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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

マヨネーズ

(今日はマヨネーズな気分なんだ)
 ドレッシングじゃなくて、とハーレイはマヨネーズを手に取った。
 朝の食卓、サラダにたっぷりとマヨネーズ。凝ったサラダではないけれど。キュウリやトマトやセロリにレタス、食べたい分だけ好きに盛り付けてあるのだけども。
 その日の気分で味付けを変えて楽しむサラダ。今日はマヨネーズ、と頬張りながら。
(マヨネーズもそろそろ買わんとなあ…)
 一人暮らしなだけに、大きなサイズで買っていないから減るのも早い。使い道はサラダだけでもないから、あったら重宝するものだから。
(マヨネーズに醤油も美味いしな?)
 混ぜれば和風の味になる。茹でた野菜に似合う味。他にも色々、出番の多いマヨネーズ。焼いた鮭などにそのままかけるのもいいし、タルタルソースのベースにもなるし…。
(切らしちまうと困るんだ、これが)
 まだ大丈夫、と思っていた時に限って多めに使う料理が食べたくなった苦い経験が多数、慌てて買いに走った記憶。家から歩いて行ける距離にある、いつもの食料品店へ。
 そうならないよう、早めに買っておくのがいい。マヨネーズは充分に日持ちするから。
(帰りに買うか…)
 今日は放課後に会議の予定。しかも長引きそうな内容。
 ブルーの家には寄れそうもないし、会議が終わったら買い物だ、と心のメモに書き留めた。



 案の定、閉会が遅くなった会議。ブルーの家には行けない時間。
(…買い物だったな)
 愛車に乗り込み、家の方へと走らせた。真っ直ぐに家のガレージを目指す代わりに、少し手前で食料品店の駐車場へ。車を停めると店に入って、備え付けの籠を手に取って。
 肉も野菜も籠に入れたけれど、忘れてはならない心のメモ。買い物に来ようと思った理由。
(マヨネーズ、と…)
 此処だっけな、と何の気なしに覗き込んだ棚。ズラリと並んだマヨネーズ。
 メーカーが違ったり、サイズが色々異なっていたりと、マヨネーズが顔を揃えているけれど。
 ただマヨネーズというだけではなくて、カロリーカットや卵無しなどと書かれたものも。



(有り得んぞ!)
 マヨネーズは高カロリーが身上なのだし、何より卵を使ってあるもの。卵が命。
 カロリーカットや卵無しなど、それはマヨネーズの在り様から外れた代物、まがい物。健康的な食生活を、と買い求める客が多いからこそ、こういった品があるのだけれど。
(邪道だ、邪道)
 こんなマヨネーズに用は無い、と普通のマヨネーズを籠に入れながら気が付いた。
 以前から普通のマヨネーズしか買っていないけれど、邪道とまでは思わなかった筈。好みは人の数だけあるな、と苦笑しながら見ていた程度。俺はこういうのは買わないが、と。



(なんだか妙だな…)
 有り得ない上に邪道だとまで、どうして自分は思ったのか。
 マヨネーズは重宝しているけれども、こだわる理由は何も無かった。こうでなければ、と覚える愛着、それを抱くほどのマヨネーズ好きでもないのだし…。
(…なんだ…?)
 相手はただのマヨネーズだが、と考えながら棚を眺めて。
 邪道だと思ったカロリーカットや卵無しやら、そうではない普通のマヨネーズやら。端から順に目で追っていたら、不意に浮かんだ頭の中のマヨネーズ。



(シャングリラか…!)
 思い出した、と記憶の欠片を大切に抱えて家に帰った。落とさないよう、買い込んだマヨネーズなどの品物と一緒に袋に詰めて。マヨネーズなんだ、と袋にしっかり詰め込んで。
 家のガレージに車を入れて、着替えなどを済ませたら夕食の支度。
(今夜はマヨネーズで…)
 朝と同じにサラダといこう。朝よりも野菜を綺麗に盛り付け、マヨネーズで。
 遠い記憶を思い出したから。
 懐かしい船でのマヨネーズの記憶、それが帰って来たのだから。



