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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

猫を飼いたい

「ブルー、一匹いらねえか?」
 今なら選び放題だぜ、って見せられた写真。
 食堂で昼御飯を食べてから戻った教室、ランチ仲間が持ってる写真に、子猫が四匹。小さいのが四匹、フカフカのクッションの上に乗っかってる。真ん丸な目をして。
「えーっと…?」
 一匹いらないか、って訊かれたけれど。ちゃんと写真を見せられたけれど、猫を飼っているって話は一度も聞いたことが無い。猫好きかどうかも記憶に無いけど、いたのかな、って考えてたら。
 お祖母ちゃんの家の猫だって。
 近所に住んでて猫が大好き、二匹飼ってて生まれた子猫。全部飼ってもいいらしいけれど、猫が好きな人は多いから。欲しいんだったらあげますよ、って。



(んーと…)
 クルンと丸い目の子猫が四匹、どれもカメラの方を向いてる。あれはなんだろう、って好奇心で一杯、そういう顔で。白黒のブチが二匹と、三毛っぽいのと、真っ白なのと。
 白いの、とっても可愛いんだけど。
 前に写真を見せて貰った、ハーレイのミーシャみたいなんだけど…。
 ハーレイのお母さんが飼っていたミーシャ、ハーレイが子供だった頃に隣町の家に住んでいた。甘えん坊で、生のお魚よりも焼いたお魚が大好きで…。
 ケーキ作りの時にはミルクを欲しがったミーシャ、ミルクなんかは入らないパウンドケーキでもミルクを欲しがったから。ちょうだい、って足元でおねだりするから、ハーレイがミルクを入れてあげてた。おねだりしているミーシャを踏んだら大変だから。床に転がってると危ないから。
 庭の木に登って降りられなくなって、お父さんが梯子をかけて助けに行ったり、ミーシャの話は幾つも聞いた。ハーレイが沢山話してくれた。
 だからすっかりお馴染みのミーシャ、真っ白で甘えん坊の猫。とっくの昔にいないんだけれど、ハーレイのお母さんたちも今は猫を飼ってはいないんだけど。



(ミーシャ…)
 写真の子猫を覗き込んだ。白い子猫を。ぼくが飼うなら、断然、この子。ミーシャって名前で。
 ハーレイが子供の頃に一緒に暮らしたミーシャの真似して一匹欲しい、っていう気がするけど。貰うならこの子で、名前はミーシャ。
 パパもママも駄目とは言わないだろうけど…。
 ぼくの家には猫が好きそうなソファも絨毯もあるし、庭には登って遊べる木も沢山。芝生だって他所の家の猫が日向ぼっこをしてたりするから、きっと居心地はいい筈なんだ。
(この子を貰ってみようかな…)
 パパとママに頼んで、写真を持ってる友達と一緒に、友達のお祖母ちゃんの家まで真っ白な子を貰いに行く。お父さん猫とお母さん猫に「よろしくね」って挨拶して。
 そうして真っ白な子猫を抱っこして家まで帰るか、ペット専用の籠に入って貰うか。ぼくの家に着いたら直ぐにミルクをたっぷりとあげて、「ぼくの家だよ」って家の中を案内して回って…。
 ぼくの部屋にも連れて行かなくちゃ、階段を上がって。
 もしもミーシャが気に入るようなら、ぼくが家にいる間は、ぼくの部屋で過ごして欲しいかも。椅子の上とかベッドの上とか、好きな所で丸くなって。



