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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

お土産のアケビ

(こう来たか…)
 親父だな、とハーレイはテーブルの上を見詰めた。
 ブルーの家には寄りそびれた金曜日のことだけれども、留守の間に父が勝手に入った証拠。この家の合鍵を持っているから、「先にやってるぞ」とダイニングで何か食べていたりもするのが父。釣りの成果を料理していたこともしばしば、最近はめっきり減ってしまったが…。
(俺が帰るとは限らんからなあ…)
 小さなブルーの守り役になって、帰宅時間が遅い日が増えた。仕事が早く終わればブルーの家に行くから、夕食はそちらで済ませてしまう。だから少なくなってしまった父の不意打ち。
 とはいえ、敵も心得たもので、ブルーの家には寄れそうもない日を選んでやって来たりもする。真っ直ぐ家に帰る日はいつだ、と予め聞き出しておいたりして。
 しかし、先日の通信は違った。今度の土曜日はブルーの家に行くのか、と訊いて来た父。行くと答えたら「分かった」の一言、他の予定は訊かれなかった。
 だから…。



(何かあるとは思っていたが…)
 予想外だ、と見下ろすダイニングのテーブル、ドンと置かれた籐製の籠。それに一杯、ドッサリ入った紫色の果実、よく熟れたアケビ。どれもパカリと口を開いて食べ頃の香り。
 手書きのメモも添えられていた。「ブルー君に持って行ってやれ」と。
(アケビなあ…)
 確かに珍しいものではある。山に行かないと採れない果実。食料品店に並びはしないし、売っている場所があるとしたなら、山から近い山菜などを扱う店。それくらいしか思い付かない。
 採りに行くにせよ、買いに行くにせよ、どちらにしてもアケビが採れる山に行くしかなくて。
(ブルーも多分、知らないだろうなあ…)
 本物のアケビは見たことが無いに違いない。アケビそのものは有名だから、写真などで知ってはいるだろうけれど、手に取ったことも一度も無ければ、食べたことだって。
 なにしろブルーは身体が弱い。アケビ狩りには向かない身体。
 山の方へと出掛けるにしても、せいぜい軽いハイキング。それも殆ど行かなかったと聞くから、アケビが売られているシーズンに山菜の店を覗いたことも無いだろう。
(あの手の店は山の近くにしか無いからな?)
 山で採って来たものを並べて売る店、けして大きな店ではない。わざわざ車で出掛ける客より、散歩のついでに立ち寄る客が多いのであろう小さな店。店の構えも素朴なもの。
 父はアケビを買って来たのか、はたまた採りに出掛けたのか。
(親父のことだし…)
 採ったんだろうな、と思いながらも通信を入れることにした。まずは着替えで、それから通信。アケビの礼を言っておかなくては。



 スーツを脱いで、夕食の支度に取り掛かる前。
 父の家へと通信を入れたら、アケビは予想通りに採って来たもの。ただしアケビ狩りに出掛けたわけではなくて…。
(釣りの土産か…)
 親父らしい、と思ってしまう。釣り好きの父は川へも海へも釣りにゆくけれど、釣りをするには情報収集、その範囲は釣りだけに留まらない。其処に行ったら何が出来るか、何があるのか。広く調べて楽しむのが釣り、釣りのついでに他にも色々。
 今日のアケビもそうだった。以前から何度も通っている場所、アケビが採れる山深い川。其処で釣りをし、釣りの合間にアケビ狩り。
(今の季節ならあるからなあ…)
 父が言うには、山ほど実っていたらしい。届けた分だけで終わりではなくて、自分の家にも沢山あるから幾つも食べた、と声が弾んでいた。甘くて美味いぞ、と。ブルー君にも是非、と。
(親父からの土産か…)
 小さなブルーの喜ぶ姿が目に見えるようだ。
 未来の家族からのプレゼント。きっと大はしゃぎで眺めるのだろう、お土産なんだ、と。



