シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
(本当に年下になっちまったな…)
正真正銘チビで年下、とハーレイはブルーの写真を眺めた。
今日はブルーの家には寄れなかったけれど、学校で見かけて挨拶された。「ハーレイ先生!」と声を掛けて来て、ペコリとお辞儀をしたブルー。小さなブルー。
書斎の机の上に飾ったフォトフレームの中、自分とブルーが写った写真。自分の左腕にブルーが両腕でギュッと抱き付いて、笑顔。それは嬉しそうに、弾けるように。
(チビなんだよなあ…)
こうして見ると本当に小さい、背丈も低いし身体も細い。まだまだ子供といった感じで。
(…でもって、年下と来たもんだ…)
教師と教え子、もうそれだけで充分な年の差、ブルーの方がずっと年下。
それが不思議で、けれども嬉しい。今度は自分が守る立場だと実感出来る年の差だから。二人で何処へ出掛けて行っても、自分の方が保護者だろうから。
小さなブルーが前と同じに育ったとしても、やはり自分の方が年上。変わらず年上。
(二人一緒に飯を食っても、俺が支払うのが自然だしな?)
そう考えるだけで顔が綻ぶ。自分がブルーの保護者になれると、守ってやれると。
(今も守り役ではあるんだが…)
既にそういう立場だよな、とコーヒーのカップを傾けた。愛用の大きなマグカップ。淹れ立ての熱いコーヒー片手に、書斎で寛ぐ食後のひと時。
ブルーの写真を前にしながら、小さなブルーを想いながら。
前の生でもブルーは自分より若い姿で、出会った時からそうだった。アルタミラがメギドの炎に滅ぼされた日に閉じ込められていたシェルターの中で、前のブルーと初めて出会った。
出られはしないと思ったシェルター、それをサイオンで破壊したブルー。
凄い子供だと驚嘆しつつも、座り込んでいたブルーに声を掛けたのが全ての始まり。崩れてゆく地面を二人で走って、幾つものシェルターを開けて仲間を逃がした。
てっきり子供だと思っていたから、懸命に庇って走り続けて。アルタミラから辛くも逃げ出した船の中でも、年上らしくブルーの世話をしてやった。こんなに小さいのだからと。
ところが、落ち着いた頃に知ったブルーの年。ブルーが覚えていた、生まれた年。研究者たちが実験の度に口にするから、ブルーも記憶していたらしい。
それを聞いたら仰天した。年下の小さな子供どころか、とんでもない年上だったブルー。外見は幼い少年そのもの、心も身体も成長を止めたままでいたから気付かなかった。
(何処から見たって、チビで年下…)
年上なのだと分かった後にも、そういう風には扱えなくて。
いつでもブルーを子供扱い、もっと大きく育ててやろうと頑張っていた。アルタミラの檻の中でブルーが失くした未来への希望、それがある世界へ来たのだから。自由を手に入れたのだから。
(あいつがソルジャーになっちまった後も…)
キャプテンとして敬語で話さねばならない立場になった後でも、まるで無かったブルーが年上という感覚。自分よりも年が遥かに上だという感覚。
単にブルーが偉くなったから、ソルジャーと呼ばれるようになったから、使った敬語。年長者に対するものではなかった、ただの一度も。キャプテンとしての立場ゆえに敬語で話し続けた。
(…俺の他に敬語に切り替えたヤツは、エラくらいだしな?)