(うん、この味だ…)
 今も昔も同じ味だ、とマヨネーズで野菜を味わいながら噛み締めた。これがマヨネーズの持ち味なのだと、カロリーカットや卵無しでは駄目なのだと。
 白い鯨で食べた味と重なる、マヨネーズの味が。
(マヨネーズはこうでなくっちゃなあ…)
 本物でなくては、と頷いた。



 シャングリラにもあったマヨネーズ。
 アルタミラから辛くも脱出した時の船にも、マヨネーズは備えられていた。最初から載っていた食料の一部。前の自分も使っていた。サラダに、料理に。
(あの食料が尽きちまった後も…)
 食料を奪いに出掛けたブルー。前のブルーだけがこなせた役割。
 人類の船から食料を奪い、皆の胃袋を満たしていた。食材が偏ってジャガイモだらけやキャベツだらけの日々もあったけれど、やがて充実していった。
 菓子を作れるほどになるまで、嗜好品が船に揃うほどまで。
 もちろんマヨネーズもあった。食堂に置かれて、皆が自由に使うことが出来た。



 ところが奪う時代に別れを告げて、自給自足の生活に切り替えていったシャングリラ。
 白い鯨を作り上げようと、船の中だけで足りる暮らしを目指し始めたシャングリラ。
 野菜には不自由しなかったけれど、マヨネーズの方が無くなった。材料に欠かせない新鮮な卵、それが何処にも無かったから。卵を産む鶏はまだいなかったのだし、卵などあるわけがない。
 そうなることは分かっていたから、作られていた合成品のマヨネーズ。それが食堂のテーブルにあったけれども、マヨネーズはちゃんとあるのだけれど。
 卵無しではコクが足りない、合成品では物足りない味。舌が違うと訴える。マヨネーズの味とは違う味だと、本物はこういう味ではないと。



「ちゃんとしたマヨネーズが食べたいねえ…」
 卵をたっぷり使ったヤツだよ、とブラウも零した。自給自足の船にするのだと決めた会議の重要人物、船の未来を左右する立場に立っていたけれど、それとマヨネーズの味とは別で。
「まったくじゃて。わしも同じじゃ」
 どうも一味足りんわい。見た目は同じなんじゃがのう…。
 サラダがどうにも引き立たんわ、とゼルさえも言った、本物のマヨネーズが懐かしいと。
 次に食べられるのはいつになるやらと、早く鶏を飼いたいもんじゃ、と。
 合成品になってしまったマヨネーズ。卵が入らないマヨネーズ。何か足りない、足りない風味。
 前はたっぷりかけていたのに、本物の味を知っていたのに。
 たかがマヨネーズ、と鼻で笑う者は一人も無かった。
 あの味が恋しいと、本物がいいと皆が思ったマヨネーズ。合成品では駄目なのだと。



 我慢の日々が長く続いて、やっと飼育を始めた鶏。
 シャングリラでも卵が食べられるようになり、本物のマヨネーズが食堂に戻って来て。
「うん、この味だよ!」
 間違いなく本物のマヨネーズの味だ、忘れやしないよ。
 これからは毎日これを食べられるんだね、有難いねえ…。卵に御礼を言わないとね。
 卵を産んでくれた鶏にも、と顔を綻ばせたブラウ。ゼルもサラダをせっせと口に運びながら。
「やはりマヨネーズはこうでないとのう…」
 この味じゃからこそ、サラダも生きるというもんじゃ。キュウリしか無いサラダが出ても食えるわい。美味いマヨネーズをつけて野菜スティック、キュウリだけでも充分じゃて。