 ぼくの家に、部屋にミーシャがやって来る。真っ白なミーシャが。
 今は子猫だけど、育ったらミーシャそっくりになる。ハーレイに見せて貰った写真のミーシャ。甘えん坊のミーシャがやって来るんだ、ぼくの家にも。
(ミルクをあげて、抱っこしてあげて…)
 きっと素敵な毎日になる。ハーレイが来られない日もミーシャがいたら…、って思ったけれど。
(駄目だ、ハーレイ…!)
 そのハーレイが問題だった。真っ白なミーシャは、ハーレイのお母さんが飼っていたんだから。子供の頃のハーレイはミーシャとおんなじ家で暮らしていたんだから。
 ミーシャの思い出を沢山沢山持ってるハーレイ、ぼくがミーシャを飼い始めたら取られちゃう。猫のミーシャにハーレイを持って行かれちゃう。
 「可愛いな」って、ハーレイの目が、手が、ミーシャの方に行っちゃって。
 ぼくを見るよりミーシャを眺めて、ぼくの頭を撫でる代わりにミーシャの毛皮。真っ白な毛皮。もうそうなるに決まっているから、ミーシャは飼えない。
 欲しいけれども飼っちゃいけない、ハーレイを取られてしまいたくなければ。
 だから、真っ白な子猫を貰う話は諦めた。今なら選び放題だけれど、真っ白な子を貰えることになるんだけれど。



「…ううん、いらない」
 いらないよ、って断った。可愛いけれども、ぼくはいらない、って。
「そうかあ? 一瞬、欲しそうな顔してたぜ?」
 小さい間は可哀相だと思うんだったら、もう少し大きく育ってからでも、って言われたけれど。貰う予定で今から仲良くなっておいたら、大きくなっても大丈夫だから、って。
 選んだ子猫に会いに行くなら、お祖母ちゃんの家まで何度でも付き合って行ってやるから、って親切な話もしてくれたけれど、飼えない子猫。ハーレイを取っちゃうミーシャは飼えない。
「ちょっと欲しいとは思ったけれど…。やっぱり、いらない」
 ぼくは身体が弱いから、って嘘をついておいた。
 寝込んじゃったりしたら世話出来ないよ、って、それじゃ猫だって可哀相だよ、って。
「ふうん…? お前の家、お母さんだって世話してくれそうじゃないか」
 気が変わったらいつでも言ってくれよ、って友達は写真を鞄に仕舞った。誰かが貰ってしまった後だともう駄目だけれど、そうでなければ子猫はいつでも貰えるから、って。



 それきり子猫の話は出なくて、帰る時にもう一度言われただけ。「考えとけよ?」って。
 家に帰って、ダイニングのテーブルでおやつの時間。思い出しちゃった、真っ白な猫。
(ミーシャ…)
 此処にミーシャがいてくれたら、って考えた。おやつの間は何処にいるだろう、あの猫を飼っていたならば。ダイニングの何処かで白いミーシャもおやつなんだろうか、ミルクを貰って。
 おやつが済んだら、ぼくと一緒に暫く遊ぶ。きっと部屋までついて来てくれる。
(ぼくの後ろから、階段を上って…)
 甘えん坊のミーシャはそうしていたらしいから。誰かの後ろをついて歩いて、行く先々で甘えて回って。おねだりをしたり、撫でてと身体をすり付けたり。
 猫のミーシャは、ちょっぴり欲しくはあるんだけれど。
 ペットも飼ってはみたいんだけど…。



 今だったらどれでも選び放題、と四匹の子猫の写真が頭を離れない。選んでもいい真っ白な子。一匹だけ混じっていた、真っ白な子猫。
 今なら貰える、あの友達に頼んだら。「白い子がいいな」と声を掛けたら。
(でも、ハーレイ…)
 猫を飼ったら、絶対、取られる。ぼくのハーレイを取られちゃう。
 だけど真っ白な子猫は欲しいし、ミーシャと名前をつけてみたいし、ハーレイの子供時代を真似してみたい。家にミーシャがいる生活。真っ白な猫と暮らす毎日。
 おやつが終わって部屋に戻っても、やっぱり欲しい気がするミーシャ。真っ白な子猫。
 ベッドの上に乗っていたなら、ってチラチラ見ちゃうし、床にいる姿も浮かんでしまう。ピンと尻尾を立てて得意げに歩く姿も、丸くなってぐっすり寝ている姿も。
(ミーシャ、飼いたい…)
 飼ってみたくてたまらないミーシャ、今なら貰える真っ白な子猫。明日にだって貰って来られる子猫。欲しいと友達に頼みさえすれば。
 そこまでは素敵なプランだけれども、後が問題。きっとハーレイを取っちゃうミーシャ。ぼくの代わりにハーレイに甘えて、膝の上にも乗っかったりして。



