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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

トォニィの絵

(んーと…)
 学校から帰って、おやつを食べて。紅茶を飲みながら広げた新聞、今日の特集は肖像画。
 芸術はあんまり分かんないけど、肖像画はけっこう好きな方。だって、いろんな人の顔だから。画家が創作したわけじゃなくて、ホントに生きてた人たちの顔。
 歴史でしか知らない人ばかりだけど、こういう顔をしていたんだ、って分かるから。
 画家に頼んでハンサムに描いて貰いました、って人もあるみたいだけど、それでも全く似てないわけではないだろうから。

(有名なのが色々…)
 ずうっと昔の王様や貴族。それ自体が一つの芸術作品。
 SD体制よりも昔の有名な絵たちは、大抵、レプリカなんだけど。保存技術が間に合わなくって破損しちゃって、そっくりなレプリカが作られた。額縁まで再現されたレプリカ、本物そっくり。
 それでもきちんと残ってる。昔の人たちの呼吸が聞こえてきそうな絵たち。この地球で生きた、様々な人たちの肖像画。
 見るからに王様っていう絵もあれば、気取らないポーズの絵なんかも多い。薔薇の花を持ってる王妃様とか、大人みたいなドレスを着込んだ小さな小さな女の子とか。
 そういった古い絵から順に見てって、時代をどんどん下っていったら。



(キースだ…)
 国家主席の肖像画。歴史の教科書だと写真だけれども、美術の教科書には載ったりする絵。
 真っ白な制服に紫が利いて、威厳に溢れた絵ではあるけど…。
 前のぼくが知ってるキースより、かなり老けてる。顔に小皺が出来ちゃってる。
(ぼくが会った頃のキースだったら、もっとハンサムだったのに…)
 若くて、俊敏な獣のようで。誰が見ても認めただろうハンサム、それが若き日のキース。
 きっと人気もあっただろう。画面に映れば、大勢の女性がキャーキャー騒いでいそうな感じ。
(国家騎士団のエリートだもんね?)
 ハンサムな上にエリートとくれば、憧れる人は多かったろう。ぼくがナスカで出会ったキース。ミュウにとっては敵だったけれど、人類にとっては将来を嘱望されたエリート。
 だけど肖像画を描いて貰えるような立場じゃなかった。まだそこまでは偉くなかった。
(いくらグランド・マザーのお気に入りでも、階級ってヤツがあるものね…)
 キースよりも偉い人間が沢山いたから、若いキースは肖像画を描いては貰えなかった。
 今も残っている肖像画は、もう充分に出世した後のキースの顔。
 長い間空席だった国家主席に就任したから、グランド・マザーが特別に描かせた肖像画。
 お気に入りのキースの立派な姿を後世まで残しておくために。
 自分たちが無から創ったキースの、輝かしい功績を後々までも留めておくために。



(でも、キースのしか無いんだよ…)
 肖像画特集の中に、あの時代の絵はキースだけ。
 古い肖像画を集めた特集、最後を飾っているキースの絵。同じ時代の他の絵は無い。この特集に無いだけじゃなくて、元から存在しないんだ。
 ノアやアルテメシアの記念墓地にお墓がある英雄の中で、肖像画があるのはキースだけ。
 記念墓地では別格扱いの前のぼくだって、キースと並んで眠るジョミーだって、肖像画は無い。特集の最後に加えたくっても、肖像画なんか残っていない。
(トォニィだって…)
 最後のソルジャーとしてミュウと人類とを繋いだトォニィ。
 記念墓地にお墓は作られてないけど、トォニィだって英雄の一人。そのトォニィだって肖像画は無くて、この特集にも入っていない。
 トォニィの肖像画を作る話はあったけれども、トォニィ自身が断ったという。ぼくとジョミーの分が無いのに、平和な時代になったからって自分の分だけ作れやしない、って。
 前のぼくたちの分を写真を元にして描こうって話も出たらしいけれど、描かれずじまい。
 トォニィが止めたか、あるいはシャングリラの仲間たちが嫌だと言ったのか。
 とにかく前のぼくとジョミーの肖像画は無くて、こういう時にはキースの分だけ。偉そうな国家主席の制服のキース、彼が載せられてそれでおしまい。