 美味しい、と皆が喜んでいたら。
 本物のマヨネーズが戻って来たと食堂でサラダを味わっていたら。
「美味しさの方もさることながら…。マヨネーズは優れものらしいからね」
 ヒルマンがそう口にした。マヨネーズは素晴らしい食べ物なのだ、と。
 けれども誰も意味が分からず、その点は前のブルーも同じで。
「なんでだい?」
 マヨネーズが無いと困るだろうから、合成品を作りもしたけれど…。
 どの辺がどう素晴らしいんだい、サラダにかけたりするだけじゃないか。
「それがだね…。マヨネーズさえあれば生きられるそうだよ」
 ヒルマンの言葉に、食堂に居た皆が「はあ?」とキツネにつままれたような顔をした。
 マヨネーズがあれば生きられるなどと聞いても、意味がサッパリ掴めないから。
 合成品のマヨネーズと本物のマヨネーズの味の違いは分かるけれども、人の生死を左右するとは思えないのがマヨネーズ。
 野菜サラダに欠かせない程度で、無くても死にはしないのでは…。



 誰もが顔を見合わせる中、ヒルマンはマヨネーズの器を指差して。
「もちろん、マヨネーズだけで一生を過ごせるわけではないのだがね…」
 マヨネーズはカロリーが驚くほどに高いのだよ。これ一つあれば、一週間はいけるだろう。
 脱水症状を起こさないよう、水分は必要になるのだが…。水さえあったらマヨネーズだけで。
 水とマヨネーズ、それだけで命を繋げるそうだよ、と解説を始めた博識なヒルマン。
 その昔、地球が滅びてしまう前。人類が地球の上だけで暮らしていた頃。
 持っていた一本のマヨネーズだけで、十日以上も生き延びた人がいたという。深い山の中、道を見失って帰れなくなってしまった時に。
 歩き回る内に怪我をしてしまい、側にあった小川の水を飲むのが精一杯。食料はとっくに尽きてしまって、残ったものはマヨネーズだけ。
 そのマヨネーズが命を救った、カロリーが豊富だったから。救助が来るまで命を繋いだ。それが無ければ飢えて死ぬ所を、十日以上も。



「へええ…!」
 食堂に居合わせた皆が驚き、マヨネーズの凄さを知らしめる話はシャングリラ中を駆け巡った。
 非常食として作られる食べ物は多いけれども、それは最初から非常食。栄養の補給を目的とする錠剤などにしても同じで、日々の食卓に置かれてはいない。それらは日常の食べ物ではない。
 ところが食堂のテーブルに置かれたマヨネーズ。野菜サラダや料理にかけるマヨネーズ。
 それがそのまま、非常食の役目を果たすというから凄すぎる。
 何の工夫も凝らさなくても、マヨネーズを一本、それと水だけ。それさえあれば十日以上も命を繋げるなどと聞いたら、もう特別にしか見えなくて。
 暫くの間、マヨネーズは語り草だった。あれは凄いと、実は素晴らしい食べ物なのだと。
 卵の入った本物のマヨネーズが戻って来たタイミングで披露された話、マヨネーズが秘めた真の力を伝える話。
 そんな出来事もあったものだから、シャングリラのマヨネーズは常に本物だけだった。鶏の卵を使って作ったマヨネーズ。カロリーカットなど、誰一人として言い出さなかった。



(うん、シャングリラじゃ卵無しのも、カロリーカットも…)
 有り得ないんだ、とハーレイは夕食のサラダを食べつつ考える。それは邪道なマヨネーズだと。
 白い鯨ではマヨネーズと言えば卵入り。カロリーもカットしなくて当然、それだけで命を繋げる食料なのだから。非常食として生まれたものではないのに、そういう風に使えるマヨネーズ。
 幸いにして、マヨネーズを頼りに生き延びなければならない場面は無かったけれど。
 出くわさないままで白い鯨は地球までの旅を続けたけれど…。



