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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

フライドポテト

 土曜日の朝と言うには少し遅い時刻、ブルーの家へと歩いて向かう途中。
 ハーレイの鼻腔をくすぐった美味しそうな匂い。何処からなのか、と探さなくても目に入った。いつも出掛ける食料品店の表に露店が一つ。フライドポテトを揚げている露店。
 もう子供たちが買おうとしている。頬張っている子供もいる。
 朝食は済ませて来たのだろうに。土曜日なのだし、普段よりも遅めの朝食だろうに。
(おやつってヤツは別腹なんだな)
 大きなサイズを注文している子供の姿が可愛らしい。食べ切れるのだろうか、あんなに沢山。
(食い切れなくても、昼飯前までかかって食っても満足なんだろうとは思うがなあ…)
 イモは揚げ立てに限るんだが、と苦笑した。フライドポテトは揚げ立てが美味い、と。
 ホクホクの揚げ立てにパラリと塩を振ったばかりのをつまむのがいい。まだ熱い内に、冷めない間にすっかり食べてしまうのがいい。
 フライドポテトは揚げ立てが一番、冷めてしまっては風味が落ちる。熱い間に食べ切れる分だけ揚げてこそだと、食べてこそだと思うけれども。
(小さいサイズで買ってる子供がいないってのがなあ…)
 目先の美味さに囚われるんだな、と足を止めて微笑ましく見守った。幼かった頃の自分も大きなサイズを買っただろうか。冷めても食べていたのだろうか…。



(俺のことだし、デカイのを買っても食い切れたような気もするんだが…)
 温かい内に、ペロリと全部。記憶に無いほど幼い頃なら、冷めてしまったとか、食べ切れないで家に持って帰ったとか、そうした事態も起こっていたかもしれないけれど。
(フライドポテトなあ…)
 そういえば、前はよく食べていた。もう子供ではなくなった後に。今の家で暮らし始めた後に。
 ビールのつまみに、フライドポテトに合いそうな酒を飲む時のつまみに、カラリと揚げて。
 枝豆を茹でるのと似た感覚で、フライドポテト。適当な大きさのジャガイモを選んで、薄い皮を剥いたらスティック状に切って。
 油を熱して揚げる間も、酒を、ビールをお供に何本かつまみ食い。口の中を火傷しそうな熱さの揚げ立てを一本ヒョイとつまんで、モグモグと。揚げている内から至福の時間。
 全部揚げたら皿に移して、ダイニングに、あるいは書斎に運んで食べていた。ビールを飲んでは何本かつまみ、酒を飲んでは何本かつまんで、冷めない間に、美味しい間に。



(あいつと会うようになって…)
 小さなブルーの家に出掛けて過ごすようになって、そういったことも忘れていた。一人暮らしの楽しみ方を、醍醐味を忘れたと言うべきか。
 酒もビールも飲むのだけれども、ジャガイモの皮を剥く所から始めるフライドポテトは御無沙汰していた。もっと手早く作れるものやら、チーズやナッツに座を奪われてしまって久しい。
 久しぶりに嗅いだ揚げ立ての匂いに、食べたい気持ちが掠めるけれど。
 酒は無くとも、フライドポテトだけで充分に満足出来そうだけれど。
(…食いながら行くか?)
 揚げ立てを買って、道々、齧りながら。ホクホクの味を楽しみながら。
 それもいいな、という気がした。いい年をした大人がフライドポテトを食べながらの散歩、手にした袋から一本出しては頬張りながらの愉快な道中。
 ブルーはなんと言うだろう?
 「フライドポテトを食いながら歩いて来たんだぞ」と話してやったら、「本当に?」と赤い瞳が丸くなるのか、「いいな…」と羨ましそうな顔をするのか。
 子供ならば大抵、大好物のフライドポテト。きっとブルーも好きだろうから。
(いっそ、あいつにも…)
 買って行ってやるか、と露店を眺めた。揚げ立ての匂いを漂わせる露店。
 ブルーの家まで持ってゆくなら少し冷めるが、温め直して貰ったならば、と思った所で。



