シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
さて、恒例の夏休み。柔道部の合宿と、ジョミー君とサム君が送り込まれる璃慕恩院の修行体験ツアーも終わって、今日はワイワイ慰労会。精進料理に一週間耐えたジョミー君とサム君のために真昼間から焼き肉パーティーです。
「やっと終わったあ~! 後は遊ぶだけ!」
夏休みだ、とジョミー君が肉をガツガツ食べている横で、キース君が。
「良かったな。俺の苦労はまだまだ終わらんわけだがな」
「あー、卒塔婆書き…」
お盆だったね、と他人事のようなジョミー君。棚経のお手伝いはしているのですけど、卒塔婆の方にはノータッチです。キース君は来たるお盆に向かって卒塔婆を何十本だか何百本だか。計画的に書いているだけに、そうそう修羅場は無いようですが…。
「今年も山の別荘までには目途をつけるのが目標だ!」
「あと二日ですよ、キース先輩」
「だから明日から缶詰だ!」
此処に来ているどころではない、と悲壮な表情。会長さんの家でダラダラと過ごす時間も魅力的ですが、あと二日。それが過ぎたら山の別荘、マツカ君のご招待でお出掛けの予定。
「缶詰なあ…。頑張れよな」
サム君がキース君の肩をポンと叩いて、私たちは再び焼き肉に興じていたのですが。
「ごめん、ちょっといいかな?」
「「「は?」」」
何が、と視線を向けた先には。
「なんで、あんたが!」
キース君が叫んで、サム君も。
「ぶるぅ付きかよ!?」
肉はねえぜ、とお皿をガード。紫のマントのソルジャーはともかく、隣に「ぶるぅ」。大食漢の悪戯小僧に来られちゃったら、焼き肉どころじゃないですってばー!
「肉はどうでもいいんだ、うん」
それよりコレ、とソルジャーは「ぶるぅ」を指差しました。
「「「???」」」
「見て分からない? いつもとちょっぴり違うようだとか、そういうの」
「「「うーん…?」」」
言われてみれば元気が無いでしょうか? 普段だったらサム君が止めてもテーブルに突撃している筈です。ホットプレートの上の焼き肉も野菜も、ペロリと平らげてしまうのが「ぶるぅ」。
「もしかして食欲不振かい?」
会長さんが訊くと、ソルジャーは憮然とした表情で。
「それもあるけど、この顔を見て何も思わないかな!?」
「「「顔?」」」
ふっくら、ぷっくり、お子様の顔。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のそっくりさんは膨れっ面で突っ立っています。ソルジャー、「おあずけ」のコマンド出しましたか?
「あのねえ! ぶるぅがぼくに言われたくらいで大人しくするわけがないだろう!」
そんなぶるぅはぶるぅじゃない、ともっともな仰せ。だったら、なんで膨れっ面?
「膨れてるんだよ!」
「うん、見れば分かる」
膨れっ面だね、と会長さん。
「泣きっ面に蜂と言うのか、何と言うべきか…。不満たらたらが顔に出てるよ、物騒すぎだし!」
連れて帰れ、と冴えた一言。
「こんなぶるぅを連れて来られても、悪戯地獄になるだけだから!」
「連れて帰れたら苦労はしないよ!」
「だったら、なんで連れて来るかな、君って人は!」
「一大事だから!」
もう本当に一大事なのだ、とソルジャーはズイと進み出ると。
「ぼくのシャングリラが存亡の危機! だからぶるぅを!」
「…ぶるぅを?」
「こっちで預かって欲しいんだけど!」
「「「ええっ!?」」」
膨れっ面の悪戯小僧を預かれと!? シャングリラが存亡の危機に陥るほどの悪戯小僧を…?
あまりにも酷い頼み事。ソルジャーの手にも負えなくなったらしい「ぶるぅ」を預かったりしたら、私たちだって地獄を見ます。マツカ君の山の別荘にお出掛けどころか、それまでに死屍累々になるのが明々白々、これはお断りしなくては…!
