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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

夢の中の別れ

(此処は…)
 ハーレイは周りを見回した。
 暗くガランとした、深い海の底を思わせる青い空間。明かりは点いているけれど、暗い。全体を明るく照らし出しはしない。
 全容が全く掴めない場所。天井は何処か、壁は何処なのか。何処かに確かに在る筈だけれど。
 それは青の間。ブルーの、ソルジャー・ブルーの私室。その入口。
 其処に自分が立っていた。たった一人で。



(何故、此処に…)
 青の間はもう、無くなったのではなかったか。白いシャングリラと共に。
 最後のソルジャーだったトォニィが解体を決めて、消えてしまったのではなかったか。
 それなのに何故、と訝りつつ。
 ふと見れば、足元に白い花びら。何の花かは分からないけれど、白い花びらが一枚、はらりと。
(花びら…?)
 青の間に花はあったろうか、と視線を上げて初めて気付いた。
 入口から奥へと緩やかに昇るスロープの両脇、埋め尽くすように白い花々。これといった種類があるわけではなくて、それはとりどりに様々な花たち。
 八重の花やら一重の花やら、大輪の花から小さな花まで。どれもが白い。白い花たち。
 まるでシャングリラ中の白い花たちを全て集めて来たかのように。
 白い鯨のあちこちに鏤められた幾つもの公園、其処に咲く花を端から摘んで来たかのように。
 白ければいいと、種類も何も問いはしないと、白い花を全て。
 咲き初めのものから満開のものまで、あれもこれもとかき集めたように。



(白い花…?)
 それ以外の色は一つも無い。青も、紫も、桃色の花も。
 ブルーは白い花が好きだったろうか、これほどに白ばかりを飾らせるほどに…?
(これでは、まるで…)
 結婚式か何かのようだ、と首を傾げた途端に思い当たった。
 葬儀なのだ、と。
 白は白でも婚礼のための白い花たちではなくて、弔いの花。送るための花。
 ソルジャー・ブルーを。
 今は亡き人の魂を送り出すために、青の間に飾られた白い花たち。
 スロープの両脇を埋めて、それが行き着く所まで。一番上にあるブルーのためのスペースまで。
 円形をしている其処の周りにも無数の白い花たちが見えた。遠すぎて形は掴めないけれど、取り巻くように飾られた白い花たち。ブルーの死を悼んで捧げられた白。白い花々。



(あそこに…)
 海の底を思わせる青の間の中、其処だけ淡い光を纏ったブルーのベッド。
 ソルジャー・ブルーが寝起きしていた天蓋つきのベッド。
 何度となく其処で夜を過ごした。ブルーを抱き締め、共に眠った。
 誰も気付きはしなかったけれど。ベッドの持ち主に恋人がいたことも、そのベッドで恋人と愛を交わしていたことも。
(…ブルー…)
 誰よりも愛したソルジャー・ブルー。気高く美しかった恋人。
 その恋人があそこに、あそこのベッドに、一人、眠っているのだろう。
 永遠の眠りに就いたブルーが。鼓動を止めてしまったブルーが。
 白い花に埋もれて、たった一人で。
 生前と同じにソルジャーの衣装とマントを身に着け、ただ一人きりで。
 この部屋には誰もいないから。
 葬儀の準備は全て整っているようだけども、ブルーの亡骸を見守る者さえいないようだから。
 誰もが忙しくしているものなのか、はたまた夜更けで皆は寝静まっているものなのか。



「ブルー…!」
 誰一人いないのは、あんまりだから。
 ブルーの魂も寂しがるから、側に居てやろうとベッドに向かって声を張り上げた。
 俺が来たからと、直ぐに其処まで行ってやるからと。
 駆け出そうとした時、脇をスルリと通り抜けた影。
 いつの間に誰が入って来たのか、と思えば、それは小さなブルーで。
 十四歳のブルー。少年の姿をしているブルー。
 ハーレイの方を振り返るでもなく、声を掛けていったわけでもなくて。
 小さなブルーはスイと通り過ぎて行った、ハーレイなど見えていないかのように。