(老けたキース…)
 若い頃だとハンサムなのにね、って新聞を閉じて部屋に戻った。
 キッチンのママにお皿やカップを返して、「美味しかった!」って御礼を言って。ママが焼いたケーキは今日も絶品、とっても幸せ。
 階段を上って部屋に入って、勉強机の前に座って…。
(肖像画かあ…)
 ああいう特集には載せて貰えない、前のぼくとジョミー。肖像画が存在しないから。
 だけど、ホントはぼくとジョミーにも肖像画なるものがあったりする。
 宇宙遺産で門外不出で、特別公開すらも無いけれど。
 劣化しないよう、密閉保存。博物館の特別な収蔵庫の奥で厳重に。
 前のぼくとジョミーが生きていた頃に描かれた絵だから、もう本当に宇宙遺産。
 それのレプリカを作ればいい、と普通は考えるんだろうけれど。
 脆い絵ならばレプリカを作って展示すればいい、と思うだろうけど、問題が一つ。
 確かに肖像画は存在してるし、生きていた頃のぼくたちをモデルにしてるんだけれど…。



(トォニィの絵だしね?)
 宇宙遺産になった肖像画を描いてくれた画家はトォニィだった。
 密閉されるほど脆いのも当然、前のぼくとジョミーが一緒に描かれた画用紙なんだ。何の加工もされていない子供のための画用紙、ごくありふれた白い画用紙。
 宇宙遺産に指定されてるトォニィの絵はもう一枚あって、そっちはトォニィの家族の絵。小さいトォニィと父親のユウイ、母親のカリナを描いたもの。
 前のぼくたちの絵も、トォニィの家族も、クレヨンで描かれた三歳児の絵。
 それとも二歳児だったっけ?
 どっちにしても小さな子供が頑張って描いた、二人のソルジャーと自分の家族の肖像画。



(トォニィ画伯…)
 前のぼくとジョミーの肖像画。生きてる間の、本当に本物の肖像画。
 ある意味、凄く有名な画家が描いたんだけどな…。
 知らない人なんかいないトォニィ。最後のソルジャー、平和な時代を築いたソルジャー。
 画家はとっても有名だけれど、誰もレプリカを作って肖像画扱いで展示しようと思わない。この絵はとっても貴重だから、と宇宙遺産に指定しながら、肖像画としては扱われない。
 小さな子供が描いただけあって、破壊力ってヤツがありすぎるから。
 ソルジャー・ブルーとソルジャー・シンの肖像画として公開するには、かなり強烈すぎるから。
 でも、トォニィの名誉のために言っておくなら、あの絵は決して下手くそじゃない。
 誰が見たってジョミーはジョミーに見えるんだから。
 前のぼくだって、ソルジャー・ブルーが描いてあるって一目で分かる出来なんだから。



(本質を捉えた絵なんだよ、うん)
 画用紙の真ん中に大きく描かれた、太陽みたいに元気一杯なジョミー。弾けるような笑顔。
 ぼくは後ろで寝てるんだけれど、そのぼくだって笑顔なんだ。
 あの絵を描いた頃のトォニィは起きているぼくを知らなかったのに。
 それなのに笑顔に描いてくれた。まるで目を覚ましているかのように。小さなトォニィを笑顔で見守っているかのように。
 前のぼくは絵の存在を知らずに終わってしまったけれども、今のぼくはちゃんと知ってるから。
 クレヨンで描かれた破壊的な絵でも、あの絵はけっこう気に入っている。
 トォニィは前のぼくを知っててくれたと、寝ているだけの年寄りだと思っていなかった、って。
 でも、世間ではそうは思わない。
 肖像画というものは一つの芸術、観賞に値する美しいもの。
 前のぼくとジョミーの肖像画は生きてる間に描かれなかったから、それっきり。



(トォニィの絵も、生きてる間の肖像画には違いないんだけれど…)
 画家だって高名なんだけれども、画家として高名なわけじゃないから。有名な芸術家ってこともないから、トォニィの絵には芸術品としての価値は無い。ただの宇宙遺産。
 ハーレイの木彫りのウサギと同じで、歴史の生き証人っていうだけ。ハーレイのウサギだって、正体はナキネズミだと聞いているから、宇宙遺産って何かと不思議だ。
 子供の絵だとか、下手くそな木彫りのナキネズミだとか。
 そんな代物を博物館の奥に収めて有難がってる時代が今っていうのが面白い。
 でも…。
(トォニィ、あの絵で反省しちゃって、自分の肖像、描かせてないとか?)
 前のぼくとジョミーのとんでもない絵を描いちゃったから。
 それが生前に描かれた唯一の肖像画ってことになるから、自分の肖像画をプロの画家に描かせる企画は断固、断っちゃったとか…?
 まさかね、って笑っちゃったけど。
 ホントの所はどうなんだろう?
 トォニィ画伯に訊いてみたいけれど、インタビューしてみたいけれども。
 今のぼくはトォニィに会えそうもなくて、きっと一生、謎のまま。
 トォニィがうんと反省したのか、それとも威張ってあの絵を残しておいたのかは。



