シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
(あ…!)
いいもの見付けた、と屈み込んで拾い上げた、ぼく。
学校から帰って門扉をくぐって入った庭で。まだ玄関まで着かない内に。
(何の鳥だろ?)
ぼくの右手に、真っ直ぐに伸びた長い羽根。十センチくらいはありそうな羽根。
濃い灰色をしているから…。
(鳩かな?)
キジバトか、公園にいるような鳩か。きっと、その辺。
庭に来た鳥の落とし物。忘れ物じゃなくって、落とし物。多分、自然に抜け落ちた羽根。
(小さい羽根なら、たまにあるけど…)
ふんわりとした小さな羽根。柔らかそうな羽根は羽繕いして落としてゆくのか、けっこう庭には落ちているけど。
(今日のは大きい…)
ふわふわじゃなくて、シュッとした羽根。長くて頑丈そうな羽根。
こんなに立派な羽根は滅多に無いから、ドキドキしちゃう。
小さい頃にも拾って宝物にしたりしていたけれども、今のぼくが見ると…。
(ハーレイの羽根ペンみたいだよね)
その羽根ペンはプレゼントしてから一度も目にしていないんだけど。
ハーレイの家へ行ってしまって、そのハーレイの家にぼくは行くことが出来ないから。
誕生日のプレゼントにぼくが少しだけ買った羽根ペン、お小遣いの一ヶ月分だけを払って買った羽根ペン。残りのお金はハーレイが出した。これじゃ我儘を言ったり出来ない。
(持って来て見せて、って言えないもんね…)
だからハーレイの誕生日に見たのが最後。その前に見た時は百貨店の陳列ケースに入ってた。
前のハーレイが持っていたのと良く似た羽根ペン、白い羽根ペン。
あれっきり会ってはいないけれども、忘れやしない。
羽根ペンと言えば、こんな羽根。ぼくが拾ったような羽根。
あっちはもっと大きいけれど。十センチどころじゃないんだけれど。
(でも、そっくり!)
羽根の感じが。
ぼくが拾ったのは小さい上に灰色だけれど、羽根ペンの羽根に似てるんだもの。
ちょっぴり羽根ペン気分だよね、って嬉しくなって家に持って入った。
羽根は洗ったら駄目になるから、手を洗ってウガイする間は洗面所の棚の上に乗っけた。
(消毒とかって…。要るのかな?)
どうだろう、って思ったけれども、何度も触ってみたいんだったら、やっぱり消毒?
少し考えてから、殺菌用のスプレーがあったのを思い出した。洗面所の棚にも置いてあったし、説明を読んでからシュッとひと吹き、殺菌完了。もう口に入れたって大丈夫。
(うん、羽根だって傷んでないしね)
ウキウキと二階の部屋に持って上がって、勉強机の真ん中に置いた。ぼくが拾った大切な羽根。
それから制服を脱いで着替えて、階段を下りてダイニングでおやつ。
(ふふっ、羽根ペンみたいな羽根…)
素敵なものを拾ってしまった、とママが焼いたケーキを食べる間も、心は羽根ペン。
羽根ペンと言えば前のハーレイで、今のハーレイも持っているから。
トレードマークの一つみたいなものなんだから、と心はハーレイへ、羽根ペンへと飛ぶ。
ぼくの家の庭に落っこちてた羽根、ホントに羽根ペンみたいだったよ、と。
ハーレイが持ってる羽根ペンもああいう羽根なんだよ、と。
おやつを食べ終えて、キッチンのママにカップやケーキのお皿を返して。
部屋に戻って、勉強机の前に座って羽根を眺めた。今度はじっくり、うんとゆっくり。
(ホントに羽根ペンに似てるんだけど…)
色とサイズが違うだけで、と見惚れたけれども、拾った羽根には問題が一つ。
羽根ペンの羽根にそっくりだけれど、似てるってだけで。
(小さすぎ…)
いつも落ちてる羽根より立派で大きな羽根でも、十センチくらいの羽根だから。ハーレイが使う羽根ペンみたいに大きな羽根ではないんだから。
(これじゃ、ペン先…)
とてもくっつけられそうにない。
ハーレイの羽根ペンだって、ペン先がくっつくようにと何か細工はあるだろうけれど。先っぽを補強して太くするとか、そうした細工があるんだろうけど、この羽根では無理。
(太くするにも限度があるよね)
この倍くらいは太くなくっちゃ駄目だろう。羽根の芯と言うか、鳥の身体に生えてた部分。
(ハーレイの羽根ペン、太い芯に何か巻いてるのかな?)
