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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

王子様のキス

「やはりお前か、ソルジャー・ブルー!」
(え!?)
 嫌というほど聞き覚えのある声。何度となく聞いたキースの声。
 またメギドか、とブルーは慌てたけれど。
 大嫌いで苦手なメギドの悪夢。それが来たかと、しかも夢だと自覚のある方なのか、と泣きたい気持ちになったけれども。
 「…ではないのか」と続いた声。
 場所はメギドに違いないけれど、青い光が溢れる制御室の中に居たけれど。
 「見付けたぞ」と笑顔で近付いてくるキース。その手に拳銃を構えてはいない。それにマツカを従えているし、いつものメギドの悪夢とは違う。
 何かが変だ、と自分の身体を見回してみたら、パジャマを着ていた。ソルジャーの衣装は消えてしまって、代わりにパジャマ。おまけに小さくなっている身体。十四歳の子供の身体。
(…どうなってるの?)
 確かにメギドに居るんだけれど、と目をパチクリとさせている間にキースが側までやって来た。
 背の高いキース。前の自分が会った時より遥かに高い。身体が小さくなっている分、身長の差が大きくなるから。
 自然と見上げる形になってしまい、アイスブルーの瞳の男と向き合った途端。
「ずいぶん探し回ったぞ。今度こそ結婚して貰わんとな」
「ええっ!?」
 仰天したけれども、思い出した。花嫁を探していたキース。自分に白羽の矢が立った。何故だか自分に、チビの自分に。
 危うい所で逃げ出したけれど、結婚式を挙げる途中で目覚めて夢から逃げられたけれど。
 そのキースにまたしても見付かった。探し出されて、キースは笑顔。それは満足そうな顔。
 逃げ出したいと焦ったけれども、覚めない夢。逃れられない夢の中の自分。
 「さあ、行こうか。此処は危ないからな」とキースに腕を掴まれた。
 逃げられないままで拉致されてしまった、またしてもノアへ。キースが住んでいる家へ。



(もう三度目だよ…!)
 キースが花嫁を探している夢。自分が花嫁に選ばれる夢。
 三度目なのだと分かってもいるし、夢だと自覚もあるというのに、一向に覚めてくれない悪夢。
 国家主席になるらしいキースは結婚式の準備を進めている上、機嫌の方も至極良かった。やっと花嫁を見付け出したと、結婚式を挙げて自分のものにするのだと。
 花嫁の正体が何であろうが、キースは全く気にしていない。ブルーという名前もミュウの長だということも充分に承知で、シャングリラにまで結婚式の招待状を送っていた。
 ミュウと人類がとうに和解した世界、シャングリラの皆からも出席すると届いた返事。
(三度目の正直って言うんだよね…?)
 縁起でもない、と夢から逃れようと思うけれども、覚めない夢。
 キースが住む家でマツカに世話され、結婚式に向けて流れてゆく日々。高層ビルに住むキースの家から一歩も出しては貰えない日々。
 大切にされてはいるのだけれど。一部屋貰って、何の不自由もしていないけれど…。



(今度こそ結婚させられちゃうよ…!)
 ウェディングドレスは出来たと聞いたし、結婚式当日のお楽しみだと微笑んだキース。サイズはピッタリに作らせてあるから、きっと似合うと。可愛らしいに違いないと。
(ぼく抜きで話が進んでるなんて…!)
 このまま進めば、また結婚式。今度は逃げ出せないかもしれない。キースと結婚してしまう夢。
 誓いのキスやら指輪の交換、まだハーレイともしていないのに。唇へのキスはまだハーレイから貰えないのに、夢の中でキースにキスされるなんて…。
(それだけは嫌だよ…!)
 ハーレイよりも先にキースとキス。いくら夢でも酷すぎる話。それでも覚めてくれない夢。
 いくら願っても、夢だと自分に言い聞かせても、終わりが来てはくれない夢。



