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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

初めての体験

※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv




入学式と新学年の春。私たちのシャングリラ学園生活は今年も入学式で始まりましたが、恒例の会長さんの思念波メッセージに応えた生徒はいなくって。お蔭様で「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋を溜まり場として確保することが出来ました。
「かみお~ん♪ 今年もよろしくね!」
入学式には桜のケーキ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がいそいそと。クリームチーズと桜餡のレアチーズケーキはほんのりピンクで、デコレーションに桜の花の塩漬けが乗っかっています。切り分けて貰って紅茶やコーヒーも揃い…。
「「「いっただっきまーす!!」」」
今年も1年A組に乾杯! と威勢よく。グレイブ先生の入学式名物、恐怖の数学実力テストは今年も会長さんが乱入しました。もちろん「そるじゃぁ・ぶるぅ」の御利益パワーを引っ提げて、です。かくして1年A組への仲間入りを果たした会長さんの今後が恐ろしい所ですが…。
「春はやっぱり新入生だねえ…」
その会長さんが桜ケーキを食べながら。
「あっちもこっちも新入生で溢れているよ。小学生なんかは可愛いよねえ、ランドセルもピカピカ光っているしね」
「…光るだけなら俺の母校の新入生も光っているが?」
頭がな、とキース君。
「俺は絶対に御免だったが、入学を機会に剃って来るヤツも多かった。多分、今年もピカピカだろうさ。…それでサムとジョミーは来年こそは新入生か?」
「お断りだし!」
冗談じゃない、とジョミー君が両手で大きなバツ印。
「普通の大学だったらともかく、お坊さん専門コースなんて!」
「ほう…。それなら普通の大学に行くか? 俺が行った仏教学部は一般人も沢山いるぞ。おまけに卒業すれば専門コースよりも一段階上の坊主の位が貰えるわけだが」
「どう転んでも坊主じゃない!」
知ってるんだからね、とジョミー君はキース君を睨み付けました。
「途中で一回、道場に行って、その後でお坊さんになるための道場だよね。そんな大学、間違ったって行かないし!」
シャングリラ学園の入学式だけで充分なのだ、というジョミー君の主張はいつまで通用するのやら。その内に強制的にお坊さんコースへ送り込まれてしまいそうな気が…。



坊主だ、嫌だ、とエンドレスで言い争いのキース君とジョミー君。私たちはのんびりと桜のケーキのおかわりを食べて、飲み物の方も当然、おかわり。この争いも入学式の日の風物詩になりつつあるような、と笑い合っていたのですが。
「うん、春といえばコレが風物詩だよね、初めての学校とか、初めての坊主頭とか」
会長さんの台詞にジョミー君がキッと振り向いて。
「坊主頭は断るからね!」
「君には期待してないさ。…ぼくも初めてに挑戦しようかと思ってるだけで」
「「「は?」」」
「初めてだってば、春は初めて経験に相応しいしねえ?」
初めてのランドセルに坊主頭に…、と坊主頭を引き摺っている会長さんですけど、言っている意味がサッパリ不明。会長さんは一応、三年生です。新入生となったら大学へ行くしかありません。その大学はとっくの昔に今年の入試が終わってしまって、入学式も済んでいる筈で。
「…あんた、何処へ出掛けて行くつもりなんだ?」
キース君が突っ込みました。
「俺の大学の入学式なら終わったぞ? それにだ、あんた、大抵のことは経験済みかと」
「まあね」
「だったら何に挑戦するんだ!」
「初めてだよ」
話は見事に振り出しに戻り、首を捻るしかない私たちですが。
「分からないかな、ぼくが目指す先はハーレイの家!」
「「「えっ!?」」」
「あそこへ出掛けて頼み込むんだよ、ぼくの初めてを貰って欲しい、と!」
「「「初めて?」」」
なんのこっちゃ、と目を丸くした途端、背後でパチパチと拍手の音が。誰だ、と振り返るまでもなく拍手の主はスタスタと近付いてきて空いていたソファにストンと腰掛け。
「こんにちは。ぶるぅ、ぼくにも桜のケーキ!」
「かみお~ん♪ それと紅茶だね!」
飛び跳ねてゆく「そるじゃぁ・ぶるぅ」と、ソファに座った会長さんのそっくりさんと。今日は私服じゃありませんから、あちらの世界から直接来たものと思われます。そのソルジャーが会長さんをまじまじと見て。
「おめでとう、ついに決心したって?」
素晴らしいよ、とベタ褒めですけど、いったい何が素晴らしいわけ…?



