シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
(今日はお客様…)
そうだったっけ、とブルーは三段重ねのケーキスタンドをじっと見詰めた。
学校から帰って、ダイニングのテーブルでおやつの時間。そこに置かれているケーキスタンド。お皿はすっかり空だけれど。綺麗に洗われ、元の通りにセットしてあるだけだけれども。
(でも、ケーキは…)
これに載ってたケーキと同じのだよね、と自分のおやつのお皿を見てみる。それから視線を空のお皿へ、ケーキスタンドのお皿の方へ。
母の来客、ケーキスタンドはどの部屋で出されたのだろう?
人数によって変わるけれども、リビングか、あるいは応接室か。ダイニングが舞台になることもあるらしい。母のお茶会、友人たちを家に招いて。
三段重ねのケーキスタンド、紅茶もたっぷり、とっておきの午後のおもてなし。
(ぼくもそんなの…)
食べてみたいな、とふと思った。
友達を招くというのではなくて、ハーレイと。
ハーレイが訪ねて来てくれた日には、自分の部屋のテーブルでお茶。でなければ庭で一番大きな木の下の白いテーブル、それが定番。
何度もお茶とお菓子を楽しんだけれど、ケーキスタンドの出番は一度も無かった。ただの一度も出て来てはくれず、ケーキはお皿に載っているだけ。一人分ずつ、一枚のお皿に。
(…これに色々、乗っけるんだよね?)
母のお茶会は、ブルーが学校に行っている間に開かれるもの。母はブルーを放ってお茶会をするタイプではないし、帰って来る頃には終わっている。
けれども、今より幼かった頃。下の学校の低学年だった頃は、学校が早く終わったから。帰った後にお茶会ということもあって、そういう時には覗いてみた。
(いらっしゃい、って言われたんだけど…)
母も、お茶会をしている母の友人たちも。
「一緒にお菓子を頂きましょう」と誘われたけれど、それもなんだか恥ずかしくて。ピョコンとお辞儀して逃げて帰った、自分の部屋へ。
だから知らない、お茶会なるもの。知っているけれども、ブルーは参加したことがない。
三段重ねのケーキスタンド、それを前にしてお茶の時間を過ごした思い出は一つも無くて。
(…ハーレイとこれでお茶にしたいな…)
特別なおもてなしだから。ハーレイはブルーの特別だから。
これでティータイムに出来ないものか、とケーキスタンドをしきりに見ていた所へ、折よく母が通り掛かったから。
「ママ、あのお皿…」
指差すと、母は笑顔で頷いた。
「ええ、今日はお客様だったから。お客様用のお皿よ、あれは」
「知ってるけど…。あのお皿、ぼくは使っちゃ駄目?」
「えっ?」
どうしたの、と怪訝そうな母。駄目とはどういう意味なのか、と。
「えっと…。ぼくのお客様には出せないの、あれは?」
お客様用だよね、ママの大事なお客様。そういう時に出すんだってことは知ってるけれど…。
ハーレイはお客様とは違うだろうか、と尋ねてみた。
いつも訪ねて来てくれるけれど、特別なお客様の中には入らないのか、と。
「もちろん、ハーレイ先生は特別よ?」
ブルーの守り役を引き受けて下さったんだし、何よりもキャプテン・ハーレイでしょう?
パパとママしか知らないことでも、ブルーがずうっと遠い昔からお世話になってた人なのよ?
特別じゃないわけがないでしょう。とても大切なお客様だわ、この家のね。
「じゃあ、あれ…」
あのお皿でハーレイにお菓子を出して、と頼んでみた。三段重ねのケーキスタンド。
ハーレイは特別で、ぼくのお客様なんだから、と。
「あらまあ…。ママはかまわないけれど、でも、先生が…」
何と仰るかしら、と首を傾げた母。
ケーキスタンドを出すのも、お菓子を作るのもかまわないけれど、ハーレイ先生が…、と。
「ママ、ハーレイがどうかしたの?」
ハーレイ、ママのお菓子が好きだし、喜ぶだけだと思うけど…。お菓子が沢山、いろんな種類。
それをゆっくり食べられるんだし、きっとハーレイも大喜びだよ。
「お菓子はそうかもしれないけれど…。問題はケーキスタンドなのよ」
こういうのをお出しするお客様は女の人なの、女の人向けのものなのよ。
「…女の人向け?」
ママのお友達だから女の人ってわけじゃなくって、これが女の人向けなの?
