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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

お揃いの蜂蜜

(ほほう…)
 お得なのか、とハーレイは棚を覗き込んだ。
 仕事帰りに寄ったいつもの食料品店。今日はブルーの家に寄れなかったから、早めの時間。
 あれこれと選んで籠に入れながら、蜂蜜の棚まで来たのだけれど。シロエ風のホットミルクには欠かせないマヌカを買いに来たのだけれど。
 其処に躍ったセール中の文字。普段は貼られていない紙が目を引く、カラフルな文字で。
(どれでも二つ買ったら割引なのか…)
 セールの対象になっている品なら、蜂蜜の種類は問わないらしい。マヌカとアカシアをセットで買おうが、マヌカとクローバーの蜂蜜だろうが。
(ふうむ…)
 お得だからといって、蜂蜜を二つ欲しいわけではないけれど。一人暮らしだからそんなに減りはしないし、二つ買ったら次の買い出しまでの期間が延びるだけなのだけれど。
 蜂蜜を二つ買えばお得で、その中にマヌカ。対象品の中にマヌカの蜂蜜が何種類も。



(あいつ、お揃いが好きだからなあ…)
 小さなブルー。お揃いに憧れているブルー。
 出会って間もない頃には、教えてやった白いシャングリラの写真集がお揃いなのだと何度も口にしたものだ。ハーレイと同じ写真集だと、この写真集はお揃いなのだと。
 別々に買った本なのに。自分が先に書店で見付けて「少し高いが懐かしい写真が沢山あるぞ」と話してやったら、小さなブルーは父に強請って手に入れた。シャングリラの写真自体も気に入ったようだが、それ以上に「お揃い」にこだわった。同じ本だと、お揃いの本を持っていると。
(何かと言えば俺とお揃いなんだ)
 そんな持ち物は殆ど無いのに。
 シャングリラの写真集の他には、二人で写した写真を収めたフォトフレームくらいしかブルーは持っていないのに。
(あいつにかかれば、マーマレードだってお揃いだしなあ…)
 夏ミカンの金色のマーマレード。隣町の家で母が作ったマーマレード。
 届けてやる度、お揃いなのだと喜んでいる。朝の食卓の味がお揃いになる、と。



 食べれば無くなるマーマレードさえも、お揃いだと言い出すブルーだから。
 ハーレイの家とお揃いの味だと、瓶に頬ずりしてしまいそうなブルーだから。
 自分が食べるのと同じマヌカを「土産だ」と持って行ってやったら喜ぶだろう。大喜びで何度も瓶を眺めて、お揃いだと笑顔になるだろう。
 明日はブルーの家を訪ねる土曜日だから、丁度いい。
(うん、此処はセットで買うべきだってな)
 同じのを二つ、と籠にマヌカの蜂蜜の瓶を突っ込んだ。
 何種類かのマヌカが置いてあるけれど、味は大体分かっているから、ブルー好みの甘いものを。
 レジに運んでゆけば、「セール中ですから」と割り引いてくれた。二つでかなりお得な値段。
 家に帰って、念のためにと片方を開けて味見してみて。



(よし!)
 薬っぽくはないな、と大きく頷いた。
 マヌカには癖のあるものも多くて、小さなブルーは一番最初にそれに当たった。薬っぽい味に。
 シロエ風のホットミルクを飲めば身体が温まるからと、右手が凍えるメギドの悪夢を避けられるからと勧めてやったら、母に「作って」と頼んだブルー。
 シナモン入りでマヌカ多めのセキ・レイ・シロエ風を頼んだブルー。恐らく勇んでシロエ風のを飲んだのだろうに、生憎と母が買ったマヌカが薬っぽい味だったものだから。
 「薬っぽい味だよ!」と聞かされた苦情。マヌカのせいだと、お母さんに試食して選んで貰えと言ってやったら、それから後には何も文句を言わなくなった。
(薬っぽいのは駄目なんだ、あいつ)
 あくまで甘いマヌカでなければ、小さなブルーのお気には召さない。その点、今日のは及第点。これなら自信を持って贈れる、「土産だぞ」と。
 明日はブルーにプレゼントだ。自分の家のとお揃いのマヌカを。



