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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

野菜ジュース

(久しぶりに…)
 飲んでみるか、とハーレイは野菜を刻み始めた。何種類もの野菜を細かく、細かく。
 今日は土曜日、いつもより早く目が覚めたから。
 ブルーの家に出掛ける前にと、普段と違ったものを飲もうと。
(こいつもずいぶんご無沙汰だよなあ…)
 前はよく飲んだ野菜ジュース。
 学校のある日も作っていたほど、馴染みの味だった朝の食卓の野菜ジュース。
 小さなブルーと再会してから朝はミルクが多くなったから、あまり作らなくなっていた。こんなジュースよりもミルクなのだと、ブルーも飲んでいるのだから、と。
(あいつ、毎朝、頑張って飲んでるみたいだしな?)
 背丈を伸ばそうとミルクをせっせと飲んでいるらしい、小さなブルー。
 努力は全く報われないまま、今も出会った時と変わらない百五十センチの身長だけれど。一ミリさえも伸びはしなくて、愛くるしいチビのままなのだけれど。
(そんなあいつも、また可愛いんだ…)
 前の生でも、そのくらいの頃に出会ったブルー。少年の姿で成長を止めてしまっていたブルー。
 けれども、アルタミラから脱出した後は順調に成長していった。育っていった。
 皆のためにと食料や物資を奪いに宇宙を駆ける間に。甘える暇さえろくに無い内に。
 だから幸せそうな笑顔の記憶が無い。今のブルーが見せるような笑顔を覚えていない。
(もっと、もっと俺は見ていたいんだ…)
 両親に守られ、暖かな家で暮らすブルーを。小さなブルーの幸せそうな顔を。
 早く大きく育って欲しいと、前と同じに育って欲しいと思う半面、今のままでとも願っている。少しでも長く、小さなブルーと過ごしてみたいと。



(あいつが聞いたら膨れるんだろうな…)
 小さいままでいて欲しい、などと言ったなら。育たなくていいと言ったなら。
 「ゆっくり育てよ」とは言ってあるけれど、ブルーも頷きはしたけれど。
 それでもブルーは膨れるだろう。「ぼくは大きくなりたいのに」と。
 早く育とうと、背を伸ばそうとブルーが毎朝、飲んでいるミルク。幸せの四つ葉のクローバーのマークが瓶に描かれているミルク。
 前の生では、何故だか見付けられなかった四つ葉のクローバー。ブルーも自分も、それは何度も探したというのに、一度も出会えはしなかった。幸せの四つ葉のクローバーに。
(そのクローバーのマークってトコがな…)
 ブルーの家で買っているミルクが四つ葉のクローバーのマークだと聞いて、まるで運命のように感じたものだ。
 今の生では見付けられた四つ葉のクローバー。ブルーの家の庭にも、自分の家の庭にも四つ葉のクローバーが生えていた。探したその日に見付かった。
 それ以来、牛乳を買わねばと思うと自然に四つ葉のクローバーのマークを探すようになった。
 ブルーと同じだと、同じ四つ葉のクローバーだと、幸運の印が描かれたミルクを。
 そうして、いつしか朝の食卓から野菜ジュースは姿を消した。
 四つ葉のクローバーのミルクに取って代わられてしまって、いつの間にやら。



(野菜が足りないってこともないしな)
 朝には必ず何か野菜を食べているのだし、果物だって口にする。
 その辺りは前と全く変わらないけれど、野菜ジュースもかつては定番だった。朝にはこれだと、野菜ジュースを飲まねばと。
 ブルーに出会うまでは、四つ葉のクローバーのミルクに心惹かれて忘れるまでは。
 毎朝のように作っては飲んでいたジュース。何種類もの野菜を刻んで作ったジュース。
 健康作りに、と上の学校に入った頃から始めたのだったか…。
 家にある野菜を沢山入れようと、目に付いた野菜を端から刻んで。
 ミキサーに入れて、水を加えて、ほんの少しの塩をパラリと。
 作り始めた頃を懐かしく思い出しながら、今も野菜を端から刻んでいたのだけれど。



