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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

回り道だった旅

(それでも地球は動いている…)
 ふうん、とブルーは新聞を眺めた。
 学校から帰って、おやつの時間。ダイニングのテーブルで、紅茶と母が焼いてくれたケーキと。ケーキを食べ終えて熱い紅茶のおかわりを注ぎ、新聞を開いてみたけれど。
 其処に見付けた記事の一つで、ガリレオ・ガリレイの有名な言葉だと書かれていた。SD体制が始まるよりも遥かな昔の天文学者で物理学者で、哲学者。天文学の父と呼ばれた偉人。
 そのガリレオが地動説を唱えて有罪になった時の言葉が、「それでも地球は動いている」。
(地動説の人は、確か…)
 ガリレオの前にもいた筈だけれど、と記事を読み進めれば名前が出て来た。コペルニクス。彼が地動説を打ち出すまでは天動説だった、全ての天体は地球を中心にして動いていると。
 今の時代も、前の自分が生きた時代も、天動説など笑い話でしかないけれど。
 何処の星系でも、惑星は星系の中心にある太陽、恒星の周りを回るもの。太陽の方が動いたりはしない、惑星は太陽に従うもの。



 誰でも知っている常識だけれど、遠い遥かな昔は違った。地球が宇宙の中心だった。
 もっとも、地球は今の時代でも宇宙の中心のようなものだけど。人間を生み出した母なる星で、前の自分が生きた頃には「人類の聖地」とされたのだけれど。
 だからこそSD体制までが生まれた、死の星と化した地球を再び蘇らせようと。人間の生き方を変革してまで、青い水の星を残そうとして。
 SD体制は結局、地球を元には戻せなかった。体制の崩壊が引き金になった、青い水の星が再び宇宙に戻るための。
 地球の地の底に据えられていたSD体制の根幹、巨大コンピューターだったグランド・マザー。
 前のブルーが選んだ次のソルジャー、ジョミーがそれを破壊した時、地球も炎に包まれた。死の星は燃え上がり、地殻変動までも起こした、そうして地球は蘇った。
 汚染された大地も海も飲み込み、浄化したから。
 地形はすっかり変わったけれども、また水の星が帰って来た。母なる地球が。
 そうして地球に人が戻って、宇宙の中心を地球に定めた、最低限の機関だけを地球の上に置き、他の機関は分散させて。地球を損なうことが無いよう、注意を払って。
 見上げるような高層ビルなど建ってはいない、今の地球。
 自然が溢れる星だけれども、宇宙の中心は何処かと訊かれれば誰でも答える、地球にあると。



 そうは言っても、本物の宇宙は地球を中心に動きはしない。天動説には戻らない。
 ソル太陽系の太陽を回る惑星の一つ、それが地球には違いない。
 「それでも地球は動いている」と言われた通りに、今も太陽の周りを回り続ける第三惑星。
 ブルーの目を引いた記事に載っていたのはガリレオ衛星、ガリレオの地動説の裏付けになったと伝わる星たち。ジュピターを回る四つの衛星、ガリレオの時代でも地球から観測出来た星たち。
 それを子細に観察する内、ガリレオは気付いた、ジュピターの周りを回っていると。
 ならば地球もと、この地球も太陽の周りを回っているであろうと、ガリレオが考えた衛星たち。
 イオとエウロパ、ガニメデ、カリスト。
(全部ゼウスの愛人なんだ…)
 遠い昔のギリシャ神話から付けられた名前、ジュピターの衛星に相応しく。ジュピターといえばゼウスのことだし、そのジュピターを回る星だから。
 イオもエウロパも、カリストもゼウスの愛人の名前、前の自分と因縁があったガニメデも。
 ただ、ガニメデだけが男の愛人、ゼウスが愛した美少年。
 他の星たちは妖精だったり、王女だったりと色々だけれど、女性だから。女性の名前がついた星だから、ガニメデだけが異色の星で。
(…そのせいで壊されたわけじゃないよね?)
 今は三つしか無いガリレオ衛星、ガニメデは姿を消してしまった。宇宙の営みの中で時の流れに消えたのではなくて、人の手によって。
 SD体制の時代にメギドが壊した、消えてしまった異色のガリレオ衛星。
 一つだけ、男性の名前だったのに。美少年の名が付けられたのに。
 ジュピターが愛した少年はいなくなってしまった、女性ばかりが残ってしまった。
 そういう意図でメギドが使われたわけではないけれど。ただの偶然なのだけれども。