「お断りだね」
会長さんがバッサリ切り捨てました。
「存亡の危機だか何か知らないけど、ぶるぅは君の世界の住人だしね? こっちの世界で揉め事なんかは御免蒙る、連れて帰って」
「だけど、ホントにマズイんだよ!」
だからお願い、とソルジャーはガバッと土下座し、「このとおりだから!」と。
「ちょ、ちょっと…!」
ソルジャーには似合わない土下座。会長さんは慌て、私たちだってビックリですが。
「土下座で済むなら何度でもするよ! だから、ぶるぅを!」
「「「ぶるぅ…?」」」
そういえば何だか様子が変です。いつもだったら、こういう時には調子に乗って悪戯するとか、はしゃぐとか。ソルジャーの土下座なんていう天変地異が起こりそうなものを目にしているのに、「ぶるぅ」はボーッと立っているだけ。
「…ぶるぅ、熱でもあるのかい?」
会長さんが訊くと、ソルジャーはパッと土下座状態から顔を上げて。
「それだけじゃないよ、膨れてるだろう!」
「「「は?」」」
「顔だよ、顔が膨れてるんだよ!」
このとおり、と立ち上がったソルジャーは「ぶるぅ」の頬っぺたを指差しました。
「こう、両方の頬っぺたがプウッと…」
「膨れっ面じゃなかったわけ?」
「天然自然の膨れっ面だよ、頬っぺたが膨れ上がっているんだよ!」
昨日の夜から膨れて来たのだ、とソルジャーに言われてよくよく見れば、膨れっ面ではない感じ。こう、頬っぺたがプクプクぷっくり、虫歯でも放置しましたか?
「…歯医者さんなら君のシャングリラにいるだろう!」
そっちのノルディは歯医者じゃないかもしれないけれど、と会長さん。
「こんな状態になっているなら、真っ先に歯医者!」
「もう行った!」
連れて行った、とソルジャー、即答。
「ぶるぅは歯は痛くないって言ったんだけどね、子供の言うことはアテにならない。それに歯磨きもサボリがちだし、いくら丈夫な歯をしていたってこれは来たな、と」
「それで歯医者さんをガブリとやっちゃって後が無いとか?」
代わりのお医者がいないとか、と会長さんは迷惑そうに。
「こっちのノルディがやってる病院、歯科もやってはいるけれど…。ぶるぅはちょっと…」
「だから預かってくれるだけでいいって言ってるだろう!」
「歯医者さんの手が回復するまで?」
「そうじゃなくって、この頬っぺたの腫れが引くまで!」
プラス数日はダメだったかな、と言われましても。
「腫れが引くまでって…。虫歯は放置じゃ悪化するだけ、治りはしないよ?」
「注射なら打って来たんだよ!」
「「「注射?」」」
ソルジャーの世界は虫歯も注射で治るのでしょうか。歯医者さんと言えばチュイーンでガリガリ、イヤンな音が鳴り響く世界だと思ってましたが、技術がうんと進んだ世界は違います。注射で虫歯が治るならいいな、と誰もが思ったのですけれど。
「そもそも、これは虫歯じゃないから!」
「虫歯じゃない?」
だったら何、と尋ねた会長さんに、返った答えは。
「分からないかな、オタフク風邪だよ!」
「「「オタフク風邪!?」」」
ぎゃああああ! と部屋一杯に響き渡った悲鳴。私、予防注射をしてましたっけ? オタフク風邪の予防接種は義務でしたっけか、それとも任意で打つヤツでしたか?
「ぼ、ぼくってオタフク、打っていたっけ…?」
「俺が知るかよ、自分のことだって分からねえのに!」
ジョミー君とサム君が青ざめ、シロエ君もやはり顔面蒼白。その一方で、キース君とマツカ君は「よく考えたら大丈夫だった」と落ち着いた顔。
「俺は受けさせられてる筈だ。…こんな人生になるとは思っていなかったからな」
「ぼくもです。絶対に受けている筈です」
「なんなんですか、その自信は!」
シロエ君が噛み付くと、キース君は。
「知らないか? オタフク風邪に下手に罹ると、男は子供が出来にくくなる」
「「「は?」」」
「オタフク風邪で睾丸炎を起こすことがあるんだ、そうなると精子の数が減るそうだ」
「ですから、跡継ぎ必須なキースやぼくは罹ると困るわけですよ」
予防接種を受けた筈です、と落ち着き払った二人はともかく。
「じゃ、じゃあ、ぼくたちも下手に罹ったら…!」
「ヤバイってことだな、将来的に!?」
早く「ぶるぅ」を撤去してくれ、と男の子たちは上を下への大騒ぎ。スウェナちゃんと私も顔ぷっくりな病気は御免ですから、壁際に退避したのですけど。
「えーっと…。君たちは全員、受けてるようだよ。オタフク風邪の予防接種」
会長さんの声が神様のお言葉のように聞こえました。それもサイオンで分かるんですか?
「いや、ちょっと記憶の底を探ってみただけ。受けてるかな、って」
「受けてたとしたら幼児か乳児だと思いますが!」
シロエ君の指摘に、会長さんは余裕の微笑み。
「そうだろうねえ、だけど記憶にあるものなんだよ」
そして全員、接種済み…、という頼もしい台詞。それなら「ぶるぅ」がオタフク風邪でも特に問題なさそうです…って、ソルジャーの世界にもワクチンはあるって言いましたよね?