会長さん曰く、初めて経験に相応しい春。その春だからと教頭先生の家に出掛けて「初めて」とやらを貰って欲しい、と頼み込むのだと言われても。それが何かも分からない内にソルジャーが出て来て拍手喝采、いったい「初めて」って何のことなの?
「あれっ、みんなは分かってないわけ?」
絶賛モードだったソルジャー、桜のケーキを頬張りながらキョロキョロと。
「こんなに素晴らしい話が出たのに、みんな至って普通だねえ?」
「…そういうわけでもないんだが…。何の話だか分からんのではな」
手も足も出ない、とキース君。
「初めてが何かもサッパリ謎だし、教頭先生が出て来る理由はもっと謎だ」
「君たち、そこまで酷かったって!?」
ソルジャーは天井を仰ぎ、それから紅茶をゴクリと飲んで。
「…万年十八歳未満お断りはダテじゃなかったか…。ブルーが言うのはいわゆる「初めて」、大人の時間の初体験だよ。初体験の相手にハーレイを指名、っていう所かな」
「「「えぇっ!?」」」
あまりのことに誰もが目が点、いくら初めてが多い春でも凄すぎです。ソルジャーが拍手で現れた理由は分かりましたが、会長さんは正気でしょうか?
「あ、あんた、どういうつもりなんだ!」
キース君の叫びに、会長さんは。
「そのまんまだけど? せっかくの春を楽しく演出したいしねえ?」
「いいねえ、楽しくとまで考えた、と」
ぼくも大いに応援するよ、とソルジャーが。
「君は男性相手は初めて、こっちのハーレイは童貞一筋! そんな二人でも楽しめるように、協力を惜しみはしないから! ぼくの世界から最先端の潤滑剤とか、持ってこようか?」
「「「…潤滑剤?」」」
そんな物を何に使用するのか見当もつきませんでした。それを筆頭にソルジャーが挙げ始めたあれこれ、媚薬と精力剤という聞き慣れた二つのブツを除けば初めて聞くようなものばかりで。
「…キース先輩、意味、分かりますか?」
「俺の顔を見れば分かるだろうが!」
これが分かっている顔か、とシロエ君に返すキース君。
「あいつらの会話は異次元だ。理解出来たらそれこそ終わりだ」
「そうかもねえ…」
放っておこう、とジョミー君が言い、おやつの方に集中することになりました。桜のマカロンやサブレが登場、桜尽くしで食べまくろうっと!



会長さんとソルジャーを放置しておいてのティータイム。異次元な会話で盛り上がっている二人の手が伸びて来てはマカロンやサブレを持って行きますが、我関せずと食べ続けていれば。
「…というわけでね、ハーレイは見事に騙されるんだな」
「そうなるわけ!?」
なんで、とソルジャーの抗議の声が。
「これだけ協力すると言っているのに、騙すって、何さ!」
「騙すんだよ」
君だって見事に騙されたし、と会長さんがクスクスと。
「ぼくが本気でハーレイなんかと初めてなわけが無いだろう。いや、ノルディでもお断りだし、そもそもそっちの趣味は無いけど」
「ちょ、ちょっと待ってよ、それじゃ今までの話は全部…」
「大嘘だけど?」
君に付き合って暴走してみた、とケロリと答える会長さん。
「ぼくにだって知識はあるんだよ。でないとハーレイをからかえないし、君との付き合いも微妙になるし…。なんといっても君はそっちの人だしねえ?」
「君もこっちに来るんだとばかり思っていたよ!」
そしてハーレイと御成婚、とソルジャーはガックリ項垂れています。
「…カップルが二組で楽しくなると思っていたのに…。ダブルデートとか、色々と情報交換とかさ…。何処のホテルが良かっただとか、食事に行くならあそこがいい、とか」
「その手の情報はノルディがいるだろ、ノルディに訊くのが一番だってば」
「そりゃそうだけど…。君と違って百戦錬磨の達人だけどさ、そっくりのパートナーがいる知り合いからの口コミにも期待してたのに!」
なんでこうなる、とソルジャー、ブツブツ。
「単に担いで終わるわけ? 初めてを貰って欲しい、と言うだけ言って終わりなわけ?」
「いい冗談だと思ったんだけど…。ハーレイも嬉々として話に乗っかって来るし」
そして盛り上がった所でトンズラなのだ、と会長さん。
「いざベッドへ、という段になって実は大嘘でした、と笑い飛ばして、ついでにギャラリー登場ってね」
そこの連中、と指差された先に私たち。
「シールドで隠して連れて行ってさ、盛り上がりっぷりを見学させた後、ガックリきたハーレイに「実は見学者もこんなに居ました」って見せてドン底!」
そういう計画、という言葉で巻き込まれていたと分かりました。もしかしなくても連れて行かれてしまうんですか、私たち…?