礼儀作法にうるさかったエラ。仲間たちにも「ソルジャーには敬語で」と徹底させた。
けれども、後に長老と呼ばれるようになったブラウとゼルとヒルマンと。脱出直後からブルーと親しくしていた彼らは、敬語を忘れがちだった。使わなかったと言ってもいいくらいに。
(しかしなあ…。俺はキャプテンだったからなあ…)
シャングリラの仲間を纏める存在、皆の手本にならねばならない。ソルジャーのブルーに自分が気安く口を利いていたら、それでいいのだと思う仲間も出て来るから。
それはマズイ、と敬語を使い続けた、どんな時でも。ウッカリ崩れてしまわないよう、ブルーと恋仲になった後にも。
(あいつがソルジャーだったから、敬語…)
年長者を敬う敬語ではなくて、ソルジャーに対する礼儀だった敬語。年上だとは思わなかった。頭でそうだと理解していても、心の中では常に年下。守るべき存在、幼かったブルー。
ソルジャーになっても、すっかり大きく育った後にも、出会った時の印象そのまま。
とはいえ、ブルーは年上だった。その事実だけは変えられなかった。
自分よりも先に生まれていた分、早く迎えてしまった寿命。外見の年齢が如何に若くても、命の灯火はまた別物で。
死んでしまう、と泣きじゃくったブルー。もうすぐハーレイと離れてしまう、と。
結局、ブルーは寿命ではなくて、メギドで死んでしまったけれど。
共に逝くと何度も誓った自分を独り残して、「ジョミーを頼む」と白いシャングリラで生きろと縛って、一人きりで逝ってしまったけれど…。
(今度は俺が先に逝くんだ)
順番からすれば、そういうこと。
前と違って、今度は自分が年上だから。外見通りに立派に年上、先に寿命を迎える筈。
小さなブルーは、共に逝くと言っているけれど。
二人同時でなければ嫌だと、残されて一人で生きるのは嫌だと。
だから心を結んでおこう、と何度も何度も頼まれている。結婚したなら、心の一部をサイオンで結んでおいて欲しいと。そうすればきっと、鼓動が同時に止まるからと。
サイオンの扱いが不器用なブルーに出来はしないし、それをするのは自分の役目。
(そのつもりではあるんだが…)
願いを聞いてやろうと思うし、自分もブルーと共に逝けるのなら幸せだけれど。
ブルーの寿命が縮んじまうな、と心がツキンと痛んでしまう。いくらブルーの望みであっても、まだ生きられる筈のブルーの命を奪うのだから。
二十四歳も年下のブルー、二十年以上も生きてゆける筈のブルーの命を。
(二十四歳か…)
それだけ大きく開いた年の差、今のブルーは遥かに年下。
小さなブルーが自分の誕生日を迎えてくれれば、二十三歳の差になるけれど。
この地球の上で出会った時と同じ、二十三歳の差に戻るけれども。
(…俺の誕生日が来ちまったからな…)
夏休みもあと三日で終わる、という日に迎えた誕生日。ブルーに羽根ペンを貰った日。あの日に年の差が広がった。それまでの差より一年余分に、一年多めに。
今の自分は三十八歳、十四歳のブルーの年の倍よりもまだ多い年。プラス十歳という勘定。
ブルーの年を二倍してみても二十八歳、三十八歳には十歳も足りない。
(大した差だ…)
とんだ年の差だ、と苦笑が漏れた。
今度の自分はブルーよりも上で、二十四年も年上で。二十四年ということは…。
(二ダースだな)
年はダースで数えないけれど、二十四年の差ならば二ダース。
十二年が二回、二ダース分もの大きな違いで、ブルーはそれだけ小さくて…。
(…ん?)