(そうだ、イモ…!)
 ジャガイモだった、と遠い記憶が蘇って来た。イモだと、フライドポテトだったと。
 前のブルーがまだソルジャーでは無かった頃。ただ単純にリーダーと呼ばれるようになるよりも前の、今と変わらない姿の少年だったブルー。人類の船から食料や物資を奪っていたブルー。
 その頃のブルーは前の自分に懐いていたから。よく厨房に来ていたから。
 手が空いている時にブルーが顔を出したら、ジャガイモを揚げてやっていた。皮を剥いて切って油でカラリと。塩をパラリと振りかけて。
 前のブルーが来ると尋ねていた。「食べるか?」と。
 フライドポテトを食べたくないかと、食べたいのならば揚げてやるぞ、と。
(これは買わんと…)
 買わなければ、とフライドポテトの露店に向かった。
 単なる酒のつまみではなかったフライドポテト。前の自分の思い出の味。前のブルーの思い出が詰まったフライドポテト。今の今まで、思い出しさえしなかったけれど。
 こうなれば買ってゆくしかあるまい、歩く途中で冷めてもいいから。
 露店の前に立って「二つ」と頼んだ。小さなサイズで二つ頼むと、持ち帰り用に包んでくれと。
 本当だったら、ブルーの目の前で自分で揚げてやりたいけれど。
 そうしたい人が買ってゆくために、後は揚げるだけのイモも売られているのだけれど。
(…揚げるのは簡単なんだがなあ…)
 ブルーの家のキッチンで二人きりとはいかないから。
 それでは思い出話が出来ない、とイモを揚げるのは諦めた。
 シャングリラの頃の思い出です、と話せばキッチンを借りられるだろうし、イモを揚げるくらい手料理の内にも入らないから、その点は問題無いのだけれど。
 ブルーの母への遠慮は必要無いのだけれど…。



 冷めにくいよう、包んで貰ったフライドポテト。提げられる小さな紙の袋もついて来た。
 袋を提げてブルーの家へと向かう途中も心が弾んだ。
 思い出したと、フライドポテトの記憶を見事に拾い上げた、と。
 生垣に囲まれたブルーの家に着いて、門扉の脇のチャイムを鳴らして。開けに来たブルーの母に事情を話して、冷めて来ているだろうフライドポテトを温め直して欲しいと頼んだ。
 シャングリラで食べていたんです、と言えばそれだけで通じたから。
 「キャプテン・ハーレイとソルジャー・ブルーの思い出のフライドポテトですのね」と納得して貰えたから、「よろしくお願いします」とフライドポテトが入った袋を手渡した。
 量はそんなに多くないけれど、フライドポテトも一種のおやつには違いないから。
 「お菓子の量も調節して下さい」と付け加えるのを忘れなかった。
 小さなブルーが食べ過ぎてしまわないように。昼食が入らなくならないように。



 二階の窓から手を振っていた、ブルーの部屋に案内されて。
 テーブルを挟んで向かい合うなり、ブルーはハーレイの周りをキョロキョロと見回した。
「ハーレイ、荷物は?」
 もう一つあった小さな袋はどうしたの、と問われたから。
「見てたのか? 目ざといヤツだな」
「うん、お土産かと思ったんだけど…。何かお土産。でも…」
 お菓子はママのお菓子だよね、とテーブルの上を見詰めるブルー。ケーキ皿には口当たりの軽いシフォンケーキが載っているけれど、小さなブルーは気付いていない。小さめなことに。
 フライドポテトの量の分だけ、ケーキのサイズが小さいことに。
 お茶もお菓子も揃っているから、余計に気付かないのだろう。もう一品あるということに。
 だから…。
「まあ、待ってろ。荷物のことなら直ぐに分かるさ」
「えっ?」
 あれって、やっぱりお土産だった? 何かくれるの、ねえ、ハーレイ?
「いいから、暫く俺と喋りながら待つんだな」
 またお母さんが来る筈だから、と言ってやればブルーは待ち遠しげに扉の方ばかり見ている。
 目の前に恋人がいるというのに、扉が恋人であるかのように。
(俺は扉に嫉妬はせんが…)
 この辺りはやはり子供だな、と面白く観察してしまう。
 注意せずとも恋人同士の会話などせずに、「ママ、まだかな?」と扉の向こうに夢中だから。