糸とか、でなけりゃ薄い金属の板だとか。そうやって太さと強さを増やして、其処にペン先。
羽根ペンの仕組みはきっと、そんなもの。
(だけど羽根ペン…)
うんとレトロな文具の羽根ペン。
前のハーレイの頃にもレトロだったけど、つまりは歴史があるってこと。SD体制よりもずっと昔から人間は羽根ペンを使ってたんだし、もしかしたら。
(ペン先の方が後から来たかも…!)
最初は尖った鳥の羽根の先で書いていたのかも、いろんな文字を。
そう思って見てたら、どうやら使えそうな感じがしてくる鳥の羽根。尖った先っぽで書けそうな文字。インクに浸してやったなら…。
(美術の授業でガラスペンとか使ったしね?)
尖っているだけのガラスのペン。鳥の羽根でも充分、いけそう。
(それに羽根の中、空洞の筈…)
先を削れば、空洞はインクを吸い上げるようになるかもしれない。そしたら羽根は立派なペン。いちいちインクに浸さなくても、何文字か一気に書けてしまうペン。
(羽根ペンの始まり、そういうのかな?)
だとしたら、ぼくも羽根ペンを持てる。
庭に落ちてた鳥の羽根だけど。ハーレイのよりもずっと小さいけれど…。
考え始めたら、もう止まらない。羽根ペンになるか試してみたい。
たった一本だけしか無いから、先を削るのは駄目だけど。削り過ぎたり、削り損なって台無しにしたら悲しいから。
でも、羽根ペンを作るアイデア、思い付いたら実行せずにはいられないから。
(ちょっとだけ…)
削ったりしないで使ってみよう。
鳥の羽根の先っぽ、そのまんま。
羽根ペンの始まりはそういうものかも、って、一度試してみることにした。
(ぼくの羽根ペン…)
庭で拾った鳥の羽根。十センチくらいの灰色の羽根。
美術の授業で使ったインクが残っていたから、先っぽにつけてみたけれど…。
(うーん…)
白い紙に文字を書こうとしたのに、引っ掛かるだけで書けない文字。ここでカーブ、と思っても紙にカリッと引っ掛かっちゃって、ヘンテコな文字になっちゃった。
なんだか悪戯書きみたい。でなければペンの試し書き。
ぼくが書きたい文字は書けなくて、下手くそな線ばかり増える羽根ペン。
本物の羽根ペンじゃないんだけれど。
庭に来た鳥が落っことして行った、羽根ペンに似ている羽根なんだけれど…。
(やっぱりペン先…)
ハーレイにプレゼントした羽根ペンの箱には替えのペン先が幾つもついてた。いろんなタイプのペン先だったし、書きたい文字の種類に合わせて取り替えるようになっているんだろう。
そのペン先。あれが必要なんだと思う。
最初からセットされていた基本のヤツでいいから、滑りを良くしてくれるペン先。
これにはくっつかないけれど。
ぼくが持ってる小さな羽根では、ペン先なんかは付けられないけど。
(もっと大きな羽根でないと…)
ペン先をくっつけられるほどに丈夫な羽根。補強して太さを足してやったらペン先が付く羽根。
ぼくの手の中の羽根とは比べ物にならない大きさがなくちゃ、ペン先はとてもくっつかない。
(ハーレイの羽根ペン、何の鳥だろ?)
あの羽根ペンはどんな鳥の羽根で出来ていたんだろう?
真っ白なんだし、白鳥なのかな?