(なんで、あいつが…)
 あのブルーが此処に居るのだろうか、と首を捻る間に、ブルーはスロープを登ってゆく。
 細っこい身体で、細っこい足で。
 白い花々に飾られた道を、上へと、ベッドの在る方へと。
 ぼうっと浮かび上がる天蓋つきのベッド。ソルジャー・ブルーの亡骸が眠っているベッド。白い花たちに取り巻かれて。弔いの花たちの中に埋もれて。
 もしも其処へと着いてしまったら…。
(死んでしまう…!)
 小さなブルーも。
 生きている小さなブルーの命も無くなってしまう。
 自分の亡骸に引き摺り込まれて。死の淵の底へ引き込まれて。
 けれどブルーは分かってはいない。きっと全く気付いてはいない。
 このスロープを登り切ったら何があるのか、自分の身に何が起こるのかも。
(此処はあいつの部屋でもあるんだ…!)
 小さなブルーに生まれ変わる前は、此処で暮らしていたのだから。
 ただ懐かしさだけで、前の自分の部屋だというだけで上を目指しているのだろう。かつて何度も歩いた道を。前の自分が慣れ親しんでいたスロープを、上へ。
 その先に何が待つかも知らずに、白い花たちが意味するものも知らずに。



「行くな、ブルー!」
 駄目だ、と叫んだ声は届かず、ブルーは振り向きさえしない。
 止めようと駆け出した足がツルリと滑った。踏み出した分だけ、後ろに戻った。
 まるで氷のようなスロープ。滑って前へと進めないスロープ。
 いや、本当に凍り付いていた。
 スロープの脇に見える水槽の水面は凍っていないのに。部屋の空気も凍てていないのに。
 それなのに凍り、鈍い光を放つスロープ。
 緩やかな弧を描くスロープだけが氷の坂となっていた。登ろうとする者の足を拒絶する氷。前へ進もうと踏み出す分だけ、後戻りさせる氷の道に。



(くそっ…!)
 登ろうとしては逆に滑って、ただの一歩も進めはしなくて。
 ふと足を見れば、いつの間にか履いていたキャプテンだった頃の自分の靴。制服までをも纏っていた。前の自分が着た制服を。
 この忌々しい靴が悪いのだ、と脱ぎ捨てようとしたけれど。
 靴さえ脱いだら滑らないだろうと、足から抜こうとしたのだけれど。
(脱げない…?)
 足から離れてくれない靴。手で掴んでみても脱げない靴。
 その間にもブルーは登ってゆく。小さなブルーは歩いてゆく。
 死への階段を、氷のスロープを、滑りもせずに。
 ハーレイに背を向け、細っこい足で、小さな歩幅で。



「ブルー! 行っては駄目だ!」
 止まれ、と声の限りに叫んだけれども、小さなブルーには届かない。
 それにブルーは気付いてもいない。
 懸命に止めている声があることも、何故その声が止めるのかも。
 懐かしさからか、好奇心からか、立ち止まりもせずに登ってゆくブルー。
 スロープの上に着いてしまったら、自分の亡骸があるというのに。近付いたら最後、自分の命もそれに飲み込まれてしまうというのに。
(止めなければ…!)
 何としても、と花を千切ってスロープに撒いた。
 白い弔いの花たちを毟り、自分の行く手に撒き散らした。
 氷の坂で靴が滑るというなら、こうすればマシになるだろう。滑り止めに花を散らしたら。
 弔いの飾りは台無しになってしまうけれども、今はそれどころではないのだから。



「止まるんだ、ブルー!」
 花を千切っては散らして、踏んで。
 前に進めるようにはなった。花は無残な姿になってゆくけれど、登れるようになったスロープ。
 そうして懸命に追ってゆくのに、縮まらない距離。
 止まってくれない小さなブルー。どんどん登ってゆくブルー。
 前の自分が暮らした場所へと、今は葬儀のために白い花で飾られたスペースへと。
「ブルー…!」
 絶叫しながら花を千切り、撒いて。
 滑り止めにと踏みしめ続けて、やっとの思いで登り切って。
「…ハーレイ?」
 どうかしたの、と小さなブルーが振り返ったけれど。
 天蓋つきのベッドの側まで近付いていた足を止めてくれたけれど。
 その身体が揺らめき、消えてしまった。瞬きする暇さえも与えずに消えた。
 赤い瞳の残像を残して、一瞬の間に。
 小さなブルーは声も上げずに吸い込まれて消えた。
 ベッドに眠った亡骸の中に。前の自分の、呼吸も鼓動も止めてしまった器の中に。