(…ハーレイ、ミーシャに取られちゃう…)
 だから駄目だ、ってグルグルしてたら、チャイムの音。そのハーレイが仕事帰りにやって来た。ぼくの部屋まで、いつものように。
 ママがお茶とお菓子を置いて行った後、テーブルを挟んで向かい合わせで座ったけれど。ぼくの頭はミーシャで一杯、真っ白な子猫とハーレイの関係でもう一杯で。
「なんだ、どうした?」
 俺の顔に何かついているか、って鳶色の瞳で覗き込まれた。どうも変だぞ、って。
 そう訊かれたら唇からポロリ、ぼくの心が零れてしまって。
「ミーシャ…」
「はあ?」
 ハーレイは大きく目を見開くと、キョロキョロと周りを見回した。まるでミーシャがヒョッコリ姿を見せたみたいに、膝の上だか、足の辺りだかにミーシャの姿があるかのように。



 霊か、って慌てているハーレイ。ミーシャの霊が現れたのか、って。
(…ミーシャの霊って…)
 凄い勘違いだけど、ちょっぴり可笑しい。
 猫のミーシャの幽霊だなんて、前のぼくでも幽霊にはなっていないのに。
 タイプ・ブルーだった前のぼくでもなれなかったのに、ミーシャは幽霊になれるんだろうか?
「ハーレイ、前のぼくは幽霊になっていないんだけど…」
「そういやそうだな…。お前の幽霊、見てはいないな」
 出たという噂も聞いちゃいなかった、シャングリラには大勢乗っていたのに。あれだけ大勢いた船なんだ、霊感のあるヤツの一人や二人は、いたっていいと思うんだがなあ…。
「…幽霊のぼくでも会いたかった?」
 向こう側が透けて見えるようなぼくで、触ろうとしても触れなくっても。
「決まってるだろうが」
 幽霊だろうが、透けていようが、お前に会いたくないわけがない。
 出るという話を耳にしたなら捕まえに行くし、俺の部屋に出たなら逃がしはしないな。



 ぼくの幽霊が出たら閉じ込めてしまうか、捕まえに行くか、どっちかだって。
 幽霊のぼくが消えないように。シャングリラからいなくならないように。
「…そんなの出来るの?」
 幽霊なんかを捕まえられるの、触ろうとしたって触れないんだよ?
 消えてしまうものでしょ、幽霊は…?
「タイプ・グリーンのサイオンってヤツをなめるなよ?」
 防御力の高さじゃタイプ・ブルーにも負けないのがタイプ・グリーンだろうが。
 つまりはシールド能力も強い、サイオンの檻を作り出せるというわけだ。そいつを使って幽霊のお前を捕まえる。俺のサイオンで閉じ込めちまって、二度と外へは出さないってな。
 俺の部屋に出たならそれっきりだし、他の場所に出たなら捕まえて連れて帰るという寸法だ。



