シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
夏はやっぱり暑いもの。今年の夏も厳しい暑さで、夏休みがどれほど待ち遠しかったことか。えっ、暑いなら休んでしまえばいいだろうって?
それは確かに正論ですけど、実行している特別生だっていますけど…。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋を溜まり場にしている私たち七人グループにとっては、欠席イコール放課後の手作りおやつ無し。料理上手の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお菓子が食べたきゃ行かなくっちゃあ!
「やあ、今日も朝から暑そうだねえ…」
待望の夏休み。会長さんの家が今日から居場所、と言いたい所ですけれど。
「暑いんだよ!」
思いっ切り不機嫌そうな顔のジョミー君。
「なのに明日から璃慕恩院だよ、クーラー無しの生活だってば!」
「俺たちの合宿も基本はクーラー無しなんだが?」
キース君の鋭い突っ込み。
「熱中症予防に使いはするがな、適度な使用がお約束だ。ついでにお盆の棚経にクーラーがセットじゃないのは分かっているよな?」
「うえー…。クーラー無しの家、まだあるわけ?」
「檀家さんの主義主張にお前が口を挟むな!」
言えた義理か、と叱るキース君によると、クーラー嫌いの家が何軒かあるそうです。棚経は朝早くから回りますから、そんな早朝には自然の風が一番とばかりにクーラーの代わりに打ち水のみ。軽装の檀家さんはともかく、法衣のキース君たちにしてみれば暑すぎなわけで。
「いいか、璃慕恩院の修行体験ツアーはそうした未来のケースも想定した上でのクーラー無しだ! 覚悟しておけ!」
「でもさあ…。麦飯と精進料理じゃバテるよ、ホントに」
「初日の夕食は豚カツだろうが!」
最初だけでも肉が食えるだけマシだ、とバッサリ切り捨て。今年もこういうシーズンかあ…、と皆で笑っていると。
「いいねえ、精進料理というのも」
慰労会の料理はそれにしようか、と会長さん。
「この間、ぶるぅと食べて来たんだ、お漬物寿司」
「かみお~ん♪ とっても美味しかったの!」
老舗のお漬物屋さんがやってるんだ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「今度はお漬物懐石も食べに行こうって言ってるんだもん!」
「そうなんだよねえ、煮物や揚げ物までお漬物尽くし! ちょっとお洒落で評判なんだよ」
このお店で…、と聞かされた名前は確かに老舗の有名店。そんなことまでやっていたのか、とビックリですが。
「お漬物も今や世界に羽ばたいてるしね、ヘルシーなピクルスっていうことで」
「それは食べたい気もしますね…」
シロエ君が話に食い付きました。
「柔道部の合宿はスタミナ一番、言わば肉だらけの世界ですから…。普段の生活に帰って来たな、って嬉しい気分になれそうです」
「そうだな、毎日肉料理だしな…。俺は戻ったらお盆に向かって卒塔婆書きだし、坊主らしい日々に切り替える料理にピッタリだ」
それでいこう、とキース君も。
「えっ、えええっ?」
ちょっと待ってよ、というジョミー君の悲鳴は無視されました。
「それじゃ、君たちが帰って来た後の慰労会にはお漬物寿司でいいんだね?」
「ええ、是非それでお願いします!」
「俺もそいつでよろしく頼む」
「かみお~ん♪ 美味しいお漬物、仕入れておくね!」
だから合宿頑張ってね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大張り切り。男の子たちの合宿中には会長さんやフィシスさんとお出かけが常の私とスウェナちゃんの運命も決まりました。
「女子はぼくたちとお漬物寿司とお漬物懐石、それぞれ一回ずつでいいよね?」
「「はーい!」」
そういう食事も楽しそうです。ジョミー君の「帰って来ても精進料理…」という嘆きの声に耳を貸す人などいませんでした。お寺に行くなら精進料理は当たり前。存分に食べて来て下さいです~!
