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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

流れ星

「あっ…!」
 流れ星、とブルーは叫んだ。
 土曜日の夜、ハーレイを見送りに出た庭で見上げた夜の空。玄関を開けて、二人一緒に外へ出た途端に流れて行った星。瞬きを忘れた蛍のように。空の星が一個、落っこちたように。
「綺麗だったね!」
 ねえ、ハーレイも今のを見てた?
「見ていたが…。お前、願い事、したか?」
「…願い事?」
「流れ星にはするもんだろうが、願い事」
 消えてしまう前に三度、願い事を。ちゃんと言えたら叶うと言うだろ、知らなかったか?
「そういえば…」
 忘れちゃってた、とブルーは空を仰いだ。
 もう一度星が流れないかと、流れ星が飛んでくれないかと。
 秋の夜空は澄んでいるから、鏤められた星も多いけれども。それは幾つもの星が瞬いているのだけれども、その星が流れるわけではないから。
 流星群の時期でも無いから、待ってもそうそう上手く出会える筈などなくて。



「まだかな、次の…」
 早く流れてくれないかな、と小さなブルーが呟くまでに五分くらいは経っただろうか。あるいはほんの一分だったろうか、いずれにしても夜気に晒されてただ立っているには長すぎる時間で。
「馬鹿、風邪を引くぞ。いつまで立ってるつもりなんだ」
 それに俺も帰らなくてはいけないしな、とハーレイがブルーの肩をポンと叩けば。
「ハーレイ、明日も来てくれるんだよね?」
「日曜日だからな」
 ちゃんと朝から来てやるさ。だから入れよ、流れ星なんか待っていないでな。
 またな、と軽く手を振って帰ってゆく恋人。門扉をくぐって外の通りへ、星空の下を歩いてゆくハーレイ。生垣に隔てられてしまった恋人にブルーは何度も手を振ったけれど。
「早く入れよ、冷えちまうぞ?」
「うん…」
 去り際に声で促されては仕方ない。
 ハーレイの影が見えなくなった後、遠ざかってゆく足音を聞きながら、また空を見て。
(流れ星…)
 足音が聞こえる間にもう一つ、と願ったけれども、星たちは静かに瞬くだけ。流れてはくれず、諦めて家に入るしかなかった。
 ハーレイの足音はもう聞こえないし、「早く入れよ」と叱られたような気がするから。



 けれど、どうにも忘れられない流れ星。また出会いたい流れ星。
 お風呂に入るまで、自分の部屋の窓から空を眺めた。星が一つ落ちてゆかないかと。ハーレイと二人で見た時のように、スイと流れてくれないかと。
 お風呂に入ってパジャマに着替えた後もカーテンを開けて覗いたけれども、流れない星。いくら待っても落ちてはこない流れ星。
(やっぱり駄目…)
 あの一個だけ、と溜息をついた。
 願い事を唱えることなど忘れて見上げてしまった星。願い事を唱え損ねた星。
 なんとも惜しくてたまらないけれど。
 失敗した、と今もこうして流れ星を探しているのだけれども、何を願いたかったのだろう?
 流れ星が流れてゆく間に三度。
 消えるまでに三度。



(幸せになれますように、でいいよね?)
 願い事をするなら、多分、それ。
 今でも充分幸せだけれど、もっと幸せになりたいから。ハーレイと幸せに暮らしたいから。
 この地球の上で、生まれ変わって来た青い地球の上で。
 ならば願い事は、ただ「幸せに」と願うよりも。
(早く結婚出来ますように…?)
 晴れてハーレイと二人きりの暮らしを始めたいなら、願い事はそれ。一日でも早い結婚式。
(でも…)
 結婚すれば今よりもずっと幸せになれるに決まっているから、やはり幸せを願うべきだろうか?
 それとも早い結婚を願って、少しでも早く二人きりの幸せを手にするか。
(うーん…)
 考え始めたらキリが無かった。他にもどんどん欲が出て来て。
 ハーレイとキスが出来るように背を伸ばしたいとか、本物の恋人同士になりたいだとか。
 どれも幸せへと繋がる道。幸せが手に入る道。
 一番いいのは何だろう?
 流れる星に三度願うなら、流れ星に願いをかけるなら。