(そういえば…)
 同じだな、と、ふと気が付いた。
 前の自分が作っていたスープと、この野菜ジュース。
 何種類もの野菜を細かく刻んで、水を加えて、塩を少し。
 前のブルーに食べさせるために何度も何度も作ったスープと全く同じ。
 あちらはコトコト煮込んだけれど。野菜の旨味が充分出るまで、野菜がとろけるほどにまで。
(だから余計に作らないってか?)
 あのスープを思い出したから。
 今では「野菜スープのシャングリラ風」と、名前だけはお洒落になっているスープ。
 それをブルーのために作っているから。
 ブルーが寝込んでしまった時には、出掛けて作ってやっているから。
(あいつ、今でも好きだからなあ、あのスープ…)
 前のブルーがそうだったように。
 まるで食欲が無かった時でも、あのスープだけは食べてくれたブルー。食べられたブルー。
 小さなブルーもそれと同じで、野菜スープを作ってとせがむ。あれならば食べられそうだから、と。他の食べ物は嫌だけれども、スープならば、と。
(本当に前とそっくりなんだ…)
 味を変えるなと、塩だけでいいと言う所までがソルジャー・ブルーとそっくり同じ。
 素朴すぎる味のスープなのに。
 美味しい食事を食べて育った小さなブルーには、物足りなく思える味だろうに。



(あいつのための食べ物なんだ、と俺は思っているんだろうなあ…) 
何種類もの野菜を細かく細かく刻んで作るものは。水と少しの塩を加えて出来上がるものは。
 それを煮込むか煮込まないかの違いくらいしか無いのだから。
 野菜スープのシャングリラ風と、自分好みの野菜ジュースの間には。
 どちらも野菜を端から刻んで…。
(そういや、なんで刻むんだ?)
 何故だ、と其処に思い至った。
 今も刻んでいる野菜。どうして野菜を刻むのだろう? それも細かく、とても細かく。
 どうせミキサーにかけるのに。
 どんなに細かく刻んだところで、ミキサーで粉々になるというのに。
 そもそも、ミキサーはそのためにある。細かく砕いてしまうためにある調理器具。
 なのにどうして、自分は野菜を細かく刻んでいるのだろう…?



 学生だった頃から不思議がられた。
 何故刻むのかと、ミキサーがあるのに余計な手間をかけるのかと。
 仲間のいる場所で作る度に。
 「適当に切っておけばいいのに」と呆れた友やら、「これでいいじゃないか」とキャベツの葉を手でバリバリと破った友やら。
 キュウリを豪快にポキポキと折った友人もいた。「充分だろ?」と。
 もちろんミキサーはそうした野菜も見事に砕いてくれたのだけれど、友人たちは「ほらな?」と得意満面だったけども。
 それでも次には野菜を刻んで作るものだから、「真面目すぎる」と笑われた。



(…ついでに味もな)
 果物を入れろ、とよく言われた。
 出来上がった野菜ジュースを飲んだ仲間たちから、不味いと、味が足りないと。
 塩しか入れないことは許すが、果物抜きなのは許せないと。
 「これも入れろ」とバナナやリンゴを放り込まれた。これで美味くなると、飲みやすくなると。
 味はすっかり別物になってしまったものだが、彼らの口にはそれが合ったらしい。
(俺にはこいつで良かったんだが…)
 果物などは入らなくても、ほんの少しの塩さえあれば。
 もう充分に満足できる味であったし、工夫しようとも思わなかった。
 野菜だけでいいと、家にあるだけの野菜を端から入れればいいと。野菜が摂れればいいのだと。