 ハーレイの部屋の地縛霊にしてやる、って大真面目な顔で言われたけれど。
「地縛霊って、なあに?」
 どんなものなの、普通の幽霊とは何か違うの?
「そいつはな…。本物の地縛霊っていうのは、俺がお前を捕まえるのとは少し違うが…」
 地縛霊は土地や建物に縛られてるんだ。自分が死んじまったことに気付いていないとか、其処にいなくちゃいけないと思っているだとか。理由はそれぞれ違うわけだが、他の場所へも、天国へも行かずに同じ場所に留まっているんだな。
 だから地縛だ、地面に縛ると書いて地縛霊。
 前の俺がお前の幽霊を捕まえたとしたら、俺の部屋に縛り付けておく。サイオンの檻でしっかり囲んで、抜け出せないように閉じ込めちまう。
 俺が死ぬまでサイオンの檻は解けやしないし、お前は何処へも行けないわけだ。俺の部屋で俺を待つしかないのさ、来る日も来る日も、俺が仕事から戻るまでな。
「…そうなんだ…。ハーレイの部屋から動けないんだ、地縛霊にされてしまったら…」
 サイオンの檻に入れられてしまって、ハーレイの部屋に縛り付けられて。
 …なんだか凄いね、前のハーレイだったらホントにやりそうな気もするけどね…。



 ハーレイが死ぬまで逃げられないらしい、幽霊のぼく。地縛霊にされてしまった、ぼく。
 それも良かった、ハーレイの側にいられたのなら。
 キャプテンの部屋から動けないままで、ハーレイが仕事に行ってる間は独りぼっちで待っているだけの毎日でも。シャングリラを自由に見て回れなくて、青の間に行くことも出来なくても。
 ハーレイが部屋に帰って来たなら、二人きりで過ごせるんだから。
 前のぼくの身体は透けてしまって、抱き締めて貰えなくっても。
 キスすら交わせない透けた身体でも、ハーレイの声は聞こえるんだから。ハーレイが部屋に戻りさえすれば、ちゃんと姿を見られるんだから。
 …幽霊にはなれなかったけど。
 前のぼくは幽霊になってハーレイの前に出られはしなくて、地縛霊にもなれなかったけど…。



 ちょっと残念、って考えていたら、ハーレイはハーレイで違う幽霊を考えていたようで。
「で、ミーシャの霊がどうしたって?」
 お前、見えるのか、ミーシャの霊が?
 サイオンの方はサッパリ駄目だが、霊感の方はあったのか…?
「違うよ、ミーシャの霊じゃなくって…」
 本当に本物のミーシャだってば、見えたわけじゃなくて、思い出のミーシャ。ハーレイが教えてくれたミーシャの話を色々と思い出していたんだよ。
 ぼくもミーシャに会いたいな、って。家にミーシャがいたらいいのに、って。



 ミーシャを飼えるかもしれないんだよ、って今日の昼休みの話をした。
 ランチ仲間が見せてくれた写真、子猫が四匹。白黒のブチが二匹と、三毛っぽいのと、真っ白がそれぞれ一匹、今なら選び放題の子猫。
 真っ白な子猫を貰えそうだった、って。今すぐでも、子猫が少し大きくなってからでも。
「貰えばいいじゃないか」
 可愛いもんだぞ、猫ってヤツは。犬とは違って我儘なもんだが、そこが可愛い。ミーシャだってそうだ、甘えん坊で、せっせとおねだりをして。
「ほらね、やっぱり」
 思った通りだ、って、ぼくは溜息をついたけれども。
「何がやっぱりだ?」
 どうしてそこで溜息になるんだ、俺は猫の魅力を少し語っただけだが?
「猫は可愛いって言ったじゃない!」
 ハーレイ、ぼくよりミーシャに夢中になるんだ、ぼくがミーシャを貰って来たら。
 真っ白な子猫を育て始めたら、ハーレイ、そっちに行っちゃうんだ…!
「お前なあ…」
 そりゃあ、猫がいれば「可愛いな」と撫でてやりもするが、猫とお前は違うだろうが。
 お前の頭を撫でてやるのと猫を撫でるのとは全く違うさ、撫でてやる意味も、こめる心も。
 膝の上に乗せてやるにしたって、猫とお前じゃまるで違うと思うがなあ…。