三段重ねのケーキスタンド…。だからハーレイには出していないの?
「そうよ、ブルーは知らないの?」
お茶会は女の人たちが開く集まりで、男の人のものではないんだけれど…。
男の人が主役のお茶会だったら、ケーキと紅茶のお茶会じゃないわ。日本のお茶を使った方よ。
「…そうだったかも…」
ぼくはお茶会、知らないけれど…。
前のぼくの頃なら、女の人たちがやっていたかも…。
白いシャングリラにもお茶会はあった。白い鯨が出来上がる前から、紅茶とお菓子で。
それを開いていた顔ぶれを思い浮かべれば、エラを筆頭にした女性たち。
男性がしてはいなかった。彼らはお茶会を開く代わりに、好きに集まって紅茶やコーヒー。昼の間は。夜ともなれば酒を酌み交わして楽しんでいたし、そちらの方が主だった筈。
(…男の人だと、お茶よりお酒…)
前の自分は苦手だった酒。ゆえに酒宴に出ても飲めなかったから、印象に残っていなかった。
言われてみれば気の合う男性が集まって飲むのなら酒で、ケーキよりも酒の肴の出番。チーズやハムやら、そういったもの。
(…ぼくはお茶会にも出てたけど…)
女性たちが集まる席にも招かれたけれど、喜んで出掛けていたけれど。
もしも自分が酒好きだったら、お茶会よりも酒宴だっただろう。ハーレイもきっと酒宴の方。
(…ハーレイ、喜ばないのかな…)
女性向けだというケーキスタンドを出されても。
特別なお客様なのだから、と母に頼んで、ケーキやお菓子でもてなしても。
(ハーレイ向けじゃなかったわけ…?)
母のとっておきのおもてなし。三段重ねのケーキスタンド。
それをハーレイに出したかったし、自分も食べてみたかったのに…。
しょんぼりと肩を落としたブルーだけれども、考えていたらしい母が口を開いた。
「…まるで駄目ってこともないわね、男性向けのもあるそうだから」
ママのお友達が話していたのよ、ご主人と食べに行って来た、って。
男性向けのアフタヌーンティーのセットを出している場所へ。
「ホント!?」
それならハーレイにも出せるよね、ママ!
男の人用に作ってあるなら、ハーレイも何も言わないよ。だって、お菓子は好きなんだもの。
「そうなんだけど…。男性向けだと、ブルーには無理よ」
男の人が食べに行くように出来ているのよ、何もかも男の人向けなのよ。
ケーキスタンドに載っているものは同じものでも、サイズが違うの。
こんな風に、と母が手で示したサンドイッチは大きすぎた。
ブルーにとっては立派に昼食と呼べるサイズのサンドイッチ。それが幾つも出るという。他にも色々、スコーンもケーキも大きめ、多め。身体の大きい男性用のものだから。
「…ブルーのお腹には、普通の量でも多そうねえ…」
ママたちが食べてるような量でも、お腹一杯になってしまうんじゃないかしら。
ケーキにスコーンにサンドイッチよ、三段重ねのケーキスタンドに載せて出すものは。
午前中のお茶に出したら、お昼御飯が入らないでしょ?
アフタヌーンティーらしく午後に出したら、夕食が食べられなくなるわ。
きっとそうよ、と言う母だけれど。
自分でもそうに違いないと思うけれども、三段重ねのケーキスタンド。
とっておきの母のおもてなし。
だから…。
一度はハーレイと食べてみたい。
特別なお客様用に出されるものを。母のお茶会で使われるケーキスタンドで。
どうしても食べたい、と強請ったら。
ハーレイと二人でこれを使いたい、とケーキスタンドを前にして踏ん張っていたら。
母は「仕方ないわねえ…」と呆れ顔で。
「ハーレイ先生に訊いてみなさい、お茶会をしてもいいですか、って」
先生がいいと仰ったのなら、お茶会の用意をしてあげるわ。午前中でも、午後からでも。
午前中からアフタヌーンティーというのも変だけれども、ブルーのお腹が一番だもの。お茶会は楽しく開ければいいの、ブルーが素敵な気分になれれば。
「うんっ!」
ハーレイが来たら、訊いてみる!