(どっちにしたって、ぼくとジョミーは…)
 肖像画は無かったことになってる。
 トォニィ画伯の力作なのに。こういう画風の画家なんです、って言ったら通りそうなのに。
(綺麗な絵だとは言えないけどね)
 さっき見ていた肖像画特集に混ぜておくには、描き込みだって足りないし。
 あの絵は流石に売れないのかなあ、前のぼくとジョミーの写真集にも収録されていなかった。
 前にハーレイの写真が欲しくて探し回ったから覚えてる。キャプテン・ハーレイの写真を探して端から広げた写真集。あの絵は入っていなかった。どの写真集にも、ただの一枚も。
 キースの立派な肖像画の方は多分、キースの写真集に入っているのだろうに。
(トォニィの写真集には載ってるんだろうな)
 写真集の主役はトォニィなんだし、あの絵だってきっと入ってる。
 データベースにも収録されてて、誰でも自由に見られる絵。宇宙遺産のトォニィの絵。
 だからぼくだって知っている。
 前のぼくがトォニィに描かれちゃったことを。



(肖像画…)
 前のぼくは描かせようなんて思わなかった。肖像画なんて思い付きさえしなかった。
 シャングリラの中、生きてゆければそれで充分、肖像画を描かせて飾ろうだなんて思わない。
 肖像画なんかを飾らせるほど、自分が偉いとも思ってやしない。自惚れちゃいない。
 フィシスのだって作らせなかった。作る必要を感じなかった。フィシスの地球はフィシスと心を重ねて見るもの、その地球があれば充分に幸せだったから。
(肖像画なんかは無かったよね…)
 絵の上手な仲間はいたんだけれども、誰の肖像画も残ってはいない。
 ゼルたちも含めて有名どころは誰もモデルをしなかったから。



(モデル、頼まれてもいないんだけどね)
 前のぼくを描きたいと言った仲間がいたなら、その頼みまでは断らない。「柄じゃないよ」って苦笑しつつも、快くモデルを引き受けただろう。肖像画を描いて貰っただろう。
 だけど、誰一人としてモデルを頼みに来はしなかったし、ぼくの肖像画は描かれないまま。
 恐れ多いと思ったんだろうか、ソルジャーをモデルにするなんて。
 だとしたらトォニィはクソ度胸の画家。
 「モデルをお願いします」と言いもしないで、無断でぼくを描いちゃった。
 それも寝てたぼくを。
 長い眠りに就いていたぼくを、断りも無しにジョミーとセットで。



 遠慮してモデルを頼まなかった大人たちを他所に、前のぼくとジョミーを描いたトォニィ。
 とても見事に本質を捉えて描いたトォニィ。
(ハーレイたちも描いて貰えば良かったのに)
 そしたら肖像画が宇宙遺産になって残って、生きた証が出来たのに。
(…ハーレイは木彫りのウサギがあるんだけれど…)
 ウサギになっちゃったナキネズミの木彫りが残っているけど、肖像画の方が断然いい。
(キャプテン・ハーレイの肖像画…)
 宇宙遺産になって博物館の奥に収蔵される肖像画。前のぼくやジョミーの肖像画と一緒に、密閉保存で長い時を越えて今の時代まで。
 もしもトォニィがハーレイを描こうと思ったならば。
 どんなハーレイの絵を描いたんだろうか、トォニィ画伯は?



