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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

夢の通い路

「裏返し?」
 何、と訊き返してしまった、ぼく。
 ハーレイが授業でそういう話をした、っていう別のクラスの噂話。よほど印象が強かったのか、アッと言う間に学年中に広がってしまって、ぼくの耳にも入って来た。友達経由で。
 だけど裏返しって、何のことだろう?
 どういう意味、って教えてくれた友達に確認してみたら。
「おまじないらしいぜ、なんかパジャマを裏返しにして寝ると…」
「好きな人が夢に出て来る、っていうんで流行ってるらしいぞ、女子の間で」
 女子はそういうのが好きだもんな、って笑い合ってる、ぼくの友達。
(裏返し…)
 そんな話は知らなかった。初めて聞いた。
 前のぼくだって多分、知らなかった筈。パジャマを裏返しにして寝るおまじないだなんて。
(…パジャマは滅多に着なかったけどね)
 ハーレイに恋をしてからは。恋人同士になってからは。
 いつも一緒に眠っていたから、ぼくのパジャマはハーレイだった。温かくて、ぼくの身体を包み込んでくれて、本当にピッタリのパジャマだったから。
 具合の悪い時だけ、パジャマを着てた。「身体を冷やすといけませんから」って着せられた。
 ノルディも診察にやって来るんだし、「裸だったらマズイでしょう」、って。



 そのせいなのかな、知らないパジャマのおまじない。裏返しだなんて聞いたこともない。
(裏返して寝ると、好きな人が夢に出て来るだなんて…)
 ぼくたちの年だと、恋に恋するお年頃にもまだ早い。
 前のぼくが生きてた時代だったら、十四歳で成人検査で、育ての親ともお別れだったけど。子供時代の記憶を処理され、大人の社会へ旅立つためにと教育ステーションへ送られたけれど。
 今の世界は人間はみんなミュウだから。平均寿命が三百歳を軽く越えるような時代なんだから、育つのも恋をするのものんびり、ゆっくり。
(十八歳になれば結婚出来るけど…)
 そんなに早く結婚しようって人はとても少なくて、普通はその年の頃に初恋ってトコ。
 義務教育が終わって上の学校に行って、其処で恋人が出来るケースが多数派なんだ。今の時代はそういう時代。恋をするにはまだまだ早い、ぼくが通う学校の生徒たち。
(パジャマを裏返して寝るのが流行っているとしても…)
 夢の中で会いたい好きな人って、本当に自分が恋をしている相手なんかじゃないだろう。
 人気ドラマの主役や俳優、そういった憧れの人だろうけど。
 でも…。



(ぼくの場合は真剣に…)
 夢の中で会いたい人がいる。好きでたまらない、前のぼくだった頃から好きだった人が。
(ハーレイに夢で会ってみたいよ…)
 普段の生活でも会えるけれども、ちゃんと家にも来てくれるけれど。
 ハーレイはぼくを子供扱い、キスも出来ない恋人同士。それよりは夢で出会ってみたい。
(夢の中なら…)
 キスも出来るし、それよりも先のことだって。
 現に何度も夢に出て来た、前のハーレイとベッドで過ごした時間。幸せな気分で目が覚める夢。
 パジャマを裏返しにして眠るおまじないで、あの甘い夢が見られるのなら…。
(ぼくも試してみたいんだけどな)
 そして夢の中でハーレイと…、って思いを馳せた。
 キスを交わして、それから、それから…。ハーレイの腕の中、本物の恋人同士になれる夢。
 今のぼくには出来っこないけど、夢の中なら出来るんだから。



 だけど分からない、噂の真偽。
 本当にパジャマを裏返すだけで夢を見られるのか、他にも何か必要なのか。寝る前に唱えなきゃいけない呪文があったりするとか、噂だけでは分からないこと。
 正しいやり方を知りたかったら、ハーレイの雑談を待つしかないのに。授業中に生徒が飽きないように、ってハーレイが織り込む雑談は人気。授業の度に必ず一つは聞けるんだけど。
(今日も別の話…)
 あれから一週間も経つのに、一向に出てこないパジャマの話。
 噂を聞いた日からずっと待っているのに、まるで違った雑談ばかり。
 いくら待ってもしてはくれないパジャマの話。裏返しのパジャマのおまじない。