今日はどうだか分からないけれど、次に家まで来てくれた時に!
(ハーレイとお茶会…)
出来るといいな、と部屋に戻って勉強机の前で頬杖をついた。
この部屋のテーブルにもケーキスタンドは充分置ける。紅茶のカップやティーポットも。
(…あそこでお茶会…)
やってみたいな、とテーブルをチラチラ眺めていたら、来客を知らせるチャイムの音。大急ぎで駆け寄った窓から覗くと、門扉の向こうで手を振るハーレイ。
早速チャンスがやって来たから、これは訊くしかないだろう。ハーレイと二人でお茶会をしてもかまわないかどうか、女性向けでも気にしないかと。
いつものように部屋で向かい合わせで座ったハーレイ。テーブルの上にはお茶とお菓子。普段と全く変わらない光景、三段重ねのケーキスタンドは欠片も無いから。
「あのね…。ハーレイ、こんなお皿を知っている?」
こうして一枚ずつじゃなくって、三枚でセットなんだけど…。
枠があってね、そこに一枚ずつお皿がくっついてるんだ、ケーキとかを載せるためのお皿が。
「ほほう、アフタヌーンティー用のケーキスタンドか」
「知ってるの?」
「今の俺はな」
前の俺だと、知識くらいしか無かったわけだが…。
今度の俺は一味違うぞ、アフタヌーンティーにも縁があるってな。
おふくろがたまにやっているから、と語るハーレイ。
日本の古い文化が大好きな母だけれども、アフタヌーンティーも友人たちと楽しんでいると。
「ケーキやスコーンを用意してうんと張り切っているぞ、俺のおふくろ」
今日もやっていたかもしれないなあ…。もしかするとな。
「ハーレイ、そういうお茶会に出てた?」
「ガキの頃はな」
サンドイッチも菓子も食べられるんだし、出くわしたら参加するべきだってな。
道場やプールに出掛ける前にたらふく詰め込んでったさ、紅茶はともかく、食い物の方を。
「それなら、もう一度、出てくれない?」
ぼく、ハーレイと食べてみたくって…。あのケーキスタンドでケーキやスコーンを。
ママに訊いたら、ハーレイがかまわないなら用意してくれるって。
ホントは女の人向けのだから、ハーレイ先生に訊いてみなさい、って…。
ハーレイは何と答えるだろうか、とブルーは鳶色の瞳を見上げた。
出来れば「いいぞ」と応じて欲しいけれど、と祈るような気持ちで待っていたら。
「かまわないが…。お前がやりたいのなら、俺は付き合ってやるが」
しかしだ、アフタヌーンティーをやろうと言うなら、お前の飯はどうするんだ?
あれは凄い量の菓子とサンドイッチがつきものなんだぞ、その後で飯が入るのか?
「ママにも言われたんだけど…。量を減らして貰おうかな…」
御飯じゃなくって、お菓子の方。ケーキとかサンドイッチの量を。
「そいつは駄目だぞ、マナー違反だ」
「マナー違反?」
何が駄目なの、マナーって、何が?
「菓子とかの量を減らすってヤツだ。アフタヌーンティーのマナーに反する」
お客様をもてなすために出すんだからなあ、サンドイッチもケーキとかも。
量が少ないと、お客様に対して失礼ってもんだ。この程度でいい、というわけだろうが。
沢山の菓子を用意しなくても、この客にはこれだけで充分だ、とな。
アフタヌーンティーの菓子などは食べ切れないほど出すのが正式。
少なめは駄目だ、と教えられた。おふくろからの受け売りだが、と。
「…じゃあ、ママに頼んで午前中のお茶に出して貰って…」
昼御飯を食べない方にしようかな、ハーレイの分だけ作って貰って。
「俺の分だけ昼飯って…。抜くのか、お前は?」
食わないつもりか、アフタヌーンティーの方が優先で?