(んーと…)
 好奇心を刺激されちゃった、ぼく。
 トォニィになった気持ちで描いてみようか、と学校で使うスケッチブックを一枚破って勉強机の上に置いてみた。お次は画材で、クローゼットの奥の方に確か…。
(えーっと…)
 もぐり込んで引っ張り出したクレヨン。幼稚園時代のぼくの思い出、いろんな絵を描いた大事なクレヨン。今でも使えそうだから。
 こんな感じ、と画用紙に茶色で線を大きく引っ張ってみた。褐色は無いから茶色のクレヨン。
(こう描いて…)
 輪郭が出来たら、髪の毛の黄色。金色は無いから、代わりに黄色。
(目と鼻を描いて、口も描いて…)
 色を塗る前に補聴器だよね、と頑張っていたら、チャイムが鳴った。門扉の脇のチャイムの音。窓から見下ろすと、ハーレイが大きく手を振っている。
 このタイミングで来たんだったら…。
(急いで仕上げて見せちゃおう!)
 ママがハーレイを案内して来る前に、大胆に塗って。
 子供の絵なんてそんなものだし、トォニィ画伯には負けられないから。



 大急ぎで塗って、ハーレイの顔と髪とは間に合った。
 補聴器は元々の色が白だし、首の所までしか描いてないから、制服も襟の模様だけを描けば完成したと言ってもいい。制服の首の周りはクリーム色だもの、塗らなくてもいいと思うんだ。
(これでよし、っと…!)
 出来た、と勉強机の上に裏返して置いて、クレヨンの箱をクローゼットに突っ込んだ。
 ぼくの力作、キャプテン・ハーレイの肖像画。
 ママに案内されて来たハーレイの前に、「上手でしょ?」と差し出したら。
 お茶とお菓子が置かれたテーブルから立って、画用紙を取って来て突き出したら。
 ハーレイは見るなり、フフンと鼻で笑ってくれた。
 腕組みまでして、馬鹿にしたように。



「まだまだだな」
「えっ?」
 ハーレイの絵だよ、ぼく、頑張って描いてみたんだよ?
 前のハーレイ。キャプテン・ハーレイの肖像画を描いてみたんだけれど…。
「まだまだだ、と言っただろうが。お世辞にも上手とは言えん」
 お前よりもずっと、上手く描いたヤツがいたからな。前の俺の絵。
「誰?」
 誰が前のハーレイの絵なんか描いたの、ぼくよりもずっと上手いだなんて…!
「決まってるだろうが、そんなの描くヤツ」
 少なくとも俺は一人くらいしか知らないが…?
「まさか、トォニィ?」
「その他に誰がいるというんだ、前の俺を描こうというようなヤツ」
 いくらシャングリラが広くったって。そうそういないぞ、俺を描くヤツは。
「トォニィって…。そんな絵、いつの間に…!」
「前のお前が寝ていた間だ」
 時期的には…。そうだな、宇宙遺産になってるトォニィの絵。
 あれが描かれた頃の絵だなあ、あの頃のトォニィは毎日のように絵を描いてたからな。



「ハーレイの絵って…。それ、どんな絵なの?」
 あのトォニィが描いたんだよね?
 前のぼくの絵とかと同じ頃に描いていたんだったら、ハーレイの絵だって独特だよね?
「さあ、知らんな」
 何を以って独特と言えばいいのか、何を傑作と呼ぶべきか。
 俺は芸術には疎いからなあ、あのトォニィの絵をどう評するかは難しいんだが…。
 それでもお前の絵よりは上手だ、間違いない。
「ぼくの絵よりも上手いって言うけど…。トォニィの絵でしょ?」
 前のぼくやジョミーを描いた絵と同じで、破壊的だと思うんだけど…。
 ハーレイを描いた絵、酷いんじゃないの?
「まあな。そこの所は否定はしない」
 ガキの絵だから、そういうモンだと分かってはいるが…。
 しかし、お前の絵よりは上手いぞ。
 ガキっぽく描こうと悪意をこめて描いてはいないし、のびのびと描かれたいい絵だったな。
「悪意だなんて…!」
 ぼくはハーレイを描いただけだよ、トォニィだったらどう描くのかな、って!
「そこでトォニィの真似をしようというのが充分、悪意だ」
 今のお前ならマシに描けるのに、わざわざ下手くそに描く辺りがな。
 クレヨンまで出してガキっぽく描いて、俺をどうするつもりなんだか…。
 いや、前の俺か。
 こうも滅茶苦茶に描かれちまったら、トォニィの上手さが引き立つってな。