ソルジャーと会長さんの会話だけでも異次元だった私たちなのに、教頭先生と会長さんの異次元会話の見学会になるらしく。どうなるんだ、と顔を見合わせて。
「…ヤバイですよ、教頭先生に失礼だなんて次元じゃないです」
「まったくだ。…しかしだ、あいつはやると言い出したら絶対にやるぞ」
シロエ君とキース君が青ざめ、サム君も。
「どういう話か分かんねえけど、教頭先生がドン底ってことはデリケートな会話なんだよなあ?」
「多分ね…」
ぼくにも分かんないけど、とジョミー君。
「騙すってトコしか分かってないしね、他の部分は意味不明だよ」
「だよなあ、シールドの中で欠伸するしかねえってか?」
「そうなるな…」
耐えろ、とキース君が深い溜息。
「とにかく修行だと思って耐えろ! 忍の一字で耐え抜くまでだ!」
「それはどうも」
感謝するよ、と会長さんが割り込んで来て。
「ついでに発想も転換したんだ、ドン底で終わりじゃ華が無いしね」
「「「華?」」」
「そう、春は花盛りの季節! お花見の春だし、騙すだけよりゴージャスに!」
「「「ごーじゃす…?」」」
まさか更に踏み込んで騙すとか…? ソルジャーも同じことを考えたらしく。
「ゴージャスとくれば、ベッドの中まで付き合うのかい?」
「それは絶対お断り! でもねえ、君がカップルだの御成婚だのと言い出したからさ、嘘に磨きをかけようかと…」
此処は結婚を匂わせるのだ、と意地の悪い笑み。
「ぼくの初めてを貰って欲しい、と言ったついでに手作りウェディングドレスだよ、うん」
「「「ウェディングドレス!?」」」
「そう。手作りのウェディングドレスを持ってくるから、ぼくの初めてを貰って欲しい、と言ったらハーレイはどうすると思う?」
「…普通に考えれば結婚式だね」
ソルジャーが答え、会長さんは満足そうに。
「其処だよ、結婚式までセットで騙す! でもって…」
コソコソ、ヒソヒソと会長さんが語った計画は悪辣すぎるものでした。これなら異次元会話で騙すだけの方が余程マシだと思うのですけど、既に手遅れってヤツですか…?



会長さんの極悪すぎる「初めて」計画。その発動は週末の土曜日と決まりました。それまでの間に新学期恒例の紅白縞トランクス五枚のお届けイベントなんかもあったわけですが…。
「失礼します」
教頭室の重厚なドアをノックする会長さん。後ろにゾロゾロと私たちを引き連れ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」にトランクス入りの箱を持たせて。教頭先生の返事を待ってカチャリとドアを開け、中へ入るとニッコリと。
「はい、ハーレイ。新学期といえばコレだよね」
「ああ、すまん。…これを貰うと気が引き締まるな」
新学期だな、と嬉しそうに受け取る教頭先生。此処で悪戯が始まる時もあるのですけど、今日は普通に受け渡しが終わり…。
「そうだ、ハーレイ。…土曜日、暇かな?」
「土曜日?」
「うん、今週の土曜日だけど…。もしも暇だったら行ってもいい?」
「何処へだ?」
教頭先生の疑問はもっともでした。この流れで何処へ行くのか分かれと言う方が無理というもの。会長さんは「えーっと…」と口ごもってから。
「君の家だけど、かまわないかな?」
「お前がか?」
「そう。…ぼくが一人で出掛けてゆくのは禁止らしいし、仕方ないからオマケがゾロゾロつくんだけれど…。今日の面子と、あっちのブルーと」
「それはまた…。何の用事だ、そんなに連れて」
歓迎するが、と教頭先生。
「飯を食うなら用意しておこう。昼時か?」
「あ、長居する気は無いんだよ。お茶で充分」
「そうなのか? まあ、出前はいつでも頼めるしな」
遠慮なく来てくれ、と教頭先生は快諾しました。会長さんは「ありがとう」と御礼を言って。
「それじゃよろしく、今度の土曜日! 十時頃を目処にお邪魔するから」
「十時だな。何か知らんが、気を付けて来い」
「了解。じゃあ、土曜日に!」
軽く手を振る会長さんに、教頭先生が笑顔で大きく手を振っています。紅白縞のトランクスを五枚貰った上に、会長さんが家へ行くと言うのですから嬉しい気持ちは分かりますけど…。分かりますけど、その土曜日が実は問題アリアリなんです~!