 翌日の土曜日、開けていない方のマヌカの瓶を小さな紙袋に入れて提げて出掛けて。
 ブルーの部屋に案内されて、お茶とお菓子が出て来た後に袋から出してテーブルに置いた。
「ほら、土産だ」
 小さなブルーはガラスの瓶に貼られたラベルを観察しながら。
「…マヌカ?」
「ああ。シロエ風のホットミルクには欠かせないしな」
 飲んでるんだろ、少し冷える夜は。ホットミルクは温まるからな。
「うん、でも…。なんでくれるの?」
 マヌカなんか一度も貰っていないよ、ハーレイからは。もっと普通の蜂蜜だって。
「割引だったからな。二つ買ったらお得だと書いてあったんだ。セールってヤツだ」
 たまにはお揃いもいいだろう、とウインクしてやった。
 お前はお揃いが大好きだからと、このマヌカは俺とお揃いだと。



「ありがとう!」
 案の定、感激しているブルー。マヌカの瓶に頬ずりしかねないほどに。
 予想通りの反応とはいえ、この調子だと自分の母に「今度からマヌカはこれにしてね」と、指定しそうな勢いだから。プレゼントしたのと同じものを買おうとしそうだから。
「おいおい、次からマヌカは必ずコレにしようとか思うなよ?」
 俺の定番ってわけじゃないんだ、買う度に色々変えてるからな。その中の一つというわけだ。
 お前がコレだと決めて買っても、俺は違うのを食っているかもしれないからな。
「そうなの?」
 いつも決まったヤツじゃないんだ、ハーレイのマヌカ…。
「うむ。何種類かを渡り歩いているってトコだな、今度はコレだ、と」
 今回はお前の舌に合わせて甘いのを選んだ。薬っぽいのは嫌なんだろ、お前?
 俺はああいうのも嫌いじゃないが、と話してやったら。
「えーっと…。渡り歩くって、同じマヌカの蜂蜜だけで?」
 他の蜂蜜も色々あるのに、マヌカを渡り歩いているの?
「まあな。前にはそこまでしていなかったが…」
 何も考えずに買ってたんだが、シロエ風だってことになるとな。
 シロエが好きだったマヌカってヤツはどれだろうか、と想像したくもなるってもんだ。シロエを追うなら一つに決めてしまうよりもだ、色々な味を試さないとな?
 薬っぽいのから甘いヤツまで、その時の気分で色々と買えば、どれかがシロエと重なりそうだ。



 シナモンミルクをマヌカ多めで。それがシロエが好んだミルク。
 前のブルーはシロエの声を聞いたというから、最期の思念をどうやら捉えていたらしいから。
 ハーレイにとってもシロエは少し特別な存在になった。彼に近付きたくなった。
 だからこれだと決めていないマヌカ、シロエが好んだ味はこれだと分からないマヌカ。なにしろ味わいが違いすぎるから、どれとも決められないマヌカ。
 小さなブルーは貰ったマヌカの瓶を見詰めて、不思議そうに蓋をチョンとつついた。
「マヌカの蜂蜜…。どれもマヌカなのに、どうして味が違うんだろうね?」
 薬っぽかったり、甘かったり。…全部が薬っぽい味とかだったら分かるんだけど…。
「木が育った土地によるんだろうな。土の性質とか、気候だとか」
 元々が癖のある花の蜜なだけに、うんと違いが出るんだろう。同じマヌカの花でもな。
「ふうん…? 花の蜜の味が変わるんだ?」
「マヌカは味の差が大きいんだろうな、他の花の蜂蜜と違ってな」
 蜂蜜にも色々種類があるだろ、アカシアだとかレンゲだとか。花の種類で風味が違うし、好みの蜂蜜を選ぶわけだが…。マヌカはそいつを一種類の中でやってるわけだな、いろんな味で。