 やがて階段を上がる足音が聞こえて、扉が軽くノックされて。
「ハーレイ先生、お待たせしました」
 温まりましたわ、揚げ立てには敵いませんけれど…。
「すみません…! お手数をおかけしまして」
「どういたしまして」
 お役に立てて良かったですわ、とブルーの母が置いて行った二つの皿。その上に盛られて湯気を立てている、ホカホカの細く切られたジャガイモ。油でカラリと揚げられたイモ。
「…フライドポテト…?」
 どうして、とブルーが訊いてくるから。
 ずいぶん変わったお土産だけど、と温め直されたフライドポテトを眺めているから。
「好きだったろ、お前?」
 フライドポテト。温め直してもけっこういけるぞ、熱い間は。
「好きだけど…。小さい頃から、揚げ立てを何度も買って貰ったけど…」
 ママだってたまに揚げてくれるし、美味しいんだけど。…ハーレイにそういう話、したっけ?
「いや、お前はお前でも前のお前だ。好きだったろうが」
「前のぼく?」
 案の定、キョトンとしているブルー。自分と同じで忘れてしまっているのだろう。あの船の中で食べていたことを、前の自分が揚げていたことを。
 そうなるのも無理も無いとは思う。
 フライドポテトを揚げていた頃は、お互いにキャプテンでもソルジャーでもなかったから。前の自分がキャプテンになってしまった後には、もう揚げたりはしなかったから。
 ブルーが厨房に遊びに来ることも、前の自分が厨房に立つことも無かったのだから…。



 けれども、思い出して欲しいフライドポテト。前のブルーとの思い出の味。
 一本つまんで、「覚えていないか?」とブルーに尋ねた。
「こいつを、だ。よく揚げてやったぞ、前の俺がな」
 前のお前が厨房に来たら、「食うか?」と訊いては、ジャガイモを剥いて。
「ああ…! ハーレイのフライドポテト…!」
 思い出したよ、揚げてくれてた。ぼくのおやつに、ってフライドポテトを何度も、何度も。
「そうだ、そいつだ。…生憎と俺が揚げたんじゃなくて、買って来ただけだが…」
 おまけに揚げ立てじゃなくて、温め直したヤツなんだが…。
 まあ、食ってみろ。フライドポテトは温かい間が美味いんだからな。
「前のハーレイもそう言っていたね、揚げ立てを食べるのが美味いんだぞ、って」
 火傷するくらい熱いのもうんと美味しいから、って揚げてる間にも分けてくれたよ。まだ全部を揚げたわけじゃないのに、「ほら」って、つまんで。
「冷めると美味くないからな、イモは」
 特にフライドポテトってヤツは。
 揚げたばかりのホクホクしたのを食ってこそだな、こいつはな。
 …おっと、こいつもなかなかいけるぞ、お前のお母さん、上手く温め直してくれたんだなあ…。



 シャングリラで食ってたあの味だ、とハーレイはフライドポテトを頬張った。小さなブルーも。
 白い鯨ではなかったシャングリラで食べた、フライドポテト。熱々の揚げ立て。
 その誕生はジャガイモ地獄だった頃。
 前のブルーが奪った食料の大部分をジャガイモが占めた、ジャガイモ地獄。
 地球が滅びてしまうよりも前の遥かな昔は、ジャガイモを主食にしていた地域もあったという。ジャガイモだらけでも大丈夫な筈だと、何とかなると努力したハーレイと厨房の者たち。
 ありとあらゆるジャガイモ料理を作ったけれど。
 ブルーが調達して来た食料を無駄にしないようにと、頑張ったけれど。
「今日もジャガイモか…。もう飽きたな」
「まったくだよ。たまにはジャガイモ抜きの食事を食べたいねえ…」
 そんな台詞ばかりが流れる中。食事の時間が訪れる度に聞こえて来る中。
 意外なことに、好評だったフライドポテト。
 単純に切って揚げただけのもので、味付けも振った塩だけなのに。
 ジャガイモそのものの料理だというのに、何故だか、皆に好まれた。誰も文句を言わなかった。
 そうと分かってからは、フライドポテトを添えることにした。
 ジャガイモだらけの料理に一品、フライドポテト。それを食べる時だけは誰もが笑顔で、不平も不満も無かったから。熱い間にと、皆が一番に食べていたから。



