シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
(あれ…?)
あんなの前からあったっけ、とブルーが覗き込んだ庭。学校の帰り、バス停から家まで歩く道の途中、ふと目に留まった小さなブランコ。生垣の向こうの芝生に、白い支柱の。
高さからして子供用だけれど、見覚えが無い。白い支柱にも、ブランコにも。
(この家に、子供…)
住んでいただろうか、あのブランコで遊びそうな子供。そちらの方も覚えが無い。この家の人は知っているけれど、見掛けたら挨拶するけれど。ご主人と奥さん、二人暮らしだったような…。
子供は確かいなかった筈、と庭のブランコを眺めていたら、勢いよくバタンと開いた玄関の扉。中から幼稚園くらいの男の子が庭に飛び出して来た。その後ろから母親らしい女性と、顔見知りのご主人と。
「こんにちは」と挨拶をしたら、ご主人が紹介してくれた男の子と母親。遠い地域に住んでいる娘と孫だと、一週間ほど滞在すると。
「じゃあ、あのブランコ…」
「遊びに来るって言うんで用意したんだよ、驚いたかい?」
朝はまだ置いていなかったしね、とブランコの方を振り返るご主人。折り畳み式の支柱を広げて簡単に据えられるらしいブランコ。吊るすブランコも楽に取り付けられるという。けれども作りはしっかりしたもの、大人が乗っても大丈夫だという頑丈さ。
せっかくだから乗っていくかい、と言われて迷っていたら。今の学校に入ってからブランコには一度も乗っていないし、少し乗りたい気分もするし…、と考えていたら。
「お兄ちゃん、遊ぼう!」
入って来てよ、と男の子に誘われた。生垣越しに「こっち!」と手を振られて。人懐っこい男の子。ご主人も「遊んでいくといいよ」と門扉を開けてくれたから。
はしゃぐ男の子に手を引っ張られて、白いブランコの所に行った。「交代だよ」と目を輝かせる音の子を先に乗せてやって、加減しながら押してやる。ブランコが上手く揺れるように。
「もっと大きく!」と強請る男の子を「危ないよ」と宥めながら、何度も押して、また押して。
「今度はお兄ちゃんの番!」と譲られて乗せて貰った小さなブランコ。
大丈夫かな、と座って漕ぎ始めてみたら、ご主人が言っていた通りに本格的なブランコ、支柱はそんなに高くないのに。自分の背丈でも立って漕ぐには低すぎるのに。
それでも立派に揺れるブランコ、「もっと高く!」と男の子にせがまれて高く漕いだ。精一杯、ブランコの綱を揺すって、お兄ちゃんの意地で。
座ったままグンと前に漕いだら、青い空へと上がるから。小さなブランコでも空が近付くから。
(飛んで行けそう…)
手を離したら空へと舞い上がれそうな気がする、無理だけれども。
今の自分は空を飛べないから、綱を離したら放り出されて、ほんの少し飛んで落っこちるだけ。空に舞い上がれはしないのだけれど。
男の子と何度も交代で漕いだ小さなブランコ。どのくらい二人で遊んだだろうか、遊び疲れると弱い身体が悲鳴を上げてしまうから。名残惜しいくらいが丁度いいのだ、と男の子と別れて、家に帰った。白いブランコのある庭を後にして。
自分の部屋で着替えを済ませて、ダイニングでおやつを頬張りながら目を遣った庭。ブランコは置かれていない庭。代わりに白い椅子とテーブル、庭で一番大きな木の下に。
(ブランコ…)
ついさっきまで漕いでいたブランコ。男の子と交代で乗ったブランコ。
楽しくはあった、小さくても。立って漕げるだけの高さが無いブランコでも。
あのまま飛んでゆけそうだった青空、揺れて一番高く上がったら、そこで両手を離して空へ。
出来はしないと分かっていたって、ブランコから飛んでゆけそうだった。それほどに近く感じた青空、ブランコで舞い上がった空。
もっと大きなブランコだったら、もっと空高く上がれただろう。立ったままで漕げたら、青空はもっと近かっただろう。両手を離して飛び込めそうなほどに、舞い上がれそうなほどに。