「そっか…。色々な種類の花の蜂蜜、あるものね」
 味だけじゃなくて色まで違うよ、透明だったり、白っぽかったり…。うんと濃い色のも。お店にズラリと並んでるのを見たら、まるでジュースの瓶みたいだよ。同じ蜂蜜でも種類が色々。
「そうだな、今度は選び放題になったってな」
「えっ?」
 何が、とブルーがキョトンとするから「蜂蜜だ」と答えてやった。今度は好きに選べると。
「シャングリラじゃ選べなかっただろうが。蜂蜜と言ったら、単に蜂蜜だ」
 いろんな花の蜜を集めたヤツでだ、一種類には絞れなかったろう?
 あの花の蜂蜜を食ってみたい、と思い付いても、出来たのはせいぜい味見くらいか…。蜜の量がそんなに無かったからなあ、シャングリラ中の仲間が好きに選べるほどにはな。
 ついでにマヌカは影も形も無かったぞ。シャングリラの何処を探してもな。
「そうだっけね…」
 蜂蜜はあっても、クローバーの蜂蜜だけとか、そんな風には出来なかったね。
 あの船の中で咲いていた花、全部の蜜を集めて混ぜるのだけが精一杯で。



 シロエ風のホットミルクを作りたくても、マヌカが無かったシャングリラ。
 もしもマヌカの木があったとしても、その蜜だけで蜂蜜を作れはしなかった。シャングリラ中の仲間に行き渡るだけの量の蜜が採れはしないから。マヌカの蜜だけでは足りないから。
 花の種類の数だけの蜂蜜が作れることなど、けして無かったシャングリラ。
 人類は贅沢に暮らしていたのに。
 教育ステーションの生徒に過ぎないシロエでさえもが、マヌカを注文出来たのに。
 ステーションの中で蜂蜜は作っていなかったろうに。
 シロエが好んだマヌカの蜂蜜は、宇宙船で何処からか運ばれて来ていたものだったろうに。
 ただの生徒が好みの蜂蜜を選んで食べられた教育ステーション。
 自給自足でやっていたのに、蜂蜜の種類を選べなかったシャングリラ。
 その差はかなり大きいな、とハーレイが記憶の彼方の白い船へと思いを馳せていたら…。



「そういえば、シャングリラのミツバチ…」
 小さなブルーが白い船の名前を口にしたから。
「ん?」
 シャングリラのミツバチがどうかしたのか、お前も蜂蜜、気になるのか?
「えーっと…。蜂蜜の方もそうなんだけど…。それを集めていたミツバチだよ」
 今でもいるのかな、あのミツバチ。…前のぼくたちが飼ってたミツバチ。
「ああ、あれな…!」
 特別なミツバチだったっけな、と頷いた。
 普通のミツバチとは違っていたと、見た目には同じだったけれども、と。
「思い出した、ハーレイ?」
 あのミツバチって、その辺を飛んでいるのかな?
 今でも何処かで飛んでいるかな、花の蜜を集めに、何処かでせっせと。



「いや、あれは…。あいつらは地球にはいないだろうなあ…」
 恐らく、いない。今の地球は遠い昔とそっくり同じに戻されちまったらしいしな。
 ヤツらには向いていないのさ。昔の姿を取り戻した地球は。
「…やっぱり?」
 探したって飛んでいないんだ…。前のぼくたちがお世話になったミツバチ。
「もしかしたら、研究施設に行ったら飼っているかもしれないが」
「そういうものなの?」
 ナキネズミみたいに絶滅しちゃったっていうわけじゃないのかな、あのミツバチは。
「今だってテラフォーミングの技術ってヤツはあるんだからな」
 人間が住める星になるよう、改造する技術は今の時代も現役なんだ。そうなってくると、あれも必要になるだろう。ナキネズミと違って役に立つんだ、あのミツバチは。
 更に改良が進んだかもしれんが、何処かにはいるさ。地球じゃなくても、何処かの星にな。
「そうかもね…」
 植物を植えて育てるんなら、ミツバチ、必要になるものね。
 最初からうんと広い範囲を緑化できない環境だったら、あのミツバチの出番だよね…。