 お前は猫にも嫉妬するのか、って笑われたけれど。
 猫は猫だし、ぼくはぼくだって言われたけれども、ハーレイの笑顔は猫にも向くから。手だって猫の方にも行くから、そこが問題、とっても問題。
 ハーレイが猫の相手をしている間は、ぼくの相手はお留守だもの。ハーレイは猫のものだもの。
 ぼくは真剣、猫にだってハーレイを取られたくない。ハーレイはぼくのハーレイだから。
 でも…。
「…あのね…。猫はちょっぴり欲しいんだよ」
 ハーレイを取られたくはないから、飼うのはちょっと無理そうだけど…。
 それでもミーシャは欲しい気がするよ、きっと可愛いに決まっているから。子猫の間も、大きくなっても、甘えん坊で真っ白なミーシャ。
 …ぼくもミーシャを飼ってみたいよ。あの写真を見るまで、考えたことも無かったけれど…。
 今なら選び放題だぞ、って見せられちゃったら、なんだか飼いたくなっちゃった…。
「ふうむ…。お前はミーシャが欲しい、と」
 真っ白な猫を飼ってみたいが、俺を取られて悔しい思いをするのは嫌だというわけだな?
 俺がミーシャの相手をしてたら、お前はミーシャに嫉妬しちまう、と。



 なら、嫉妬しなくてもよくなったら飼うか、って訊かれたから。
 猫に嫉妬をしないで済むようになったら飼ってみるか、と尋ねられたから。
「なに、それ?」
 ぼくが嫉妬をしないで済むって、どういう意味なの、ねえ、ハーレイ…?
「分からないか? 俺と結婚した後のことだ」
 俺とお前は同じ家に住むし、猫がいたってかまわんだろう。
 世話だって二人ですることになるんだ、嫉妬するも何も、俺たちの大事な家族じゃないか。腹が減ったと言われたら餌で、人間様とは少し違うがな。
「そっか、それなら…!」
 ハーレイと二人で飼うんだものね、ぼくのミーシャで、ハーレイのミーシャ。
 うんと可愛がってあげられそうだよ、ハーレイと二人で。
 買い物に行ったらミーシャの好きそうなお魚を買ったり、ペットショップでおやつを買ったり。
 そうだ、ハーレイのお母さんが飼ってたミーシャみたいに、お料理した魚が好きな猫なら…。
 ハーレイと二人でお料理しようね、ミーシャ用のお魚。



 いつかハーレイと結婚したなら、真っ白な猫を飼うことにする。
 名前はミーシャで、ハーレイと一緒に世話をしてあげて、ぼくたちの家族。人間じゃないけど、可愛い家族。
 いいな、と思ったんだけど。
 その頃にも友達のお祖母ちゃんの家とかで真っ白な子猫が生まれたらいいな、と思ったけれど。
「…待て、今度は俺が駄目だった」
 結婚してからミーシャは駄目だ、とハーレイが待ったをかけて来た。
「なんで?」
 どうしてミーシャを飼っちゃ駄目なの、さっきはいいって言ったじゃない!
 結婚してから飼ったらいい、って言ってくれたの、ハーレイだよ?
「…それは言ったが…。さっきは俺もそう思ったが…」
 駄目だ、今度は俺が嫉妬だ、俺がミーシャに。だからミーシャは飼わん方がいい。
「嫉妬って…。何処からそういう話になるの?」
 ハーレイがミーシャに嫉妬する理由、なんにも思い付かないけれど…?
「いや、理由なら嫌というほどあるが」
 俺の留守中、ミーシャにお前を取られちまうんだ。俺が仕事に出掛けたが最後、ミーシャが出て来てお前を独占しちまうだろうが、そう思わないか…?