(せっかくだから、もう少し…)
 思い出の味をかけてみるか、とマヨネーズを取り、サラダの器に加えた途端。
 野菜サラダの残りにかかったマヨネーズの量を増やした瞬間。
(ブルー…!)
 そうだった、と鮮やかに蘇って来た記憶。
 前のブルーとマヨネーズの思い出。
 青の間で共に朝食を摂る時、サラダにマヨネーズをかけてくれたブルー。それもたっぷりと。
 恋人同士になった後の朝の食事の風景、前のブルーがかけてくれていたマヨネーズ。
(あいつ、覚えているんだろうか…)
 マヨネーズをかけていたことを。朝食の時に自分がやっていたことを。
(忘れちまったかもしれないなあ…)
 この自分でさえ、今まで忘れていたくらいだから。
 卵無しやカロリーカットのマヨネーズなどは邪道だった、と気付かなかったくらいだから。
 けれども今では思い出したし、明日はブルーの家に行く土曜日。
 小さなブルーに尋ねてみよう。
 マヨネーズのことを覚えているかと、前のお前のことなんだが、と。



 一晩眠っても、忘れなかったマヨネーズ。白い鯨に居た頃の思い出。
 天気がいいから歩いて出掛けたブルーの家で、テーブルを挟んで向かい合うなり切り出した。
「おい。マヨネーズに卵無しっていうのは邪道だよな?」
「えっ?」
 キョトンとしている小さなブルー。
「マヨネーズだ、前の俺たちが暮らしたシャングリラだ」
 あの船じゃマヨネーズは一種類しか無かっただろうが、合成品の時代が終わった後は。
 それがだ、今では卵無しだの、カロリーカットだのという邪道なヤツが揃っていてだな…。
 昨日、買い物に出掛けた店で…、と品揃えのことを話したら。
「…ホントだね。そのマヨネーズは信じられないよ」
 前のぼくたちなら作りはしないよ、そんな変わったマヨネーズ。
 卵無しのマヨネーズは合成品しか無かった時代で懲りたし、カロリーカットじゃマヨネーズとは言えないし…。カロリーの高さが素晴らしいんだ、ってヒルマンが言っていたものね。
 どっちもハーレイが言う通り、邪道。シャングリラの時代だったら、だけど。



「お前の家は普通のマヨネーズなのか?」
 卵無しでもカロリーカットでもなくて、いわゆる普通のマヨネーズか?
「そうだよ。シャングリラの頃のと同じ味だよ」
「ふうむ…。それなら、そのマヨネーズ…」
 朝のサラダには多めか、と訊けば。
「なんで?」
 多めって何なの、マヨネーズをかける量のことなの?
「そうだが…。お前がかけるマヨネーズの量は普通なのか?」
「普通だと思うよ、多くはないと思うんだけど…」
 野菜サラダを食べてる日はね。
 朝からそんなに食べられないよ、ってトーストだけの日も多いけど…。
 それにマヨネーズをかけなくっても、最初からマヨネーズ味のサラダもあるでしょ?



 ポテトサラダなら入っているし、と答えたブルー。
 マヨネーズの量はけして多めではないと思う、と話すブルーは、どうやら全く覚えていないようだから。何故マヨネーズが多めなのかを思い出しさえしないから。
「忘れちまったか、前のお前のマヨネーズを?」
 朝のサラダにはたっぷりだ。とにかく多めにマヨネーズなんだ。
「ぼく!?」
 そういうサラダを食べていたっけ、とブルーの瞳が真ん丸になった。
 覚えていないと、マヨネーズが好きだった記憶は無いと。
 それはそうだろう、これはブルーの思い出だけども、ブルーのサラダのことではないから。
 同じサラダでも違うのだから、と頬を緩めてこう言ってやった。
「勘違いするなよ、お前がマヨネーズをかけていたサラダはお前のじゃなくて、俺のサラダだ」
 俺のサラダにたっぷりとかけてくれてたんだが…。
「ハーレイのに?」
 どうしてハーレイのサラダにぼくがかけるの、マヨネーズを?
「覚えていないか、ヒルマンの話」
 マヨネーズはカロリーが高くてだな…。
 それさえあったら生き延びることが出来たと聞いたろ、水分を補給出来ればな。
「ああ…!」
 山で遭難しちゃった人だね、マヨネーズだけで十日以上も生きられたって…。
 マヨネーズは凄い食べ物だっけね、非常食でもなかったのに。



