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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

店長は大忙し

※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。




シャングリラ学園の春は入学式で始まります。サイオンの因子を持った生徒がいないか確認するのが会長さんの仕事で、毎年一年生を繰り返している私たちも実はドキドキ。もし見付かったら会長さんがフォローするため、暫くの間は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋を貸し切れず…。
「いやー、今年はいなくて良かったぜ!」
サム君が大きく伸びをする今日は、入学式ならぬ始業式の翌日です。昨日は始業式の後、教頭先生に会長さんからのお届けものが。そう、恒例の紅白縞のトランクスを五枚。それさえ終われば一学期の間はのんびりまったり過ごせる筈で…。
「かみお~ん♪ 新しい人が来ちゃうと暫く忙しいもんね!」
ぼくはお客様も大好きだけど、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。新しい仲間が入学式で確認されたら、入学式の日に「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に御招待という決まり。私たちの時もそうでした。御招待して、私たちも一緒にお茶会。翌日からはフォロー開始で。
「ぼくも今年は暇で嬉しい。というか、今年は暇なのを希望」
会長さんも今年は楽だと喜んでいる様子。フォローとなったら一年間はその生徒のサイオンを調整せねばならず、折に触れて面談ならぬお茶会も必要になってしまいます。それ以外はフィシスさんとリオさんに丸投げするのだと分かってはいても、大変なことは間違いなくて。
「あんたは毎年、暇なコースを希望だろうが!」
ソルジャーのくせに、とキース君が突っ込めば、「今年はより切実に暇なのを希望」という返事。
「こんな年はそうそう無いんだよ。いや、二度と無いかもしれないしね」
「何か特別なことでもあるのか?」
「それはもう!」
最高にスペシャル、と会長さんが言うものですから、私たちも気になり始めました。
「なになに? 今年はいいことあるとか?」
ジョミー君はワクワクした顔、サム君も。
「なんだよ、シャングリラ号でも絡むのかよ?」
「えーっと…。シャングリラ号はまるで無関係ではないかな、うん」
「「「えっ?」」」
もしかして今年はソルジャーとしての仕事が多めになるとか、宇宙での生活多めとか? だったら是非ともお供したいです、地球もいいですけど宇宙もいいかと!



「宇宙だったら、ぼくも行きたいな」
授業はサボる、とジョミー君が言い出し、他のみんなも。
「俺もサボるぞ、月参りもこの際、親父に投げる」
「ぼくもサボります、やっぱり宇宙に行きたいですよ!」
ぼくも、私も、と大いに盛り上がりつつあったのですけど。
「残念ながら、そういう話じゃないんだな、これが」
宇宙は全く無関係だ、と会長さん。
「ついでにスペシャルイベントは授業が始まるまでの間のお楽しみでさ」
「「「…え?」」」
「ほら、まだ暫くは校内見学とクラブ見学で授業が無いだろ。今日も新入生歓迎会でブッ潰れてたしさ」
ね? と言われれば、その通り。今日は授業は一切なくって、二年生と三年生は一部を除いてお休みでした。一年生だけがお宝入りの卵を探す恒例のエッグハントを楽しみ、体育館では立食パーティー風の歓迎会も。
「俺たちは出てはいないがな…。見物してただけで」
キース君の言葉に、私たちは「うんうん」と。特別生として一年生を繰り返し続ける私たちが一年生限定のイベント参加は反則だろう、と見守るだけに留めています。お宝入りの卵を隠して回る方なら遊び半分、引き受ける年もあるんですけど。
「それで、授業が無い期間中がどうスペシャルなんだ。あんた、イベントとも言ってたな?」
「期間限定イベントなんだよ、実は明日から食堂に……ね」
「「「えぇっ!?」」」
あの人気店が入ると言うんですか? ホットドッグだのサンドイッチだのが美味しくて、コーヒーや紅茶も注文出来て、おまけにお値段、良心価格。元は有名コーヒーチェーン店の傘下だったのが独立しちゃったアルテメシアの人気店。食事の時間帯でなくても混むと聞きますが…?
「凄いな、それは。いったいどういうコネなんだ」
キース君の問いに、会長さんは「分からない?」と自分の頭を撫でるゼスチャー。
「こう、髪の毛が綺麗に無い人! ゼルだよ、ゼル」
「「「ゼル先生!?」」」
「ゼルは料理も上手いしね? パルテノンの何処かの店であそこの店主と偶然出会って、飲んでる間に意気投合! ちょっと出店してくれないか、ということで」
「「「…スゴイ…」」」
期間限定で学校の食堂に人気店。それは確かにスペシャルです。サイオンを持った新入生のフォローをしてたら食べに行くチャンスも激減しますし、会長さんが暇なの希望も分かるかも~。



