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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

石垣イチゴ

(ほう…!)
 珍しいな、とハーレイが目を留めたイチゴの山。
 ブルーの家には寄れなかった仕事帰りの日。いつもの食料品店だけれど、今の時期に露地もののイチゴとは、と。普通は春がシーズンだから。
 しかも果物のコーナーではなくて特設売り場。色々な店が出店してくる売り場で、特産品などがよく置かれている。このイチゴもきっと、何処かの名産。時期外れなのが売りなのだろう。
(石垣イチゴ…)
 そう書いてあった、売り場に置かれた小さな看板に。
 石垣イチゴとは何だろうかと思ったけれども、「石垣で育てるイチゴです」という謳い文句も。石垣と言われても意味が分からないものの、真っ赤に熟れて美味しそうではある。まるで宝石。
 綺麗なものだ、と覗き込んでしまった、ブルーの瞳の色だから。瑞々しい赤は自然の恵みで命の輝き、小さくて愛らしい恋人の瞳のようだから。



 熟したイチゴの赤に惹かれて佇んでいたら、店員に声を掛けられた。「如何ですか?」と。
 食料品店の店員ではなくて、イチゴと一緒にやって来た店員、このイチゴが育った場所から出張して来たという。イチゴは毎朝届くけれども、自分は出店期間中は町に滞在していると。
「この時期のは珍しいんですよ」
 通常は一月から五月がシーズンなんです、との説明。やはりイチゴは春のものだった、一月とは妙に早いけれども。温暖な地域で作っているなら、一月もシーズンになるのだろうか。
 それでも季節は五月頃まで、イチゴの品種を変えて今の時期に収穫しているらしい。やっている農家は多くない、とも。
 それで興味を持った所へ「風邪の予防にいいですよ」という店員の言葉、ビタミン豊富でミカンよりもいいという話だから。五粒も食べれば一日分になると聞かされたから。
(ブルーに…)
 風邪を引きやすい、小さなブルー。前と同じに弱く生まれてしまったブルー。
 隣町の実家で母が作っている金柑の甘煮を届けてやったり、風邪の予防に気を配ってやっているブルーだから。
 イチゴもいいか、と考えた。明日は土曜日でブルーの家に出掛けてゆくから、土産にいい。新鮮だし、粒も大きいし…。何より露地もの、イチゴは春がシーズンなのに。
「一つ下さい」
 赤いイチゴが盛られたパックを一つ買ったら、「どうぞ」とパンフレットもついて来た。それに店員の「メロンよりも甘いイチゴですよ」という言葉も。



 他にも食料品を買い込み、家に帰って。
 真っ赤なイチゴが傷まないよう、一番に冷蔵庫に大切に仕舞って、夕食の支度。買って来た魚を焼いている間に、味噌汁に野菜の煮物なども。炊き立ての御飯でゆっくりと食べて、寛いで。
 片付けが済んだら熱いコーヒー、愛用のマグカップにたっぷりと淹れた。
(パンフレットも読んでおくかな)
 せっかく貰ったのだから、と石垣イチゴのパンフレットとマグカップを手にして向かった書斎。机の前に座ってコーヒーを一口、パンフレットを開いてみたら。
(ふうむ…)
 売り場に「石垣で育てるイチゴです」と書かれていたのが謎だったけれど、本当に石垣を使って栽培しているイチゴだった。石垣を使うから「石垣イチゴ」。そういうイチゴの育て方。
 栽培風景の写真と説明、それから石垣イチゴの歴史。
(由緒あるイチゴだったのか…)
 知らなかった、と呟いた。石垣イチゴの名前も、歴史も。
 なんとも古い、石垣イチゴが歩んで来た道。前の自分など比較にならない古さの石垣イチゴ。
 SD体制が始まるよりも遥かな昔の日本で生まれた栽培方法、一部の地域で行われていた。日本全体ではなくて、ほんの一部で。
 あの店員も言っていた独特の甘さで人気を博したけれども、やがて廃れた。
 地球が滅びてしまったから。イチゴを育てられる土が無くなり、水も汚染され、石垣でイチゴを育てられる場所は何処にも無くなってしまったから。
 その上、小さな島国、日本。SD体制の時代に文化は継がれず、石垣イチゴも消えてしまった。今は復活しているけれども、立派に作られてパンフレットまであるけれど。