 次の日、アケビを籠ごと提げてゆくかどうか暫し考えてから。
(…籠だと中身が丸見えだしな?)
 ブルーがアケビだと気付くかどうかはともかくとして、どうせなら驚いて欲しいから。籐の籠はやめて袋に移した、中身が見えない紙の袋に。
 いい天気だから紙袋を手に歩いて出掛けて、着いた生垣に囲まれた家。
 門扉の脇のチャイムを鳴らすと二階の窓からブルーが手を振り、振り返す内にブルーの母が出て来た。門扉を開けに。
 その母に紙袋を渡し、「アケビなんです」と中身を見せた。
「この通り、沢山ありますから…。皆さんでどうぞ」
 ブルー君にも食べさせたいですし、おやつに添えて頂けますか?
「ええ。でも…。アケビに合うお茶って何ですの?」
「さあ…?」
 お茶はハーレイにも盲点だった。アケビはそれだけを食べるものだし、お茶菓子ではない。何が合うのか分からないから、お菓子の方を優先して下さい、と答えておいた。
 いつものお菓子にアケビがオマケでいいでしょう、と。



 ブルーの部屋に案内されて間もなく、運ばれて来たお菓子の皿とアケビが幾つも盛られた器と。
 お菓子が軽めのケーキだったから、お茶は紅茶になっていた。ティーカップとポット、それらがテーブルの上に揃って、ブルーの母が「ごゆっくりどうぞ」と出て行った後。
「ハーレイ、これ…」
 お土産なの、とブルーがアケビを指差したから。
「そうなんだが…。こいつは俺の土産じゃなくてだ、親父からだ」
 この前、今日はお前の家に行くのかと訊いて来たから、行くと答えておいたんだが…。
 昨日、帰ったら、こいつがあったというわけだ。お前に持って行ってやれ、とメモつきでな。
「ホント!?」
 ハーレイのお父さんからぼくにお土産?
 アケビって何処に売ってるものなの、お父さん、ぼくを覚えていてくれたんだ…!



 お土産なんて、と大喜びのブルー。
 もっと喜ばせることになってしまうけれど、アケビは買って来たものではないから。
「生憎と、こいつは売り物じゃない。売っている店も親父は知ってる筈なんだが…」
 買ったんじゃなくて採って来たんだ、釣りに出掛けた場所にドッサリあったそうだぞ。
「そうだったの? それじゃ、ホントにお土産なんだ…」
 ぼくのために採って来てくれたんだね、アケビ。こんなに沢山…!
「ついでなんだと思うがなあ…。釣りのついでにアケビ狩りだろ」
 もっと沢山持って来たんだ、お母さんに袋ごと渡しておいた。親父の家にも山ほどあるんだし、お前用ってわけではないな。親父とおふくろも食うんだからなあ、あくまでついでだ。
「でも通信があったんでしょ?」
 ぼくの家に行くのかどうか、って。
 そう訊いてから採りに出掛けてくれたんだったら、ぼくの分も入っていたんだよ。ぼくが食べる分だけ多めに採って来てくれたアケビだってば、ぼくのなんだよ。



 ぼく用のお土産、とブルーは大感激で。
 お父さんにちゃんと御礼を伝えておいてね、と何度も念を押し、それから器のアケビを眺めて。
「…食べていい?」
 御礼は言ったから食べていいよね、このアケビ。
「ああ。…って、お前、食い方、知ってるのか?」
「えっ?」
「アケビだ、アケビ。アケビの食い方を知っているのかと訊いているんだ」
「…食べ方って、このまま食べるんでしょ?」
 だって果物、とアケビを一つ手に取ったブルー。案の定、紫の皮ごと食べようとしているから。
「ほら見ろ、言わんこっちゃない。お前、分かっていないじゃないか」
 アケビってヤツは皮ごと食ったら駄目なんだ。皮じゃなくって、弾けた中身。中身だ、中身。
 中に入っている白い部分を食べるのだ、と教えてやった。
「この白いトコだ、ここだけ食うんだ。種は食えんが」
 種だらけだから気を付けて食えよ。ちゃんとこっちの皿に出すんだ、その種は。
 此処、と小さな皿を示してやった。ブルーの母が種入れ用にとつけてくれたらしい白い小皿を。
「うん、分かった。…んーと…。わあ、甘い!」
 なんだかクリームみたいだね。ねっとりしてるし、フルーツ味のクリームみたい。
 種だらけだけど…。クリームだと種は無いんだけれど…。