お店は明日から食堂で開店、もちろん通常の食堂メニューも食べられるという話ですが。
「やっぱり普通は…珍しい店に行くもんだよなあ?」
俺も行きてえ、とサム君、涎の垂れそうな顔。
「ホットドッグも美味そうだけどよ、サンドイッチも美味いんだよなあ?」
「かみお~ん♪ あそこのサンドイッチはホットドッグみたいなパンだもん!」
おっきいパンにドカンと挟んでくれるんだもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「えとえと、えっとね…。チキンと生ハムのアボカドソースの、美味しかったよ!」
ゆず胡椒風味のアボカドソースがクリーミー、と聞いてしまって私たちも一気に食べたくなってきました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」と会長さんはイベントの話を知ってますから、二人で食べに出掛けたようです。
「そいつは是非とも食ってみたいな」
キース君が呟き、ジョミー君も。
「期間限定なんだよね!? 全種類制覇出来るかな?」
「どうでしょう? 学校に出店して来るんですし、品切れは無いと思いますけど…」
でも行列が出来そうですね、とシロエ君。
「会長、イベントは授業が無い期間中だけなんですね?」
「そうなんだよねえ、言わば全校生徒が暇って感じ? 競争はなかなか激しいと見たね」
「それであんたも暇なのを希望か…」
出遅れたらロクに食えないからな、とキース君。
「しかしだ、あんたの場合は俺たちが授業に出てる間に普通に店に行けるだろう? 出店じゃなくって本店の方に」
「まあね。現にこないだ行って来たから、ぶるぅがオススメを喋るわけだけど…。ぼくの目的は食べる方じゃない」
「「「は?」」」
期間限定の人気店。食べる以外にどういうお楽しみがあると?
「出店の黒幕はゼルって言ったよ。そのゼルが企画を立てているんだ」
「「「企画?」」」
「ズバリ、一日店長ってヤツ!」
「「「一日店長?!」」」
それはアレでしょうか、いわゆる芸能人とかがよくやる名誉職と言うか、お飾りと言うか。「一日店長」なんて書かれたタスキをカッコよくかけたりしちゃって、愛想良く微笑むポジションですよね? それをゼル先生がやらかすんですか、食堂で…?



「…確かにゼル先生はお好きそうではある」
キース君が頷き、ジョミー君が。
「目立つポジション、好きだもんねえ…。でもさ、それでブルーが楽しいわけ?」
なんで、という質問はもっともでした。ゼル先生の一日店長が会長さん好みとは思えません。ゼル先生に愛想笑いをして貰って喜ぶようなキャラじゃないことは分かってますし…。
「えっ、楽しいけど?」
「ゼル先生がか?」
キース君だけでなく私たちも驚いたのですが、会長さんは。
「人の話は最後まで聞く! 一日店長はゼルじゃないんだ」
「「「へ?」」」
「ぼくの大事なオモチャのハーレイ! そのハーレイが一日店長! シャングリラ号のキャプテンだからね、シャングリラ号もまるで無関係ではないと言ったろ?」
「「「教頭先生!?」」」
どうして教頭先生なのだ、という疑問は誰もに共通。サッパリ理由が分かりません。人気店の店主と意気投合したと聞くゼル先生なら分かりますけど、何故に教頭先生が…。
「ゼルに借金があるんだよねえ、ハーレイは。…こないだから派手に負け続きでさ」
賭け麻雀で負けが込んでいるのだ、と会長さんは唇の端を吊り上げました。
「早く借金を返せばいいのに、先延ばしにするからこうなった。一日店長で全校生徒に奉仕すべし、と」
「「「奉仕?」」」
「そう。お飾りの一日店長じゃなくて、自ら注文をこなしてなんぼ! ミスすれば当然、自分の責任、出店してくれた店に弁償する羽目になる」
更に注文ミスで迷惑をかけた生徒に頭をペコペコ、と楽しそうな顔の会長さん。
「こんな面白いイベントをねえ、黙って見ている手は無いだろう? 食堂に出掛けてガンガン注文、ハーレイをパニックに陥れる!」
「「「ぱ、パニック…」」」
「もちろん君たちもやるんだよ? 一般生徒は相手が教頭のハーレイってだけで遠慮が出るから、容赦のない注文なんかはしない。忙しそうだと思った時にはコーヒーだけとかも大いに有り得る」
「「「あー…」」」
それはとっても良く分かります。いくらシャングリラ学園が自由な校風で、会長さんが先生方をオモチャにしまくる闇鍋大会とかが存在していても、やっぱり教師と生徒の関係。無茶をする人はいないでしょう。
「ね? だから君たちの頑張りどころ!」
ファイトだ! とブチ上げられましたけれど。まずはお店を見ないことには…。