それともガチョウやアヒルだろうか、どっちも白いし、白鳥よりかは身近な鳥。
(白鳥、自然のだと渡り鳥だしね…)
公園とかにいる白鳥なら、一年中そこにいるけれど。大自然の中で生きている白鳥は渡りをする鳥、ぼくが住んでいる地域では冬にならないと来ない。白鳥が来たら冬の始まり、冬の使者。
まだ秋なんだから飛んで来ないし、渡って来たって水辺の鳥で。
(大きな池とか、湖だとか…)
そういう所に行かないとお目にかかれない。この辺りでは餌もついばんでいない。
運が良ければ渡りの時に家の上を飛ぶかもしれないけれども、それ以外は飛んでいそうもない。飛んでいなければ羽根なんか落として行ってはくれない。
(ガチョウもアヒルも…)
ぼくの家の近所では飼われていない。白鳥と同じで公園の鳥。でなければ幼稚園とかの鳥小屋。
そういう所じゃ、羽根ペンになりそうな立派な羽根は見付けた人が拾っちゃうだろう。誰だって拾いたくなるサイズの白くて見事な羽根なんだから。
(羽根ペン、高いし、ぼくのは買えない…)
とんでもない値段だった、ハーレイにプレゼントした羽根ペン。ぼくの予算じゃ、一部だけしか買えなかった羽根ペン。
あんな羽根ペンが欲しいけれども、買えやしないから考えてさえもいなかった。
其処へ拾った灰色の羽根。羽根ペンのミニサイズみたいな羽根。
(ペン先だってくっつかないし、字も上手には書けないし…)
見かけだけは一人前なのに。
幼稚園くらいの子供が持ったら、充分に羽根ペンに見えるのに。
だけど使えない、灰色の羽根。役に立たない小さな羽根。
チビのぼくにはこの程度、って羽根を眺めて大きな溜息を一つ零した。
(ハーレイとお揃い、欲しいんだけど…)
お揃いの文具、お揃いの羽根ペン。
庭で拾った一本の羽根から、むくむくと夢が広がるけれど。
実際の所は羽根ペンは高くて、子供のぼくには手が届かない。欲しくったって予算が足りない。
チビだとお揃いはこのくらいかな、って羽根のサイズを見ていたら。
ハーレイの羽根ペンがあの大きさなら、ぼくにはこういう羽根なのかな、って思っていたら。
お客さんだよ、ってチャイムの音。窓に駆け寄ったら、庭の向こうで手を振るハーレイ。
ぼくがこの羽根を拾って来た庭。門扉を開けに出掛けたママと一緒にハーレイが庭を歩いてる。もう羽根は落ちていないんだろう、二人とも屈み込まないから。
そうしてハーレイが部屋に来たから、テーブルを挟んで向かい合わせで訊いてみた。
「ねえ、ハーレイ」
「うん?」
「ハーレイの羽根ペン、何の鳥の羽根?」
「何の鳥って…。あの羽根ペンがどうかしたのか?」
どうした、今頃。あれを買った時には何の鳥かなんて訊かなかったくせに。
「えーっと…。ぼくの、こういうサイズなんだよ」
おんなじように見える羽根でも、ハーレイの羽根ペンよりも小さいから…。
ハーレイの羽根ペンになっている羽根は、どういう鳥の羽根なのかな、って。
こんなのだよ、って勉強机から羽根を取って来て見せてみた。
字を書こうとしたインクは綺麗に拭いてあるから、今はごくごく普通の羽根。
ハーレイは灰色の羽根を見るなり、こう言った。
「こりゃあ、鳩だな」
「やっぱり?」
ぼくも鳩かなって思ったんだよ、庭で拾った羽根だから。小鳥の羽根より大きいしね。
これよりも、もっと大きな羽根が欲しいんだけど…。
「欲しいって…。庭で拾えそうな大きな羽根なら、カラスくらいなモンじゃないか?」
「カラス!?」
そりゃあ、カラスは大きいけれど…。
鳩よりもずっと大きいけれども、カラスの羽根なんか欲しくはないよ。
あんな黒いの、って文句をつけた。
それにあんまり可愛くないよ、って。
「カラスなあ…。昔は不吉な鳥だったしなあ…」
「そうなの?」
「この辺りにあった日本でもそうだし、他の国でも悪魔の使いって言われていたりな」
もっとも、日本じゃ神様のお使いでもあったそうだが。