 美味しそうに一個を食べてしまって、皮の置き場を探しているブルー。種入れ用の小皿には皮は収まらない。ブルーの母もそこまでは気が回らなかったという所か。
「此処でいいだろ、テーブルの上で」
 皮には粘りも何も無いしな、置いておいてもいいんじゃないか?
 テーブルが汚れちまいはしないさ、器がすっかり空になったら器に戻せばいいんだしな。
「そっか、そうだね!」
 そうしようっと、と皮をテーブルに置いて、次はケーキ、とフォークを持ったブルーだけれど。ケーキを口へと運んだのだけれど、甘さが足りないと言い出した。ケーキの甘さが。
「…ママのケーキ、もっと甘いと思うんだけど…」
 お砂糖の量を間違えたのかな、ちょっぴり甘さが足りないみたい。ママ、失敗…?
「それは違うぞ、アケビのせいだな」
 甘いアケビを先に食ったから、ケーキの甘さが物足りなく思えてしまうんだ。じきに慣れるさ、そのケーキの味。そして甘いと思うんだろうが…。
 アケビの方ももっと食うだろ、大きさの割に食える部分は少ないんだしな?
「うんっ! ハーレイのお父さんのお土産だものね」
 ぼく用に採って来てくれたお土産、ちゃんと美味しく食べなくちゃ。
 種だらけでも甘いクリームみたいなんだし、もっと何個も食べるよ、ぼくは。



 その言葉通り、三個も食べたブルーだけれど。
 ケーキと紅茶も味わいながらアケビに手を伸ばし、三個も食べてしまったけれど。
 ハーレイと二人で食べたアケビの皮がテーブルの上にコロンと置かれて転がっているから。紫の色が鮮やかだから、ブルーはそれに惹かれるらしくて。
「アケビの皮…。美味しそうなのに…」
 食べられないなんて、とっても残念。中身があんなに甘いんだったら、きっと皮だって…。
「おいおい、見かけに騙されちゃいかん。確かに見た目は美味そうなんだが…」
 アケビの皮は甘くはないんだ、少し苦いぞ。
「苦いって…。ハーレイ、食べたことあるの?」
「食えるからなあ、アケビの皮は」
 もちろん何度も食ってるさ。苦いと知ってる程度にはな。
「嘘…。さっき、食べられないって言ったじゃない!」
 ぼくが皮ごと食べようとしたら、その食べ方は間違ってる、って…!
「その話だって嘘ではないぞ。このままじゃ無理だ、生では食えたもんじゃない」
 しかし、食おうと思った人はいたんだろうなあ、食い方があるって所を見ると。
「生だと駄目って…。じゃあ、どうするの?」
 茹でたりするわけ、この皮を?
 でなきゃ焼くとか、そうしたら食べられるようになるわけ、アケビの皮も?
「アケビの皮には詰め物だな」
 この通り中が空っぽだしなあ、そこを活かして食おうってトコだ。
 詰め物をする料理は色々あるだろ、それのアケビ版だな。



 中に挽肉を詰めるのだ、と話したら。
 ハンバーグのようにタマネギやキノコの刻んだのを入れて、蒸したり焼いたりして食べるのだ、と教えてやったら、ブルーはテーブルに置かれたアケビの皮を指先でチョンとつついてみて。
「…それ、食べてみたい…」
「なんだって?」
「食べてみたいよ、その…なんだったっけ、アケビの肉詰め?」
 ハーレイ、ちょっと作ってくれない?
 皮なら此処に幾つもあるし、もっと食べたらもっと増えるし…。
「なんで俺が!」
 そいつを作るということになるんだ、俺は食べ方の話をしただけでだな…!
 作るだなんて言っていないぞ、どうして俺が肉詰めなんぞを作ってやらんといかんのだ…!
「…アケビはお店で売っていないもの」
 売ってるんなら、ぼくだって食べ方を知ってるよ。皮は食べないとか、中身だけだとか。
「それはそうだが…。アケビは普通の店には無いが…」
「そうでしょ、ママだって知らないよ、きっと。アケビは皮まで食べられるなんて」
 だからお願い、アケビの肉詰め、作ってみてよ。ぼくも食べたくなってきたから。
「俺はこの家では料理をしないと言ってるだろうが!」
 手料理だって持って来ないし、野菜スープのシャングリラ風を作ってやるのがせいぜいだ。
 俺は客だという扱いだし、客に料理をさせるなんぞは論外なんだ…!