(前のぼくたち…)
 自分も、それにハーレイたちも。
 ガニメデにあった育英都市で生まれた、アルタミラで。其処で育って、ミュウになった。
 成人検査よりも前の記憶は失くして、養父母も家も覚えてはいない。
 微かに残った記憶にある星、アルタミラの空に浮かんでいた星。月とは比較にならない大きさ、それは確かにジュピターだけれど。
 星の表面を覆っていた雲、独特の模様はソル太陽系のジュピターそのものだけれど。
 前の自分も、他の仲間たちも、誰も気付きはしなかった。頭上の星がジュピターだとは。
 ソル太陽系の中にいたのだとは。
 まるで知らずに其処を離れた、何処へとも進路を定めないままに。
 メギドの炎に滅ぼされた星から脱出した船、それで宇宙へ旅立った。今は逃げようと、何処かへ逃げねばならないのだと。
 それとも知らずに、地球とは逆の方へ向かって。
 ソル太陽系の外へと向かった、何も知らずに母なる地球から遠ざかっていった、遥か彼方へと。



(あの日、進路を逆に取っていたら…)
 アルタミラから脱出した後、逆の方向へと向かっていたら。
 太陽が輝く方へと進路を向けていたなら、どうなったろうか。太陽そのものを目指さなくても、その方向へと船を進めていたならば。
 まるで無かった選択肢ではない、前の自分たちは地球の座標を知らなかったし、ソル太陽系だと気付いてもいなかったのだから。
 船のデータベースにも無かったデータで、何処へ行くのも自分たちの自由だったのだから。
 第一、知識がまだ浅かった。
 自分たちの居場所も正確に掴めていたかどうかが怪しいくらいに、宇宙の旅では素人だった。
 だから進路も定めずに飛んだ、とにかくアルタミラから離れなければ、と。
 逃げる方向は地球の方でも良かった、何も考えてはいない旅路で行き先も無かったのだから。



 もしもあの時、太陽の方に向かっていたら。地球の方へと向かっていたなら…。
(前のぼくたち、地球に着けた…?)
 船に積まれていた食料が尽きて、飢え死にするよりも前に地球へと。
 青い水の星ではなかったけれども、それが地球だと気付かなかったかもしれないけれど。
 それとも、地球に辿り着く前に。
(グランド・マザーに…)
 わけも分からないままに殺されたろうか、あの船をまだシャングリラと名付けない内に。船での暮らしがそこまで豊かにならない間に、撃墜されていたのだろうか。
 許可も得ないで地球へ向かう船だと、これは怪しいと見咎められて。
 一方的に通信を入れられ、警告をされて、ミュウの船だと判断されて。



(多分、そう…)
 撃墜されてしまっただろう、地球を守るための警備部隊はあっただろうから。
 前の自分たちでは辿り着けなかった、きっと地球へは。青くない地球でも、死の星であっても。
 それを思えば、地球からは逆の方へと旅立った進路で良かったのだと思うけれども。
 すぐ側にあったジュピターの正体を見抜けなかったことも、幸いだったと思うけれども。
(今は常識…)
 かつてアルタミラがあったガニメデ、消えてしまったガリレオ衛星。
 それはジュピターの衛星だった、と。
 ミュウの歴史はソル太陽系から始まったのだと、ジュピターから旅が始まったと。
 新聞記事には、そこまでは書かれていないけれど。
 ガリレオの功績を語る記事だし、ガニメデのその後は何も書かれていないけれども。