(やっぱり、幸せ…)
 そう願うのが一番だろうか、と考えたけれど。
 流れ星を待ちながら決めかけたけれど、「だけど…」と少し心配になった。
 星に願うのは自分の幸せだけでいいのだろうか?
 自分一人が幸せであれば、それで自分は幸せだろうか?
(…ううん…)
 それは違う、と直ぐに出た答え。
 自分一人が幸せになっても意味が無い。ハーレイにだって幸せになって欲しいから。二人一緒に暮らしてゆくのに、生きてゆくのに、自分一人だけが幸せだなんて、とんでもない。
(ハーレイの分も…)
 願わなくては、と気が付いた。
 三度唱えるのは難しそうな気がするけれども、二人で幸せになれますようにと。
 ハーレイと二人、幸せに生きてゆけますようにと。



(うん、それ!)
 願い事をするならそれがいい、と決めて夜空に別れを告げた。
 夜更かしをしても星は流れないし、今夜は諦めて眠らなければ、と。
 窓のカーテンを閉めて、ベッドに潜り込んで、明かりを消して。
 次に流れ星に出会うことがあれば、と願い事を頭で繰り返す。決めたばかりの願い事を。
(ハーレイと幸せになれますように…)
 二人で幸せになれますように、と何度も唱えた。流れ星は何処にも無いけれど。常夜灯が灯っただけの部屋には、星などは流れないのだけれど。
(ハーレイと幸せに…)
 流れ星を見たら唱えなければ、消えてしまう前にこれを三回。
 練習なのだと、もっと早くと。
 流れ星が落ちてしまうまでの間に三度、と練習し続けた。もっと早く。もっともっと、早く。
 そうして唱え続ける内に…。



(あれ?)
 前にも自分は願わなかったろうか?
 流れてゆく星に。
 夜空を流れる星に向かって、こうして早口言葉のように。
(いつ…?)
 幼かった頃には色々願った。
 たまにしか出会えなかったけれども、見付けた時には沢山の願い事をした。
 流れ星はとうに消えているのに、落ちてしまった後だというのに、幾つも幾つも願い事を。
 子供ならではの無邪気さでもって、きっと叶うに違いないと。
 それのことかと思ったけれど。
 オモチャやお菓子や、欲しいものなら山のようにあった頃だから。
 きっとそれだ、と思いかけたけども。



(それにしては欲張り…)
 幼い子供の願い事にしては、妙に欲張りだった気がする。
 何が何でも叶えて欲しいと、この願いだけは叶えて欲しいと。
(…オモチャとかで…?)
 お菓子もオモチャも好きではあった。欲しくて強請りもしていたけれども、幼かっただけに一晩眠れば忘れることなど当たり前で。
(どうしても欲しいものなんて…)
 この願いだけは、と星に祈るほど、幼い自分は欲しがったろうか?
 そこまで欲張りだっただろうか?
 けれども確かに願っていた、という記憶。
 夜空を流れる星に向かって早口言葉で。
 消える前に三度と、落ちてしまう前に三回と。