(石垣イチゴなあ…)
 イチゴは畑のものなんだが、と熱いコーヒーを口にしながら考えていて。
 石垣イチゴは初めて聞いたと、日本の文化は奥が深いと、かつて日本があったこの地域の歴史を思い浮かべていて。
 石垣イチゴが生まれた頃には日本の風景はどうだったろうかと、自然も豊かだったろうかと遠い昔に思いを馳せていたのだけれど。
(一月からイチゴだったとはなあ…)
 冬の最中に甘いイチゴが栽培出来たのが強みだったという石垣イチゴ。偶然だったとも、工夫を凝らした結果だったとも伝わるけれども、石垣に植えたイチゴは冬でも実をつけたという。温室を設けてやらずとも。
 太陽の光で温まった石垣、その温かさがイチゴを育てた。輻射熱で甘いイチゴが実った、それが石垣イチゴの始まり。
 だから今でも一月からがシーズン、普通のイチゴのシーズンと同じ五月まで採れる石垣イチゴ。今日、買ったイチゴはそれの変わり種で、秋に実るように育てた品種だったけれど。
 ともあれ、石垣で育てるイチゴ。
 畑ではなくて石垣でイチゴ、誰の発想だったのだろう。どう考えても、イチゴは畑に植えるのが普通だろうに。でなければ鉢やプランター。平たい所で育てるもの。
 パンフレットには石垣の写真が載っているけれど、そこにイチゴがズラリと植わって、赤い実をつけているのだけれど。



 実に変わった風景だと思う石垣イチゴが実った畑。いや、石垣を畑と呼ぶのかどうか。イチゴを栽培しているからには畑に含まれそうだけれども、畑のイメージとは全く違う。
(畑と言ったら、やっぱり平地…)
 斜面に畑を作っている場所でも、段差を設けて平らな地面を確保するのが常識で。石垣なんぞは聞いたことも無いと、石垣イチゴが初めてなんだ、とコーヒーのカップを傾けていたけれど。
(ん…?)
 何故だか何処かで見たような気がする、石垣にイチゴ。
 赤いイチゴが実った石垣、それを目にしていたような記憶。パンフレットの写真そのままに赤いイチゴが石垣に実っている光景を。
(…親父たちと出掛けて行ったのか…?)
 幼い頃に、と思ったけれども、石垣イチゴは今も一部の地域のみでの栽培。そういう地域に家族旅行で出掛けたという記憶は無い。
 イチゴ狩りには何度か行ったけれども、石垣でイチゴを摘んだだろうか?
 自分が忘れてしまっているだけで、両親と旅行に行ったのだろうか?
 旅をした場所が何処かも分からないほどに幼かった頃、石垣イチゴに出会ったろうか…?



(石垣でイチゴ…)
 確かに見たんだ、と遠い記憶を振り返っていたら、どうにもおかしい。
 赤いイチゴと石垣の記憶は少しずつ鮮やかになって来たけれど、視点が違う。石垣を眺めている視点の高さが、石垣に向かった自分の目の高さが。
 幼い子供の背丈では、こうはならないような…、という視点から見ている石垣、赤いイチゴと。
(…何故だ?)
 少なくとも学校に上がってからは行っていない筈だ、と断言出来る。イチゴ狩りの季節に両親と旅に出掛けた地域は全部挙げられるし、石垣イチゴが採れる場所とは重ならないから。
 記憶にある視点で眺められる背丈になった頃ともなれば論外、もう絶対に行ってはいない。
 そうなってくると父に背負われて眺めていたのか、あるいは石垣イチゴの産地でなくても、同じ方法で栽培していたイチゴ農園があったのか。
(何処で見たんだ…?)
 しかもどうやって、と妙な記憶を手繰っていたら。
 子供らしくない視点の高さで眺めた筈の石垣イチゴを懸命に探り続けていたら…。
(シャングリラか…!)
 とんでもない記憶が蘇って来た、あまりにも意外すぎる記憶が。
 キャプテン・ハーレイだった頃の記憶が、前の自分が舵を握った白いシャングリラの思い出が。
 あの船にあった、石垣イチゴが。白い鯨になったシャングリラに。
 畑とは別に、ヒルマンの趣味で。
 調べ物が好きで博識だった、好奇心もまた旺盛だったヒルマンの趣味の産物として。