 けれども、野菜を刻む方。野菜ジュースに入れる野菜を全部刻んでしまう方。
 細かく刻むのに理由は無かった。刻めば味が変わるわけでもないのだし…。
 なのに、刻まずにはいられなかった。友人たちが手抜きする方法を幾つ伝授してくれようとも。キャベツは破ってキュウリは折るのだと、何度も手本を見せてくれても。
(ミキサーに逆らわれたってことはないよな?)
 固すぎるものを放り込んだ時は、異音を立てて抗議するミキサー。
 もっと砕けと、砕いてから入れろと苦情を申し立てるミキサー。
 野菜ジュースを作ろうとして、それをやられたかと思ったけれど。カボチャが固いと、この固いニンジンを何とかしろと喚かれたのかと思ったけれど。
 記憶にある限り、その覚えは無い。文句を言われた覚えは無い。



(ミキサーに負担をかけないためだと思っていたが…)
 自分ではそのつもりで刻んでいたが。
 最初から刻んでいなかったろうか、この野菜ジュースを作る時には?
 初めて作ろうと思った時から、細かく刻んではいなかったか。
(…俺の手が勝手に刻んでいたんだ…)
 これだけの野菜をジュースにせねば、と思ったら。
 考えずとも身体が動いた、包丁を持った手が動いていた。もっと細かくと、細かくせねばと。
 全部の野菜を細かく刻んで、ミキサーに入れて水を加えた。それに塩を少し。
 ついでに果物も入れなくていいと思っていた。バナナもリンゴも、恐らくはあった筈なのに。
 要りはしないと、余計な味など要らないのだと入れずに作った。
 出来上がったジュースは会心の作で、もう手を加える必要は無くて。
 それ以来、ずっとこの野菜ジュース。
 何種類もの野菜を細かく刻んで、水と、僅かな塩だけを入れて。
 煮込む代わりにミキサーにかけた、野菜スープのシャングリラ風。前のブルーが好んだスープ。



(…あいつのために作ってたのか…?)
 沢山の野菜を前にした途端に、身体が、勝手に。
 これを刻もうと、刻んで野菜のスープを作ろうと、手が勝手に。
 野菜ジュースが目的だったから、コトコト煮込みはしなかったけれど。ミキサーにかけて終わりだったけれど、自分は野菜のスープを作ろうとしたのだろうか?
 生まれてもいなかったブルーのために。
 まだ出会ってもいなかった小さなブルーのために。
 誰に教えられずとも野菜を刻んで、前の自分がやっていたように。
 こうして野菜を刻んで作ると、塩を少しだけ入れるのだ、と。



(それとも…)
 今の小さなブルーではなくて。
 前のブルーのためにと作っていたのだろうか、これを食べさせようと。
 食べて欲しいと、お前のために作ったから、と。
(そうなのかもな…)
 前のブルーの方だったかもしれない、と思えて来た。
 何処かで一緒に居た気がするから。
 其処が何処かは分からないけども、生まれ変わる前には、二人一緒に。
 片時も離れず共に居たのだと、自分はブルーと共に居たと。



(そこでも俺は作ってたのか?)
 天国にキッチンがあるというなら、食べるという行為があるとしたなら。
 何処とも知れない天国とやらで、自分は野菜のスープを作っていたのだろうか。共に居ただろうブルーのためにと、ブルーに食べさせてやりたいと。
 何種類もの野菜を細かく刻んで、水と少しの塩とでコトコトとろけてくるまで煮込んで。
(キッチンなんぞは無かったとしても…)
 食べるという行為が無かったとしても。
 この地球の上に生まれて来た自分は、ブルーを覚えていたのだろう。
 ブルーが好きだった野菜スープも、その作り方も。
 何種類もの野菜を目にして、身体がそれを思い出して。
 食べさせてやろうとしていたのだろう、記憶の何処かに居たブルーに。
 お前の好きなスープを作ってやるから、と。
 少し待っていろと、じきにスープが出来上がるから、と。