(…逃げるしかないの?)
 夢から逃れられないのならば、夢の中で逃げるしかないのだろうか。何処でもいいから、何処か遠くへ。キースが見付け出せない場所へ。
(きっと、それしか…)
 方法は無い、とキースが仕事に出掛けた隙に窓から逃げようと下を覗いてみたけれど。
 とんでもない高さ。
 人の姿はまるで分からないし、車でさえも小さな記号のよう。動いてゆくから車なのだと分かるだけ。道路を次々と流れてゆくから、たまに止まったりもしているから。
 ビュウと吹き上げて来た強い風。遥か下から吹いて来た風。
(…死んじゃうかも…)
 こんな高さから飛び降りたら。この窓から外へ逃げたなら。
 とはいえ、これは夢だから。自分が見ている夢の世界の中なのだから。
 飛べるかもしれない、と懸命に窓枠をよじ登った。
「危ないですよ!」
 下りて下さい、とマツカが止める声も聞かずに窓から下へと飛んだけれども。
 飛べると信じて飛び降りたけども…。



(やっぱり飛べない…!)
 真っ直ぐに落ちてゆく身体。飛ぶどころではなくて、地面へ向かって一直線に。
(ぼく、死んじゃう…!)
 落っこちて死ぬ、とギュッと目を瞑ろうとしたら聞こえた声。自分の名前を呼んでいる声。
(まさか、ハーレイ?)
 来てくれたのか、と目を見開いたら、落ちてゆく先で両手を広げているキース。受け止めようと足を踏ん張り、「大丈夫だ!」と自信に溢れた表情。
(最悪だよ…!)
 夢の世界なら、キースも自分もきっと怪我一つしないのだろう。
 あんな高さから飛び降りた自分をキースが受け止め、しっかりと両腕で抱えるのだろう。
 「良かったな」と、「危なかったな」と。
 もう最悪なハッピーエンド。
 キースに受け止められるだなんて…、と泣きそうな気分になった所で目が覚めた。
 本物の瞼がパチリと開いて、夢の世界から逃げ出せた。
 カーテン越しに朝の光が射し込む部屋へと戻って来られた。自分のベッドがある部屋へと。



(…あんまりな夢…)
 あれは酷すぎ、とベッドの中で頭を振った。
 横になっていたら、またウトウトと眠ってしまって夢に捕まるかもしれないから。さっきの夢の続きを見たら大変だから、と起き上がってベッドの端に腰掛けることにした。
 まだ着替えるには早い時間だからパジャマのままで。
(…あの夢って、何の呪いなわけ?)
 毎回キース、と唸ったけれど。
 キースに攫われては花嫁にされてしまうんだ、と理不尽な夢に怒りをぶつけたけれど。



(…呪い?)
 呪われているのだろうか、あのキースに?
 もしかしたら、夢の世界で出会うキースが自分に呪いをかけたのだろうか?
 チビの自分を花嫁にしようと、花嫁にするのだと恐ろしい呪いを。
 花嫁にするための呪いの魔法を、この自分に。
(それでチビとか…?)
 一ミリさえも伸びてくれない背丈。どんなに頑張っても少しも伸びない背丈。
 時期が来れば伸びると、そういう時期が来ていないだけだと思っていたけれど、呪いがかかっているかもしれない。大きく育ってしまわないように。チビの姿でいるようにと。
 夢の中で出会うキースが欲しい花嫁はチビの自分で、育った姿の方ではないから。
 育ってしまえばソルジャー・ブルーで、問答無用で撃ち殺される。
(キースが欲しいの、チビのぼくだから…)
 チビの自分を手に入れようとして、育たないようにとかけられた呪い。
 そうだとしたなら、沢山食べても、ミルクを飲んでも、背丈は伸びてくれないだろう。いつまで経ってもチビのまんまで、前の自分と同じ姿にはなれないだろう。
 悪い魔法使いのキースに呪われて。
 大きくなれない呪いをかけられ、背が伸びないままで暮らすしかない。呪いのせいで。



