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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

違った口調

「ママ、おやつちょうだい!」
 ブルーはダイニングに足を踏み入れるなり、母に強請った。
 学校から戻って、着替えて降りて来たダイニング。今日のおやつは何だろうか、と。
 シフォンケーキだと言われたから。ふうわりと軽くて絹の舌触りのケーキだから。
「えっとね…。シロエ風のホットミルクも!」
「はいはい、マヌカ多めのシナモンミルクね」
 どうぞ、と用意してくれた母。切り分けられたケーキが載ったお皿も、湯気を立てているホットミルクも。
「ありがとう、ママ!」
 美味しそう、とシフォンケーキにフォークを入れると。
「ママも一緒に頂こうかしら…。ほんの少しだけ」
「うんっ! ママもホットミルク?」
「そうねえ、シロエ風っていうのもいいわね」
 ハーレイ先生のお勧めだものね、と母は自分用のカップにホットミルクを注いで来た。小さめに切ったシフォンケーキを載せたお皿も運んで来たから、母と二人でティータイム。
 あれこれ楽しくお喋りをして、学校であったことの報告もして。
 じゃあね、と、「御馳走様!」と二階の部屋に戻ろうとしたら。



「ハーレイ先生、来て下さるといいわね」
 声を掛けられ、コクリと頷く。
「今日は来てくれると思うんだけど…」
「あら、予知なの?」
「ううん、ぼくの勘!」
 予知能力なんかあるわけないでしょ、ぼくのサイオン、まるで駄目だし…。
 それにね、予知じゃフィシスに敵わなかったよ、ほんのちょっぴり出来たってだけ。
 ソルジャー・ブルーだった頃でもそうだよ、何か予感がする、って程度。
 今のぼくだとそれも無理だよ、と返事をすれば。
「そうね、ブルーはブルーだものね」
「…なあに?」
 ブルーはブルー、って、どういう意味?
「パパとママのブルーよ、って言ってるの。元はソルジャー・ブルーでもね」
 まだまだ小さな子供だもの、と母に頭を撫でられた。
 ママのブルーは可愛らしくて、小さなソルジャー・ブルーなの、と。
 パパとママとの宝物よ、と。



 母の優しい笑顔は嬉しかったけれど。
 頭を撫でてくれた柔らかな手だって、とても誇らしい気持ちになったけれども。
 階段を上がって部屋に戻って、勉強机の前に座ったら。
 其処に飾ったフォトフレームの中、ハーレイと二人で写した写真に目を遣ったら。
 ハーレイの左腕、両腕でギュッと抱き付いた自分。ハーレイよりもずっと背が低い自分。それに顔立ちも少年のそれで、前の自分とは比べようもなくて。
(可愛らしくて、小さな…)
 母の言葉が蘇って来た。「可愛らしくて小さなソルジャー・ブルーなの」と。
 写真の自分と何処も変わらない、背丈すらも伸びていないままの自分。たったの一ミリも伸びてくれずに百五十センチしか無いままの背丈。
 あれが自分の目標なのだ、とクローゼットに鉛筆で微かにつけた印の高さはまだ遠い。
 前の自分の、ソルジャー・ブルーの背丈の高さに引いた線。
 ハーレイにもチビと言われるけれど。
 小さいとも可愛いとも何度も言われたけれど。



(見た目だけ…だよね?)
 写真の中の自分がハーレイよりもずっと小さいように。
 キャプテン・ハーレイと並んで立っていた頃より、肩の高さがずっと低いように。
 十四歳にしかならないのだから、まだまだ子供なのだから。前の自分のようにはいかない。
 小さくて当然、可愛らしいと形容されても、それが当然。
 きっとそう、と思ったのだけど。
 そうだと写真を眺めたけれども、今の自分の姿はこうだと頬杖をついて観察したけれど。
(…違う?)
 もしかしたら、と頭を掠めた、さっきまでのこと。
 学校はともかく、家に帰ってから。
 おやつを食べながら母と交わした言葉の数々。
 はしゃいで、笑って、それは沢山の言葉を紡いだ自分だったのだけれど。
 どれも…。