「ブルー…!」
 慌てて駆け寄り、ベッドの亡骸を抱え起こした。
 ソルジャーの衣装を着けた身体を、冷たくなってしまった身体を。
 ベッドの上には一面の花。ソルジャー・ブルーを送るための花。どれも白くて、ただ一面に。
 その花たちが折れて潰れてゆくのもかまわず、懸命にブルーを揺さぶったけれど。
 傍目には眠っているとしか見えない、美しい亡骸を揺すったけれど。
 開かない瞼、閉じたままの睫毛。
 赤い瞳は開いてくれない。小さなブルーを吸い込んだままで、飲み込んだままで。
 もう永遠に目覚めないブルー。
 後は死の国へと旅立つだけのブルーの魂。
 小さなブルーも中に居るのに、その魂も一緒に溶けているというのに。
 揺すっても、揺すっても起きないブルー。目覚めてはくれない、永遠の眠り。
 白い花の中で。
 ベッドを埋め尽くす白い花たちの中で、ブルーは二度と目覚めはしない。死んでしまったから。
 こんなに安らかな顔だけれども、傷の一つも無いのだけれど。
 その肉体は滅びてしまって、息も鼓動も戻ってはこない。小さなブルーを閉じ込めたままで。



(失くしちまった…)
 前と同じに失くしてしまった。小さなブルーを、戻って来てくれた小さなブルーを。
 ようやく取り戻した筈のブルーを、目の前で連れてゆかれてしまった。
 自分が間に合わなかったから。
 もっと早くに追い付いていれば、小さなブルーを止めていたなら、間に合ったのに。
(俺はまた失敗しちまったんだ…)
 まただ、とブルーの亡骸を抱き締めて泣いた。
 前も、今度も追い切れずに失くした。ブルーを捕まえられずに失くした。
 同じだ、と泣いて、泣き崩れて。
 目覚めてくれない亡骸を抱いて、冷たい身体を腕に抱いて泣いて…。



(…朝?)
 泣き濡れた目を開けば、朝で。
 まだ部屋の中は薄暗いけれど、耳に届いた鳥の声。白いシャングリラにはいなかった小鳥。
 青の間はもう何処にも無かった。
 腕に重さが残る気がする、冷たくなってしまったブルーの亡骸も。
(…夢か…)
 夢だったのか、と身体を起こして頭を振った。
 ゾクリと走った恐怖と悪寒。氷のスロープの冷たさが背中に貼り付いたように。
 酷い悪夢だった。そうとしか言えない、恐ろしかった夢。恐ろしすぎる夢。
 けれども、ソルジャー・ブルーの葬儀。
 出来なかった葬儀。
 白いシャングリラではしてやれなかった、出来ずに終わったブルーの葬儀。



(ああしてやるつもりだったんだ…)
 シャングリラ中の白い花を集めて、青の間に飾って、ベッドに眠るブルーの周りにも。
 ブルーを悼む仲間たちの心を白い花に託して、その中にブルーを眠らせてやって。
(最後の一輪は俺が置くんだ…)
 キャプテンがそれを眠るブルーの胸に置いても、顔の側にそっと置いてやっても。
 誰も咎めはしなかったろう。
 ブルーの右腕であったキャプテンなのだし、それを置くのが相応しい、と。
 別れの口付けは出来ないけれども、代わりに花を。
 最愛の恋人の死出の旅路に添えてやる花を、心をこめて。「愛している」と心の中で呟いて。
 そうしてブルーを送り出してやって、全てが終わってしまったならば。
 葬儀を終えたら、後を追って死ぬ。隠し持っていた薬を使って、ブルーの後を追ってゆく。
 何処までも共にと誓っていたから。一緒にゆくと誓いを立てていたから。
(…なのに、叶わなかったんだ…)
 その思いが夢を招いただろうか、前の自分の悲しい記憶が。
 ブルーの後を追ってゆくどころか、葬儀すら出来ずに終わった記憶が。