その翌日。登校して1年A組の教室に出掛けたものの、誰もイベントを知らないようです。私たちだって会長さんに聞くまで知りませんでしたし、無理もないとは思うのですが…。でも、アルテメシアで人気のお店ですよ? どうなるのかな、と思っていたら。
「諸君、おはよう」
グレイブ先生が靴音も高く現れました。
「実に嘆かわしい我が学校では、まだまだ授業が始まらないのだ。今日から三日間は校内見学、そこで土日で休日となる。休日を挟んで向こう三日間はクラブ見学、その後にやっと授業が始まる」
「「「知ってまーす!」」」
元気に答えるクラスメイトたちは入学式の日に予定表を貰っています。当分の間、授業無し。シャングリラ学園ならではの素晴らしさに誰もが感激してましたっけ…。グレイブ先生は不満そうにツイと眼鏡を押し上げて。
「さて、その元気もいつまで続くやら…、と言いたいのだがね。諸君が更に元気になりそうなお知らせというのをしなければならん。私は実に残念だ。残念なのだが…」
しかし仕事だ、と一枚の紙を取り出すグレイブ先生。
「今日からクラブ見学終了までの間、食堂に特別な店が出される」
「「「店?」」」
「諸君も噂くらいは知っているだろう。アルテメシアで最近人気の、ホットドッグとサンドイッチで評判の店で…」
グレイブ先生が読み上げた店名に「えーっ!」と教室中に溢れる声。
「本当ですか!?」
「あの店が食堂に来るんですか!?」
「…残念なことに、来るのだよ。ゼル先生はもう知っているかね? ゼル先生の御好意だ」
コネをお持ちで特別に呼んで下さったのだ、とグレイブ先生は仏頂面で。
「ただでも授業の無い期間中に、学園祭でもあるまいし…、と私などは反対を唱えたわけだが、賛成多数で可決になった。人生、楽しんでなんぼだそうだ。学生生活も同じらしい」
ゆえに、とグレイブ先生の指が神経質そうに教卓をコツコツと。
「小遣いに余裕がある諸君は大いに楽しみたまえ。品揃えは本店と全く同じで、売り切れないよう食材などの補充もされる。一人が飲食する量に制限は無い」
「マジですか!」
「本当ですか、と言いたまえ」
言葉の乱れは実に聞き苦しい、と窘めつつも、グレイブ先生は「本当だ」と律儀に答えましたから、大歓声。六日間もの間、人気メニューを食べ放題とは、そりゃ学生の夢ですってば…。



朝のホームルームが終わると校内見学。クラスメイトは一斉に出掛けてゆきましたけれど、私たち七人グループは見学しようにも見慣れすぎた校内です。同じく特別生のアルトちゃんとrちゃんはどうするのかな、と視線を向ければ。
「アルト、とりあえず食べに行ってみる?」
「うん。特に見に行く所も無いし…」
行こう、と二人は教室を出て行ってしまいました。食堂見学らしいです。これは私たちも…。
「先輩、早速出かけますか?」
シロエ君が食堂のある建物の方を眺めて、マツカ君が。
「早い間がいいでしょうね。お昼時は混むと思いますから」
「だよなあ、とっくに混んでいそうだけどな!」
上級生には校内見学は関係ねえしよ、とサム君に言われて大慌て。そっか、二年生と三年生にも見慣れた学校でしたっけ! 私たち、もしかして出遅れましたか? 急いで食堂へと出掛けてゆけば、既に行列が出来ていました。
「あちゃー…。やっぱり混んじまってるぜ」
「どうする、後でまた見に来る?」
並んでるよ、とジョミー君が一時撤退を提案しましたが、それで行列が縮むかどうか…。
「「「うーん…」」」
並ぶべきか、並ばざるべきか。それが問題、と食堂を見渡してみれば、席には余裕があるようです。とりあえず席を取っておくか、と空いたテーブルと椅子をキープするべく椅子に上着を掛けたりしていたら。
「かみお~ん♪ こっち、こっち!」
並んでるよー! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」の声が。見ればかなり前の方に「そるじゃぁ・ぶるぅ」と会長さんの姿があります。
「えとえと、後で七人ほど来るからね、って言ってあるからー!」
大丈夫だよ、という頼もしい呼び声と、会長さんの手招きと。これは割り込んで並ばにゃ損々、持つべきものは先に並んでくれる知り合いですよね!