 お母さんを恐縮させちまうだけだ、と断った。
 客はキッチンには立たないものだと、もてなすべき客に料理をさせたら失礼になる、と。
 ところが、それで諦めないのが小さなブルーで。
「じゃあ、ママに言って」
「はあ?」
 料理をしてもいいですか、と言えってか?
 それはそれでお母さんも断り切れんし、もっと恐縮されそうなんだが…。
「違うよ、ママに教えてあげてよ、アケビの肉詰めの作り方を」
 ママが作れるように教えて、そしたら作って貰えるから。
「お前なあ…」
 そいつも俺はどうかと思うぞ、いくら客でも料理のリクエストはなあ…。
 何をお召し上がりになりますか、と訊かれたんなら失礼じゃないが、そうでもないのに注文か?
 厚かましすぎる客だと思われてしまいそうなんだが、レシピを話してリクエストなんて。



 それは流石にマズイだろう、とハーレイは断固拒否したけれど。
 駄目だと何度も言ったのだけれど、ブルーがあまりに食べたそうな顔をしているから。アケビの肉詰めを食べてみたい、と顔いっぱいに書いてあるから、腹を括って。
 そろそろ昼食は如何ですか、と覗きに来たブルーの母に声をかけてみた。
「すみません。アケビの料理はなさいますか?」
「…アケビ料理?」
 これはそのまま食べるものだと思っていたんですけれど…。この中身だけを。
 あらっ、すみません、皮を入れる器、用意するのを忘れてましたわ。
 申し訳ありません、とテーブルの上に転がっている皮に慌てるブルーの母。「いいえ」と笑顔で返しながら紫色の皮を示して。
「やっぱり御存知ないですよねえ…。アケビを使った料理なんかは」
 私の母は作るんですが、とアケビ料理の話をした。アケビの皮を使った肉詰め。この皮に挽肉を詰める料理だと、蒸したり焼いたりするものなのだ、と。
「知りませんでしたわ…。それじゃ、ハーレイ先生も?」
 お作りになりますの、アケビの肉詰め。お料理がお好きだと伺ってますし…。
「やらないことはないですが…」
 アケビさえあれば、もちろん作れるんですが。
 他所のお宅にお邪魔してまでアケビ料理を始めるのは、ちょっと…。
 マナー違反だと分かってますから、キッチンをお借りしようとまでは思いませんが…。



 ブルー君が食べたいそうなので、と作って貰えないかと持ち掛けた。
 アケビの皮を使った肉詰め。レシピはお話しますから、と。
「皮の味は少し苦いんです。けれどもこういう形ですから、肉詰めにはピッタリなんですよ」
 詰める中身はハンバーグの種に似てますね。タマネギやキノコを刻んで挽肉と合わせるんです。味付けは好みで醤油や、味噌や。
 それを詰めたら蒸して仕上げたり、焼いたりするというわけです。
「面白そうですわね、アケビの肉詰め」
 確かにトマトなんかと違って、くり抜かなくても中身を食べたら直ぐに器が出来ますわ。
 そういうお料理があるのでしたら、頂いたアケビが新鮮な内に。
 此処の皮も使えるというわけですわね、アケビ料理。
 せっかくですから、と乗り気のブルーの母。
 ブルーが渡したメモに早速レシピを書き付け、空いたケーキ皿を下げるついでに持って行った。テーブルの上に幾つも転がっていたアケビの皮と一緒に。



「ママ、作ってくれるみたいだけれど…」
 お昼御飯には間に合わないね、と扉の方を見ているブルー。母が閉めて行った部屋の扉を。
「当たり前だろう、材料が無けりゃ買い出しからだぞ」
 挽肉さえあればキノコだろうがタマネギだろうが、とは言っておいたが…。
 事実、そういう料理なんだが、挽肉が無けりゃ始まらん。無かったら買いに行く所からだ。
 あったとしたって、昼飯の用意は殆ど出来てる筈なんだぞ。
 アケビ料理を作っている間に、せっかくの飯が冷めちまったらどうするんだ。
 昼飯には絶対、間に合わん。作って貰えることになっただけでも有難く思っておくことだな。



 お前が我儘を言うから、お母さんの仕事が一つ増えたぞ、と額を指で弾いてやったけれども。
 罪の意識は無さそうなブルー。アケビ料理に夢中のブルー。
 間もなく母が運んで来た昼食、其処にアケビの肉詰めは無くて。
 母は「アケビ料理は晩御飯にね」と告げたのだけれど、ブルーときたら。
 その母が去って昼食のピラフを食べ始めるなり、こう言い出した。
「…アケビ、おやつに食べたいな…」
 えっと、この果物のアケビじゃなくて。アケビの肉詰め。
 これはいつでも食べられるから、とブルーが指したアケビが盛られた器。午前中に食べた分だけ減ったけれども、紫のアケビがまだ入っている。
「おやつだと!?」
 アケビ料理をおやつに食おうと言うのか、お前?
 そりゃあ、大きさはこんなモンだし…。
 おやつにコロッケってヤツだっているし、それ自体は変とは言わないが…。
 お母さんの手間を考えてみろ。夕食のつもりで支度するんだろうに、おやつまでか…!