(どうしよう…)
 本当に呪いかもしれない、という気がして来た。
 三度も夢で出会ったキース。チビの自分を花嫁にしようと目論むキース。
(呪いを解くには…)
 どうすればいいのか、と考え込んでいて、ハタと気付いた。
 呪いを解くには真実の愛。王子様のキス。
(白雪姫だって、オーロラ姫だって…)
 王子様のキスで呪いが解けた。お姫様のキスで呪いが解けるカエルの話もあった筈。
 自分はハーレイと結婚することになっているのだし、王子様はきっとハーレイだろう。キスさえ貰えれば呪いは解けて、背丈が伸びるに違いない。
 それなのに今は貰えないキス。前の自分と同じ背丈に育つまでは、と貰えないキス。
 けれども事情が事情だから。
 キスを貰わないと背丈が伸びてはくれないわけだし、呪いを解かねば背は伸びないから。
(今日は土曜日…)
 駄目で元々、ハーレイに相談しようと決めた。
 今の自分の王子様。呪いを解くためのキスが出来るのは、きっとハーレイだけなのだから。



 朝食を食べて、部屋の掃除をきちんと済ませて。
 まだか、まだかと待ち侘びていたら、チャイムの音が聞こえて来た。窓に駆け寄れば、手を振るハーレイ。大きく手を振り返して、王子様を待った。呪いを解ける王子様を。
 母がお茶とお菓子を置いて行った後、テーブルを挟んで向かい合わせに座ってから。
「あのね、ハーレイ…。呪いって信じる?」
 そう切り出したら、ハーレイは「はあ?」と鳶色の瞳を瞬かせた。
「呪いってなんだ、何の話だ?」
「呪いだよ。魔法使いとかが呪いをかけるでしょ?」
 ああいう呪い。ハーレイは存在していると思う? 呪いの魔法。
「うーむ…。俺たちは生まれ変わりなわけだし、お前には聖痕まであったからなあ…」
 呪いが無いとは言えないな。無いと言い切る自信は無いが…。
 どうしたんだ、お前。いきなり呪いの話だなんて?



「…ぼくね、呪われてるみたい」
「呪うって…。誰にだ?」
 誰がお前を呪うと言うんだ、こんな平和な今の世界で?
 勘違いっていうヤツじゃないのか、たまたま偶然が重なっただけで。
「でも…。呪ってるのはキースなんだよ」
「キースだと!?」
 何故だ、とハーレイに真顔で訊かれたから。
 「お前、キースを嫌ってはいないだろうが」とキース嫌いのハーレイに尋ねられたから。
「…それとこれとは別問題だと思う…」
 ぼくがキースを嫌ってなくても、嫌っていても。
 キースの方では全く関係ないんじゃないかな、呪いをかけてる相手は今のぼくだから。
 前のぼくとは無関係な所で目を付けて呪っているだけだから…。
「サッパリ話が分からないんだが、何処からキースが出て来たんだ?」
 それにどうして呪いになるんだ、俺に分かるように説明してくれ。
 俺の嫌いなキースの名前が山ほど出ようが、そこは我慢して聞いてやるから。



「えーっと…。ぼく、また夢を見たんだよ。結婚式の」
 キースと結婚させられちゃう夢。キースがぼくをお嫁さんにしようと企んでる夢。
「ああ、あのシリーズの三回目か」
 確か三回目になる筈だよなあ、お前が俺に喋っていない分があるなら知らんが。
「あれってシリーズだったわけ?」
「聞かされてるだけの俺にしてみればな。…八つ当たりもされるが」
 で、今度は何をやらかしたんだ?
 今度の夢では、お前、どういう目に遭ったんだ…?
「聞いてよ、ハーレイ! 酷いんだよ…!」
 いつもと同じで始まりはメギド。ぼくはまたキースに捕まっちゃって…。
 こうだ、と夢の話を全部聞かせた。
 危うい所で目が覚めたけれど、夢の中の自分が考えたような三度目の正直ではなさそうだと。
 結婚式場に行かなかったから、カウントされないに違いないと。