(…中途半端な出来だったがな)
 ブルーの好んだ野菜スープとは違う味。材料と手順が似ているとはいえ、別物の味。
 煮込んでいない、ただのジュースだから。
 スープほどに味が深くはないから。
 それに野菜も、とろける代わりに粉微塵。スープの中に浮かぶ代わりに濃い緑色を加えるだけ。
 つまりは見た目もまるで別物、あのスープと同じ材料から出来たとは思えない代物。
 だから自分でも気付かなかった。
 今の今まで、作り始めるまで思い出しさえしなかった。
 長年飲んでいた野菜ジュースが、前のブルーが好んだスープと同じ作り方のものだったとは。



(さて、と…)
 刻み終えた野菜を水と一緒にミキサーにかけて、塩をほんの少し。
 僅かな時間で出来上がったジュースをコップに移して味わってみれば、今の自分の記憶のままの味だけれども。
 学生時代から何度となく作った野菜ジュースの味なのだけれど。
(…一味足りんな)
 今だからこそ、そう思う。
 友人たちのアドバイス通りにバナナやリンゴを入れたいというわけではない。
 足りないものは、煮込む手間の分。
 細かく刻んだ野菜が半透明になってとろけるくらいに、柔らかく煮込む手間の分。
 その味が足りない、と今なら分かる。
 小さなブルーに何度も作ってやったから。
 完成品の野菜スープを、同じ材料から出来上がってくる野菜スープのシャングリラ風を。



(あいつに作ってやったなら…)
 何と言うのだろうか、小さなブルーは?
 この野菜ジュースを作ってやったら、作って飲ませてやったなら。
 自分は作り続けていたのだと、中途半端な野菜スープをずっと作っていたのだと。
 それをブルーに話してやりたい。小さなブルーに教えてやりたい。
(手料理は厳禁なんだがな…)
 ブルーの母に気を遣わせることになるから、自分の手料理は持って行かないと決めていた。野菜スープのシャングリラ風も、ブルーが寝込んだ時に作ってやっているだけ。
 しかし、この野菜ジュースは飲ませてやりたい。
 今の自分がそれと知らずに作り続けて、ブルーのためにと野菜を刻んでいたジュースだから。



(…どうするかな…)
 たっぷり飲もうと多めに作っていたジュース。まだ二人分は充分にあった。
 水筒に詰めて持って行ったなら、ブルーの母には気付かれないで済むだろう。ただの水筒、道々飲みながら歩いて来たお茶か、ジュースでも入っているのだろう、と。
 水筒の中身は見えないから。サイオンで透視でもしない限りは、中身が何かは分からないから。
(そいつでいくか)
 よし、と水筒を用意した。保温も保冷も出来る水筒。
 野菜ジュースの残りを水筒に移して、しっかりと蓋をし、紙コップも二つ用意した。水筒からは二人一緒に飲めないから。ブルーの家のコップを借りるわけにもいかないから。
(うん、これでいいな)
 ブルーの家へと提げてゆく荷物の中に水筒、それに二つの紙コップ。
 小さなブルーが待っている家へ、野菜ジュースを運んでゆこう。
 未だ記憶も戻らぬ内から、何度も何度も作り続けた中途半端な出来のスープを…。



 朝食を食べ終え、ミキサーも洗って片付けをして。
 秋晴れの空の下、歩いてブルーの家に向かった。野菜ジュースが詰まった水筒を提げて。
 通い慣れた生垣に囲まれた家の門扉の横のチャイムを鳴らせば、二階の窓から手を振るブルー。手を振り返す内に、ブルーの母が門扉を開けに来た。
 ブルーの部屋に案内されて、いつものようにお茶とお菓子が運ばれて来て。
 二人きりになると、ブルーが紅茶のカップへと手を伸ばしたから。
「その前にこいつを飲んでみないか?」
 これだ、と水筒を取り出して見せた。野菜ジュース入りの水筒を。
「お茶?」
 わざわざ持って来てくれたの、ハーレイ?
 美味しいの? 何か特別なお茶なの、それは?