 今日も駄目だった、って教室を出てゆくハーレイの背中を見送りながら決心した。
(訊いてやる…!)
 明日は土曜日、ハーレイが家に来てくれる日だし、噂の張本人に直接訊こう。
 待っても待っても、とうとう聞けなかったんだから。
 この一週間、ハーレイがぼくの家に寄ってくれた日もあったんだけれど、そんな話は何処からも出て来てはくれなかったんだから。
 いい加減、ぼくも痺れが切れる。
 聞きたくて、知りたくて、待って、待ち続けて、一週間も経ったんだから。



 次の日、訪ねて来てくれたハーレイ。
 ぼくの部屋でテーブルを挟んで向かい合うなり、ママがお茶とお菓子を置いて部屋を出るなり、ぼくは早速切り出した。ママの足音が階段を下りてゆくのはきちんと確認したけれど。
「ハーレイ、パジャマを裏返しって、なに?」
「はあ?」
 いきなりパジャマってどうかしたのか、畳み方とかの話なのか?
 俺がパジャマを洗濯する時は、裏返しで干して、片付ける時に表返して畳んでいるが…。
「干し方とかの話じゃなくて! 他のクラスでやったんでしょ!」
 パジャマを裏返しにして寝たら、夢の中で好きな人に会えるって話!
 確かに聞いたよ、ハーレイがそういう話をしてた、って。
「ああ、雑談なあ…」
 そういや何処かのクラスでやったな、何処だったっけな…。
 生徒の顔ぶれを見たら思い出すんだが、そうじゃない時はハッキリしないな、その手の記憶。
 お前のクラスじゃなかったことだけは、どうやら間違いなさそうだが。



 その話だったら小野小町だ、ってハーレイは言った。
 ぼくたちが住んでる地域にずうっと昔に在った小さな島国、日本に住んでた有名な女性。美人で歌を詠むのも上手で、沢山の伝説が残っている人。その人が詠んだ歌なんだって。
「いとせめて 恋しきときは むばたまの 夜の衣を 返してぞ着る」。
 そういう歌から出て来た雑談。
「ずうっと昔の夢の歌だな、小野小町が生きていた頃に詠んだんだからな」
 平安時代だ、どのくらい古い歌なのかってことはお前にだって分かるだろう?
 その頃にあったおまじないを詠んだ歌なんだ。眠る時に着るものを裏返して着れば、好きな人に夢で会えるとな。
 もっとも、平安時代だからな…。パジャマなんかは無かったことだけは間違いないが。
 しかし今なら、寝る時に着るのはパジャマだってな。
「そのおまじない。流行ってるらしいよ、女子の間で」
 もしかしたら男子もやっているかもしれないけれど…。ぼくが友達から聞いたのは女子。
 パジャマを裏返しにして寝れば、好きな人の夢が見られるんだ、って。
「ほほう…。そういうことになっていたのか」
 授業は適当に聞いていたって、耳寄りな話は聞き逃さないって証拠だな。
 雑談のし甲斐があるってことだが、その勢いで授業の中身も覚えてくれればいいんだがなあ…。