 あまりに不思議なフライドポテト。添えるだけで笑顔を引き出す食べ物。
 ジャガイモ地獄の日々の中でも、「美味い!」と喜ばれて好かれたフライドポテト。
 何か理由があるのだろうか、とヒルマンがデータベースで調べた結果。
「例のフライドポテトなんだが…。子供の頃に食べたようだね」
 どうやら、そういう食べ物らしい。家でも作りはするのだが…。どちらかと言えば家の外。
 それを専門に揚げている店で買うのが多いようだ。遊園地などの露店でね。
「なるほどねえ…! あれは遊園地の味だったのかい」
 まるで覚えちゃいないんだけどさ、遊園地にも行った筈だしねえ…。楽しかったに違いないね。
 その時に食べたものだったんだ、と舌が覚えていたってことだね、フライドポテト。
 分かった、とブラウがポンと手を打ち、たちまち広がったフライドポテトの由来なるもの。
 思い出の味か、とシャングリラ中の皆が納得した。
 失くしてしまった楽しい記憶と結び付いているらしいフライドポテト。
 それで飽きないのかと、これだけは美味しく食べられるのか、と。



 ジャガイモ地獄の中、どんな料理でも黙々と食べていたブルー。
 文句の一つも言わずに何でも食べたけれども、フライドポテトが特別な所は皆と同じで。
 食堂でハーレイと並んで食事しながら、添えられた揚げ立てのフライドポテトを頬張りながら。
「ねえ、ハーレイ」
「ん?」
「ぼくのフライドポテトの思い出、どんな思い出だったんだろう?」
 なんにも思い出せないけれども、これを食べると幸せな気持ちになるんだよね…。
 美味しいなあ、って思うんだ。美味しかったな、って、また食べたいな、って。
 何処で食べたのかな、遊園地かな? それともパパかママに強請って何処かの露店?
「さあなあ…」
 何処だったんだろうな、ヒルマンの話じゃフライドポテトの露店は多かったらしいしな?
 公園にもあれば、街角にだって。何処でも子供が主役でな。
「ハーレイの思い出も気になるよね。フライドポテトとセットの思い出」
「まあな。だが、思い出の場所が何処であれ、だ…」
 俺はお前よりもデカイのを買って食っていたのに違いないさ、と笑って言った。
 フライドポテトを買う時に選ぶ、自分の胃袋に見合ったサイズ。
 この身体だから、と。子供の頃にも大きかったに違いないと。
「そうかも…!」
 きっとハーレイ、一番大きなサイズだね。大人の人が買って行くような。
「お前は一番小さいのかもな」
 今だって食が細いんだしなあ、デカイのを買っちゃいないだろう。
 でなきゃ、食えると強請ってデカイのを買って、最後までは食べ切れなかったとかな。
 それだって、いい思い出だ。残りはお前の養父母が食べてくれたんだろうし、うんと愛されてた時代の素敵な思い出なんだ。残念ながら、俺たちは全部失くしちまったわけなんだがな…。



 誰もが喜んだフライドポテト。
 記憶は失くしても、舌に残っていた露店の味。幸せな思い出を閉じ込めた味。
 ジャガイモを切って揚げただけなのに、塩を振りかけただけなのに。
 厨房の責任者だったハーレイにとっては、忘れられない食べ物となったフライドポテト。まるで魔法のように思えて、ジャガイモを見る度に思い出したものだ。その調理法を。
 だからジャガイモ地獄が終わった後にも、たまにブルーに揚げてやった。
 手が空いている時にブルーが来たなら、「食べるか?」と訊いて「うん」と答えが返ったら。
 ジャガイモの皮を剥いてトントンと切って、熱した油でジュウジュウと揚げて。揚げる間にも、早く揚がった分をブルーに「熱いぞ」と渡してやっていた。
 軽く塩を振って、「これがホントの揚げ立てってヤツだ」と、「火傷するなよ」と。
 揚げ終わったら、塩をパラリと振りかけて皿に盛り、熱々のをブルーと二人で食べた。カラリと揚がったホクホクのフライドポテトを二人で。
 齧りながら、何かを思い出さないかと期待もしていた。この味が引き金になって何かを、と。
 失くした子供時代の記憶。フライドポテトが大好きな理由。
 お互い、記憶は一つも戻りはしなかったけれど。欠片さえ戻って来なかったけれど。
 何度も何度も、揚げ立てのフライドポテトを二人一緒に頬張った。
 「熱い間が美味いんだから」と、あの船にあった厨房で。
 幸せだった、前のブルーとの思い出。
 フライドポテトに纏わる記憶はブルーとの思い出になってしまった。あの頃に追っていた記憶の欠片を探すのではなくて、前のブルーと結び付いてしまったフライドポテト。
 二人で食べていたフライドポテト…。