こうして翌日から男の子たちは柔道部の合宿に、修行体験ツアーにと出掛けてゆきました。スウェナちゃんと私は会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」、フィシスさんと一緒にプールに行ったり他にも色々。もちろんお漬物料理の店にも連れて貰って…。
アッと言う間に帰って来てしまった男の子たち。慰労会の日も朝から快晴、じりじりと照り付ける日射しとセミの大合唱の中、会長さんの家に集合です。
「今年も死んだ…」
痩せてもうダメ、とジョミー君は文句たらたらですけど、体重は減っていなさそう。修行ツアーに同行していたサム君によると「あいつ、一グラムも減ってはいないぜ」という話。
「飯の時間はガッツリ食うしよ、あれで痩せたら不思議だって!」
「痩せたってば! あんな麦飯と精進料理!」
どれも不味い、と恒例の不満。しかし…。
「かみお~ん♪ 今日のお昼は美味しい筈だよ!」
お漬物寿司、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「評判のお漬物、沢山買ったもん! お店の味にも負けないんだもん!」
「そうだよ、ぶるぅの腕に期待したまえ」
なにしろ評判のヘルシー料理、と会長さんが自慢し、とりあえず午前のティータイム。夏ミカンを丸ごとくり抜いて、果汁を搾って作った寒天を詰めたお菓子が一人に一個。それと冷たい緑茶です。ただ冷やすんじゃなくて、なんと氷で淹れるというもの。
「氷出しの茶は美味いんだがなあ…」
俺の家では飲む余裕がな、と零すキース君。
「俺が用意をしておくと、だ。頃合いに入った茶を誰とは言わんが持って行くヤツが…」
「「「あー…」」」
アドス和尚だな、と誰もが納得。でっぷり太ったアドス和尚は暑がりですから、氷で淹れた冷たい緑茶が出来ていたならゴクゴク飲んでしまうでしょう。誰の分かはお構いなしで。
「俺が文句を言うとだな、師僧に向かって何を言うかと抜かすんだ! 弟子は師僧にお茶を淹れるもので、自分が飲むのが当然なんだと!」
「仕方ねえぜ、それ…。実際、親父さんがお師僧だしよ」
「そうなんだがな…」
俺は親父の息子なんだが、とぼやくキース君をサム君が慰めています。氷出しの緑茶の手間を知っているだけに気の毒としか…。あれってお茶の葉を入れた急須に氷を入れては、溶けて減った分だけ足していくっていうヤツですもんねえ…。時間もうんとかかりますってば!
のんびりまったり、お茶を飲みつつ夏ミカン寒天に舌鼓。窓から見える暑そうな夏空もクーラーの効いた部屋には無縁で、ジョミー君の愚痴祭りも収束に向かいつつあった所へ。
「こんにちは」
暑中お見舞い申し上げます、と背後で声が。
「「「はあ?!」」」
振り返った先に私服のソルジャー。いえ、私服どころか…。
「今日も朝から暑そうだねえ…。だから暑中見舞い」
ぼくにもおやつ、と空いていたソファに腰を下ろしたソルジャーは浴衣を着ていました。涼しげですけど、何処から見たって女物。帯と結び方は男物にしか見えませんけど…。
「いいだろ、これ? ノルディに買って貰ったんだよ」
今度花火を見に出掛けるから、って、エロドクターと!?
「そうだけど? ハーレイと行こうと思っていたのに、シャングリラのメンテが入っちゃってさ。ワープドライブなんて使う予定も無いから先送りにしろって言ったんだけどね…」
「それは無責任発言だろう!」
会長さんの怒鳴り声。
「備えあれば患いなしっていうのが世間の常識、まして君みたいな境遇にいたら百パーセントを超える安全確保ってヤツが必要だろうと思うけど!?」
「君までハーレイとおんなじことを言うのかい? そりゃね、ワープドライブも大切だけどね…」
そうそう使うものではないのだ、とソルジャーは先刻までのジョミー君よろしくグチグチと。なんでもソルジャーの世界のシャングリラ号は雲海の中を飛行していて、其処から直接ワープは考えられない話だとか。
「惑星の重力圏内にいるんだよ? そんな所からワープをしたって前例は無い。つまりはワープ出来る場所まで移動しなくちゃならないってこと」
重力圏外まで逃げる間も追尾されるに決まっているし、とソルジャーは不満そうな顔。
「要するに、ぼくが瞬間移動でシャングリラを丸ごと飛ばした方が早いんだってば、ワープドライブに頼っているより!」
だから使えもしないモノのメンテを急ぐ必要は無い、と我儘全開ですけれど。その理屈がキャプテンに却下されたから花火見物がダメで、エロドクターとお出掛けなんですね?