 元は人類のものだった船を改造して生まれた、巨大な白いシャングリラ。
 完全な自給自足の暮らしが軌道に乗って皆に余裕が生まれて来た頃、ヒルマンが会議の席でこう言い出した。ゼルとブラウとエラ、それにブルーとキャプテンだった前の自分が集った席で。
「石垣イチゴを作ってみようと思うのだがね」
 どうだろうか、という提案。石垣イチゴなど、誰も聞いたことが無かったから。
「なんだい、それは?」
 イチゴの種類というヤツかい、と返したブラウ。そういう種類のイチゴがあるのかと、木イチゴなどといったベリーの一種なのかと。
「いいや、そうではなくてだね…。全く普通のイチゴなのだが…」
 甘いそうだよ、普通よりも、とヒルマンが話した石垣イチゴ。
 データベースで見付けたのだという、遠い昔の栽培方法。それも広い地球の上でたった一ヶ所、日本という国の一部分だけで行われていた方法で。
 石垣イチゴは石垣に植える、畑ではなくて。石垣の石と石との間に植えてゆくのが石垣イチゴ。石垣の輻射熱で甘く美味しい実が出来るらしく、ヒルマンはそれを試してみたくて。
「石垣じゃと? …畑ならまだ分かるんじゃが…」
 どうしてイチゴが石垣なんじゃ、とゼルが首を捻り、皆も同様だったけれども。
 ヒルマンが「これが証拠でだね…」と出して来たデータ、石垣イチゴは本当にあった。遠い昔の地球の上に。小さな島国の一部の地域に。
「このように石垣に植えるわけだし、石垣は傾斜しているし…」
 畑ほど広い場所は取らないのが石垣イチゴでだね…。農場の端でやってみたいと思うわけだよ、上手く出来れば儲けものだからね。



 農場の端の方は、壁があるというだけだったから。
 その壁の一部に沿って石垣を作るというから、止める理由は誰にも無かった。空いたスペースの有効活用、その一環で良かろうと。
 石垣イチゴを作ると決まれば、面白がって手伝った者も少なくなかった。石垣を積む機会などは公園を除けば全く無かったわけだし、その石垣が畑になると言うのだから。
 白いシャングリラの中に積まれた石垣、本物の石を採掘して来て、ヒルマンの指図で。イチゴが傷んでしまわないよう、石を滑らかに加工して、きちんと組み合わせて。
 そうして出来上がった石垣の畑、石垣を畑と呼べるかどうかは意見が分かれたけれども、作物を植えるからには畑だろうと唱える者も多かった。
 その石垣の隙間に植え付けられたイチゴの苗。畑のイチゴと同じ苗を植えた筈なのに…。
(美味かったんだ、あれが)
 太陽の光を模した照明、それが作物を育てた農場。照明の当たり具合も畑と石垣でさほど違いがある筈もなくて、水やりや肥料も石垣の方に特に工夫を凝らしたわけでもなかったのに。
 石垣で実ったイチゴはヒルマンが「甘いそうだよ」と言った通りに甘かった。畑のイチゴよりも遥かに甘くて、まるで魔法のイチゴのように。
 味見してみて皆が驚いた、どう考えても石垣よりかは畑の方がイチゴに良さそうなのに、と。



 石垣の隙間から生えたイチゴは、如何にも窮屈そうだったのに。畑でのびのびと育ちたいように見えていたのに、美味しく実った石垣イチゴ。畑のイチゴよりも甘い実をつけた石垣イチゴ。
(前のあいつに届けさせたら…)
 とても美味しいイチゴだから、と大ぶりのものを器に盛って青の間のブルーに届けたけれど。
 前の自分が「如何ですか?」と感想を聞きに出掛けて行ったら、イチゴは全く減っていなくて。
 「美味しかったよ」と微笑んだブルー、「味見はしたから、ぼくはいいよ」と。
 一粒貰えばもう充分だと、残りのイチゴは子供たちのおやつに持って行って、と。
 石垣イチゴの栽培はそれからも長く続いたけれども、収穫の度に「ソルジャーに」と見事な実が幾つも届けられたけれど、その殆どはいつも「子供たちに」とブルーが譲った。
 「甘いイチゴは子供たちが食べるべきだよ」と笑んでいたブルー。「子供たちは甘いものが好きだし、イチゴも甘いほど喜ぶだろう?」と。
 いくら届けても、何度届けても、ブルーが食べたのはほんの少しだけ。いつも味見だけ。
 「美味しいイチゴは子供たちに」と。「子供たちは船の宝物だから」と。



