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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

双子の卵

(ふうむ…)
 こいつはどうやら当たりだな、とハーレイが手に取って眺めた卵。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、夕食の支度をしていて出会った。具沢山のオムレツを作るつもりで卵を出して来たけれど。幾つ使おうかと、卵が盛られた器から一つ取ったのだけれど。
 どうも大きい、そういう印象。他の卵と比べてみたら、やはり大きい。
 平飼いが売りの農場の卵、自然の中に鶏が産んでゆく卵。それを集めて出荷している、大きさが不揃いなことは珍しくなくて。器に盛られた卵は色々、それが気に入ってよく買っている。
 卵といえども自然が一番、人の手は最小限でいい。前の自分の記憶が戻る前からそうだった。
(揃った卵も悪くないんだが…)
 きちんと揃えて出荷される卵も嫌いではないし否定しないけれど、この盛り合わせの卵がいい。大きめの卵や小さめのものや、如何にも産み立てという感じがするから。
 放し飼いにされて土の中の虫をついばんだりして育った鶏、元気な鶏。その鶏の元気が詰まった卵で、力を貰える気がするから。



 それにしても大きい、手の中の卵。どう見比べても、他の卵よりも大きな卵。
 不揃いな大きさの卵たちだし、そういったこともあるけれど。ここまで大きな卵となると…。
(この卵は、多分…)
 どうやら双子。一つの卵に黄身は普通は一つだけれども、双子の卵には二つの黄身。
 きっとそうだ、と大きさと重さを改めて手で確かめた。ずしりと重い気がする卵。大きめの卵。
(ほぼ間違いなく双子だろうな)
 透視はさほど得意ではないし、卵の中身を気軽に覗けるレベルではない。
 光に翳せば分かるだろうかと思ったけれども、ここは割ってのお楽しみといこう。
 あらかじめ結果が分かっているより、当たりかハズレか、それを待つのも心が弾むものだから。自分の運を試されるようで、当たれば幸福感も倍。
 まずは割って…、とオムレツのつもりで用意していた器よりも小ぶりの器を出して来た。
 もしも卵が双子だったら、他の卵と混ぜてしまうようなオムレツにするのはもったいないから。



 卵をコツンとキッチンの台の角にぶつけて、軽くヒビを入れて。
 器の真上でパカリと割ったら、スルリと零れ落ちた黄身。一つ落ちたのに、もう一つ。殻の中に一つ黄身が残った、やはり双子の黄身だった卵。
 半分に割れた殻の中にチョコンと鎮座している黄身は小さめ、普通の卵の黄身より小さい。器の中に入っている黄身も。
 観察してから、そうっと二つ目の黄身を器の中に移した。仲良く並んだ二つの黄身。色の濃さも大きさもそっくり同じで、もう本当に瓜二つの双子。
 三十八年生きて来たけれど、双子の卵はそうそうお目にはかかれないから。
 狙って手に入るものではないから、予定変更、オムレツはやめて双子が生きる目玉焼き。双子の卵を堪能するなら、目玉焼きにするのが一番いい。
 オムレツ用にと用意した具はグラタンにしよう、ソーセージや野菜などだから。バターで炒めて粉を振り入れ、ザッと混ぜてから牛乳を少しずつ入れてやったらホワイトソース。粉末の調味料を加えて味見してから塩胡椒。オーブン用の器に移して、チーズを載せて…。
 オーブンに入れて仕上げる間に味噌汁に味噌を溶き、それから小さなフライパン。さっきの卵を流し入れて目玉焼きにかかった、軽く蓋をして。
 間もなく完成、今夜の夕食。グラタンの方が見た目に立派だけれども、食卓の主役は目玉焼き。双子の卵が美味しそうに焼けた、目玉焼きを載せた皿が今夜の主役。



(さて、と…)
 テーブルに着いて、グラタンの方から食べ始めた。目玉焼きも熱々がいいと思うけれども、まだ見ていたい。偶然の出会いを、一個の卵で黄身が二つの目玉焼きを。
(双子の卵なあ…)
 ワクワクするような卵ではある、滅多に出会えはしないから。
 綺麗に揃った卵を買ったらまず出会えないし、不揃いな卵を選んで買っても、そうは会えない。あの平飼いの農場の卵をよく買うけれども、双子の卵には滅多に出会わない。
(前に出会ったのはいつだったか…)
 思い出せないくらいなのだから、何年も見てはいないのだろう。黄身が二つの双子の卵。
 こうして出会うと嬉しい気分になってくる。一つの卵に黄身が二つで得をした気分、一個の卵で栄養が倍、と。その上、珍しい卵。幸運を引き当てた気分になれる。
 SD体制が始まるよりも遥かな昔の地球にあった国、中国では双子の卵は縁起が良かったという話も聞いた。黄身が二つだから双黄卵の名があったほど。
 縁起がいいから探し求められ、普通の卵よりも高値で売れた。喜ばれていた双黄卵。