(二人乗りだって…)
大きなブランコだったら出来る。一人は座って、一人は立って。
していた友達を何人も見た。二人で漕ぐ分、ブランコは遥かに高く上がった、空に向かって。
自分は怖くて出来なかったけれど。あんなに高く上がったら落ちる、と怖くて遠慮したけれど。
「お前は座っていればいいぜ」と誘われても。「俺が漕ぐから」と言って貰っても。
乗っておけば良かっただろうか、二人乗りのブランコ。空があんなに気持ちいいのなら。
小さなブランコで舞い上がった空。ブランコから手は離せないけれど、近付けた空。此処で手を離せば飛んでゆけると、舞い上がれそうだと思えた青空。
それが心を離れない。ほんの少しだけ、空へと飛ばせてくれたブランコ。
(庭にブランコ…)
あったらいいな、と眺めた芝生。あそこにブランコ、と。
庭で一番大きな木の下に置かれた、白いテーブルと椅子もいいけれど。同じ白なら、小さくても丈夫なブランコもいい。今日、乗ったような白いブランコ。立って漕げなくても、子供用でも。
ブランコが一つ庭にあればと、そしたら空に近付けるのにと青い芝生を見ていたら。どの辺りにブランコを置くのがいいかと、似合いそうかと考えていたら。
(あったっけ…!)
芝生の上に小さなブランコ。子供の頃には。さっき遊んだ男の子くらいの年の頃には。
色は忘れてしまったけれども、確かに庭で漕いでいた。父や母に背中を押しても貰った、もっと大きく漕げるようにと。
あれが今でもあったなら。何処かに仕舞ってあるのなら…。
(ハーレイと遊べる?)
身体が大きなハーレイは子供用のブランコだと座れないかもしれないけれども、押して貰える。幼かった自分が両親にやって貰ったように。帰り道で遊んだ男の子の背中を押してやったように。
ハーレイと二人で庭でブランコ、空の世界へ舞い上がれるブランコ。
素敵かもしれない、乗れるのは自分一人でも。ハーレイには小さすぎるブランコでも。
(まだあるのかな…)
小さかった自分が遊んだブランコ。色も覚えていないブランコ。
あるのなら乗ってみたいから。庭の芝生に置いてみたいから、通り掛かった母に尋ねた、あれはまだ家にあるのかと。ブランコは物置の中だろうか、と。
「ああ、あれね。好きだったわねえ、あのブランコ」
いつも頑張って漕いでいたわね、パパやママが手伝ってあげられなくても。
「あのブランコ、何処かに残ってる?」
今は畳んであるんだろうけど、物置とかに?
「ブルーが遊ぶには小さくなったから、あげちゃったわよ」
「えーっ!」
小さくなっても、ちゃんと乗れるのに!
立って漕げないっていうだけのことで、座って乗ってもブランコはちゃんと漕げるのに!
乗りたかったのに、と抗議したら母に「えっ?」と変な顔をされたから。
いったい何を言い出すのだろう、と怪訝そうな瞳で見られたから。
慌てて帰り道の話をした。子供用のブランコで小さな子供と遊んで来たと。小さなブランコでも充分乗れたと、楽しかったと。
「あらまあ…。それで懐かしくなっちゃったのね」
家にあったのを思い出したら、家で乗りたくなったってわけね、ブランコに。
「うん…。でも、あげちゃったんなら乗れないね…」
もし残ってたら、出して貰おうと思ったのに。ぼくじゃ無理だから、パパに頼んで。
「ブランコなら、公園で乗って来たら?」
楽しかった気分を忘れない内に、乗りに行ってくるのもいいと思うわよ。そこの公園まで。
「行ってる間にハーレイが来ちゃうよ!」
今日は来ないかもしれないけれど、行ってる間に来たら大変。ブランコどころじゃないってば!
「そうなの? ハーレイ先生には待ってて貰えばいいと思うけど…」
ブルーは公園に行ってますからお待ち下さい、って伝えておいてあげるのに。
それじゃ駄目なのね、待っていたいのね、ブランコに乗りに行くよりも?