(ソルジャー・ブルーじゃ…ない…?)
 前の自分なら、あんな風には話さない。
 白い上着に紫のマント、青の間に居た自分なら。ソルジャー・ブルーだった頃の自分なら…。
 「ママ、おやつ」と言いはしないだろう。
 「ちょうだい」とも。
 自然に口から出した言葉で、今の自分には馴染んだ口調で、少しも変ではないけれど。
(前のぼくなら…)
 どう言ったろうか、母はとっくにいなかったけれど。
 前の自分を育ててくれた養父母の記憶も失くしたけれども、いたとしたなら。
 ソルジャー・ブルーだった自分の目の前に、母がいたなら。



(…お母さん…?)
 ママと呼ぶには育ちすぎていたソルジャー・ブルー。
 母に向かって呼び掛けるならば、「お母さん」。そうでなければ「母さん」と。
 前の自分が生きた時代は、十四歳で養父母と別れたけれど。離されたけれど、シャングリラには養父母の記憶を持っていた者たちもいた。彼らは、確かそう呼んでいた。
 育ててくれた母を懐かしむ時、「母さん」、あるいは「お母さん」と。
 ソルジャー・ブルーだった自分が、養父母の記憶を持っていたなら。それを誰かに語り聞かせるなら、どう呼んだろうか。その母が現れて呼び掛けるならば、どうだったろうか?



(…ママにおやつを頼むなら…)
 行儀よく「お母さん」と呼んだのだろうか、前の自分は?
 ソルジャー・ブルーが母におやつを注文するなら、さっき自分がやっていたように頼むなら。
(お母さん、おやつ…)
 おやつは少し変かもしれないけれど。もっと相応しい言葉があるかもしれないけれど。
 生憎と何一つ思い付かないから、おやつの方は仕方ない。
 けれど、「ちょうだい」は如何にもまずい。それは子供の言葉だから。
 甘える時なら「ちょうだい」と言っても良さそうだけれど、普通におやつを頼みたいなら…。
(お母さん、おやつお願いできる?)
 頭の中で組み立てた言葉に、「そう、それ!」と声を上げたくなった。
 前の自分ならば、そうなったろう。ソルジャー・ブルーが母親におやつを頼むのならば。
 ところが自分がやったことと言えば、「ママ、おやつちょうだい!」と、それは無邪気に、変だとも思わずに、ためらいもせずに。
 つまり自分は、ソルジャー・ブルーではない今の自分は…。



(ちょうだい、な子供…)
 おまけに「お母さん」とは違って「ママ」。
 よちよち歩きの幼児でも言える「ママ」なる呼び方、少しも大人らしくない。
 今の今まで全く気付いていなかったけれど。まるで気付いていなかったけれど、言葉遣いというものからして間違っていた。
 誰が聞いても子供の言葉で、前の自分とは違いすぎる。
(声のせいだけじゃなかったんだ…!)
 前の自分とは違う声。まだ声変わりをしていない声。
 そういう声で話しているから、何を言ってもハーレイに鼻で笑われるのだと思っていたけれど。
 お前はチビだと、チビで子供だと相手にされずに終わるのだと信じていたけれど。
 声はもとより、言葉からして幼かった。
 ハーレイと並んで写真に収まった子供そのまま、十四歳の子供にお似合いの言葉。
 前の自分が喋っただろう、大人の言葉が話せない自分。



(これを直さないと…)
 ハーレイはキスをしてくれるどころかチビ呼ばわりのお子様扱い、それでは困る。
 いつまで経っても伸びない背丈も問題だけれど、言葉遣いも大いに問題。
(直さなくっちゃ…)
 前の自分と同じ口調に。今よりも落ち着いた声をしていたソルジャー・ブルーに似合う言葉に。
 頑張らねば、と決意を固めた。
 何も知らない両親の前では無理だけれども、子供らしく振る舞わねばならないけれど。
 せめてハーレイの前では、と。
 前の生からの恋人であった、ハーレイと二人きりで話す時には、と。
 そうすればきっと、ハーレイの気持ちも変わるだろう。自分を見る目も変わるのだろう。
 姿こそ今も小さいけれども、中身は前の自分と同じに大人だと。
 心が、中身が大人だと認めて貰えたのなら、キスだって…。
 きっとキスくらいは貰えると思う。その先は駄目でも、唇にキスを落とすくらいは。