「「「美味しー!!!」
暫く後。私たちは評判の人気店のサンドイッチやホットドッグを首尾よくゲットし、大満足で頬張りました。ドリンクメニューも実に豊富で、コーヒーと紅茶だけかと思えばチャイにカフェ・ラテ、カプチーノにココアなどなど。
「凄いね、学校の食堂なのにね…」
評判のお店はやっぱり違う、とジョミー君は感動しきり。
「これだけ揃えるの、思い切り大変そうだけど…」
「だろうね、舞台裏は相当にハード。それを軽々とこなしてこその人気店だよ」
会長さんがロイヤルミルクティーを傾けながら。
「ゼルの提案に乗って出て来た理由は、大学とかへの進出らしい」
「「「大学?」」」
「アルテメシアには大学が多いからねえ、カフェを幾つも入れてる所も多数ってわけ。そういう所へ出店出来れば客は途切れず、人気も持続。ただ、学生はけっこう時間に追われてもいるし、注文にもかなりうるさいし…」
どんな感じか掴んでみるための出店なのだ、と会長さんは裏事情を教えてくれました。
「大学で試験的な出店を出すには許可も必要だし、スペースや設備を貸して貰えるかどうかも分からない。その点、ウチなら合格ってね」
なるほど、そう聞けば納得です。儲かるとはいえ、なんだって一介の学校に気前よく来てくれたのかと思っていれば、しっかり利害の一致が…。
「そういうこと! それでどうかな、味とかは?」
「すっごく美味しい!」
全メニュー制覇で頑張るぞ、とジョミー君が笑顔で返事し、私たちも。なんとケーキまであるんですから、これは何回でも通わなくては…!
「それは良かった。だったら一日店長が来る日も頑張れるね?」
「「「は?」」」
「忘れたのかい、一日店長! ハーレイがにこやかに食堂に立つ日!」
「「「………」」」
言われてみれば、そういう話がありましたっけ。まずはお店を見なくては、と思った所までは覚えてましたが、その後、スッパリ忘れていました。おまけに食べて美味しいお店。教頭先生の件は忘却の彼方、今の今まで思い出しさえしませんでしたよー!



結局、食堂ではそれ以上の深い話は出なくって。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は食べ終わったら「また後でねー!」と帰ってしまって、私たちはその日一日、終礼の時間まで校内見学。暇だからとあちこち覗きに出掛けて、気が向いたらフラリと食堂へ。しかし…。
「並んでるねえ…」
「ああ。これぞまさしく長蛇の列だな」
救いの神はいないようだな、と行列を眺めるキース君。割り込ませてくれる人は見付からないまま、終礼の時間が来てしまいました。この後もクラブ活動の生徒が居るため、食堂もお店も営業しますが、私たちには別の行き先があって。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
お昼御飯が出来てるよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお出迎え。授業が始まるまでの間は午前中で学校は一応おしまい、お昼御飯は家で食べるか、食堂で食べるか、帰りに食べるか。もちろん今は例のお店が来ていますから、部活の無い人も食堂に行っていそうですけど。
「はい、エビとアスパラのレモンクリームスパゲティ―! 沢山食べてね!」
「「「いっただっきまーす!」」」
声を揃えてフォークを握って、パクパクと。うん、美味しい! 食堂で食べたサンドイッチも美味しかったですが、こちらもプロ並みの味が光ります。ワイワイ騒いで食べている間に、またまたすっかり忘れたのですが。
「…ところで、ハーレイの一日店長だけどね」
食後の飲み物が出て来た所で、会長さんの瞳がキラリと光って。
「どうやら金曜日が出番らしいよ、明後日だね」
「三日目か…」
キース君が腕組みをして。
「それで、あんたは俺たちに何をさせたいと?」
「そりゃもう、ハーレイをパニックに! 支離滅裂な注文もいいし、息つく暇もなく次の誰かが注文したってかまわない。もちろん、ぼくとぶるぅも出掛ける」
「かみお~ん♪ いっぱい注文するんだよ! それと間違いだったっけ?」
「「「間違い?」」」
「違うよ、ぶるぅ。そこは訂正と言うのが正しい」
注文をガンガン取り替えるのだ、と会長さんはニヤリと笑いました。
「例えば、コーヒーとサンドイッチのコレ、と注文をやらかした直後に、やっぱりカフェ・ラテとサンドイッチのこっちのヤツ、って風に訂正! それをガンガン!」
そして注文と違うメニューが出来て来たら文句をつけるのだ、と言われましても。そのやり方で注文されたら、慣れた人でも間違えませんか…?