 シャングリラで自給自足の生活をしようと皆で取り組み始めた頃。
 花粉を運ぶ虫が必要だから、とミツバチを導入しようとした。
 けれど…。
「例のミツバチなんだがね」
 長老たちが集まる会議の席でヒルマンが髭を引っ張った。
「何か問題があるのかい?」
 ブルーの問いに、ブラウがヒラヒラと手を振りながら。
「普通のミツバチだと駄目なんだってさ、この船ではね」
「どういう意味だい?」
 重ねて投げ掛けられた質問。答えを返したのはエラだった。
「空間が限られ過ぎているのです、ソルジャー」
 シャングリラの中だけでは難しいでしょう、という説明。
 ミツバチを育ててゆくために必要な沢山の花。農場ならばともかく、これから作る予定の公園。そういった場所にはミツバチは適応できない、と。



「要するに、空間が狭すぎるのだよ」
 沢山のミツバチが生活出来るだけのスペースが無い、というヒルマンの指摘。彼らを養うための花の蜜にしても、公園などでは充分に確保できないと。
「それなら、ミツバチの数を減らせば…」
 花の数やスペースに見合った数のミツバチを飼えば、とブルーが言ったが、ヒルマンは首を横に振った。それではミツバチの社会が成り立たないと。僅かな数では巣も作らないし、次の世代さえ生まれないのだと。
「ミツバチってヤツはそうらしいよ」
 厄介だよねえ、と腕組みしたブラウ。何の蜂でもかまわないなら、狭いスペースでも飼育は可能らしいけれども、そうなると肝心の蜂蜜がそれほど採れないらしい。ミツバチは名前の通りに蜜を集めてくれるというのに、他の蜂では蜜は二の次、三の次。
「困ったもんじゃ。同じ飼うなら、蜂蜜は是非とも欲しいんじゃがのう…」
 蜂を飼うならミツバチじゃろう、とゼルもしきりと言うのだけれど。
 そのミツバチは沢山の蜂で構成された巣を作る性質を持っていた。女王蜂を頂点に暮らす彼らが巣を分ける時は、山ほどの蜂が群れを成してついてゆくらしい。
 このくらいだそうだよ、とヒルマンが両手で示した巣分かれの折のミツバチの塊、それは小さな鍋ほどもあって。どのくらいのミツバチが詰まっているのか、百や二百では済まないだろう。
 彼らを小さな公園に放しても、直ぐに飢えるに決まっている。蜜が足りなくて。



「…では、公園でミツバチを飼うのは諦めろと?」
 他の蜂にするしかないのだろうか、と尋ねたブルーに、ヒルマンは「いや」と答えを返した。
「解決策は一応、あるのだがね。…人類もこうした問題に直面したらしくてね」
 そういったミツバチを作り出したらしい、という解説。
 テラフォーミング用に開発された特殊なミツバチ。広大なスペースや充分な蜜が無い惑星でも、生きてゆけるように改良されている品種。
 普通のミツバチよりも狭い範囲で巣作りをするし、巣を構成するミツバチの数も遥かに少ない。小さな公園の中であっても、充分に活動できるという。
「そのミツバチは何処に行けば手に入るんだい?」
 居場所が分かるなら、ぼくが行って奪ってくることにするよ。この船に必要なものなんだから。
 見当を付けてくれるかい、と申し出たブルー。ぼくが行こう、と。
「そういった研究をしている所か、テラフォーミング中の惑星になるね」
 ヒルマンが挙げれば、エラが「研究所の方が確実でしょう」と補足した。
「女王蜂から蜜を集める働きバチまで、ミツバチの社会が丸ごと必要ですから。同じ巣箱を奪いにゆくなら、一ヶ所で纏めて飼育している研究所のケースから奪った方が…」
「そうじゃな、混じり気なしで手に入りそうな場所も研究所じゃろう」
 他の虫だの、菌だのを持ち込まずに済むのは研究所で飼育しているものじゃろう、というゼルの言葉は確かに正しかったから。
 シャングリラの中に余分な虫や雑菌などは持ち込まないのが一番だから。
 研究所を狙おうということになった。テラフォーミングを手掛けるための研究所を。