(えーっと…)
 前の自分ならどう話すのか、と懸命に記憶を手繰っていっては引き寄せて。
(あのね、とかも駄目…)
 「なんで?」も間違いなく論外。「でしょ?」も明らかに今の自分ならでは。
 使っては駄目であろう言葉を頭の中でチェックしてゆき、次々と見えない壺の中へ詰めた。心に作った、目には決して見えない壺。言葉を封印するための壺。
 誰も見ることが叶わない壺にせっせと詰め込み、出てこないよう蓋を厳重に。
 もちろん言葉を一つ詰める度に、言い換えるならば何にするかも考えた。
 あくまでソルジャー・ブルーらしく。何処までもソルジャー・ブルーらしく、と。



 ギュウギュウと言葉を詰め込んだ壺を、心の奥へと仕舞い込んで。
 壺の中の言葉はもう使うまいと、ハーレイの前では使わないのだ、と自分自身に誓っていたら、チャイムが鳴った。門扉の脇にあるチャイムの音。この時間にあれを鳴らすのは…。
(ハーレイ…!)
 窓に駆け寄り、見下ろしてみれば庭を隔てた向こうで手を振るハーレイ。
 応えて大きく振り返してから、ハタと気付いた。
(子供っぽい…?)
 こんな仕草も駄目だろうか、と少し控えめに振ってみた。
 前の自分が手を振った時はこのくらい、と。
 すると、ハーレイもそうしたから。手の振り方が急に小さくなったから。
(遊んでる、って思われてる…?)
 大きく振っていた手を控えめにして、何か企んでいると誤解されたとか…。
 けれども、これからが真剣勝負。
 ハーレイと二人きりで向き合う時間が大切なのだ、と言葉遣いを改めて意識し直した。
 ソルジャー・ブルーと同じ言葉を、大人らしい言葉を使わねば。
 外見はチビのままだけれども、中身は前と同じなのだとハーレイに知って貰わねば。
 変わったのは姿形だけ。
 魂は、心は、前の自分だと。ソルジャー・ブルーは此処にいるのだ、と。

 

 間もなく母がハーレイを部屋に案内して来て、お茶とお菓子とを置いて行って。
 その間は壺に詰めた言葉も使っておいた。母が怪しまないように。
 だからハーレイも気付きはしなくて、母の足音が階段を下りて消えてゆくと。
「どうした、今日は変わった手の振り方をしていたな?」
 いつもみたいにブンブン振らずに、なんて言うのか…。
 妙に澄ました、気取ったみたいな感じだったが?
「…少し気を付けようと思って」
「何にだ?」
 鳶色の瞳が怪訝そうに細められたけれども、ブルーの決意は揺らがなくて。
 桜色をしたその唇から、前の自分が紡いだであろう言葉を返した。
「あまりに子供っぽいことをしてると、君に笑われてしまうからね」
「はあ…?」
 子供っぽいって…。お前、立派に子供だろうが、違うのか?
 熱でもあるのか、と額に大きな手を当てられた。
 どうかしたのかと、何処か変だと。



 「熱は無いな」とハーレイが首を捻るから。
 具合が悪そうでもないのだが、と見詰めて来るから、ブルーはクスッと小さく笑った。
「おかしいかい?」
「可笑しいかって…。そりゃあ可笑しいが…」
 お前とも思えない台詞だったが、何を考えているんだ、お前?
 それでだ、なんだ、その上品ぶった仕草は?
「上品って…。そう見えるのかな?」
 ぼくはそんなにガサツだったかな、自分ではこれが普通じゃないかと思うんだけどね?
 上品も何も…、と普段は嬉々としてフォークで切り取るケーキをそうっと静かに切った。
 ティーカップに注いだ紅茶を混ぜるスプーンも、カチャカチャと音を立てないように。
 ソルジャー・ブルーだった頃にはそうしていたから。
 誰に躾けられたわけでもなかったけれども、あえて言うならエラだったろうか?
 礼儀作法に厳しかったエラ。
 長老たちだけでお茶を楽しむ時にも、紅茶をゴクゴク飲んだりはせずに、上品に。
 同じ女性でもブラウの方だと、喉が乾いたと言わんばかりに一気に飲み干し、おかわりを注いでいたものだけれど。お菓子の類も豪快に口へと運ぶのがブラウだったのだけれど。