運命の土曜日、私たちは会長さんの家へ朝の九時過ぎに集合しました。間もなくソルジャーが私服で登場、なんでも少し早めに出て来て桜見物をして来たのだとか。
「この辺りだと散り初めだけどさ、同じアルテメシアでも北の方だと満開だしねえ…。ぼくのハーレイとお花見デート! ブリッジに行く前にちょっと息抜き」
昨日の間に花見団子や桜餅を買っておいてのお出掛けだったらしいです。キャプテンとのんびり朝一番のデート、流石はソルジャー。さぞかしバカップルであったのだろう、と容易に想像がつきますけれど。
「ぼくはハーレイとデートだったのに、これから訪ねて行くハーレイはねえ…」
気の毒だねえ、とソルジャーは頭を振っています。
「ブルーが訪ねて来るって言うから、ウキウキお菓子も買っているのに」
「いいんだってば、今日の所は天国だから!」
地獄はまだ先、と会長さん。
「まずは天国まで連れてかないとね? 用意はいいかい?」
「「「はいっ!」」」
完了であります、と最敬礼で叫んだ人がいるほど、私たちは緊張しまくりでした。シールドに入ってのお出掛けどころか、表玄関から堂々と。会長さんと教頭先生の会話が異次元に突入したって欠伸は不可能、ひたすら聞かねばならないのです。
「じゃあ、出発! 行くよ、ぶるぅ!」
「かみお~ん♪ しゅっぱぁ~つ!」
ソルジャーのサイオンも交えてタイプ・ブルーが三人分。迸る青いサイオンに包まれ、フワリと身体が浮かんだかと思うと、教頭先生の家の玄関先に到着で。
「さて、と…」
ピンポーン♪ と会長さんがチャイムを押しています。門扉と庭とをショートカットしての玄関前でのチャイムとなったら、それは瞬間移動で現れる会長さんしか出来ない芸当というヤツで。
「ああ、今、開ける!」
教頭先生の声が返って来ました。門扉ならともかく、玄関チャイム。宅配便とかは有り得ませんから、教頭先生、大急ぎでドアを開けに来て。
「すまん、待たせたか? 遠慮しないで入ってくれ」
「ありがとう。それじゃ、お邪魔するよ」
みんなも入って、と会長さんに促され、私たちも揃ってゾロゾロと、教頭先生は先に立ってリビングへと歩いてゆかれます。ソルジャーの話ではお菓子を買って下さったみたいですから、教頭先生のセンスに期待~。



「まあ、座れ。飲み物は紅茶でいいんだったな?」
教頭先生の問いに、会長さんは。
「ぼくとブルーは紅茶だね。ぶるぅはココアが好きなんだけど…。コーヒー党はキースかな」
「分かった。他に注文は無いか? せっかくみんなで来てくれたんだ、遠慮は要らんぞ」
そもそも会長さんは遠慮なんかしていない感じがするのですけど、ココアにコーヒーという選択肢が出て来た以上は乗っからねば、と考えた人が何人か。
「すみません、ぼくもコーヒーでお願いします」
シロエ君が一番手で言えば、スウェナちゃんが。
「先生、ココアでもいいですか?」
「かまわんぞ。他にココアは誰がいるんだ、コーヒーは誰だ?」
かくして三種類の飲み物が混在することになり、それと一緒にケーキのお皿が。なんと可愛い桜クリームのモンブラン! 天辺には桜の花の砂糖漬けが飾られています。
「…桜には少し遅いんだがな、今の季節しか無い菓子だしな」
「奮発したねえ、ホテル・アルテメシアのケーキだよね、これ」
ねえ、ぶるぅ? と会長さんが訊けば、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「うんっ! 桜の間しか作らないんだよ、美味しいんだよね!」
ぼくも真似して作ったもん、と大喜び。そういえば桜クリームのモンブランは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の春のお菓子に入っていますが、なるほど、これが原型でしたか…。うん、美味しい!
ケーキを御馳走になって、飲み物も飲んで。和やかな会話に花が咲いた後、会長さんがおもむろに切り出しました。
「…それでさ、ぼくが今日来た理由なんだけど…」
「ああ、まだそれを聞いてなかったな。…なんだ?」
「……こんなに大勢ゾロゾロいるから、ちょっと恥ずかしいんだけど……」
でも一人では来られないしね、と会長さんは頬をほんのりと染めて。
「ぼくの初めてって、貰ってくれる?」
「…初めて?」
「そう、初めて。…通じてないかな、ぼくの初めて体験ってヤツ」
どうかな? と上目遣いの会長さんは見事すぎる表情を作り上げていました。桜よりもピンクに染まった頬と、うるっと潤んだ赤い瞳と。これで見詰められて勘違いしない方がどうかしているというレベルにまで完成された恥じらい全開。
「…は、初めて……」
教頭先生の喉がゴクリと上下し、引っ掛かったことは一目瞭然。さて、この先は…?