 我儘が過ぎる、と呆れたけれども、そこはブルーで。
 昼食の皿を下げに来た母に強請り始めた。
 アケビの肉詰めをおやつの時間に食べてみたいと、一個だけでもかまわないから、と。
「…晩御飯じゃないの? アケビの肉詰めは立派なお料理よ?」
 お茶とも合わないと思うんだけれど…。緑茶ならともかく、お紅茶には。
「でも、おやつがいい!」
 一個でいいから食べてみたいよ、せっかくハーレイに聞いたんだもの。
 少しでも早く食べてみたいし、おやつにアケビの肉詰めがいいよ。
「あらあら…。食べたい気分になっちゃったのねえ、仕方ないわねえ…」
 それじゃ両方、と微笑んだ母。
 おやつ用に作って夕食にも、と。
「ありがとう、ママ!」
「どういたしまして。ブルーが食べたいお料理なんでしょ、お安い御用よ」
 おやつを楽しみにしていなさいな、と母は食後のお茶をテーブルに置いて出て行った。これから買い出しに出掛けてゆくのか、冷蔵庫に挽肉が入っているのか。
 買い出し無しでも、アケビ料理を二回も作るのは間違いないから、手間が倍だから、ハーレイはフウと溜息をついた。
「お前、とことん我儘だな」
 アケビ、アケビ、って騒がなくても、晩飯になったら食えるだろうに。
「だって…。ハーレイと二人で食べたいよ」
 晩御飯だとパパとママも一緒で、二人きりでは食べられないもの。
 せっかくのハーレイのお父さんのお土産、ハーレイと二人でゆっくり食べてみたいんだもの…。



 そしておやつに出て来たアケビ。
 ブルーの母が「お茶はやっぱりこれなんでしょうねえ…」と緑茶と一緒にトレイに載せて運んで来たアケビ。肉詰めのアケビがブルーの分とハーレイの分と、二個ずつ皿に載っていた。
 味付けは味噌にしたという。フライパンで焼いて仕上げて来た、と。
 紫色だったアケビはナスをこんがり焼いたかのように色が変わって、中に挽肉。皮の裂け目からはみ出すくらいに詰められた挽肉、タマネギとキノコもたっぷり入っているらしい。
「…ハーレイ先生、こんな具合でよろしいんでしょうか?」
 教わった通りにしてみましたけど、アケビ料理は初めてですから…。
「ええ、私が作ってもこういう感じになりますね」
 すみません、お手数をおかけしまして…。アケビを持って来たばかりに。
「いいえ、お蔭でレパートリーが広がりましたわ」
 お夕食には蒸してみようかと思ってますの。
 また味わいが変わるんでしょうし、楽しみですわ。
 ええ、試食用はもちろん作りましたし、これから主人と食べるんですのよ。主人もアケビ料理は初耳だとかで、おやつに作るならお相伴だ、って。



 ブルーの母が料理とお茶とを置いて去ってゆくなり、小さなブルーはアケビの肉詰めにガブリと皮ごと齧り付いた。モグモグと噛んで味わい、飲み下して。
「…ちょっぴり苦いね、見た目はそうでもなさそうなのに…」
 ナスみたいだ、って思ったけれども、ナスは焼いても苦くはならないし…。
「だから言ったろ、苦いって」
 アケビの皮は苦いんだから、料理したって苦さは残っちまうってな。
 肉詰めだからな、子供が好きそうな感じなんだが、どちらかと言えば大人向けだ。
 酒の肴にいいんだぞ。…って、お前は酒は駄目だったっけなあ…。
「もっと他にも詰められそうだね、挽肉じゃなくても」
 御飯を詰めたりするのはないの?
 トマトとかだとハーブライスを詰めたりするけど、アケビに御飯は詰めないの…?
「ハーブライスなあ…。俺はそいつは試したことが無いんだが…」
 あくまで肉詰め一本槍だが、バリエーションなら幾つもあるな。
 蒸した後に溜まった肉汁を使ってソースを作って餡かけ風とか、衣をつけてフライだとか。
 どれも美味いぞ、手間をかけるだけの価値があるってな。
「やっぱり…!」
 ママにスラスラ教えてたから、詳しいんじゃないかと思っていたんだ、アケビの肉詰め。
 きっと何度も作ったんだ、って。工夫も色々していそうだ、って…。



