもお世話になっていますし、マーマレードの蓋くらいなら…。
 馬鹿力がお役に立つのでしたら、このくらい、いつでもお手伝いさせて頂きますよ。



 ハーレイが開けてくれたマーマレードの瓶をダイニングに残して、ぼくの部屋に戻って。
 お茶のおかわりをカップに注いで、ぼくはハーレイの手を見詰めた。
 ぼくとおんなじカップを持っても、カップが小さく見えてしまう手。力だって強い手は瓶の蓋もポンと開けちゃうくらいで、ホントに感心するしかなくて。
「ハーレイ、凄いね」
 力持ちだね、ハーレイの手って。
 パパの力でも開けられない蓋、捻っただけで開くんだものね。
「親父たちにも言われるなあ…。馬鹿力だと」
 あの瓶の蓋を素手で開けられるヤツはお前くらいだと、誰一人として開けられないんだ、と。
 もっとも、俺でもガキの頃には流石に開けられなかったがな。
 何歳くらいの頃だったかなあ、蓋を捻るだけで開けられるようになったのは。
 お前くらいの年の頃にはまだ無理だったな、格闘していた覚えがあるしな。



 そうは言っても、ぼくの年には頑張れば蓋を開けられたらしい、凄いハーレイ。
 蓋をちょっぴり温めてやれば、なんとか開いたというから凄い。ぼくのパパとママはその方法も試してみたのに、未だに二人がかりで開けないとどうにもならないんだから。
 でも、ハーレイが蓋を開けてくれたし…。
「明日から新しいマーマレードを食べられるんだよ、ぼくが一番に掬うんだ」
 せっかくハーレイが開けてくれた瓶なんだもの、一番乗りをしなくっちゃ。
 いつもだったら一番でなくてもかまわないけど、明日は一番。
「ほほう…。遅れないよう早起きせんとな、でないと先に食われちまうぞ」
「それは絶対、大丈夫!」
 ぼく、特権を持ってるんだよ、マーマレードの。
 これが最後の一匙、って時には、マーマレードはぼくが貰うんだ。それでぼくの分が足りない時には新しい瓶。ちょうどそういうタイミングだから、パパとママは食べずに待ってるよ。
 ぼくが起きなくて先に食事、って思うんだったら、別のジャムとかマーマレード。あの瓶の分は食べずに待っていてくれてるから、ホントにぼくが一番なんだよ。



 楽しみだよね、って新しい瓶のマーマレードを思い浮かべてウキウキしてたら。
「お前、どうやって食っている?」
「えっ?」
「マーマレードだ。お前、どうやって食っているのかと訊いているんだが?」
 おふくろのマーマレードの食べ方。いつもどういう食い方をしてる?
「トーストだよ?」
 キツネ色に焼けたトーストに塗って食べているけど、どうかした?
「バター、塗ってるか?」
「バター?」
 えーっと…。バターなんかは塗らないよ?
 マーマレードをたっぷりと塗って、それだけで食べているんだけれど…。
「そいつはいかんな、バター無しとは」
 トーストにバター、熱いからトロトロに溶けるだろうが。
 溶けたバターを一面に塗って、その上にマーマレードを乗っける。こいつが実に美味いんだ。
 お前がやっていないと言うなら、それは思い切り損をしてるぞ。
 バターとマーマレードの組み合わせが絶品なんだから、ってハーレイは片目を瞑ってみせた。
 俺もそうやって食ってるんだぞ、って。



「バターを塗ってからマーマレードって…」
 美味しいの?
 ハーレイ、それがお気に入りなの?
「ジャムとかでよくやらないか? バターとセットで」
 バターだけとか、ジャムだけだとか。そんな食い方より美味いんだがなあ、組み合わせると。
 塩味と甘味の相性だろうな、バターに蜂蜜も美味いんだが。
「そういう食べ方、たまにやるけど…。美味しいんだけど…」
 でも、ハーレイのお母さんのマーマレードは…。あれはあれだけでも美味しいから…。
 夏ミカンの金色、うんと素敵な味だから…。
 もったいないよ、って答えたぼく。
 夏ミカンの味がバターで死んでしまうと、ハーレイのお母さんの味が台無しになると。
「何を言ってる、より美味しくなる食い方をしないと損だろうが」
 あのマーマレードと、溶けたバターと。
 おふくろも親父も気に入っているし、俺の家では定番だぞ。トーストにバターをたっぷりだ。
 いいか、美味いんだから試してみろ。
 もったいないだなんて言っていないで、明日にでもな。
「うんっ!」
 ハーレイも、ハーレイのお母さんたちもお勧めだったら、試してみる。
 金色同士の組み合わせなんだね、金色に溶けた熱いバターと、マーマレードの金色と。



