シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
「ソルジャー。…ちと、邪魔してもよろしいじゃろうか?」
青の間を訪れたのは、ゼルだった。彼だけではなくて、後ろに続く長老たち。更にキャプテンまでがいるから、ブルーはコクリと頷いた。
何処から見たって、断れるような状況ではない。用件が薄々、分かってはいても。
「…入りたまえ。それで一体、どうしたんだい?」
みんな揃って…、と一応、尋ねてはみた。このシャングリラのキャプテンと、4人の長老たち。彼らが揃っての訪問となれば、暇つぶしなどでは有り得ないから。
「それが、そのぅ…。あの、クソガキのことなんじゃがな…」
もうワシらでは手に負えんのじゃ、とゼルはお手上げのポーズを取った。船中を混乱の渦に陥れている、クソガキについて。
「やっぱり、ぶるぅのことなんだね…?」
「そうなんじゃが…。そもそも、あいつの名前からして…」
なんとか出来ないモンじゃろうか、と苦虫を噛み潰したようなゼルの表情。
シャングリラの善良な住人たちは皆、日々、困っていた。たった一人のクソガキのせいで、もう、ケッタクソに。
クリスマスの朝に青の間に湧いた、「小さなソルジャー・ブルー」のお蔭で。
それが初めて現れた時は、誰も気付いていなかった。偉大なる長、ソルジャー・ブルーを小さく縮めたような幼児で、服装までが、そっくりそのまま。
「なんて可愛い子が来たんだろう」と、女性陣などは沸き立ったほど。
名前はブルーが自ら付けた。とても小さなブルーなのだし、「そるじゃぁ・ぶるぅ」と。
シャングリラで暮らす皆も喜び、「そるじゃぁ・ぶるぅ」を心から歓迎したのだけれど…。
ところがどっこい、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、悪戯好きのクソガキだった。かてて加えて大食漢で、食べ物と見れば食い散らかす。
それが食堂に配膳されたものであろうが、調理が終わって盛り付けを待つばかりだろうが。
今や、船中の者が怯えている。
「かみお~ん♪」と声が聞こえて来たなら、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の登場だから。
うっかりクソガキを止めようものなら、ガブリ、ガブリと噛まれるから。
そんなこんなで、ついに直訴と相成った。
シャングリラを束ねるキャプテンと、それに長老たち。「流石に我慢の限界ですぞ」と、敬語モードも交えるゼルを筆頭にして。
「ソルジャー、せめて、あの名前をじゃ…。もっと、こう…」
クソガキらしい名前に改名できんじゃろうか、とゼルは呻いた。
恐れ多くもソルジャー・ブルーと似たり寄ったり、それがクソガキの「そるじゃぁ・ぶるぅ」という名前。
もうそれだけで腰が引けるから、心おきなく「どつき倒せる」名前に変えては貰えないか、と。
「ぼくは、あれでいいと思うけれどね? ぶるぅは、ぶるぅなんだから」
ぼくの分身みたいなもので…、とブルーは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の味方。いくらクソガキでも、船の仲間が大混乱でも、大切な分身なのだから。
(…きっと、サンタクロースがくれた子供で…)
本当に、ぼくの分身なんだ、と思っているから、「そるじゃぁ・ぶるぅ」。他の名前などは考えられない。長老たちが直訴に来ようと、キャプテンが顔を顰めようとも。
「…改名は無理だと仰るか…。なら、悪戯を止められんかのう…?」
盗み食いと、派手に噛み付くのもじゃ、とゼルは言い募るけれど、そちらも無理な相談だった。まだ幼児とも言えるような子に、我慢など出来る筈もない。悪戯も、大食いも、機嫌が悪いと噛み付くのも。
ブルーにも良く分かっているから、「無理だ」と首を左右に振った。
「ぶるぅは、まだまだ子供だからね…。大目に見てやってくれないだろうか?」
「ですが、限度がございます。船の仲間は疲労困憊、ノイローゼ気味の者もおりまして…」
あの「かみお~ん♪」という声の幻聴を聞く者までが…、とキャプテンが船の報告をした。