 そういう話が聞きたかった、と笑顔のブルー。嬉しそうなブルー。
 だからアケビの肉詰めをおやつに強請ったと、ハーレイと二人で食べたかった、と。
「晩御飯の時だと、パパとママに話を持って行かれてしまうんだもの…」
 二人とも、ハーレイがぼくの相手で疲れちゃってる、と思ってるから仕方ないけど…。
 でも、本当にハーレイを取られてしまうし、アケビ料理の話をしてても同じだよ、きっと。
 ぼくが訊くよりも先にママが訊くとか、パパが相槌を打っちゃうとか。
 今みたいな中身の話を聞けても、ぼくは楽しさ半分以下になっちゃうんだよ…。
「ふうむ…。その点は俺も否定出来んな」
 だが、お母さんたちは俺を気遣ってくれているんだ、そこの所を間違えるなよ?
 恨んじまったら罰が当たるぞ、家族でもない俺を夕食の席に加えてくれるんだからな。
「…分かってるけど…。でも…」
 たまには我儘言っていいでしょ、ママだって面白がってるし。
 ぼくが我儘言わなかったら、今日のアケビ料理は一回だけだよ、焼くのか蒸すのか、片方だけ。
 ママは両方試せるんだし、これでいいんだと思うんだけど…。
「そういうのを屁理屈と言うんだ、チビ」
 あれは立派な我儘だったぞ、ショーウインドウの前で欲しいと踏ん張るガキと変わらん。
 なにがおやつにアケビ料理だ、お母さんの菓子の出番を奪っちまって…。



 午後のおやつにケーキでも焼いてあっただろうに、とハーレイは嘆いてみせたけれども。
 ブルーの方はケロリとしたもので、アケビの肉詰めを頬張りながら。
「苦味に慣れたら美味しいね、これ」
 ハーレイのお父さんとアケビの話も聞きたいな。お父さんもアケビの肉詰め、作るの?
「まあな。しかし、親父はどっちかと言えばアケビを採ってくる方で…」
 レシピの工夫は主におふくろだぞ、こうすれば美味いんじゃないか、って。
 それを食って親父がアイデアを出すんだ、次はこういうのも美味いかも、とな。
 そういう意味では共同作業と言えないこともないなあ、アケビ料理は。
「…だったら、ぼくのアイデアも言ったら採用して貰えそう?」
 アケビ料理にハーブライス。挽肉の代わりに御飯を詰める、って言ったよ、ぼくは。
「悪くはないかもしれないなあ…」
 試してみるかな、まずは挽肉に米を混ぜるトコから始めてみて。
 いけるようなら米の比率をだんだん増やして、最終的にはハーブライスで。
 …米の中にナッツを入れてもいいかもしれんな、胡桃とかをな。ナッツもアケビも秋の味覚だ、ナッツをたっぷり。案外、出会い物かもしれんぞ、アケビとナッツ。
 美味いのが出来たら親父たちに教えて、元はお前のアイデアだったと伝えてやるさ。
 もっとも、アケビ。
 親父が届けに来てくれた分は丸ごと持って来ちまったしなあ、料理のチャンスはいつになるやらサッパリ謎だな、また採って来てくれないとなあ…?



 そいつもウッカリ全部届けてしまいそうだが、と苦笑しながらの幸せな時間。
 お菓子の代わりにアケビの肉詰めを食べて、紅茶の代わりに緑茶を飲んで。
 こういう午後もいいものだ、と緑茶のおかわりを注いでいたら。
「ぼくもアケビ、採りに行きたいな…」
 山に行けばドッサリ実ってるんでしょ、今日、持って来てくれたみたいなアケビが。
 普通のお店には売ってないんだし、アケビを採りに行ってみたいよ。
「いつかはな」
 お前だったら行けるだろうさ。親父も喜んで案内するんだろうし。
「ぼくだったら、って…。どういう意味?」
「俺の嫁さんになるんだろ、お前。だからこそだな」
 今の所は親父だけしか山ほど採っては来られないんだ。
 俺が教師になってからだしな、親父がアケビを一度にドッサリ採ってくるようになったのは。
 それまでは十個もあれば上等だっていう具合だったが、今じゃ御覧の通りだってな。