「ブルー。ぼくたちの世界でもこの始末なんだ、ワクチンがあるなら君のシャングリラで対処したまえ、オタフク風邪!」
「そのワクチンが無いんだってば!」
「「「ええっ!?」」」
注射を打ったと言いませんでしたか? 無いんだったら、何処で打ったと?
「…ぼくの世界じゃ、オタフク風邪はとっくの昔に根絶されててしまっていてさ」
ソルジャーが言うには、あちらのドクター・ノルディは「ぶるぅ」を診察するなり隔離室に放り込んだのだそうで。
「それから船内を隈なく消毒、広がらないようにと大騒ぎで…。なにしろワクチンが無いんだからねえ、シャングリラには」
「だったら、君は何処でぶるぅにワクチンを?」
「逆に訊かせて貰うけどさ。オタフク風邪のワクチンってヤツは、発症してから使えるのかい?」
「「「あ…」」」
あれはあくまで予防接種で、治療じゃなかった気がします。それじゃ、「ぶるぅ」が打った注射はワクチンじゃなくて…。
「中身は何だか聞いてないけど、対症療法ってヤツじゃないかな。とにかく腫れが引くまで安静、腫れが引いても暫くの間はウイルスを発散してるらしいから隔離しか無い、と」
だけど相手はぶるぅだから…、とソルジャーは至極真面目な顔で。
「今は熱が出てるし、膨れてるしね? 大人しいけど、腫れが引いたら隔離されてた反動で絶対、悪戯しに行くと思うんだよ」
「それはそうかもしれないねえ…」
頷いている会長さん。
「ね、君だって大体予想はつくだろう? いくら本人が元気になっても、ウイルスを撒きながらシャングリラ中で悪戯されたら、ぼくのシャングリラはホントに存亡の危機なんだってば!」
だからお願い、とソルジャーは再びガバッと土下座を。
「オタフク風邪が普通にはびこる、こっちの世界を見込んでお願い! ぶるぅがウイルスを撒かなくなるまで預かって!」
「で、でも…。ぼくたちはマツカの山の別荘に…」
「ぼくのシャングリラが滅びてもいいと!?」
「それは確かに一大事だけど…」
そもそも「ぶるぅ」は何処でオタフク風邪なんかに…、と会長さんが訊けば。
「間違いなくこっちの世界だと思う。勝手に遊び回っているから」
「そういうことか…。それなら普通にオタフク風邪だね」
それなら対処のしようもあるか、という話ですが。普通じゃないオタフク風邪って、なに?
「ぶるぅ」が罹ったオタフク風邪。ソルジャーの世界では根絶されてしまってワクチンも無し。ゆえに「ぶるぅ」を預かってくれという依頼ですけど、会長さんは何を心配してたのでしょう?
「ああ、それかい? 妙な変異を起こしたヤツだと困ると思って…」
だけどこの世界のオタフク風邪なら無問題だ、と会長さん。
「分かった、ぶるぅは引き受けよう。でもねえ、ぼくたちは山の別荘に行く予定だから…。ハーレイの家に預けようかと思うんだけどね?」
「ああ、ハーレイ! いたね、そういう暇人が!」
忘れていたよ、とポンと手を打つソルジャー。
「君が預かると言ってくれた以上は太鼓判だし、ハーレイに頼みに行こうかな? ぼくのお願いでも喜んで聞くよね、こっちのハーレイ」
「それはもちろん。土下座しなくても「預かれ」と命令すればオッケー!」
「ぼくとしたことがウッカリしてたよ、土下座は必要無かったってね」
最初からあっちに行けば良かった、と笑うソルジャーですけれど。冷静な判断が出来なくなるほど「ぶるぅ」のオタフク風邪は脅威で、ソルジャーとしての責任に追われていたわけで…。
「そういうことだね、ぼくでもパニック。こっちの世界を甘く見てたよ、まさかぶるぅがオタフク風邪に罹るだなんてね」
ただの虫歯だと思ったのに、と言うくらいですし、オタフク風邪という病気自体がソルジャーの頭に無かったのでしょう。ともあれ、「ぶるぅ」はウイルスを撒き散らさない状態になるまで教頭先生の家にお泊まりということですね?
「うん。寝心地がいいよう土鍋も運んでおかなくちゃ…。その前にハーレイに頼まなくっちゃいけないけれども、オッケーは最初から出ているようなものだしねえ?」
「あのハーレイなら断らないね」
「それじゃ、頼みに行ってくる! お騒がせして申し訳ない、パーティーの続きはごゆっくりどうぞ。ぼくはぶるぅを預けたら向こうに帰るから!」
まだシャングリラがゴタついていて…、とソルジャーは「ぶるぅ」を連れてパッと姿を消しました。隔離していたオタフク風邪の患者が船から消えた件とか、色々と情報を操作しないと駄目なのでしょう。それともアレかな、「ぶるぅ」はきちんと船にいます、って方向かな…?