待てよ、と指を折ってみた。二十四年の違いで、十二年が二回。二ダースの年の差。
何度か数えて数え直して、それから「うーむ…」と低く唸った。
(俺としたことが…)
間抜けだった、と自分の頭に拳をゴツンと一発。
今日まで気付いていなかった。
この偶然に、いや、運命といった所だろうか。
古典の教師をしているからには、もっと早くにピンと来ていても良さそうなのに。馴染んだ古い書物の中には、何度も出て来るものなのに。
十二年が二回、年の差が二ダース。
遠い昔にこの地域にあった小さな島国、日本の古典を読むのだったら欠かせない知識、十二年がセットになっているもの。
(同じ干支だ…)
小さなブルーと、自分の干支。
生まれ年を示す十二の動物、十二年で一回りしてくる干支。年の差が二ダースあるというなら、自分とブルーの干支は同じで。
今は使われない古い暦だと、自分とブルーは同じ動物、お揃いの干支。
自分が卯年で、ウサギなのだということは…。
(あいつ、本物のウサギだったか…)
ウサギになりたかった小さなブルー。幼い頃にはウサギになろうと夢見たブルー。
白い毛皮に赤い瞳のウサギになりたかったのだ、と聞かされた時には可笑しかったけれど。子供らしい夢だと思ったけれども、ブルーはウサギ年だった。
もしもブルーがウサギの姿になっていたなら、人間をやめてウサギになると言った自分も。
(わざわざウサギにならなくっても、元からウサギだったんだ…)
ブルーも自分も二人揃って、生まれながらのウサギ年。本物のウサギ。
そういう姿はしていないけれど、二人とも同じウサギ年。
(白いウサギと茶色いウサギか…)
ウサギの姿になったとしたなら、前にブルーと話した通りに白いウサギと茶色いウサギ。一つの巣穴で一緒に暮らして、ウサギのカップル。
お揃いの好きなブルーが知ったら、どれほど喜ぶことだろう。生まれた時からお揃いなのだと、同じ干支だと聞かされたなら。
(明日は土曜日だし…)
丁度いいな、と紙を取り出して書き付けた。
十二の干支を表す漢字を。今は使われていない暦の、十二の動物を指し示す文字を。
明くる日は爽やかに晴れた土曜で、歩いてブルーの家に出掛けて。
二階の部屋でテーブルを挟んで向かい合って座ると、ブルーに質問を投げ掛けた。
「お前、自分の生まれた年を知ってるか?」
何年生まれですか、って訊かれた時に答えるヤツだが。
「うん、知ってるよ」
もちろんだよ、と返った答え。小さなブルーの生まれ年。
「俺が生まれた年も知っているよな?」
「当たり前だよ、忘れるわけがないじゃない」
ハーレイが生まれた年なんだもの、と誕生日付きで返って来た。三十八年前に生まれた年が。
得意げな顔をしているブルーに、「その二つ…」と切り出してみる。
「実は二つとも同じなんだが…」
お前が生まれた年と、俺が生まれた年。まるで同じだ、俺も昨日まで気付かなかったが。
「同じって…。何処が?」
何が同じなの、何かの記念の年だった?
ぼくは全く心当たりが無いんだけれども、ハーレイ、何に気が付いたの?
キョトンとしている小さなブルー。
赤い瞳をパチクリとさせて、思い当たる何かを懸命に探しているようだけれど。そうそう気付く筈もないから、種明かしをしてやることにした。
「お前、干支というのを知ってるか?」
古典の授業でたまに出るだろ、ナントカの年、といった具合に。
「少しだけ…」
確か動物の名前なんだよね、虎とか龍とか。
「そう、それだ。…その干支、全部で幾つあった?」
「んーと…?」
羊でしょ、犬っていうのもあったし…。猫は入っていなかったかな?
どうなんだろう、と数え始めたブルー。どうやら覚えていそうもない。全部の干支も、一回りで十二年になるということも。
「猫は干支には入っちゃいないな。いいか、全部で十二だ、十二」
ほら、と昨夜に書いておいた紙をテーブルに置いた。
これが干支だと、これだけある、と。
「干支ってヤツはな、毎年、順番に変わって行くんだ」
今じゃカレンダーにも載っていないが、俺は職業柄、調べてみたりもしているからなあ…。
今年はこいつだ、こいつの年だ。
「…なんて読むの、これ?」
ブルーの疑問はもっともなもの。とても動物とは思えない文字、習っていなければ読めない上に意味も掴めないことだろう。
「巳だな、巳と読む。蛇の意味だ」
「ふうん…?」
他のも動物に見えない字ばかり並んでいるけど…。干支の話がどうかしたの?