 親父の秘密の場所らしいから、と話してやった。
 釣り仲間の誰にも教えていないと、けれど家族なら話は別だと。
 ブルーが新しい家族になったら連れて行きたがる、と言ってやったらブルーは行く気満々。もうその場所を知ったかのように顔を輝かせるから、一応、注意はしておいた。
「…俺が思うに、とんでもない山の奥じゃないかと…」
 道があるとも限らないような場所を、川沿いに登って行くんじゃないかと思うんだがな?
 お前、そういう場所でも親父について行くのか、アケビ狩りに?
「うん。疲れちゃったら、ハーレイ、背負って」
「背負うって…。今ならともかく、デカく育ったお前をか!?」
「駄目…?」
 大きくなったら背負えないっていうこともないでしょ、ハーレイ、力持ちだから。
 今のハーレイは鍛えているから、ぼくくらい軽く背負えない…?
「まあ、いいがな…」
 くたばっちまったら背負ってやるから、アケビ狩りをする体力くらいは残しておけよ?
 せっかく着いたのに一個も採れずに座ってました、じゃ、情けないにもほどがあるからな。



 アケビ狩りには行きたいけれども、山道で疲れてしまいそうな未来のブルー。
 前と同じに大きく育っても、丈夫になりそうもない身体が弱いブルー。
 そういうブルーとアケビ狩りに行くのもいいだろう。疲れてしまったら背中に背負って。
 道案内をする父も笑うに違いない。疲れたのなら一休みするか、と釣りの道具を地面に下ろしてレジャーシートをブルーのために広げてくれるとか。
 いつかはブルーとアケビ狩りだな、と考えていたら。



「ハーレイ、アケビを沢山採って来られたら料理もしようね」
 アケビの肉詰め…。ううん、その頃にはハーブライス詰めも出来ているかも!
「お前も一緒に作るのか?」
 それとも俺が一人でやるのか、肉詰めもハーブライスの方も。…ハーブライスは試作もしてないからなあ、美味いのが出来る保証は無いが。
「蒸すとか焼くとかは難しいかもしれないけれど…」
 詰めるくらいは出来るでしょ? アケビの皮に。肉もお米も。
「確かになあ…。そのくらいは出来んと話にならんな」
 料理以前の問題だ。お前、手先までは不器用じゃなかった筈だよな?
「うん。前のぼくだと危なかったけどね、お裁縫はね」
 今度はお裁縫だって家庭科で習った程度のことは出来るし、きっとアケビに詰めるのだって…。
 前のぼくでも詰められたかもしれないよ?
 シャングリラにはアケビもアケビ料理も無かったから、詰めるチャンスが無かっただけで。
「無かったなあ、シャングリラにアケビはなあ…」
 もちろん地球にもアケビは無かった、前の俺たちが生きた頃にはな。
 いい時代に俺たちは生まれて来たなあ、地球が蘇って今ではアケビもあるんだからな。



 ブルーと二人、青い地球の上に生まれ変わって、いつかはアケビ狩りにゆく。
 結婚してブルーと家族になって、今の自分を育ててくれた父と。
 その日が来るのを夢に見ながら、小さなブルーと頬張るアケビ。肉詰めはもう食べ終えたから、器に盛られた生のアケビの甘い中身だけを。紫色の皮は残して、その中身だけを。
 夕食の席でもきっと話が弾むだろう。
 アケビの肉詰めを前に、ブルーや、ブルーの両親たちと。
 シャングリラにアケビはありませんでしたね、と、もちろんアケビ料理も、と。
 今はアケビがドッサリと実る秘密の場所があるらしい地球。
 いつかはブルーと二人きりの家で、アケビ料理を作ってみよう。
 ブルーの提案のハーブライス詰めも、美味しいかどうか試作してみて…。




           お土産のアケビ・了

※ハーレイの父からブルーへのお土産に、アケビ。そのまま食べても美味しいのですが…。
 料理も作れると聞いたブルーの我儘、お茶の時間はアケビの肉詰め。ハーレイ直伝のレシピ。
←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv







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