「俺が思うに、あの頃、既にお前はだな…」
 お前に俺がフライドポテトを揚げてやっていた頃。
 俺としては友達に振舞うつもりでせっせと揚げてたんだが、そいつは俺の勘違いってヤツで。
 実はお前は、とっくの昔に…。
「ハーレイの特別だった、って言うの?」
 まだ恋人ではなかったけれども、ハーレイにとっては特別な何か。友達じゃなくて。
「そういう気持ちがしないでもない」
 お前のために揚げてやろう、ってジャガイモの皮を剥き始めたら気分が弾んでいたしな。うんと美味いのを食わせてやろうと、今日も揚げ立てを御馳走しようと張り切っていた。
 お前の記憶が戻るといいなと、こいつで戻るといいんだが…、とな。
「ぼくはいつでも言ってるよ。会った時から特別だよ、って」
 アルタミラでハーレイと初めて出会った時から、特別。
 ハーレイはぼくの特別なんだよ、って何度も言ったよ、最初からだよ、って。
「そうだっけな…。俺にとってもお前は特別だったんだろうな」
 お前以外の誰かが来たって、フライドポテトを食わせてやろうとは思わなかったし。
 ゼルが長居をしていた時にも、ヒルマンが覗きに来てくれた時も。
 一度も揚げてはやらなかったなあ、フライドポテト。
 食ってみるか、って試作品を食わせた思い出ってヤツは星の数ほどあるんだがな。



 前のブルーにしか揚げてやらなかったフライドポテト。
 もう充分にブルーは特別だったのだろう。前の自分がそうだと気付いていなかっただけで。
「フライドポテトなあ…。お前にしか揚げてやらなかった、ってトコで気付けば良かったな」
 俺はお前を特別扱いしてるんだ、ってことに気付けば、その他にだって。
 あれこれと色々あったかもしれんな、お前が特別だった証拠が。
 そいつを知ってりゃ、もっと早くにお前に打ち明けていたかもしれん。お前が好きだと、恋人になってくれないか、と。
 ところがどっこい、俺ときたら恋だと気付くまでに何年かかったんだか…。
 シャングリラが白い鯨になっても、まだ友達だと思ってた。つくづく馬鹿だな、鈍いヤツだ。
 フライドポテトのことだけに限らず…、と苦笑いしながら小さなブルーと二人でつまんだ。
 まだホクホクとしているフライドポテトを。揚げ立ての味に近いものを。
 ハーレイが揚げたわけではないけれど。
 揚げ立てでもなくて、持って来る間に冷めてしまって、温め直されたものだけれども。
 それでもフライドポテトだから。
 前の自分たちが食べたフライドポテトと、まるで違うというわけではないから…。