こうしてソルジャーと「ぶるぅ」は消え失せ、私たちは焼き肉パーティー続行。会長さんがサイオンで教頭先生のお宅を覗きましたが、教頭先生、二つ返事で「ぶるぅ」を引き受けたみたいです。早速、土鍋が運び込まれて、ソルジャーは「ぶるぅ」を残してシャングリラへ。
「それにしたって、オタフク風邪ねえ…」
ワクチンが無いとは面倒な、と会長さん。
「根絶しちゃった世界だと要らないとばかりに無いってトコがねえ…」
流石はSD体制の世界、と会長さんが言えば、キース君も。
「俺たちの世界だと考えられない話だな。根絶したと言われる病気でもワクチンは確か、あるんだったな?」
「現役のワクチンがあるかどうかは知らないけれど…。作る用意はしてある筈だよ」
根絶した病原菌だって残してある、と言われて仰天。そんな物騒なものがあったんですか!
「え、だって。何処から再び湧いて出るかも分からないしね?」
「新しい病原菌だって湧くんだからな」
言われてみればそうでした。新しい地域に進出して行けば新しい病原菌が登場することもあったりします。それと同じで、根絶したつもりの病原菌が今も何処かに隠れているかも…。
「そういうことだよ、それに備えてワクチンを作るための株がね」
いざとなったらソレを使ってワクチンを作れるようになっているのだ、という説明。ソルジャーの世界にはそういう備えが無いのでしょうか?
「地球自体が滅びてるしね、病原菌も滅びたって考えかもね?」
それともマザー・システムとやらが完璧に管理しているのかも…、と会長さん。
「こまめに殺菌しまくっていればワクチン不要になるかもしれない。流行った時だけ何処かから調達するかもしれないけれども、それもグランド・マザーとやらの管轄ってね」
「しかしオタフク風邪で存亡の危機か…」
危険ではあるが、とキース君。
「ミュウは虚弱だと言ってやがるし、オタフク風邪でも滅びかねないのか…」
「だろうね、ブルーのパニックぶりから察するに…。だけど解決して良かったよ」
ぼくたちに迷惑の来ない形で、と会長さんは御機嫌です。教頭先生が「ぶるぅ」の悪戯に悩まされるような頃になったら、私たちはマツカ君の山の別荘。教頭先生、「ぶるぅ」のお世話をよろしくです~!
山の別荘でのんびり過ごして、ハイキングに乗馬にボート遊びに。充実の別荘ライフを満喫してきた後は、お盆の準備で忙しいキース君も交えてプールに行ったり、会長さんの家で遊んだり。オタフク風邪に罹った「ぶるぅ」も無事に回復、自分の世界に帰ったのですが…。
「なんだかねえ…」
どうもハーレイがうるさくって、と会長さん。
「夏休みだからドライブしようとか、食事に行こうとお誘いだとか…。モテ期ではないと思うんだけどさ」
「そういうモノもありますけどねえ…」
ちょっと様子が違いますね、とシロエ君。教頭先生のモテ期なるもの、「自分はモテる」という思い込みから会長さんに熱烈なアタックをかます時期。つまり一種の発情期ですが、これは症状が徐々に酷くなっていって、アプローチが熱烈になる傾向が。でも…。
「今度のヤツはは最初の時からフルスロットルでアタックですよ?」
「だからモテ期じゃないんだと思う。だけどしつこい!」
プレゼントだって毎日山ほど、と会長さんが言っている側から管理人さんからの連絡が。プレゼントの山と花束などが届いているから、これから持って行くとのことで…。
「やれやれ、またか…」
「かみお~ん♪ ハーレイの車も来たみたいだよ!」
「なんだって!?」
窓へと走った会長さんと一緒に見下ろせば、確かに教頭先生の愛車。プレゼントが届くタイミングを見計らってのご登場だと思われます。
「この暑いのに、暑苦しい男は顔を出さなくていいんだよ!」
会長さんが毒づいていますが、間もなくチャイムがピンポーン♪ と。玄関を開けに出掛けた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が山のようなプレゼントの箱をサイオンで運びつつ、飛び跳ねて来て。
「ブルー、プレゼント、いっぱい来たの! それにハーレイも!」
「ハーレイを家に入れたのかい!?」
「だって、ブルーに用事があるって…」
「冗談じゃないよ!」
こっちに用事は無いんだけれど、と会長さんが言い終わらない内に「ブルー、元気か?」と満面の笑顔の教頭先生。真っ赤なバラの花束を抱えていらっしゃいます。えーっと、確か、この花束を叩き落として踏みにじったらモテ期は終了でしたっけか?