 目標の惑星を絞り込み、人類に発見されない場所にシャングリラを停船させておいて。
「行ってくるよ」
 直ぐに戻る、と宇宙空間へと飛び立ったブルー。
 首尾よく研究所の中に入り込み、幾つも並んだケースの中からミツバチの巣箱を奪って戻った。今ある農場をカバーできる数だけのミツバチの巣箱を。
 その日からミツバチは働き始めて、後はヒルマンが必要に応じて増やしていった。
 改造が済んで白い鯨が出来上がってからは、あちこちの公園に巣箱が置かれた。広さに応じて、花の数に応じてミツバチの巣箱を一個、二個と。
 ミツバチは休まず働いていたから、いつでも蜜が集まった。
 農場でなくても、居住区に鏤められた小さな憩いの場からも、漏らさずに蜜を。花をつける木や草花があれば、シャングリラ中から集めることが出来た蜂蜜。
 巣箱を開けて取り出しさえすれば、トロリとした蜂蜜が手に入った。



「でも、あの蜂蜜…」
 種類は一つだけだったんだよね、とブルーが呟く。花は沢山あったけれども蜂蜜は一つ、と。
「ブレンドしちまっていたからなあ…」
 選ぶ自由も何もなくって、全部ひっくるめて蜂蜜だった。この花のがいい、と味見をしたって、皆に行き渡りはしないんだ。混ぜて使うしかなかったってな、シャングリラじゃな。
「うん…。今はホントにいろんな蜂蜜があるのにね」
 シャングリラにあったミツバチの巣箱も、中身は色々あったのに…。
 公園の巣箱と農場の巣箱でも違っただろうし、公園のだって、公園ごとに違っていたかも…。
 だけど混ぜたら全部おんなじ、ただの蜂蜜になっちゃってたよね。
 いつ見ても普通の金色をしてて、濃さだってまるで変わらなくって…。
 ブレンドする前に味見して回れば楽しかったのかな、あの蜂蜜。巣箱を端から開けてみて味見。
「馬鹿、刺されちまうぞ、そんなことをしたら」
「前のぼくだよ、シールドがあるよ」
 ちょっぴり開けてみればよかった、ミツバチの巣箱。
 どんな蜂蜜が入っているのか、味見しとけば良かったかも…。



 ちょっと残念、と惜しそうなブルー。好奇心いっぱいの小さなブルー。
 ソルジャー・ブルーは開けなかったけれど、小さなブルーなら巣箱を開けたがるだろう。中身を見たいと、此処のミツバチが集めた蜂蜜を味見してみたいと。
(確かに、巣箱の置いてある場所で味は違っていたんだろうが…)
 前の自分も味見して回りはしなかった。
 キャプテンだったけれど、巣箱のある場所を確認したりはしたけれど。
 蜂蜜の出来はどんな具合かと、順調に採取出来ているかとデータのチェックはしていたけれど。
 今から思えば、惜しいことをした気がしないでもない。
 白いシャングリラのあちこちに置かれたミツバチの巣箱が時の彼方に消えた今では。青い地球の上に生まれ変わって、セールの蜂蜜を選べる今では。
(どんな蜂蜜があったんだかなあ…)
 公園の花たちを思い浮かべる。
 季節によって、公園によって違っていた花、様々な花たち。
 農場で咲く花も色々だった。畑と牧場ではまるで違うし、ミツバチが集めて回っていた蜜も全く違ったのだろう、巣箱によって。それが置かれた場所によって。
 けれども、大勢が暮らす船だから。何種類もの蜂蜜を揃えて楽しむ余裕は無かったから。
 一種類の花のものだけを集めた蜂蜜は一度も作れなかった。
 常にブレンド、農場やあちこちの公園のものを。
 色も味わいもまるで変わり映えのしない、金色の蜂蜜が出来ていただけ…。