(しかしだ…)
 その中国の隣に位置した、かつての日本。今、自分が住む地域の辺りにあった小さな島国、その日本では双子の卵は好まれなかったらしい。
 黄身が二つの卵どころか、双子というだけで忌み嫌われた。双子が人間の子供であっても。
 どうしたわけだか嫌われた双子、色々と説はあるようだけれど。
 人間の場合は片方の子供を捨ててしまったり、養子に出したり、最悪の場合は殺したり。双子に生まれて来たというだけで親に育てて貰えなかった子供。
 そうした双子を思わせるから、双子の卵も嫌われた。食べずに捨てたか、どうなったのか。
 けれども後世、双黄卵を尊ぶ文化が入って来たら売れたというから勝手なものだ。黄身が二つの卵ばかりを集めたパックが飛ぶように売れた、かつての日本。
 今ではそういう卵のパックは無いけれど。双子の卵に出会いたかったら、不揃いな卵が詰まったパッケージを買っては、大きめの卵を端から割ってみるしかないのだけれど。



 遠い昔には人間の都合で評価が分かれた双子の卵。忌み嫌われたり、尊ばれたり。
 人の双子もそれと同じで、いつの間にやら嫌われる代わりに人気者。そっくりな双子にお揃いの服を着せ、得意満面だった親。周囲も可愛いともてはやしたから、人は変われば変わるもの。
 見方ひとつで、考え方が一つ変わっただけで。
(そんな調子だから、SD体制なんぞを作っちまえたんだ)
 人を人とも思わない世界、機械が人間を作った時代。
 無から生まれたフィシスでなくとも、人間は全て人工子宮から作り出されていた時代。
(…生まれたんじゃなくて、作るんだよなあ…。あれは)
 人の誕生とはそうしたものだと、前の自分はすっかり信じていたけれど。人工子宮から生まれてくるのだと、人はそうして生まれるのだと。
 前の自分も、それにブルーも、人工子宮で作られた子供。人工子宮で育った子供。
 誰もおかしいとは思わなかったし、それが正しいのだと思い込んでいた。
 そう、トォニィが生まれるまでは、ずっと。
 SD体制が始まって以来、初めての自然出産児としてトォニィがナスカで生を享けるまでは。



(あの時代には、双子ってヤツは…)
 きっといなかったのだろう。広い宇宙の何処を探しても、双子の子供というものは。
 機械が完璧に管理していた出産システムでは有り得ないから。
 人工子宮に二つの受精卵を入れはしないし、受精卵が二つに分裂するのも止めただろうから。
 一卵性の双子も、二卵性の双子もいなかった時代。
 そういう時代に自分たちは生きた、前の自分と前のブルーは。
(今だと双子もいるんだがな?)
 自然出産が当たり前の時代、もちろん双子も生まれてくる。一卵性の双子も、二卵性の双子も。
 今の学校にも、双子の生徒がちゃんといる。
 前の自分が生きた時代にはいなかった双子が、今は普通に生まれる双子が。
 まるで双子の卵のように。何も思わずに買った卵たちの中に混ざっていた少し大きめの卵、目の前の双子の卵のように。
 目玉焼きにしてしまったけれど。割ってフライパンで焼いてしまったけれど。