「大いに関係があるんだがなあ、お前と俺とが同じってヤツに」
まだ分からないか、とクッと笑った。
干支は全部で十二あるんだが、お前と俺との年の差は幾つだ、と。
「二十四歳でしょ、ハーレイが三十八歳だから」
ぼくの誕生日が来たら二十三歳違いになるけれど…。あっ!?
ぼくとハーレイ、もしかしたら干支っていうのが同じ?
「そうさ、お前と俺とは同じだ」
生まれた年の干支が全く同じなわけだな、二十四歳違いだからな。
この年だ、と卯の字を指差した。
卯と書いてウサギ、俺もお前もウサギ年だ、と。
「…ぼくもハーレイもウサギ年なの?」
ウサギの年に生まれたってことになるわけ、二人とも?
「うむ。二十四年違いで生まれて来たってことはだ、干支も同じだ」
十二年ごとに同じのが回って来るんだからなあ、同じ干支でなきゃおかしいだろうが。
「ホントに同じ?」
ホントのホントにハーレイとぼくと、同じウサギの年に生まれたの?
「ああ、お揃いというわけだ」
お前もウサギで、俺もウサギだ。二人揃ってウサギなんだな、お揃いでウサギ。
お前、お揃い、大好きだろうが。凄いお揃いだったってことだ、干支がお揃いなんだからな。
同級生って言うならともかく、そうでもないのに干支はなかなか揃わんぞ?
普通は十二歳も年が違えば、話題からして合わなくなったりしちまうからなあ…。
そこを同じと来たもんだ。しかも二十四歳も違うと言うのに。
厳密に言うと全く同じではないんだがな、と補足してやった。
十二の干支を書き付けた紙に、十干十二支、と愛用のペンで十と十二を書き足して。
「なに、これ?」
干支に数字が入っちゃったけど、こうすると何か意味が変わるの?
「変わると言うより、より詳しくと言った所か。暦を表すのは十二の動物だけじゃないんだ」
こいつは十干、その名の通りに十個ある。五行と言ってな、世界を構成する五つの要素が火とか水とか。それぞれに二つ、兄と弟、それで十干。
その十干と干支を組み合わせて毎年の暦が変わって行くのさ、火の年の兄と巳の年だとか。
もっとも、火とか水とかをそのまま文字に書くわけじゃないが…。
干支の巳だとか卯とかと同じで、火の兄だったら丙って具合に読みにくい字を当てるんだがな。
十干十二支は六十年かけて一回りだ、とブルーに教えた。
六十年かけてやっと一巡、そこで初めて十干と干支の組み合わせが再び重なるのだ、と。
「だからだ、お前と俺とは同じウサギでも微妙に変わってくるってことだ」
この十干ってヤツが違うわけだな、お前と俺じゃ。
「それって、意味があったりするの?」
そこが違うと何か違うの、同じウサギの年生まれでも?
「性格とかに影響するんだ、と遠い昔には言ってたらしいが…」
例えば、午年。同じ馬でも、丙午の女性は気が強すぎて、嫁に貰うには向かないだとかな。
だが今は…。そんな話は誰もしないな、そもそも干支なんぞは誰も気にしていないし。
SD体制が始まるよりも前の時代に廃れちまって、機械が計算しているだけだ。SD体制が崩壊した後、文化を復活させるついでに干支も遡って計算し直しはしたが…。
俺みたいに興味のあるヤツだけしかデータベースを見てはいないな、今年が何年なのか、とな。
銀河標準時間はあっても、それぞれの星で一年の長さも変わるわけだし…。
地球で生まれれば干支の通りに暦が回るが、そうでなければ実感ゼロな代物だろうが。
銀河標準時間の通りに暮らしている星、地球の他には無いんだからな。
「そっか…。じゃあ、地球生まれのぼくたちだと…」
意味があるのかな、その十干とかいうものも?