 次の日の朝、張り切って起きていった、ぼく。
 ダイニングのテーブルにマーマレードの大きなガラス瓶が二つ、残りが少しになっていた分と、昨日ハーレイが開けてくれた分と。
 パパとママはまだ食べ始める前で、トーストを焼いてるトコだったから。
 ぼくは気前よく、残りが少ない瓶のマーマレードをママに譲った。いつもだったら両方の瓶のを一人占めだけど、今日は新しい食べ方を試す日なんだから。
 記念すべき第一回の分のマーマレードはバターが冷めてしまわない内にたっぷり塗りたい。前の瓶の底までスプーンで掬ってるよりも、新しい瓶からスプーンで沢山。



 そうするんだ、ってトーストを焼いて貰って、教わったとおりにバターを乗っけた。トーストの熱で溶かしながら塗って、金色のバターを端の方までしっかりと広げたら、マーマレードを。
 キツネ色のトーストに金色のバター、その上にマーマレードの金色。
 夏のお日様をギュッと閉じ込めた、ハーレイのお母さんのマーマレードをたっぷりと。
「あら、珍しいわね?」
 ブルー、その食べ方は初めてじゃない?
 他のジャムとかでするのは見るけど、ハーレイ先生のマーマレードではやってないでしょ?
「うん、ハーレイに習ったんだよ」
 昨日、教えて貰ったんだ。ハーレイの家では定番の食べ方なんだって。
 こうやって食べないと損をしてるぞ、って言われちゃったから、食べてみるんだよ。
(バターと、ハーレイのお母さんのマーマレードと…)
 金色と金色の組み合わせ。金色のバターと、お日様の金色のマーマレードと。
 どうなのかな、って一口、齧ってみたら…。
(美味しい…!)
 バターの塩味と、ちょっぴりビターなマーマレードの酸味と甘味。
 少し心配していたんだけど、ハーレイのお母さんのマーマレードはコクのあるバターにちっとも負けてはいなかった。それどころかバターを家来にしている。従えちゃってる。
(夏ミカンのマーマレードが王様なんだよ)
 お供はバターとキツネ色のトースト、王様のマントは夏ミカンの皮。
 マントじゃなくって王冠だろうか、マーマレードが此処にあるよ、って舌に伝えてくれる皮。
 マーマレードはトーストの主役、金色に輝く立派な王様。バターなんかに負けない王様。
(ハーレイが言ってたとおりだったよ、「美味いんだぞ」って)
 バター無しだなんて損だと言っていたハーレイ。
 ハーレイのお勧めは当たってた。
 きっと子供の頃から食べていたんだ、バターと夏ミカンのマーマレードのトーストを。
 庭に夏ミカンの大きな木がある、隣町のお父さんとお母さんが暮らしてる家で…。



 朝からとってもいいものを食べて、御機嫌になってしまった、ぼく。
 掃除も鼻歌を歌いながらで、早くハーレイが来てくれないかと何度も窓から見下ろして。
 首が伸びてしまうほど待った気がするけれども、ハーレイが来たのはいつもの時間。門扉の脇のチャイムを鳴らして、ぼくに笑顔で手を振ってくれた。
 ぼくの部屋で二人、お茶とお菓子が置かれたテーブルを挟んで向かい合わせに座ったら。
「マーマレードにバター、試してみたか?」
 そう訊かれたから、ぼくは元気一杯に「うん!」と答えて報告。
「美味しかったよ、ハーレイのお勧め!」
 バターの塩味に負けていないね、ハーレイのお母さんのマーマレード。
 なんだか王様みたいだったよ、トーストとバターを家来にしている偉い王様。
 キツネ色のトーストも金色のバターも家来なんだよ、マーマレードの王様の家来。
 ハーレイに教えて貰わなかったら、ぼく、マーマレードが王様だなんて気付かなかったよ。
「そいつは良かった。マーマレードが王様ときたか」
 おふくろが作るマーマレードは味がしっかりしているからな。夏ミカンを丸ごと使うからなあ、庭で完熟したヤツを。その分、どっしりしているんだろう。
「ハーレイのお母さんたちが住んでる家の味だね」
 庭に射してるお日様だとか、庭の土とか。
 そういったものが育てた夏ミカンの味が詰まってるんだね、マーマレードに。
 だからしっかりした味になって、バターとトーストを家来にしちゃえる王様なんだ…。



 王様のトースト、ホントのホントに美味しかったよ、って御礼を言ったら。
 教えてくれてありがとう、ってハーレイにペコリと頭を下げたら。
「あれはおふくろのお勧めでな」
 トーストにバターとジャムやマーマレードの組み合わせってヤツは、そう珍しくないんだが…。
 バターとマーマレードが王道らしいぞ、おふくろが作ったマーマレードでなくてもな。
 だから自信を持ってのお勧めってわけだ、あのマーマレードの食い方としては。
「そうなの?」
 お母さんのお勧めっていうのは分かるけれども、王道って、なあに?
 そういう食べ方をしている地域でもあるの、トーストにバターとマーマレードって。
「うむ。トーストの食い方をとっくに越えてて、立派な菓子だ」
「お菓子?」
「そうさ、SD体制が始まるよりもずうっと昔に作られていた菓子なんだ」
 俺がおふくろから聞いた話じゃ、一般家庭向けに刷られた最初のレシピ本にもあったらしいな。レシピだけじゃなくって、家事全般の手引書だったという話なんだが…。