「ねえ、ハーレイ。シャングリラの蜂蜜、一種類しか無かったから…」
 混ぜちゃった分しか無かったから、とブルーがマヌカの瓶を指先でそっと撫でてみて。
 蜂蜜の色をガラス瓶越しに覗き込みながら、ラベルに刷られたマヌカの花の写真を見ながら。
「シャングリラにマヌカを植えていたって無駄だったろうね」
 こういう蜂蜜、採れないんだよね。シロエは教育ステーションでも食べていたのに…。
 ぼくたちの船じゃ無理だったんだね、他の花の蜂蜜と混ざってしまって。
「まあな。…しかしだ、それ以前にマヌカは役に立たんぞ」
 公園に植えるというなら別だが、農場に植えて栽培するにはマヌカは不向きな植物だしな。
 栽培自体は難しくないが、マヌカそのものが観賞用の花だと言うか…。
「え? でも、蜂蜜…」
 マヌカの蜂蜜、風邪の予防に効くんじゃないの?
 風邪を引いた時にも殺菌作用があるから効く、って、ハーレイ、言っていたじゃない。
「そういう程度の植物だってな、蜜には殺菌作用があるが…」
 薬としても使えるんだが、その他の部分。あまり役には立たないんだよなあ、宇宙船の中では。
 葉はハーブティーになるが、ただそれだけだ。
 この写真みたいな花は咲いても、実は食べられない。公園向きの植物ってわけだ、マヌカはな。



「それじゃ、シャングリラにマヌカを植えてみたって…」
 他の蜂蜜と混ざってしまって無駄って言う前に、マヌカが役に立たないんだ?
 公園に植えて、花が咲いたら「綺麗だなあ」って見に行くだけで。
「そうなるな。いくら蜂蜜に効果があっても、ブレンドしちまえば意味が無いしな…」
 病人用に、って別に取っておけるほどの量の蜂蜜が採れるなら別だが。
「他の花に比べて、うんと沢山の蜜が採れるわけでもないんだね?」
 マヌカを植えてある所の巣箱だけ、蜂蜜の量が多めになるっていう花でもないんだ?
「そのようだ。蜜の量が多いという話は知らないからな」
 沢山採れると有名だったら、そのように書いてあるだろう。俺はそういうデータは知らん。
「ハーレイ、マヌカに詳しいね」
「シロエ風のホットミルクをお前に勧めた以上はな」
 マヌカが何かも知らないようでは、全く話にならないだろうが。
 どういう花から採れる蜂蜜かは、きちんと押さえておくべきだってな。



 マヌカの蜂蜜だけは以前から知ってはいたが、とハーレイは笑う。
 たまに両親が買っていたから、と。
「ハーレイのお父さんたちって…。風邪の予防に?」
 風邪の季節になったらマヌカの蜂蜜を買うの?
「そんなトコだな、シロエ風にはしちゃいないがな」
 ついでに言うなら、俺の家では風邪の予防には主に金柑だしなあ…。
 マヌカを買っても薬代わりに使うよりかは、ただの蜂蜜と同じだな、うん。トーストに塗ったりして食っちまう、と。
「金柑…。あの甘煮のこと?」
 ハーレイがくれた、金柑の甘煮。お父さんたち、マヌカよりも金柑だったんだ…。
「当然だろうが。家の庭で採れるし、おふくろが山ほど煮るんだし…」
 そっちの方が馴染みの味ってな。ヒョイとつまんで風邪の予防だ、あの金柑を。
 お前、おふくろの金柑、ちゃんと食ってるか?
「うん、一応…」
 風邪を引きそう、って感じがした日は食べてるよ。ハーレイにも叱られちゃったから…。
「要するに、あまり食ってはいないな?」
 マズイと思った時だけしか食っていないんだな、お前?
「だって、金柑、もったいないし…」
 食べたら減っちゃうよ、金柑の甘煮。ぼく専用だよ、って言ってあるけど…。
「馬鹿。いくらでもあると言ってるだろうが」
 金柑の季節の終わり頃には余っちまって菓子にするほど作るんだ、あれは。
 お前が食うなら、いくらでも貰って来てやるから。