 新聞を閉じて、紅茶の残りをコクリと飲んで。
 キッチンの母に空いたお皿やカップを返して、部屋に戻って。
 勉強机の前に座って、頬杖をついた。ダイニングで読んだ新聞の記事と、前の自分たちと。
 ガニメデは地球と全く同じに、ソル太陽系にあったのに。すぐそこに地球があったのに。
(長すぎた旅…)
 前の自分たちの、地球までの旅路。いつか行こうと焦がれた地球。
 その地球が同じ星系の中にあると気付かず、逆の方へと旅立ってしまった自分たち。地球からはどんどん遠ざかって行った、それと知らずに。まるで違った宇宙の彼方へ、別の星系へと。
 けれどもそれがミュウを救った、お蔭で地球へと辿り着けた。
 船を改造して白い鯨を完成させて、雲海の星に長く潜んでジョミーを見付けて。
 前の自分は地球まで行けずに終わったけれども、シャングリラは地球に辿り着くことが出来た。
 そうしてSD体制は終わり、ミュウの時代がやって来た。
 シャングリラが地球まで辿り着いたから、新しい世代のミュウたちを乗せて行ったから。
 ジョミーにトォニィ、ナスカの子たち。
 長い旅の末に加わった仲間、彼らがSD体制を終わらせ、未来を拓いてくれたから。



(もし、真っ直ぐに地球に向かっていたら…)
 逆の方へと旅立つ代わりに、地球の方へと向かっていたら。
 自分だけは地球を見たかもしれない、ただ一人だけ生き残って。
 乗っていた船が撃墜されても、前の自分ならばシールドを張って宇宙に浮かんでいそうだから。無残に砕けた船の残骸、その中を漂っていそうだから。
 暗い宇宙に独り浮かんで、地球を見詰めていたかもしれない。
 青くなかったと泣きじゃくりながら、それに仲間は誰もいなくなってしまったと。
 タイプ・ブルーの自分だけしか、生き残ることは出来ないから。



(ハーレイだって…)
 自分の側からいなくなっていた、あの時、地球へ向かっていたら。
 撃墜された船と一緒に消えてしまっていた、ハーレイの命も皆と同じに。
 あるいは偶然助けられたろうか、その瞬間に一緒にいたら。船が発見され、攻撃された時に同じ場所に二人でいたならば。
(まだハーレイはキャプテンじゃないし…)
 恋人でもなくて、ただの友達。アルタミラから脱出する時、共に仲間を助けて回ったけれども、それが初めての出会いだったから。
 前のハーレイの言葉を借りるなら「一番古い友達」になるし、友達ではあった。
 アルタミラを出てから地球に着くまで、どのくらいかかったかは分からないけれど。
(ワープしてないなら…)
 ジュピターから地球まではかなりかかった、親しくなるだけの時間は充分にあった。ハーレイは少年の姿だった自分を気遣ってくれたし、何かと面倒を見てくれたから。
 前の自分の方が年上なのだと知った後にも、「でもチビだしな?」と優しく接してくれたから。
 きっと二人で過ごす時間が多かったろう。食事の時にも、何か作業をしている時も。
 だから…。



 地球を前にして船が撃墜されたら、ハーレイと二人。
 前の自分が咄嗟に張り巡らせたシールド、その中にハーレイも一緒にいたかもしれない。
(ぼくとハーレイと、二人っきり…)
 仲間たちを亡くして、船も失くして。
 暗い宇宙に放り出されて、どうしただろうか、前の自分は。
 残骸と化した船の欠片と、青くなかった地球が世界の全てになったら。



(ぼく一人だったら…)
 泣き暮れる内に殺されただろう、グランド・マザーに。
 撃墜した船に生き残りがいないか、念入りに調べさせるだろうから。アルタミラで殲滅した筈のミュウが脱出して地球に向かったとなれば、徹底的に消そうとするだろうから。
 そして自分も何もしないまま、力尽きてシールドが解けてしまって、殺されて終わり。
 けれど、ハーレイと二人だったら。
 ハーレイと二人で生き延びていたら…。
(…倒してたかも…)
 なんとしてでも、グランド・マザーを。自分たちを殺そうとしている機械を。
 ハーレイと二人、生き残るために。
 グランド・マザーを倒さない限り生きられないなら、地球の地の底まで飛び込んで行って。