 どんなお茶なの、とブルーの瞳が輝くから。
 お茶だと思い込んでいる様子だから、水筒だけに無理もない、と心の中で苦笑しながら。
「いや、ジュースだ」
 こいつの中身はお茶じゃなくって、ジュースなんだが…。
「ジュース?」
「ああ。お母さんには内緒だぞ」
 俺がジュースを持って来てたということは。
 ついでに不味いが、と紙コップを出して注いでやった。自分の分も。
 白い紙コップに八分目くらい、濃い緑色をした野菜のジュース。
 何種類もの野菜を細かく刻んで、水と少しの塩を加えてミキサーにかけて作ったジュース。



「なに、これ?」
 小さなブルーは目を丸くした。想像していたジュースと全く違ったのだろう。
 きっと小さなブルーにとっては、ジュースと言ったらリンゴやオレンジ、果物のジュース。
「いいから飲め」
 こいつもジュースには違いないんだ、お前が飲んでるジュースとは別かもしれないが。
「えーっと…。これって、野菜ジュース?」
 野菜ジュースなの、ハーレイが家で飲んでるジュース?
「そうだが、不味いぞ」
 美味いと思って飲んだら後悔するからな。
 俺でも何が足りないかくらい、充分、自覚はあるってな。
「ふうん…?」
 じゃあ、ハーレイの手作りなんだね、このジュース。
 それなのに不味いって、どういうこと?
 ハーレイだったら、いくらでも美味しく出来そうなのに…。
 だけど不味いだなんて言わないよ、ぼく。ハーレイが作って持って来てくれたジュースだもの。



 どんな味かな、と飲んでみたブルーが一瞬、目を見開いて。
 もう一口、と口に含んで、それをゆっくりと味わい、飲み込んでから。
「ハーレイ、これ…」
「ん?」
 どうかしたか、と微笑んでやれば、ブルーはジュースをもう一口飲んで。
「味の足りない、野菜スープのシャングリラ風…」
 それに冷たいね、スープと違って。野菜ジュースだから。
「おっ、分かったか?」
「うん。一口飲んだ途端にね」
 分からない筈がないじゃない、と笑顔のブルー。
 この味は分かると、見た目が違っていても飲めば分かると。
 そして好奇心満々の瞳で尋ねて来た。
 「新作なの?」と。
 野菜スープのシャングリラ風のアレンジなのかと、野菜ジュースにしてみたのかと。



「いや、旧作だ」
「旧作?」
 ブルーがキョトンとしているから。
 旧作とはいったい何のことかと、どんな意味かと首を傾げるから、「古いってことだ」と答えてやった。新作の逆だと、古いのだと。
「俺はこいつを作っていたんだ、学生の頃から」
 その頃から不味いと評判だったが、野菜ジュースには違いないしな。
 誰が文句を言ってこようが、こうすれば美味いと手を加えられようが、俺のオリジナルは決して変えたりしなかった。こだわりってヤツだな、俺なりのな。
「野菜ジュースだものね、そういうものかも…」
 自分の身体にはこれがいい、って決めたら不味くても飲んじゃうのかも…。
 スポーツをする人って、そういったものが好きそうだものね。
 身体が一番、味よりも先に栄養だ、って。
 きっとそうだね、とブルーが言うから。
 それで美味しくないままなんだね、と納得している風だから。
「俺もそうだと思っていた」
 そういうものだと思い込んでいたし、不味くてもこれが俺のジュースの味だと飲み続けていた。
 だがな…。