 風邪を引く前にしっかり食っとけ、とブルーの頭を軽く小突いた。
 引いてからでは手遅れだろうが、と。
「いいな、きちんと食うんだぞ?」
 風邪の予防には金柑だ。マヌカも悪くはないんだがなあ、金柑もよく効くからな。
「でも、引いちゃったら…。喉が痛くなる風邪だったら…」
 あの甘いのをまた食べられるから、とチラチラと見ている小さなブルー。
 前に喉風邪を引いてしまった時に持って来てやった、透明になるまで煮詰めた金柑。金色の飴のような柔らかい金柑をブルーは狙っているようだから。
 あわよくばあれをもう一度、と企んでいるらしい気配がするから。
「…分かった、おふくろが煮詰めた金柑だな? お前はあれを食ってみたい、と」
 そういうことなら、たまに食わせてやる。
 喉風邪なんかは引いてなくても、俺が来た時の土産にな。
「ホント?」
 お土産にくれるの、あの金柑を?
 ハーレイのお母さんが煮詰めた金柑、ぼくに食べさせてくれるんだ…?
「ああ。俺もケチではないからな」
 今日だって土産を持って来ただろ、頼まれてもいないマヌカをな。
 お前がお揃い、喜びそうだと買って来たんだ、金柑くらいはお安い御用だ。
 だから、喉風邪を引いちまう前に食っておくんだぞ、金柑の甘煮。
「うんっ!」
 金柑も食べるし、マヌカもホットミルクに入れるよ。
 風邪の予防にちゃんと使うよ、ハーレイが買って来てくれたマヌカだもの。



 ハーレイとお揃い、とブルーがマヌカの瓶を幸せそうに眺めているから。
 それは嬉しそうに顔を綻ばせて蜂蜜の瓶を見詰めているから、ハーレイの胸まで温かくなる。
(やっぱりお揃いが好きなんだな、こいつ)
 小さなブルーが大好きなお揃い、持ち物でなくても喜ぶお揃い。
 またいつか買ってやりたいと思う。
 二つでお得なフェアがあったら、ブルーの分と自分の分とで二つ。
 そうして一つをブルーの所に持って来てやろう、「お揃いのものが好きだったよな」と。
 マヌカでなくても、蜂蜜でなくても、こういう風に食べて無くなってしまうもの。
 お揃いの持ち物を買ってやるには早すぎるから。
 いくら恋人でも、小さなブルーは十四歳にしかならない子供だから。



 お揃いの持ち物を幾つも持てない代わりに、食べれば消えてしまうもの。
 そういうお揃いを作ってやろうと、買って来てやろうと思ってしまう。
 ハーレイとお揃いのマヌカを貰った、と幸せ一杯のブルーの心が弾んでいるから。
 お揃いなのだと喜びに跳ねているから、ブルーが喜ぶお揃いの食べ物を、機会があれば。
(もう牛乳はお揃いだっけな)
 四つ葉のクローバーのマークの牛乳、ブルーの家にも自分の家にも届く牛乳。
 その牛乳にお揃いのマヌカを入れたら、お揃いのホットミルクが出来る。
 シナモンを振って、セキ・レイ・シロエ風のお揃いのホットミルクの出来上がり。
(うん、ホットミルクまでがお揃いなんだ)
 小さなブルーも、その内に気付くことだろう。お揃いなのだ、と。
 気付いた時には大喜びで飛び跳ねそうなブルーだから。
 お揃いの味だと、シロエ風のホットミルクがお揃いになったと、幸せに浸りそうだから。
 また買ってやろう、お揃いが好きな小さなブルーに。
 食べて美味しいお揃いのものを。
 お揃いの持ち物を幾つも持てない間は、幾つも、幾つも、食べたら消えるお揃いのものを…。




              お揃いの蜂蜜・了

※ブルーがハーレイに教えて貰った、シロエ風のホットミルクと、マヌカの蜂蜜。
 今度はお揃いの蜂蜜を貰えたようです。シャングリラでは無理だった、マヌカの蜂蜜を…。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv








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