教頭先生の一日店長。ゼル先生に麻雀で借りを作りまくって、お飾りならぬ本気の店長、しかも奉仕の精神とやら。ミスをすれば自腹で弁償だというお気の毒な立場を承知でパニックに陥れようとする会長さんは鬼でした。私たちが止めても聞く筈が無くて、ついに金曜。
「諸君、おはよう」
グレイブ先生が1年A組の教室に颯爽と。教室の一番後ろに会長さんの机は増えていませんけれども、今日が教頭先生が一日店長をなさる日です。グレイブ先生は当分授業が始まらないことを嘆いた後で。
「それから、今日はお知らせがある。食堂で人気の例の店にはもう行ったかね?」
「「「はーい!!!」」」
「ふむ。学生生活を楽しんでいるようで、大いによろしい。…いや、私個人としては今もって賛成しかねるのだが…。その店にだ、今日は教頭先生がお立ちになる」
「「「…教頭先生?」」」
ザワつくクラスメイトたち。それはそうでしょう、教頭先生と言えば校長先生の次に偉い先生。入学式では司会をなさっておられましたし、始業式では新学期の学生生活の心得なんかも威厳たっぷりに語っておられましたから、現時点では雲の上の人。
「教頭先生が一日店長をなさるのだ。諸君への奉仕の精神だとかで、飾り物の一日店長ではない。教頭先生自ら注文をお取りになって、注文の品をトレイに乗せて渡して下さる」
「マジですか!?」
「本当ですかと言いたまえ、と前にも注意をした筈だが…。まあいい、いずれ授業が始まったらビシビシ躾けるとしよう。そして私が話したことは本当だ。教頭先生に失礼のないよう、敬意を払って注文したまえ」
「「「はいっ!」」」
みんなの緊張が伝わって来ます。恐らく全校、何処のクラスでも似たような注意がされたのでしょう。いくら教頭先生が笑いのネタにされるのを見て来た上級生でも、こうして注意をされてしまったら礼儀正しく注文をしに出掛けるわけで。
『ブルーの読みって正しかったね』
ジョミー君から思念が飛んで来て、私たちは『うん』と返しました。
『これだと確かに委縮するだろうな、全校生徒が』
キース君がそう答えた所で、『其処の特別生七人組!』とグレイブ先生からの思念が。
『私語は慎めと言っている筈だが!?』
『『『…す、すみません…』』』
首を竦めた私たちに『分かればよろしい』という思念。うーむ、朝から前途多難そう…。



朝っぱらからグレイブ先生に叱られた私たちですが、校内見学のために解散と同時に揃って食堂へと向かいました。お目当ては教頭先生の一日店長です。
「いらっしゃいませ!」
入るなり飛んで来た聞き慣れた声。
「「「………」」」
食堂の従業員さんたちと区別するため、人気店の人たちは店の制服を着ています。それを着込んだ教頭先生が『一日店長』と書かれたタスキをかけて笑顔で立っていらっしゃました。さっき聞こえた「いらっしゃいませ」は言わずと知れた教頭先生で…。
「順番に列にお並び下さい」
なるほど、今日も行列です。教頭先生が注文を受けるといえども、人気店のメニューが居ながらにして食べられるとあれば並びたくなるのも無理はなく…。
「思ってたより混んでるね?」
ちょっとビックリ、とジョミー君が最後尾に並び、私たちも続いて並びました。その後ろにも直ぐに生徒が並んで、行列は一向に短くなりません。教頭先生は手早く注文をさばいておられるようですが…。そんなことを言い合いながら並んでいたら。
「あ、居た、居た!」
「かみお~ん♪ ぼくとブルーも入れて~っ!」
其処に入れてよ、と会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が食堂に入って来たではありませんか。で、でも…。後から二人増えます、なんて後ろの人たちには言っていません。入れてくれなんて言われても多分、無理なんですけど~!
「おい、割り込みは並んでるヤツらに迷惑だぞ」
キース君がビシッと断りましたが、会長さんは平気な顔で。
「えっ? 大丈夫だと思うけど…。ねえ、ぶるぅ?」
「んとんと…。別に入れてくれなくても困らないけど、どうなのかなあ?」
「ふふふ、ぶるぅは不思議パワーが売りだしね? 入れてくれた人には何かあるかもね」
「あっ、そっかぁー!」
ぼくの右手の握手はラッキー! と聞いた生徒たちがザザッと後ろに下がりました。
「ど、どうぞ入って下さい、生徒会長!」
「それに、ぶるぅも!」
「悪いね、後から割り込んじゃって…。ぶるぅ、みんなと握手をね?」
「うんっ!」
ありがとー! と順に握手をしながら近付いて来る「そるじゃぁ・ぶるぅ」。右手の握手で幸運が来るとは言われてますけど、不思議パワーの御利益、恐るべし…。