「その絵、見せてよ!」
 ハーレイの記憶に入ってるんでしょ、ちょっと見せてよ。
 ぼくの絵よりも上手いと聞いたら、見なくちゃ損だって気になるから!
「断る権利もあると思うが?」
 描かれちまったのは俺なんだし…。描かれた俺には断る権利があるんじゃないか?
 絵なんてものはそうしたもんだろ、モデルになったヤツが生きてる間は誰にも見せずに家の奥に飾っておくとかな。自分の絵だから見せてやらん、と。
「その絵って、今も残ってる?」
 トォニィの絵は宇宙遺産の二枚だけだと思っていたけど、他にもあるの?
 宇宙遺産になってないだけで、何処かの博物館にあるとか…。
「いや、あの二枚しか無い筈だが」
 残っているなら話題になるさ。俺が知ってる程度にはな。
「じゃあ、ハーレイを描いた絵は?」
 どうなっちゃったの、その絵は何処?
「行方不明っていうヤツだろ」
 シャングリラと一緒に無くなっちまったか、それよりも前にもう無かったか。
 前の俺が生きてる間にカリナがゴミにしちまったかもな。
「えーっ!」
「屑籠に入っていりゃ捨てるだろ?」
 トォニィが突っ込んだオモチャとかなら、大事に拾い上げるんだろうが…。
 クシャクシャにされて突っ込まれている画用紙までは拾わんさ。
 そんな具合でゴミになったか、何処かに紛れて行方不明か、どっちかだな。



 消えちゃったらしい、トォニィの絵。
 トォニィがキャプテン・ハーレイを描いた絵。
 前のハーレイの肖像画があったと知ったら見たくてたまらないから、ぼくは頑張ることにした。断る権利があるってくらいで見られないなんて、あんまりだから。
 だって、ハーレイの肖像画。
 前のぼくのと同じ画家が描いた、トォニィ画伯が同じ時期に描いた肖像画。
「見せてってば!」
 ケチっていないで見せてよ、ハーレイ!
 お願いだから、トォニィが描いた絵、ぼくにも見せて!
「………。笑わないだろうな?」
 お前、笑うと思うんだが…。俺としては見せたくないんだが…。
「大丈夫。笑わないって約束するよ」
 前のぼくの絵と似たような感じの絵なんでしょ?
 笑わないってば、きっとハーレイが思ってるほどに酷くはないよ。



 約束したのに、ハーレイの手とぼくの手とを絡めて、トォニィが描いた絵を見た瞬間に。
 プーッと吹き出しちゃった、ぼく。
 すかさず頭にゴツンと拳が降って来たけど、ぼくの笑いは止まらなかった。
「ほ、本質を捉えているね…」
 凄いよ、トォニィ。誰が見たって、これ、ハーレイだよ…!
「腹立たしいことにな。上手いんだからな」
 あのチビの画家は天才だ。
 前のお前やジョミーを描いた絵も実に上手いが、俺の絵だって上手く描いてあるんだ…!



 四角い顔と眉間の皺。
 もうそれだけで誰だか分かる。
 顔を茶色く塗ってなくても、髪を黄色く塗ってなくても。
 補聴器も肩章も描いてなくても、何処から見たってキャプテン・ハーレイ。
 しかも肖像画はしっかりと色を塗ってあるんだ、ハーレイの顔はちゃんと茶色に。髪も黄色く。補聴器も白のクレヨンで塗って、肩章は黄色。
 ぼくがトォニィの絵を真似て描くより、実物はもっと凄かった。
 素晴らしすぎるトォニィ画伯。
 キャプテン・ハーレイの絵を描かせたって、充分に宇宙遺産級。
 この絵が何処にももう無いだなんて、宇宙の損失だと思う。行方不明かゴミになったなんて。
 威厳に満ちたキャプテン・ハーレイを写し取った絵が、もう残されていないだなんて。