太陽の中にもカラスがいるって言われたほどだし、不吉な鳥だと決まったわけでもないんだが。
それに頭もいいそうだしな。
クルミの実を空から地面に落として、殻を割ったりするらしいぞ。
「へえ…!」
地面でクルミの殻を割るなんて、確かに頭は良さそうだよね。
他の鳥なら人間がクルミを割ってくれるの、じーっと待ってるだけだろうしね…。
ハーレイは人間に飼われたカラスの話も教えてくれた。
巣から落っこちたヒナを人間が拾って、飼っていたキジと一緒に世話をした話。
キジのお母さんに育てられたカラスは「カーカー」と鳴く代わりに「ケーン」と鳴いた、って。飼っていた人が出掛ける時には車を追い掛けて「ケーン」と鳴きながら飛んでいた、って。
そんな話を聞いてしまうと、カラスも可愛く思えるけれど。
飼っていた人は可愛がったろうな、と思うけれども、それでもカラスは真っ黒な鳥。ハーレイの羽根ペンの羽根みたいに白い鳥じゃない。大きくても白い羽根は無い。
だからカラスの羽根は要らない。
もっと綺麗な羽根がいいよ、って言ったんだけど。
ハーレイの羽根ペンみたいな羽根が欲しいよ、って言ったんだけれど。
「ああいう羽根なあ…。庭に落ちては来ないんじゃないか?」
今の俺のペンにくっついてる羽根はガチョウらしいな、暇な時に調べてみたんだが…。製造元の店の説明を読んだ具合じゃガチョウのようだ。
前の俺のは白鳥だったかもしれないが…。あれの箱には何の説明も無かったからな。
白鳥もガチョウも、そうそう飛んではいないだろう。白鳥は冬しか来ない鳥だし、この近くには白鳥がねぐらにしそうな場所が無いしな。ガチョウの方は飛ぶのが得意じゃない鳥なんだ。公園の外まで飛びやしないさ、帰りが大変になっちまうからな。
「ガチョウか白鳥…。どっちも大きな鳥だよね」
カラスよりもずっと大きいよ。鳥が大きいから、羽根ペンの羽根も大きいの?
いくらカラスの羽根が大きくったって、羽根ペンの羽根よりは小さいような気もするし…。
「鳥自体が大きいというのもあるが…。羽根が生えてる部分だな」
そいつが大事なポイントってヤツだ、羽根ペン用の羽根を手に入れるにはな。
「何処の羽根なの?」
「風切り羽根という名前で、だ…」
名前からして分からないか?
風を切るのは翼だろうが、風切り羽根は鳥の翼に生えている羽根の名前なのさ。
羽根ペンの材料になる羽根、風切り羽根。鳥の翼に生えている羽根。
鳥の羽根では一番大きな羽根らしいけれど、取ったら飛べなくなっちゃうって。
ぼくはビックリして、庭で拾った灰色の羽根を指差した。
「尻尾の羽根じゃなかったの!?」
「鳩の尻尾、そんなに大きいか?」
いいか、鳩だぞ。よくよく姿を思い浮かべてみろ。
「んーと…」
どうだったかな、と鳩の姿とサイズを思い出してみて、羽根を見詰めて。
尻尾の羽根はそこそこ目立つけれども、こんなに大きな羽根を束ねた感じじゃない。それじゃ、この羽根は尻尾じゃなくって風切り羽根?
でも…。
「でも、ハーレイ…。鳩は庭に落ちていなかったよ?」
風切り羽根がなくなっちゃったら、鳥は飛べなくなるんでしょ?
これを落っことした鳩、庭に落ちていそうな気がするけれど…。でも、鳩なんて…。
「生き物だからな、たまには抜けるさ」
風切り羽根だって生え変わりもする。一生、おんなじ羽根ってわけではないからな。
そいつを落として飛んでった鳩は、一本くらいは足りなくっても平気なわけだ。他の羽根で充分飛んで行けるのさ、失くしたことにも多分、気付いちゃいないだろうな。
大丈夫だ、ってハーレイは頼もしい言葉をくれたけれども。
鳩の心配は無くなったけども、今度はハーレイの羽根ペンが心配になってきた。
取られちゃったら飛べなくなるという風切り羽根。それを羽根ペン用にと取られた鳥は…。
「ハーレイ、羽根ペンの鳥はどうなっちゃったの!?」
あの羽根ペンにするために羽根を取られた鳥はやっぱり飛べないの?