会長さんの嘘発言に釣り上げられた教頭先生、私たちの方を気にしながら。
「…そ、そのう…。なんだ、は、初めてと言うのは…」
「初めてだってば、ぼくの初体験だよ。それを貰ってくれないかな、って…」
良かったらだけど、と会長さん。
「…君にも色々と都合や好みもあるとは思う。…だけど貰って欲しいんだけど…」
「そ、それは貰うが!」
喜んで貰わせて頂くのだが、と教頭先生、言葉が些か変になっています。
「し、し、しかしだな…、こ、こんなに大勢ゾロゾロとだな……」
「分かってるってば、此処でだなんて言わないよ。…ブルーの世界のハーレイだって人が見てるとダメらしいしね?」
「そうなんだよねえ、見られていると意気消沈でさ…。ぼくは見られてても平気なんだけど、ハーレイはねえ…。で、君も平気なタイプだったっけ?」
ソルジャーが話を振った相手は会長さんで。
「ううん、ぼくは君とは違うしね?」
人がいる場所は遠慮したい、と会長さんはもじもじと。
「だからさ、君さえかまわないなら、日を改めて貰って欲しいんだ。…ウェディングドレスでぼくの初体験」
「ウェディングドレス!?」
教頭先生の声は驚きで引っくり返らんばかりで。
「ウェディングドレスで来てくれるというのか、そ、そ、そのう…」
「初体験だよ、ウェディングドレス。…どうかな、そういうのは嫌いだった?」
「い、いや! 嫌いどころか!!」
嬉しすぎる、と舞い上がっておられる教頭先生。
「ウ、ウェディングドレスとなったら、披露宴が要るな? それに結婚式もだな!」
「それなんだけど…。結婚式を挙げるとなったら、ぼくが退学になっちゃうんだよ」
「退学?」
「教頭のくせに忘れちゃった? 在学中は婚約までって校則じゃないか。でも、ぼくは学校をやめたくないし…。せっかく沢山友達がいるのに、やめるだなんて…」
だから、と会長さんは小さな声で。
「…ごくごく内輪で、此処にいる面子くらいでダメかな、結婚式? ブルーとおんなじ人前式なら充分出来るし、何処か小さな会場を借りて…」
それこそガーデンウェディングとか、と頬を赤らめる会長さん。この先が一番悪辣な部分ですけど、教頭先生、どう出るか…。



「…人前式か…。お前がそれでいいなら、かまわんが」
籍はどうする、と教頭先生は一気に飛躍。
「結婚する以上は籍を入れたいが、そうなるとお前が困ることになる…か?」
「うん、多分。…どんなはずみで戸籍を見られるか分からないし…。君も、ぼくもね。戸籍からバレて退学なんていう不名誉な上に悲しいコースは御免だよ」
式だけで、と会長さんは強調しました。
「ちゃんとドレスは持ってくるから、ホントに内輪で挙式だけでさ。…それでも一応、けじめにはなるし、ぼくの初体験には相応しいかと…」
「よし! 内輪でガーデンウェディングだな!」
「それでいい? それなら何処かからバレてしまっても、お遊びなんです、と逃げられるから」
「そうだな、それが一番だろうな。…お前が退学になってしまったら大変だ」
後が無くなる、と教頭先生は大真面目。シャングリラ学園の校則では結婚している人は在籍不可能になっています。会長さんが教頭先生と結婚したことがバレて退学になった場合は、離婚して籍を抜かない限りは学校に戻る方法が無いわけで。
「お前と結婚は夢ではあるが…。この際、事実婚でもいいだろう」
「一緒に住んでもバレてしまうから、通い婚しか無いんだけどね…」
「それでかまわん!」
根性で通う、と教頭先生は言い切りました。会長さんが教頭先生の家に一人で行くことは禁止ですから、会長さんは通えません。その分、自分が通うのだそうで。
「誰かに見られたら個別指導だと言っておこう」
「ふうん? どういう個別指導やら…」
ソルジャーが混ぜっ返しに御登場。
「大人の時間のあれやらこれやら、手取り足取り個別指導かな?」
「…そ、それは…」
「いいって、いいって! ブルーも充分、承知してるよ。…そうだよね?」
「そうでなければ貰って欲しいなんて言い出さないよ」
でね…、と話は個別指導の中身へと。
「ブルーのお勧めはヌカロクなんだけど、初心者にはハードル高いらしくて」
「お前の希望なら頑張って腕を上げるまでだが、まずは初めて体験からだな、そこが肝心だ」
「ぼくの世界のお勧めアイテム、持ってこようか? 色々あるよ」
普段なら鼻血モードに突入の筈の教頭先生、今日はなんだか絶好調。未だに謎なヌカロクで始まったアヤシイ会話は途切れもせずにガンガン続いて、お昼前まで。教頭先生はお寿司の出前を取って下さり、私たちは有難く御馳走になったのでした。