私たちよりも後ろに並んだ人には「そるじゃぁ・ぶるぅ」の右手との握手。そんな幸運を前に並んだ人たちが黙って見ている筈などがなくて、私たちは「どうぞ抜かして下さい!」と「そるじゃぁ・ぶるぅ」とセットで列をゴボウ抜き。気付けば一番前に来ていて。
「いらっしゃいませ! ご注文は?」
教頭先生に愛想よく訊かれたジョミー君は慌ててメニューを見ると。
「え、えっと…。ココアと、ホットドッグのレタス入りで!」
「ココアはホットでらっしゃいますか?」
「は、はいっ!」
注文、終わり。教頭先生は後ろのスタッフにテキパキと指示をし、注文の品をトレイにササッと。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます!」
ウキウキと立ち去るジョミー君ですが、その後ろ姿に会長さんが「失格」と一言。
「キース、君の番だよ、頑張って」
「あ、ああ…。えーっと、コーヒー、ホットで。それとローストチキンのサンドイッチでお願いします」
「かしこまりました」
ササッと注文の品が揃って、去ってゆく背中に会長さんが「全然ダメだし!」と不機嫌そうに。
「いいかい、注文を聞いたハーレイがパニクッてなんぼ! わざわざ自分でホットだなんて言わなくていいから!」
そ、そんなことを言われても…。普段にそういう注文の仕方をしていませんから、こういう所へ来てしまったら自動的に…。
「カフェ・モカ、ホットでお願いします。サワーピクルスのホットドッグと」
シロエ君にも「全然ダメ」との烙印が押され、私も「失格」と言われてしまいました。こうなった以上、何が正解かを見届けてやる、と先に行ったジョミー君とキース君もトレイをテーブルに置いて戻って来たのですけど。
「かみお~ん♪ えとえと、チャイで! 違った、ハニー・チャイだったあ!」
「ハニー・チャイ、ホットでらっしゃいますか?」
「えっとね、アイスで! ううん、ホットで…。んとんと、やっぱりアイスにしとくー!」
むむっ、これが正しい注文ですか!
「それからホットドッグ! レタスのがいいかな、サワーピクルスも美味しそうかも…。サンドイッチも美味しそうだし、ローストチキンのサンドイッチと、やっぱりココアー!」
うわあ…。教頭先生はココアはホットかアイスなのかを確認するのを忘れました。そして…。



「…ぼく、ホットココアが良かったのに…」
トレイに乗っかった氷たっぷりのグラスに入ったアイスココア。ローストチキンのサンドイッチは注文通りの品が来ましたが、飲み物が間違っていたようです。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はションボリと肩を落としてトレイを受け取ろうとしたのですけど。
「店長。ぶるぅにココアはホットかアイスか訊いていなかったみたいだけれど?」
会長さんの冷たい声が。
「そ、それは…」
「言い訳無用! 君のミスだろ、取り替える!」
「は、はいっ! も、申し訳ございませんでした…」
アイスココアのグラスが下げられ、露で濡れたトレイが拭かれてホットココアが。
「ハーレイ、ありがとー!」
ホットココアだぁー! と無邪気に叫ぶ「そるじゃぁ・ぶるぅ」に悪意は多分、無いのでしょう。会長さんに言われたとおりに注文しまくり、教頭先生が引っ掛かったわけで。
「「「………」」」
あれは酷い、と見ている間に会長さんが教頭先生の前に立ちました。メニューを丸暗記しているのでは、と思ってしまうほどの立て板に水で、機銃掃射の如き注文と訂正を繰り返した末に、出て来た品は。
「…ハーレイ。ぼくは紅茶を頼んだと思うんだけど? なんでエスプレッソになるわけ?」
「す、すみません…」
「それから、サンドイッチだけれど。サーモンと小柱の野菜マリネを頼んだ筈だよ、生ハムなんかは頼んでいない」
「…ま、間違えました…」
直ぐに取り替えます、と詫びて大慌ての教頭先生にトドメの一撃。
「うん、取り替えてくれるんだったら、紅茶はロイヤルミルクティーにしておこうかな? アイスで、ううん、やっぱりホットで!」
「かしこまりました」
「それとね、サンドイッチじゃなくってホットドッグにしてみるよ。レタスの…。いや、サワーピクルスがいいかな、悩んじゃうなあ…」
どうしようかな、と会長さんが注文の変更をかましたお蔭で、出来て来た品は飲み物も食べ物もどちらも間違い。会長さんは「使えないねえ…」と舌打ちをしつつ。
「だけど後ろがつかえてるしね、仕方ない、これで我慢しとくよ」
「…も、申し訳ございません…」
ヤクザも真っ青な勢いでクレームの世界。会長さんは意気揚々と去って行ったのでした。