「そういうこと! 浴衣まで買って貰っちゃったし、ハーレイと過ごす時間が楽しみ!」
浴衣でエッチは燃えるものだし…、と良からぬ発想の方も絶好調。見せびらかすために着て来たんですね、その浴衣…。
本来、昼間に纏うものではない浴衣。けれどソルジャーは会長さんに指摘されても全く気にせず、御自慢の浴衣を披露しながら居座り続けて。
「お昼御飯も出るんだよねえ?」
「…断ったら後が怖いからね」
もう諦めた、という会長さんの声を合図に皆でダイニングへと大移動。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が腕によりをかけたお漬物寿司が一人前ずつ、綺麗に盛られて出て来ました。
「へえ…。これが噂のお漬物寿司っていうヤツなんだね」
どんな味かな? と早速口へと運ぶソルジャー。
「うん、美味しい! サッパリしていて夏にピッタリ!」
「ホントだ、美味しい…。璃慕恩院の料理と全然違うよ」
これならいける、とジョミー君だって御満悦。スウェナちゃんと私が食べて来たお漬物懐石も他のみんなは興味津々、お漬物でも意外な美味しさがあるものだ、と盛り上がって。
「お漬物もね、時代に合わせて色々と変身していかなくちゃね?」
伝統を守りつつ改革も、と会長さん。
「好まれる味っていうのが変わってゆくのさ、その時々で。全く同じレシピで作ったのでは「何か違う」と思われちゃうこともあったりするんだ」
「えっ? でも、会長…。こういった老舗の味は同じじゃないですか?」
シロエ君の問いに、会長さんは「まあね」と答えたものの。
「この味だけは変えていません、と言いつつ、微妙な調整を…ね。発酵時間を変えてみるとか、塩分を少しずつ減らしていくとか。誰もが「美味しい」と思う味でないと売れないよ」
そのためにプロを雇っているのだ、という話ですが、老舗のお漬物を任されるような人って元からプロ集団では?
「そりゃそうだけど…。プロの中のプロって言うのかな? 味を覚えた熟練の人さ」
このお漬物の味はこう、と舌だけで判断出来るプロ。その道一筋ン十年とかで、味を変える時には必ず試食。プロの中のプロが「これで良し」と言うまで試行錯誤の日々らしく…。
「一子相伝とは少し違うけど、後継者は常に一人だけ! そのプロが見込んだ弟子がついてて、伝統の味を叩き込んでるらしいんだな」
そのプロが居てこそ大胆な革新も可能なのだ、と会長さん。新しいお漬物を開発する時も、やっぱり試食。「ウチの店の味ですね」と言って貰えるまで頑張る部下のプロ集団たち。そうやって出来た沢山のお漬物で美味しいお漬物寿司が出来ると聞いたら、もうビックリ~…。
「伝統は守りつつ革新かあ…」
なんか凄いね、とソルジャーは感動している様子。お漬物寿司が気に入ったらしいことは分かっていますが、この台詞。ワープドライブのメンテがどうこうと文句を言ってましたし、変な方向へと向かってなければいいのですけど…。会長さんも同じことを思ったみたいで。
「お漬物の味とワープドライブとは違うから! 其処は革新しなくていいから!」
「分かってるってば、新しい技術も出来てないのに革新しないよ、ワープドライブは」
その辺はゼルの管轄なのだ、という答え。
「なんと言っても機関長だし、アルタミラからの脱出以来の叩き上げ! プロの中のプロだね、ワープドライブに関しては」
任せて安心、と聞いて私たちの方もホッと安心。お漬物のせいでワープドライブが妙なことになったら、反省文だの土下座で済むようなレベルじゃないことは確実ですし…。
「当然じゃないか、ぼくの世界は常に危険と紙一重! 君たちが反省文を書いてくれても、土下座してくれても別の世界じゃ意味が無いしねえ…」
でも伝統と革新かあ…、と再びリピート。
「これは非常に魅力的だよ、ハーレイに是非、聞かせないと!」
「「「は?」」」
「ぼくのハーレイ! 今じゃマンネリでも気にしないけどね…。夫婦なんだし、特に刺激も求めてないけど、やっぱり努力はして欲しい!」
同じマンネリでも努力を重ねて同じ味を、って、その味とは…。
「大人の時間に決まってるだろう!」
他に何があると、とソルジャーは胸を張りました。
「ぼくたちの定番のコースがいわゆる伝統! 其処に改革を加えてみるのも新鮮かと!」
そしてこのぼくが味見するのだ、とソルジャー、ニッコリ。
「でもって、コレはぼくたちのセックスじゃないと文句をつけて却下するとか! コレはいいから取り入れようとか、もう色々と!」
時代の変化イコールぼくの好みの変化だよね、とカッ飛んだ理論が炸裂しました。