 双子の卵は自然の証明、それを思うと可哀相だったろうか、この卵。
 割って目玉焼きなどにしてしまって…、と冷蔵庫までパッケージを確認しに行った。もしも卵が有精卵なら、命が入った卵だから。親鳥が抱いて温めてやれば、ヒヨコが孵る卵だから。
 パッケージに貼られていなかったシール、有精卵と書かれたシールは無くて。
 違ったのか、とホッとした。珍しい双子を食べてしまっては可哀相だ、と。
 安心してダイニングのテーブルに戻り、グラタンの後は目玉焼き。白身の方から食べ始めて。
(一つの黄身の卵だったら、有精卵でも平気で食ってたっけな…)
 可哀相だと思いもしないで、とハタと気付いて苦笑する。酷いもんだと、食べているな、と。
 有精卵はたまに食べるから。そう書かれているシールつきのを、選んで買う日もあるのだから。温めればヒヨコが孵る卵を、命が入っている卵を。
(栄養がつく気がするんだよなあ…)
 思えば卵が可哀相だけれど、それとこれとは別問題。特別な気がする有精卵。
 遠い昔のバロットとやらではないけれど。孵化する前のヒヨコごと卵を茹でてしまって、食べる文化ではないけれど。
 ヒヨコが入った卵を茹でてしまうバロット、今でも一部の地域では食べると聞いた。SD体制が崩壊した後、復活して来た食文化。栄養がつくと、滋養があると。



(…流石の俺もそこまではな?)
 旅行先でバロットを食べて来た先輩は「美味い」と語ったけれども、挑戦する気はまるで無い。好き嫌いが無いのが自慢とはいえ、ヒヨコ入りの卵は心臓に悪い。同じ栄養でも有精卵止まりで、その先は御免蒙りたい。
 ヒヨコ入りの卵を食べる文化や、双子の卵を尊ぶ文化や。
 卵の文化も色々あるなと、前の自分たちの時代とは違うと考えていて。黄身が二つの目玉焼きを美味しく頬張っていて…。
(…待てよ?)
 双子の黄身の片方を口へと運んだ所で、双子の卵が引っ掛かった。
 遠い記憶に、今の自分よりもずっと昔の記憶の端に。双子の卵だと、黄身が二つの卵なのだと。



 前の自分の、遠い遠い記憶。それと重なる双子の卵。
(あったのか…?)
 双子の卵がシャングリラに、と記憶を掴んで手繰り寄せてみたら。
 白いシャングリラで暮らしていた日々を、鶏の卵があっただろう時期の記憶を探ってみたら。
(そうだった…!)
 あの船で鶏を飼っていた時、双子の卵が生まれたのだった。普通よりも大きく生まれた卵。
 これは何かと透視してみた仲間が見付けた、二つの黄身が入っているのを。
 そんな卵は誰も知らないから、大騒ぎになってしまったけれど。変な卵が生まれたらしいと皆が押し掛け、農場にあった卵置き場は時ならぬ賑わいだったけれども。
 ヒルマンがデータベースを調べに行ったら、黄身が二つの卵というのはたまにある話。
 卵を産み始めたばかりの雌鶏が産むことが多いらしくて、条件が揃えば他にも色々。
 SD体制が始まるよりも遠い昔は、卵としては出荷されずに製菓用などとして卸されていたり、逆に喜ばれて双子の卵ばかりを詰めたパッケージが人気を博したり。
 双子の卵はそういったもので、シャングリラで飼っている鶏が産んでも不思議ではなくて…。



 そうは言っても珍しいから、前の自分たちも見に行った。見物客が一段落した後、前のブルーも一緒に出掛けて。
 卵置き場の中の一角、小さな机に置かれた卵。黄身が二つの双子の卵。
「孵るのかい?」
 温めてやれば、と尋ねたブラウ。親鳥が温めればヒヨコが二羽孵るのかい、と。
「どうなのだろうね…?」
 そこまでは調べていなかった、とヒルマンがデータベースを調べに出掛けて、直ぐ戻って来た。双子の卵を孵化させることは、けして不可能ではないらしい。
 親鳥に任せておくのではなくて、人が手助けしてやれば。適切な手段を講じてやれば。
 卵を温める親鳥は何度も卵の向きを変えるけれど、双子の卵にはそれでは足りない。黄身同士が癒着してしまうだとか、偏りすぎて死んでしまうとか。
 それではヒヨコは孵りはしないし、もっと何度も卵の向きを変えるためには人工孵化。
 親鳥の代わりに孵卵器で温め、何度も卵を回転させては、中身がくっつかないように。ヒヨコが無事に生まれてくるよう、せっせと付き添い、世話をしてやる。
 そうすれば孵る、双子のヒヨコ。二羽のヒヨコが一つの卵の殻を破って生まれるという。