「またハーレイに揚げて欲しいな、フライドポテト」
 お土産でも嬉しいんだけど…。ハーレイの揚げ立て、食べたかったな。
「そいつは俺も、一応、考えてはみたんだがなあ…」
 フライドポテトの露店を見ていて記憶が戻った時に、とハーレイは食料品店の側で巡らせていた考えを思い返して頭を振った。
 揚げればフライドポテトになるイモを買おうと思えば買うことは出来た。そういう商品も扱っていたから、「揚げていない物を」と頼めば済んだ。
 皮を剥かれて切られていたイモ。露店に山と積んであったジャガイモ。計って貰って生のイモを買えば、そういうイモを買いさえすれば。
 小さなブルーが見ている前で揚げてやることが出来ただろう。キッチンを借りて。
 ブルーが寝込んでしまった時には野菜スープを作っているキッチン。何度も借りて使っていた。
 フライドポテトを揚げるくらいは手料理というわけでもないから、ブルーの母を恐縮させる心配だって無かっただろう。
 シャングリラでの思い出の料理だと、それを再現してみたいのだ、と言えば分かって貰えた筈。
 快く貸して貰えただろうキッチン、揚げるための鍋も、それに油も。
 けれど…。



「俺がキッチンで揚げていたなら、その場で思い出話が出来んぞ」
 そこが問題だし、イモを揚げるのは諦めたんだ。揚げてないイモもあったんだがなあ、ちゃんとフライドポテト用に切ってあるイモ。家で揚げようって人は量り売りをして貰えたんだが。
「思い出話って…。大丈夫だったんじゃないの、ママがいたって、パパも覗きに来てたって」
 本当に前のハーレイが揚げていたんだから。ジャガイモの皮を剥くってトコから始めて。
 そういう話を二人でしてても、パパもママも変には思わないよ?
 シャングリラの昔話の一つなんだ、って聞いてるだけだと思うんだけど…。
「それは確かにそうなんだが…。揚げてたってことだけで話が済めばいいんだが」
 もっと色々話したくなっちまった時に困るじゃないか。そう思ったから揚げるのはやめにした。
 現にお前が俺の特別だった、って話が出て来てしまったろうが。
 お父さんやお母さんの前でその手の話は出来ないぞ。後で、ってことにするしかないんだ。
「…そっか、後からになっちゃうんだ…」
 フライドポテトを揚げ終わって部屋に行くまで話が出来ないんだね。
 思い出した、っていうものがあっても、キッチンだったら黙っているしかないものね…。
「そういうことだ。思い出して直ぐに話せるっていうのと、後まで黙っておくのは違うぞ」
 忘れちまいはしないだろうがだ、新鮮な驚きが消えちまう。
 あれはこういうことだったのかと、後で忘れずに話さなければ、と何度も頭で繰り返す内にな。



 そうなったのでは感慨が薄れちまう、とフライドポテトを揚げることを断念した理由をブルーに説明したら。こんなわけでやめておいたのだ、と説いてやったら。
「じゃあ、今度揚げてよ、フライドポテト」
 思い出話はたっぷりしたから、前のぼくがハーレイの特別だったフライドポテトを揚げてよ。
 ぼくにだけ揚げてくれてたんだな、って噛み締めながら眺めることにするから。
 前のぼくの頃に戻ったつもりで、ハーレイが揚げるの、見ているから。
 ジャガイモの皮から剥いてくれなくても、フライドポテト用のを揚げてくれればいいから。
 お願い、とブルーに頼まれたけれど。強請られたけれど。
「もうお母さんに話しちまったからなあ、フライドポテトの思い出ってヤツ」
 全部を喋ったわけじゃないがだ、フライドポテトを持って来た理由は話しちまった。
 そいつを今度は揚げるとなったら、そこまで大事な食べ物なのか、と興味を持たれてしまうぞ、きっと。どんな思い出か知りたいだろうし、話してくれとも言われるだろう。
 無理やり聞こうってほどに強引じゃなくても、一緒に夕食を食ってる時とか。
 前のお前に揚げてやってた、お前が俺の特別だった、っていう思い出。
 そうそう披露したくはないなあ、特別だったと気付いちまった今ではな。