 肝心のことを覚える代わりに別のことを覚えられちまう、って嘆くハーレイ。
 授業で教えたことが噂になればいいのに、雑談の方が広まるのか、って。
「それで、どうして俺に訊くんだ?」
 ちゃんと噂は回ってたんだろ、お前の耳にまで入るくらいに?
「根拠が知りたかったから」
 ただの噂か、ハーレイがホントに言ったのか。言ったとしたなら、噂がちゃんと合ってるか。
「なんでそうなる、俺が喋ったからこその噂だろうが」
「噂は噂で、又聞きっていうヤツだもの。根拠なんか無くて、ただの冗談かもしれないし…」
 それにホントの話だとしても、何処か間違ってるかもしれないし。
 間違った噂を鵜呑みにしちゃって、信じたらぼくが馬鹿みたいだし…。
「馬鹿みたいって…。お前、やる気か?」
 パジャマを裏返しにして寝ようと思っているのか、俺の夢でも見るつもりなのか?
「そうだよ、やってみて損は無いじゃない」
 夢の中ならハーレイとキスが出来るかも…。ちゃんと恋人同士かも、って思うんだもの。
 それとも、これは効かないの?
 パジャマを裏返しにするおまじないは、ずっと昔からあったけれども効かないものなの?
「知らんな、俺はやってみたことが無いからな」
 やってみた女子か、小野小町に訊いてくれ。
 このおまじないは効くんですかと、好きな人は夢に出て来ましたか、とな。



 俺は知らん、とバッサリ切り捨ててくれたハーレイ。
 ぼくの家で一日ゆっくり過ごして、「またな」って帰って行ったハーレイ。
 だけどパジャマのおまじないのことは聞き出せた。呪文なんかは要らないってことも、いつから存在していたのかも。
(SD体制があった頃には、多分、廃れていたんだろうけど…)
 前のぼくが知らなかったんだから。
 それでも、前のぼくなんかよりも遥かな昔に生きていた人が歌に詠んでたおまじない。
 平安時代に小野小町がやってたくらいに、由緒だけはありそうなおまじない。
 まるで効かないおまじないなら、歌にしたりはしないだろう。きっと笑われるだけだから。
(夜の衣を 返してぞ着る…)
 ハーレイが教えてくれたけれども、小野小町は六歌仙っていうヤツに選ばれたほどの歌の名人、その名人が歌に詠んでも恥ずかしくはないおまじない。
(きっと、その頃には誰でも知ってて、やっていて…)
 効果があったに違いない。だから歌だって残っているんだ、夜の衣を返してぞ着る、って。



(裏返し…)
 その夜、ぼくはパジャマを裏返してみた。効きそうなおまじないだから。
 パパやママが見たら変だと思うに決まっているから、お風呂から上がった時にはちゃんと普通に着込んだパジャマ。部屋に戻ってから裏返した。まずはズボンから。
 裏返しにして履いたズボンは良かったんだけど、問題は上。裏返すのは簡単だったけれども。
(ボタン、留めにくい…)
 袖は通せても、留まらないボタン。パジャマの内側、ぼくの肌の方に入ってしまったボタン。
 上から下まで全部内側、ボタン穴に通すのにかなり苦労した。そうやって留めるようには出来てないから、ボタンはパジャマの表側で留めるものだから。
(前のぼくなら、サイオンで留められたんだけど…)
 そうは思っても、前のぼくみたいに器用じゃないぼく。タイプ・ブルーっていうだけの、ぼく。
 とことん不器用なぼくには出来ない、サイオンでボタンを留める技。
 仕方ないから指を使って一個ずつ。ホントに手探り、サイオンで透視も出来やしないから。
 悪戦苦闘して、頑張り続けて。
 なんとか留まった。全部のボタンを裏返しのままで留められた。
 上も下も裏返しで着たパジャマ。表向きで着たなら絶対見えない、縫い目とかが表に出ちゃったパジャマ。素材とメーカーのロゴが書いてあるタグまで表に出ているけれど…。