午前中にやってもアフタヌーンティーと呼ぶのかどうかはともかく、午前中にお茶で。
「うん。午後に食べて晩御飯を抜くよりはマシだよ、きっと」
しっかり食べなきゃいけない御飯は晩御飯だし…。お昼御飯を抜くことにするよ。
「よし。そう決めたのなら付き合ってやる」
お前がそこまでしたいと言うんだ、俺も付き合ってやろうじゃないか。
久しぶりだな、そういうものな。おふくろのお茶会、長いこと御無沙汰しているからなあ…。
目出度くハーレイの許可を取り付けたから。
夕食を終えたハーレイが「またな」と手を振って帰った後で母に報告、お茶会の用意をして貰う日は土曜日と決まった。ハーレイと午前中から過ごせる週末。
心躍らせる内に土曜日、いつもより早く目が覚めたほど。
朝食が済んだら部屋の掃除で、お茶会の場所になるテーブルを念入りに拭いた。いい天気だから歩いて来るだろうハーレイの姿が見えはしないか、と胸を高鳴らせて。
母は昨日からケーキを焼いたり、あれこれ準備をしてくれている。スコーンを焼くための支度を覗きに行ったら、ダイニングのテーブルにケーキスタンド。三段重ねの。
(今日はこれ…)
ぼくのお客様、と空のお皿をワクワク眺めた。このお皿に母が色々と載せてくれるのだ。
特別なおもてなしに相応しいものを。スコーンやケーキやサンドイッチを。
弾む足取りで階段を上り、部屋で待っていたらチャイムが鳴って…。
訪ねて来てくれたハーレイに、挨拶もそこそこに声を掛けずにはいられない。
「ハーレイ、今日は特別だよ」
うんと特別、ママが用意をしてくれてるから。
「アフタヌーンティー、今日なのか?」
「うん!」
午前中だけど、アフタヌーンティー。ママもアフタヌーンティーって言ってたし…。
その呼び方でいいんじゃないかな、お茶会って呼ぶより特別な感じがするんだもの。どうせなら名前も特別がいいよ、せっかくの特別なお茶なんだから。
間もなく母が運んで来てくれた三段重ねのケーキスタンド。それにポットやティーカップ。
ケーキスタンドには食べ物がギッシリ、サンドイッチにケーキにスコーン。
幼かった頃に見てはいたけれど、ここまでだとは思わなかった。「いらっしゃい」と誘われても部屋に逃げていたから、ちょっぴり覗いただけだったから。
「…凄い…」
サンドイッチもスコーンも一杯、それにケーキも…。
ママが言ってた通りだったよ、ぼく、お昼御飯までは食べられないよ。
「凄いって…。お前、アフタヌーンティーは初めてなのか?」
食べたことが無いのか、それでやたらとこだわってたのか?
「えーっと…。食べたことが無いのは本当だけど…」
食べてみたいからハーレイを誘ったわけじゃないんだよ、それは本当。
ママが特別なお客様に出しているから、ハーレイにも出してみたかっただけ。
だって、ハーレイは特別だもの。誰よりも特別なんだもの…。
「そりゃまあ、なあ…?」
特別でなくちゃ、俺だって困る。お前の特別が俺じゃないなら、俺の立場が無いってな。
俺にとってもお前は特別なんだし、俺の大切な恋人だ。
お前の頼みならアフタヌーンティーに付き合うくらいはお安い御用だ、午前中だが。
午後でもないのにアフタヌーンティー。午前中からアフタヌーンティー。
母のとっておきの三段重ねのケーキスタンド、一番下のお皿に手を伸ばした。ローストビーフや海老やサーモン、小さなサイズのサンドイッチが綺麗に盛られているけれど。
目に付いたローストビーフのを取って、食べ始めたら。
「ふうむ…。やはり此処でもキュウリだな、うん」
まずはこいつだ、とハーレイがキュウリのサンドイッチを手に取った。「覚えてるか?」と。
「…キュウリ?」
「俺たちにはこいつが思い出のサンドイッチだろうが。キュウリのサンドイッチ」
シャングリラで食ったろ、一番最初の収穫祭で?