昼食が済むと、名残惜しげな教頭先生に会長さんが「またね」と告げて、瞬間移動でお別れで。会長さんの家のリビングに戻るなり、ソルジャーがプッと吹き出しました。
「引っ掛かったよ、いともアッサリ!」
「だから言ったろ、釣れるって! 君も見たよね、猥談だけでもあの勢い!」
「いつもの姿からは想像も出来ないノリだったねえ…」
確実に鼻血で即死レベルの話だったのに、とソルジャー、感動。
「本気で結婚を突き付けられたら頑張れるんだね、ヘタレのくせに」
「それはどうかな? なにしろ今がこの有様で」
会長さんの指がパチンと鳴らされ、教頭先生の姿が中継画面に映し出されると。
「「「…………」」」
両方の鼻の穴に詰められたティッシュ。あまつさえリビングのソファに仰向けに転がり、額の上には絞ったタオルが。
「…教頭先生、討ち死にですか?」
シロエ君が尋ねて、会長さんが「そう」と冷たい口調で。
「夢の結婚が懸かっていたから必死に話題について来たけど、今頃になってオーバーヒート! 頭からプシューッと煙ってヤツだよ、でなきゃ湯気かな? 鼻血もダラダラ」
「ヘタレは直っていないらしいねえ…」
やっぱりダメか、とソルジャーがフウと溜息を。
「だけど結婚する気は満々、君の「初めて」を貰う気満々、と…。どうする気なんだい、初めてのウェディングドレスとやらは?」
「一言抜けてる! 初めての手作りウェディングドレス!」
ウェディングドレスなら何回も着た、と会長さんは大威張り。
「仮装もしたし、ハーレイを騙して特注させたりもしたからねえ…。ただし自分で作ったドレスは一つも無い! 此処が大切!」
「らしいね、君がハーレイに貰って欲しいのは初体験ならぬ初めての手作りウェディングドレスってオチだしね」
「初体験だよ、ドレス作りも!」
ぶるぅに指導をお願いしなきゃ、と燃え上がっている会長さん。あの計画が練られていた時、ソルジャーが出て来て結婚云々と口にしたばかりに、より酷い方へと突っ走ってしまった会長さんの「初めて」を教頭先生が貰わされる話。
「ふふ、盛り上げておいて「大嘘でした」と突き落とすだけより手の込んだ悪戯になるってね」
おまけにガーデンウェディングで素敵な御馳走もつく、とニヤニヤニヤ。引っ掛かってしまった教頭先生、こんなこととは御存知ないまま鼻血の海にドップリです~。



会長さんの「初めて」の正体は手作りウェディングドレス。週明けの月曜日の放課後、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋を訪ねてみれば。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
「やあ。…どうかな、ハーレイの夢のウェディングドレスは?」
今、デザイン画を描いているんだ、と会長さんが指差すテーブルの上に絵が何枚も。
「ハーレイにウェディングドレスは手作りだよ、って言ったらホントに感激しちゃってねえ…」
「まあ、そうだろうな」
手作りウェディングドレスまで作って嫁に来てくれると言うんだしな、とキース君。
「そして本気でやる気なんだな、デザイン画を描いているってことは?」
「決まってるだろ、ドレスが無くっちゃ始まらないしね」
どれにしようか、と何枚もの絵を見比べている会長さん。ふんわり膨らんだドレスもあれば、シンプルなものやマーメイドラインなどなど、盛りだくさんです。
「これって全部、教頭先生の夢なわけ?」
ジョミー君がデザイン画を眺め回して質問すると、会長さんは。
「そうらしいねえ、ドレスのカタログを持って出掛けて「好みのはどれ?」と訊いたら選べないんだ、どのデザインも素敵で捨て難いとかで」
「そうだろうねえ…」
背後で聞こえた別の声。部屋の空間がユラリと揺れて、ソルジャーが姿を現しました。
「日頃から君との結婚を夢見て、かれこれ三百年だったっけ? あれも着せたい、これも着せたいと夢は膨らみまくりだよ、うん」
「そういうこと! ぼくに似合うか似合わないかより自分の好みが最優先! もっとも、ウェディングドレスを作る方としては腕の奮い甲斐があるけどね」
「君のイチオシはどれなんだい?」
「ぼくも決めかねてるんだよ…。一世一代の手作りドレスだ、うんとゴージャスに仕上げるべきか、はたまた夢のメルヘンチックか…。どう思う?」
「うーん…」
どうだろう、とソルジャーも首を捻りながら。
「少しでも似合うドレスにするのか、徹底的に笑いを取るか。…その辺で変わってくると思うよ、ドレスのデザイン」
「やっぱり、そういうことになるのか…」
君たちの意見はどんな感じ、とズラリ並んだデザイン画。其処に描かれたドレスはどれも教頭先生の好みを取り入れたものらしいですが、どれがいいのやら…。