(小さい頃のぼくが…?)
 いったい何を願ったのだろう、と不思議に思った時、不意に掠めた遠い遠い記憶。
 子供だった頃よりもずっとずっと昔、遠い彼方に過ぎ去った昔。
 前のぼくだ、と。前の自分が願ったのだ、と。
(アルテメシア…)
 暗い宇宙を長く旅して、辿り着いて隠れた雲海の星。白い鯨を隠した星。
 シャングリラは雲海の中だったけれど。
 ブリッジからも、展望室からも、一面に広がる雲しか見えない星だったけれど。
 前の自分は何度も地上に降りていた。人類の情報などを探りに、ミュウの子供の救出のために。
 そうやって降りた、ある夜のこと。
 星が流れてゆくのを見付けた。雲海の中では見られない星。夜空を横切って流れた星。
 流れ星は大気のある星でしか目にすることが叶わないから。
 珍しいものを見た、とその時は思った。
 知識の中にはあったけれども、初めて肉眼で捉えたと。あれが流れ星というものなのか、と。
 そしてヒルマンに話したのだったか、白いシャングリラに帰った後で。
 博識な彼なら喜ぶだろうと、どんなものだったか話してやろうと。
 そうしたら…。



「願い事をしておいたかね?」
 流れ星に出会ったのなら、とヒルマンに訊かれた。その星に願いをかけておいたか、と。
「願い事?」
 何のことだか分からなかったし、首を傾げてしまった自分。
 どうして流れ星に願い事なのか、と訝っていたら、ヒルマンはこう話したものだ。
「流れ星に願いをかけたそうだよ、人間がまだ地球で暮らしていた頃には」
 星が流れて消えるまでの間に願い事を三度唱えたというね、そうすれば星が叶えてくれると。
 もっとも、星が流れるのは一瞬だから…。
 見付けたと思えば消えてしまうだけに、難しかったと言われているがね。
「そうだったのかい?」
 流れ星を見たら願い事をするものだったんだ…。
 知らなかったよ、次からやってみよう。
 流れ星に出会ったら願わなくてはね、願い事を叶えてくれる星なら。



 その次に流れる星を見た時。流れてゆく星を見付けた時。
 迷わずに「地球へ」と願いをかけた。
 地球へ行きたいと、どうか地球まで行けますように、と。
 消えるまでに三度唱えられたか、あまり自信が無かったけれど。それでも願いをかけはした。
 地球へと、地球へ行きたいのだと。
 ちゃんと願えた、と流れ星が消えた空を仰いで、ふと思った。
 今の願いは自分中心に過ぎただろうか?
 遠く青い地球に焦がれるあまりに、ソルジャーらしからぬ我儘を願ってしまったろうか?
(でも…。みんなで地球へ行くのだし…)
 白いシャングリラで、いつかは地球へ。
 未だ座標も掴めぬ地球まで、この雲海の星を離れて母なる地球へ。
 地球へ降りることが叶う時には、自分たちはもう追われる身ではない筈だから。
 ミュウの存在を人類に認めて貰って、地球の上に立てる筈だから。
(…地球に行けるなら、きっとみんなも幸せな筈だ)
 その願いでいい、と願い続けた。
 流れる星を目にする度に。見付けた、と星に気が付く度に。
 地球へと、いつかは必ず地球へと。
 ある時はミュウの未来も願った。幸多かれと、皆が幸せであるようにと。
 けれど…。



 ハーレイに恋をして、実った後。
 キスを交わして、結ばれて、秘めた仲ながらも恋人同士になれた後。
 気付けば星に願っていた。流れ星に願いをかけていた。
 どうかハーレイといつまでも、と。
 この幸せが続くようにと、ハーレイと二人で過ごせるようにと。
 地球へ、と願いをかける代わりに。ミュウの幸せを願う代わりに。
(いけない…!)
 ソルジャーの自分がこんな私的な願い事などしてはいけない。
 しかもハーレイとの恋は誰にも明かせないことであったし、言うなれば後ろめたい恋。どんなに幸せな恋であっても、シャングリラの中では許されない恋。
 ソルジャーとキャプテン、船の実権を握る二人が恋仲だなどと知れたら大変なことになる。誰の指示を仰げばいいのか、誰を信じてついてゆけばいいのか、皆が迷うし、どうにもならない。
 だからこそ伏せたままの恋。知られないよう、隠している恋。
 そんな恋の行方を、幸せな未来を願うことなど、してはならないと思ったのに。
 もうこれきりだと、一度限りだと、固く自分を戒めたのに。
 心というのは正直なもので、それから後も…。