 白いシャングリラの農場の端に積まれた石垣、其処で実った石垣イチゴ。
 本当に甘くて美味しいイチゴで、畑のイチゴより素晴らしいと評判だったけれども、ヒルマンは常に笑っていたものだ。「私の腕前のせいではないよ」と、「これは石垣の魔法なのだよ」と。
 そうして、こうも付け加えていた、「地球の太陽で作ればもっと甘くて美味しいだろうね」と。
 太陽を模した照明ではなくて、本当に本物の地球の太陽。
 母なる地球の命を育む太陽の光、それを浴びれば石垣イチゴはもっと美味しくなるだろうと。
(それだったのか…!)
 俺が買って来たイチゴはヒルマンが夢見た地球のイチゴだったか、と今日の出会いに感謝した。
 いいものを買った、と顔が綻ぶ。
 買った時にはまるで気付いていなかったけれど、石垣イチゴという言葉も忘れていたけれど。
 石垣イチゴとは何のことかと思ったけれども、遠い昔に出会っていた。白い鯨で、前のブルーと暮らした船で。
 シャングリラで見ていた石垣イチゴが地球の上にあった、本物の石垣イチゴになって。遠い昔に石垣イチゴが作られていた日本が在った場所で、本物の地球の太陽を浴びて。
(あいつ、覚えているんだろうか…?)
 ブルーは今でも覚えているのだろうか、シャングリラにあった甘いイチゴを。
 農場の端の石垣で実った石垣イチゴを、あの特別なイチゴのことを…?



 次の日、石垣イチゴのパックを紙袋に入れて提げ、ブルーの家に出掛けて行って。
 生垣に囲まれた家の門扉の脇のチャイムを鳴らして、現れたブルーの母に石垣イチゴのパックを手渡した。「午前のお茶に添えて頂けますか」と。
 そうは言ったものの、イチゴだから。どういった形で出て来るだろうかと、イチゴに合うお茶はあったろうかと考えていたら、ブルーの部屋に届けられたお茶はフルーツティーで。
 石垣イチゴが盛られた器と、シフォンケーキと、ガラスのポットにフルーツティー。オレンジにリンゴ、ブドウやキウイ。カットされたフルーツに茶葉を加えて、熱い湯を注ぎ入れたもの。
(なるほどなあ…)
 これならイチゴにピッタリだな、と眺めていたら、ブルーがイチゴの器を指して。
「イチゴって…。これ、お土産?」
 シフォンケーキはママが焼いてたし、このイチゴ、ハーレイのお土産だよね?
「ああ、美味そうなイチゴだったからな」
 昨日、いつもの店で見付けたんだ。風邪の予防にいいそうだぞ。「メロンよりも甘いですよ」と言っていたから、土産にするかと思ったんだが…。
「ふうん…? メロンよりも?」
 なんだか凄そうなイチゴだけれど…。どうかな、ホントに甘いのかな…?



 一粒口に運んだブルーは「甘い!」と瞳を輝かせた。赤く熟れたイチゴにも似た瞳を。
 ハーレイも「どれ」と一つ頬張り、その美味しさに心で大きく頷く。「あのイチゴだ」と。白いシャングリラで食べていたイチゴ、ヒルマンの石垣イチゴがもっと甘くなった、と。
 小さなブルーが「ホントに甘いよ!」と喜んでいるから、パンフレットを見せてやった。持って来ていた石垣イチゴのパンフレットを。
「石垣イチゴ…?」
 えーっと…。そういう種類のイチゴじゃないんだ、石垣で育てるイチゴなんだ…?
「そうだ、お前は覚えていないか?」
 こういうイチゴ。石垣から生えてるイチゴってヤツを?
「石垣って…。ぼく、イチゴ狩りには行ったけど…」
 パパとママにも連れてって貰ったし、幼稚園からも行ったんだけど…。
 イチゴは畑に生えてたよ?
 石垣に生えてるイチゴなんかは見たこともないし、畑に座って摘んだだけだよ?