「へえ…!」
 凄いじゃないか、とブラウが上げた感嘆の声。ゼルも、ブルーも、前の自分も同様だった。
 今の時代の人間には有り得ない双子。養父母が育てる兄弟はいても、血の繋がりは全く無い。
 鶏の世界でも人が手助けしてやらないと生まれない双子、孵化しないらしい双子の卵。
 けれども、双子の卵は孵る。
 人間の双子は今の時代は生まれないけれど、双子の卵なら孵すことが出来る。一つの卵から命が二つ。双子のヒヨコが生まれてくるから。
「やってみたいねえ…!」
 あたしたちの手で双子のヒヨコを孵したいよ、と言い出したブラウ。ゼルも大きく頷いた。
「マザー・システムとはまた違うからのう…。双子のヒヨコもいいもんじゃ」
 わしは双子ではなかったんじゃが、とゼルが呟いたハンスは弟、同じ年齢ではなくて血縁関係も皆無。機械が選んで組み合わせただけの兄と弟、そういう兄弟だったけれども。
 それでも兄弟には思い入れのあったゼル、双子のヒヨコはゼルの夢を大きく掻き立てた。双子の卵を孵してみたいと、双子の鶏を育ててみたいと。
 前の自分もブルーも夢見た、双子のヒヨコを孵してみようと。白いシャングリラの仲間たちも。



 是非、と願った双子の鶏。誕生を祈った双子のヒヨコ。
 切っ掛けになった双子の卵は、残念なことに無精卵。ヒヨコが孵化するわけがなかった。
 だから誰もが待ったのだけれど、有精卵の双子の卵が生まれたならば、と頑張ったけれど。鶏が大きな卵を産む度、双子の卵だと判明する度、有精卵かと調べたのだけれど。
(とうとう無かったんだったか…)
 双子の卵の有精卵は見付からなかった。
 あれほどに皆が待ったのに。双子のヒヨコを孵してみようと、双子の鶏を育てたいと。
 一つの卵に二つの黄身が入った双子の卵。人間がせっせと世話をしないと孵らない卵。
 双子のヒヨコを孵化させることは、神の悪戯と、人間の手との合わせ技。
 だからこそ白いシャングリラの皆が夢見た、自分たちの手で奇跡の命を、と。
 けれど双子の有精卵はついに生まれず、シャングリラでは生まれなかった奇跡の双子。同じ卵の殻を破って二羽のヒヨコは生まれなかった。そっくりに育つであろうヒヨコは。



(今の時代だと…)
 双子の卵はどうなるのだろう、とデータベースで調べてみたら。
 流石は今の平和な世の中、個人的な趣味で孵化させている人が撮影した画像までがあった。卵を孵卵器で温める所から、二羽のヒヨコの誕生までを。
 卵の殻を中からつついて破って、覗いた二つの黄色い嘴。そうして出て来たヒヨコが二羽。
(本当にちゃんと孵化するのか…)
 こういうものか、と見入ってしまった。
 同じ卵からヒヨコが二羽。双子の鶏、シャングリラでは叶わなかった夢。
 管理出産の時代に抗うかのように、双子のヒヨコを孵そうとしていた前の自分たち。
(…あいつも何度も見に出掛けてたが…)
 双子の卵が生まれたと聞けば、農場に出掛けていたブルー。「今度は有精卵なのかい?」と。
 あれから長い時が流れて、ブルーも自分も生まれ変わった。青い地球の上に。
 人工子宮から生まれるのではなく、母の胎内で育まれて。
 そうして生まれた今のブルーは覚えているのだろうか、双子の卵を?
 前の自分たちが夢を見ていた双子の卵を、奇跡の誕生を待ち焦がれていた双子の卵を。
(明日は土曜か…)
 訊いてみようか、小さなブルーに。双子の卵を覚えているか、と。
 双子の卵に出くわしたことも、きっと何かの縁だから。黄身が二つの目玉焼きを美味しく食べていることも、シャングリラで生まれた双子の卵を思い出したことも。



 次の日、目覚めたら直ぐに思い出した双子の卵。昨夜の双子の目玉焼き。
 これはブルーに訊かなければ、と青空の下を歩いて出掛けて、生垣に囲まれた家に着いて。
 ブルーの部屋でテーブルを挟んで向かい合うなり、早速、問いを投げ掛けた。
「双子の卵を知ってるか?」
「なに、それ?」
 双子ってなあに、卵は幾つも生まれるんじゃないの?
 鳥の種類で違うかもだけど、温める卵が一個だけより、二つとかの方が多そうだけど…。
「双子の卵は卵の数のことじゃなくてだ、本当に双子だ、一つの卵に黄身が二つだ」
 鶏の卵でたまにあるんだ、他の鳥でも生まれるのかは知らんがな。
 この卵は妙に大きいぞ、と思った時には双子だってことがあるんだよなあ…。
「ふうん…?」
 ハーレイ、それに出会ったの?
 黄身が二つの双子の卵を見付けたの…?
「うむ。昨夜、オムレツを作ろうとして卵を出したら、そいつが当たりで」
 もしかしたら、と思ったんだが大当たりだ。ちゃんと双子の卵だったさ。