(ハーレイと、って願っちゃったんだ…)
 三度に一度は願ってしまった。どんなに気を付け、駄目だと自分に言い聞かせていても。
 星が流れれば、「ハーレイと地球へ」と。
 いつか二人で辿り着きたいと、地球で幸せに暮らしたいと。
 そう願う度に自分を責めたけれども。
 また間違えたと、星に願うべきことを誤ったのだと、唇を噛んで項垂れたけども。
(…もしかして、そのせいで地球に来られた…?)
 流れ星に願いをかけていた自分は、前の自分はメギドで死んでしまったけれど。
 ソルジャー・ブルーは地球を見られずに死んでいったし、ハーレイの温もりも失くしたけれど。
(ぼく、地球にいるよ…)
 ハーレイと二人、生まれ変わって青い地球の上に。
 もう戦いなどありはしなくて、人は皆、ミュウになってしまった遥かな未来の地球の上に。
 前の自分がかけた願いを神が叶えてくれたのだろうか、そうして地球へと来たのだろうか…?
 長い長い時がかかったけれども、前の自分が焦がれた地球に。
(流れ星…)
 三度に一度はうっかり願った、ハーレイと二人で地球へ行く未来。
 星への願いは、とても効いたというのだろうか?
 こんな奇跡が起こるくらいに、ハーレイと再び生きて巡り会えたほどに…。



 前の自分が願い続けた流れ星。願いをかけた流れ星。
 次の日、ハーレイが来てくれたから。
 約束通りに朝から訪ねて来てくれたから、部屋でテーブルを挟んで向かい合うなり、弾んだ心をそのままにぶつけた。こうして会えるのも星のお蔭だと、流れ星に願ったからなのだと。
「ハーレイ、流れ星、効くね」
「はあ?」
 いきなり言っても、ハーレイに通じるわけがない。
 鳶色の瞳が丸くなったから、こうだったよ、と話をした。前の自分が見た流れ星。願いをかけたアルテメシアの流れ星。
 願い事を星に叶えて貰ったと、ハーレイと地球へ来られたと。
 青い地球の上に生まれ変わって、また出会うことが出来たのだ、と。



「お前、そんなの祈っていたのか…」
 流れ星を見たら俺と地球へ、って三度唱えていたっていうのか?
「うん、ハーレイは?」
 ハーレイはどんな願い事をしてたの、流れ星に?
 それって、叶った?
「馬鹿、ブリッジから見えるのか?」
 ブリッジでなくても、あのシャングリラの何処から見えるんだ、流れ星なんて。
 周りはすっかり雲の海だぞ、レーダーに映った隕石に向かって祈れってか?
「そういえば…。ごめん、うっかり忘れちゃってた。昨夜は覚えていたんだけどね」
 ハーレイに会ったら忘れちゃったんだよ、昨日、一緒に外で流れ星を見てたから…。
 ついハーレイも見ていたような気になっちゃって、間違えちゃった。
 前のぼくしか見られなかったのにね、アルテメシアの流れ星は。
 潜入班の仲間たちだったら、運が良ければ見付けていたかもしれないけれど…。