(裏返しだしね?)
 これで良し、ってベッドに潜った。明かりを消して、上掛けを首まで引っ張り上げて。
 いつもの癖で丸くなったら、ボタンが肌に当たるけど。ちょっぴり違和感があるんだけれど。
 気になると言えばボタンくらいで、他は裏返しでも普段のパジャマと変わらない。この程度なら寝心地だって全く問題無いだろう。寝心地が悪いと変な夢を見ることもあるけれど…。
(うん、これだったら大丈夫!)
 きっとハーレイが夢に出て来て、運が良ければキスを交わして、それから、それから…。
 胸がじんわり温かくなる。夢の中でハーレイに会えるんだから、って。
 ぼくの恋人、前のぼくの頃から恋人同士だった大好きなハーレイ。今度は結婚出来るハーレイ。
 そのハーレイに会いに行くんだ、裏返しのパジャマの力を借りて。
(キースってオチは無しだからね?)
 嫌なことを思い出しちゃった。あれは懲りたんだ、ローズマリーのおまじない。
 ローズマリーの小枝を枕の下に入れて眠ったら、未来の夫が夢に出て来ると新聞で読んで試したぼく。ハーレイが夢に出て来る筈だと、ローズマリーの小枝を庭から採って来て。
 なのに、夢にはキースが出て来た。結婚相手を探している、っていうキースが。
 夢の中でも今と同じにチビだったぼくは、危うくキースと結婚式を挙げてしまう所で…。
(おまけにハーレイに祝福されたし!)
 ミュウの代表で結婚式の参列者だったハーレイが居た。ぼくを攫って逃げる代わりに、お祝いの言葉を贈ってくれた。頭に来たからローズマリーの小枝で引っぱたいたんだ、夢の中のぼくは。
(ああいう夢だけはもう沢山だよ!)
 今度こそハーレイに会うんだから、って眠ったんだけど。
 裏返しのパジャマで眠ったんだけれど。



(えーっと…)
 またか、と泣きそうになった、ぼく。夢だと自覚があった、ぼく。
 チビでパジャマで裸足のぼくの前に、国家騎士団の制服を着込んだキース。その上、メギド。
 青い光が溢れてる部屋で、キースがぼくの方を見た。
「やはりお前か!」
 キースの口から飛び出した台詞は、嫌と言うほど聞き覚えがあった。前のぼくがメギドで聞いた言葉で、メギドの悪夢にも付き物の台詞。
 この後は化け物だとか罵倒された挙句に銃を向けられて…。
(殺される方の夢だったの?)
 ぼくはチビなのに。
 キースに撃たれた前のぼくと違って子供なのに、と震えたけれど。撃たれるんだ、ってギュッと両目を固く瞑って、身体を縮めていたんだけれど。
 銃の発射音と撃たれた衝撃と痛みの代わりに、キースの声が聞こえて来た。
 とても機嫌が良さそうな声で、それは満足そうな声。



「此処で待っていた甲斐があったな、まさに」
 なあ、マツカ?
「良かったですね、キース。花嫁がまた見付かって」
(えっ…?)
 どうなったの、って目を開けてみたら、キースが笑顔で近付いて来た。前のぼくの記憶に残った冷酷そうな笑みとは違って、嬉しそうな顔で。
「お前が消えてしまった時には驚いたが…。こうして会えるとは来てみて良かった」
 此処で待っていれば見付かるだろう、と予言があってな。それでマツカと来たわけだが。
「予言って…。誰の?」
 誰がそんなことを予言してたの、ぼくがメギドに来るってことを?
「俺の母親と言うべきだろうな、俺を創った遺伝子データの元だからな」
「フィシス…!?」
 そんな、と悲鳴を上げちゃった、ぼく。
 ハーレイに会おうと頑張ってたのに、フィシスに裏切られちゃったらしい、ぼく。
 だけどキースは気にもしなくて、マツカにぼくを指差してみせて。
「見ろ、パジャマがしっかり裏返しだ」
「ええ。この方もキースに会いたかったのですね」
 それでパジャマを裏返しにして、わざわざこんな所まで…。
 良かったですね、消えてしまわれた時には随分心配しましたが…。
 ちゃんとウェディングドレスもベールも残してありますよ。早速、結婚式の準備をしますから。