 十四歳の小さなブルーは、どちらかと言えばブラウに近い。
 食が細いというだけのことで、美味しいお菓子があれば飛び付く。食欲さえあれば、自分の口に見合ったサイズに切ってパクリと齧り付く。ケーキもタルトも、パイやムースも。
 それがケーキをそうっと切ったり、いつもならカチャカチャ音をさせて混ぜる紅茶をあまりにも静かに混ぜるものだから、ハーレイの方にしてみれば…。
「不気味だぞ、お前」
 悪いものでも食ったのか、って訊きたいくらいに妙なんだが…。いったい何を企んでいる?
「失礼だね、ハーレイ」
 ずいぶんな言われようだけど…。ぼくを誰だと思っているわけ?
「誰って…。お前はお前だろう?」
 それ以外の何でもないと思うが、何かあるのか?
 服だっていつもと変わりないように見えるんだがな…?
「分からないのかい、ごく簡単な質問なのに」
 ぼくはぼくだよ、君のブルーだよ。
 そうだろう、ハーレイ…?



 精一杯、前の自分の口調を真似たのに。
 そういった言葉を口にした時の笑みまで真似てみせたのに。
 ハーレイは盛大に吹き出した。それは可笑しそうに、もうたまらないというように。
「なるほど、そういうゲームだってか」
 それなら付き合ってやらんとな。お前が膨れてしまう前にな…、って、これじゃいかんか。
 俺もキッチリ切り替えんと…。
 それで、これにはどういう理由が?
「ぼくらしくしようと思ってね」
 平和ボケとでも言うのかな…。すっかり今に慣れてしまって、色々とお留守になっていた。
 それじゃ駄目だと気付いたんだよ、少し遅すぎた気もするけれどね。
「反対する理由はございませんが…」
 私は反対いたしませんが、そうなさって何か得でもあると?
 あなたが苦労をなさるだけではないのですか?
「そんなことはないよ」
 これでも充分、考えたしね。それに、こうしておいたなら…。
 君の心が手に入るだろう?
 ぼくから少し離れてしまった、君の心が。



 例えばキスとか…、と微笑んでやれば。
 ハーレイは少し困った顔で。
「とうに手に入れていらっしゃるかと思うのですが…」
 こんな不自由をなさらなくとも、私の拙いキスくらいは。
「いや、まだだよ?」
 ぼくは一つも貰ってはいない。少なくとも、ぼくの記憶には無い。
 君の勘違いじゃないのかい?
 学校の仕事や柔道部の指導で忙しそうだし、記憶違いをしているとか…。
「いいえ、確かに差し上げました」
 頬と額に幾つも、何度も。それこそ数え切れないくらいに差し上げた筈だと思うのですが?
「それじゃ足りない。ぼくはキスには数えていないよ、そういったキスは」
 この地球で君に巡り会えたけれど、再会のキスすら貰ってはいない。
 ぼくは今でも君のブルーのつもりなのにね…?
「では、どうしろと仰るのです?」
 何を求めていらっしゃるのですか、この私に…?
「言ったろう、キスを貰っていないと。…ぼくにキスを」
 再会のキスが欲しいんだけどね…?
「かしこまりました」
 仰せの通りに。…再会のキスを。
 せっかくあなたに会えたのですから、心からのキスをあなたのために。