「…それで?」
 目が覚めたんなら充分じゃないかと思うがなあ…。三度目が来たって、所詮は夢だろ?
 どうしてそいつが呪いになるんだ、しかもキースの呪いだなんて。
「目が覚めてから気が付いたんだよ、これはキースの呪いだって」
 呪われてるんだよ、あのキースに。今まで気付いていなかったけれど…。
「どんな呪いだ?」
 夢を見るように呪われてるのか、結婚式のシリーズを最後まで見ろと。
 キースと結婚式を挙げるまでは何度でも見るっていうのか、そのシリーズを?
「ううん、そっちの方がマシ。もっと深刻な問題なんだよ」
「深刻って…。どんな具合にだ?」
「ぼくの背丈が伸びない呪い…」
「なんだそりゃ?」
 お前の背丈って、伸びないようにと呪ったら何か得をするのか、そのキースは?
「大きくなったら、お嫁さんには出来ないしね?」
 育っちゃったらソルジャー・ブルーで、キースは撃つ方に行っちゃうから…。
 チビのぼくでないと、お嫁さんには出来ないんだよ。だから大きくならないように。前のぼくと同じに育たないように、キースが呪いをかけているんだ。
 ぼくがいつまでも、チビのまんまでいるように。育たないように…。
「あのなあ…。お前、まだ寝ぼけてはいないだろうな?」
 背丈が伸びない呪いをかけられたってか、あのキースに?
 前のお前を撃ったキースが、今度は魔法使いになって戻って来たってか…?



 キースがどうすれば魔法使いになるというのだ、と呆れるハーレイ。
 いくらなんでも有り得ない、と。
「お前、冷静に考えてみろよ? お前の聖痕は不思議ではあるが、魔法とは違う」
 生まれ変わりだって魔法じゃないんだ、神様がやって下さったことだ。
 奇跡が存在することは俺も認めはするがだ、魔法となったら信じ難いな。
 おまけにキースが魔法使いになるなどと…。あいつだったら、魔法よりも現実重視だろうが。
 そういうタイプだ、キースってヤツは。
 魔法を習いに出掛けるキースなんぞは全く想像出来んぞ、俺は。
「だけどぼくの背、伸びないし…。ちっとも伸びてくれないし…」
「それは確かだが…」
 だからと言って呪いと結び付けるのはどうかと思うが…。個人差ってヤツもあるからな。
「でも…。試してみる価値はありそうなんだよ」
「何をだ?」
「キースの呪いを解く方法」
 ぼくの背丈が伸びない呪いは、これで解けると思うから…。
 もしも呪いがかかっていたなら、これを試せば背だって伸びようになると思うんだけどな。
「その方法をキースが喋ったのか?」
 呪いかどうかも分からないのに、夢の中で何かを言ったのか、キース?
「ううん、王道」
 大抵の呪いはこれで解けるよ、間違いないよ。
 だからキースの呪いだってきっと、この方法で解けると思うけど…。



 呪いを解くにはハーレイの協力が必要なんだよ、とブルーは説明した。
 眠りの呪いもカエルの呪いも王子様やお姫様のキスで解けると、呪いを解くにはキスなのだと。
「だからお願い、協力して!」
 ぼくにかかった呪いを解いてよ、キースの呪いを。
「俺にどうしろと?」
 何をすればいいんだ、俺の協力とやらいうヤツ。
「ハーレイだって分かってるでしょ、呪いはキスで解けるんだよ?」
 ぼくにキスしてくれたら解ける筈だよ、キースにかけられてしまった呪い。
 お願い、ハーレイ。ぼくにキスして。
「ふうむ…。やはりそういうことになるのか」
 仕方ないなあ、呪いを解くにはキスしかないんだ、ってことになったら。
 要は呪いを解けばいいんだな、俺がキスして。



 よし、と椅子から立ち上がったハーレイ。
 ブルーの方へとやって来たから、瞳を閉じて待っていたのに。
 王子様が唇にキスをくれる、とワクワクしながら待っていたのに、額にキスを落とされたから。
「それじゃ駄目だよ!」
 呪いが解けない、と文句を言った。
 額ではなくて唇にキスだと、呪いを解くキスは唇にしてくれなくては、と。
 なのに…。
「解かなくていいだろ、そんな呪いは」
 キスだと言うから一応、キスはしてやったが…。唇へのキスにはまだ早いしな?
 何度も言ったな、前のお前と同じ背丈になるまではキスはしてやらない、と。
「だけど…! その背丈になれない呪いがかかってるんだよ、今のぼくには…!」
 どんなに頑張ってミルクを飲んでもチビのままだよ、呪いなんだから。
 それをハーレイが解いてくれなきゃ、ぼくの背丈はいつまで経っても伸びないんだけど…!
「解かなくてもいいと言っている。背丈の伸びない呪いってヤツは」
「なんで?」
 ハーレイはぼくがチビでもいいの?
 チビのまんまでキスも出来ないようなのがいいの、ねえ、ハーレイ?
「…チビのお前も俺は好きだし、ゆっくり大きくなれとも何度も言っているがな…?」
 急がなくていいんだ、背を伸ばそうと。のんびり育てばいいのさ、お前は。
 チビなのは呪いなんかじゃない。現実問題としてキースがいない。
「えっ…?」
「何処にもキースはいないじゃないか。…違うのか?」
 俺もお前も、一度もキースに会ってはいない。だから呪いも存在しない。
 キースがいたなら、考えてやる。呪いなのかもしれない、とな。