「いや、無いだろ。あるんだったらSD体制が始まる頃までそういう暦が続いていたさ」
だがなあ…。干支の方には意味があるかもな、俺たちの場合はウサギ年だが。
お前、ウサギになりたかったんだろう、と言ってやったら。
「そうだけど…。そのせいかな?」
ウサギ年だったから憧れたのかな、ぼくもウサギになりたいな、って。
「違うと思うぞ。同じウサギ年に生まれた俺はだ、そうは思わなかったんだからな」
一度も思ったことは無いなあ、ウサギになってみたいとは。あるいは忘れただけかもしれんが。
しかしだ、俺も確かにウサギだ。
お前と同じでウサギなんだ、と自分の顔を指差した。
自分が茶色の毛皮のウサギで、ブルーが白い毛皮のウサギ。同じウサギ年で茶色のウサギと白いウサギのカップルになるぞと、ウサギ同士で丁度いいじゃないか、と。
「ハーレイと同じウサギ同士でカップル…」
茶色のウサギと白いウサギなの、ぼくとハーレイ?
「そうさ、いいとは思わないか?」
干支がお揃いだからこそ出来ることだぞ、ズレていたら妙なことになる。同じウサギ同士で揃う代わりにウサギと蛇とか、ウサギと羊のカップルだとか。
それだと絵にもなりはしないし、誰もカップルだとは思ってくれん。俺もお前もウサギ年だから茶色いウサギと白いウサギで揃うんだ。うんと似合いのカップルだぞ。
「…前のぼくたちは?」
前もウサギのカップルなのかな、それとも羊や馬だったのかな?
「計算してみたい気持ちは分かるが、生憎と前の俺たちは…」
年の差が十二の倍数じゃないぞ、同じ干支ではなかったわけだな。俺かお前か、どっちかが今と全く同じにウサギだった可能性もゼロではないが…。
「そうだったっけね、干支は同じじゃなかったんだね…」
ぼくかハーレイ、どっちかがウサギだったとしても…。
ウサギとはまるで似合わない動物とカップルになって、見た目にとんでもなかったかもね。
前のぼくたちの干支は計算しても意味が無いね、と頷くブルー。
ハーレイとお揃いの干支でないなら、同じ動物同士のカップルになってくれないのなら、と。
「…今のぼくたち、お揃いでウサギ年だけど…。おんなじ干支に生まれたけれど…」
これって、やっぱり神様が合わせてくれたのかなあ?
お揃いの干支になれるように、って二十四歳違いで生まれるようにしてくれたのかな?
「どうだかなあ…」
そいつは俺にもサッパリ分からん。神様かもしれんし、違うかもしれん。
お前に聖痕を下さった神様が生まれた国には、干支なんていうものは無かったからなあ…。
とはいえ、その神様はSD体制があった頃にも消えずに残った神様だったし…。
前の俺たちが生きてた時代の唯一の神様だったわけだし、干支も御存知なのかもしれん。今度の俺たちを送り出す時に、きちんと合わせて下さったかもな。
あるいは全くの偶然ってヤツで、神様も今頃「そうだったのか」と驚いて暦を見ておられるか。
そればっかりはどうにも分からないなあ、神様に訊いてみないとな。
ブルーには謎だと言ったけれども、青い地球の上で再び出会えたブルー。
二人揃って生まれ変わって、こうして出会えた小さなブルー。
自分は年を取るのを止めたけれども、今の姿はキャプテン・ハーレイだった頃の自分と瓜二つ。この外見でブルーと巡り会えた。早すぎることも、遅すぎることもない年で。
ブルーはこれから前と同じに育ってゆく。恐らくは四年ほどかけて。
それを思えば、ブルーも四年ほど早く生まれていてもいいのに。
前とそっくり同じ姿に育っていたなら、すぐに結婚出来たのだろうに。
そうはならずに、二十四歳違いで生まれて来たブルー。小さな姿で出会ったブルー。