お前の方が先に思い出したんだぞ、キュウリのサンドイッチだった、ってな。
「ホントだ、あの時のキュウリのサンドイッチだ!」
凄いね、ハーレイ。こんなに色々揃っているのに、キュウリに最初に気が付くだなんて。
ぼくは他のに釣られてしまって、ローストビーフを食べちゃったのに…。
次はキュウリ、とブルーもキュウリのサンドイッチを頬張った。
お弁当などに入るものより、ずっと小さなサンドイッチ。いわゆるフィンガーサンドイッチ。
ハーレイの褐色の大きな手には似合わない大きさなのだけれども。
キュウリしか入っていないサンドイッチは特別、シャングリラで食べた思い出の味。
「前の俺たちが食ってた頃から、途方もない時間が流れたわけだが…」
今の時代も正式なアフタヌーンティーってヤツには、こいつが欠かせないってな。
キュウリだけのサンドイッチが入っていないと始まらないそうだ、俺のおふくろも言っていた。
俺がそいつを聞いた時には、何とも思わなかったんだが…。
記憶が戻った今となっては、キュウリのサンドイッチは格別だな。
「うん。あのサンドイッチを食べてた時には、シャングリラはまだ白い鯨じゃなくて…」
改造前の段階だったね、自給自足が出来るかどうか、って作ってた畑。
それでも収穫祭をしよう、ってヒルマンとエラが色々と調べてくれたんだっけね…。
今でも正式なアフタヌーンティーには必ず入るらしいキュウリのサンドイッチ。
そのサンドイッチがシャングリラで最初の収穫祭を彩った。SD体制が始まるよりも遥かな昔に王侯貴族が食べたものだと、キュウリだけのサンドイッチが贅沢な時代があったのだと。
王侯貴族になった気分で皆が味わっていたサンドイッチ。遠い昔にシャングリラで。
「…ハーレイ、この味、懐かしいね」
キュウリだけしか入ってないけど、あの日とおんなじ味がするよね。
「そうだな、シャングリラの思い出だよなあ…」
あの頃は、まさかお前と二人で地球で食える日が来るとは思っていなかったが…。
それも本物のアフタヌーンティーを、チビのお前の部屋で楽しむ日が来るなんてな。
三段重ねのケーキスタンドまで用意して貰って、ケーキもスコーンもたっぷりとはなあ…。
実に感慨深いもんだ、とハーレイがティーカップを傾けているから。
キュウリのサンドイッチの他にも何か無いか、と覗き込んだブルーは「そうだ!」と叫んだ。
「このスコーン…。今のハーレイとの思い出の味だよ、夏休みの一番最後の日!」
前の日にハーレイが持って来てくれたよ、ハーレイのお母さんのマーマレードを。
それをスコーンにつけて食べたのが夏休みの一番最後の日。庭のテーブルでハーレイと一緒に。
「うむ。お前が泣きそうになっていた日だっけなあ…」
おふくろのマーマレードを一番に食べようと思っていたのに、先に食われてしまったとかで。
お前へのプレゼントだとは言えなかったし、そうなるのも仕方ないんだが…。
あの時のお前、この世の終わりみたいな顔だったっけな、食われちまった、って。
今じゃマーマレードは定番になって、お前、毎朝、食ってるわけだが。
「そうだよ、ハーレイが届けてくれるんだもの」
マーマレードはまだあるか、って、いつも早めに。
夏ミカンの金色のマーマレードをキツネ色に焼けたトーストにたっぷり、それが大好き。
ハーレイが「美味いんだぞ」って教えてくれた、バターと一緒に塗るのも好きだよ。
今日のスコーンにはマーマレードではなかったけれど。
イチゴのジャムを入れた器がついて来たけれど、あの日のスコーンは思い出の味。
今のハーレイと青い地球の上で食べた、焼き立てのスコーンと夏ミカンのマーマレードの味。
ブルーは三段重ねのケーキスタンドを見ながら呟いた。
「んーと…。キュウリのサンドイッチがあるから、サンドイッチのお皿に乗っかってるのが…」
シャングリラの頃の思い出なんだね、他のサンドイッチも色々あるけれど。
でもって、スコーンが乗ってるお皿が…。
「今の俺たちの思い出を一緒に載せてるってわけだな、スコーンとセットで」
お前の言いたいことはそれだろ、サンドイッチの皿とスコーンの皿と。
上手い具合に乗っかってるよな、誂えたように。
「…そこまでは思い付くんだけれど…」
思い付いたんだけど、ケーキのお皿は何だと思う?