「ぼく自身でも気付かない内に、好みが変わっているかもだしねえ…。長持ちが一番だと思ってるけどテクが優先かもしれないし!」
「退場!!」
サッサと出て行け、と会長さんがテーブルにレッドカードを叩き付けたものの。それで出て行くソルジャーではなく、止まる喋りでもありませんってば…。
お漬物寿司から明後日の方へと突っ走ってしまった浴衣のソルジャー。素晴らしい思い付きだと自画自賛な上、伝統と革新を追い求める気持ちも半端ではなく。
「ぼくの世界だと色々と制限がありすぎでねえ…」
大抵の薬はもう効かないのだ、と自分の顔を指差して。
「君たちだって知っているだろう? こっちの世界で薬を調達してるってコトは」
「……スッポンとかね……」
会長さんの嫌そうな声。
「それで薬も革新したいと? 配合を変えて貰うとか?」
「もちろんだよ!」
そこは基本、とソルジャーはズラズラと漢方薬の素材の名前を挙げ始めました。外せないらしいスッポンとかオットセイだとか。他にも山ほど、いつの間にこれだけ増殖したのか、と溜息しか出ない私たち。
「それだけあったら充分に革新出来そうだよ…」
早く帰れ、と会長さんが手をヒラヒラと。
「ついでに帰りに店に寄ってね、配合の相談をしてくるといい」
「それはもう! ノルディの家にも寄ってこなくちゃ、漢方薬をガンガン買うなら予算もドカンと必要だから!」
とりあえず各種揃えて一週間分ほど…、とソルジャーはソファから立ち上がって。
「それとね、こっちのハーレイの協力も必要不可欠だよね」
「「「はあ?」」」
なんで教頭先生なのだ、とサッパリ分かりませんでした。伝統と革新はソルジャー夫妻の大人の時間に限定の筈。まるで無関係な教頭先生が何処に関係するのでしょう?
「分からないかな、モルモットだよ!」
「「「モルモット!?」」」
モルモットと言えば実験動物。それと教頭先生がどう繋がるのか意味不明ですが…?
「ぼくのハーレイは薬ってヤツが好きじゃないしさ、あれこれ試して副作用でも出ようものなら、次から新しいのを拒否しまくると思うんだよねえ…」
人体実験時代のトラウマだよね、とソルジャーはキャプテンの薬嫌いの理由をズバリと。
「だけど効くって分かった薬は喜んで飲むし、それでビンビンのガンガンなわけ!」
お蔭で夫婦円満の日々、と満ち足りた顔はいいのですけど。…副作用の有無を調べたいからと、教頭先生をモルモットに!?
「だって、おんなじ身体だしねえ…?」
ヘタレなだけで、と呟くソルジャー。
「鼻血体質で万年童貞、その辺はぼくのハーレイと全く違うけれどさ、身体の造りは同じじゃないかと…」
「薬の耐性が違うだろ!」
会長さんがビシイッと指を突き付けて。
「こっちのハーレイは薬嫌いになるようなトラウマを抱えてないしね、人体実験もされてないから薬に耐性は出来ていないと思うわけ! 同じじゃない!」
「分かってないねえ、君って人は…」
本当に何も分かっていない、とソルジャーは指をチッチッと。
「ぼくのハーレイは漢方薬なんかは投与されていないよ、アルタミラじゃね。こっちの世界じゃ漢方薬はメジャーだけれども、それでも高い。漢方薬の素材が希少なぼくの世界じゃどれほど高いか、何度も言ったと思うけどねえ?」
そんな貴重品を人体実験に使うわけがない、と吐き捨てるように言うソルジャー。
「ミュウは未だに人間扱いされてないしね、アルタミラじゃ酷いものだった。人体実験に割いた予算は膨大だろうと思うけれども、人類にとって貴重な薬を使った実験なんかはしない」
そういった薬は偉い人だけの御用達だ、と聞かされてみれば、スッポンなんかもそうだったような気が…。
「そうさ、スッポンはとっても高価! スッポン料理はごくごく一部のお偉いさんしか食べられないって話だよ」
ぼくだってこっちの世界でしか本物のスッポンは見たことがない、と続いてゆく話。
「けっこう簡単に養殖出来るスッポンでも貴重品なんだ。他の漢方薬のレア度は高いし、ぼくのハーレイへの実験に使ったわけがない。当然、耐性がある筈が無い!」
漢方薬に関してはどっちのハーレイも条件は同じ、とソルジャーの自信は絶大でした。
「だからね、まずはこっちのハーレイで試して、副作用が無いのを確認してからぼくのハーレイに渡すわけ! それでバッチリ!」
こっちのハーレイに頼まなくっちゃ、とウキウキする気持ちは分かりますけど。大人の時間に役立つ薬を教頭先生で試そうだなんて、それは酷いと言いませんか? 鼻血体質で万年童貞な教頭先生、しっかり健康体ですよ…?