 ハーレイが椅子から立ち上がって。
 ブルーが座った椅子の方へとやって来たから、してやったりと瞼を閉じた。
 効果はあったと、これでハーレイからキスが貰えるに違いないと。
 前の自分と同じ背丈になるまでは無理だと諦め果てていた唇へのキス。それが貰えると、ついに唇にキスを贈って貰えるのだと。
(ハーレイのキス…)
 言葉遣いを改めたことは正しかった、と自信を深めたブルーだけれど。
 自分の誤りに気付いて良かったと、やはり言葉や仕草も大切だったのだ、と心躍らせて待ったのだけれど。
(…えっ?)
 額に、頬に落とされたキス。慣れ親しんだいつものキス。
 その後にキスをして貰えるのだと、次は唇だと待ち焦がれたのに、それっきり。
 唇にキスを落とす代わりに、ハーレイが去ってゆく気配。
 キスは済んだと、元の椅子へと戻ることにするか、と床を微かに軋ませて。
 それでは困る。
 再会のキスを貰っていないし、唇へのキスはどうなったのか。
 パチリと瞳を開けてみたらば、ハーレイは椅子に戻っていたから。
 テーブルを挟んで向かい側の椅子に、ハーレイの定位置に元の通りに座っていたから。



「これじゃ全然足りないってば!」
 叫んだ途端に、ニヤリと笑みを浮かべたハーレイ。
 ブルーは慌てて両手で口を押えたけれども、既に手遅れというもので。
 ハーレイの耳は捉えてしまった。ブルーの口から漏れた言葉を、十四歳の子供の言葉遣いを。
(やっちゃった…!)
 心の中に仕舞っておいた封印の壺。子供らしい言葉を詰め込んだ壺。
 しっかりと封印を施した筈が、ポンと飛び出してしまった言葉。開いてしまった壺の蓋。
 アタフタとするブルーに向かって、ハーレイは至極真面目な口調で。
「ソルジャー・ブルーはそのようには仰いませんでしたね」
 私が記憶している通りでしたら、「これでは全然足りやしない」と仰ったかと。
 「全然」ではなくて、「全く」だったかもしれませんが。
 「まるで足りない」とも仰いましたね、「これではまるで足りないじゃないか」と。
 淡々と並べ立てられる言葉。
 ソルジャー・ブルーはこうであったと、このように話していた筈だと。
 それをブルー自身が懸命に考えたものより遥かに自然に、流れるように話すものだから。
 ハーレイがそれらの言葉を使っていたかの如くに流れ出て来るものだから。
 こうも違うかと、考えて作り上げた言葉と本来のものとは違うものかと、突き付けられた厳しい現実。ハーレイにとっては、前の自分の口調や言葉遣いは意識せずとも思い出せるもの。こういうものだと、こうであったと、スラスラと真似てみせられるもの。
 ブルーには出来なかったのに。
 今の自分の言葉をせっせと壺に押し込め、記憶を手繰ってようやっと真似ただけなのに。
 使わないよう封印していた壺の中身も、あっさり零れてしまったのに…。



 所詮は猿真似だったのか、と思い知らされた、前の自分の口調の真似。
 ハーレイは楽々と真似るというのに、当の自分が真似られなかったソルジャー・ブルー。
 あんなに考えて頑張ったのに、と小さなブルーはもう悔しくてたまらなくて。
「うー…」
 そんな声しか出てこない。失敗した、と呻く声しか。
 しかしハーレイの方はそうではなくて、真面目くさったキャプテンさながらの顔で。
「うー、とも仰いませんでした」
 そのような時には黙ったままでらっしゃいましたね、何も仰らずに。
 そうでなければ、「ぼくとしたことが…」と溜息をついていらっしゃったかと。
「ハーレイのバカッ!」
 短く怒鳴れば、ハーレイは「ええ」と頷いた。
「それは何度も仰いましたね、ハーレイの馬鹿、と何度も浴びせられましたが…」
 確かに仰っておられたのですが、それは間違いないのですが…。