 こんなイチゴに見覚えは無い、とブルーが言うから。
 立ったままでイチゴを摘んだ覚えも全く無い、とパンフレットの写真を見詰めているから。
「…やっぱりお前も忘れちまったか…。俺も忘れていたんだがな」
 石垣イチゴって書いてあっても、何のことかと思ったほどだ。馴染みのイチゴだったのにな。
「えっ?」
 どういう意味なの、石垣イチゴって有名なイチゴ?
 このパンフレットだと、此処に書いてある場所でしか作ってなさそうだけど…?
「今の地球だとそうなるんだが…。前の俺たちなら知っていたんだ」
 知っていたどころか、食っていたぞ。あのシャングリラで石垣イチゴを。
「…シャングリラで?」
 石垣イチゴなんかがあったっけ?
 ずっと昔の日本でやっていた栽培方法です、って書いてあるんだけど、石垣イチゴ…。



 信じられない、という顔のブルーだけれど。
 無理もないとは思うけれども、自分は思い出したから。昨夜、記憶が蘇ったから。石垣イチゴは確かにあったと知っているから、「ヒルマンのだ」と話してやった。
 農場の端で作っていたが、と。石垣を積み上げて石垣イチゴを、と。
「うんと甘くて美味かったんだが、思い出せないか?」
 畑で作ったイチゴより甘いと評判だったが…。ヒルマンがやってた石垣イチゴ。
「ああ…! あったね、そういえば…!」
 前のぼくに、って大きい実ばかり選んで届けてくれたよ、採れる度に。
 とっても甘くて美味しかったけど、ぼくばかり食べちゃ悪いから…。子供たちが喜ぶに決まっているから、いつも持ってって貰ったんだっけ…。子供たちに分けてあげて、って。
「そうだ、そいつだ」
 あれがヒルマンの石垣イチゴだ、仕組みはこいつと変わらんようだな。
 シャングリラの方が一足お先に作っていたらしいぞ、石垣イチゴ。
「うん…。思い出したらビックリしちゃった」
 消えちゃっていた作り方でも、イチゴの苗は同じだったから作れたんだね、石垣イチゴ。
 石垣だけあったら出来るんだものね、イチゴの苗はあったんだから。



 あの石垣イチゴの本物がこれになるんだね、と艶やかなイチゴを赤い瞳がまじまじと見る。
 まさか本物に出会えるなんてと、今の地球の上に石垣イチゴがあるなんて、と。
「うむ。俺も本当に驚いたんだが…。最初の間は今の俺の記憶かと思ったもんだ」
 ガキの頃に出掛けたイチゴ狩りの記憶だと思ってたんだが、目の高さが違ったんだよなあ…。
 そりゃそうだろうな、前の俺とガキの頃の俺とじゃ、頭いくつ分、背が違うんだか…。
「ふふっ、そうだね。でも、そのせいで分かったんだね」
 シャングリラに石垣イチゴがあったってことも、ヒルマンが作っていたことも。
 ぼくはすっかり忘れちゃってて、「シャングリラだ」って言われても思い出せなかったのに…。
「普通はそうだろ、今の地球の文化がシャングリラにあったとは誰も思わん」
 農場にあった石垣イチゴの記録の方もどうなったやら…。
 資料として何処かに残っていたって、石垣イチゴだとはまず気付かれないぞ。石垣イチゴ作りをやってる農家の人が資料を見たなら、ピンと来るかもしれないがな。
「そうかもね…」
 石垣イチゴは此処にしか無いってパンフレットにも書かれているし…。
 ずうっと昔にシャングリラで作っていたなんてことは、よっぽどでないと気が付かないよね…。