 雲海の中に居たシャングリラ。雲の海しか見えはしなかったシャングリラ。
 星が流れても見られなかった。夜空に流れる星は無かった。
 レーダーが捉える隕石はあっても、それは流れる星ではないから。夜の空から零れ落ちたように飛んでゆく星とは違うから…。
(前のぼくだけが見られたんだよ、流れ星は…)
 潜入班の者たちと違って、流れ星に願いをかけるだけの余裕も持っていたから。
 星が流れると、流れ星だと眺めるだけの心の余裕もあったから。
 誰も見られない星なのだから、と祈ったのだった、流れ星に。
 シャングリラの仲間の誰一人として見られはしないし、願いをかけられもしないから、と。
(消えるまでの間に三度唱えたら、叶うって…)
 地球へ、と懸命に唱え続けた。ミュウの未来に幸多かれ、とも幾度も唱えた。
 流れ星に祈ることが出来ないシャングリラの仲間たちの分までも、と。
 けれども三度に一度は唱えた、自分自身の願い事。
 ハーレイと二人でいつか地球へと、ハーレイと幸せになりたいと。
 三度に一度は自分の願いを唱えてしまった。いくら戒めても、駄目だと自分を責め続けても。



「前のぼく…。悪いソルジャーだったかな?」
 ミュウのみんなを放ってしまって、自分のお願い事ばかり…。
 ソルジャーだったら、そんなことをしていちゃいけないのにね?
 みんなで一緒に地球へ行こう、って、ミュウが幸せになれますように、ってお願いしないと駄目だったのにね…。
「まさか。悪いソルジャーなんかであるものか」
 お前はきちんと願ったんだろ、流れ星に?
 俺とのことも祈ったかもしれんが、三度の内の二度まではミュウのために祈っていたんだろう?
「そうだけど…」
 三度に一度はハーレイとぼくのことだったんだよ、それじゃ駄目だよ。
 ソルジャーだったら、全部をみんなのお願い事に使わなきゃ。
 流れ星を見付けたら、みんなのために。地球へ行こうと、みんな幸せになれますように、って。



 やっぱり悪いソルジャーだよね、と小さなブルーは俯いたけれど。
 自分のことばかり願ってしまった、とシュンと萎れてしまったけれども、「そうじゃないさ」と大きな手で頭を撫でられた。ハーレイの大きな褐色の手で。
「お前は悪いソルジャーじゃないし、精一杯、頑張って願いをかけた」
 だからこそだ、お前が流れ星にかけた願いを神様が叶えて下さったんだとしたら。
「えっ?」
 どうしてそうなるの、ぼくが三度に一度はお願いしちゃった、ハーレイとのこと…。
 なんで叶えて貰えたの?
「お前の他の願い事。きちんと全部、叶っただろうが」
 地球へ行こうってヤツは俺だってちゃんと見届けたんだぞ、そいつが叶った瞬間にな。
 前のお前が夢に見ていた青い星ではなかったが…。それでも地球には違いなかった、地球までは辿り着けたんだ。
 それから、ミュウの幸せってヤツ。これも間違いなく実現しただろ、現に今だってミュウは幸せ一杯ってヤツだ。前の俺は、そこまでは見届けられずに死んじまったがな。
 お前がかけてた願い事。すっかり全部叶っているんだ、前のお前は頑張ったのさ。
 流れ星を見る度に三度願って、凄い願いを叶えたってな。
 そんなお前が悪いソルジャーでなんか、あるものか。
 神様は分かって下さってたんだ、お前の気持ちも、お前が願いをかけたかったことも。



 だから叶った、とハーレイは鳶色の瞳でブルーを見詰めた。
 地球へとブルーが願った未来も、ミュウが幸せである未来も。
「それだけの願いをかけたお前が、ほんの少しだけ願ったこと。お前は失敗だったと言うが…」
 お前の本当の願いはそれだろ、神様にはきっと届いていたさ。
 祈っちまう度に失敗したと悔やんでたことも、何もかも、全部。
 ほんの少しだけ、欲張るどころか、願ったことさえ失敗だったと悔やんじまうような願い事。
 それを叶えて下さらないほど、神様ってヤツは酷くはないと思うがな…?
「…そうなの…?」
 前のぼくが願って、だけど欲張りじゃなかったから…。
 ハーレイと二人で地球に来られたの、今の地球の上に生まれ変わって…?
「多分な。…そうじゃないかという気がするな」
 前のお前が流れ星に祈っていたのなら。見付ける度に三度願っていたのなら…。
 流れ星が叶えた願いだったら、欲張らなかったのが良かったんだろう。
 いつもいつも俺との幸せばかりを願っていたなら、それまでにお前が願っていた分。
 地球へ、って分も、ミュウの幸せも、叶わなかったかもしれないなあ…。
 欲張りなヤツの願い事っていうのは叶わないのが定番だろう?
 俺の授業で教えるような昔話でも、他の地域に古くから伝わる昔話でも、そんなモンだってな。