 酷いと言えば酷い絵だけど、前のハーレイを描いたと分かる肖像画。
 笑わないって約束したくせに吹き出したけれど、笑わずにいられなかったんだけれど。
 そんな具合だから、ハーレイだって腕組みをしてこう言った。
「こいつを見た時、俺は顔が歪んだかと思うくらいの衝撃を受けたぞ」
 俺の顔はここまで四角かったかと、眉間の皺はここまで深かったかのかと。
「この絵、ハーレイは何処で見たの?」
 トォニィ、ブリッジまで見せに来たとか?
 こんなハーレイの絵を描いたよ、って持って来たほど自慢の絵だった?
 上手に描けたと思っていたなら、今でも残っていそうだけれど…。行方不明になったりせずに。
「思念の噂で回っていたんだ!」
 保育セクションの誰かが見たのか、それともカリナかユウイから出たか。
 とにかく俺の肖像画だ、と思念で回覧されていた。
 ブリッジのヤツらも当然見るしな、通路で俺とすれ違ったヤツも肩を震わせて通って行くし…。
 何事なのか、と探っている間にブラウとゼルとに言われたんだ。
 「あんた、例の絵を見たのかい?」だの、「傑作誕生を知らんとは鈍いヤツじゃな」だのと。
 だがな、あいつらは笑うばかりでガードが思い切り固かったんだ!
 エラもクスクス笑ってはいたが、何も教えてくれんのだ…!



 ゼルもブラウも、エラも教えてくれないから。
 キャプテンの肖像画が出来上がった、と笑うだけで見せてはくれなかったから。
 シャングリラの中を走り回って、逃げる仲間を捕まえてようやく訊き出せたらしいキャプテン・ハーレイ。自分が描かれた絵の存在を知るまでに時間がかかったハーレイ。
 そのハーレイを置き去りにしたまま、シャングリラで有名になってた肖像。
 トォニィ画伯の幻の作品、キャプテン・ハーレイの肖像画。
 笑っちゃったけど、出来は素晴らしかったから。
 前のハーレイを描いたんだ、って分かる出来栄えだったから。
 トォニィ画伯はもっと描いたか、誰かを描いたか気になってくる。
 前のぼくが知らないままで終わった芸術家。シャングリラの偉大な肖像画家。



「ねえ、ハーレイ。他にも誰か描かれてた?」
 トォニィが肖像画を描いていた人、前のハーレイやぼくの他にも誰かいるの?
「さあな?」
 どうなんだかなあ、お前、約束を破ったからな?
 笑わない、って言っていたくせに、吹き出して笑ってくれたからなあ…。
「それは謝るから! 笑っちゃったことは謝るから!」
 あったんだったら教えてよ。トォニィが描いた絵、他にもあったというのなら。
「…フィシスを描いた絵があったんだが」
 そいつも思念で回っていたなあ、いい出来だと。
「ハーレイ、それは見てないの?」
 フィシスを描いた絵は知らないままなの、どうなの、ハーレイ?
「………」
「見たんなら、見せて」
 そこで沈黙しちゃうってことは、知ってるんでしょ?
 見ていない、って答える代わりに黙っちゃうなら。
 フィシスの絵を見たなら、ぼくにも見せてよ。ぼくはその絵を知らないんだから。



 見せてくれなきゃ怒るからね、って凄んでやった。
 トォニィが描いたハーレイの絵を真似て、ぼくの部屋に飾ってやるんだから、って。
「ぼくの絵、下手だと言ったけど…。真似して描くなら上手く描けるよ?」
 トォニィの絵とそっくりに描いて、部屋の壁に貼っておこうかな?
 それを見る度に顔が歪んだ気持ちになるでしょ、本質を掴んだ絵なんだものね。
「おい、お前…。俺を脅して楽しいか?」
 そうでなくても酷い絵を描いてくれたしな、お前。
 俺が見せないと言い張った時は、遠慮なく真似してくれそうだよなあ、トォニィの絵を…。



 あの絵は二度と御免なんだ、って渋々、右手を出したハーレイ。
 ぼくの右手と絡め合わせて、遠い記憶にあるフィシスの絵を見せてくれたハーレイ。
(…ホントにフィシスだ…)
 トォニィ画伯の腕前は確かで、目を閉じているけど笑顔のフィシス。
 宇宙遺産になってるカリナやユウイの笑顔と同じで、それは素敵な笑顔のフィシス。
 ちゃんとフィシスに見えるよね、ってハーレイに微笑み掛けた、ぼく。
 子供の絵だけどフィシスだよ、って。
 ハーレイの絵よりも優しそうだし、ミュウの女神に見えるもの、って。
「俺の絵だけが最悪だったんだ!」
 笑顔でもなけりゃ眉間に皺だぞ、やたらと怖そうに描きやがって…!
 俺はトォニィを叱っちゃいないが、小さなガキにはああいう風に見えたのか、俺が!?
「そうみたいだね。トォニィ、ハーレイにも遊んで貰っていたのにね…」
 多分、あの絵はブリッジのハーレイを描いたんだよ。
 仕事中にはああいう顔でしょ、キャプテンを描くならこの顔なんだ、と思ったんだよ。
「そうだろうとは思うんだが…」
 真面目な顔の俺を描いたんだろうと思いはするがだ、正直な所、傷ついたぞ。
 ブリッジの俺はこんな顔かと、今にも怒鳴り出しそうだと。
「それで処分したの?」
 トォニィの絵を。行方不明って言っているけど、ホントはハーレイが処分したとか?
「キャプテン権限は行使していない」
 子供相手に使ったりしたら大人げないだろ、それにシャングリラ中の笑いものだ。
 キャプテンがあの絵を捨てたらしいと、あまりに似過ぎて傷ついたからと。