「そりゃまあ、普通は飛べないだろう」
羽根ペンを作ってる方は商売だしなあ、一羽の鳥から一本だけでは採算が取れん。同じ取るなら纏めてゴッソリ引っこ抜かないと…。もちろん、鳥はもう飛べないな。
「じゃ、じゃあ…。ハーレイの羽根ペンになった鳥…」
羽根ペン用に羽根を抜かれちゃった鳥は、飛べなくなったから食べられちゃった?
それとも何処かで飼われているの?
公園とかなら、飛べない鳥でも大切に飼って貰えるものね。
「どっちだろうなあ、今の時代じゃ飼われているかもしれないが…」
前の俺の頃だとアッサリと肉か?
飛べない鳥なんかの世話をするより、肉にした方が手間要らずだしな。
「えーっ!」
肉にされちゃったの、前のハーレイの羽根ペン用に羽根をくれた鳥。
今のハーレイの羽根ペンに使ってある羽根の持ち主の鳥も、お肉にされたかもしれないんだ…?
羽根ペンの羽根は風切り羽根。取られちゃった鳥は飛べなくなる羽根。
飛べない鳥には用が無いから、と鳥は食べられてしまった可能性大。
(…お肉にされてしまったなんて…)
知らなかった。羽根ペンがそんなに可哀相な鳥の羽根を使ったものだったなんて。
羽根ペン用に羽根を提供した鳥は、大切な羽根を引っこ抜かれて、挙句にお肉になるなんて。
「そっか、羽根ペン…。鳥の命と引き換えだったら、高いの、当たり前だよね…」
加工賃かと思っていたけど、鳥の命の代金なんだ…。
「おいおい、物騒なことを言うなよ」
たかが羽根ペンだぞ、それを鳥の命と引き換えだとか、鳥の命の代金だとか。
「だけど、羽根ペン用の羽根を取られたら飛べないって…」
そういう鳥はお肉なんでしょ、飛べない鳥なんかを飼っておくより。
「前の俺たちの時代と違って、今なら飼ってることだってあるさ」
効率優先って時代じゃないしな、そうした鳥でものんびりと飼って貰える世界だ。
ただし、普通に肉にもなるだろ、ガチョウなんかは。
羽根布団だってガチョウの羽根だぞ、風切り羽根だってもののついでと抜いておくさ。
「そうだけど…」
可哀相じゃない、羽根ペン用に羽根を抜かれてお肉だなんて。
「お前、鶏肉、食べるだろうが。それと変わらん」
ガチョウか鶏かっていうだけの違いだ、どっちも鳥には違いないんだ。
鶏の羽根は羽根ペンに向かんが、ガチョウの羽根は向いている。だから羽根ペンになるだけだ。有効活用されてるんだな、捨てる代わりに羽根ペンにな。
「でも…。ガチョウをお肉にするなんて…」
公園のガチョウ、可愛いよ?
小さい頃には追い掛けられちゃって、怖くて泣いちゃったこともあるけど…。そんな頃でも餌をやりたくてパパやママに買って貰ったよ。ガチョウの餌。
「ああ、あれなあ…。公園に行くと売ってるな、餌」
お前、追い掛けられて泣いていたのか、公園のガチョウ。今でもチビがよく泣いてるが…。
それでも餌をやりたがるんだな、チビどもは。
「だって、可愛いもの。鳩と同じで」
餌をあげたら食べに来るしね。鳩の餌も買って貰ってたよ、ぼく。
「その鳩だって、人間様は食うんだが?」
「嘘!」
「知らなかったか、食うんだ、あれも」
もちろん公園の鳩じゃなくって、食うために育てた鳩ではあるが…。
種類としては公園の鳩と全く同じだ、鳩の料理は地域によっては名物だがな?