 お前の夢の中だけの話だろうが、とキスをアッサリ断られてしまった。
 そんな呪いなどありはしないと、あるわけがないと。
 存在していないキースが呪いをかけることなど有り得ないのだし、呪い自体が存在しないと。
 自分の椅子に戻ったハーレイ。キスは済んだと、額へのキスで充分だと。
「でも、ぼくの背…。ホントに一ミリも伸びていないよ、ハーレイと会った五月から…!」
 呪いじゃなければ何だって言うの、ぼくの背、絶対、呪われてるよ…!
「そう言われてもだ、呪いを解くにはキスなんだろうが。唇へのキス」
 本当に呪いがかかっているなら、俺も真面目にキスしてやるが…。
 今の時点じゃ、お前が一人で思い込んでるってだけで、呪いが解けるって方法もそうだ。呪いの解き方はキスだけじゃなくて色々とあるぞ? 本当にキスで解けるのかどうか…。
 結婚出来る年になっても呪われていたら、考えてもいい。
 お前がチビのままで十八歳の誕生日ってヤツが来てしまったなら、その時はキスをしてやろう。
 俺のキスで呪いが解けるかもしれんし、チビのままだと嫁に貰うにも色々と問題があるからな。
「そんな…!」
 十八歳になるまで駄目だって言うの、キスは無し?
 ぼくにかかった呪いを解いてはくれないの?
 キースが呪いをかけているのに、チビのぼくと結婚しようと思って呪っているのに…!



 このままじゃキースと結婚で…、と叫んだら。
 次に夢を見たら三度目の正直で結婚式を挙げてしまうかもしれないのに、と訴えたら。
「当面の問題は、そっちだろうが。お前が見ている夢のシリーズ」
 背丈が伸びない方じゃなくて、と指摘された。
 夢で何度も会っているキースの方が問題なのだ、と。
 メギドの悪夢とは全く別の夢のシリーズ、そちらではキースは小さなブルーを花嫁にするべく、虎視眈々と狙っている。メギドまで探しにやって来る。
 逃げても逃げても追い掛けて来るし、高層ビルから飛び降りたブルーを受け止めようと両の手を大きく広げるほど。受け止められると自信を持って。受け止めてみせると両手を広げて。
 どうやらキースは小さなブルーが心底欲しくて、花嫁にしようと夢の世界で待っているから。
 ブルーに呪いをかけたキースがいるのだとしたら、夢の中。
 かけられた呪いは背丈が伸びない呪いではなくて、ブルーが花嫁になる呪い。夢の中でキースの花嫁になるという呪い。
 キースはそれをかけたのだろう、とハーレイは言った。夢の世界に住むキースが。



「そうかも…。それでシリーズになっちゃうのかも…」
 ぼくがキースのお嫁さんになるまで、あの夢、続いていくのかも…。
 もしかしたら、結婚しちゃった後までも続くシリーズなのかな?
 キースが呪っているんだとしたら、夢の世界でぼくに呪いをかけたんだったら。
「その可能性もゼロではないな」
 俺が思うに、そのシリーズ。
 本当は呪いなんかではなくて、お前がキースを嫌っていないせいで見てるんだろうが…。
 本当のキースはいいヤツだったと、友達になりたかったと思っている心が、夢の中だと間違った方に行ってしまって結婚シリーズになるんだろうが…。
 呪いなんだと思いたいなら、夢の世界のキースの呪いってことでも別にかまわん。
 でもって、そっちの呪いはだな…。