 オムレツはやめて目玉焼きにして食ったんだが、と話したら。
 せっかくの双子の卵なのだし、黄身が二つの目玉焼きにしたと言ってやったら。
「食べちゃったの!?」
 ハーレイ、双子を食べちゃったんだ!?
 双子の卵を割ってしまって、目玉焼きにしてしまったなんて…!
 酷い、と反応したブルー。あまりに酷いと、食べてしまうなんて酷すぎると。
「安心しろ。…俺も確かめたんだが、普通の卵と何も変わらん。無精卵だった」
 あれを温めてもヒヨコが生まれて来たりはしないぞ、有精卵ではなかったからな。
「なんだ…。それなら、いいよ。食べちゃっても」
 双子のヒヨコが孵る卵を、食べてしまったわけじゃないなら。
「その卵なんだが…」
 覚えていないか、前の俺たちと双子の卵の話なんだが…。
 シャングリラで孵そうとしていただろうが、鶏が産んだ双子の卵を。
 人間が手助けしてやらないと孵らないらしい、ってことで、双子のヒヨコを孵そうとした。
 あの時代の人間にはいなかった双子、そいつを鶏で見てみたい、とな。
「そういえば…!」
 ブラウが言い出したんだったっけね、それでみんなが賛成して…。前のぼくだって。
 ゼルが一番熱心に孵そうとしていたっけね、双子の卵。ハンスと重ねていたんだろうね、双子の鶏。同じ卵から孵る兄弟、それが見たい、って。
「結局、出来なかったがな…」
 卵を孵す用意はあったが、手伝おうと意気込むヤツらも充分揃っていたが…。
 肝心の卵が生まれないままで終わったっけな、双子の卵はいつも無精卵ばかりでな…。



 そうそう上手くはいかんものだな、と苦笑いを浮かべてしまったけれど。
 今の時代は趣味で孵している人もあるのに、と前の自分たちの夢が夢のままで終わってしまったことに溜息をついたけれども。
「ううん、前のぼくたちが頑張った分は評価されたかも」
「はあ?」
 小さなブルーが何を言ったのか、何を言わんとしているのか。それが分からず、思わず漏らした間抜けな声。けれどブルーは笑う代わりに、こう続けた。
「トォニィたちだよ。…自然出産で生まれた子供たち」
 最初はトォニィ、ナスカで生まれた最初の子供。
 SD体制の時代に入って、初めて生まれた本当の子供。人工子宮じゃなくて、お母さんのお腹の中で育った本物の子供。
 今のぼくたちもそうして生まれたけれども、あの時代には誰も思いはしなかったよ。お母さんがいないと子供は生まれてこないってことも、それが正しい道だってことも。
 …前のぼくは全く気付きもしなくて、ヒルマンやエラたちも気付かなかった。
 なのにトォニィたちが生まれたんだよ、ミュウの未来を拓いた子たち。
 トォニィたちが生まれたからこそ、次の時代に人工子宮は無くなったんだよ、SD体制が壊れたせいだけじゃないと思うよ。
 …人はそうして生まれるものだと、お母さんから生まれるものだと、みんなが気付いたからこそなんだよ。トォニィたちが生まれていたから、立派な子供たちだったから。
 前のぼくたちが頑張ってた分、トォニィたちへと繋がったかもね…。