教頭先生の発情期なモテ期。その終幕は会長さんが貰った花束をグシャグシャに潰すことだと聞いています。教頭先生の熱は一気に冷めて「モテない自分」を自覚するとか。ということは、花束登場で終了だな、と誰もが思ったのですが。
「ブルー、この花束を受け取ってくれ。私の気持ちだ」
「迷惑なんだよ!」
花束をベシッと叩き落とした会長さん。リビングの床に落っこちたソレを踏みにじるべく足を上げようとしたのですけど。
「そう照れるな」
「えっ?」
教頭先生の腕がグイと会長さんを引き寄せ、顎を持ち上げて熱烈なキス。教頭先生、ああいうキスって出来たんだ…。
「「「………」」」
私たちがポカンと立ち尽くす内に会長さんは正気に返ってバタバタと暴れ、教頭先生の腕を振りほどいて。
「何するのさ!」
「何って、キスだが? …どうだ、そういう気分になったか?」
「そういう気分?」
「もちろんベッドに行きたい気分だ」
言うなり会長さんをヒョイと抱き上げた教頭先生、「そるじゃぁ・ぶるぅ」に。
「ぶるぅ、ベッドメイクは出来てるか? ブルーの部屋の」
「うんっ! 朝一番に済ませてあるよ!」
「それは良かった。やはり初めてはきちんとベッドメイクを済ませたベッドでないとな」
「ちょ、ちょっと…!」
初めてって何さ、と会長さんが手足をバタつかせましたが。
「決まっているだろう、私とお前の初めてだ。夜なら初夜だが、昼間だと何と呼ぶべきか…」
とにかく行こう、と会長さんを抱き上げたままで歩き始める教頭先生。リビングのドアは開けっ放しになってましたから、そのまま廊下へ。
「ちょ、ハーレイ!」
「私も色々と勉強したしな、痛い思いはさせないと思う。優しくするよう努力するまでだ」
「お断りだってばーーーっ!!!」
ギャーギャーと騒ぐ会長さんは連れ去られて行ってしまいました。あのう…。私たち、こういう時にはどうすれば…?
死ぬかと思った、という会長さんが乱れたシャツで戻って来たのは五分ほど経ってからでした。疲れ果てた口調での報告によると、教頭先生は瞬間移動でご自分の家へ飛ばされたとか。
「ついでに車も送っておいたよ、取りに来られたら面倒だから」
「面倒って…。モテ期は終わったんだろう?」
キース君の問いに、会長さんは「終わっていない」と苦い表情。
「それどころかますます絶好調だよ! ぼくの寝込みを襲うのがいいか、それとも家に引きずり込むか、と犯罪まがいのプランを立ててる」
「そうなのか!?」
「瞬間移動で飛ばされちゃったし、不意を突くしか無いと思ったみたいだね。でもって、キスだの何だのと手間暇かけるよりも既成事実だと」
「「「既成事実?」」」
それってまさか、と血の気が引いた私たちですが、会長さんは。
「それで合ってる、既成事実さ。いわゆる強姦、とにかく突っ込んでしまえば自分のものだという発想! 無理やりモノにして、それから結婚!」
「「「け、結婚…」」」
モテ期は花束で終わるどころか、より酷い方に向かっていました。会長さんを強姦だなんて、教頭先生の日頃のヘタレっぷりからはまるで想像がつきません。でも…。
「どういうわけだか、ハーレイは元気モリモリなんだよ! ぼくが暴れても襲って来たしさ、鼻血体質も何処へやらだよ、危うく全部脱がされるトコで…」
「「「全部!?」」」
「そう。…情けないけど、ズボンを下着ごと…って、ごめん、失言」
「「「………」」」
会長さんはその先を語ろうとしませんでしたが、シャツが乱れたどころの騒ぎではなかったらしいことが分かりました。どおりで「死ぬかと思った」な発言が飛び出してくるわけです。
「このままで行くと真面目に危ない。…ぶるぅ、ハーレイを家に入れてはいけないよ」
「でもでも…。ブルーに御用だったら入れてあげないと…」
キャプテンだよ? と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。教頭先生なら門前払いもオッケーですけど、シャングリラ号のキャプテンではそうもいきません。なんだか激しい、今度のモテ期。激しいと言うより激しすぎですが、会長さんは無事に逃げ切れるでしょうか?