「違うから…!」
 そうじゃないから、って抗議したけど、キースもマツカもまるで聞いてはくれなくて。
 有無を言わさず二人に連れ帰られちゃった、ぼく。
 ノアにあるキースの家に一部屋用意して貰って、またしてもキースのお嫁さんコース。マツカがあれこれ世話を焼いてくれて、キースは結婚式の準備に忙しい。うんと盛大な式にしようと、国家主席になる自分に相応しい立派な結婚式にしようと。
 ぼくのドレスも前のよりも豪華なドレスになった。その方がいい、ってキースが決めた。
 招待状があちこちに出されて、結婚式の日がやって来て…。



 真っ白なウェディングドレスを着せられた、ぼく。
 頭を花で飾り立てられて、純白の長いベールもついた。ブーケも持たされて、式場の前。
(ハーレイがいたら、引っぱたく…!)
 前はローズマリーの小枝で頬っぺたを叩いたけれども、今度はブーケで引っぱたいてやる。花が散ってもかまわないから、思いっ切り。
 そう決めて式場に入って行ったら、チャペルの中にはミュウのみんなが揃っていて。
 エラにブラウに、それからヒルマン。シドもリオもヤエも、拍手でぼくを迎えてくれた。花嫁になるぼくを、キースのお嫁さんにされちゃうぼくを。
(ハーレイは…?)
 席には見当たらないハーレイ。大きな身体は誰よりも目立つ筈なのに。
 何処にいるの、ってチャペルを見回して愕然とした。
 なんてことだろう、神父がハーレイ。威厳たっぷりの神父の衣装を纏ったハーレイ。



(こんなに距離があったら引っぱたけないよ…!)
 ぼくの前には真っ赤な絨毯、バージンロード。それがハーレイが立つ祭壇の所まで伸びている。これを歩いて辿り着かなきゃ、ハーレイに一発お見舞い出来ない。それに…。
(あそこにキースが待ってるし…!)
 前のぼくが会った頃と少しも変わらないキース。まだ若いキース。
 だけど結婚式だからなのか、いずれは国家主席になるって決まってるからか、国家主席の正装を着けてピシッと立ってる花婿のキース。
 ぼくがハーレイを引っぱたきたくても、キースに止められちゃうだろう。手にしたブーケを振り上げる前に、手を掴まれて指輪を嵌められるかも…。花嫁の証の結婚指輪を。
(誰か、キースを止めてくれる人…)
 結婚指輪を嵌めようとするキースを止めてくれる人はいないんだろうか?
 マツカは絶対に止めてくれないし、他に誰か、って縋るような気持ちで隣を見た。祭壇の前までぼくを連れてゆく花嫁の父役がいる筈だから。
 その人なら助けてくれるかも、って視線を向けたらゼルだった。チビのぼくよりはずっと背丈があるから得意満面、モーニング姿でぼくをエスコートしようと待ち構えてる。



(ハーレイに結婚させられちゃうわけ?)
 神父の格好をしているんだから。祭壇の前に居るんだから。
 ぼくをハーレイの所まで連れてゆくゼルは結婚に反対してそうもないし、ミュウのみんなも同じこと。ぼくとキースの結婚式を祝うためにやって来たんだから。
(…ハーレイが神父になってるだなんて…)
 前の夢よりよっぽど酷い。
 ハーレイはぼくを攫って逃げるどころか、結婚させちゃうつもりなんだ。それもキースと。
 ぼくにキースと永遠の愛ってヤツを誓わせて、指輪を交換させるんだ。
(それに誓いのキスだって…!)
 なんでこんなことになっちゃったの、てパニックに陥りそうになった所で目が覚めた。
 辛うじて挙式は免れたけれど、キースと指輪を交換しなくて済んだけれども。



(ハーレイ、ホントはぼくをキースに…)
 お嫁にやりたいと思っているわけ、と詰め寄った。
 もう二回目だと、これで二回目だと、日曜日に来たハーレイに。
 ママが置いてったお茶とお菓子に手を付ける前に、これだけは言ってやらなくちゃと。
 だけど…。
「それはお前の方だろう?」
「えっ?」
 ぼくの方がなんだと言うんだろう、って目を丸くしたら。
「お前がキースと結婚したいと思っているってことなんじゃないか、俺と結婚するよりも?」
 二回も夢に見ちまうくらいだ、お前の本音ってヤツじゃないかと思うがな?
「冗談でも怒るよ!?」
 どうしてぼくがキースなんかと!
 キースと結婚したいだなんて一度も思っていないし、夢の中でも逃げることしか考えてないし!
 ぼくはハーレイと結婚したくて、ハーレイしか好きじゃないっていうのに!
 あの夢はぼくには悪夢なんだよ、一回目の夢も昨夜の夢も!