「…んーと…」
 ハーレイが仕事に行っている間、ぼくはミーシャと二人きり。猫だから一人と一匹だけど。
 とにかく留守番、二人しか家にいないんだから。
 ぼくのお昼御飯はハーレイが作ってくれるって聞いているから、ぼくはミーシャの御飯の用意。ミーシャのお皿にキャットフードをたっぷりと入れて、ミルクもミーシャが欲しいだけ入れる。
 そうやって世話して、毛皮の手入れもしてみたりする。
 可愛がってやって、二人で昼寝もいいかもしれない。ぼくがコロンと転がった隣にミーシャも。ソファかベッドか、ちょっぴりお行儀が悪い床とか。
 ふわふわの毛皮が横にくっつく、ぼくが昼寝をしようとしたら。
 そういう昼寝もきっと悪くなくて、ミーシャと二人でのんびり昼寝。暖かなベッドや、柔らかなソファや、陽だまりのフカフカの絨毯とかで。



「ほらな、やっぱりお前を取られるんだ」
 俺が仕事をしている間は、ミーシャがベッタリくっついちまって。
 邪魔なデカイのがいなくなったぞ、と甘えて、遊んで、お前をすっかり取っちまうんだ。
「大丈夫だってば、ぼくはハーレイが一番なんだから」
 ハーレイのことが一番好きだし、ミーシャと遊ぶのはハーレイが留守の間だけだよ。
 ミーシャに夢中になったりしないよ、ぼくの一番はハーレイに決まっているんだもの。
「どうなんだか…」
 そいつは大いに怪しいもんだ、ってハーレイは真顔。
 俺を放り出しちまってミーシャの方じゃないのか、って。
 ハーレイが家に帰って来ても。
 仕事が終わって、ぼくとミーシャが留守番している家に帰って来た後も。



「それはしないよ!」
 絶対にしないよ、ハーレイよりもミーシャが優先だなんて!
 ちゃんとハーレイが家にいるのに、ハーレイを放ってミーシャだなんて…!
「本当か? …ならば、訊くが…」
 ミーシャがベッドに入って来たならどうするんだ、お前。
 俺たちが二人で寝ているベッドに、ミーシャがゴソゴソもぐり込んで来たら。
 …俺もミーシャが家にいたから覚えているんだ、猫だったら来るぞ。人間様が寝ているベッドに入って来るのが大好きだからな。
「そうなの? なんだか可愛らしいじゃない」
 ちっちゃな子供みたいなんだね、ぼくも小さかった頃はパパやママのベッドで寝ていたし…。
 猫のミーシャもおんなじなんだね、ホントに家族って感じがするよ。
「…家族はともかく、お前、どっちを優先するんだ」
 俺か、ミーシャか。…お前と一緒のベッドにミーシャが入って来たら。
「えーっと…?」
 優先ってことは、ベッドの中の場所のこと?
 ハーレイの寝場所か、ミーシャの寝場所か、どっちを大事にするかってこと…?



 どうしようかと考えたけれど、ハーレイとミーシャじゃ大きさが違う。
 身体の大きさが全然違うし、重さだって違う。
 人間と猫でも違いすぎるのに、ハーレイはその人間の中でもうんと大きい方だから。体重だってうんと重くて、中身がずっしり詰まってる。
 そんなハーレイが「うーん…」と寝返りを打ったはずみに、ミーシャが下敷きになったりしたら大変だから。きっとペシャンコに潰されちゃうから。
 もしもミーシャが入って来たなら、ハーレイを邪魔にしそうな、ぼく。
 「ベッドの上を空けてやってよ」ってハーレイをどけて、ミーシャが此処、って。
 きちんと安全地帯を作って、ハーレイは其処に立ち入り禁止。ミーシャが潰されないように。
 それに安全地帯を作っておいても、ハーレイが転がって来ちゃうかもだから。ゴロンと転がってミーシャをペシャンと潰しそうだから、ぼくが間に入らなきゃ。
 ミーシャが潰れてしまわないよう、ぼくの身体で塀を作っておかないと…。
「ほら見ろ、ミーシャを取るんじゃないか」
 俺がお前を抱き寄せようとしても、「ミーシャがいるから駄目」と言うんだ、お前はな。
 お前を抱き締めたままで眠っちまって、ウッカリと横に転がったりしたら、ミーシャが下敷きになっちまうとか何とか言って。
「当たり前でしょ、潰されちゃったら可哀相じゃない!」
 ぼくとハーレイが好きでベッドに入って来たのに、下敷きにされてペシャンコだなんて!
 知らない人にやられるんじゃなくて、大好きな人に潰されるんだよ?
「まあな…」
 確かにそいつは可哀相かもな、俺だってガキの頃には気を付けてたしな…。
 ミーシャがベッドに入って来る度に、潰さないように身体を縮めて。
 なのに、この年になって新しいミーシャを潰しちまったら、俺も心底、堪えそうだな。