「…なんでこういう恐ろしいことに…」
今のハーレイならキャプテンとしてでも乗り込んでくる、と怯えまくりの会長さん。
「本来、ヘタレな筈なんだ。いくらモテ期でも、ここまで酷いのをぼくは知らない」
「うん、ぼくだって初めて見たよ」
「「「えっ?」」」
誰だ、と振り返った先にフワリと翻る紫のマント。ソルジャーが「実に凄い」と感心しながら。
「あれこそまさに男の中の男だよねえ、ヤリたい盛りの男ってね! 目的のためには手段を選ばず、断られた後には強姦あるのみ!」
そういう強引な所も実に素晴らしい、とソルジャー、絶賛。
「しかもパワーは衰え知らずで、抜いても抜いてもグングン元気に!」
「「「は?」」」
「ブルーに放り出されたからねえ、ムラムラしながら自家発電の真っ最中! あ、自家発電だと分からないかな? せっせと自分の元気な部分を解放するべく!」
大事なトコロを爆発させては元気モリモリでまた爆発、とソルジャーの喋りは立て板に水。
「あの勢いなら初心者ながらも抜かず六発、ヌカロクも夢じゃないって感じ!」
「「「………」」」
ヌカロクの意味は未だ不明ながら、大人の時間の用語だということは理解しています。つまりはソルジャー、猥談もどきを繰り広げているわけなんですけど、いつもなら「退場!」とレッドカードを突き付けてくれる会長さんはソルジャーの台詞に顔色を悪くしているだけで。
「…ハーレイ、そこまで酷いのかい…?」
「それはもう! 今夜にでも君の家の鍵を壊して寝込みを襲おうかってほどの元気さ!」
なんと素敵な話だろうか、とソルジャーは瞳を輝かせています。
「ぶるぅを預けた甲斐があったよ、オタフク風邪にこんなパワーがあっただなんて!」
「「「オタフク風邪?」」」
「そう、オタフク風邪!」
ハーレイはそれに罹ったのだ、とソルジャーは一枚の紙を取り出しました。何かの数値や文字などがズラリと並んでいますけれども、これって何?
「えっ、これかい? こっちのハーレイの血液検査の結果だけれど?」
ぼくの世界でちょっと検査を、とソルジャーの唇に極上の笑みが。
「ハーレイの異変はぶるぅを預けた後で起こった。それでオタフク風邪の潜伏期間を調べてみたら、ちょうど発症時期と重なる。まさか、と思って見てたんだけど…」
「それで?」
会長さんがようやく服を整え、冷たい声で。
「あのとんでもないモテ期もどきはオタフク風邪の症状だと?」
「もしかしたら、と見ている間に今日の騒ぎになっちゃったしね? これは調べる必要がある、と自家発電に夢中のハーレイの血を一滴貰って検査してみた」
血を採る時の痛みとやらは殆ど無いらしい、ソルジャーの世界の検査用の針。背後から腕をブスリとやられた教頭先生、全く気付きもしなかったとか。
「ぼくのシャングリラじゃ迅速検査ってコトになったら時間はほんの少しだけってね。ちゃんと情報は操作したから、こういう検査をやったことすらノルディは忘れているんだけれど…」
此処、とソルジャーが指差した箇所。それがオタフク風邪への感染を示す項目で、他の数値などからソルジャーの世界のドクター・ノルディが診断を下した結果は「オタフク風邪に罹って絶倫」だという恐るべきもの。
「絶倫だって!?」
会長さんの悲鳴に、ソルジャーは。
「うん。オタフク風邪が治る頃には元に戻ってしまうらしいけど、今はオタフク風邪のウイルスのお蔭で絶倫なんだな、こっちのハーレイ」
「…オタフク風邪はどっちかと言えば、生殖能力に重大な後遺症を残す傾向が…」
「だからね、きっと変異したんだよ、オタフク風邪のウイルスが! だって、罹ったのがぶるぅだし! こっちの世界の人間じゃないし!」
おまけに卵から生まれた人間だというオマケつき、とソルジャーは指を一本立てました。
「ウイルスってヤツは宿主を転々としていく間に変異していくものだろう? ぶるぅは一人で何人前もに相当したんだ、そして絶倫ウイルスが出来た!」
それに罹ったのがこっちのハーレイ、と検査結果を示すソルジャー。
「ぼくの世界のノルディが言うには、このウイルスはオタフク風邪の症状を引き起こす代わりに絶倫パワーを引き出すわけ! 頬っぺたの代わりに大事な部分が腫れ上がる!」
その結果として元気モリモリ、抜いても抜いても腫れて来るのだ、ということですが。教頭先生の大事な部分って、男のシンボルのアレですよねえ…?