 前の自分たちが食べていたというのに、忘れ去っていた石垣イチゴ。白いシャングリラの農場の端でヒルマンが作っていた石垣イチゴ。それは甘くて美味しかったけれど、畑で作ったイチゴより遥かに甘かったけれど。
「…やはり本物には敵わんな。ヒルマンのよりもずっと甘いぞ、このイチゴは」
 メロンよりも甘いと言っていたのはダテじゃないなあ、実に美味いってな。
「ホントだよね。ヒルマンのイチゴも美味しかったけど…」
 甘いイチゴだと思っていたけど、このイチゴには勝てないね。うんと甘いもの、このイチゴ。
 おんなじ石垣イチゴだけれども、やっぱり地球のイチゴだからかな…?
「ヒルマンも何度も言ってただろうが、地球で作ればもっと甘いと」
 地球の上で石垣イチゴを育てて、本物の地球の太陽の光を浴びさせてやれば。
 そいつで温まった石垣で作ってやったとしたなら、もっと甘くて美味いイチゴが出来るってな。
「ヒルマン、正しかったんだね」
 石垣イチゴを作ろうだなんて思い付いただけあって、分かってたんだね。
 シャングリラで作っても美味しいけれども、地球で作ったらもっと美味しい、って。
「地球の太陽と、地球の上で積み上げた石垣だからな」
 シャングリラの中とは比較にならんさ、人工の照明と本物の太陽じゃ全く違う。石垣はそれほど変わらんとしても、太陽のエネルギーが凄いからなあ…。まるで変わってくるんだろうな。
 同じ野菜でも地球のは美味いと、今の俺たちは知ってるんだし…。
 石垣イチゴだって同じことだな、ヒルマンの予言は大当たりだ。とびきり美味い石垣イチゴで。



 前のお前が食わなかった分まで食べるといい、と促してやった。
 石垣イチゴはこれから先にもいくらでも食べることが出来るのだから、と。
「俺が持って来た分はこれで終わりだが、俺たちは地球に来たんだしな?」
 嫌というほど食うことが出来るぞ、石垣イチゴ。
 遠く離れた他所の地域で作ってるんなら、そう簡単には食えないが…。
 同じ地域で採れるからには、気を付けていれば食べ放題だ。取り寄せて貰うことも出来るし。
「でも、シーズン…。石垣イチゴのシーズンじゃないよ、今の季節は」
 此処にも一月から五月って書いてあるんだし…。
 今だと食べ放題ってほどには無いんじゃないかな、石垣イチゴ。
「時期外れではあるな、買う時にもそう聞いたしな」
 品種を変えて作っているから、この季節に採れると言ってたな。やってる農家は少ないらしい。普通は一月から五月なんだという話だから、今の季節に食べ放題とはいかないかもなあ…。



 シーズンではないらしい石垣イチゴ。
 けれども甘くて、美味しいから。それにシャングリラでも作っていた石垣イチゴだから。
 この甘いイチゴを追い掛けたくなる、ブルーと二人で来た地球の上で。
「いつかはイチゴ狩りに行くのもいいかもしれんな」
 今は無理だが、お前と二人で出掛けられるようになったらな。
「イチゴ狩り?」
 石垣イチゴでもイチゴ狩りに行けるの、畑とは違うみたいだけれど…。
「書いてあるだろ、そのパンフレットに。イチゴ狩りの季節」
 シーズン中ならやっています、と書いてあるからには、イチゴ狩りが出来る所があるわけだ。
 ただし、お前が知っているようなイチゴ狩りとはまるで違うな、石垣イチゴは山だしな?
 山の斜面を利用して石垣を作っているってことはだ、ヒルマンのヤツのようにはいかんぞ。
 シャングリラの石垣イチゴは壁沿いに作ってあったからなあ、平らな床を歩いてゆけばイチゴが摘めたが、本物の石垣イチゴは山だ。坂を登らないとイチゴは摘めんな、山だからな。