 親鳥任せにしておいたのでは孵化しないという双子の卵。
 それを孵そうとしたくらいだから、管理出産だった時代に双子のヒヨコを誕生させようと夢見て努力していたから。
 有精卵の双子の卵を寄越す代わりに、神様がアイデアをくれたのだろう、と微笑むブルー。
 双子の卵よりも、双子のヒヨコなどよりも。
 もっと素晴らしいものを誕生させてみてはどうかと、本物の子供を育ててみないかと。
 アイデアを貰ったのは前の自分ではなくてジョミーだったけれど、と。
「もしかしたら、と思うんだよ。…神様がくれたアイデアかもね、って」
 双子の卵を孵化させるよりも、本物の子供の方がずっと凄いよ。
 そっちの方が遥かに凄くて、ミュウの未来も、人の未来も正しい方へと向かったんだよ。
 人工子宮になっちゃってたのを、元へと戻したんだから。
 あんなアイデア、そうそう出ないよ、神様がジョミーにくれたアイデアかもしれないよ?
「だが、ジョミーの時代に双子の卵は…」
 もう孵そうとはしちゃいなかったぞ、農場では生まれていたんだろうが…。
 鶏は変わらず飼ってたんだし、双子の卵もたまには生まれていた筈なんだが…。
「とっくに飽きちゃった後なんだけどね、ジョミーがシャングリラに来た頃にはね」
 双子の卵が生まれました、って報告も無くて、見ようと出掛けて行く人も無くて。
 有精卵か無精卵かのチェックなんかもしていなかったよ、卵は食堂に直行だったよ。普通の卵も双子の卵も関係なくって、食堂行き。
 ヒヨコを孵すための卵以外は、全部みんなで食べちゃっていたよ。



 ブルーを継いだジョミーの時代は、既にやってはいなかった。それよりも前になくなっていた。
 すっかり忘れ去られてしまった、双子の卵を孵すこと。双子のヒヨコを孵化させる夢。
「ねえ、ハーレイ。双子の卵を孵そうっていう夢、どうして飽きちゃったんだっけ…?」
 疲れちゃったって覚えは無いけど、待ちくたびれて投げ出しちゃったのかなあ?
 いくら待っても有精卵の双子が生まれてこなくて、もう駄目だ、って放り出しちゃった…?
「そうじゃないだろ、本物の子供で忙しくなって来たせいだろうが」
 …本物と言っても、トォニィたちのような意味での本物の子供とは違ったんだが…。
 人工子宮から生まれた子供たちだが、もう本当に小さな子たち。
 前の俺たちがそれまで見たこともなかったチビが何人もやって来たんだ、双子のヒヨコを育てるどころじゃないってな。
 人間の子供の方が大事だ、そいつを立派に育てにゃならん。なにしろミュウの子供だからなあ、いずれシャングリラを担う予定の新しい世代が来たんだからな。



 雲海の星、アルテメシアで保護した子たち。
 一人から二人、二人が三人、少しずつ増えてシャングリラの中に子供たちの元気な声が響いた。養育部門が必要になって、子供たちはシャングリラの宝物になった。
 双子の卵を孵すよりかは、本物の人間の子供たちを育てる方が遥かに楽しく、夢もある。それに心も惹かれるから。ヒヨコよりかは断然子供で、誰もがそちらに向かったから。
 双子の卵は忘れ去られた、孵そうという夢も消え去った。
 同じ育てるなら人間の子だと、ミュウの未来を担う子たちを育てねばと。



「そっか…。子供たちの方が大切だものね、鶏の双子なんかより…」
 双子の卵を孵しているより、子供たちを育てていかなきゃね…。
「うむ。もっとも、あの時代に双子の子供はいなかったんだがな」
 双子を見たいなら卵を孵してヒヨコの方でだ、人間の双子はまるでいなかったわけなんだが…。
 マヒルとヨギが双子だったと言ってはいたがだ、あれも怪しいもんだしなあ…。
 一卵性の双子なら機械の気まぐれでいたかもしれんが、二卵性の双子は有り得ない。人工子宮に二人は入れん、そういう風に出来てはいない。
 あれはどういう双子だったか、調べようとも思わなかったが、はてさて、どうだか…。
 双子なんだと頭から信じて育てられただけの、他人同士だったかもしれないなあ…。
「前のぼくもマヒルとヨギとは調べていないよ、双子なんだと思っているなら、それでいいから」
 もう兄弟は認めない時代になっていたのに、兄弟で双子。それに一卵性じゃなかった。
 何か理由があったんだろうけど、それは機械が考え出した理由だから。機械の都合は知りたくもないし、マヒルとヨギとが幸せだったらそれで充分。
 …だけど、今では双子もいるよね、本物の双子。一卵性の双子も、二卵性の双子も。
「ああ、いい時代だ」
 神様が双子を創って下さる、本当に本物の双子をな。
 母親のお腹の中で育った、そっくりな双子や、似ていない双子を。
 前の俺たちが頑張って孵そうとしていた双子の卵は二卵性だな、もしも孵っていたならな…。