 うんと古いレシピがあるんだそうだ、って教えて貰った。
 トーストにバター、マーマレードで作るお菓子のブレッド・アンド・バタープディング。
 残ったパンで作る、フレンチトーストの親戚みたいなものだって。
 パンをスライスして、まずはバターを塗り付けて。その上に塗るのがマーマレード。
 そうやって下ごしらえをしたパンを器に並べて、ミルクにお砂糖と卵を混ぜたのを回しかけて。馴染んだ頃合いでオーブンに入れて、キツネ色になるまでカリッと焼き上げるんだって。
 出来上がったプディングは外はサクサク、中はふわふわ。
 熱々の間に取り分けて食べるパンのプディング、マーマレードとバターが決め手。
 塗らずに焼いてもフレンチトーストみたいで美味しいけれども、マーマレードとバターを加えてもっと美味しく。
 そんなお菓子になってるからには、トーストにマーマレードとバターは本当に王道なんだろう。
 ハーレイのお母さんもお勧めの食べ方、マーマレードの美味しい食べ方。
 今度から、ぼくも定番にしようと思うけど…。



「ハーレイのお母さんもお菓子作りが好きなんだよね?」
 ぼくのママとおんなじ味のパウンドケーキを焼くって聞いたし、プディングだって…。
 猫のミーシャが家に居た頃、ケーキ作りの時にはミルクを強請っていたんでしょ、ミーシャ?
 いつも貰えると思ってたくらい、お母さん、お菓子を色々と作っていたんだよね?
「そうだな、おふくろは菓子作りってヤツが大好きだな」
 ついでに古いものも好きなんだよなあ、昔のレシピを調べて作って喜んでるぞ。
「ブレッド・アンド・バタープディングのレシピもそうなの?」
 ハーレイのお母さん、古いレシピを探してる内に見付けたの、それを?
「あれは違うな、先に作っていた先輩がいたと聞いてるな」
 マーマレードを配った時にだ、古いもの好きのご近所さんから習ったそうだぞ。
 こういう古いお菓子があるから作りませんかと、作るならレシピをお教えします、と。
「へえ…!」
 きっとマーマレードだったから思い付いたんだね、そのご近所さん。
 マーマレードのお菓子でこんなのがあると、うんと昔のレシピだけれど、って。
「そんなトコだな、あのマーマレードは何かと御縁を呼んでくるんだ」
 長持ちさせるなら真空ですよ、と蓋をする方法を教えてくれたご近所さんやら、菓子のレシピを下さった別のご近所さんやら。
 そういった知り合いが大勢いるから、おふくろも張り切ってマーマレードを作るのさ。
 今年も美味しく出来ましたからと、食べて下さいと配るためにな。
 そうして今年から、お前の家にも。
 俺の嫁さんになると言ってくれるお前に食べて貰えると、おふくろも親父も嬉しそうだぞ。



 「早くお前に夏ミカンの木を見せてやりたいな」ってハーレイが笑みを浮かべてる。
 「まだまだチビだが、いつかはな」って。
 隣町にある、ハーレイのお父さんとお母さんが暮らしている家。庭に大きな夏ミカンの木。その実で毎年、マーマレードが作られる。お日様の金色のマーマレードが。
 そのマーマレードで繋がっているらしい、ご近所さんが沢山、沢山。
 瓶を真空にする方法やら、お菓子のレシピやら、色々な御縁を呼び込んでくるマーマレード。
 ハーレイのお母さんがせっせと作って、あちこちに配るマーマレード。
 ぼくもいつかは混ぜて貰うんだ、マーマレードで繋がる御縁に。
 ハーレイのお母さんと一緒にマーマレードを作って、ご近所さんに配って回って。



 マーマレードが決め手だという、ブレッド・アンド・バタープディング。
 SD体制が始まるよりもずっと昔の、古い古い本にレシピが載っていたというお菓子。
 それの本物をハーレイのお母さんに食べさせて貰って、レシピを習って。
 ハーレイのために作ってみようか、パンで作るというお菓子。
 そしてハーレイに訊いてみるんだ、「お母さんのお菓子、この味かな」って。
 ハーレイのお母さんのプディングの味になってるかな、って。
 「同じ味だな」って極上の笑顔が返って来たなら、きっと幸せ。
 ぼくのママのパウンドケーキみたいにハーレイが好きな「おふくろの味」なら、とても幸せ。
 マーマレードで繋がった御縁、どうせならそこまで広げてみたい。
 ハーレイがうんと幸せになれる、お母さんのと同じ味のお菓子をマーマレードで作ってみたい。
 ブレッド・アンド・バタープディング。
 簡単そうな分だけ、手強そうな気もするんだけれど。
 いつかは「美味い!」と言わせてみたいな、「おふくろの味だぞ、この菓子は」って…。




          金色の食べ方・了

※夏ミカンの実のマーマレードをトーストに塗るなら、バターを先に塗ってから。
 ハーレイお勧めの食べ方、これは本当に美味しいです。まだの方は、お試し下さいね。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv









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