(でも、グランド・マザーを壊していたら…)
 制御を失った地球は燃え上がり、結局、死んでいただろう。
 脱出するための船も見付けられずに、ハーレイと二人。ジョミーとキースがそうなったように、地球の地の底に閉じ込められて。
 それでも地球は蘇ったろう、今の青い地球があるように。
 ミュウも自然と生まれて来たろう、ミュウの排除を命じる機械はもう無いのだから。SD体制も壊れていったのだろうし、きっと時代の流れは同じ。
 今と同じにミュウの世界が、青い地球が出来ていただろう。
 前の自分たちが長い回り道をしていない分だけ、きっと三百年ほど早めに。
 死の星だった地球で何が起こったか、真実を知る者も無いままに。
 リボーンの職員たちがいたユグドラシルは当時もあったと思うけれども、そんな施設に立ち寄る暇があったら、真っ直ぐに地下を目指したろうから。
 ハーレイと二人、誰にも姿を見られることなく、地下に向かっていただろうから。



(そうなっていたら…)
 グランド・マザーを倒した英雄ではあっても、誰も自分たちのことを知らない。
 撃墜したミュウの船の生き残り、それだけのことしか分からない。
 どんな姿をしたミュウだったか、何という名前だったのかも。ハーレイと二人だったことさえ、気付かれずに終わっていたかもしれない。
 そんな自分たちでも二人で生まれ変われただろうか、こんな風に?
 蘇った青い水の星の上に、前と全く同じ姿で生まれて再会出来ていたのだろうか…?
(恋人同士ってわけじゃないしね…)
 ただの友達、親しい友達だったというだけのこと。
 それとも恋人同士になったのだろうか、二人きりになってしまった後の短い間に。
 地球で必死に戦う間に、グランド・マザーの許へと向かう間に。



 どうなんだろう、と考えているとチャイムが鳴って。
 仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、お茶とお菓子が置かれたテーブルを挟んで向かい合わせで問い掛けてみた。
 自分が考えた「もしも」のこと。
 アルタミラから真っ直ぐに地球に向かっていたなら、ハーレイと二人で生き残ったら、と。
「ぼく、絶対に頑張っていたと思うんだよ。ハーレイと生きていたいから」
 殺されちゃったらおしまいだから、グランド・マザーを倒そうとしたよ、きっと。
 倒しさえしたら何とかなる、って思っただろうし、その後のことなんか考えないで。
「なるほどなあ…。お前が行くと言うんだったら、俺も間違いなく付き合ったろうな」
 どうせ一人じゃ生き残れないし、チビのお前が頑張ってるのに留守番をするというのもなあ…。
 俺もお前と一緒に行ったな、足手まといにならないのならな。
「ハーレイだったら大丈夫だと思うよ、ぼくより丈夫だったもの。今と同じで」
 走ったくらいで疲れたりしないし、グランド・マザーの所まで充分行けるよ。
 それでね、ぼくがグランド・マザーと戦う間も、ハーレイはきっと大丈夫。
 ジョミーが戦った時にキースは巻き添えになっていないし、ハーレイは応援しててくれれば…。
 だけど、グランド・マザーを倒しちゃったら、ぼくたち、助からないんだよ。
 ジョミーたちと同じで外に出られなくて、多分、崩れた岩の下敷き…。
「そうだろうなあ、トォニィだってジョミーを連れては出られなかったという話だし…」
 お前だけなら逃げられたとしても、俺まで逃げるのは無理そうだな。
「ぼくが一人で逃げると思う? ハーレイと二人で生き残ったのに、ぼく一人だけで?」
 そんなことはしないよ、ハーレイを置いて逃げるだなんて。
 恋人同士じゃなくてもしないよ、友達だって置いては行かないよ…!



 その友達…、とブルーはハーレイの鳶色の瞳を見詰めた。
「ハーレイとぼくは友達同士で生き残って、そして死んじゃうんだけど…」
 グランド・マザーを壊したせいで地球が燃え上がって死んじゃうけれども、そういう風になっていたって、ハーレイと二人で生まれ変われたかな?
 恋人同士じゃなくて、友達同士の二人でも。…今みたいに、青い地球に二人で。
 もしかしたら恋人同士になれていたかな、っていう気もするけど、短い時間で恋人は無理…?
「ふうむ…。お前と二人で生き残ってだ、グランド・マザーを倒すまでの間にということか?」
「うん。やっぱり時間が足りなさすぎるし、恋人同士にはなれないかな…?」
 休憩なんかはしていられないし、ゆっくり話も出来ないし…。
 ハーレイとの友情が深くなるだけで、恋をしている暇はなさそうだよね…。
「いや、そうと決まったわけではないぞ」
 恋人同士になってた可能性はあるな、俺とお前と、二人で必死に走るんだからな。
「…え?」
 二人で走ると恋人同士って、なんなの、それは?
 走ることと恋と、どう考えても繋がりそうにないんだけれど…?
「普通に走っていたんじゃ無理だな、必死というのが大事な所だ」
 吊り橋効果ってヤツがあるのさ、恋をする時に。そいつじゃないかと思うわけだな、この場合。