サンドイッチとスコーンと、ケーキ。一枚ずつお皿がくっついてるけど、ケーキは何だろ?
これっていう思い出、あったかなあ…?
ケーキで何か…、と記憶の中を懸命に探るブルーに、ハーレイが言った。
「俺が思うに、未来じゃないか?」
まだ出来てないんだ、ケーキの記憶は。これからの未来に出来る予定で。
「未来って…。どういう意味なの、ぼくが焼くの?」
ハーレイのために練習しなきゃ、って思ってるけど、まだ習えていないパウンドケーキ。
ママと同じ味のを焼くための練習、ぼくは始めてもいないから…。
それの思い出がケーキになるわけ、未来にならなきゃ出来ないものね。
「なるほど、俺の好物のパウンドケーキか。そいつもあったな」
お前のお母さんが焼いてくれる味、おふくろの味にそっくりだしなあ…。
いつかお前が同じ味のを焼いてくれたら、ケーキの思い出も味わい深いのが出来るんだが…。
それより前に、だ。
大事なケーキを忘れていないか、俺たちの未来に出て来るケーキ。
こいつは絶対必要なんだ、っていう特別なケーキが登場して来る筈だがな?
ウェディングケーキがあるだろうが、と微笑まれた。
結婚式には欠かせないケーキ。
花嫁衣装をウェディングドレスにしようが、白無垢にしようが、ウェディングケーキ。
二人の門出を祝うケーキで、結婚式に来てくれた人たちに配る幸福の印。
ケーキのお皿はそれではないか、と。
幸せな思い出を載せるお皿で、その未来はまだ来ていないのだ、と。
「そっか…。ハーレイと結婚するまで、ケーキの思い出、まだ出来ないんだ…」
ウェディングケーキの思い出だったら、うんと楽しみに待たなくちゃ。
どんなケーキを注文するのか、どんな結婚式になるのか。
でも、ハーレイ…。
ケーキスタンド、そういう意味なの?
三枚のお皿にちゃんと意味があるの、サンドイッチもスコーンも、ケーキも。
「いや。俺たちがたまたまそうだっただけだ」
誰でも思い出が乗っかってるとは限らないさ。これから乗っける予定の方もな。
ついでに、こいつの食べ方ってヤツも。
まさに順番通りだよなあ、俺たちの場合はそのものズバリだ。
「…食べ方?」
なあに、それ?
何を食べるのに順番があるの、ケーキ、それともスコーンの方?
知らないよ、と目を丸くしたブルーだけれど。
アフタヌーンティーには順番があるのさ、と褐色の肌の恋人に教えられた。
三枚のお皿の食べ方の順番。ケーキにスコーンに、サンドイッチ。
「いいか、一番最初がサンドイッチだ。次がスコーンで…」
ケーキを食うのは一番最後だ、この順番で食って後戻りは禁止。
サンドイッチからスコーンに移っちまったら、もうサンドイッチには戻れないってな。
「えーっ!?」
早く言ってよ、ぼく、好きなように食べてたよ!
サンドイッチから食べ始めたけど、その後はもうメチャクチャだよ…!
スコーンも食べたし、ケーキだって…。あれこれ食べてからサンドイッチだって…!
「いいんじゃないか? 好きに食っても」
俺のおふくろもそう言っていたぞ、決まりなんかは守らなくていいと。
ずうっと昔の、それこそ貴族だけしか食っていなかったような頃ならともかく…。
今じゃ単なる薀蓄ってヤツだ、昔はこういう気まりでしたよ、と。話の種っていうヤツだな。
その種のマナーにうるさい人がいる時代でもないし、とパチンと片目を瞑ったハーレイ。
とはいえ、順番どおりがいいな、と。
「俺たちの場合だけなんだがな…。とても偶然とは思えないほど、順番に進んで来たからな」
サンドイッチの皿には前の俺たちの思い出があって、スコーンの皿に今の俺たち。
この皿が前の俺たちの皿で、こっちが今の俺たちだな。
そしてケーキの皿が未来の俺たちってわけだ、順番通りに行きたいじゃないか。
ウェディングケーキの皿に着くまで。
「…なんだか幸せ…」
ケーキスタンドが予言してるんだね、ぼくたちの未来。
此処まで来たから、後はウェディングケーキですよ、って。
「うむ。早くケーキの皿まで辿り着きたいな、ウェディングケーキが待ってるからな」
スコーンの皿までは来られたわけだし、後はケーキを食うだけなんだ。
「そうだよね。ぼくも頑張ってケーキまで食べなくちゃ…。って、もう食べちゃってた!」
どうしよう、先に食べちゃっていたよ、順番、知らなかったから…。
ぼくの未来は狂っちゃったかも、せっかく予言をしてくれてたのに…!