ブルーは本当にハーレイ先生が大好きなのねえ、と言われてドキリと跳ねた心臓。「大好き」の中身が違うから。母が思う「好き」とは大違いだから。
「そうじゃなくって! ハーレイを待たせてしまっちゃ悪いよ、遊びに行ってて!」
ブランコなんかで、と激しく打っている鼓動を必死に誤魔化して部屋に戻った。本当の気持ちを母に知られたら大変だから。どういう「好き」かを知られるわけにはいかないから。
大慌てで逃げ帰った部屋だけれども、やっぱり忘れられないブランコ。舞い上がった空。小さなブランコでも空に近付けた、漕いだ分だけ。
勉強机に頬杖をついて、ブランコのことを考える。漕げば空へと上がるブランコを。
(ぼくのブランコ…)
幼かった自分が漕いだブランコ、あれが今でも家にあったらハーレイと一緒に遊べたのに。庭の芝生にブランコを据えて、ハーレイに背中を押して貰って、空高く漕いで。
(公園に行けばあるけれど…)
立ち漕ぎが出来る大きなブランコが。ハーレイでも充分に乗れるブランコが。
とはいえ、ハーレイは連れて行ってはくれないだろう。会う時はいつも、この家ばかり。部屋で話すか、庭にある白いテーブルと椅子か。
他の場所では会っていないし、何処かへ出掛けたことも無い。ただの一度も。
(でも、公園の朝の体操…)
夏休みに一緒に行ってみないかと誘われた記憶。近所の公園へ行くなら付き合ってやるぞ、と。
体操に行くのは断ったけれど、あの時、ハーレイは公園に行こうと言ったのだから。体操をしに出掛けて行こうと、自分を誘ってくれたのだから。
(公園のブランコだったら行ける?)
朝の体操とは違うけれども、ブランコは公園で遊ぶもの。朝の体操をやっているのと同じ公園にあるのがブランコ。大人でも乗れる立派なものが。
もしかしたら連れて行って貰えるだろうか、と期待を膨らませていたら、チャイムの音。窓から覗くと、ハーレイが大きく手を振っていた。門扉の向こうで。
公園にブランコに乗りに出掛けなかったのは正解だった、とハーレイが部屋に来るのを待って。母がお茶とお菓子を置いて行ってくれたテーブルを挟んで向かい合わせで切り出した。
「あのね…。今度の土曜日、ぼくと公園に行ってくれる?」
「はあ?」
公園ってなんだ、何処の公園だ?
「そこの公園。ハーレイも歩いて来る時に通っているでしょ、公園の横を」
あそこに一緒に行って欲しいんだけど…。もちろん、お天気が良ければ、だけど。
ブランコに乗りに行きたいんだよ、と頼んでみた。
公園の朝の体操に誘ってくれていたんだし、公園にあるブランコだってかまわないでしょ、と。
「大きなブランコがあるんだよ。ハーレイみたいに大きな大人でも乗れるブランコ」
二人で一緒に乗りに行こうよ、きっと楽しいよ。
ぼくね、今日、学校の帰りに小さなブランコに乗せて貰って…。小さな男の子と遊んでたんだ。その子の家のブランコで。
漕いだら空に飛んでくみたいで、とっても素敵だったから…。今度の土曜日はあれに乗ろうよ、二人で公園まで行って。
「お前なあ…。デートは断ると言っただろうが」
いくらブランコが楽しかったか知らんが、体操ならともかく、デートはなあ…。
「デート?」
ぼくはブランコって言ってるんだよ、食事に行こうとは言っていないよ。ブランコに乗るだけ、ハーレイと一緒にジュースを買って飲もうとも思っていないんだけど…。
「それはそうかもしれないが…。お前はブランコに乗りに行きたいだけなんだろうが…」
ブランコは一応、定番なんだぞ。デートってヤツの。
「え…?」
なんでブランコが定番になるの、あれは遊びの道具でしょ?
大人の人だって乗っているけど、遊びで乗ってる人ばかりだよ…?
キョトンとしてしまったブルーだけれど。全くピンと来なかったけれど。
ハーレイが言うには、ブランコはデートに使われるもの。人が少ない時間に公園に行けば、恋人たちが乗っているという。二つのブランコに並んで乗ったり、一つのブランコに二人乗りしたり。
公園のブランコはそうしたもの。恋人同士で乗りに行くなら、デート。
「じゃあ、ブランコに乗りに行くのは駄目なの…?」
同じ公園でも体操は良くて、ブランコは駄目…?