頬っぺたがプックリ腫れる代わりに、男性としての大事な部分が腫れ上がってしまうオタフク風邪。
腫れが引くまでは精力絶倫、ヘタレも吹っ飛ぶ元気な男になってしまってムラムラだとか。
「つまりハーレイはモテ期じゃなくって、オタフク風邪! 絶倫風邪でもいいけれど!」
いずれ治るよ、とソルジャーはニコニコしています。
「頭も熱でイッちゃってるから、治った時にはモテ期同様、ケロリと元に戻るって!」
そして再びヘタレに戻る、と話すソルジャーですけれど。
「ぼくにとっては絶倫風邪は非常に魅力的なんだ。だけど、君には迷惑なんだね?」
「迷惑だなんて次元じゃなくって!」
ホントに死ぬかと思ったんだ、と会長さんはブルブルと。
「しかも治るまで絶倫だったら、真面目にぼくの身体が危ない。正体が病気だと分かったからには暫く姿を消すことにするよ、何処かのホテルに隠れるとかさ」
「何もそこまでしなくても…。要はハーレイを閉じ込められればいいんだろう?」
君を襲いに出て来られないように家にガッチリ、と言うソルジャー。
「それはそうだけど…。君がシールドでも張ってくれるのかい?」
「お望みとあらば!」
ぶるぅを預けた責任もあるし、と珍しくソルジャーは殊勝でした。普段のソルジャーならこういう時には教頭先生と会長さんとの結婚を目指して良からぬ画策をする筈ですけど、今回は逆の方向へと行くようです。
「こっちのハーレイのオタフク風邪が完治するまで、家ごとシールドしておくよ。もちろんハーレイが飢え死にしないよう、ちゃんと食料とかは差し入れするし」
「本当かい? そこまでフォローしてくれると?」
「任せといてよ、そうする傍ら、絶倫風邪の研究もね!」
「「「は?」」」
今、研究って言いましたか? オタフク転じて絶倫風邪の?
「うん! とっても魅力的なウイルスだからさ、ぼくのハーレイにも使えないかなあ、って!」
「「「………」」」
そういう目的だったのかい! と誰もが一気に理解しました。そりゃあ、ソルジャーには最高に美味しいウイルスでしょう。オタフク風邪としての症状は無くて、代わりに腫れ上がる男のシンボル。罹っている間は絶倫だなんて、欲しがって当たり前ですってば…。
ソルジャーが教頭先生の家をシールドしてしまったお蔭で、会長さんへの迷惑行為は収まりました。プレゼントなどの注文ルートも遮断しちゃったらしいです。絶倫パワーを持て余している教頭先生、会長さんの抱き枕だの写真だのを相手に過ごしてらっしゃるそうですが…。
「…ちょっと困ったことになってね…」
ソルジャーがヒョイと現れた、私たちが集う会長さんの家。お盆の棚経を控えたキース君が殺気立っているのも気にせず、「困ったんだよ」とボソリと一言。
「何がだ! 俺は来る日も来る日もお盆の準備でキレそうだが!」
キース君の怒声に、ソルジャーは。
「お盆だなんて悠長なことは言ってられない。もう今日明日が勝負なんだよ」
「それは俺もだ!」
お盆の前は戦場なのだ、とキース君。
「卒塔婆の注文は直前でも容赦なく舞い込んで来るし、此処へ来る前も墓回向を手伝わないと親父に文句を言われるし…。棚経に備えて戒名チェックも欠かせないんだ!」
「だけど、お盆はまだ先だろう? こっちは持っても明日くらいで…」
「何の話だ!」
ハッキリ言え、と怒鳴り付けたキース君に、ソルジャーが「うん」と。
「こっちのハーレイの絶倫風邪がさ、明日くらいに完治しそうでさ…。実に困ったと」
「なんで困るんだ! いいことだろうが!」
「ブルーにとってはいいだろうけど、ぼくが困るんだ。まだハーレイにうつせていない」
「「「は?」」」
そう言えば使いたいとか言ってましたっけ、キャプテンに…。ウイルスの研究だけかと思えば、うつす気でしたか、絶倫風邪。
「それが一番の早道だろう? だからぼくのハーレイを何度も「お見舞いに行け」と送り込んでいたのに、うつらない。シールドするな、と言ってあるのにうつらないんだ」
ソルジャーが言うには、キャプテンも絶倫風邪の件は承知で、出来ればソルジャーの望み通りに感染したいと立派な覚悟。ゆえにシールドも張らずに何度もお見舞い行脚をしているというのに未だ罹らず、ウイルスは明日あたり、教頭先生の身体から消滅しそうだとか。
「そのウイルス、取っておかないのかい?」
そうすればシャングリラでゆっくり研究可能なのに、と会長さんが指摘しましたが。
「それはダメだよ、あれもウイルスには違いないしね。シャングリラでウッカリ漏れようものなら絶倫風邪が蔓延しちゃって大変なことに」