 尻尾が見えておりますよ、とクックッと喉を鳴らしたハーレイ。
 大きな古狸の尻尾ではなくて、キツネの尻尾でもなくて。
 それは可愛らしい尻尾が見えると、ふわふわのフカフカの尻尾が見えると。
「子狸でしょうか、それともウサギか…」
 そういえば、あなたは小さい頃にはウサギになりたいと思ってらっしゃったとか…。
 ならば子狸よりもウサギの尻尾と思った方がよろしいですか?
 そういう愛らしい尻尾ですね。
 あなたのお尻にくっついた尻尾は、チラチラと見えている尻尾は。
「なんで尻尾!」
 どうして尻尾の話になるわけ、ぼく、尻尾なんかは生えてないのに!
 それにハーレイ、何処から尻尾が見えるって言うの!?
 テーブルに隠れて見えない筈だよ、ホントに尻尾がくっついてたって!
 尻尾、尻尾、って、ぼくはそんなのくっついてないよ!
「おやおや、先に音を上げられたのはあなたですか?」
 尻尾どころか、もう全身が見えておりますが?
 どうやらあなたは、尻尾の話を御存知なかったようですねえ…。



 ゲームオーバーだな、とゲーム終了を告げられた。
 もうキャプテン・ハーレイの真似はやめだと、元の口調に戻らせて貰う、と。
「お前、あの言い回しを知らないのか?」
 尻尾を出すってよく言うだろうが、化けの皮が剥がれるとも言うが…。
 化けていたキツネや狸の尻尾が見えちまったら、正体が何か分かるだろ?
 そいつのつもりで言ったんだがなあ、さっきの尻尾。
 お前、せっせとソルジャー・ブルーの真似をしてたが、どんどんボロが出ちまってたしな?
 それで「尻尾が見えているぞ」って俺が教えてやっているのに、お前ときたら…。
 出てた尻尾を仕舞うどころか、全身丸ごと出しちまったと来たもんだ。
 尻尾の話で頭に来たのか? 本物の尻尾は生えてないしな。
「ハーレイがあんな言い方をするから悪いんだよ!」
 真面目な顔して尻尾、尻尾、って言われたら何かと思うじゃない!
 ぼくに尻尾は生えてないのに、何処から尻尾が出て来るんだろう、って!
「ほほう…。お前、知ってはいたんだな? 尻尾を出すっていう言葉」
「当たり前だよ、そのくらいのことは知ってるよ!」
 でなきゃトップは取れないよ!
 ぼくの成績、ハーレイだって知ってるくせに!
 テストだったらちゃんと分かるよ、尻尾を出すって意味くらい…!



 ブルーは膨れっ面になったけれども、尻尾の話で尻尾を出したのは自分だから。
 尻尾どころか全身を出して、化けの皮が剥がれてしまったから。
 あんなに頑張って壺に詰め込んだ言葉はすっかり零れてしまった。一つ残らず壺から飛び出し、元あった場所へ戻ってしまった。
 ソルジャー・ブルーの口調はもう真似られない。前の自分の真似は出来ない。
 十四歳の子供の口調で怒って、膨れて、当たり散らして。
 たった一つだけ、ソルジャー・ブルーとそっくり同じな言い回し。
 「ハーレイのバカ!」と口にする度、それをぶつけられた筈のハーレイが腹を抱えて笑い出す。
 その台詞だけは間違っていないと、実に見事でその通りだと。
 点数をつけるなら百点満点、文句なしのソルジャー・ブルーの台詞。
 流石お前だと、生まれ変わっても一つくらいは何か取柄があるようだ、と。
「サイオンはとことん不器用な上に、思いっ切りのチビなんだがなあ…」
 それでもそいつはソルジャー・ブルーだ、間違いない。
 頑張らなくても完璧な出来だ、もうそれ以上は練習しなくてもいいってな。その台詞だけは。
「ハーレイのバカっ!」
 どうしてそういうトコで褒めるわけ、ぼくはあんなに頑張ったのに!
 前のぼくらしくしようと思って、ケーキも紅茶も、うんとお行儀よく食べたのに!
 そしたらハーレイは不気味だなんて言ってくれたし、酷すぎなんだよ、何もかも全部!
 バカだけ満点を貰っちゃっても、嬉しくもなんともないってば…!