少しでも似合うドレスにするのか、徹底的に笑いを取るか。これがデザインをチョイスするためのキーワードでした。えっ、何か間違っていないかって?
「…教頭先生は何も御存知ないからな…」
御存知だったらコレは有り得ん、とキース君が手に取ったデザイン画はフリルびらびら。
「だよねえ、こっちも無いと思うよ…」
似合わなさ過ぎ、とジョミー君が手にしたデザイン画は身体にフィットしたマーメイドライン。
「どれも絶対、似合わないわよ!」
似合う以前の問題だわ、と厳しい意見はスウェナちゃんで。
「大前提が間違っているんだもの。お笑いの線しか残らないわよ」
「そうですよね…」
そう思います、とマツカ君。サム君も「うん、うん」と頷いています。
「ブルーが着るんならどれも似合うと思うんだけどよ、教頭先生が着るんじゃなあ…」
「ハーレイはそれを知らないからね」
会長さんがパチンとウインク。
「ぼくがハーレイに貰って欲しいものは初めての手作りウェディングドレスであって、その中身だとは言ってない。…そもそも初めてイコール初体験だとは言ったけれども、何の体験かは一言も喋ってないんだからさ」
「…見事に騙されて引っ掛かったねえ…」
ソルジャーが呆れ顔で教頭室のある方角を眺めています。
「今もキッチリ騙されているよ、仕事の合間に式場探しだ。小ぢんまりとした式が挙げられて、料理の美味しいレストラン探し!」
「そっちも暴走すると思うよ、ぼくの好みを訊いてきたから山ほど注文つけたんだってば」
蔓バラのアーチは外せないとか、花いっぱいの会場がいいとか、思い付くままに並べ立てたという会長さん。当てはまりそうな会場は沢山あるそうですけど、どれももれなく…。
「ハーレイには似合わないだろうねえ、その会場…」
タキシードならともかくウェディングドレス、とソルジャー、遠い目。
「まあね。でも本人は当日まで何も知らないわけだし、幸せ一杯で探しまくるよ、夢の式場」
そして当日は自分がドレス、と会長さんはデザイン画を前に御満悦でした。
「ハーレイにドレスは何度も着せたよ? だけど手作りは初めてだしねえ、腕が鳴るったら」
「君って裁縫、得意だったっけ? ぼくは致命的に不器用だけどさ」
ソルジャーの問いに、会長さんは。
「悪戯のためなら努力あるのみ! ぶるぅが九割仕上げていたって、ちょこっと縫ったら手作りと呼んでもいいんだよ、うん」
自分ルールを振りかざしている会長さん。一針でも縫ったら手作りだそうで、ということは「そるじゃぁ・ぶるぅ」がウェディングドレスを縫うんですね…?