 思い出した、と手を打ったブルー。小さなブルー。
 ハーレイのサラダに沢山かけたと、マヨネーズをたっぷりかけていたと。
「前のぼく…。頑張ってたっけ、朝御飯の時に」
「そうさ、自分のサラダには決して沢山かけたりしないくせにな」
 このくらいでいい、と言うんだ、お前は。
 それなのに俺の分にはたっぷり、山ほどかけてくれたんだよなあ…。



 遠い遠い昔、白いシャングリラの中だけが世界の全てだった頃。
 その船でブルーと恋をしていた、夜は青の間で共に過ごした。
 夜が明けたらソルジャーとキャプテン、そういう立場の二人だったけれど。青の間で朝食を摂る時は二人、キャプテンからの朝の報告という名目の下に二人きりの食事。
 そんなある朝、突然、それを思い立ったブルー。
 シャングリラに本物のマヨネーズが戻って来た時のヒルマンの話を、思い出したと言うべきか。
 ハーレイのサラダにたっぷりとかけた、マヨネーズを。
 何の断りもなく、ハーレイの分のサラダにだけ。



「ソルジャー!?」
 いきなりのことに、驚いたハーレイだったけれども。
「ブルーだよ、今は」
 二人きりだものね、と微笑んだブルー。
 ソルジャーの衣装は着けているけれど、今の自分はブルーだと。ただのブルーで恋人なのだと。
「しかし、これは…」
 このマヨネーズは何事なのです、どう見ても多すぎる量なのですが…。
「君のために、と思ったんだけどね?」
「はあ?」
 ますますもって訳が分からない、と瞬きをすれば。
「ヒルマンの話を忘れたのかい? マヨネーズは栄養たっぷりなんだよ」
 これと水だけで生き延びられるほどの優れものだよ、しっかりと食べて貰わないと。
 キャプテンは激務なんだから。…シャングリラの全てが君の両肩にかかっているしね?
 栄養をつけて、とブルーが指差すマヨネーズがたっぷりかかったサラダ。主役の野菜が埋もれてしまったと錯覚するほど、マヨネーズだらけになっているサラダ。
「はあ…」
 ヒルマンの話ですね、覚えております。
 お気遣い下さってありがとうございます、何事なのかと思いましたが。



 感謝します、と礼を述べたのが悪かったのか。
 それ以来、仕事が忙しくなりそうな日の朝はマヨネーズ。サラダにたっぷりとマヨネーズ。
 ブルーはこれが自分の役目とばかりに、ハーレイのサラダにだけマヨネーズを増量してかけた。自分のサラダには適量をかけて、ハーレイの分にはずっと多めに。
「ソルジャー、お気持ちは嬉しいのですが…」
 マヨネーズばかりを増やしたのでは、栄養バランスが偏りそうだと思うのですが。
 なにしろ高カロリーな食べ物ですし…。
「他の食事がバランスよく出来ているだろう?」
 ぼくよりも遥かに量が多いし、中身も充実しているじゃないか。
 トーストと卵料理は基本で、他にもハムとかソーセージとか…。それにサラダだ、完璧だよ。
 バランスが取れた食事に加えてマヨネーズを多めに、とても素晴らしいと思うけどね?
 君の朝食、と取り合おうともしなかったブルー。
 バランスがいいと主張したブルー。
 お蔭で、それからかなり長い間やられていた。野菜サラダにブルーがかけるマヨネーズ。有無を言わさず、主役の野菜も霞むほどの量を。
 忙しい日のキャプテンの朝の食卓にはマヨネーズを、と。