 息もつかずに一気にまくし立てたブルーだったけども、ハーレイはただ笑うだけ。
 馬鹿だけは満点をプレゼントすると、なんなら紙に書こうかとまで。
「ハーレイの馬鹿に関しては免許皆伝です、と大きく書いてやってもいいぞ?」
 この俺を馬鹿にした台詞を書いてやろうと言うんだからなあ、大サービスというヤツだ。
 何か無いのか、そういったことを書くのに向いてるデッカイ紙。
 画用紙でもいいから持って来い。免許皆伝と書いてやるから。
「そんなサービス、要らないよ!」
 日記にも書かなくていいからね!
 ぼくがソルジャー・ブルーの真似をして失敗しちゃったことは!
 自分の言葉も真似が出来ない情けないヤツ、って書いたら本気で怒るからね…!
「書きやしないさ、俺の日記は覚え書きだと言ってるだろうが」
 そういう俺がだ、「ハーレイの馬鹿」と紙に書こうと言っているんだ、遠慮するな。
 今を逃したらもう書かないぞ?
「ハーレイのバカっ!」
 ぼくが要らないって言っているのに、押し付けなくてもいいじゃない!
 そんな台詞だけ免許皆伝でも、ちっとも嬉しくないんだからね…!



 もっと他の台詞…、とブルーは懸命に訴えたけれど、それは子供の言葉でしかなくて。
 ソルジャー・ブルーの真似は出来なくて、すっかりいつもの言葉遣いで。
 「ハーレイのバカ!」と繰り返す内に、ハーレイが「それで?」と問うて来た。
「お前、なんだってこんな馬鹿な遊びを思い付いたんだ?」
 前のお前の口真似だなんて、チビがやってもまるで似合っていないんだがな?
「ぼくらしくしようと思ってる、って言ったでしょ!」
 真剣なんだよ、ハーレイにちゃんと見て貰いたくて!
 見た目はチビでも、中身は前と変わらないよ、って、おんなじだよ、って!
「…どの辺がどう同じなんだか…。尻尾は最初から丸見えだったと思うがなあ…」
 悪いものでも食ったのか、と思ったくらいに可笑しかったが、今日のお前の喋り方。
 しかしだ、お前が本気で取り組むつもりだと言うのなら…。
 まあ、付き合ってやらんこともない。俺もキャプテン・ハーレイらしく、だ。
 頑張るんだな、ソルジャー・ブルーを目指してな。
「もちろんだよ!」
 この次はきちんとやってみせるよ、前のぼくみたいな喋り方。
 ちゃんと出来たら、ハーレイだってぼくを認めてくれるだろうしね!



 そうは宣言したものの。
 やってみせると言い張ったものの、キャプテン・ハーレイの丁寧すぎる言葉遣いより。
 今のハーレイの砕けた口調が、「私」よりも「俺」なハーレイの方が断然、好きで嬉しいから。
 小さなブルーは二度と挑みはしないだろう。
 前の自分の口調を真似して背伸びしようとは、より大人らしく見て貰おうとは。
 とはいえ、いつかすっかり忘れてしまえば、またやるのかもしれないけれど。
 背伸びしようと、中身はこうだと、大人の口調。
 ソルジャー・ブルーだった頃に自分が使った、子供には似合わない口調。
 それが少しも似合っていないと、小さなブルーは気付きもしない。
 自分の中身は前と同じだと、ちっとも変わっていないのだと。
 そしてハーレイが笑いを堪える。
 次にはどんな事件が起こるか、小さなブルーは何をやらかしてくるのだろうかと。
 「ハーレイの馬鹿」だけは免許皆伝、前の通りの小さなブルー。
 前の自分と同じ姿も、その喋り方も、まだ当分は手に入りそうもないけれど。
 恋人だけは前と同じに持っている。
 「ハーレイのバカ!」と言われようとも満点をくれる優しい恋人を、とうに小さな手の中に…。





            違った口調・了

※ハーレイが子供扱いするのは、子供っぽい口調のせいだと思い込んだブルー。
 頑張って直して喋っていたのに、出てしまった尻尾。子供にはそれがお似合いですよね。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv











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