(だがなあ…)
 してやりたかった葬儀はともかく、小さなブルーを奪われた。
 目の前で奪われ、失くしてしまった。
 亡骸になった前のブルーに奪い取られて、連れてゆかれて。
 小さなブルーは自分に気付いてくれたのに。
 「ハーレイ?」と振り向き、「どうかしたの」と愛らしい声を掛けてくれたのに。
 抱き締める前に消えてしまった、前のブルーに吸い込まれて。亡骸の中に取り込まれて。
 揺すっても目覚めなかった亡骸。戻っては来なかった小さなブルー。
 ただ泣き続けて、泣き崩れていただけの悲しすぎた夢。小さなブルーを失くした夢。



(たとえ前のあいつが望んだとしても…)
 ブルーは一人しかいないのだから、そんなことなど起こり得ないと頭では分かっているけれど。
 あんな悪夢を見てしまった後は、二人いるような気さえしてしまう。前のブルーと、今の小さなブルーの二人が。
 もしもメギドで死んでしまった前のブルーが欲しがったとしても、小さなブルーは渡せない。
 ブルーの望みは何でも叶えてやりたいけれども、これだけは決して譲れはしない。
 小さなブルーを渡しはしないし、共に連れては行かせない。
 前のブルーがどんなに望んで、欲しいと願って訴えたとしても。
(俺ごと連れて行こうって言うなら、いいんだがな…)
 ブルーの亡骸に、死んだ魂に引き摺られるままに死んでゆくのもいいだろう。
 小さなブルーごと連れてゆかれるのならば、そういう最期も悪くはない。
 ブルーを失くして一人残るより、共に逝く方がずっといい。
 前の自分は独り残されて、白いシャングリラで地球へまで行った。前のブルーが望んだから。
 けれども今の小さなブルーは残れと言いはしないだろう。自分が一緒に逝くと言ったら、止める代わりに手を繋ぐだろう。
 行こうと、何処までも一緒に行こうと。



(そういえば、あいつ…)
 生まれ変わって来た、小さなブルー。青い地球の上で出会ったブルー。
 今度は一緒に、と何度も聞いた。何処までも一緒だと、けして離れはしないのだと。
 小さなブルーに頼まれてもいる。
 「ハーレイの寿命が先だと言うなら、ぼくも一緒に連れて行って」と。
 一人残されて生きるのは嫌だと、自分の命が短くなっても一緒に行きたいと頼み込まれた。
 そうするために心の一部を結んで欲しいと、鼓動が同時に止まるように、と。
 まだ結んではいないけれども、いつか結婚したならば。
 ブルーの想いが変わっていなければ、サイオンで心を結ぼうと決めた。共に逝けるように。
(それなのに置いて行かれちまった…)
 とびきりの悪夢、ブルーを失くしてしまう夢。
 前のブルーに小さなブルーを連れて行かれてしまう夢。



(とんだ悪夢を見ちまったもんだ…)
 俺としたことが、と溜息をついた。
 同じ小さなブルーの夢なら、もっと生き生きとしている夢。生気に溢れた小さなブルーの笑顔を夢で見たかった、と思った所で気が付いた。今日は土曜日だったのだ、と。
 週末の土曜日、ブルーの家を訪ねてゆける日。
(…あいつに会えるな)
 すっかり夜が明けて明るくなったら。
 小さなブルーの家に行っても、迷惑でない時間になったなら。
(うん、学校のある日でなくて良かった)
 平日だったら、仕事が終わるまでブルーの家には行けないから。
 小さなブルーを見かけたとしても、抱き締めたりは出来ないから。
 その点だけは今日で良かったと思う。あれは夢だと、ただの夢だともうすぐ分かる筈だから。