お気の毒としか言いようがない一日店長な教頭先生。食堂に居座って主と化した私たちのテーブルから誰かが注文に立つ度、制服姿で震えておられるのが分かる有様。そんな状態だけに他の注文でもミスが続発、もみ消そうにもゼル先生が監視にやって来ていて。
「なんじゃ、ハーレイ! お客さんがアイスと言ったらアイスなんじゃあ!」
「わ、分かっている…」
「教頭先生、ぼくはホットでも平気ですから」
「いかんのう、自分の主張はハッキリ言わんとロクな大人になれんわい」
ちゃんと注文は通すのじゃ、とゼル先生が譲らないだけに、一般生徒相手でもミスはしっかりミス扱い。其処へ会長さんに「頑張ってこい!」と背中を叩かれたキース君とかジョミー君とかが怒涛のような注文と訂正を繰り返す上に…。
「かみお~ん♪ ハニー・チャイ、ホットでちょうだい!」
それから、それから…、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が派手にやらかし、クレーム大王の会長さんが早口言葉もかくやな注文の嵐をぶつけるのですからたまりません。
「…ハーレイ? 何度言ったら分かるのかなあ?」
ぼくの注文はこれじゃなくって、と文句をつける会長さん。教頭先生のミスは更に酷くなり、終礼の後のお昼御飯の時間帯にはボロボロで。
「…ホットコーヒー、お待たせしました…」
「サンドイッチは?」
それとケーキも頼んだ筈、と会長さんは鬼の形相。
「ついでにホットコーヒーじゃないし! アイスロイヤルミルクティーだし!」
「…と、取り返させて頂きます…」
「当然だよ!」
なんて使えない店長なのだ、と会長さんが毒づき、ゼル先生が。
「まったくじゃ。今日だけで何人に迷惑をかけてしまったやら…。それに無駄になった注文の方も山ほどあるでな。まあ、全部、無駄にはなっておらんが」
こんなこともあろうかと思って呼んでおいた、と誇らしげな顔のゼル先生。食堂の奥の休憩室には職員さんやら先生やらが次から次へと訪ねて来ては注文ミスで下げられた品を食べまくっているらしいのです。えーっと、それって、支払いの方は…。
「ハーレイの自腹だと言った筈だよ、ミスをした分は弁償なんだし」
「「「………」」」
つまりはタダ飯。今や「食べに来ないか」と友達を呼んでいる人までいるとか。営業時間は部活が終わる夕方までです。教頭先生、どれだけ弁償させられるのやら…。



「…いやあ、昨日は大いに食べたねえ」
翌日の土曜日、会長さんの家に遊びに出掛けた私たち。会長さんは教頭先生が弁償する羽目に陥った額をゼル先生から聞かされたそうで、満面の笑顔というヤツです。
「塵も積もれば山となるだよ、麻雀で負けた分、サッサと払えば良かったのにさ」
「そんなに強烈な額だったのか?」
キース君が尋ねれば「それはもう!」と御機嫌な顔で。
「君が月参りで貰うお布施とは比較にならない。月参りに換算するなら何軒分かな、少なくとも麻雀でもう一回は負けられるほどに毟られたようだね、あのゼルにね」
だけど麻雀と違って店に支払う費用なんだし…、と会長さん。
「お店にはきちんと支払わなくちゃね? 待ってくれなんて言えやしないし、もう強引に毟られたってね」
「「「………」」」
私たちも片棒を担いだ身だけに、恐ろしくて金額は訊けませんでした。一日店長って其処まで恐ろしいものだったのか、と思っていたら。
「こんにちは」
「「「???」」」
誰だ、と振り返った先に私服のソルジャー。
「ハーレイの一日店長だけどさ。明日、もう一回やらないかい?」
「何処で!?」
会長さんが真面目に訊き返しました。
「明日は学校は休みなんだよ、あの店だって今日と同じでスタッフなんかは寄越さないから! 定休日!」
「ハーレイの家で充分じゃないか」
ぼくの食べたいメニューはちゃんと出せるし、とソルジャーは言うのですけれど。
「どんなメニューさ? 言っておくけど、一日店長でやってた店はね、調理スタッフが別に居たから! ハーレイが作ったわけじゃないから!」
「そのくらいのことは見てれば分かるさ。だけど単純なメニューだからねえ、ハーレイでも簡単に作れるかと」
実はもう話をつけて来たのだ、とソルジャーはニッコリ笑いました。
「毟られた分を取り返せる勢いで儲けさせてあげる、とも言っておいたよ。だから是非! お客さんがぼく一人ではつまらないしね、是非、君たちも」
ソルジャーの「是非」は「必ず来い」です。つまり行くしかないわけですね?