キャプテンに漢方薬を色々投与したいのに、副作用は困ると言うソルジャー。まずは教頭先生で試し、大丈夫ならばキャプテンに…、という作戦を立ててますけど、問題は薬。大人の時間に役立つ薬の効果は当然…。
「君の考えは分かるけどねえ!」
ぼくの迷惑も考えてくれ、と会長さんがブチ切れました。
「怪しげな効果を持った薬をハーレイが次々試すんだろう? その度に何が起こるのさ!」
「えっ、ハーレイが元気になるっていうだけじゃないか」
大事な部分が元気モリモリ、と笑顔のソルジャー。
「ただそれだけのことだしねえ? 君が迷惑を蒙る理由は何も無いかと」
「大ありだよ!!!」
あのハーレイを舐めるんじゃない、と会長さん。
「普段はヘタレでどうしようもないのが基本だけれども、発情期があると言っただろう! いわゆるモテ期! 自分はモテると思い込む発作!」
「…言われてみればあったね、そういうのも」
「副作用でソレが出ないって根拠が何処にあるわけ!?」
相手は怪しげな漢方薬だ、と会長さんは眉を吊り上げています。
「もしも副作用でモテ期に入ったら、熱烈なアタックを仕掛けて来るから! 迷惑だから!」
「モテ期対策、一応あるんじゃなかったっけ?」
冷たくあしらった挙句に渡された花束を踏みにじるヤツ、とソルジャーは流石の記憶力。
「備えあれば患いなしって君が言ったよ、対策があるなら無問題!」
「そこまでの間が問題なんだよ!」
会長さんの方も負けじと。
「ヘタレなハーレイでさえ、モテ期になったら凄いんだ。漢方薬で元気モリモリな状態でモテ期に入っちゃったら、花束どころかホテルに引っ張り込まれそうだよ!」
「瞬間移動で逃げればいいだろ?」
「ぼくがトラウマになるんだよ!」
ハーレイに会ったら逃げたくなるとか…、と会長さんは既に逃げ腰。とはいえ、教頭先生は会長さんの大事なオモチャで、トラウマになって遊べなくなるのもつまらないらしく。
「そういうわけでね、副作用の危険を伴う元気モリモリはやめてくれたまえ!」
モルモットにするな、と禁止令。でも、ソルジャーが大人しく従いますかねえ…?
「…なるほど、君がトラウマになると…」
そしてハーレイから逃げたくなるのか、とソルジャーは顎に手を当てました。
「そういうのはぼくとしても困るね、君にはハーレイと幸せになって欲しいしねえ…」
「ならなくていいっ!」
でもトラウマになるのも嫌だ、と会長さん。
「とにかく、君も困るんだったら利害は一致してるから! モルモット禁止!」
「うーん…。ぼくは欲しいんだよ、こっちのハーレイの協力が…。だけど君がトラウマを抱えてしまって、ハーレイに近付けなくなるのも嬉しくないし…」
どうしたものか、と真剣に考え込んでいるソルジャー。夫婦円満で上手く行ってるなら、伝統だけで充分なのでは? 革新しなくても現状維持でいいのでは、と思いましたが。
「ダメダメ、せっかく素敵な話を聞いて閃いたんだしね? やっぱり革新も必要だよ、うん」
それでこそ夫婦の時間も充実、とソルジャーは全く聞く耳を持たず。
「…どうしようかな、こっちのハーレイ対策ねえ…」
元気モリモリをどうするかだね、と口にした直後。
「そうか、対策は元気モリモリ!」
「「「はあ?」」」
いきなり叫ばれても何のことだか。けれどソルジャーには解決策が見えているようで。
「薬で元気モリモリってトコをフォローしてあげれば、モテ期が来たって平気じゃないかな」
「どういうフォロー?」
会長さんの胡乱な瞳に、ソルジャーは。
「元気モリモリ解消グッズ!」
「「「解消グッズ?」」」
「そう! これで抜けます、って素敵なオカズをバッチリ差し入れ!」
「「「…おかず?」」」
どんな料理を差し入れるのだ、と私たちは首を傾げましたが、会長さんは憤然と。
「君の写真じゃないだろうね!?」
「それしかないだろ、抜けるグッズは!」
えーっと、何が抜けるんでしょう? そもそもソルジャーの写真の何処が料理だと?