 捨てていないし、捨てる方へと仕向けてもいない、とハーレイは言った。
 どうやら勝手に消えちゃったらしい、キャプテン・ハーレイの肖像画。
 フィシスの肖像も消えてしまって、今の時代には残っていない。存在さえも知られてはいない。
 もしもフィシスの肖像が今も残っていたなら、トォニィが描いた肖像画でも。
 前のぼくとセットであちこちに出回っていたんだろうか?
 ミュウの女神だったフィシスは前のぼくと対。そういう風に見られているから、肖像画があればセットで公開。トォニィ画伯のあの絵であっても、フィシスと前のぼくとはセット。
(うーん…)
 嬉しいような、嬉しくないような。
 絵の上手下手はともかくとして、前のぼくはホントはハーレイと対。誰にも言えない秘密の恋人同士だったんだけれど、肖像画を公開して貰えるのならハーレイと一緒の公開がいい。
 二人セットは無理だけれども、フィシスのもハーレイのも一緒に公開。
 トォニィ画伯が描いた肖像、ハーレイと一緒の公開だったら…。
 そうなるんなら、写真集にもあの絵を載せて欲しかった。一緒に生きていたんだよ、って。
 前のぼくが寝ている絵を載せたページの隣に、ハーレイの肖像画を載っけたページ。
 ソルジャー・ブルーの右腕でしたと、キャプテン・ハーレイの肖像画。
 トォニィが描いた怖そうな顔でも、ハーレイの肖像なんだから。



「ちょっと惜しいな、ハーレイの絵…」
 無くなっちゃったなんて、なんだか残念。
「何故だ?」
 俺は消えちまってホッとしたがな、シャングリラ中で笑われちまった絵だからな。
「ハーレイはそうかもしれないけれど…。ぼくのとセットで残したかったよ、生きた証に」
 前のぼくたちが生きてた証に、ハーレイを描いた肖像画もあったら良かったのに…。
「そう来たか…」
 生きた証か、お前と一緒に。
 とんでもない顔に描かれちまったが、描いた画家は同じなんだよなあ…。
 俺を描いた絵も宇宙遺産になっていたなら、前のお前と一緒に収蔵庫の中か。
 前の俺たちの仲は誰も知らんが、それでも仲良く一緒にな…。



 そう考えたら酷い絵でも残って欲しかったかもな、ってハーレイは苦笑いしているけれど。
 前のぼくたちを描いた、芸術品と呼べるレベルの肖像画は残っていないけど…。
 今度は二人で写真を撮れるし、勉強机の上にちゃんと一枚目の写真が飾られている。
 夏休みの最後の日に二人で写した、お揃いのフォトフレームに入った写真が。
(今度は写真で充分なんだよ)
 ハーレイと二人、結婚して一緒に生きてゆくけれど。
 肖像画を残せるほどに凄い人生を歩む予定なんかは全く無いから、写真で充分、ぼくは幸せ。
 まずはハーレイと並んで一枚、結婚写真。
 それから先の未来も幸せな写真を沢山、沢山、いろんな所で、いろんなポーズで。
 肖像画なんか、今度は要らない。
 頑張ってくれたトォニィ画伯には悪いけれども、今のぼくたちには写真があれば充分だから…。




             トォニィの絵・了

※存在していたらしい、トォニィが描いた「キャプテン・ハーレイの肖像画」。
 無くなったのは惜しいですけど、今のハーレイとブルーには、肖像画なんて要りませんね。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv









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