「駄目ってことだな、デートになってしまうからな」
俺とお前じゃ、傍目にはそうと分からなくても立派にデートだ。断固、断る。
「酷いよ、ぼくはハーレイとブランコに乗ってみたいのに…!」
空に飛んでいくような気分になれるブランコ、ハーレイと乗ってみたかったのに…!
ハーレイは漕ぐのも上手そうだから、見てるだけでも楽しそうなのに…!
本当に上手いに違いない、という気がしたから。自分が漕ぐよりずっと上手くて、ずっと高くへ漕げるだろうと思ったから。
見ているだけでも楽しそうだ、と食い下がったら。
「そりゃあ上手いに決まってるだろう、お前よりかは遥かにな」
怪我も沢山しちまったんだが、いわゆる武勇伝っていうヤツだ。名誉の負傷だ。
お前が思っているようなブランコの乗り方とは多分、全く違うだろうな。
「違うって…。ブランコはブランコじゃないの?」
乗って漕ぐんでしょ、ぼくの友達はそうだったよ。公園に来ていた他の子たちも。
それともあれかな、漕いでる途中でピョンと飛び降りてしまうヤツ?
ぼくは怖くて出来なかったけど、一番高くまで漕いで上がって、そこから飛ぶとか。
「そいつは普通だ、何処でもガキどもがやってるってな」
お前は怖くて無理だったかもしれんが、幼稚園のガキでもやるヤツはいる。小さなブランコでも元気一杯に飛ぼうってヤツは。
だが、俺がやっていたのは飛ぶ方じゃなくて、ブランコの漕ぎ方そのものだ。立ったり座ったりして漕ぐ代わりにだ、漕いでる途中で逆立ちなんだ。
「逆立ち!?」
ブランコで逆立ちなんかをしたら落ちるよ、座る板から放り出されちゃうよ?
それとも、えーっと…。慣性の法則っていうの、あれで落ちずに乗っていられるの?
「甘いな、そういう逆立ちじゃない。あれは一種の体操の技かもしれないな」
ブランコを吊るしてる鎖があるだろ、でなければロープ。
あれを両手でグッと掴んで、その手を支えに逆立ちするんだ。つまり身体は板から離れる。
思いっ切り漕いでパッと逆立ち、板に戻る時は身体をクルリと回転させて戻るってな。
ハーレイが子供の頃にやっていたらしい、逆立ちでブランコに乗るという技。
逆立ちしたまま靴を飛ばすとか、逆立ちの状態から飛び降りるだとか、ブランコで披露する技は色々、友人たちと競っていたハーレイ。
怪我も沢山したけれど。ブランコから落ちたり、落ちた所へブランコの板が戻って来て頭を直撃したりと、それは散々に。
けれども懲りずに挑み続けて、誰よりも上手く乗れたというから。上の学校へ上がった後にも、公園でブランコを見掛けたら「こう乗るもんだ」と皆の前でやって、拍手喝采だったというから。
「その技、見たい…」
ハーレイ、今でも出来るでしょ、それ?
柔道と水泳で鍛えているから、身体はなまっていないよね?
だから出来そうだよ、そういう乗り方。絶対、出来ると思うんだけど…。
「まあな。昔の仲間と集まったりしたら、あれは今でも出来るのか、って話になるしな」
そうなりゃ、近くに公園があれば披露せんとな?
俺の腕は全く落ちちゃいないと見せてやらんと話にならん。ブランコの技は現役だぞ、と。
「だったら見せてよ、ぼくも見たいよ!」
ハーレイがカッコ良く逆立ちで乗るのを見たいよ、そんな乗り方、見たことないもの…!