 お前のクラスではしてなかったか、と訊かれたハーレイが得意とする雑談。授業中に生徒たちが居眠らないよう、退屈しないで集中出来るよう、気分転換にと始める雑談。
 それの一つが吊り橋効果で、揺れる吊り橋を二人で渡ると恋に落ちるというもので。
「吊り橋って…。どうして吊り橋で恋をしちゃうの?」
 その吊り橋は何か特別な橋ってことはないよね、この吊り橋でないと駄目だとか…?
「うむ。どの吊り橋でもかまわんようだな、揺れさえすればな」
 吊り橋は渡ると揺れるからなあ、精神的に緊張するわけだ。そいつを二人で共有するとだ、恋に落ちるという仕組みらしい。同じ怖い目に遭った者同士、心の距離が縮まるんだな。
「えっと…。それじゃ、ハーレイとぼくも、それだって言うの?」
 ハーレイと二人で必死に走れば、吊り橋効果で恋をするわけ?
「まさに吊り橋状態だからな、グランド・マザーの所まで行こうと走るんならな」
 吊り橋どころの騒ぎじゃないんだ、死ぬか生きるかっていう場面だろうが。
 辿り着けなきゃ死んじまうわけだし、生きるためには走るしかない。
 そうやって必死に走ってゆくなら、吊り橋以上に緊張してるし、元から友達同士なんだし…。
 お前が転びかけたら俺が支えるとか、手を繋ぎ合って走ってゆくとか。
 いつの間にやら友情から恋に変わっていたって、俺は少しも驚かないな。



 たとえ短い時間であっても、お互いに恋に落ちていたかもしれない、と語るハーレイ。
 二人で懸命に走る間に、と。
「グランド・マザーの所に駆け込む頃には、見事に恋人同士ってことだ。…お前がチビでも」
 あの頃のお前は今と同じにチビの姿で、中身も子供だったわけだが…。
 チビでも恋が出来るってことは、今のお前で証明済みだろ?
 俺だってチビのお前に恋をしてるし、チビはチビなりの恋ってな。
 グランド・マザーを倒した後には、とんでもない結末が待ってるんだが…。
 俺もお前も、生き残るどころか、死んじまうしかないんだが…。
 ちゃんと最後まで抱き締めていてやるさ、チビのお前を。俺の大事な恋人としてな。
「…恋人だって言ってくれるの?」
 ぼくのこと、好きって言ってくれるの、恋人だったら。
「どうだかなあ…。そいつは状況次第ってヤツだ、お前の方に合わせるからな」
 お前がどういう風に話すか、俺のことをどんな風に思っているか。
 俺を好きだと思ってくれているなら、もちろん「好きだ」と告白するな。
 もうすぐ命が尽きる時でも、お前と一緒に崩れて来た岩の下敷きになっちまう瞬間でもな。