 ちょっと傾斜がキツそうだが…、とパンフレットの写真を指差した。
 石垣イチゴの栽培風景を遠くから写した写真。山の斜面に幾つも石垣、段差が幾つも。
 小さなブルーは「んーと…」と写真を眺めながら。
「休みながらだったら、登れるかな?」
 歩いて登るしかなさそうな場所だし、休み休みで。ちょっと摘んだら、休憩して。
「なんなら俺が背負ってやろうか?」
 お前が大きく育った後でも、それほど重くはないからな。歩けないなら背負ってやるが…?
「イチゴ狩りで?」
 それじゃイチゴが摘めないじゃない!
 ハーレイの背中に背負われていたら、ぼくの手、イチゴに届かないよ?
 大きな背中に邪魔をされちゃって、イチゴが摘めそうにないんだけれど…!
「それもそうか…。だったら、石垣と石垣との間。其処を背負って登ってやろう」
 石垣の一つ一つは平らに据えてありそうだから、そこでイチゴを摘んでだな…。
 もう一つ上の石垣のを摘みに行こうと言うなら、俺が背負って運んでやる、と。一段登ったら、お前を下ろして、二人で摘んで。また登るんなら、お前を背負って。
 そういうのはどうだ、登る時だけ俺の背中で。
「うん、それならいいかも…!」
 ぼくもイチゴを自分で摘めるし、登る時は休んでいられるし…。
 そういう風にしてくれるんなら、石垣イチゴでも疲れずに摘みに行けるよね…!



 行ってみたいよ、と小さなブルーは乗り気だから。
 シャングリラの頃よりも甘く美味しくなった石垣イチゴを摘みに行きたいようだから。
 いつかブルーと出掛けてゆこうか、このパンフレットに書かれている場所までイチゴ狩りに。
 山の斜面を登る自信が無さそうなブルーを背中に背負って、石垣イチゴが実る斜面を登って。
 遠い昔にヒルマンが「きっと地球ならもっと甘くなる」と語っていた石垣イチゴを摘みに。青い地球の上に積まれた石垣と、本物の地球の太陽と。それが育てた石垣イチゴを。

「ねえ、ハーレイ。この石垣イチゴ、ヒルマンに…」
 届けたいな、とブルーが甘い果実を見ているから。
 前の自分たちが食べた頃より、甘くなった地球の石垣イチゴを届けたいのだと、赤い瞳を遥かな昔の白いシャングリラに向けているから。
「俺たちが食ったら届くだろうさ、ヒルマンにもな」
 きっと美味いと喜んでくれるぞ、これが本物の地球の石垣イチゴなのか、と。
 でもって自慢をしてくれるかもな、「地球で作れば、本当に甘くなっただろう?」と。私の説は正しかったと、地球で証明して貰えたと。
 もしかしたら、ヒルマンも、もう食ったかもな、地球の石垣イチゴ。
 俺たちよりも先に地球に生まれて、石垣イチゴを栽培してるかどうかを調べて。
 遠い地域に住んでいたって、ヒルマンだったらきっとやって来るぞ。本物の石垣イチゴがあると分かれば、美味いかどうかを確認しにな。
「ヒルマンだったら、やりそうだよね」
 シャングリラの頃の味と比べて、納得して帰って行くんだよ。美味しかった、って。
「ついでに他にも色々と食って帰るかもなあ、ヒルマンだしな?」
 きっと石垣イチゴだけでは済まんぞ、この地域の文化ってヤツを下調べするに決まってるんだ。前の俺たちが生きた頃には無かった食い物、あれこれ試して帰るんだろうなあ…。



 ヒルマンが地球に生まれたかどうかは分からないけれど。
 本物の地球の石垣イチゴを食べたかどうかも謎だけれども、懐かしい白いシャングリラ。農場の端で石垣イチゴが育っていた船、遠く遥かな時の彼方に消えた船。
 そのシャングリラに呼び掛けるように、ブルーと二人、窓の外の青い空を見上げた。
 本物の石垣イチゴのある地球に来たと、本物の地球の石垣イチゴはとても甘いと。
 いつかは二人でイチゴ狩りに行こう、山の斜面の石垣で育つ本物の石垣イチゴを食べに。
 地球の太陽と石垣の熱と、それで育った甘いイチゴを。
 もしもブルーが疲れそうなら、背中に背負って山を登ろう、イチゴを摘みにゆくために。
 そうして二人、笑い合いながら、甘いイチゴを摘んで食べよう。
 そんな幸せな休日もいい。ブルーと二人で、石垣イチゴを摘んでは、互いに微笑み合って…。




             石垣イチゴ・了

※甘くて美味しい石垣イチゴ。今は、地球の日本だった場所で作られているのですけれど…。
 前のブルーたちが生きた頃には、シャングリラの農場にあったのです。懐かしい味。
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