理解不能な展開になりつつある話。会長さんとソルジャーはギャーギャーと派手に言い争いで、もう何が何だか…、といった状態。
「…おかずって何?」
ジョミー君が尋ね、キース君が。
「俺に分かるか! 漬物でないことは確かなようだが」
「お漬物なんかじゃないってば!」
ぼくの写真、と地獄耳なソルジャーが割って入りました。
「こっちのハーレイがそれを見ながら盛り上がれるように、うんとエッチな写真をね…。裸でもいいし、見えそうで見えないのもいい感じだよね」
恥ずかしい写真をドカンとプレゼント! とグッと拳を握るソルジャー。
「そういう写真で盛り上がっていれば、モテ期が来たって大丈夫! アタックする先がブルーからぼくに逸れると思うよ、恥ずかしい写真の先へ進みたい気分になるってね!」
「き、君は…!」
何という危険なことをするのだ、と会長さんが震え上がって。
「先に進みたい気分になったら、ハーレイはぼくを狙うじゃないか!」
「平気、平気! 恥ずかしい写真はぼくのだから!」
おまけにぼくならもれなくオッケー、とソルジャーは親指を立てました。
「モテ期のハーレイ、常軌を逸しているんだろう? 普段だったら君一筋だけど、タガが外れてしまった時なら何はともあれヤリたい気分! ぼくでもオッケー!」
そしてぼくなら相手が出来る、とソルジャー、ニコニコ。
「こっちのハーレイが是非にと言うなら、しっかりお相手、しっかり手ほどき! それから帰って、ぼくのハーレイと楽しく夫婦の時間を過ごすわけ!」
「浮気はしないって言ってなかった!?」
「伝統と革新のためなら多少のリスクも負うべきだってね!」
それにぼくには美味しい時間、と唇をペロリと舐めるソルジャー。
「ぼくのハーレイの伝統の味も気に入ってるけど、こっちのハーレイの初物っていうのも素敵じゃないか。それでこっちのハーレイに度胸がついたら、いつかは君とゴールインだよ!」
行け行け、ゴーゴー! と拳を突き上げるソルジャーに何を言っても無駄らしいことは明明白白。こうなった以上、副作用が出ないことを祈るしかありません。元気モリモリとやらだけならソルジャーの写真で解決可能という話ですし、それで何とか乗り切れれば…。
ソルジャーにお漬物寿司を御馳走したばかりに、この始末。女物の浴衣を纏ったソルジャーは大人の時間の伝統と革新のためにと、いそいそと帰ってしまいました。自分の世界へまっしぐらだったら構いませんけど、さにあらずで…。
「…やっぱり一番にノルディの家だよ…」
頭を抱える会長さん。思念でソルジャーの行方を追跡中で、今はソルジャー、エロドクターの家に滞在中とか。
「夫婦の時間の伝統と革新に協力お願い、と強請ってるんだよ、お小遣いを!」
「…それはアレだな、漢方薬を買う費用だな?」
キース君が訊けば、「うん」と答えが。
「色々と処方を変えてみたいから、と頼んでいるねえ…。こっちのハーレイをモルモットに仕立てる話まで披露しているよ。…ええっ!?」
「どうした!?」
何があった、とキース君。私たちだって知りたいです。いったい何が、と会長さんに視線が集中。会長さんは赤い瞳を零れ落ちそうなほどに大きく見開いていましたが…。
「……嘘だろ、ぶるぅだと思っていたのに……」
「かみお~ん♪ ぼくがどうかした?」
「えっと、ぶるぅが違うんだけど…」
「ああ、ぶるぅ! ぶるぅ、元気にしてるかなあ?」
海の別荘、とっても楽しみ! と顔を輝かせる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ソルジャーの世界に住む瓜二つの「ぶるぅ」は大親友で、会うと仲良く遊んでいます。夏休みの定番、マツカ君の海の別荘へのお出掛けの時は「ぶるぅ」も当然、やって来るわけで。
「今度はぶるぅがどうしたと?」
悪戯か、とキース君。「ぶるぅ」と言えば悪戯小僧の大食漢。エロドクターの家に降って湧いたかと思ったのに。
「…そうじゃなくって…。ぶるぅの出番だと思っていたら…」
ノルディだった、とソファに突っ伏す会長さん。えーっと、話が全然見えませんけど…?
「……恥ずかしい写真……」
消え入りそうな声が聞こえて来ました。恥ずかしい写真が何ですって?