 冗談じゃない、って叫んだ、ぼく。
 ハーレイっていう誰よりも好きな恋人がいるのに、キースなんかを選びはしないと。
 夢だから自分の意志が無視されて、とんでもないことになってしまうんだと。
「ぼくはキースのお嫁さんになんか、ホントになりたくないんだからね!」
 それなのに夢だと上手くいかなくて、ハーレイの代わりにキースばっかり…。
 ハーレイはぼくがキースと結婚するのを喜んでいたり、神父になったり、最悪なんだよ!
 だからハーレイがそうなったらいいと思っているのか、訊いたんだけど!
 ハーレイはぼくをキースのお嫁さんにしたいと思っているの、って!
 そう訊いてるのに、どう間違ったら、ぼくがキースと結婚したがってるってことになるわけ!?
 ホントに怒るよ、ぼくがきちんと納得するような説明が出来なかったらね!



 テーブルを叩きそうな勢いで一気に怒りをぶつけてやった。
 夢のせいでとっくに頭に来てたし、当たり散らしたい気分だったから。
 ぼくをキースと結婚させようと神父の姿で夢に出て来たハーレイに腹が立っていたから。
 そしたら、ハーレイは「すまん」と一言、謝ってから。
「だが、お前…。俺がキースを憎んでいるほど、お前はキースを恨んでは…いないんだろう?」
 俺は今でもキースが憎いし、ヤツに会ったら殴り飛ばしたいとまで思っている。
 いや、殴るどころか八つ裂きにしても足りないくらいにヤツが憎いな、今でもな。
 …あいつが前のお前に何をしたのか、それを知るのが遅すぎた。
 もっと早くに知っていたなら、前の俺が地球でキースと出会った時に知っていたのなら…。
 そうしたらヤツを一発殴って、お前の仇だと怒鳴り付けて。
 それで終わりになったかもしれん。
 あるいは何発も殴ろうとして、ジョミーやゼルたちに羽交い締めにされて止められたか。
 どっちにしたって、お前の仇と殴り飛ばすことは出来たんだ。
 しかし、そいつは出来ずに終わった。前の俺はキースが何をやったかを知らなかったし、挨拶を交わしちまったってな。前のお前を嬲り殺しにしようとしたヤツに出会ったのにな…。
 そのせいなんだろう、俺はキースを憎む気持ちを止められない。
 この憎しみだけが消えてくれない。生まれ変わって新しい俺になってもな。
 そういう俺とは違って、だ。
 …お前はキースを憎んでないだろ、あんな目に遭わされちまったのにな。



 ハーレイは辛そうな顔をしていた。
 今もキースを憎んでるからか、名前さえ口にしたくはないのか。普段の会話ならキースの名前も普通に出るけど、こういう時には憎しみが先に立つんだろう。
 それでも、ぼくがキースを恨んでいないことは本当だから。
 前のぼくを撃った時のキースも、ジョミーと一緒にSD体制を倒したキースも、その時の自分の信念を貫いていたんだってことが分かっているから、憎む気持ちは起こらない。
 前のぼくが命懸けでメギドを沈めたのと同じで、キースだって常に全力で進み続けてた。立場が違っていただけのことで、出会いが全く違っていたなら、きっと友達になれただろうから。
 そう思うから、ぼくはキースを許せる。
 ハーレイにも何度もそう話してるし、ハーレイだって、ぼくの気持ちを知っているから…。