 夢の世界の俺に解いて貰え、と突き放された。
 ブルーが見ている夢の世界に居るだろうハーレイ、そのハーレイのキスで解ける、と。
「それ、絶対に無理だから!」
 あの夢のシリーズ、ハーレイはぼくを祝福してたり、神父さんの格好で結婚式場の祭壇の前で、式を挙げようと待ち構えていたりするんだから!
 ぼくにキスして呪いを解くどころか、ぼくがキースとキスする方へと仕向けるんだもの!
 その内にホントにキースとキスだよ、祭壇の前で誓いのキス…!
「…そうは言うがな、そのシリーズの俺はそうかもしれんが…」
 お前の夢の世界ってヤツの全体を見ればどうなんだ?
 他にも俺は出て来る筈だぞ、まるで全く出てこないことは無さそうだと俺は思うがな…?
「ハーレイの夢は見るけれど…。よく見るんだけど…」
 呪いを解いて、って夢の中でどうやって頼めばいいの?
 あのシリーズ以外の夢を見ている時には、キースのシリーズ、忘れてるのに…!
 ハーレイのキスなんか貰えやしないよ、どう頑張っても無理だってば…!
「本当か? …要はキスだろ、呪いを解くには俺からのキス」
 お前、夢の世界では俺と一度もキスしてないのか?
 ただの一度もキスしていない、なんてことは絶対に無い筈だがな…?
 それともチビになったお前は夢も見ないのか、前の俺と過ごしていた頃の夢は?
 青の間でも、俺の部屋でも、何度も何度もキスしてやったが、そういう夢は一切見ないのか?
 どうなんだ、うん?
 チビのお前が見る俺の夢は健全なお子様仕様ってヤツで、キスの一つも無いってか…?



「うっ…」
 言葉に詰まってしまったブルー。
 みるみる耳まで真っ赤に染まって、もうアタフタとするしか無かった。
 前のハーレイと過ごしている夢を見たら、キスを交わすのは当たり前のこと。青の間だったり、前のハーレイの部屋であったり、場所は変わりはするけれど。
 キスを交わして、それから、それから…。
 小さなブルーには許されていない、それは甘くて幸せな時間。本物の恋人同士ならではの時間。愛を交わして、互いに溶け合う。幸せに溶けて、ただ酔いしれて…。
 目覚めた後にも温もりが、熱さが残っている夢。前のハーレイの熱が身体に残っている夢。
 キスは幾つも、幾つも貰った。唇どころか、身体中に。
 ハーレイのキスを貰っていない場所を探す方が難しいほどに。
 そんな場所は一つも無かったから。前の自分は身体中にキスを貰ったのだから…。



「…ふむ。やっぱり山ほど貰ってるんだな、俺からのキス」
 その顔を見れば一目で分かる、とハーレイが唇の端を笑みの形に吊り上げた。
 隠しても無駄だと、隠すだけ無駄だと。
「……そうだけど……」
 仕方なく答えたら、ピンと額を弾かれた。指先で軽く。
「ほらな、お前の呪いの件。…キスで呪いが解けるのなら、だ…」
 俺は充分、協力している。夢の世界の俺が贈ってるキスで呪いも簡単に解けるだろうさ。
 ただし、キースの夢のシリーズの俺は、協力どころじゃなさそうだがな。
 生憎と俺が見ている夢じゃないから、そればっかりはどうにも出来ん。
 お前が自分で頑張って逃げるか、夢の中でキースを引っぱたくか。
 こっぴどく振ればキースも懲りるんだろうが、お前、どうやら、振ってないしな?
 大人しく捕まって閉じ込められてる辺り、まるでキースを嫌いってわけじゃないんだろう。
 夢の中だけに間違った方向に行っちまうんだなあ、お前がキースに持ってる感情。
 嫌っていないと、友達になれたに違いないと思っているせいで結婚シリーズになっちまう、と。
 そのシリーズ、俺も今後が楽しみではある。
 お前がキースを振って終わるか、めでたく結婚しちまうのか、とな。