 そして…、って真面目な顔になったハーレイ。
 堪えるといえば、って。
「俺とお前が潰さないように気を付けていても、いくら大事にしてやっても…」
 ミーシャはいつかはいなくなるんだ、生き物だからな。それに寿命も俺たちよりはずっと短い。そのこと、きちんと分かっているか…?
「うん、知ってる」
 ずうっと前に「猫になりたかった」ってハーレイに話した時にも聞いたよ。
 ハーレイの家で飼ってたミーシャは長生きだったけれど、それでも二十年ほどだった、って。
 いなくなっちゃうことは知ってるよ、どんなに大事に飼ってやっても、ぼくたちよりも先に。
「お前、そいつに耐えられるか?」
 俺たちが二人で飼ってたミーシャがいなくなっても大丈夫か?
「ぼくにはハーレイがいてくれるから…」
 ハーレイがぼくの一番なんだし、ミーシャがいなくなっても、きっと…。
 それにハーレイ、ぼくを慰めてくれるでしょ?
 俺がいるじゃないか、って。
「もちろん、お前を放っておいたりする気は無いが…」
 ミーシャがいなくなっちまった分まで、お前をせっせとかまってはやるが。
 しかしやっぱり寂しいもんだぞ、長年一緒に暮らした家族がいなくなっちまった後というのは。
 猫は言葉を喋りはしないが、それでもいないと寂しい気分になるんだよなあ…。



 本物のミーシャは大往生だったらしいけど。
 病気じゃなくって、ホントに寿命。ポカポカ日向ぼっこをしながら幸せ一杯、ぐっすり寝たまま天国に行った。ハーレイのお父さんもお母さんも側に居たのに、気付かなかったほどに。
 だけど、花で一杯の庭にお墓を作ってあげて、ミーシャが其処に眠った後。
 暫くはリビングにぽっかり穴が開いていた、って。
 御飯をちょうだい、ってミーシャがやっては来ないから。ミルクを強請りもしないから。
 いつもミーシャが昼寝してた場所に、真っ白な猫はもういないから。



「そっか…。そんな感じになっちゃうんだ…」
 ハーレイのお父さんやお母さんがいても、まだ子供だったハーレイがいても。
 ミーシャがいなくなっちゃっただけで、リビング、ガランとしちゃってたんだね…。
「リビングだけじゃないな、ミーシャのお気に入りの場所は全部だな」
 ダイニングもキッチンも、遊んでた庭も。此処にいたんだ、とミーシャを探しちまうんだ。
 三人もいたってそんな具合だ、お前一人だと寂しいだろうが。
 俺が仕事に行っちまった後、ミーシャがいた場所、端から回ってみるんじゃないか?
「そうかも…」
 ミーシャの寝床があった場所とか、いつも御飯を食べてた場所とか。
 此処にいたのに、って座り込んでは、ミーシャがいないって思っちゃうかも…。