 野菜を細かく刻んでいたんだ、と明かしてやった。
 どうせミキサーにかけるというのに自分は野菜を刻むのだと。それも細かく、とても細かくと。
「今日のこれもそうだ、どういうわけだか必ず刻んでしまうんだ」
 キャベツの葉くらい破って入れればいいじゃないか、と手伝ってくれたヤツもいた。キュウリは折ったら充分いけると、へし折ってくれたヤツもいた。
 そして実際、それでジュースは出来上がるんだが…。ミキサーも文句は言わないんだが…。
 次に作る時はまた刻んでたな、呆れられても刻み続けた。
 考えてみたら、最初からなんだ。
 一番最初に野菜ジュースを作った時から、俺は野菜を刻んでいた。
 これだけ入れようと選んだ野菜を、どれも細かく、細かくしようと刻んでた。
 まるで昔からやっていたように、ごくごく自然に野菜を刻んでいたんだ、俺は。
 刻み終わったら、水と少しの塩とを入れて。
 ミキサーにかけてジュースを作った、これで完成するんだ、とな。



「…ハーレイ、それって…」
 ブルーの顔に驚きの色が広がってゆく。
 まさかと、信じられないと。
「そうさ、俺はお前のためにと作っていたんだ。中途半端な記憶だったが」
 煮込む代わりにミキサーに入れて、野菜ジュースにしちまってたが…。
 自分では作っているつもりでいたんだろうなあ、野菜スープのシャングリラ風を。
 野菜はこんなに細かく刻んだと、後は少しの塩なんだと。
 そうやって作った完成品なら、誰が不味いと言って来ようが、俺が変えるわけが無いだろう?
 あのスープの味、お前は決して変えるなと言っていたんだからな。
 美味い調味料が色々増えても、塩味と野菜の旨味だけで。
「…そんなこと、あるんだ…」
 ハーレイの記憶、その頃には戻っていなかったのに…。
 学生時代なんて、ずうっと昔で、ハーレイは好きに、自由に生きてた筈なのに…。
「その筈なんだが、身体が覚えていたらしい。この手が、だ」
 俺はすっかり忘れちまって、前のお前のことだって…。ただの英雄だと思ってた。
 遠い遠い昔の英雄なんだと、ソルジャー・ブルーという英雄が今の時代を作ったんだ、と。
 しかし、身体はお前を忘れちゃいなかった。
 野菜の山を目にした途端に、こいつでスープを作らなければ、と勝手に思い出したんだ。
 細かく刻んで塩を入れてと、そこまでだけな。
 お蔭でスープが出来る代わりに、野菜ジュースが出来ちまったが…。
 誰が飲んでも「不味い」としか言わない、評判の悪いのが出来ちまったってわけなんだがな。



「そうなんだ…」
 ブルーの瞳に盛り上がった涙。
 それが見る間にポロリと零れて、柔らかな頬を伝ったから。
「どうした?」
 なんで泣くんだ、そんなに不味かったか、俺の野菜ジュース?
 嫌なら残りは飲まなくていいぞ、泣きながら飲んだら余計に不味くなっちまうしな。
 塩味がもっと増えちまうし…、と指先で涙を拭ってやれば。
 小さなブルーは「ううん」と首を左右に振った。
「そうじゃなくって、嬉しくて…。そしたら涙が出ちゃったんだよ」
 ハーレイ、覚えててくれたんだ、って。
 勝手に野菜を刻んじゃったくらいに、前のぼくのことを。
 前のぼくがスープを好きだったことを。あのスープが好きで、いつも作って貰ってたことを。
 ぼくは生まれてもいなかったのに。
 この地球の上に、今のぼくはまだ、いなかったのに…。
「俺もお前を思い出してはいなかったがな」
 ソルジャー・ブルーの写真を見たって、ドキリとしたりはしなかった。
 恋人の顔も忘れちまってたような薄情な奴だぞ、そんな奴がスープだけを作っててもなあ…。
 おまけにスープにもなっちゃいなくて、不味いと評判の野菜ジュースだ。
 それで喜ばれても、俺としては何だか申し訳ない気もするんだがな?