次の日の朝、私たちは会長さんの家に集合させられ、ソルジャーから山のようなお小遣いを渡されました。エロドクターから貰ったお小遣いを分配してくれたそうですけども。
「いいかい? こないだの一日店長の時を再現したまえ、ハーレイがミスをするように!」
「それじゃ儲けにならんだろうが!」
キース君が噛み付いたのですが。
「どっこい、それが儲けに結び付く…ってね。ぼくがドカンと注文するから!」
「あんた、そんなに食えるのか?」
「好物は別腹って昔から言うだろ、大丈夫!」
まあ頑張れ、とソルジャーに喝を入れられ、会長さんや「そるじゃぁ・ぶるぅ」も一緒に瞬間移動でお出掛け。教頭先生のお宅に着くと、リビングが仮設店舗と化していて。
「いらっしゃいませ。メニューをどうぞ」
「「「………」」」
差し出されたメニューはホットドッグが三種類。飲み物の種類は多いですけど、インスタントでいけそうです。なのにお値段、どえらく高め。ミスを出さずに売り続けたなら、先日の損を取り戻せるかもしれません。でも…。ソルジャーのお目当ては…。
「じゃあ、始めようか。この前と同じ要領で!」
一番に並んだソルジャーの注文は、会長さんの注文に倣ったもの。ホットだ、アイスだ、あれだ、こっちだと言いたい放題、案の定、ミスが出てしまいました。ということは、私たちも…。
「かみお~ん♪ ココアと、ピクルスのホットドッグと…。違った、アイスの…えとえと!」
「ぼくはアイスティー、ホットでお願いします」
そんなものは存在しないだろう! という激しい注文までが飛ぶ中、教頭先生、ミス三昧。
「も、申し訳ございません…!」
「いいけどねえ…。こんな調子だと儲からないよ?」
ソルジャーの台詞に「誰のせいだ!」と全員が突っ込みましたが。
「仕方ないねえ、今度はきちんと! ミルクティー、ホットで。それとホットドッグの方はね、特製のソーセージでお願いしたいな」
「…そういうメニューはございませんが?」
「ううん、あるって! 要は挟んでくれればいいんだ、そこのパンでさ」
レタスもピクルスも添えなくていい、とソルジャーはペロリと舌なめずりをして。
「いっぺん食べてみたかったんだよ、そういう風に…ね」
「何をですか?」
「ホットドッグ! 君の大事なソーセージ、つまり息子を挟んで!」
ゲッと息を飲む私たち。そ、それってまさかのアレのことですか、教頭先生の大事な部分…?



「うーん…。いけると思ったんだけどなあ…」
あれだけの勢いでハーレイの頭をパンクさせれば、と唸るソルジャー。
「出来るわけがないし! ヘタレだから!」
会長さんがギャーギャーと喚き、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「えとえと、何をパンで挟むの? ぼくで良かったらちゃんと作るよ?」
「いや、ハーレイに挟んで貰わないと食べられないしね…」
ついでに今の状態では美味しくないと思うんだ、と嘆くソルジャーが眺める先には教頭先生が仰向けに倒れておられました。顔は鼻血ですっかり汚れて、意識も全くありません。
「おかしいなあ…。美味しく食べてチップをドカンと支払うつもりでいたんだけれど…。ハーレイ特製のホットドッグだし」
「そういうのは君の世界でやりたまえ!」
「こっちのハーレイだから意味があるんだよ、初物、つまり出来たての味!」
童貞ならではの新鮮な味をパンで挟んで頬張りたかった、と言われましても。私たち、明日からホットドッグを口にすることが出来るでしょうか? 例のお店はあと三日間も出るんですけど、ホットドッグだけは下手したら一生無理かもです~!




          店長は大忙し・了

※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 教頭先生の一日店長は如何でしたでしょうか、お飾りじゃないのが売りでしたけど…。
 こんな注文ばかりだったら、接客のプロでもズタボロになってしまうかも?
 シャングリラ学園、11月8日に番外編の連載開始から9周年を迎えるんですが…。
 感謝の気持ちで月2更新が恒例でしたが、絶望的に使えないのがwindows10 。
 シャングリラ学園、来月も月イチ更新であります、申し訳ございません。
 次回は 「第3月曜」 11月20日の更新となります、よろしくです~! 

※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、10月は、キノコの季節。スッポンタケ狩りに行くとかで…。
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