「…それなら、ハーレイと二人で生まれ変われてた…?」
 今のぼくたちみたいに生まれ変わって、また出会えたかな…?
 最後の最後だけが恋人同士で、それまでは友達同士だったハーレイとぼくでも。
 ほんの少しの間だけしか、恋人同士じゃなかったとしても。
「神様が評価して下さったならな」
 よく頑張ったと、これが褒美だと、生まれ変わらせて下さったら。
 前のお前が頑張ってたから、今の俺たちは青い地球に来られたみたいだしなあ…。
「…ハーレイと二人で死んじゃう方のぼく、前のぼくよりずっと偉いよ?」
 グランド・マザーを倒しちゃうんだよ、メギドを沈めるだけじゃなくって。
 それにハーレイだって偉いと思うよ、ぼくと二人でグランド・マザーを倒すんだから。
 ハーレイは力を使ってないけど、ぼくと一緒にグランド・マザーの所まで走って行くんだし…。
 ぼくがグランド・マザーを倒さなくちゃ、って決心するのもハーレイと二人だからだもの。
 ハーレイが生き残ってくれていたから、ぼくは生き残る道を選ぶんだもの。
 二人で一緒に生き残るために、グランド・マザーを倒すんだもの。
 …それで失敗しちゃうんだけど…。グランド・マザーを倒しちゃったら、地球がメチャメチャになってしまうだなんて思っていなくて、結局、死んでしまうんだけど…。
 ハーレイと二人で生き残る代わりに、二人一緒に死んじゃうんだけど…。



「グランド・マザーを倒すお前か…。確かに前のお前よりも遥かに上ってヤツだな」
 前のお前はメギドを沈めてミュウの未来を守ったわけだが、グランド・マザーを倒すと来たか。
 たった一人でSD体制をブチ壊すんだな、もう間違いなく前のお前以上の大英雄だ。
 しかし、お前がやったってことが誰にも知られていないからな…。
 ミュウの生き残りの仕業ってだけで、何処の誰かも分からない。名前も謎なら、姿も謎で。
 誰もお前を褒めちゃくれない、記念墓地だって作っては貰えないわけで…。
 いや、それでこそか。
 誰も知らない英雄だからこそ、神様の評価も上がるってことか…。
「そういうものなの?」
 有名になるより、そうじゃない方が神様はいいと思ってくれるの?
 誰でも名前を知っているような前のぼくより、何処の誰かも分からないぼくの方が上なの?
「お前にそういうつもりがなくても、有名になって尊敬されてる英雄よりは、だ…」
 神様の他には誰も知らない、うんとちっぽけなヤツが頑張った方がいいんだろうな。
 王子様の像についてた宝石や金を剥がして、貧乏な人に運んでやってたツバメの童話があるのを知らないか?
 王子様の像はすっかりみすぼらしくなって、ツバメも冬が来て死んじまった。みすぼらしい像は町に相応しくない、と捨てられちまうが、神様はちゃんと見ておられたんだ。王子様の像が沢山の人を救っていたのも、ツバメが死ぬまで手伝ったことも。
「えーっと…。天使が天国に運んで行くんだった?」
 王子様の心臓と、死んだツバメと。町で一番尊いものを持って来なさい、って神様に言われて。
「おっ、知ってたか?」
 そいつで合ってる、王子様もツバメも天国で幸せに暮らすんだろうが、最後はな。



 自分を犠牲に多くの人を救っていたのに、誰にも気付かれないままで終わってしまった、王子の像と一羽のツバメと。それが「町で一番尊いもの」だと神は知っていた、天から見ていた。
 広く知られた立派な功績も素晴らしいけれど、この童話のように誰も知らない、神の他には知る者のいない自分の身を捧げて世界に尽くした者たち。
 神様はそういう人たちをより高く評価するものだ、とハーレイが大きく頷くから。
 名前すら誰にも知られないままで、グランド・マザーを倒していたなら、前のブルーよりも高い評価になるのだろうと語るから。
 あの時、ソル太陽系を出てはゆかずに、逆の方へと。地球のある方向へ向かったとしても、今の幸せはあるのだろうか。
 ハーレイと二人、生まれ変わって、この地球の上で。
 今と同じに恋人同士で、幸せな時を共に過ごせたろうか…?