「…ぶるぅに撮らせるんだと信じていたのに、ノルディだったんだよ…」
これから撮影会だって、と会長さんは激しく落ち込み中。自分そっくりのソルジャーがエロドクターに恥ずかしい写真を撮らせるんなら、死にたい気分になるかもですねえ…。
エロドクターのプレゼントだという女物の浴衣が乱れた写真やら、ヌードやら。更にはエロドクターが趣味で集めたエッチな衣装とやらも登場、ソルジャーは大量の恥ずかしい写真を撮って貰って御機嫌だとか。
「…救いはノルディが同じ写真を持ってないトコかな…」
そういう契約だったらしい、と語る会長さんの額に冷却シート。貼っていないと気が遠くなりそうなのだ、と愚痴りたい気持ちはよく分かります。ソルジャーはエロドクターの手元には一枚の写真もデータも残さずサヨナラ、花火見物の約束を改めて交わしただけで。
「今度はいつもの漢方薬の店に突撃中だよ…」
ソルジャー御用達の品を用意しようとした店員さんを止め、ああだこうだと相談中。スッポン多めだの、オットセイ多めだのと幾つもの処方を検討していて、決まったものから他の店員さんが配合を。今日の所は七種類ほど用意してくれと言っているそうで…。
「次は一週間後にまた、とか言ってる。お店の方でも上得意だからレアな薬を仕入れておくって約束してるよ、どうなるんだか…」
あんな薬でハーレイにモテ期が来てしまったら、と会長さんが泣けど嘆けど、止まらないのがソルジャーで。漢方薬店で七通りの配合をして貰った薬の袋を抱えて、大本命の教頭先生の家へとお出掛け。会長さんは額の冷却シートを押さえながら。
「…ぶるぅ、頼むよ。ぼくはもうダメ…」
「かみお~ん♪ 中継したらいいんだね!」
パアッと壁がサイオン中継の画面に変わって、浴衣姿のソルジャーが教頭先生の家の玄関チャイムを押している所。浴衣は綺麗に着付けられてて、変な写真を撮らせていたとは思えませんが…?
「…ああ、あれね…。ノルディの家には使用人も大勢いるってね…」
他の衣装で撮ってる間に綺麗にお手入れ、と会長さんの解説が。そうした部分までサイオンで覗き見してたんだったら、疲れ果てるのも無理はありません。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は無邪気なお子様ですから、中継内容が何であろうと全く問題ないですし…。
タッチ交代と映し出された画面のお蔭で、会長さんの言葉で聞くより臨場感はグッと増しました。教頭先生が玄関を開けて、「どうぞ」とソルジャーを招き入れています。
「悪いね、突然お邪魔しちゃって」
「いえ、御遠慮なく。…暑いですから、冷たいお茶でも如何ですか?」
「それよりアイスクリームとか…。冷たくて甘いお菓子がいいねえ」
我儘放題なソルジャーの腕にはしっかりと漢方薬店の袋。教頭先生、どうなるんでしょう…?
「…ほほう、伝統と革新ですか…」
漬物の世界も深いのですねえ、とソルジャーの話に相槌を打つ教頭先生。甘いものが苦手な筈の教頭先生の家の冷凍庫にはお値段高めのアイスクリームが各種揃っていたようです。あまつさえパフェ専用の器に三種類を盛り、シロップ漬けのフルーツでトッピングまで。
「漬物も奥が深いだろう? あ、美味しいね、このアイスクリーム」
「ありがとうございます。本当に食べて欲しい人には素通りされているのですが…」
夏場はきちんと揃えています、と教頭先生が挙げたラインナップには甘いゼリーや寒天なども。ソルジャーは「いいね」と大きく頷き。
「この夏は無駄にならないよ、それ。ぼくが毎日来てあげるから!」
「は?」
「実はね、君の手を借りたくて…。正確に言えば身体かな? 毎日一種類ずつサンプルを試して欲しいんだよ」
「…サプリですか?」
教頭先生の質問はもっともなもの。ソルジャーは「ううん」と首を横に振ると、「これ!」と漢方薬店の袋を差し出しました。
「いつもお世話になってる店でね、ぼくのハーレイも愛飲していてビンビンのガンガン! その店で相談に乗って貰って、夫婦の時間の革新を目指して行こうかと」
「…はあ…」
「伝統は守りつつ、革新をね! ただ、ぼくのハーレイは基本が薬嫌いなものだから…。副作用でも出たら二度と別の薬を試そうって気にならないだろうし、君に協力して欲しくって」
アソコが元気モリモリなんだよ、とソルジャーは薬の袋をズズイと前へ。
「君が飲んでくれて平気だったら、その薬をぼくのハーレイが飲む。そうやって何種類もの薬を試して、これだと思う薬を見付けて革新を!」
「…し、しかし…。わ、私がそういった薬を飲んでもですね…」
「大丈夫! おかずは山ほど持って来たから!」
好きな写真を選んで抜いて、とソルジャーは懐から分厚い封筒を。