 欲張り者の願い事は叶わないものだ、と言われてみれば一理あるから。
 そうした話はブルーも幾つも知っているから、にわかに心配になって来た。
 昨夜、ハーレイと二人で目にした流れ星。願い事のことなど忘れて見ていた流れ星。
 あの後、懸命に夜空を見上げた自分。
 もう一度星が流れないかと、願い事をかけられないかと、星が流れるのを待っていた自分。
 おまけに流れ星に願うのならば…、とベッドの中で練習までした。
 消える前に三度唱えなければと、頑張って三度唱えるのだと。
 「ハーレイと幸せになれますように」と、何度も練習したけれど。
 次に流れ星を見たら唱えられるよう、頭に叩き込んだのだけども、それは欲張り者だろうか?
 これを唱えるのだと、こう願うのだと待ち構えていてはいけないだろうか?
 前の自分がやっていたように、自分の願いは後回し。
 もっと他のことを、世の中の役に立つようなことを願う間に、たまにウッカリ、三度に一度。
 そういう願い事でなければ流れ星には届きもしなくて、叶いもしないというのだろうか…?
 今では誰でも流れ星を自由に見られるけれど。
 流れた時に運良く夜空を見ていさえすれば、誰でも願いをかけられるけれど…。



 今度の自分がかけたい願いはどうなのか。
 叶うのかどうか、気がかりで仕方ないものだから。
 小さなブルーは目の前の恋人に訊くことにした。前の生では流れ星など見られなかった恋人に。前の自分が願ったお蔭で、この地球の上で会えたのかもしれない恋人に。
「…あのね…。前のぼくが欲張りじゃなかったから、願いが叶ったと言うんなら…」
 今度もお願い、欲張っちゃ駄目?
 流れ星を見付けた時にするお願い事は欲張ったら駄目なの、どうなの、ハーレイ…?
「欲張るって…。お前、何を祈りたかったんだ?」
 昨夜のお前は願い事さえ無かったようだが、あれから何が出来たんだ?
 とんでもないものでも欲しくなったか、お父さんたちに強請っても駄目だと言われそうなもの。
 そういったものでも願っておいたら、まるで無効でも無いと思うが…。
 前のお前みたいな願い事をするヤツよりかは、自分のためにと祈るヤツの方が多そうだしな?
 それでお前は何をお願いしたいんだ。欲張りがどうの、って今度は何だ…?



「んーと…」
 言おうか、それとも言わずにおくか。
 ブルーは少し迷ったけれども、願い事の中身を言わないことには判断をして貰えないから。
 欲張りかどうか、ハーレイにもきっと分からないから、思い切って口にすることにした。今度の自分の願い事を。昨夜、ベッドで何度も何度も、唱えるためにと練習していた願い事を。
「…ハーレイと幸せになれますように、って…」
 そう唱えようと思ってたんだよ、次に流れ星を見付けたら。
 だけど、これだと欲張りになってしまうんだよね?
 前のぼくなら、三度に一度しかお願いしてはいなかったんだし…。それも失敗して唱えちゃっただけだし、最初からこればかり唱えてたんじゃ、やっぱりお願い、聞いて貰えない…?
「おいおい、そいつは祈らなくてもいいんだぞ?」
 お前の願い事がそれなら、流れ星にわざわざ頼まなくても大丈夫だな。
「なんで?」
 願い事だよ、ぼくのお願い事なんだよ?
「要は叶えばいいんだろうが。流れ星を探さなくてもな」
 俺と幸せになりたいだなんて言われなくても、ちゃんと幸せにしてやるから。
 世界で一番幸せなヤツにしてやりたい、と俺は思っているんだからな。