「うん、ぼくはキースを憎んでも恨んでもいないけど…」
 もしもあのまま死んでいたなら、生まれ変わらずに死んだままだったなら。
 キースがSD体制を崩壊させたことも知らずに、メギドだけで終わっていたのなら。
 そしたら憎んでいたかもしれない。
 ハーレイの温もりを失くしてしまって、泣きながら死んだままだったなら…。
 でも、今のぼくは知っているから。キースがどういう人間だったか、今のぼくなら分かるから。
 …だから憎みも恨みもしないし、また会えたなら、って思ったりもする。
 あの頃はお互い大変だったと、苦労したね、ってお茶を飲みながら話せるような気がするよ。
 キースだったらコーヒーなのかな、ぼくはコーヒーは得意じゃないから、ぼくは紅茶で。別々の飲み物を注文してても、きっと話が弾むだろう、って。



「…その辺の心が出るんだろうさ」
 お前はキースを憎んじゃいないし、一緒にお茶を飲みたいなどと思うくらいに共感も出来る。
 友達になれていただろう、と考えたりもするほど、キースに親しみを覚えるわけだな。
 それでキースが夢に出て来る。メギドの悪夢と違った場合は、こういう風に出会いたかった、という思いが夢を支配するんだ、もっと親しくなりたかったと。
 ただし、相手は夢だからなあ、友情ってヤツが何処か間違っちまって、結婚話になるようだが。
 そしてだ、俺はキースを憎んでいるから、お前の夢では悪役にされる。
 せっかくキースの夢を見ているのに余計なヤツが出て来やがって、と引っぱたかれたり、ロクな役目を貰わなかったり…。
 ついでにお前の目が覚めた後も、こうして八つ当たりされるってな。
「そうなの?」
 ぼくが見た夢、そういう仕組みになっていたわけ?
 ハーレイがぼくをキースに押し付けようとしてるんじゃなくて、ぼくが悪いの?
「…そんな理由かもしれないな、という話だがな」
 あくまでも俺の推測ってヤツだ、単なる偶然かもしれん。
 しかしだ、誓って言っておくがな、俺はお前をキースなんかにくれてやる気は無いからな。
 お前の夢に入って行けるんだったら、キースなんぞは殴り飛ばしてお前を攫って逃げてやる。
 とはいえ、そいつは無理だからなあ、お前がいくら膨れたってだ、俺は助けに行けないぞ。



 懲りたんだったらおまじないはもうやめておけ、って釘を刺された。
 三度目の正直という言葉があるから、次こそ本当にキースと結婚しちまうぞ、って。
「いいか、俺はお前の夢までは責任を全く持てないんだからな」
 どんなにお前が困っていようが、結婚式の夢をブチ壊すために飛び込んで行けはしないんだ。
 キースと結婚しちまった、って当たり散らすのはかまわないが、だ。
 そういう夢をウッカリ見ちまった時は、お前だって嬉しくないだろうが。
「うん…」
 ハーレイのお嫁さんならいいけど、キースはね…。
 夢の中でも、ハーレイよりも前にキースと結婚してしまったなら、大ショックだよ。
 指輪の交換とか、誓いのキスとか。
 早くハーレイとやりたいな、って思っているのに、キースに先を越されるなんてね…。
 絶対嫌だよ、そういうコース。いくら夢でも、ぼく、泣きそうだよ…。



 そうは言ったけど、ハーレイの夢は見てみたいから。
 ハーレイと幸せに過ごせる夢が見られるんなら、その方法を試してみたいから。
 三度目で本当に懲りない限りは、ぼくはおまじないを続けるんだろう。
 今はまだ、ハーレイと結婚することが出来ない、ぼく。
 一緒に暮らせない、チビのぼく。
 誰よりも好きでたまらないハーレイとだったら、夢の中でも会って一緒にいたいんだから…。




         夢の通い路・了

※ハーレイが出て来る夢を見よう、とブルーが試したおまじない。裏返しのパジャマ。
 けれど来たのはキースだったわけで、なんとも気の毒。ハーレイが神父役の結婚式なんて。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv








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