「あのマヨネーズ…」
 小さなブルーが目をパチクリとさせながら。
 すっかり忘れてしまっていた、と遠い記憶を手繰り寄せながら、不思議そうに。
「なんでやらなくなったんだっけ…?」
 ハーレイのために、ってマヨネーズをかけていたことは思い出したけど、やめちゃってたよ?
 朝御飯は一緒に食べていたのに、マヨネーズをかけなくなっちゃっていたよ。
 もしかしてノルディに叱られたのかな、ハーレイがあれで具合を悪くしちゃって…?
「安心しろ、俺は至って健康だった。マヨネーズをたっぷりかけられてもな」
 単にお前が飽きたってだけだ、俺にマヨネーズを振舞うことに。
「…そうなの?」
 飽きちゃったなんて、それもずいぶん酷い話に聞こえるけれど…。
 ハーレイのためにやっていたのに、飽きたからってマヨネーズをかけるのをやめちゃったの…?
「いいや、お前は酷いヤツではなかったな」
 マヨネーズをかけても大して効果は無さそうだから、と夜食の方に切り替えたんだ。
 朝にマヨネーズを増量するより、消耗した分だけ夜食で栄養補給だ、ってな。



「そういえば…」
 そうだった、とブルーが時の彼方の記憶を辿る。
 ブリッジのハーレイに思念を飛ばしたと、青の間に来る時に持って来て欲しいと、厨房に寄って料理を調達してくれるように頼んでいたと。
 さながら出前で、注文を受けたハーレイは勤務が終わると厨房に立ち寄る。内容によっては予め思念で連絡をしたり、厨房に着いてから調理を頼んだり。
 サンドイッチだったり、フルーツだったり、ブルーの注文は多岐に亘った。
 明らかにブルーが食べたいのだろう、と分かるものから、ハーレイ用だと思われるものまで。
 それらを調理する厨房の者たちは、ハーレイが何処へ出掛けてゆくのか知っていたから。
 ソルジャーの注文で料理を運ぶと知っていたから、ブルーらしくない注文を受けても「遅くまでお仕事お疲れ様です」と料理を作って渡してくれた。
 「これからソルジャーとお仕事ですか」と、「キャプテンも本当に大変ですね」と。
 そう、キャプテン用の夜食なのだと知っていた彼ら。
 仕事にゆくのだと勘違いをしてはいたのだけれども、料理を食べる人間が誰かは知っていた。
 今夜のキャプテンは青の間で夜食だと、遅くまで仕事があるらしい、と。



「夜食、運ぶのは俺だったんだがな…」
 厨房のヤツらに注文するのも、運んで行くのも俺ってわけだ。
 マヨネーズはお前がかけてくれていたが、夜食になってからは俺が自分で運んでいたし…。
 そういう意味では人使いの荒い恋人ってヤツだな、自分の分まで運ばせやがって。
 俺用に考えてくれたんだな、と分かる時には嬉しかったが、お前用のフルーツとかだとなあ…。
「だけど、ぼく用に運んでくれた時でも二人で食べていたじゃない」
 楽しかったよ、ハーレイと二人でフルーツを食べたり、サンドイッチをつまんだり。
 ハーレイ用の夜食の時には、ぼくは見ていただけだけど…。
 たまに「ぼくにも少し」って分けて貰って、味見したりはしていたけどね。
「俺としてはだ、夜食なんかを食っているより…」
 早くお前を食べたい気分だったんだがな?
 目の前にお前がいるというのに、のんびりと飯を食っているより。
「…手袋を外しちゃってたから?」
 前のぼく、ハーレイの報告が済んだら手袋を外しちゃってたし…。
 手袋をはめていない手でサンドイッチを食べたりするから、ハーレイには目の毒だった?
「まあな」
 美味そうな御馳走を前にしながらお預けの気分だ、食い終わるまでは手が出せん。
 夜食をすっかり食っちまわないと、作ってくれたヤツらに悪いし…。
 何より食べ物が無駄になるしな、美味い間に食わないと。