「多分な」
 神様は何もかも御存知なんだし、ちゃんと二人で生まれ変われたさ。
「ホント…?」
 ハーレイと二人で、恋人同士で、また会えてた…?
「俺とお前の絆だからな」
 きっとこうして青い地球の上にいたと思うぞ、生まれ変わって。今と全く同じようにな。
 その方がお前は幸せだったか、前のお前が本当に生きた人生よりも…?
「なんで…?」
 どうしてそっちが幸せになるの、うんと短い人生なのに…。
 ハーレイと一緒にいられた時間もずっと短くて、恋人同士でいられた時間も少しだけなのに…。
「それはそうだが、最後まで俺と一緒にいられたわけだろう?」
 グランド・マザーを倒した後には、俺と一緒に死んじまうんだぞ。
 俺が最後まで抱き締めててやるし、お前は独りぼっちじゃないんだ。俺の温もりを失くしたりはせずに、最後まで俺と一緒だってな。



 右手が冷たく凍える暇も無かったろうが、と言われたけれど。
 ハーレイと二人きりで死の星だった地球を走ってゆくのも、幸せだったかもしれないけれど。
「…でも、シャングリラのみんな…」
 ゼルもヒルマンも、ブラウも、エラも。
 そっちの道だと誰もいないよ、地球に着く前に船は撃墜されるんだから。
 ぼくとハーレイしか助からなくって、他の仲間は死んでしまって…。それは嫌だよ、同じ旅なら一緒がいいよ。
 地球までの道がどんなに遠くても、ぼくだけが地球を見られずに死んでしまっても。
「そうだな、みんながいないんだよな…」
 俺とお前は幸せになれても、他のヤツらがいないわけだな、真っ直ぐに地球に向かっていたら。
 あの時、そっちに舵を切ってたら、シャングリラのヤツらと旅をすることは無かったんだな…。



 白いシャングリラで共に旅した仲間たち。アルタミラを離れて皆で旅をした、広い宇宙を。
 アルテメシアに辿り着いた後にも、長い長い時を共に過ごした、良き友として、仲間として。
 だから回り道でも良かったのだろう、地球とは逆の方へ向かって旅立ったけれど。
 真っ直ぐに地球の方へと向かって、結果が同じことであっても、グランド・マザーもSD体制も崩壊していたとしても。
「…みんなと一緒の旅がいいよね、ハーレイと二人きりになっちゃうよりも」
 うんと回り道して、地球までの道が遠くなっても。
「ああ、そうだな」
 みんなで旅をしてこそだよなあ、あのシャングリラで。
 本当にとんだ回り道だったが、ソル太陽系から出発してって、また戻るという旅だったがな…。



 名前も残らない英雄としてグランド・マザーを倒す代わりに、二人きりで地球を走る代わりに。
 ソルジャーとキャプテンになって、船はシャングリラに、白い鯨へと姿を変えた。
 そうして長い旅を続けて、前の自分は地球を見られずに終わったけれど。
 ハーレイが一人で地球まで行ったけれども、きっとこちらの旅路が正しい。
 楽園という名の船で旅して、三百年以上も仲間たちと同じ船で暮らして。



 たとえ結果は同じであっても、自分の最期が幸せでも。
 真っ直ぐに地球の方へと向かって、ハーレイの腕の中で最期を迎えたとしても、そんな旅より。
「ねえ、ハーレイ。やっぱり、みんな一緒の旅でないとね」
 ゼルもヒルマンも、エラも、ブラウも。他のみんなも、あのシャングリラで。
「それでこそ今が幸せだからな、前の俺たちの旅の思い出が山ほどだってな」
 お前との恋の思い出もそうだ、数え切れないほどあるだろうが。
 地球でお前と二人きりの最期も悪くはないがだ、思い出がたっぷりある人生の方が味わい深い。
 そういう時間を生きられたんだし、俺は後悔してないなあ…。



 シャングリラで生まれた沢山の思い出、それがあるから。
 三百年以上の思い出の数は、短い旅ではとても得られはしないから。
 地球があったのとは逆の方向への旅立ちでいい。
 ソル太陽系から、ジュピターの衛星だった星から遥か遠くへ旅立ったけれど。
 間違いであってもきっと正しい、その旅路が。
 ハーレイと二人、地球の地の底で命尽きるより、仲間たちと共に旅をした日々。
 それがあったから、今が幸せなのだろう。
 生まれ変わって来た青い地球の上で、遠い昔の思い出を二人、懐かしく語り合えるのだから…。




          回り道だった旅・了

※実はガニメデの側にあったジュピター。近かった地球という存在。旅を始めた時点では。
 逆の方へと向かっていたなら、全てが変わっていた可能性が。けれど、長かった旅が大切。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv









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