「そるじゃぁ・ぶるぅ」が登場する時、高らかに叫ぶ声が「かみお~ん♪」。
元はカラオケでお気に入りの歌、『かみほー♪』が「なまった」ものらしい。その雄叫びが響く所に、大食漢の悪戯小僧あり。
お蔭で「かみお~ん♪」の幻聴に怯え、いもしないのに動悸がする者だとか、貧血でクラリとする者だとか。
メディカル・ルームは大入り満員、そうでなくても「噛まれた」者が列を成すのに。
「…それで、このぼくに、どうしろと? ぶるぅを閉じ込めておけとでも?」
部屋から出すなと言うのだろうか、とブルーは訊いた。そうでなければ、青の間の中に軟禁するとか、そんな具合にしろとでも、と。
「出来れば、お願い致したく…。その、ぶるぅはソルジャーの仰せだけは…」
おとなしく聞くようですので、とキャプテンが頷き、ゼルたちの意見も一致していた。悪戯小僧を止められないなら、外に出さないでおくのが一番。
「そるじゃぁ・ぶるぅ」専用の部屋に閉じ込めておくか、ブルーが青の間で監視をするか。
「…可哀想だとは思わないのかい? あんな小さな子を閉じ込めて…」
ブルーの抗議は、ゼルたちに見事に遮られた。
「可哀想なのは、船の連中の方じゃ! 今もハーレイが言ったじゃろうが!」
「噛み傷で包帯だらけのもいるし、幻聴に怯えるヤツもいるしさ…」
「ゼルやブラウの言う通りです。シャングリラ中が、もう限界です!」
「うむ。子供たちにも、あれでは示しがつかないからね…」
「閉じ込める方向で、対処をお考え頂きたく…。キャプテンとして、強く希望します」
クソガキが一人やって来ただけで、このシャングリラの平和も秩序も乱れまくりで…、とキャプテン・ハーレイが作った渋面。
長老たちの顔も似たようなもので、ブルーは渋々、承知せざるを得なかった。
シャングリラに平和を取り戻すために、「そるじゃぁ・ぶるぅ」を閉じ込める。悪戯三昧させないためには、そうするのもやむを得ないだろう、と。
(……しかし、困った……)
ぶるぅを閉じ込めておくなんて…、とブルーは心で溜息をつく。長老たちが退室した後、青の間のベッドに腰を下ろして。
(…ぶるぅは少しヤンチャなだけで、まだ小さいから食べ盛りで…)
それを軟禁してしまったなら、今度は「そるじゃぁ・ぶるぅ」の方がノイローゼになってしまうだろう。子供なのだし、赤ちゃん返りをするかもしれない。
(毎日、おんおん泣きじゃくるだけで…)
遊ぼうともしなくなった姿は、ブルーには、とても耐えられない。船の平和も大切だけれど、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も守ってやりたい。
(でも、どうしたら……)
ぶるぅを部屋に閉じ込めないで、自由にさせてやれるのだろう。叱ってみたって悪戯はするし、大食いだって止まるわけがない。
(……ぶるぅだって、ストレスを発散したくて……)
悪戯と盗み食いに燃えているのだし…、とシャングリラという船の特殊性を思う。人類に追われるミュウの箱舟、それが巨大なシャングリラだった。
船の中だけが世界の全てで、外に出たなら死が待つだけ。「そるじゃぁ・ぶるぅ」も船から出られず、なまじ元気が余っている分、悪戯と大食いに突っ走っていて…。
(…あれ?)
そういえば…、とブルーは今更ながらに気が付いた。
「そるじゃぁ・ぶるぅ」は小さいとはいえ、ブルーと同じでタイプ・ブルーのミュウ。外の世界に出て行ったって、困らないのではないのだろうか。
(……空も飛べるし、瞬間移動も出来るんだし……)
だったら外で遊んで来れば…、と閃いた名案。
シャングリラの中が狭すぎるのなら、人類の世界に出てゆけばいい。悪戯したなら捕まるけれども、ただ食べまくるだけならば…。
(…船の中では食べられない物が、山のようにあって…)
端から名店巡りをしたって、簡単には回り尽くせない。行きつけの店も出来るだろうし、そうなれば船は留守がちになる。
「そるじゃぁ・ぶるぅ」はグルメ三昧で御機嫌な日々で、船には平和が戻って来るのに違いない。食べ終えて船に帰った途端に、また悪戯をやらかそうとも。
(よし…!)