「…鳩もお肉になっちゃうんだ…」
酷い、とショックを受けちゃった、ぼく。
鳩もガチョウも可愛いのに。小さかった頃のぼくの、大好きな友達だったのに。
(…ガチョウはちょっぴり怖かった時もあったけど…。だけど、友達…)
公園に行ったら餌をあげてた。パパやママに強請って餌を何度も買って貰った。小さかった頃のぼくの友達、公園の鳩やガチョウたち。なのに…。
同じ鳩やガチョウがお肉になる。
ガチョウの方だと、食べられちゃった上に、大切な羽根を羽根ペンにされてしまうんだ。いくら飛ぶのが下手な鳥でも、飛ぶための風切り羽根は大切。それを抜かれて、お肉にされて…。
可哀相なんてものじゃない。
そんなガチョウから奪って来た羽根、それが羽根ペンの羽根だったなんて。
ぼくが拾った羽根と違って、羽根ペン用にと引っこ抜かれた命と引き換えの羽根だなんて…。
「…羽根ペン、ぼくは要らないかも…」
「ん?」
なんだ、いきなり。お前、羽根ペン、欲しかったのか?
「この羽根を拾ったら、欲しい気持ちがして来たんだけど…」
欲しくてたまらなくなったんだけれど、高すぎてとても買えないから…。
羽根の部分だけでも欲しいよね、って思ったんだよ、こういう羽根だけ。
でも、この羽根は小さすぎるし、もっと大きいのが欲しくって…。
それでハーレイの羽根ペンの羽根の鳥は何なの、って訊いたんだよ。もしかしたら家の庭とかで拾えるかも、って。
だけど…。
風切り羽根だなんて知らなかったし、取られた鳥はお肉になるかも、って聞いちゃったら…。
可哀相すぎて欲しいだなんて言えないよ。羽根も、もちろん羽根ペンだって。
「ふうむ…。結婚してても要らないのか?」
結婚した後なら、俺がプレゼントしてやれるが?
大きな羽根が庭に落っこちて来るのを待ってなくても、ちゃんとした本物の羽根ペンをな。
「えーっと…。結婚した後ならハーレイのがあるから、羽根ペンはいいよ」
今、欲しかっただけだから。
これよりも立派な羽根が欲しいと思ってるのは、今だけだから。
結婚出来たらもう要らないんだ、こういう羽根は。
「なんだ、そいつは」
羽根ペン用の羽根が欲しいんじゃないのか、羽根ペンは高いから羽根だけでも、と。
なのにどうして要らなくなるんだ、俺と結婚した後は?
「お揃いが欲しくなったんだよ。この羽根を見たら」
ハーレイの羽根ペンみたいだよね、って見てる間に欲しい気持ちになっちゃっただけ。
だって、羽根ペンを持っていたなら、お揃いだよ?
ぼくはハーレイとお揃いの羽根ペンが欲しかっただけ。羽根ペンが無理なら羽根だけでも、って思ったけれども、それは今だけ。
結婚したなら、ハーレイとずうっと一緒だし…。
お揃いの物も沢山出来るし、わざわざ羽根ペンを買わなくってもいいんだよ。
羽根ペン、ぼくは使ってないしね、前のぼくだった時にもね。
ハーレイの机に置いてあるのを眺めて、「幸せだな」って思えるだけで充分。
今度のハーレイも羽根ペンだよね、って。
やっぱりハーレイには羽根ペンが似合うと、地球に来たって羽根ペンだよね、って…。
鳥の大事な羽根を使って作られるらしい、ハーレイの羽根ペン。
それを取ったら飛べなくなっちゃう、風切り羽根で出来た羽根ペン。
風切り羽根を取られたガチョウは、お肉になるかもしれないから。お肉になる道を免れたって、空を飛べなくなっちゃうから。
それじゃガチョウが気の毒すぎる。飛ぶのが下手なのと、飛べないのとでは大違い。
可哀相なガチョウの羽根の羽根ペンはハーレイの分だけあればいいよ、って言った、ぼく。
結婚した後には家に一本あれば充分、ぼくの分まで買って持とうとは思わない。
だって元々、ハーレイとお揃いが欲しいと思っただけだから。
そんな気分は今のぼくだけ、結婚した後の幸せなぼくはお揃いを必死に探さなくても大丈夫。
(ホントに色々、お揃いが出来る筈なんだよ)
だからそれまで、羽根ペンは我慢。羽根ペンみたいな羽根が欲しいって気持ちも、我慢。
ハーレイとのお揃い気分を味わうだけなら鳩の羽根でいいんだ、書けなくっても。
本物の羽根ペンの羽根より小さくっても、灰色でも。
そして大事に仕舞っておいた鳩の羽根。
ぼくの家の庭に来た鳩の落とし物の羽根、羽根ペン気分の宝物。
取り出してみてはそうっと撫でてみて、持ってみて。
もっとぼくの手が小さかったら、ホントに羽根ペンみたいだよね、って何度も思って。
今日もドキドキ、インクの瓶を取り出した。それから真っ白な紙も一枚。
(…今日は上手に書けますように…)
スウッと息を大きく吸い込んで、気分を落ち着けて、羽根の先っぽをインクに浸けた。あれから何度か練習したけど、いつだってカリッと引っ掛かっちゃう。上手く書けない。
(今日こそは…!)