この年の差で、同じ干支。同じウサギの年に生まれた、ブルーも自分も。
そうなったことは運命だろうと思えてしまう。
前の生からの運命で絆、今度は干支まで同じなのだと。
遥かな昔に廃れたとはいえ、干支は干支。自分たちが生まれて来た地域に遠い昔にあった島国、日本で使われていた暦。それで言うなら同じウサギで、まるで同じに生まれたからと。
そういったことに思いを巡らせていたら、ブルーが「ねえ」と呼び掛けて来た。
「前のぼくたちの時も、お揃いの干支に生まれていたなら良かったのにね…」
そしたら結婚出来てなくても、カップル。心の中ではカップルだったよ、ウサギとかで。
ハーレイもぼくもウサギなんだ、って思えて幸せだっただろうにね…。
「おいおい、さっきも話してやったが…」
あの時代に干支の概念は無いぞ、マザー・システムが消してしまってな。
データベースの古い本には載っていただろうが、誰も気にしちゃいなかった。ヒルマンもエラも調べちゃいないぞ、前の俺たちが生きていた時代の干支を。
調べ物好きのヤツらが一度も調べていないってことは、調べようという気にならない時代。
そんな時代に生きたってことだ、前のお前も俺も、みんなも。
計算出来るだけの機械はあったし、その気になったら新年の度に今は何年かが分かったろうに。
新年を迎えるイベントの時に、ヒルマンやエラが「今年はウサギ年です」と宣言するとかな。
しかし、そいつは無かったんだし…。
前のお前と俺の干支もだ、分からないままで良かったのさ。どうせ同じじゃなかっただろうが。
今だからこそ干支なんだ、と微笑んでやれば。
「うん、今だから…。それに地球の上に生まれたからだね」
干支の暦が使える地球。…干支が載ってるカレンダーは見たことないけれど…。
だけど計算してるって言うし、ぼくもハーレイもウサギ年だし…。
あっ、そうだ!
「どうしたんだ?」
干支のカレンダーが見たいと言うなら、データベースの調べ方を教えてやってもいいが…。
まずはお前が干支を覚えんとな、十二の干支をスラスラと順に言える程度に。
「そうじゃなくって、今が巳年で蛇なんでしょ?」
ぼくたちが結婚する年の干支って、どの動物になるんだろう?
ウサギ年のぼくたちに似合う干支かな、それとも似合っていないのかなあ…?
どうなるだろう、とブルーが訊くから。
結婚の予定も立てていないのに、気になってたまらないようだから。
「そうだな、お前がしょっちゅう言ってる通りに、十八歳で結婚するのなら…」
四年後ってことだろ、今から順に数えて行くと、だ。
今が巳年で、来年が午年。次が未で、その次が申で…。うん、酉年だな。
これだ、と紙をトンと叩いた。「酉」と書いた文字を。
「鳥…。それって、鶏?」
鶏のことなの、酉っていうのは。干支の酉なら、普通の鳥じゃなくて。
「そうだが…。酉年と言ったら鶏なんだが…」
音だけ聞いたら、空を飛んでる鳥と全く変わらんなあ…。
そっちの鳥なら、前の俺たち。…色々と御縁があったんだっけな、シャングリラでな。
ついでに鶏、シャングリラで飼ってた大切な動物だったっけか…。卵を幾つも産んでくれたし、肉にもなったし、実に頼もしい存在だったな、鶏ってヤツは。
そうしてみるとだ、シャングリラと酉年、やたらと縁が深そうだよなあ…。
白いシャングリラにあしらわれていた、自由の翼。
ミュウを表す文字と一緒に描かれた翼は鳥の翼で、自由の象徴でもあった。広い空を何処までも飛んでゆける鳥、その鳥の翼のように自由に、と。
ミュウのシンボルマークでもあったフェニックスの羽根にしても、そう。フェニックスの羽根は今一つハッキリしない、と鳳凰の尾羽根になったけれども。孔雀の羽根を真似たけれども。