それだ、と決めたブルーは早速、潜入班の指揮をしているクルーを呼び出した。
「IDカードを偽造して欲しい。そるじゃぁ・ぶるぅでお願いするよ」
「ぶるぅですか!?」
アレを潜入班に入れるおつもりですか、と男性クルーはドン引きした。タイプ・ブルーには違いなくても、悪戯小僧が役に立つとは思えない。逆に他の者たちの足を引っ張り、最悪、人類軍に気付かれ、ほうほうの体で逃げ帰る羽目になるのでは…、と。
「そうじゃない。…ぶるぅがやるのは、単独行だ」
人類の世界で食べ歩きをさせてやりたくてね…、とブルーは笑んだ。「小さな子供が一人だったら、身元なんかを訊かれることもあるだろう」と、説いたIDカードの必要性。
「何処の子かな?」と尋ねられたら、子供の言葉で説明するより、「これ!」とカードを見せればいい。誰だって一目で納得するから、ユニバーサルにも通報されない、と。
「…はあ……。すると、ぶるぅはシャングリラの外で……」
「好き放題に過ごすわけだよ。君たちの心労も減ると思うし、是非、IDカードを…」
よろしく頼む、とのブルーの言葉に、「はっ!」と最敬礼した男性クルー。
「承知いたしました! 腕によりをかけて、子供用のIDカードを偽造させて頂きます!」
名前も「そるじゃぁ・ぶるぅ」のままで…、と男性クルーは約束をした。なにしろ小さな子供なのだし、偽名なんかは厄介なだけ。たとえミュウの長と良く似ていようと、誰も疑わないカードの偽造は潜入班の腕の見せ所。
それでシャングリラに平和が戻って来るのなら。
悪戯小僧の大食漢が「船の中で」暴れ回る時間が、少しでも減ってくれるのならば。
かくして「そるじゃぁ・ぶるぅ」専用の、IDカードが出来上がった。
それが青の間に届けられた日、ブルーは「ちょっとおいで」と、「そるじゃぁ・ぶるぅ」に思念を飛ばして…。
「かみお~ん♪ 呼んだ?」
「ああ。ぶるぅ、これから一緒に外へ出掛けないかい?」
「外って?」
「今日は、ぼくも身体の調子がいいから…。食事はどうかと思ってね」
船の中とは、まるで違うよ、とブルーが誘った船の外。
瞬間移動で降りたアタラクシアの街に、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は目を丸くした。美味しそうな料理が食べられる店が、ズラリと軒を連ねている。
「えとえと…。これって、入ってもいいの?」
「もちろんだよ。ぶるぅは、何が食べたい? 最初はお子様ランチがいいかな?」
ほら、地球の旗が立っているよ、とブルーが指差すショーウインドウ。
シャングリラでは見ないランチプレートに、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は歓声を上げた。
「それにする! んとんと、ブルーも、お子様ランチ?」
「そうだね、お揃いにするのがいいかな。あんまり沢山は食べられないし…」
だけど、ぶるぅは山ほど食べていいからね、と二人並んで入った店内。誰もミュウとは思わないから、「いらっしゃいませ!」と案内されたテーブル。グラスに入った水が置かれて、それにメニューも。
「お子様ランチを二つ頼めるかな? 他はゆっくり決めるから」
「かしこまりました!」
店員が残していったメニューを、ブルーは「そるじゃぁ・ぶるぅ」に見せて…。
「好きなのを頼んでいいからね。何処のお店も、基本は似たようなものだから…」
次からは一人で好きに食事に来るといいよ、と教えてやった外食の方法。お子様ランチを二人で食べて、その後は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が山のように注文しまくる中で。
「ねえねえ、ブルー…。ホントに、一人で来ちゃっていいの?」
「いいよ、お金は次から自分で払うようにして貰うけど…。お金は、ちゃんと…」
ぼくが沢山渡すからね、とブルーは笑顔で頷いた。「お小遣いで何をするのも、自由」と。
悪戯小僧の大食漢は、こうして「外」にデビューした。
シャングリラへと戻って直ぐに、ブルーが渡したIDカード。「何か訊かれたら、これを見せればいいからね」と。
「これ、なあに?」
「アルテメシアの子供です、という目印かな? ミュウじゃなくてね」
それさえあったら、安心だから…、とブルーが浮かべた極上の笑み。人類軍に追われはしないし、ユニバーサルの職員がやって来ることも無いから、と。
「そうなんだ…。お店で一人で食事してても?」
「うん。ショッピングモールを歩いていたって、誰も文句は言わないからね」
「ありがとう、ブルー! 美味しいもの、いっぱい見付けるよ!」
ブルーにもお土産、買って来るね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は飛び跳ねた。船の中だけで暮らしているより、断然、外がいいものだから。
(…これで良し、と…)
きっと苦情も減ることだろう、とブルーは胸を撫で下ろしたけれど、それは些か甘かった。外に出ようが、グルメ三昧の日々を送ろうが…。
「ソルジャー、あのクソガキのことなんじゃがな…」
なんとか出来ないモンじゃろうか、とゼルたちの苦情はエンドレス。
相手は「そるじゃぁ・ぶるぅ」だから。
「かみお~ん♪」と雄叫びが聞こえた途端に、騒ぎになるのがシャングリラのお約束だから…。
船とクソガキ・了
※「そるじゃぁ・ぶるぅ」お誕生日記念創作、読んで下さってありがとうございました。
管理人の創作の原点だった「ぶるぅ」、2017年8月28日にいなくなりました。
葵アルト様のサイトのペットでしたけど、CGIエラーで消え去ったんです。
そうならなければ、今年の11月末で「初めて出会ってから」10年目。
節目の年に、お別れになってしまいました。
いなくなったので、もう祝えない「お誕生日」。
だけど忘れていないんだよ、と記念創作を書きました。「ぶるぅ」のために。
「そるじゃぁ・ぶるぅ」、11歳のお誕生日、おめでとう!
※過去のお誕生日創作は、下のバナーからどうぞです。
お誕生日とは無関係ですけど、ブルー生存EDなんかもあるようです(笑)