 本物の双子が存在する時代、機械に管理されない時代。
 人が普通に生まれられる世界、母親の胎内に宿って育って、時には双子になったりもして。
 前の自分たちが生きた時代には無理だった双子、双子の卵で夢を見るのが精一杯だった双子。
 それを二人で語り合っていたら、小さなブルーが瞬きをして。
「…ちょっと双子に生まれたかったかも…」
 ぼくとそっくり同じ兄弟、生まれてたら楽しかったかも…。
 パパにもママにも、どっちがどっちか分からないくらい、そっくりな双子。ハーレイにも区別がつかない双子で、「ぼくはどっち?」って訊いてみたりして。
「いいのか、俺を独占出来んぞ?」
 お前が二人で、そっくりだったら、俺も平等に相手をせんとな?
 片方だけを優先するってわけにはいかんぞ、双子なんだし。
「それは困るよ…!」
 ぼくはぼくだよ、もう一人のぼくにハーレイを取られちゃったら困っちゃうよ…!
「俺だって困る、お前が二人になっちまっていたら」
 ぼくが本物、って主張するお前が二人もいるんだ、いったい俺はどうすりゃいいんだ。
 そっくりってことは一卵性だし、元は一人のお前の筈だぞ。
 二人揃って聖痕つきでだ、右手が凍えて冷たいってトコまで同じお前が二人なんだぞ…!



 有り得なかったと思うけれども、もしもブルーが二人だったら。
 母親の胎内に宿る間に、二人に分かれてしまっていたら…。
 一卵性の双子のブルーで、姿形も心もそっくり同じ。そんなブルーが生まれていたならば…。
「ハーレイ、どうした?」
 ぼくが本当に双子だったら、そっくりのぼくが二人もいたら。
 どっちも同じで、どっちも本物。前のぼくが二人になっちゃった双子。
「二人とも貰うさ、お前は俺のものなんだからな」
 片方だけを選んじまったら、もう一人のお前が可哀相だ。二人一緒に貰ってやらんと。
「…お嫁さんが二人?」
 そんなの出来るの、お嫁さんが二人もいる人だなんて、ぼくは聞いたこともないけれど…。
「さてなあ、なんと言ったもんかなあ…」
 俺が教えてる古典の世界じゃ、嫁さんが二人も別に珍しくはないんだが…。
 今の時代にそれは無いしな、同居人とでも言っておくかな、嫁さんじゃなくて。
 結婚式も挙げてはやれんが、俺と一緒に暮らせるんなら、お前はそれで満足だろう?
 もう一人のお前と俺を取り合いでも、奪い合いでも、毎日一緒に暮らせるのなら。



 ブルーが二人いたとしたなら、本当に双子だったなら。
 二人と結婚するのは無理だし、同居するのが精一杯。二人のブルーを家に迎えて、住まわせて。
 けれども、自分は二人ともきっと愛しただろう。
 二人に分かれてもブルーなのだし、二人ともブルーなのだから。
 どんなに大変だったとしたって、愛情もきっと倍だったろう。
 ブルーが二人に増えた分だけ、そっくり同じな双子になってしまった分だけ。
(こいつが二人に増えるんだな)
 双子に生まれてみたかったかも、と言ったブルーが、小さなブルーが。
 そうして自分を巡って喧嘩で、あるいは二人で膨れっ面で。
(うん、きっとそうだ)
 想像してみて可笑しくなる。
 自分を取り合う二人のブルーを、自分が本物のブルーなのだと言い合うブルーを。



 今は双子が生まれられる時代、そんな光景もまるで夢ではないかもしれない。
 愛したブルーが二人に分かれて、両手に花ならぬブルーというのも。
 双子の卵から生まれて来た夢、ブルーが二人に増える夢。
 それも楽しい、こうして心で夢見て描いて、どうなったろうかと考えるのも。
 本当に双子になっていたなら、ブルーも自分も困るけれども、きっと幸せに暮らしただろう。
 青い地球の上に生まれ変わって、自分と、双子で二人のブルーと。
 幸せはきっと三人分。
 ブルーが一人増えた分だけ、ブルーが二人になった分だけ、幸せの量も増えるのだから…。




            双子の卵・了

※遠い昔にシャングリラで夢見た、双子の卵を孵化させること。叶わなかった夢ですけど。
 その夢がナスカの子たちに繋がったのなら、神様からの贈り物。未来を作るための。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv







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