 気分を落ち着けるために、朝食は少し多めに食べた。
 現実というものを意識するには、食べるのがいい。朝食をしっかり味わいながら噛み締め、香り高いコーヒーで目を覚ますのが。
 とはいえ、やはり心が騒ぐ。小さなブルーを失くした悪夢がまだ胸の奥で騒いでいる。
(あいつに何事も無ければいいが…)
 前の自分も今の自分も、予知能力などありはしないけれども、恐ろしい。虫の知らせという言葉だってあるし、嫌な予感ほど当たるもの。
 小さなブルーも酷い夢を見て泣きじゃくったとか、あるいは病に臥せったとか。
(まさかな…)
 そんなことはあるまい、と思いはしても消えない恐怖。消えてくれない悪夢の記憶。
 冷たかったブルーの亡骸の重さと、失くしてしまった小さなブルーと。
(気のせいだ、俺の気のせいってヤツだ…)
 ブルーはピンピンしている筈だ、と自分を叱咤し、朝食の後片付けを済ませて家を出た。自然と足が早くなる。ブルーの家へと、早く着かねばと。



 生垣に囲まれたブルーの家。その前に着いて門扉の脇のチャイムを鳴らせば、二階の窓から手を振るブルー。小さなブルー。
 それだけで肩の力が抜けた。何も無かったと、ブルーは元気に生きていると。
 悪夢のことはもう忘れよう、と自分自身に言い聞かせたけれど。あれは夢だと、ただの恐ろしい夢だったのだと、言い聞かせながらブルーの部屋に着いたけれども。
 ブルーの母がお茶とお菓子をテーブルに置いて去るなり、ブルーに訊かれた。
「ハーレイ、どうかしたの?」
 テーブルを挟んで向かいに座った小さなブルーが、赤い瞳で見詰めてくるから。
「…分かるか?」
 今日の俺は何処か違うのか、うん…?
「えっとね…。ちょっぴり寂しそうなんだよ」
 いつものハーレイ、そんな顔なんかしないのに…。何かあったの、寂しくなること。
「ふうむ…。なら、来てくれるか?」
「え?」
「来てくれるか、と言っているんだ、お前にな」
 此処だ、と膝を指差した。椅子に座った自分の膝を。此処に来て座ってくれないか、と。



 普段はブルーが強請って座る膝の上。ハーレイの方から「来い」とは滅多に言わないから。
 それも来てまだ間もない時間に手招きなどはしないから、ブルーはキョトンと目を丸くした。
「…いいの?」
 座っちゃっていいの、本当に?
「うむ。俺がそういう気分だからな」
 ほら、と椅子を引いて膝を叩いてやったら、ブルーは早速やって来た。それは嬉しそうに座った小さな身体を胸に抱き寄せ、強く抱き締めて。
「ああ、お前だ…」
 お前だな、と背を撫でていたら、ブルーがクイと顔を上げて、見上げて。
「ハーレイ、変な夢でも見た?」
 ぼくがメギドの夢を見ちゃうみたいに、嫌な夢とか…?
「当たりだ。それもとびきりのをな」
「どんな?」
「お前のメギドよりかは遥かにマシだが…」
 痛いわけじゃないし、殺されちまうってわけでもないし。
 だが、独りぼっちになっちまう所は似ていたな…。前の俺の夢を見たってわけではないが。



 訊かれるままに夢の話をしてやった。
 白い花に埋め尽くされた青の間、氷になってしまったスロープ。
 酷い夢だったと、あんな夢は一度も見たことがないと。
「…縁起でもないな、お前の葬式だなんて…」
 同じ白でも、婚礼の花なら良かったんだが。
 花嫁のブーケも白いドレスには白を合わせることが多いし、教会の飾りも白い花が多いし…。
「お葬式って言うけど、前のぼくでしょ?」
 ホントに一回死んでるんだもの、お葬式でもいいんじゃないの?
「それはそうかもしれないが…。お前を連れて行かれちまった」
 お前まで一緒に死んじまったんだ、だから縁起でもない夢だ、と…。
 もっとも、昔の日本って国じゃ、死んじまう夢っていうのは悪い夢ではなかったそうだが…。
 逆に吉だと言ったらしいが、どうにも気分が落ち着かなくてな…。
「その夢…。悪い夢ではないと思うよ、ぼくも一緒に死んじゃってても」
「何故だ?」
 お前、夢占いってヤツに詳しかったか、俺は授業で喋っちゃいないと思うがな?
 たった今、お前に話した分よりも詳しく話した覚えは無いんだが…。
 夢が吉だと言われてる理由、お前は前から知っているのか?
「ううん、知らないけど…」
 縁起がいいかどうかも初めて聞くけど、これだけは確か。
 ハーレイ、前のぼくのお葬式、したかったんだよ。したいと思ってくれていたんだよ、ずっと。