 次の日の朝まで放ってはおけん、と肩を竦めたら。
 サンドイッチは乾いてしまうし、フルーツも傷んでしまうから、と言ってやったら。
「…だったら、やっぱり朝御飯のサラダにマヨネーズの方が良かったかな?」
 ハーレイが忙しくなりそうな日には、朝のサラダにマヨネーズ。
 しっかり栄養をつけて貰って、それからブリッジに行って貰う方が…。夜食を食べるよりも。
「なんでそうなる?」
 どうして其処でマヨネーズの方になるんだ、お前は?
「夜食なんかを食べていないで、すぐにベッドに行けるからだよ」
 ハーレイの報告が終わりさえすれば、後はベッドに一直線で。
 朝にマヨネーズで栄養をつけておきさえしたなら、夜食の心配は要らないものね。
「そいつもなんだかつまらんなあ…」
 お預けってヤツは嬉しくないがだ、お前と二人でお茶を飲むのも好きだったし…。
 ベッドに直行したい気分の時はともかく、それ以外の時は夜食というのも悪くなかった。
 腹を満たして、それからお前。夜食を食うのとお前を食うのは別物だからな。
 …って、お前、チビのくせに!



 いつの間にこんな話になった、とブルーの額を小突いてやれば。
 小さなブルーは「さっき」と少しだけ舌を覗かせて。
「ハーレイ、今度はマヨネーズがいい?」
 朝はサラダにマヨネーズをたっぷりかけるのがいいの、仕事が忙しそうな日は?
 クラブの練習が多い時とか、そういう時にもマヨネーズがいい?
 それとも家に帰ってから夜食を食べるのがいいの、どっちが好み?
 ぼくはどっちでもいいんだけれど…。
 ハーレイが夜にぼくを食べるのに嬉しい方に合わせるよ。ねえ、マヨネーズをたっぷりがいい?
「馬鹿野郎!」
 チビのくせして、マヨネーズも何もないもんだ!
 俺がどういう飯を食おうが、チビのお前は全く関係無いんだからな。
 夜食を食いたきゃ自分で作るし、マヨネーズだって好きな量を自分でかけて食うんだ!
「でも、ハーレイ…。今じゃなくって、結婚した後」
 マヨネーズか夜食か、ちゃんと決めてよ。
 その日の気分で決めるんだったら、ぼくはマヨネーズを用意して訊いてあげるから。
 「多めがいい?」って。
「チビが気にすることじゃない!」
 なんでお前とそういう話をしなきゃならんのだ、チビのお前と!
 そういう話は育ってから言え、マヨネーズの量は多めがいいかと訊くのが似合うくらいにな!



 これ以上はもう続けてやらん、と銀色の頭をコツンと軽く叩いたけれど。
 ブルーは「痛いよ!」と大袈裟に叫んで膨れっ面になったけれども。
 小さなブルーが今日の話を、もしも覚えていたならば。
 忘れずに大きく育ってくれたら、あるいは思い出してくれたなら。
 結婚した後の朝食のサラダは、マヨネーズがたっぷりかけられていてもかまわない。
 それがブルーの気遣いだったら、主役の野菜が霞むくらいのマヨネーズ。
 「今日は仕事が忙しいんでしょ?」と、ブルーがかけてくれるマヨネーズ。
 けれども夜食も捨て難い。
 今度は厨房のスタッフはおらず、自分で作るしかないのだけれど。
 ブルーと二人でそれを食べながら、ゆっくりと疲れを癒すのもいい。
 栄養をつけたら、後はベッドへ。
 後片付けは適当に済ませてしまうのもいいし、そんな余裕も無いほどにブルーを食べたい気分になるかもしれないけれど。
 それを思えば、マヨネーズたっぷりの朝食の方がずっといいのかもしれないけれど。



(どんな食事をするにしたって…)
 きっと幸せだと思う。
 マヨネーズがたっぷりかかったサラダも、後片付けも疎かになりそうな夜食でも。
 どちらにしたって、目の前にブルー。
 今はまだ小さな姿のブルー。
 そのブルーが前とそっくり同じに育って、二人で食卓を囲める時が訪れたなら。
 結婚して二人、朝の食事も夜食も共に、幸せの中で。
 マヨネーズたっぷりのサラダであろうと、片付けも放ってブルーに溺れたい夜食だろうと…。




             マヨネーズ・了

※カロリーカットなど有り得なかった、シャングリラのマヨネーズ。栄養たっぷり。
 前のブルーが、気を使っていたハーレイのための朝食。サラダにはマヨネーズだったのです。
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