 真っ白な毛皮で甘えん坊のミーシャ。飼ってみたいと思ったミーシャ。
 飼ってる間は楽しくっても、ハーレイに潰されないように大事にしてても、いなくなるから。
 猫の寿命はうんと短くて、ぼくはまた一人で留守番をすることになっちゃうから。
「…いらないかな、ミーシャ…」
 飼わない方が幸せなのかな、後で寂しくなるんだったら。
「俺はそいつがお勧めかもな」
 お前の寂しそうな顔は見たくないんだ、ってハーレイが言うから。
 家に帰る度にシュンとしているぼくを見るのは、ハーレイも辛いらしいから。
「…じゃあ、ハーレイが留守の間は?」
 ぼくは一人で留守番をするの、ミーシャを飼わない方がいいなら。
 ミーシャが一緒にいてくれるだけで、きっと色々、素敵なことだって起こりそうだけど…。
「お前、そういう一人ってヤツは平気だろ?」
 前のお前の時から充分慣れてるだろうが、俺のいない昼間は一人で留守番。
「うん…。前のぼくも青の間で一人だったしね…」
 部屋付きの係は来てくれたけれど、友達付き合いってわけにはいかなかったし…。
 今のぼくだって、身体が弱い分、一人の時間は多いものね。



 一人で留守番するんだったら、時間の過ごし方は色々ある。
 本を読んだり、庭に出てみたり、ミーシャがいなくても色々なことが。
 だからミーシャと一緒に暮らすのは我慢しようか、ちょっぴり欲しい気もするけれど。
 抱っこしてみたり、撫でてやったり、猫との暮らしも楽しそうだけれど。
「ん、猫か? 俺も猫は好きだし、可愛いんだが…」
 たまに何処かで出会うのがいいのさ、家族としてベッタリ過ごすんじゃなくて。
「何処かって?」
「旅先とかだな、フラリと出掛けて友達になるんだ」
 気のいい猫がいるからなあ…。声を掛けたら寄って来てくれて、そのまま膝に乗っかるような。
 餌をやったらもう親友だな、次の日に会ったら大歓迎って感じで迎えてくれるぞ。
 待ってましたと、今日は何をして遊びますかと。



 猫は可愛いけど、一緒に暮らすと、近付きすぎると、死んじゃった時に寂しいから。
 家の中にぽっかり穴が開くから、旅の間だけの小さな友達。
 好きな名前で呼び掛けてやって、猫の方でもそのつもり。ぼくがミーシャと呼んだらミーシャ。ぼくと一緒に遊ぶ時はミーシャ。
「そういうミーシャに、ぼくでも会える?」
「親父の釣りについて行けばな」
 海の側だと、そういう所がけっこうあるんだ。
 俺が咄嗟に思い付くだけでも、三ヶ所くらいはあるってな。親父はもっと沢山知ってるぞ。この前もミーシャにそっくりな猫に会ったらしいし、釣った魚を御馳走したとも言ってたなあ…。



 海のすぐ側で漁師さんが沢山、釣りをしにくる人が沢山。魚を貰いに猫も沢山、そういう場所。
 そこで探そうか、ぼくのミーシャを。真っ白な猫を。
(真っ白な猫に会ったらミーシャで、おやつをあげて友達になって…)
 いつかミーシャを飼いたくなったら、猫を飼いたくなったなら。
 我慢出来なくなってしまったら、旅先でミーシャと友達になろう。
 ハーレイと二人で撫でて抱っこして、帰る時には「さよなら」って。また会おうね、って。
 次に行ったらきっとまた会える、別のミーシャかもしれないけれど。
 だけど友達、すぐに友達、真っ白なミーシャと海辺で過ごす。
 そういう旅もきっと楽しい、ハーレイと二人で出掛けて行こう。
 ぼくたちのミーシャに会いにゆく旅、真っ白なミーシャを探す旅。
 海辺の町までハーレイと二人、小さな友達に会える旅行に…。





        猫を飼いたい・了

※猫を飼いたいと思ったブルー。白い猫に「ミーシャ」と名前を付けて。
 とても楽しそうな暮らしですけど、問題が山積み。飼わない方がいいかも、という結論です。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv









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