教頭先生が御存知ない所でウェディングドレス作りは粛々と進み、裾にたっぷりとフリルをあしらった純白のマーメイドラインのドレスが完成する頃、教頭先生の夢の式場も日取りも決まって。
「今度の土曜日なんだってね?」
楽しみだねえ、とソルジャーが会長さんの家のリビングで招待状に目を通しています。
「ぼくのハーレイまで御招待だなんて太っ腹だよ、こっちのハーレイ」
「そりゃねえ? 内輪でしか披露出来ないとなったら一人でも増やそうと頑張るよ、うん」
なにしろぼくとの結婚式、と会長さんは高笑い。
「しかし実態は聞いて驚き、ぼくの手作りウェディングドレスの贈呈式とお披露目ってね」
「…あのハーレイが着るかな、コレ?」
ソルジャーが指差すウェディングドレス。教頭先生の体型に合わせて特注されたトルソーに着せてあるそれは肩がしっかりと見えるワンショルダーで…。
「着るしかないだろ、ハーレイはこれを選んだんだ。厳選されたデザイン画の中から選んだ一枚、着ないとは言わせないからね? おまけにぼくの手作りドレス!」
此処だけ縫った、と威張る会長さんはドレスの裾のフリルを一ヶ所、一針だけ縫った極悪人。他の部分は「そるじゃぁ・ぶるぅ」に全て丸投げ、綺麗なドレスが仕上がったわけで…。
「記念すべきぼくの初体験だよ、ウェディングドレス作りだよ? これを貰わずに逃げるだなんて男じゃないね。男だったら、即、着用!」
そしてポーズをキメるのだ、と暴言を吐く会長さん。
「ハーレイには記念撮影用にカメラマンも呼ぶよう言っておいたし、記念写真も撮り放題! もちろん主役はハーレイなんだよ、蔓バラのアーチや可愛い噴水の側でポーズを取らないと!」
ぼくの手作りウェディングドレスが引き立つように、と言いたい放題、主役は実は教頭先生じゃなくってドレスなんじゃあ…?
「そうとも言うねえ、一世一代の傑作だしね? このドレスは是非ハーレイに貰って欲しいわけだよ、ぼくの初体験を貰いたいと言った以上はね」
貰ったからには身に着けてなんぼ、とブチ上げている会長さんはウェディングドレスを見詰めて惚れぼれと。
「こうして仕上がったドレスを見るとさ、頑張ったなあ…、と思うわけだよ。初めてにしては素晴らしい出来で、ハーレイの身体にもきっとぴったりフィットする筈!」
「あんたは一針縫っただけだろうが!」
キース君が指摘しましたが、「それが?」と涼しい声が返って。
「オートクチュールのデザイナーだってそんなモンだよ。仕上げにちょこっと針を入れてさ、それで自分の作品なんだよ」
だから全く問題なし! と初めての手作りウェディングドレス自慢。教頭先生、いろんな意味で騙されまくりになりそうですけど、果たして夢の結婚式は…?



「…わ、わ、私にコレを着ろと…!?」
ガーデンウェディングが出来る素敵なレストランの控室に響き渡った野太い悲鳴。教頭先生はタキシード持参でいらっしゃったのに、貰える筈の会長さんの「初めて」は…。
「貰ってくれるって言っただろ? ぼくの初めて! 初体験!」
とても頑張って作ったのだ、とマーメイドラインのドレスをズズイと押し出す会長さん。
「真心のこもった初めてでさえも蹴るとなったら、君が妄想していたらしい初めての方はどうなるのやら…。永遠に要らないと言うんだったら、これとセットで取り下げるけど」
「ま、待ってくれ! これを着ればそっちのチャンスもあるのか!?」
「さあ、どうだか…。少なくとも取り下げの線は無いかな、着た場合はね」
「…そ、そうか…。着ればいいのか…」
私も男だ! という決意の雄叫び。ドレスを抱えて着替え用の部屋へと去ってゆかれる教頭先生は男の中の男なのかもしれません。会長さんの初めてとあれば手作りウェディングドレスであっても貰ってしまえる、あの凄さ。
「よーし、バッチリ! それじゃカメラマンを呼ぼうかな」
出て来た所でまず一枚! と会長さんがニッコリ笑って、ソルジャーが。
「…ぼくのハーレイでも着られるんだよね、あのドレス? サイズは全く同じだものね」
「着られるけど? …着せたいわけ?」
「ぼくへの愛を確かめたいかな、って気持ちが少しね。…愛があれば着られるようだから」
「ま、待って下さい、ブルー! 私にあの手の趣味は全く!」
無いのですが、と叫ぶキャプテンもまた、招待客から披露する側へと移行しそうな気がします。会長さんの初めて体験、貰ったが最後、お笑いなオチ。自業自得な教頭先生の笑える姿と、巻き込まれそうなキャプテンのウェディングドレス姿に万歳三唱~!




           初めての体験・了

※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 色々と勘違いしてしまった教頭先生、生徒会長どころか自分がウェディングドレスです。
 それでも「着よう」という所がカッコいい…かもしれません。普通は逃げるかと。
 シャングリラ学園、昨日、4月2日で連載開始から9周年になりました。まさかの9周年…。
 アニテラは4月7日で放映開始から10周年、此処まで書き続けることになろうとは。
 4月は感謝の気持ちで月2更新、今回がオマケ更新です。
 次回は 「第3月曜」 4月17日の更新となります、よろしくです~!

※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、4月は、入学式のシーズン。けれどシャン学メンバーの場合…。
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