 またいつかな、と言い逃れたら。
 興味を持たれないくらいに時間が経つか、揚げても妙だと思われないようなタイミング。そんな機会が訪れたなら…、と逃げを打ったら、ブルーは残念そうにしていたけれど。
 フライドポテトを揚げる姿は見られないのか、と肩を落としていたのだけれど。
「…結婚したら揚げてくれる?」
 ハーレイと結婚した後だったら、フライドポテトを揚げてくれる…?
「もちろんだ。露店で売ってるイモを買ってくるようなケチな真似はしないぞ、一から作る」
 前の俺が何度もやってたみたいに、ジャガイモの皮を剥くトコからだな。
 うんと美味いのを揚げてやるから、それを楽しみに待っていろ。揚げてる途中で味見ってヤツも前と同じにつけてやるから。「火傷するなよ」って渡してたヤツな。
「ホント!?」
「うむ。誰にも遠慮しないで二人きりで暮らせる家なんだしな?」
 キッチンも有効に使いたいじゃないか、フライドポテトも楽しくいこう。
 前の俺たちは何の記憶も思い出すことは出来なかったが、だ…。
 今度の俺たちはきっと色々思い出せるぞ、今、思い出した分よりも沢山、フライドポテトの思い出ってヤツを。
 前のお前と俺とで食べてたフライドポテトだ、山ほど思い出が詰まっているさ。
 俺が揚げて、お前が横からつまんで。
 そうする間にも次から次へと懐かしい記憶が戻るんじゃないか、お前も、俺もな。



 そして今のお前のフライドポテトの思い出はどんな具合なんだ、と訊いてみる。
 何か楽しい思い出はあるかと、今度はちゃんと思い出せるかと。
「うんっ! えっとね、遊園地でママに買って貰って、いっぱい食べて…」
 食べ切れなくって、持って帰って食べたいな、って思ってたのに。
 パパが「冷めると美味しくないぞ」って、「パパが食べておこう」って食べちゃった…。
 何度もそういう目に遭ったけれど、フライドポテトを買う時には欲張っちゃうんだよ。
 食べ切れないに決まっているから小さいのにしなさい、って言われても駄目。一番小さいヤツにしておきなさい、ってママが言っても、パパが言っても、もっと大きいの。
 流石に、一番大きいのが欲しいとまでは欲張らなかったけどね。
「うーむ…。お前らしいと言えば、お前らしいな」
 妙な所で頑固だからなあ、前のお前とそっくりで。
 うんうん、デカいフライドポテトか。お前の腹には入り切らんな、まして今よりチビではな。



 聞かせて貰ったブルーの幸せな思い出。今のブルーの思い出の中のフライドポテト。
 遊園地で「欲しい」と駄々をこねる姿が見えるような気がした。今よりもずっと小さなブルーが足を踏ん張り、大きいのがいいとフライドポテトの露店の前で。
 きっと他でもやったのだろう。遊園地でなくても、フライドポテトの美味しそうな匂いが漂って来たら。揚げている露店に出会ったら。
「お前、今度はフライドポテトの思い出を山ほど持っていそうだが…」
 そういう幸せな思い出を増やして行こうな、フライドポテトの他にもな。
 前の俺たちがフライドポテトで幸せな気持ちになっていたように、幸せを運んでくれる思い出。
「うんっ! ハーレイと二人で沢山思い出を作らなくっちゃね」
 幸せな思い出を沢山、沢山。
 思い出すだけで幸せになれるものを沢山、ハーレイと二人で見付けようね。
「ああ、食い物に限ったことじゃなくてな」
 その辺を散歩して、買い物に行って。ドライブや旅行や、前の俺たちがやってないことを端から経験していくとしよう。幸せな思い出を増やすためにな。



 偶然出会った、フライドポテトの露店が運んで来てくれた記憶。
 前の自分が持っていた記憶。
 ブルーのためにだけフライドポテトを揚げていたのだと、ブルーは特別だったのだ、と。
 いつか、結婚したならば。
 またブルーのためにフライドポテトを揚げよう、ジャガイモの皮を剥く所から始めて。
 揚げながらブルーに「熱いぞ」と揚げ立てを渡してやって、キッチンで二人。
 前の思い出を拾い集めながら、今の思い出を語りながら。
 フライドポテトの思い出だけでも、きっと一度で語り尽くせはしないだろう。
 だから何度も、何度も揚げる。
 ブルーのためにフライドポテトを、揚げ立てが美味しいカラリと揚がった思い出の味を…。




           フライドポテト・了

※シャングリラでハーレイが揚げていたフライドポテト。前のブルーが来た時にだけ。
 その頃から、きっとブルーは特別だったのでしょう。わざわざ作ってあげたいくらいに。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv









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