 だから夢の中でしてくれたんだ、と微笑むブルー。
 お葬式をするなら魂が無いと出来はしないと、それで自分が一緒に連れて行かれたのだ、と。
「前のぼくと今のぼく、魂は二人で一つしか無いと思うから…。吸い込まれちゃった」
 魂が入っていないと駄目だ、って吸い込まれたんだよ、前のぼくの身体に。
 せっかく準備が出来てるんだもの、お葬式の主役がいなくちゃ駄目だよ、ぼくの魂。
「うーむ…。お前は変な夢、見なかったのか?」
 俺がとんでもない夢を見ていた時、お前はぐっすり眠っていたのか?
「うん、夢はなんにも見てないよ。なんにも見ないで眠ってたんだし、暇なんだから…」
 ハーレイの夢に行ってあげれば良かったね、と言われたから。
 その夢の中にぼくも行けたら良かったのにね、とブルーが言うから。
「馬鹿、死ぬぞ!」
 死んじまうんだぞ、あの夢の中に出て来たら!
 前のお前に吸い込まれちまって、お前はすっかり消えちまった。死んじまったんだ、前のお前に引き摺られてな。
「ぼくは慣れてるから平気だよ。夢の中で死ぬのは」
 何度もキースに撃たれてるしね、それに比べたらずっとマシだよ、ハーレイの夢。
 痛くなさそうだし、ちょっぴり眠いとか、そんな感じの夢じゃないかな、ぼくにしてみれば。



 たまにお葬式だって経験したい、とブルーは無邪気な笑みを浮かべた。
 一度もして貰ったことが無いから、と。
「前のぼくはメギドで死んじゃって終わりだったし、お葬式は体験していないんだよ」
 どんな感じかも分からないから、ハーレイが見た夢、ぼくの立場で見たかったな。
 前のぼくのお葬式っていうヤツを。
「お前なあ…」
 逞しいヤツだな、葬式の夢まで体験してみようってか?
 俺は最悪な気分だったのに、あの夢の中の俺の立場はどうなるんだ。
 チビのお前まで失くしちまった、ってドン底だったぞ、もう泣くことしか出来なかったが…。
 目が覚めた後もスッキリしなくて、お前に何かあったんじゃないかと怖かったんだが…。
「死んじゃう夢は吉なんじゃないの?」
 ハーレイ、さっきそう言ったじゃない。いい夢なんでしょ、ぼくが死ぬ夢。
「…そういう解釈もあるってこった」
 しかしだ、夢を見ちまった気分まで変わるってわけじゃないしな、最悪な夢は最悪な夢だ。
 俺にとっては最低最悪、酷い夢としか言えない夢だったってな。
「そんな夢がどうして、いい夢になるの?」
 ぼくが死んじゃった夢で、ハーレイはとっても悲しいのに…。どうしてそれがいい夢なの?
 夢占いって言っていたよね、死んじゃう夢が吉になる理由は何なの、ハーレイ?
「…お前、いいように解釈するなよ? いいか、恋人が死んじまう夢っていうヤツは、だ…」
 二人の関係に何か進展があるだろう、っていう意味になるんだそうだ。
 恋人同士で進展だったら、いい意味にしかならんだろうが。結婚だとか、婚約だとか。
 それで吉だというわけだな。
 もっとも、こいつは夢占いだし…。その通りになると決まっちゃいないぞ、夢は夢だ。



 所詮は夢占いに過ぎない、と言ってやったのに、ブルーは満面の笑顔になった。
 ハーレイが素敵な夢を見てくれたと、何か進展があるかもしれない、と。
「ねえ、ハーレイ。…ハーレイがその夢、見たんだったら、ぼくが進展させてもいいよね?」
 キスしてもいいよ、一歩前進だよ?
 結婚とか婚約とかじゃないけど、うんと進展するんだけれど…?
「馬鹿。いいように解釈するなと言っただろうが」
 俺はその手には乗らないからな。いくら最悪な夢を見たって、お前の思い通りにはならん。
 うかうかと乗せられてキスしちまうほど、俺は弱くはないってな。
「…残念…」
「残念も何も、キスは駄目だと俺は前から言ってる筈だぞ」
 ブルーの額を指でコツンと小突いてやった。まだ膝の上に居るブルーの額を。
 小さなブルーは「いたっ!」と額を押さえて、膨れっ面になったけれども。
 そのまま暫くプウッと膨れていたのだけれども、それが収まると…。