シャングリラの甲板に描かれていた鳥、あれもフェニックスのつもりではあった。あの絵の元になった絵はハチドリだけれど、普通の絵ではなかったから。誰が描いたのかも謎のままに消えた、SD体制に入るよりも前に消えてしまったナスカの地上絵、それのハチドリ。
そう、シャングリラは白い鯨だったけども、あちこちに鳥の姿があった。空を自由に飛んでゆく鳥、その鳥のように地球へ行こうと、青い地球まで飛んでゆこうと。
「うーむ、シャングリラは鳥の絵が溢れた船だったっけな…」
こう、考えてみればみるほど、やたらと鳥だ。シンボルマークも、船に描かれた絵も。
普段は意識していなかったし、鳥だとも思っていなかったんだが…。
そのシャングリラの世話になってた、俺とお前が結婚しそうな時期に酉年が回って来るとは…。
これも運命かもしれないな。俺たちの干支が同じウサギになったのと同じで、運命の干支。
「それじゃ、酉年に結婚出来る?」
酉年が運命の干支なんだったら、その酉年に。
ぼくが十八歳になる年の干支が酉になるっていうんでしょ?
結婚出来そうな感じの干支だよ、ううん、その年に結婚しなさい、って神様が選んでくれそうな感じ。ハーレイとぼくが結婚するなら酉年ですよ、って。
ぼくは何度も言っているじゃない、十八歳になったら結婚したい、って。
きっと最初から決まってるんだよ、ぼくがハーレイとおんなじウサギ年に生まれて来た時から。
「そうだな、結婚出来るといいな」
俺もお前と早く結婚したいとは思っているんだが…。
お前、未だにチビだからなあ、チビのお前を嫁さんに貰うというのもなあ…。
いくら神様が酉年ですよ、と仰ったってだ、お前の背丈がチビのままでは難しいってな。
運命の酉年に結婚したいと言うんだったら、お前もきちんと努力しろ。
しっかりと食って、前のお前と同じ姿になるように育つ。それが一番大事なことだ。
頑張って背を伸ばしておけよ、と小さなブルーに言い聞かせたけれど。
ブルーも真剣な顔で「うん」と頷いているのだけれども、今から四年後。今はまだ十四歳にしかならないブルーが結婚出来る十八歳を迎える年が、酉年なのだと言うのなら。
シャングリラと、前の自分たちが暮らした白い船との縁が深い年に当たるのならば。
(今と変わらないチビでも結婚してやるか…)
そうしようかと思わないでもない。
万一、ブルーが育たなくても、ブルーの両親が結婚を許してくれたなら。
小さなブルーを自分と結婚させてもかまわない、と言ってくれるならば、結婚しようか。
酉年はどうやら運命の干支だと思えて来たから、白いシャングリラを思わせる年に。
シャングリラのあちこちに鏤められていた、鳥との縁が深そうな年に。
(よし、四年後だな)
そのつもりで準備しておこう、と心のメモに書き付けた。
小さなブルーには言わないけれども、自分の中では四年後と決める。
四年後の酉年、シャングリラと縁の深い年。
その年にブルーと結婚しようと、ウサギのカップルになることにしよう、と。
今度は二人、まるで同じの干支だから。
運命のように同じウサギ年で、お揃いの干支に生まれて来たから。
きっと結婚する時も、干支。
今は使われない干支の御縁で、シャングリラを思わせる酉年にブルーと結婚式を…。
お揃いの干支・了
※今のブルーとハーレイの年の差は、二十四歳。同じ干支になる勘定です。
そして二人ともウサギ年。ウサギのカップルになるらしいです、白いウサギと茶色のウサギ。
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