 願い事をするなら他のにしておけ、とハーレイが笑う。
 せっかくの流れ星だから。
 見たいと願ってもそう簡単にはお目にかかれない、空からの贈り物だから。
 もっと普通の願い事をしろと、三度唱えるならそうしておけと。
 前のブルーが祈り続けた時代と違って、今は誰でも夜空を仰げる時代だから。自分の運で流れる星に出会うことが出来る時代だから。
 運良く出会えた流れ星には、自分自身の願い事。自分が叶えて欲しいことを三度。
 そういう時代に生まれ変わったブルーなのだし、今度こそ、個人的なこと。
 唱えるのならばそれを願えと、うんと欲張りでいいのだから、と。



「…欲張りでいいの?」
 ぼくのお願い事、欲張りな中身でかまわないの?
 流れ星に呆れられちゃって叶わないとか、そんなことになってしまわない…?
「欲張りでいいさ、今度のお前はソルジャーなんかじゃないんだからな」
 前のお前にしたって、だ…。
 流れ星にまで願っていたのか、ミュウの未来のことなんかを。
 自分の願いは後回しにして、願っちまったら失敗したなんて考えて…。
 そこまで頑張り続けた挙句に、メギドにまで飛んで行かなくてもなあ…?
 もっと俺にも頼って、甘えて、幸せに生きて欲しかったがな…。



 前のお前は頑張り過ぎだ、と額をコツンとつつかれた。
 今度は頑張る必要は無いと、前の分まで守って幸せにしてやるからと。
「いいな、俺との幸せなんぞは流れ星に祈るまでもない」
 俺が幸せにすると言ったらそいつを信じろ、流れ星に願うならもっと他のだ。
 お前にだって一つや二つはあるだろう。叶えばいいな、と思うようなヤツ。
「えーっと…。あるかな、そういうの…」
 早くハーレイのお嫁さんになりたいな、とか、キスしたいな、とか…。
 ハーレイ抜きだと何も出てこないよ、ぼくのお願い。
「ふうむ…。まあ、ゆっくりと考えておけ」
 次に流れ星に出会うまでにだ、これだっていう願い事ってヤツをな。
「うん、そうする」
 滅多に見られないのが流れ星だし、考えておくよ。何か素敵なお願い事。



 一つくらいは見付けてみるね、とハーレイに笑顔で返したけれど。
 夜になってハーレイが「またな」と帰る時、夜空を見上げてみたけれど。
 流れ星は今日は流れてくれずに、秋の星たちが幾つも幾つも清かに瞬いていただけで。
(…今夜は駄目かな…)
 出会えないかな、と部屋の窓から空を眺めた。流れ星が落ちてゆくかと、空を。
 けれども、思い付かない願い。
 流れ星に頼みたい、三度唱えたい、願い事。
 昨夜何度も練習していた、「ハーレイと幸せになれますように」という祈りしか。
 だから今度は流れ星への早口言葉は唱えなくてもいいかもしれない。
 消えてしまう前にと、三度唱える早口言葉の願い事。
 今度の自分のその願い事は、ハーレイが叶えてくれるのだから。
 流れ星に願いを三度唱えずとも、ハーレイと二人、いつも、何処までも幸せに。
 この地球の上で、夜になったら星が流れる青い地球の上で…。




           流れ星・了

※前のブルーが流れ星にかけた願い事。仲間たちを地球へと思いながらも、自分のことも。
 三度に一度の願い事でも、叶ったのが今。前の生で頑張った分だけ、今度は幸せに…。
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