「ううん、充分…」
 野菜ジュースだけで充分だよ。
 ハーレイの手が勝手に野菜を刻んでただけで、ぼくは充分。出来たのが野菜ジュースでも…。
 生まれる前から会ってたんだね、とブルーの頬に流れる涙。幾つも、幾つも、涙の真珠。
 ずうっとハーレイと一緒だったと、生まれる前から一緒だったと。
「どうやら、そういうことらしい。俺たちはずっと一緒に居たんだ」
 記憶が無くても、まだ出会ってはいなくても。
 俺の身体が勝手に野菜スープを作ろうと用意をし始めるくらい、俺はお前と一緒に居た。
 何処に居たのかはサッパリ謎だが、間違いなく一緒に居た筈なんだ。
 …だから今度は離れるなよ?
 お前一人で飛んでっちまうんじゃないぞ、前のお前が俺を残して飛んでっちまったみたいにな。
「うん、離れない…」
 離れたりしないよ、ぼくの居場所はハーレイの居る所だから。
 今度はハーレイのお嫁さんになって、ずうっと一緒に暮らすんだから…。



 もう行かないよ、としゃくり上げるブルーの涙を拭うと、手招きして膝に座らせてやった。
 まだ泣き続けているブルーを抱き締め、その背を優しく撫でてやる。
 泣かなくていいと、今度こそ何処までも一緒だと。
 一緒に行こうと、二人一緒に歩いてゆこうと。
「なあ、ブルー…。今はまだ、一緒に暮らせないが、だ」
 あと数年の辛抱だろう?
 お前は俺の嫁さんになって、俺の家で一緒に暮らすんだ。
 前と違って結婚式だって挙げられるんだぞ、祝福されて堂々とな。
 そうしたら不味い野菜スープも、レシピを変えて美味いのを作るとするか。バナナとかリンゴをたっぷり入れてだ、お前が不味いと泣かないようなジュースをな。
「…ううん、不味くて泣いたりしないよ…」
 このままでいいよ、ハーレイのジュース。
 ハーレイが覚えていたままでいいよ、果物なんかは入ってなくても、塩味だけで。
 この味もきっと、ぼくは好きになるよ。
 ハーレイが何度も作ってくれてた、あのスープと同じなんだから。
 材料は同じで、ハーレイが作ってくれる味。
 …ぼくが嫌いになる筈がないよ、ハーレイのジュース…。



 だから作って、とまだ濡れた瞳で見上げる恋人。
 中途半端な出来の野菜ジュースを、野菜スープの出来損ないのジュースを欲しいと言ってくれる恋人。その味がいいと、その味でいいと。
「ねえ、ハーレイ…。ジュース、また作ってくれるよね…?」
「またいつかな」
 そうそうコッソリ持ち込んだりは出来んだろうが。
 その代わり、お前が嫁に来たら、だ。健康作りに飲ませるとするか、こいつをな。
「…毎日とか?」
「毎日もいいな、毎朝な」
 お前、育ったら、もう毎朝ミルクではないんだろうし…。
 俺の得意の野菜ジュースと洒落込んでみるかな、不味いんだがな。



 なにしろ野菜と水と塩だけだからな、とブルーの背中をポンポンと叩く。
 それで良ければ作ってやろうと、学生時代から作り続けて慣れたものだと、お手の物だと。
 何種類もの野菜を細かく刻んでミキサーに入れて、水と塩だけ。
 ミキサーに入れる野菜だというのに、何故だか細かく、細かく刻んで。
 身体が覚えていた記憶。
 前の自分の身体ではないのに、勝手に動いてジュースを作った。
 こうだと、こうして作るのだと。
 この味が好きな恋人だったと、こうして自分は作っていたと。
 それほどに愛していたブルー。
 生まれ変わって、この腕の中に再び戻って来てくれたブルー。
 今度こそ決して離しはしない。いつまでも、何処までも、そして命尽きた後も…。




            野菜ジュース・了

※今のハーレイの野菜ジュースの作り方。ミキサーがあるのに、野菜を細かく刻むのです。
 前世の記憶が戻る前から、ブルーのために作っていたジュース。想いの深さが分かるお話。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv









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