 結婚式を挙げてしまったら慰めてやるから、と笑われた。
 そうなった時は、結婚祝いにケーキくらいは買ってやろうと。
 土産にケーキを持って来ようと、家の近くに美味いケーキ屋もあるのだから、と。
「酷い! お祝いにケーキだなんて!」
 それだと、あの夢のハーレイとちっとも変わらないじゃない!
 「おめでとうございます」って祝福をしたり、神父さんの格好で祭壇の前に立ってたり…。
 ぼくがキースと結婚するのを喜んでるのが、あのシリーズのハーレイなんだよ?
 お祝いにケーキを買って来るなら、あのハーレイと全く同じなんだけど…!
「だが、お前。ケーキの類は大好きだろうが」
 美味いのを買ってやろうと言うんだ、そこは喜んで受け取るべきだと思うがな?
 甘い物を食ったら、幸せな気持ちになるからなあ…。
 夢でキースと結婚しちまって、ガックリ来ているお前でも、だ。美味いケーキで立ち直れるさ。俺のお勧めのケーキってヤツを、祝いにと買って来てやるんだからな?
 どんなのが好みだ、旬のケーキか? それとも店の定番品か?
「うー…」
 ケーキはとっても気になるけれども、旬のも定番のも食べたいけれど!
 キースとの結婚祝いだなんて!
 ぼくをキースと結婚させない道を選んではくれないんだ?
 夢の世界のキースが呪いをかけたんだとしても、ハーレイ、解いてはくれないんだね…?



「当然だろうが。夢の世界でかけられた呪いは俺の管轄ではないってな」
 仮に呪いがかかってたとしても、解くのは夢の世界の俺だ。
 そっちの俺からは充分な数のキスを贈っているようだしなあ、呪いもいずれは解ける筈だぞ。
 どんなにお前が呪われてたって、夢でキースと結婚したって。
 俺からのキスはやれないな。チビの間はキスはしないと、してやらないと決めたんだしな?
「酷いよ、ハーレイ! ぼくはホントに呪われてるかもしれないのに…!」
 キースと結婚する呪い。チビのまんまで、背が伸びないようにされちゃう呪い。
「さっきから言っているだろう。背丈が伸びない呪いってヤツは有り得ないし、だ」
 キースと結婚しちまう夢にしたって、お前の心の問題だってな。
 そんな呪いは何処にも無いんだ、俺に解いてやる義理は無い。
 俺からのキスは、お前が大きくなるまでは駄目だ。
 前のお前とそっくり同じ背丈になったら、そういう姿に育ったなら。
 嫌と言うほどプレゼントするさ、俺からのキスを唇にな。



 欲しければ早く大きくなれ、とキスをすげなく断られた。
 呪いが解けるかもしれないキスを。王子様からの魔法のキスを。
 前と同じに大きく育てば、あの夢のシリーズも見なくなるだろうと言われたけれど。
 キースのことなど思い出している暇も無いほど、幸せにしてやるとハーレイは約束したけれど。
(三度目の正直…)
 あのシリーズでキースと本当に結婚してしまったら。
 そんな日が来たなら、呪いを解こうという気になってくれるだろうか?
 キスを贈って呪いを解こうと、例の夢から、背丈の伸びない呪いから自分を解き放とうと。
 でも…。
(きっと無理…)
 結婚してしまう夢を見たなら、お祝いにケーキをプレゼントしようと言い出したようなハーレイだから。旬のケーキか定番のケーキか、どっちがいいかと訊くほどだから。
(…呪いなんて、きっと無いんだ、ホントに…)
 キースの呪いかとも思ったけれども、ハーレイの方がきっと正しい。
 背丈の伸びない呪いなどは無くて、大きくなるまでハーレイのキスは貰えない。唇へのキスは。
 仕方ないから、背を伸ばそう。
 少しでも早くハーレイからキスが貰えるように。唇へのキスが貰えるように。
 どうすれば背丈が伸びてくれるか、まるで見当もつかないけれど。
 まずは毎朝、欠かさないミルク。それとしっかり食べること。
 いつかはきっと、背だって伸びる。前の自分と同じ背丈に、ハーレイとキスが出来る背丈に…。




          王子様のキス・了

※ブルーが見てしまった、キースとの結婚式の夢。もう三度目で、シリーズとも呼べるほど。
 こんな夢を見る呪いを解くには、王子様のキスだと思ったのに…。甘くなかったですね。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv









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