「乗り方はともかく、お前と二人で公園だろうが。公園のブランコ」
デートの定番なんだと言った筈だぞ、恋人と公園へブランコに乗りに出掛けるのはな。
白昼堂々、デートが出来るか。
周りにはそうと見えてなくても、お前と俺とは恋人同士で、ブランコとなれば立派にデートだ。
それに…、とハーレイは腕組みをした。
公園へブランコに乗りに出掛けて、逆立ち乗りなどの技を披露していたら。
真っ昼間だけに、自分は公園に来ている子供たちのヒーローになってしまって、そちらの相手で手が塞がってしまうんだが、と。
「いいか、逆立ち乗りなんかは子供にはとても教えられないが…」
危ないから駄目だ、と決してやらんが、そういう技を持ってる大人。子供にしてみりゃヒーローだろうが、凄い人がブランコに乗りに来た、ってな。
俺の今までの経験からして、ワッと囲まれて、「ブランコで遊ぼう」って言われるんだ。二人で乗りたいとか、自分で漕ぐから思い切り背中を押して欲しいとか…。
そうなった以上は、次から次へと俺と一緒に乗せてやったり、背中を押して漕いでやったり。
「もう行かなきゃな」と俺が言うまで、それは見事にガキどもの世話だぞ?
俺の技を見ようと公園に出掛けた俺の仲間たちも巻き込まれてたな、「遊んでくれ」と。
お前もそういうコースになるんだろうなあ、「お兄ちゃんも一緒に遊ぼうよ」ってな。
ブランコに乗りに公園に出掛けたが最後、お前の世話はすっかりお留守になるな、という宣告。公園に来ている子供たちの方が優先だから、と。
「そういうモンだろ、同じ子供なら小さい方を優先しないとな」
お前は制服を着るような年だ、いくらチビでも子供から見たら「お兄ちゃん」だ。
お兄ちゃんらしく、我慢して俺を子供に譲るべきだな、公園ではな。
「そんな…。せっかくハーレイと公園に行くのに、ハーレイを子供に取られちゃうの?」
ぼくはハーレイに放っておかれて、子供の世話を一緒にするしかないの?
「そうなっちまうということだ。ブランコに乗りに出掛けるのなら」
だから駄目だな、健全なデートが出来る時間の公園は。
俺の技を見たいと言っちまったら、今、言った通りのコースになるし…。
そうでなくても、ブランコがデートの定番なんだと知ってる以上は、俺は御免だ。
お前とのデートは庭のテーブルと椅子でいいだろ、公園まで出掛けて行かなくてもな。
二人でブランコに乗りに行くなら日が暮れてから、と言うハーレイ。
遊んでいた子供たちの影がすっかり消えて、公園に明かりが灯ってからだ、と。
「お前と二人で出掛けるんなら、そういう時間になってからだな」
子供たちのヒーローになる心配も無いし、存分に技を披露してやるさ。
なあに、ブランコと鎖がきちんと見えてりゃ、逆立ち乗りは楽々出来るんだ。現に、夜にだってやっているしな、仲間たちに頼まれて技を見せようって時にはな。
「それって、いつ…?」
暗くなってから公園でブランコだなんて、いつになったら連れてってくれるの?
「夜のデートに出掛けられるようになったらな」
お前が育って、お父さんとお母さんに「行って来ます」と言えるようになって。
ついでに門限も明るい間じゃなくなってからだ、夜になってから家に帰っても間に合う時間。
そういう時間まで俺と一緒に出歩けるようになれば、夜のデートも充分出来るし。
「いつのことだか分からないよ!」
ぼくが大きく育つのもそうだし、門限が遅くなる頃だって…!
夜の公園でブランコに乗れるの、いつだか分からないじゃない…!
「なあに、結婚する頃には乗りに行けるさ」
婚約したなら、夜のデートもきっと許して貰える筈だぞ。
俺の車でドライブに出掛けて、お前を家まで送る途中に公園に寄るかな、ブランコに乗りに。
先客のいない場所となったら、そこの公園が案外、狙い目なのかもしれないなあ…。
ハーレイと二人、ブランコに乗りに行くなら夜のデートで日の暮れた公園。逆立ち乗りを見せて欲しくても、ハーレイを独占していたいのなら、やっぱり夜で。
当分はハーレイとブランコに乗りに行けそうもないから、ポツリと呟く。
「もっと小さかった頃に出会いたかったな、ハーレイと…」
ぼくが今よりずっと小さくて、チビだった頃に。
「どういう意味だ?」
俺もお前ともっと早くに出会いたかったと何度も思うが、どうして此処でそれが出てくる?
