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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

前世と肉のパイ

(ぼくって、生まれ変わりなんだよね…)
 奇跡みたいな話だけれど、とブルーは心で呟いた。
 お風呂上がりに、パジャマ姿で。ベッドの端にチョコンと腰掛けて。
 そう、まさに奇跡のような出来事。前の自分とそっくり同じ姿形を持って生まれ変わった、この地球の上に。前の自分が行きたいと願った青い水の星に。
 前の自分の記憶が戻る切っ掛けになった聖痕、メギドで撃たれた時の傷痕をそのまま写し取った傷。大量の血が溢れたけれども、何の痕跡も残らなかった。掠り傷でさえも。
 聖痕だけでも奇跡だというのに、神の御業だと思うのに。
 それを上回りそうな奇跡が生まれ変わりで、今の自分は前の自分とそっくり同じ。銀色の髪も、赤い瞳も、顔立ちも前の自分そのもの、まだ幼いというだけのこと。育てば本当に同じ姿になり、見分けもつかなくなるだろう。そういう姿になる筈の自分。
 おまけに奇跡の生まれ変わりは自分一人に留まらなかった。同じ地球の上にもう一人。
 前の生から愛した恋人、ハーレイも生まれ変わって来た。前とそっくり同じ姿で。
 これだけ揃えば、もう偶然であるわけがない。きっと奇跡で、神の力が働いた結果。



 明日は、そのハーレイが訪ねて来てくれる週末の土曜日。
 ハーレイと一日一緒に過ごせる、二人きりの時間をたっぷりと取れる。キスは駄目だと言われているから、唇へのキスは貰えないけれど。前と同じに恋人同士でも、何もかもが前と同じようにはならないけれど。
 それでも二人、恋人同士。
 青い地球の上に生まれ変わって再び出会えた、前世の記憶を取り戻して。
 今の記憶をそっくり残して、前の自分の記憶が積み重ねられた、三百年以上の時の記憶が。
(前のぼくの記憶…)
 ソルジャー・ブルーだった自分の膨大な記憶、何かのはずみに思わぬ記憶が蘇ったりする。白いシャングリラで生きていた頃、見ていたものやら、食べたものやら。
 それは沢山の記憶があるから、探るだけでも一仕事だったり、何か発見して驚いたり。
 ハーレイと二人で幾つも見付けた、前の自分たちには無かったものやら、今の時代だから出来ることやら、様々なものを。
 何度も何度も語り合って来た、前の自分たちの遠い記憶を、生きていた日々を。



 今も遥かな遠い昔へ思いを馳せていたけれど。
 前の自分の記憶を辿っていたのだけれども、ふと浮かんだのが生まれ変わりという言葉。さっき心で呟いた言葉。きっと奇跡だと、神の力が働いたのだと。
(前のぼくの前は…)
 誰だったろう、と前の自分の記憶を探っても、その中には無い前世の記憶。
 ソルジャー・ブルーとして生まれ落ちる前は何処にいたのか、その前の自分は誰だったのか。
 まるで分からない、手掛かりさえも見付からない。前の自分は自分でしかなくて、前世の記憶は何も無かった。ほんの小さな欠片でさえも。
(…なんにも無い…)
 そもそも前の自分自身が意識してさえいなかった。自分になる前は誰だったのかを考えることもしなかった。前世の記憶は持っていなくて、思い出すことも無かったから。
 あの忌まわしい成人検査で記憶を失くしてしまったけれども、前世の記憶もそのせいですっかり消えたわけではないだろう。
 生まれ変わり自体が珍しいもの、それを指し示す言葉はあっても、生まれ変わりの例は少ない。
 前の自分も恐らく最初から、全く持ってはいなかったのだろう。前世の記憶というものを。
 生まれて来る前には誰だったのかも、何処で暮らしてどう生きたのかも。



(前のぼくとハーレイ…)
 惹かれ合った運命の恋人同士。今も二人で生まれ変わって来た、この地球の上に。
 再び出会って、今度こそ共に生きてゆこうと誓い合ったけれど。いつか結婚して共に暮らそうと決めているけれど、前の生で二人、惹かれ合う前はどうだったろう。
 アルタミラで出会ったあの生の前は、自分とハーレイは何処でどうしていたのだろう。
 全く知らない者同士だったというのだろうか?
 一度たりとも出会うことなく、互いに互いの顔も姿も知らずに生きてその生を終えただろうか?
(そうだとしたら、寂しいけれど…)
 出会いもせずに生きていたなら、とても悲しくて寂しいけれど。
 それとは逆に恋人同士で、寄り添い合って暮らしていたのに、忘れてしまったというのも寂しく思える、二人の思い出を失くしたのなら。前の自分になる前の恋を忘れて生きていたのなら。



 けれども、前世のその前の記憶は全く無くて。
 いくら探しても欠片すらも無くて、前の自分が考えた記憶もまるで残っていないから。三百年を超える記憶の中には、前の自分の前世を知ろうとしていた痕跡すらも見当たらないから。
(前のぼくの前は、ハーレイとは赤の他人だったの…?)
 もしも前のハーレイが前世の記憶を持っていたなら、前の自分も探しただろう。二人で暮らした前世の記憶を思い出そうと努力に努力を重ねただろう。
 それを一切しなかったからには、前の生の前には何も無かったに違いない。次の生まで引き継ぐ記憶も、そうして出会いたいほどの固い絆も。
(やっぱり、他人…?)
 前のハーレイと出会う前には、と溜息をついて悲しくなった。
 こんなにハーレイが好きなのに、と。
 前の自分の記憶の中でも、今の自分の心の中でも、ハーレイが誰よりも好きなのに…。



 青い地球の上に二人で生まれ変わるまでは、きっとハーレイと一緒にいた。片時も離れず、手を握り合って。抱き合って二人、同じ所に。
 日に日に強くなる、その感覚。
 前の生での命が尽きた後には一緒だったに違いないと。長い長い時を二人で過ごして、その後に地球に生まれ変わった。また出会えるよう、もう一度二人で生きてゆけるように。
 そしていつかは、其処へと還る。二人一緒に、生まれ変わる前にいた場所へと。
 きっとそうだという気がするから、二人でいたと思えるから。
(前のぼくたちも其処から来たの…?)
 それが何処かは分からないけれど、ハーレイと共にいられた場所。二人一緒にいられる場所。
 前の自分たちも其処からこの世に送り出されて、そしてアルタミラで出会ったろうか。
 必ず出会うと定められていた、運命の二人だったのだろうか。



(それなら、とっても嬉しいんだけど…)
 そうであって欲しいと思うけれども、無い記憶。ほんの小さな欠片ですらも。
 前の自分のその前は無い。
 ソルジャー・ブルーだった自分の、その前が誰であったのかは。
(…ハーレイの方はどうなんだろう?)
 前のハーレイは何も語りはしなかったけれど、もしかしたら覚えていたのだろうか?
 自分の前世が誰であったか、前の自分のその前が誰であったのかを。
 前の生では尋ねようとさえ思わなかったから、ハーレイは語らずにいたかもしれない。自分しか持たない前世の記憶を話してしまえば、前の自分はきっと悲しんだに違いないから。思い出せない自分を激しく責めて、きっと苦しんだに違いないから。
(ハーレイなら、きっとそうするんだよ…)
 前の自分が何も覚えていなかったのなら、それに合わせて振舞ったろう。思い出させようとすることはやめて、それでも愛してくれただろう。前世の自分が恋した相手を、愛した人を。
 だとしたら、可能性はある。ハーレイが前よりも前の自分を、二人の絆を、忘れずに覚えている可能性。キャプテン・ハーレイとソルジャー・ブルーが、その前はどんな二人だったかを。
(…訊いてみるだけの価値はあるよね?)
 明日は訊こう、とメモを取り出して書き付けた。
 一晩眠っても忘れないよう、「前のぼくたちの前世のこと」と。



 次の日、目覚めて見付けたメモ。そうだった、と脳裏に蘇った昨夜のこと。
 是非ハーレイに訊かなければ、と心に刻んで、恋人が訪ねて来るのを待って。部屋でハーレイと向かい合わせに腰掛け、鳶色の瞳を覗き込んだ。
「ねえ、ハーレイ。…前のぼくたちの前を覚えてる?」
「はあ?」
 なんだそれは、と怪訝そうな顔をされたから。
「前のことだよ、前のぼくたちの前世」
「前の俺たちだろ? 俺たちは生まれ変わりなんだし、俺たちの前世は前の俺たちだ」
「違うよ、その前のことだってば! 前のぼくたちになる前のことだよ!」
 前の前のことを覚えているの、と尋ねたのに。
 前の自分は聞いていないけれど、もしかしたら…、と確認してみたのに。
「…すまん、記憶に無い」
 まるで全く覚えてないんだ、前の俺になる前は誰だったのか。何処にいたかも、何をしたかも。
「ハーレイもなの…?」
 ぼくも覚えていないから…。
 ハーレイだったら覚えてるかも、って訊いてみたけど、やっぱり覚えていないんだね…。



 ぼくとハーレイは運命の二人だと思うのに、と言ったけれども。
 生まれ変わる前は何処かで二人一緒に時を過ごして、其処から地球へ来たのだろうと。前の前もきっと同じ場所からこの世に生まれて、あの日、アルタミラで出会ったのだと言ったけれども。
「はてさて、そいつはどうなんだかなあ…?」
 記憶が欠片も残ってないんだ、前の前もお前と一緒だったかどうかは分からん。
 此処へ来る前は一緒だったという気はしてもだ、その前までは前の俺も考えなかったからな。
 前のお前が誰かの生まれ変わりかも、と思ったことすら一度も無かった。前のお前がいれば充分満足だったし、前のお前に生まれて来る前は誰だったかなんて気にしたことも無かったな…。
「それなら、前のぼくたちの前はハーレイとは赤の他人だったの?」
 ハーレイとは会ったことも無くって、名前なんかも知らないままで。ハーレイも前のぼくの前の誰かを見たことも無くて、名前も知らずに終わっちゃった…?
「それもなんだか寂しいなあ…」
 せっかくこうして一緒にいるのに、前の俺たちも一緒にいたのに、その前が赤の他人ではな。
「でしょ?」
 他人だったなんて、あんまりだよ。そんなこと、あって欲しくないのに…。
 前のぼくの前も、ハーレイと出会っていて欲しいのに…。



 そう思うけれど記憶など無い、前世の前世。
 ハーレイと一緒だったと思いたいのに、二人とも何も覚えていない。自分も、ハーレイも、二人揃って覚えてはいない、前の自分たちの前世のことを。
 ハーレイがフウと溜息をついて。
「…お前に言われて気になって来たが、前の俺たちほど派手な手掛かりだって無いしな…」
 どうやって探せばいいのか分からん、手掛かり無しじゃな。
「手掛かりって…? 前のぼくたち、何か派手だった?」
「今の俺たちの姿形というヤツだ。周りのヤツらに「生まれ変わりか?」と訊かれるだろうが」
 俺はもちろん、お前も何度も訊かれた筈だぞ。それこそ記憶が戻る前から。
 そういう手掛かり、前の俺たちの前にもあったか?
「無いね…」
 ヒルマンとエラはデータベースで調べ物をするのが好きだったけれど、前のぼくたちと同じ顔の人を見付けたんなら言ってくるよね。生まれ変わりかどうかはともかく、話の種に。
 そういう話は聞いていないし、前のぼくたちにそっくりな顔の有名人はいなかったんだね…。



 ハーレイはともかく、ブルーはアルビノ。
 成人検査で変化してしまった途中からのアルビノとはいえ、それ自体が珍しい存在なのに。今のブルーも生まれながらのアルビノなのだし、前の前にもアルビノだったかもしれないのに。
 残念なことに、シャングリラのデータベースに入っているほどの有名人のアルビノはいなかったらしい。そういう人物がいたとしたなら、ヒルマンたちが見付けただろうから。
「前のぼくの前は誰だったのか。…アルビノの記録、端から探せば分かるかな…?」
 SD体制に入るよりも前のデータも残ってるんだし、頑張って端から探していけば。
 そうやって前の前のぼくを見付け出せたら、ハーレイの記録も出て来るのかな…?
「おいおい、記録に残るよりも前ってことだってあるぞ」
 ついでに、データベースに登録しないってこともあるから、そうなっていたらまず無理だ。
「そっか…。そういう人も大勢いるよね、マザー・システムが出来る前なら」
 登録するために出掛けてゆくのも面倒だから、って放っておいた人も多かったんだし…。
 きちんと登録していた人でも、写真は入れずに名前だけとか。
 それだとアルビノだったかどうかも謎だし、顔だってまるで分からないよね…。



「うむ。それに人とも限らないしな」
「え?」
 何のことか、とブルーは赤い瞳を瞬かせたけれど。
「前のお前の、そのまた前さ。前のお前はソルジャー・ブルーで、凄かったが、だ」
 顔も名前も誰もが知ってる大英雄だが、今のお前は普通だろうが。
 ソルジャー・ブルーにそっくりなだけの、ごくごく平凡な子供ってヤツで。
「うん。…サイオンもまるで使えないしね」
 前のぼくと同じでタイプ・ブルーなのに、ぼくはとことん不器用だから。
「ほらな。ソルジャー・ブルーの生まれ変わりでも、今じゃ普通の子供なんだ」
 前のお前の、その前となるとどうだったんだか…。
 お前みたいに平凡どころか、人じゃなかったかもしれん。
 俺もお前も人間に生まれていたわけじゃなくて、記録も残らないような動物だったのかもな。



 たとえばウサギ、とハーレイは片目をパチンと瞑った。
「お前、幼稚園に行ってた頃にはウサギになりたかったんだろう?」
 その上、お互い、今はウサギ年だ。教えてやったろ、干支が同じでウサギ年だと。
 だからだ、ウサギだったかもしれんな、前のお前に生まれる前はな。もちろん、俺も。
「ウサギって…」
 ぼくもウサギで、ハーレイもウサギ?
 前のぼくたちになって出会う前にはウサギだって言うの…?
「無いとは言えんぞ、ウサギというのも」
 ウサギのカップルだったんじゃないか、前の俺たちの、そのまた前は。
 白いウサギと茶色のウサギで、何処かの野原で暮らしてたとかな。
「…そんなのがソルジャー・ブルーになれる?」
 ウサギがソルジャー・ブルーになれるの、それにシャングリラのキャプテンにも…?
 だってウサギだよ、ピョンピョン跳ねてるだけなんだよ…?
「それを言うなら、ソルジャー・ブルーがお前になったが?」
 甘えん坊でチビで、サイオンの扱いはうんと不器用で、似ている所は顔だけだってな。
 キャプテン・ハーレイの方にしてもだ、ただの古典の教師になってしまって見る影も無いぞ。
 宇宙船を動かせる免許も持っちゃいなくて、普通の車で道路を走るのが精一杯だと来たもんだ。
 うんとレベルが落ちちゃいないか、俺もお前も、前に比べて。
「落ちてるね…。それじゃ、反対にウサギの出世も…」
 何処かの野原で跳ねてたウサギがソルジャー・ブルーになっちゃうってことも…。
「まるで無いとは言い切れないだろうが、前の俺たちがこうなんだから」
 落差ってヤツを考えてみたら、ウサギがソルジャー・ブルーになっていたって、俺は驚かん。
 前の俺の前はウサギだったと誰かが言っても、ストンと納得しちまうだろうな。



 ハーレイが言い出した、前の自分たちの前はウサギかもしれないという話。
 もしも本当なら、どういうウサギだったのだろうか、と半ば遊びで語り合った。
 きっとSD体制が始まるよりも遥かな昔の、青かった地球。其処に生まれた二匹のウサギ。白い毛皮で赤い瞳を持ったウサギと、茶色の毛皮で鳶色の瞳をしたウサギと。
 どちらも雄のウサギ同士で、本来だったら、出会った途端に喧嘩になるのに。縄張り争いをする雄同士なのに、どういうわけだか、喧嘩の代わりに仲良くなって。
 いつの間にやら同じ巣穴で暮らし始めて、ウサギのカップル。
 白いウサギと茶色のウサギで、昼の間は一緒に遊んで、夜になったら寄り添い合って眠る。同じ巣穴で、それは幸せに。
 来る日も来る日も、仲良く暮らしてゆくのだけれど…。



「…最後は肉のパイかもな」
 ハーレイの言葉に、ブルーはキョトンと目を丸くした。
「なにそれ?」
 肉のパイっていうのは何なの、パイって食べ物のパイのことだよね…?
「うんと有名なウサギの話さ。SD体制が始まるよりも前に書かれた本だな、子供向けの本」
 見たことないか、とハーレイに訊かれたピーターラビット。
 それならブルーも知っていた。たまに絵を見る可愛いウサギ。子供に人気のピーターラビット。元の絵本も読んでいたと思う、幼稚園の頃に。中身は忘れてしまったけれど。
「えーっと…。ウサギの家族のお話だよね?」
 ウサギだけれども服を着ていて、お母さんウサギはエプロンをしてて…。
「そうなんだがな…。お母さんウサギはちゃんといるんだが、お父さんウサギはいないんだ」
 ピーターラビットのお父さんだったウサギは、肉のパイだ。
 元は確かにウサギだったが、肉のパイにされてしまったわけだな。
「えーっ!」
 肉のパイって、それじゃ、死んじゃったの?
 お父さんウサギは殺されちゃったの、肉のパイになってしまったんなら…。



 知らなかった、とブルーは仰天した。幼かった頃に読んだ、可愛い絵本の残酷な中身。
 ピーターラビットの父親のウサギは事故に遭って肉のパイになったのだという。一番最初に出版された絵本の挿絵にはパイの絵が入っていたらしい。父親のウサギで作られたパイ。
「お父さんウサギは、野菜を食べに出掛けて行った畑で事故に遭ったんだ」
 そして畑の持ち主の奥さんにパイにされちまった。肉のパイにな。
「事故って…。車にはねられちゃったとかじゃないよね?」
「絵本に事故の話は書かれちゃいないが、罠にかかったか、捕まったか…」
 だが、前の俺たちの前のウサギが肉のパイとなったら、キースの出番のような気がするぞ。
「…キースが畑?」
 あのキースが畑仕事をしてるの、なんだか似合わないけれど…。畑仕事も、畑にいるのも。
「畑仕事をさせてやってもかまわないんだが、あいつの場合は狩猟だろうな」
 狩りだ、狩り。それも仕事で狩りをしている猟師ではなくて、遊びの方で。
 あの忌々しい野郎に上等な立場をくれてやりたくはないんだが…。
 汗水垂らして畑仕事で充分なんだが、あいつがやるなら遊びの狩りだ。ピーターラビットの話の国では、狩りは貴族の趣味だったんだ。



 仕事ではなくて、道楽で狩りをしていた貴族。
 馬に乗ってのキツネ狩りやら、如何に沢山の獲物を撃つかを競う狩りやら。食べる物には不自由しないのに、鳥やウサギを狩っていた。自分の腕前を披露するために。
 そういう狩りをするのがキースで、ウサギのブルーは遊びで撃たれてしまいそうだとハーレイは頭を悲しげに振った。キースに姿を見られた途端に、今日の獲物は肉のパイだと一瞬の内に。
「白いウサギは目立つからなあ、茶色いウサギと違ってな」
 ピョンと跳ねなくても、座ってるだけで見付かっちまう。あんな所にウサギがいるぞ、と。
「ぼく、撃たれちゃうの?」
 ウサギだから何もしていないのに…。メギドを沈めるわけじゃないのに。
「キースが出てくりゃ、撃たれるだろうな」
 なにしろ暇を持て余した貴族ってヤツだ、銃を持ってりゃ撃つんじゃないか?
 館に帰れば御馳走が山ほどあったとしたって、自分が撃った獲物を食うのは格別だろうし…。
 その上、珍しい白いウサギとなったら、よほど慈悲深いヤツでなければ撃つだろうさ。



 そしてあいつは撃ちそうなんだ、とハーレイは苦い顔をした。
 きっと遊びで撃つに違いないと、館に肉が余っていたって白いウサギを撃つだろうと。
 ハーレイは今もキースが嫌いだから。前のブルーを撃ったキースを、今も許してはいないから。
「もしも、お前が撃たれちまったら、俺は出て行く」
 キースの野郎がお前を撃ったら。ウサギのお前が目の前で倒れちまったら。
「出て行くって…。何処へ?」
「決まってるだろう、キースの前へだ」
 お前の仇を討ちに行くんだ、ウサギの蹴りは強いんだからな。キースに一発お見舞いしてやる、俺の後足で思い切り蹴って。
「撃たれちゃうよ? そんなことしたら、ハーレイまで…」
 キースに銃で撃たれてしまって、ハーレイだって死んじゃうじゃない…!
「かまわんさ。キースに一矢報いられたら万々歳だし、駄目でも一緒に肉のパイだ」
 お前と一緒に肉のパイになれるんだったら、俺は撃たれてもかまわないんだ。
 キースに蹴りをお見舞い出来ずにパイになっても後悔はせんな、お前と一緒にパイなんだから。お前を失くして生きてゆくより、一緒に肉のパイになる方が遥かに素敵だろうが。
 パイになってもお前と一緒だ、キースに食われる時も一緒だ。



 そういうウサギのカップルだったかもな、と微笑むハーレイ。
 ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイになる前の俺たちの前世、と。
 同じ巣穴で仲良く暮らして、一緒に眠って、同じ肉のパイになってまで一緒だったから。
 最後まで離れずに一緒にいたから、次も二人で生まれて来たと。
 ウサギから人になったけれども、ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイだったけれども。
「ハーレイと一緒にウサギのパイ…」
 前のぼくたちの前は肉のパイなの、ウサギに生まれて?
 キースの遊びで撃たれてしまって、二人で肉のパイだったわけ…?
「嫌か、ウサギのカップルで最後は肉のパイになるのは?」
 そんな悲惨な結末よりかは、今みたいに普通の人間がいいか、俺と二人で…?
「ううん、ハーレイと一緒だったらウサギのカップルでいいよ」
 おんなじ巣穴で一緒に暮らして、一緒に遊んで。
 もしもキースに撃たれちゃっても、それまでのぼくは、うんと幸せだと思うから。
 ウサギのハーレイといつも一緒で、眠るのも一緒。
 それに…。



 ハーレイが追い掛けて来てくれるんなら、と嬉しくなった。
 ウサギの自分が撃たれてしまったら、仇を討ちにキースを蹴りにゆくと言ってくれたハーレイ。姿を見せてしまったら最後、たとえキースを蹴れたとしたって、ハーレイも撃たれてしまうのに。
 逃げ切る前に一発撃たれて、ハーレイも肉のパイになるのに。
 そうなることが分かっているのに、ウサギのハーレイはキースの前に出てゆくという。同じ肉のパイになれるのならいいと、パイになっても二人一緒だと。
 前の自分もその約束をして貰ったのに、それは叶わなかったから。
 前の自分の寿命が尽きる時には一緒に逝くとハーレイは誓ってくれていたのに、叶わないままで終わったから。
 ハーレイをシャングリラに独り残して、メギドへ飛んでしまった自分。
 ジョミーを頼むと言葉を遺して、ハーレイに後を追わせなかった。ミュウの未来を守るためにはハーレイが必要だったから。シャングリラを地球まで運ぶためには、キャプテン無しでは駄目だと充分に分かっていたから。
 だからハーレイは最後まで一緒に来てはくれなかった、独りで死んでゆくしかなかった。
 けれども、ウサギのハーレイは違う。肉のパイになっても最後まで一緒で、自分を最後まで追い掛けてくれる。本当に最後の最後まで。肉のパイになってキースに食べられるまで。



 なんという幸せなウサギだろうか、とブルーは前の自分の前のウサギを思い描いた。
 地球が滅びてしまうよりも前の遠い昔に、何処かの野原で跳ねていたウサギ。真っ白なウサギ。茶色いウサギのハーレイと出会って、一緒に暮らして、そして最後は…。
「ぼくはかまわないよ、肉のパイでいいよ」
 ハーレイと一緒に、肉のパイ。キースの遊びで撃たれちゃっても、肉のパイでも。
「ウサギでいいのか、前のお前のその前ってヤツは?」
 白いウサギと茶色のウサギのカップルでいいのか、俺もお前もウサギ同士で。
「うん、なんとなく納得したから」
 きっとハーレイと一緒だったら、ぼくは幸せになれるんだよ。
 野原で暮らして、巣穴で眠るウサギのカップルでも。
 キースが出て来て遊びで撃たれることになっても、肉のパイでも、ハーレイと一緒なんだから。



 そんな前世でかまわないよ、と笑顔で応えた。
 ソルジャー・ブルーになる前の自分、それよりも前の前世の自分。
 偉くなくても、人でなくても、幸せなら…、と。
 ハーレイと二人で暮らすことが出来て、最後まで二人、離れることなくいられたのなら…、と。
「おいおい、最後は肉のパイだぞ?」
 俺もお前も肉のパイにされて、キースに美味しく食われるんだが…?
 俺はお前を追い掛けるんだから、肉のパイでも悔いの無い人生っていうヤツなんだが…。
 ウサギで人生というのも妙だが、俺は満足して死ねる。しかし、お前は…。
 俺よりも先に撃たれちまった白いウサギは、ちゃんと幸せだったかどうか…。
「幸せだったに決まっているよ。ハーレイと一緒に暮らしたんだから」
 それに、撃たれて肉のパイになるのは、キースが出て来た時だけでしょ?
 キースなんかが出て来なかったら肉のパイにはならないよ、きっと。
 最後までハーレイと幸せに暮らして、死ぬ時もきっと、どっちが先でもないんだよ。二人一緒に寝ている間に天国に行って、気が付いたら天国に着いてるんだよ…。



 前の自分の、その前の前世。ウサギだったかもしれない自分とハーレイ。
 白いウサギと茶色いウサギで仲良く暮らして、最後は肉のパイかもしれない。キースに撃たれて二人一緒に、肉のパイになって。
 そうは言っても、何も起こらず、天寿を全うしたウサギのカップルかもしれないから。
 最後の最後まで幸せ一杯に生きたウサギだったかもしれないから。
 ウサギだった前世も悪くないと思う、ハーレイと二人で野原で暮らしていたウサギ。
(でも、肉のパイになったとしたって…)
 きっとかまわない、肉のパイでもかまわない。
 キースに遊びで撃たれる最期は癪だけれども、ハーレイが追い掛けて来てくれるから。キースに蹴りをお見舞いしようと飛び出してくれて、その蹴りがキースに届かなくても、最後は一緒。
 ハーレイと二人で肉のパイになって、食卓に上る。同じパイになって、同じテーブルに。
 そうしてキースに食べられるけれど、最後まで一緒なのだから。
 肉のパイになっても二人一緒で、二人で天国へゆくのだから。
 前の自分はハーレイと一緒に行けなかったけれど、ウサギだった自分はそれが出来るのだから。



 そう考えたら、ウサギだった前世も幸せだろうと思うから。
 たとえ最後が肉のパイでも、ハーレイと一緒で幸せだったと思うから…。
「ねえ、ハーレイ。…ウサギのパイって、どうやって作るの?」
 肉のパイの作り方、ハーレイ、知ってる?
 ぼくはウサギのお肉を売ってるお店も、一度も見たことないんだけれど…。
「ん? それはな…」
 まずはウサギを捌く所からだな、毛皮がついてちゃ食えんしな?
 こら、間違えるなよ、俺がウサギを撃ったわけではないんだからな。あくまで知識だ、ウサギの肉の料理の仕方というヤツだ。
 それでだ、ウサギのパイはだな…。



 頭を切り落とす所から始まる、ウサギのパイの作り方。
 ハーレイは作ったことがあるのか、それとも単なる知識なのかは分からなかった。
 「美味いんだぞ」と言われただけで。
 そういうパイが食べられる店も知っているから、いつか一緒に食べに行くかと誘われただけで。
 前世の話からウサギのパイへと少し話は外れたけれども、幸せな土曜日。
 ハーレイと二人、前世のその前は肉のパイかも、と笑い合いながら。
 前の前の自分たちの味がするパイを食べに行こうかと、物騒な約束を交わしながら。
 そう、肉のパイでもかまわない。そんな前世も悪くない。
 ハーレイと一緒に暮らせたのなら、最後まで一緒だったなら。
 だから今度も二人一緒に、何処までも行こう。
 手を繋ぎ合って二人、青い地球の上で…。




            前世と肉のパイ・了

※今のブルーたちは生まれ変わりですけど、前のブルーたちの前はどうだったのか。
 もしも二人ともウサギだったら、と交わした話。たとえ最後は肉のパイでも、幸せなのです。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv








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