「あ、この場で抜くって言うんじゃないよ? 元気モリモリを抜くのに使える写真だからね」
ぼくの写真の詰め合わせセット、と嫣然と微笑まれた教頭先生は耳まで真っ赤に染まりましたが、鼻血の代わりに「素晴らしいです…」と感動の面持ち。
「分かりました、お手伝い致しましょう!」
「本当かい? それじゃ、今日からよろしく!」
今夜はコレで、と指示を残してソルジャーは消えてしまいました。そして…。
「ハーレイのスケベ!!」
会長さんの怒声が響き渡るのが日常となった夏休み。マツカ君の山の別荘へのお出掛けも済んで、もうすぐお盆の棚経です。それが終われば海の別荘、ソルジャー夫妻と「ぶるぅ」も一緒に海へ。
「このまま行ったら、海の別荘までスケベなハーレイのままなんだけど!」
「落ち着け、別荘での滞在中は薬はやめるとあいつが言ったぞ」
キース君が言う通り、ソルジャーは別荘ライフの間は新しい薬探しは一時休止で、のんびり休暇を楽しむとか。でも…。
「未だに見付かってないって所が問題なんだよ、革新的な薬ってヤツが!」
「…ああ、それねえ…」
会長さんが怒鳴った所へ、ヒョイと空間を超えて来たソルジャー。
「ぼくのハーレイとも話したんだけれど、やっぱり伝統が一番かなあ、って」
「「「は?」」」
「持ちが良くなる薬もあったし、朝まで疲れ知らずのも優れものだってあったけど…。ああいうのはたまに使うから良くて、こう、毎日の夫婦生活にはマンネリこそがいいのかな、とね」
革新もいいけど伝統なのだ、とソルジャーは語り始めました。お漬物と同じで美味しいものには飽きが来ないと、マンネリな日々も飽きていないなら美味しいのだ、と。
「そういうわけでさ、ぼくとしては実験の日々を打ち切ってもいい。ただ…」
「「「ただ?」」」
「ぼくが来るからと、こっちのハーレイが色々とデザートを買ってくれてて、それをまだ全部食べていないんだ」
それにまだまだ買ってくれる予定、と微笑むソルジャー。
「この夏限定ってお菓子もあってさ、予約してくれてる分も沢山あるから…。食べ終わるまでは実験継続! 運が良ければ革新的な薬!」
「ちょ、ちょっと…! そういう基準で実験継続!?」
会長さんが慌てましたが、ソルジャーは。
「そう! それにさ、漢方薬店で聞いたんだけどさ…。副作用が殆ど出ないっていうのが売りらしいしねえ、漢方薬は」
ハーレイのモテ期はきっと来ないさ、と自信たっぷりなソルジャーは目的を既にはき違えてしまっている様子。教頭先生はソルジャーの来訪と夜の薬がお楽しみになりつつあるようです。夏はまだまだ続くんですから、夏限定のデザートだって…。
「なんでこういうことになるのさーーーっ!!!」
会長さんの大絶叫を耳を塞いでかわしたソルジャーは来た時と同じでパッと消え失せ、取り残された形の私たちだけがワタワタと…。
「…まだ続くのかよ、人体実験…」
「そうらしいですね…」
夏っていつまででしたっけ? というシロエ君の言葉で眺めた壁のカレンダー。お盆の棚経がまだということは、八月の後半が丸ごと残っています。
「九月は制服も夏服だよね…」
夏なんだよね、とジョミー君が肩を落として、キース君が。
「暑さ寒さも彼岸まで、とか言うからなあ…」
「秋のお彼岸までは夏ってわけね…」
当分は夏ね、とスウェナちゃん。終わりそうにない夏と、夏限定のデザートと。ソルジャーがすっかり食べ尽くすまでは、教頭先生は怪しい薬のモルモットで…。
「…始まりは漬物だった筈だが…」
「何処で間違えたんでしょう?」
分からないね、と溜息をつく私たち。実験終了の日も分からなければ、ソルジャーの趣味も分かりません。伝統を守ると言ったかと思えば、運が良ければ革新だとか。夏の終わりまで続くかもしれない、迷惑な日々。教頭先生が楽しんでらっしゃるんなら良しとしておくべきですかねえ…?
お漬物と伝統・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
お漬物の話から、とんでもない展開になってしまったわけですけれど…。
作中の「お漬物寿司」は実在してます、けっこう美味しいお寿司でオススメ。
シャングリラ学園シリーズ、4月2日で連載開始から10周年を迎えます。
11周年に向けて頑張りますので、これからも、どうぞ御贔屓に。
次回は 「第3月曜」 4月16日の更新となります、よろしくです~!
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こちらでの場外編、3月は、恒例の春のお彼岸。例によってスッポンタケの法要。
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