「ハーレイ、ぼくのお葬式の夢…。なんだか凄すぎるんだけど…」
 そんなに沢山の白い花だなんて、ホントにシャングリラ中からかき集めないと足りないよ。
 ハーレイ、凄いのを計画していたんだね、前のぼくのためのお葬式。
「当然だろうが。前のお前はソルジャー・ブルーだ」
 そのくらいやっても誰も文句は言わないぞ。足りないと言われるほどかもしれんな、エラあたりからな。もっと盛大にやれと、ソルジャーを送るためなのだから、と。
 俺は恋人のためにやってるわけだが、誰も気付きやしなかっただろう。流石はキャプテンだと、ソルジャーに相応しい立派な葬儀だと騙されてな。
 だが、実際は…。
 俺は計画していた葬式どころか、お前のための葬式さえも…。



 してやれなかった、とハーレイは唇を噛んだ。
 赤いナスカが滅ぼされたために、大勢の仲間が死んだから。大勢が死んでしまったから。
 ブルーだけのために花を集めることは出来なくて、合同になってしまった葬儀。
 それにジョミーがアルテメシアに行くと決めたから、葬儀は簡素に、花も花輪が幾つかだけ。
 ハーレイが思い描いた葬儀とはまるで違った、ブルーの葬儀。
 青の間を飾る白い花たちは無くて、亡骸さえも無かったブルー。最後の別れを告げることさえも出来ずに別れて、それきりだった。ブルーはメギドから戻らなかった。
 亡骸を抱き締めることも叶わず、白い花で飾って静かに送ってやることも…。



「…色々と悲しかったんだ、俺は…」
 前のお前を送ってやれなかったこと。おまけに追っても行けなかった。
 お前にジョミーを頼まれちまって、生きて行くしかないっていうのに…。お前の葬儀も出来ずにいたんだ、こうして送ろうと前から決めていたのにな…。
「ごめんね、ハーレイ…。だけど今度は、そんなの関係ないからね」
 死ぬ時もハーレイと一緒だもの、と強く抱き付かれて。
 そうだったな、と小さなブルーを抱き締め返した。
「お前が言っていたんだったな、死ぬ時も二人一緒に行こう、と」
「そうだよ、ぼくが決めたんだもの。ハーレイと一緒」
 ぼくの命が短くなっても、ハーレイと一緒に行くのがいい。
 独りぼっちで生きていたって、そんなのちっとも嬉しくないから。
 ハーレイだって、そう思うでしょ? 二人一緒に行くのがいい、って。
「…お前がそれでかまわんのならな」
 寿命が短くなっちまってもかまわないなら、一緒に行こう。今度こそ、何処までも一緒にな…。



 行こう、と小さなブルーを抱き締め、柔らかな頬にキスを落とした。
 温かなブルー。生きているブルー。
 悪夢は幸せな時に変わって、小さなブルーが腕の中にいる。膝の上にチョコンと腰を下ろして。
(うん、お前だ…。俺のブルーだ…)
 前のブルーも小さなブルーも、ブルーはブルー。どちらも同じ一つの魂。
 青い地球の上でブルーと幸せに生きて、伴侶として同じ家で暮らして。
 今度は置いて行かれもしないし、行ったりもしない。
 満ち足りた生を二人で生きたら、手を繋いで共に帰ってゆこう。
 何処だったのかは分からないけれど、此処へ来る前に二人で居た場所へと。
 そうして、またいつか生まれて来よう。
 ブルーと二人でこの地球の上に、幸せな時を生きるために…。




          夢の中の別れ・了

※前のハーレイには出来なかった、前のブルーの葬儀。恋人を送ってやりたくても。
 あまりにも悲しい夢でしたけれど、生まれ変わっても覚えているほど辛かったんですね…。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv













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