「安心しろ。俺は順番に食っている」
これからケーキだ、まだ食っていない。
パートナーの俺が順番を守っていたなら、お前が多少間違えていたって大丈夫だろう。
二人で一緒に人生ってヤツを歩いて行くんだ、同じ道を二人で歩くんだからな。
ちゃんとリードをしてやるさ、とハーレイの顔に優しい笑み。
年上な分だけリードしてやると。道を間違えていても心配無いと。
サンドイッチにスコーンに、ケーキ。
食べる順番をブルーが間違えた分まで、自分がしっかりカバーしてやると。
「ケーキの皿に辿り着いて結婚するまで、きちんと俺がな」
そっちじゃないぞ、と引っ張ってやって、一緒に歩いて行けるように。
「ホント!?」
ハーレイがぼくをリードしてくれるの、ケーキのお皿に着くまでの道。
結婚式を挙げるまでの道…。
「もちろんだ。チビのお前に負担はかけんさ」
いや、かけちまうかもしれないが…。
お前はお父さんたちの大切な一人息子なんだし、俺が結婚を申し込んでも駄目かもしれん。
そうなった時は、お前に頑張って貰うしか道が無いからなあ…。
お父さんもお母さんも、お前には甘いだろうからな。
結婚の許可を得る辺りでリードしてやれないかもしれないが、とは言われたけれど。
きっとハーレイなら何があっても、ケーキが載った未来のお皿まで。
ウェディングケーキまで連れて行ってくれるに違いないから、ブルーは頼んだ。
「ねえ、ハーレイ。…順番、ちゃんと教えてね?」
どの順番で進んだらいいか、ぼくはどっちへ行けばいいのか。
ウェディングケーキのお皿に着くまで、着いて結婚式を挙げてからの道も。
「ああ、うんと幸せにしてやるさ」
お前が幸せになれる道だけを選んで歩いてゆこう。
前と違って今度は何処へでも行けるんだ。俺たち二人で、二人だけで。
お前と二人で手を繋ぎ合って、幸せに歩いて行かなくちゃな。
サンドイッチとスコーンの皿まで来たんだ、ケーキの皿には幸せをたっぷり載せないとな…?
(ふふっ、幸せ…)
順番通りに最後に食べたケーキ、母が昨日から用意してくれた美味しいケーキ。
サンドイッチもスコーンも満喫した後、ハーレイと二人で味わったケーキ。
母が心配していた通りに食べ過ぎてしまって、お昼御飯は入る余地が全く無かったけれど。
ハーレイだけが「悪いな、俺はこの身体だしな?」と謝りながら一人で昼食を食べたけれども、幸せだった三枚のお皿。三段重ねのケーキスタンド。
サンドイッチとスコーンとケーキと、ケーキスタンドに描かれた現在と過去と未来の思い出。
未来の思い出というのは少し変だけれど、これから出来る予定の未来。
キュウリのサンドイッチと、マーマレードで食べたスコーンと、二枚のお皿は過ぎたから。
サンドイッチとスコーンはもう食べたのだし、いつかケーキに辿り着く。
最後に食べると教えられたケーキに、幸せのウェディングケーキが載ったお皿に。
ハーレイと二人、手を繋ぎながら、そのお皿までの道を歩いて…。
お茶会のお皿・了
※アフタヌーンティー用の、三段重ねのお皿。それでハーレイとお茶を、と思ったブルー。
三段重ねのお皿に載っているのは、過去と現在、それから未来らしいです。楽しみですよね。
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