初のサインをものにしよう、と真っ白な紙に向かったんだけど。
ぼくの名前をカッコよく書こうとしたんだけれど…。
「あーっ!」
カリッと紙に引っ掛かった、と思った瞬間、ポキリと折れた。
前のハーレイの真似をして書こうとしてたら、ポッキリと折れた、宝物。
本物の羽根ペン用の羽根と違って、弱すぎた羽根。
十センチくらいのミニサイズの羽根、鳩の灰色の風切り羽根。
ぼくが持ってた辺りからポッキリと折れて、もう羽根ペンではなくなった。ハーレイが持ってる羽根ペンみたいな、素敵な羽根は折れてしまった。
(…ぼくって、力を入れすぎちゃった…?)
もうちょっと力を弱くしておくべきだったろうか、あるいは、もっと慎重に。
引っ掛からないように細心の注意を払って書けば良かった、と思うけれども、もう手遅れで。
折れちゃった羽根は元に戻らない。戻したくっても、戻せやしない。
接着剤でくっつけようにも、ポッキリと折れてしまった羽根が綺麗にくっつくわけがない。
(…ぼくの羽根ペン…)
失くしてしまった、お揃い気分の灰色の羽根。
ミニサイズだったぼくの羽根ペン、上手に字なんか書けない羽根ペン。
(ハーレイとお揃いだったのに…!)
気分だけでもお揃いだよ、ってドキドキしていた、ぼくの羽根ペン。
(失くしちゃった…)
折れちゃったよ、って見詰めたって羽根はくっつかない。もう羽根ペンには戻ってくれない。
羽根は泣き泣き、屑籠に捨てて。
「さよなら」って呟いて、お別れをして。
ぼくは毎日、庭を眺める。
羽根ペンになる羽根、庭に落っこちていないかな、って。
出来れば大きい鳥の羽根。
カラスはちょっと嫌だけれども、公園から逃げたガチョウでも飛んで来ないだろうか。
(…欲張ったら落ちて来ないかも…)
それにガチョウの羽根の話は可哀相だと思ったから。
風切り羽根を取られた挙句にお肉だなんて、そんなガチョウの羽根を欲しがるのも悪いから。
(…鳩のでいいかな、大事に使えば折れないよ、きっと)
今度は大事に使ってみよう。うっかりポキリと折らないように。
ハーレイとお揃いで欲しい羽根ペン、だけど今だけ欲しい羽根ペン。
結婚した後はもう要らないから、チビのぼくには高すぎるから。
今のぼくには鳩の風切り羽根がお似合い、十センチくらいのミニサイズの羽根が…。
風切り羽根・了
※ハーレイとお揃いの羽根ペンだよ、とブルーが嬉しくなった鳩の風切り羽根。
けれどポッキリ折れてしまって、それっきり。本物の羽根ペンを真似るのは無理ですよね。
←ハレブル別館は、こちらからv
←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv