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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

リオの思い出

(…えっ?)
 バスの中、チョンチョンと膝をつつかれた。
 学校からの帰りに乗った路線バス。空いていたら座るお気に入りの席で。
 誰、と見れば小さな男の子。
(幼稚園くらい?)
 そんな年頃、幼稚園の制服は着ていないけれど。
 可愛らしい笑顔と、ブルーの方へと差し出された手。幼い子供の小さな右手。この手がつついて来たんだな、と眺めた手首にブレスレットが嵌められていた。握手のマークつきの。
(あ…!)
 手と手を握った握手のマーク。それはブルーも知っていたから。
 男の子の周りに視線を移せば、その子の母親の姿があって。「お願いします」と下げられた頭。ずっと年下のブルーに向かって、それは丁寧に。
 この状況では仕方ない。断ることなどとても出来ない。「はい」と応えて男の子の手をキュッと握った。握手するように。
 思念波の扱いは苦手だから。こうして手と手を握り合わせるのが一番だから。



 手が触れ合ったら、流れ込んで来た男の子の思念。
『お兄ちゃん、学校?』
『うん。学校が終わって帰るところ』
『学校、遠いの?』
『そうじゃないけど…。ぼくには少し遠すぎるんだよ、歩いて行く子も多いけどね』
 ふうん…、とニコニコと笑顔の子供だけれど。好奇心旺盛な子供らしいけれども。
 口が利けない。
 ブレスレットの握手のマークはそういう印。思念波で会話をお願いします、と。
 人間が皆、ミュウになった今の世界では、思念波は普段は使わないから。思念波に頼っていると言葉を話す能力を失くしてしまうから、会話は言葉で。それが常識、社会の中での約束事。
 けれど、喋ることが出来ない人間もいるから、そういう人との会話は思念波。そうだと気付いて貰えるようにと握手のマークをつけている人。ブレスレットだったり、ペンダントだったり。
 この男の子も、その中の一人。



(リオ…)
 遠い昔に口が利けない仲間がいた。前の自分がいたシャングリラに。
 その仲間の名を、頭の中でふと呟いた途端。
『お兄ちゃん、すごい!』
『え?』
 凄い、と弾けた男の子の思念波。輝く瞳が見上げて来た。
『ホントにソルジャー・ブルーみたい!』
 ぼくの名前を当てちゃうなんて、と感心している男の子。誰も当てられなかったのに、と。まだ質問もしていないのに、ぼくの名前を当てちゃった、と。
『えーっと…。リオ?』
『うんっ! お兄ちゃんの所に来てよかった…!』
 ソルジャー・ブルーのような姿だったから、話がしたくて来たのだと言う。離れた座席に座っていたのに、母に頼んで連れて来て貰って。
 本当に本物のソルジャー・ブルーだ、と大喜びではしゃぐ男の子。本物に会えたと。
『違うよ、ぼくは普通の学校の生徒で…』
『でも、当てたもん! ぼくの名前を、ぼくが当ててって言わない内に!』
 そんなことが出来た人は一人もいない、と大感激の子供だけれど。リオという名前は読み取ったわけではなくて偶然の一致、自分はそこまで器用ではない。タイプ・ブルーのくせに不器用。
 このまま会話を続けて行ったらガッカリさせてしまいそうだし、どうしようかと焦っていたら。
 次のバス停で降りるから、と男の子の母親が合図して来た、思念波で。
 「お兄ちゃんとのお話、もうおしまいよ」と。



 ホッと安堵して、握り合っていた手を離した。「またね」と思念波で伝えておいて。
 母親が「ありがとうございました」と深々と頭を下げるから。
「どういたしまして。ぼくでお役に立てたでしょうか?」
「ええ、もちろん。本当にソルジャー・ブルーでしたわ、この子の言う通り」
 どうしても話をしてみたい、と強請られて連れて来た甲斐がありましたもの。
「違いますよ、ぼくは…! ぼくはソルジャー・ブルーなんかじゃ…」
 見た目だけです、本当にただの子供ですから…!
「でも、この子にとっては本物のソルジャー・ブルーですわ」
 ありがとう、とバスから降りて行った親子。男の子は大きく手を振っていた。バスには思念波を遮断する仕掛けが施されているから、もう思念波は届かないけれど。
 あの男の子は、そのせいで会話が出来なくなったと信じて帰ってゆくだろうけれど。
 ソルジャー・ブルーだと信じた相手のサイオンが不器用なことも知らずに、本当は思念波すらもロクに紡げない人間だったとは気付きもせずに。



(ぼく、勘違いされちゃった…)
 ソルジャー・ブルーと間違えられてしまった、さっきの男の子に。
 姿形が似ているだけでサイオンの扱いはとことん不器用、思念波での会話にも自信が無いから、手と手を握り合わせて話をしていたのに。
 でも本物ではあるんだけどね、と苦笑しながらバスに揺られて、家の近くのバス停で降りて。
(リオ…)
 走り去ってゆくバスを見送った。ほんの束の間、バスの中で話した男の子。先にバスから降りて行ったから、今頃はもう家に帰り着いているだろう。バスでソルジャー・ブルーに会ったと、話が出来たと興奮しながらおやつを食べているかもしれない。
 まさかあの子もリオだったなんて。リオという名前の子だったなんて。
 きっと生まれつき口が利けなかったから、つけられた名前。
 あやかりたい、と。
 前の自分が、ソルジャー・ブルーが知っていたリオに。その名を思い浮かべたリオに。



 家に帰って、着替えを済ませて、ダイニングのテーブルでおやつの時間。ケーキを食べながら、またさっきの子を頭に描いた。帰りのバスで出会った子供を、小さなリオを。
(リオかあ…)
 白いシャングリラにいた、本物のリオ。あの子と同じに口が利けなかったリオ。話す時には常に思念波、リオの肉声はついに知らないままだった。ただの一度も聞かずに終わった。
 悲鳴さえも上げられなかったリオ。声を出せる身体ではなかったから。そのための器官を欠いて生まれて、最後まで何も話せなかった。自分の声では、肉体を使った本物の声では。
 けれども、バスで出会ったリオ。あの男の子は、もうすぐ口が利けるようになる。本物の自分の声で話せる、思念波ではなくて肉体の声で。
 今は医学が進んだから。生まれた時には欠けていた器官を作ってやることが出来るから。
(小さい間は出来ない手術…)
 技術的には可能だけれども、子供の心のことを考えて先延ばしにする。手術を受けるには何度も診察が要るし、手術の時には入院だって。小さな子供には重い負担で、酷だから。
 今の時代なら思念波での会話に不自由はしないし、ある程度大きくなってから手術。下の学校へ上がる前とか、上がってからの夏休みとかにするのが普通。
 手術を受けるまでの間は、あの子もつけていた握手のマーク。それを何処かにつけておく。
 「思念波でよろしくお願いします」と、誰もに分かって貰えるように。
 本物のリオが生きた時代に、そういうマークは無かったけれど。思念波などを使ったりすれば、処分された時代。ミュウと判断され、消されるしかなかった悲しい時代だったのだけれど…。



 時代はすっかり変わったよね、と感慨深くケーキを食べて、紅茶も飲んで。
 キッチンの母に空になったお皿やカップを返して、二階の自分の部屋に戻って。勉強机に頬杖をついて、またリオのことを思い出す。バスで出会った小さなリオを。
(ぼくよりも器用だったよ、リオ…)
 自分の名前を当てられないよう、隠しておくことが出来るリオ。
 多分、名前を訊かれた時には偽の情報を流すのだろう。ぼくの名前はこれなんだよ、と。本当の名前は読まれないように心の底へと仕舞っておく。鍵がかかった心の小箱に。
 思念波は心の声なのだから、嘘をつくのは難しい。隠したつもりでもポロリと真実が零れ落ちてしまう、相手の心に届いてしまう。
 そうならないよう上手くやるには、かなりの技と才能が要る。才能が無い人間は努力あるのみ、ひたすら訓練するしかない。思念波を巧みに操れるように、遮蔽も完璧になるように。
 前の自分ならば容易かったけれども、今の自分には出来ない芸当。
 努力云々以前の問題、思念波で自由に会話する所から始めなくてはいけないレベルで…。



(逆になっちゃった…)
 自分よりもリオの方が上。今日のリオにしても、本物のリオでも。
 もっとも、バスで会ったリオは勝手に勘違いして、尊敬の眼差しで見ていたけれど。自分の名を言い当てられたと思って、大感激ではしゃいでいたけれど。
 本物のソルジャー・ブルーに会えたと、話が出来て嬉しかったと。
 そのリオの方が本当は凄い、今の不器用な自分よりも。リオは気付いていなかったけれど。
(本物のリオなら…)
 今、出会ったなら、リオの方が上。
 もう間違いなく上だけれども、白いシャングリラにいた頃は違った。
 前の自分はソルジャー・ブルー。ミュウの長であり、サイオンも誰よりも強かった。前の自分の方が上だった、本物のリオを前にしたって。
 リオを見付けて、救出するよう指示を出したのも、ソルジャー・ブルーだったのだから。



 雲海の星、アルテメシアに潜んでいた頃。白い鯨の中から探した、ミュウの子供を。
 初めの間は助けを求める声を聞いては飛び出していたのが、いつしか先回りするようになった。子供たちを管理していたユニバーサルの情報網に潜り込んでは、要注意の子を見付け出して。
 これは危ないと思った時には潜入班の出番で、ミュウと判断された子供が処分される前に救い、シャングリラへと連れて来た。リオもそうして助けられた一人。



 口が利けない子だったリオ。
 喋れないから、懸命に紡いだ思念の声。それでも最初は上手くいっていた、思念波が何かを知る者は誰も周りにいなかったから。
 喋れないのにカンのいい子だと思われた程度。リオが紡いでいた思念の声はまだ周囲に届かず、相手の心を読んでいることにも誰も気付いていなかったから。
 けれど、少しずつ力を伸ばしていったサイオン。手を触れずに物を動かしてみたり、声なき声が相手の心に直接届き始めたり。
 「カンのいい子」は「気味の悪い子」になってしまって、リオは養父母や友達といった人々から孤立し、ついに通報された。ユニバーサルの監視部門に、普通ではない子供がいると。
 監視対象になって間もなく、ミュウだと断定されたリオ。
 ミュウの処分を専門とする特殊部隊が駆け付ける前に、潜入班に救い出された。雲海に潜む白いシャングリラへ連れて来られた。
 楽園という名の白い鯨へ、ミュウだけが暮らす箱舟へと。



 特殊部隊には出会わなかったけれど、危険は察知していたリオ。
 もしもシャングリラに救われなければ、自分はきっと殺されていたと分かっていたリオ。
 それほど敏い子供だったのに、養父母たちを信じていた。通報したのは両親や友達ではないと、悪い誰かがそうしたのだと。
 だからその心を尊重しておいた、無垢な心を傷つけたくはなかったから。まだ柔らかで幼い心に負の感情を植え付けることは良くないから。通報したのは悪い誰かだと教えておいた。本当の所は違ったけれども、あえて真実を知らせることもあるまいと。
 幼かったリオは両親の家に帰りたがって泣いたけれども、帰れない。家が恋しいと毎日のように泣きじゃくっていても、悪者がいるから、もう帰れない。
 家に帰れば、また悪者に通報されてしまうから。今度は無事に逃げる代わりに、殺されてしまうだろうから。



 家に帰れないと悟ったリオはシャングリラで暮らして、思念波で交わす会話にも慣れて、友人も出来た。大人たちにも可愛がられた、口が利けない分、誰もが余計に目を掛けてやった。
 ソルジャーだった前の自分も、リオが早くシャングリラに馴染めるようにと心を配った。
 そうしてシャングリラでの暮らしを受け入れたリオは、人類の世界で孤立していた頃に強い心を育んだらしく、意外にも芯の強い子だった。こうと決めたら譲らない意志の強さも持っていた。
 自分の意見が正しい筈だと、シドとも喧嘩したくらいに。周りの子供たちにも止められなかった派手な取っ組み合いの喧嘩を。



 やがて少年へと成長していったリオの才能、新しくシャングリラにやって来た子供と直ぐに打ち解け、仲良くなること。
 船に来たばかりの子供は酷く怯えているのが普通だったのに、リオの前では笑顔になった。涙を零して蹲っていた子も、頑なに部屋に閉じ籠もっていた子も。
 口が利けない子供だったからこそ、新しい仲間と築きやすかった信頼関係。あれこれ声を掛ける代わりに、そっと寄り添って心をほぐした。かつては自分も同じだったと、この船に来た頃は同じ気持ちで過ごしていたと。
 思念波だからリオの誠実な人柄と優しさが伝わる、相手の心に染み透ってゆく。思念波だけしか使えないから、肉体の声を使えないから、懸命な気持ちが相手に伝わる。
 どんな子供もリオに懐いた、まるで昔からの友達のように。
 シャングリラに連れて来られる前から親しくしていた先輩に再会したかのように。



 これは素晴らしい才能だ、と皆が一目置いたリオ。
 引っ込み思案の子も、気難しい子も、リオにかかればアッと言う間にシャングリラに馴染んだ、此処が家だと。新しい仲間と家が出来たと、シャングリラでの暮らしを受け入れた。
 そんなリオだから、ヒルマンが教える教育課程を終えた後には、当然のように養育部門へと配属されて行ったのだけれど。子供たちの世話を任され、子供たちも懐いていたのだけれど。
 暫く経ったら、本人は潜入班になりたいと志願し始めた、最初から助けてやりたいと。
 生まれ育った世界から追われ、不安な心でシャングリラへと向かう小型艇に乗せられるミュウの子供たち。その子供たちをサポートしたいと、もう怖くないと安心させてやりたいのだと。



 言い出したら聞かない、強い子だから。意志が強かったリオだから。
 潜入班になるために必要な全てを見る間に覚えた、サイオンでデータを誤魔化す技術も、様々なタイプの小型艇を操縦する方法も。
 それらをリオが覚えた以上は、残るは適性検査だけ。合格しない筈がなかった、精神力の強さを問われる検査だったから。窮地に陥っても切り抜けられるだけの強さがあれば合格だから。
 一度目の検査で見事に合格、養育部門から潜入班へと移ったリオ。
 実際に救出活動を始めさせたら、他の者とは比較にならない好成績を叩き出した。リオが助けて連れて来た子は、シャングリラに馴染むのがとても早いと評判になった。
 だから救出が難しそうな子はリオの担当。救出の途中で銃撃戦に巻き込まれたりした子は、心に深い傷を負うから。自分が本当に救い出されたのか、攫われたのかも冷静に判断出来ないくらいにパニックになってしまうから。
 時にはシャングリラの方が悪者なのだと思い込みがちな子供たち。シャングリラが自分を見付けなければ、誰も自分を襲おうとはせず、あのまま暮らしていられたのだと。
 そう考えている子供たちにもリオは寄り添った、どんなに「悪者」と罵られても。自分を攫った悪い奴だと泣きじゃくられても、根気よく、優しく、けして怒らず。



 前の自分はリオの能力を高く評価し、直属の部下として扱った。
 潜入班の指揮はキャプテンの仕事で、ソルジャーの管轄ではなかったのに。
(前のぼくの直属…)
 そんな立ち位置の潜入班員は、リオの他にはいなかった。他の者では務まらなかった、精神力が足りなさすぎて。長時間の緊張を強いられる救出作業は、それを一人でこなすことは。
 一番信頼していたリオ。
 この救出は難しそうだ、と思った時には迷わずリオを指名した。他の者たちはサポートに回し、リオを単独で向かわせていた。
 リオは期待に見事に応えた、一度も失敗したことは無かった。
 だからこそジョミーの時も任せた、前の自分を継いでソルジャーとなる筈のジョミーの時も。
 シャングリラに迎えられたジョミーが船に馴染めず、アタラクシアに帰せと怒った時にもリオに送らせた、リオならば上手くやるだろうから。



(…リオでも敵わなかったんだけどね…)
 あまりにも強情だったジョミーは、リオの手に余った。ジョミーはリオを散々振り回した末に、ユニバーサルに捕えられるという有様で、リオまで捕まってしまったけれど。
 リオは拷問に等しい心理探査を受けたけれども、それでも無事に救出された。精神崩壊を起こすことなく、精神に異常を来たすことなく。
 リオだったから戻って来られたのだと思う、あれだけの目に遭わされても。
 他の者たちなら、船に戻れても、前と同じに暮らしてゆくことは無理だっただろう。心に負った傷が深すぎて、閉じ籠もるか、あるいは一人でいることが出来なくなるか。
 けれどもリオはそうはならなかった、まるで何事も無かったかのように船に戻って、ジョミーを嫌いもしなかった。お前のせいだと責めもしないで、それまでと変わらずジョミーに接した。



 ジョミーがシャングリラに馴染む過程で、リオの力は大きかったと言えるだろう。
 前の自分はジョミーを連れ戻す時に体力を使い果たして、ジョミーを連れてシャングリラの中を回りたくても、そうすることは出来なかったから。
 代わりにリオにジョミーを任せた、「今までの子供と同じつもりで頼むよ」と。
 リオは快く引き受けてくれた、ジョミーを最初に救い出した潜入班員として。前の自分の直属としての立場で働いてくれた、ジョミーがシャングリラに溶け込めるように。
 きっとリオだから上手くやってくれた、ジョミーが怪我を負わせてしまったキムとの仲直りも、他の仲間たちの厳しい視線を柔らかく変えてゆくことも。



 強くて有能だったリオ。前の自分が信頼したリオ。
 前の自分が深く眠ってしまった後にも、リオはジョミーを支え続けた。シャングリラでのリオの肩書きは特に何も無くて、アルテメシアを離れたせいで潜入班の仕事も無くなったのに。
 リオがその才能を発揮できる場所は、シャングリラの中にはもう無かったのに。
 それでもリオはジョミーを守った、かつて自分が救出して来た新しい仲間を、今はソルジャーとなったジョミーを、ただひたすらに。
 シャングリラの者たちがジョミーを責めても、赤いナスカで古い世代と新しい世代が睨み合った時にも、リオはジョミーの味方についた。何が起こっても自分だけは、と。自分だけはジョミーの側にいようと、ジョミーを理解し、寄り添わねばと。
 前の自分が「頼むよ」とジョミーを任せたから。「今までの子供と同じつもりで」と。



 リオは最後までジョミーを守ろうと頑張り続けた、本当に最期の瞬間まで。
 シャングリラが辿り着いた死の星だった地球、其処へと降りるメンバーの中にリオは選ばれず、船に残っていたというのに。
 そのままでいれば生き延びたろうに、リオは燃え上がる地球へと向かった。たった一人で、船を離れて。もう一人乗せて飛ぶのが精一杯の小型艇を選んで、ジョミーを救いに燃える地球へと。
 リオが操る小型艇が何処に着陸したのか、記録は何処にも残っていない。
 けれどもリオは確かに地球に辿り着き、ジョミーを救おうと地下を目指した。その途中で地震で崩れ落ちた岩盤、巻き込まれそうになった人類の女性を助けて、リオが代わりに下敷きになった。
 リオは彼女に「逃げろ」と思念波で伝えたという。「行って」と、「早く」と。
 それが強かったリオの最期の姿で、リオに救われたリボーンの女性が証言した。自分はミュウに助けられたと、口の利けない青年だった、と。
 そうしてリオも英雄になった、記念墓地に墓碑がある英雄に。
 燃え盛る地球で人を救った勇気あるミュウの青年だったと、彼は人類にも手を差し伸べたと。



(だから、あの子も…)
 帰りのバスで会ったあの子も、リオなのだろう。
 口が利けなくても強い子であれと、リオのように優しい子になるようにと。
 今の時代は、あのリオももうすぐ口が利けるようになるけれど。病院での診察や手術をするのに必要な入院、そういったことが負担にならない年齢になれば、手術を受けて。
 自分の声で話せるようになったら、あの子はリオという名の普通の少年、他の子供と変わらない暮らしが待っている。会話をするのに思念波は使わず、自分の声で話して、笑って。
 今はまだ、本物のリオと姿が重なるけれど。
 「思念波でお願いします」という握手のマークのブレスレットで、リオだけれども。
 口が利けなかった本物のリオと、今日のリオとが重なるけれど…。



(ハーレイ、なんて言うだろう?)
 リオに会った、と話したならば。
 帰りのバスでリオに出会ったと、子供だったと話してみたい。前のハーレイもリオの才能を高く買っていたし、ジョミーを最後まで支え続けたことも知っているのだから。
 今日のリオは別人だったけれども、ちょっと愉快な出来事として。
(だって、リオだものね…?)
 しかも自分をソルジャー・ブルーと間違えたリオ。
 そういうリオにバッタリ会ったと、声を掛けられたと話してみたい。
(今日はハーレイ、来てくれないかな…?)
 どうなんだろう、と窓の方を何度も眺めていたら、チャイムの音。窓に駆け寄り、門扉の方へと手を振った。其処にハーレイが立っていたから、大きく手を振ってくれたから。



 部屋に来てくれたハーレイと、お茶とお菓子が置かれたテーブルを挟んで向かい合わせ。紅茶をコクリと一口飲んでから、切り出した。
「あのね…。今日、帰りのバスでリオに会ったよ」
 幼稚園くらいの男の子。ぼくが座ってたら、声を掛けて来たよ。
「リオって…。本物のリオか?」
 あいつが幼稚園児になっていたのか、あのリオが…?
「まさか。リオっていう名前は本物だけどね」
 本当に本物のリオだったけれど、あのリオじゃないよ。前のぼくたちが知ってたリオとは別人。
 でもね、その子は喋れないんだ、握手のマークのブレスレットをつけてたよ。
 ぼくと話をしたのも思念波、ぼくは思念波を上手く使えないから、ホントに握手になったけど。
 握手しないと喋れないのに、その子は気付かなかったんだよ…。



 こんな子だった、とバスで会ったリオの話をした。
 ソルジャー・ブルーにそっくりだから、と声を掛けに来た男の子。握手のマークで本物のリオを思い出したら、自分の名前を言い当てられたと驚いていた、と。
 本物のソルジャー・ブルーに会ったと大感激で、サイオンの扱いが苦手な自分は焦ったのだと。
「…あのまま話を続けていたらね、絶対にボロが出たんだよ」
 もっと何かを当ててみて、って言われたって、ぼくには出来っこないし…。
 そうなる前にお別れだったから、本当にホッとしたんだけれど…。
「お前は焦ったのかもしれんが、いい話だな」
 リオと同じ名前のリオに出会って、うんと感激して貰えたんならな。
「そう? …ぼくはホントに焦っていたんだけれど…」
 あんなに感激されてしまったら、ぼくのサイオンが不器用だってことは言えないよ。
 だけど話を続けていたなら、何処かでバレるに決まっているし…。
「俺はいい話だと思うがな? その子は本物のソルジャー・ブルーに会えたんだ」
 お前の正体を見抜いたんだぞ、実はソルジャー・ブルーなんだ、と。
「勘違いだけどね。あの子の名前を読み取ったわけじゃないんだから」
 ホントに偶然、リオって名前が重なっただけ。…ぼくがリオの名前を思い出しただけだよ。
「だが、認めては貰えたんだろう? 本物のソルジャー・ブルーだと」
 素晴らしいじゃないか、お前は正体を見抜いて貰えて、その子も本物に会ったんだ。
 見た目だけじゃなくて中身まで本物のソルジャー・ブルーに、凄いサイオンの持ち主にな。
「まあね…」
 そういうことになるんだろうけど、ちょっぴり複雑。勘違いでソルジャー・ブルーだなんて。
 確かに本物なんだけれども、あの子はぼくのサイオンが凄いと勘違いしていたんだものね…。
 今のぼくだと、あの子よりもサイオン、不器用なのに。
 本物のリオにも敵いやしなくて、ソルジャーどころか、潜入班だって無理なんだけど…。



 そうして二人、本物のリオを懐かしみ、語り合った。
 口が利けなかったからこそ強かったリオ。意志が強くて、最後までジョミーを救い出そうと一人きりで地球に向かったリオ。ジョミーを乗せるのが精一杯の船で、たった一人で燃える地球へ。
 本当に強い人間だったと、だから英雄になれたのだろうと。
 記念墓地に墓碑がある英雄の中で、肩書きが無いのはリオ一人だけ。
 ソルジャーや国家主席やキャプテン、長老といった錚々たる人物の墓碑に混じって、ひっそりと立つリオの墓碑。人類を救って地球で斃れたと刻まれた墓碑銘、それと名前だけで。
 墓地にはマードック大佐とミシェル少尉の墓碑もあるのだけれども、肩書きはある。リオだけが肩書きを持たない英雄、記念墓地が初めて作られた時から今に至るまで。
 誰もがリオを知っている。
 そういう名前の英雄がいたと、口の利けない英雄だったと。
 今でも子供にリオと名付ける人が存在するほどに。あやかりたいとリオの名前を貰うほどに。



「…あの子、ぼくをソルジャー・ブルーと間違えていたんだから…」
 ハーレイもいれば良かったかもね、そしたらキャプテン・ハーレイもセット。
 きっとあの子も大感激だよ、ぼくだけと話をするよりも。二人一緒だと値打ちも倍だよ。
「いつか、そんな日も来るかもな」
 お前が会ったリオじゃなくても、これから先に。
 結婚したら二人で出掛けることが増えるんだしなあ、何処かでバッタリ会うんじゃないか?
 握手のマークをつけてる子供で、俺たちに注目しそうな子供。
「そっか、またリオ…!」
 今日、会ったリオは、もうすぐ手術をするんだろうけど…。話せるようになるんだろうけど。
 他にもリオはきっといるよね、握手のマークをつけているリオ。
「うむ。その時も上手くやるんだぞ?」
 きちんと尊敬して貰えるよう、先に名前を言い当ててな。
 ソルジャー・ブルーは本当に凄い、と大いに感激して貰わんとな…?
「無理だってば…!」
 今日はたまたま上手くいったけど、次はどうなるか分からないよ。
 ぼくのサイオンは不器用なんだし、本当の名前を読み取ることなんか出来ないんだから…!



 いつか何処かで出会うかもしれない、握手のマークの男の子。
 ハーレイと二人で出掛けた先で、会うかもしれない口の利けない男の子。
 その子の名前がリオだとは限らないけれど。
 まるで違った名前の子供かもしれないけれども、もしもまたリオに出会えたら。
 リオという名前で、自分を見付けてソルジャー・ブルーだと思い込む子供に出会ったら。
「ハーレイもその子と仲良くしなきゃね、キャプテン・ハーレイなんだから」
 せっかくソルジャー・ブルーとセットでいるんだし、ちゃんとキャプテン・ハーレイらしく。
 子供の相手は上手だったし、シャングリラにいた頃みたいにね。
「よしきた。お前が嫁さんなことがバレないように気を付けて話をしないとな」
「そっか…!」
 ソルジャー・ブルーがお嫁さんだと、リオは感激している場合じゃないものね。
 キャプテン・ハーレイにお嫁さんがいて、それがソルジャー・ブルーだなんて…。
 きっとビックリ仰天しちゃって、夢が台無しになっちゃうものね。



 ソルジャー・ブルーがキャプテン・ハーレイのお嫁さんだとバレてしまったら大変だから。
 リオという名の子供に会ったら、ソルジャー・ブルーだと思い込まれたら、その時は遥かな昔に白いシャングリラでやっていたように、恋人同士ではないふりを。
 ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイ、ただそれだけの二人なふりを。
「そんなふりをするのも、楽しいかもね?」
 とっくに結婚しちゃっているのに、全く関係ありません、って顔で。
「楽しいかもなあ、そういう遊びをするのもな」
 そうするためには、結婚指輪もコッソリ外しておかんとな?
 いや、その年くらいの子供だったら、指輪をしてても何の意味だか気付かんか…。
 とにかく、リオの夢は大切に守ってやろうじゃないか。
 本物のリオにもう一度バッタリ出会ったつもりで、子供になっちまったリオの夢をな。



 口が利けない、握手のマークのリオという名の男の子。
 その子に会ったら、結婚指輪を嵌めていたって、結婚していないように振舞う。
 子供の親にはカップルなのだとバレるだろうけれど、子供の夢は壊さないように。
 小さなリオはソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイに会ったと信じているのだから。
 凄い二人に会ってしまったと、本物なのだと、大感激のリオなのだから。
 たまにはそういう休日もいい。
 結婚している二人だけれども、リオの前でだけは他人のふりで。
 リオの夢は守ってやりたいから。
 本物のリオを今も覚えているから、そのリオの幸せな姿を重ねて、思い描いて他人のふりで…。




           リオの思い出・了

※ブルーが出会った、リオという名の男の子。本物のリオと同じで、口が利けない子供。
 今の時代は、その症状は治るのですけど、彼が名前を貰ったリオは、誰もが知っている英雄。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv








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