「キャプテンが感染するのはかまわないんだ?」
「青の間に隔離するからね!」
ちょっと特別休暇と称して、とソルジャーは胸を張りました。
「だから絶倫風邪をなんとかしてうつしたいんだけれど…。どうやら非常に感染力が弱いらしくて、空気感染も飛沫感染もしないみたいで…」
こんなウイルスをどうやって感染させればいいのだ、と呻くソルジャー。
「期限はホントに明日までなんだよ、出来れば今日中になんとかしたい!」
「うーん…。そういう時には濃厚接触?」
「濃厚接触?」
「そう。体液レベルになって来たなら、弱いウイルスでも充分にうつる」
「体液ね!」
ありがとう、とソルジャーはグッと拳を握りました。
「確かにそれならいけそうだ。早速、ぼくのハーレイを連れて乗り込むよ!」
「ぼくこそ、お役に立てて何より。今は夏だし……って、あれっ?」
いない、とキョロキョロしている会長さん。ソルジャーの姿はありませんでした。
「もう行っちゃった? 最後まで話していないんだけどさ、勘違いをしていないだろうね?」
「「「勘違い?」」」
「うん。夏だから汗をかきやすいしね、汗をかいた手で握手でもすればいけるだろう、ってアドバイスしようと思ったんだけど…。最後まで聞いて行かなかったから…」
大丈夫かな、と首を捻っている会長さん。
「ブルーは体液としか聞いていないし、なにしろ相手はブルーだし…」
嫌な予感がするんだけれど、と教頭先生の家がある方角を眺める会長さんの不安は的中しました。ありとあらゆる不幸な意味で。
「今年の海の別荘、あいつら無事に来られるのかよ?」
「さあ…?」
サム君の問いに、言葉を濁す会長さん。お盆は昨日までで終わって、明日からマツカ君の海の別荘へと出発です。滞在中にはソルジャー夫妻の結婚記念日もあるのですけど。
「…なにしろオタフク風邪だからねえ、ブルーの世界の医療技術で何処まで劇的に回復できるかが勝負だよ、うん」
「教頭先生が罹ったヤツなら何も問題無かったのにね…」
どうせ別荘では部屋にお籠り、とジョミー君。
「今年もダブルベッドのお部屋を用意してあるんですが…。途中からでも来て頂ければ…」
いいんですけどね、とマツカ君も心配しています。キャプテンは絶倫風邪には罹らず、オタフク風邪になったのでした。せっかく教頭先生からウイルスを分けて貰ったのに。
「ディープキスで貰ったと聞いてるな?」
キース君が額を押さえて、スウェナちゃんが。
「握手にしとけば良かったのにねえ…」
「仕方ないさ、中途半端に聞いて帰ったブルーが諸悪の根源なんだ」
だから頑張って看病すべし、と会長さん。オタフク風邪がシャングリラに蔓延しないようにとキャプテンは隔離、あの面倒くさがりのソルジャーが看病をする羽目に陥ったらしいです。でも…。
「なんでウイルス、オタフク風邪になっちゃったんだろ?」
ジョミー君が首を傾げて、シロエ君が。
「ぶるぅはオタフク風邪でしたしねえ、こっちの世界のオタフク風邪が向こうの世界の誰かを経由してこっちでうつると絶倫風邪なんじゃないですか? こっちからうつすとオタフク風邪で」
「「「うーん…」」」
その研究は進めてみたい所ですけど、オタフク風邪と絶倫風邪ではどちらも迷惑。仮説の段階で留めておこう、という結論になりました。教頭先生はすっかり回復、会長さんに乱暴狼藉を働いたことは熱のお蔭で覚えていないらしくって。
「とにかく、ぶるぅのオタフク風邪は二度と御免だよ!」
予防接種を受けさせておくか、と会長さんは真剣に検討しています。悪戯小僧が予防接種に大人しく応じるかどうかはともかく、危険は未然に防ぎたいところ。ハシカに風疹、水疱瘡とか受けさせますかね、まずは母子手帳を捏造しなくちゃダメなのかも…?
膨らんだ変異・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
悪戯小僧の「ぶるぅ」が罹ったオタフク風邪から、教頭先生がとんでもないことに。
別の世界を経由したウイルス、恐るべし。おまけに意のままにならない仕様…。
次回は 「第3月曜」 7月16日の更新となります、よろしくです~!
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こちらでの場外編、7月は、お盆の棚経を控えて、対策を立てようと画策中で…。
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