チビだとデートに行けるまでには、今よりももっと長い時間がかかるわけだが…?
「ハーレイが公園のヒーローになってて、ぼくは遊んで貰うんだよ」
ブランコに一緒に乗って貰って、ハーレイと二人でうんと高く。
飛んで行けそう、って思うくらいに高い所まで漕いで貰って。
ハーレイだったら小さな子供でも、安全に乗せてくれそうだもの。もっと高く、って頼んでも。
「そっちのコースか…」
俺のブランコの腕前を眺めて、凄い人が来たと大感激して。
それから友達になろうってヤツだな、他の子たちよりも多めに遊んで貰ってな。
気持ちは分からないでもないが…。
お前はとっくに育っちまって、同じチビでも俺と公園で遊べるチビではないんだよなあ…。
今更チビには戻れないぞ、と苦笑いされた。育った背丈は縮まないから、と。
いくらチビでも、十四歳にしてはチビというだけ。下の学校の子はもっと小さいし、幼稚園だともっと小さい。今日の帰り道、ブランコで遊んだ男の子くらいの背丈しかない。
そこまで小さくなれはしないし、小さくなったら結婚までの道も遠くなる。背が今よりも縮んだ分だけ、逆に長くなる結婚までの時間。
それでは自分も困るから。ハーレイと公園で遊べたとしても、結婚までの時間が延びてしまえば悲しいどころではないのだから。
ハーレイとブランコに乗りたいのならば、ブランコに逆立ちで乗っている姿を見たいなら…。
「やっぱり結婚してからなの?」
でなきゃ、もうすぐ結婚するんだ、って決まってからの夜のデートとか…。
それまでハーレイと二人でブランコは無理で、ハーレイの技も見られないわけ…?
「そういうことだな、残念ながら」
俺もリクエストされたからには、華麗な技を披露したいのは山々なんだが…。
お前と二人でブランコでデートも悪くないんだが、まだ早すぎだ。
俺と一緒に出掛けられるようになるまで、公園でブランコは待っていてくれ。
ブランコで遊んで楽しい気持ちになったのも分かるし、乗りたい気分も分かるんだがな。
分かるんだが…と窓の外へと目を遣ったハーレイ。
ブランコを高く漕いだ時には空に近付くし、とても気分がいいものだから、と。
「今のお前は空を飛べない分、余計に気持ちがいいんだろうなあ…」
ブランコを漕いで高く上がれば、空に飛び出して行けるようで。
そういうブランコも楽しいんだが、ゆらゆらと揺れるブランコってヤツも楽しいもんだ。
覚えていたなら、作ってやろう。
「…何を?」
何を作るっていうの、ハーレイ?
「お前専用のブランコだ」
結婚したら、庭の木に一つ作ってやろう。庭の木だから、高く漕ぐより揺れる方だな。
青空を目指すブランコもいいが、庭の緑や景色を見ながら乗れるブランコ。そいつを俺が作ってやるから、好きな時に乗って遊ぶといい。木陰のブランコでのんびりとな。
「本物の木にブランコなの?」
それをハーレイが作ってくれるの、庭の木の枝にブランコを?
「そうさ、そんなのも楽しそうだろうが」
しっかりした板を切って削って、丈夫なロープで枝に縛って。
芝生に置くようなブランコもいいが、庭の木にブランコというのもいいもんだぞ。
「うん…!」
とっても気分が良さそうだよ、それ。上を見上げたら緑の葉っぱが一杯で。
庭の木にブランコがついてるだなんて、芝生に置いてあるよりも素敵だよ、きっと…!
同じ作るなら、ハーレイも乗れそうなブランコを庭に作ってよ、と頼んでみた。
頑丈な木を選んで、ハーレイも乗れる丈夫なブランコ。そしたら昼間でも乗れるから、と。
「公園まで行かなくっても家で乗れるよ、庭のブランコでデート出来るよ」
ハーレイとぼくが二人で乗っても大丈夫なのを作ってくれたら。
二人並んで座れそうなのを、庭の木の枝につけてくれたら。
「ふうむ…。お前が一人で遊ぶんじゃなくて、デートもするのか。庭のブランコで」
だったら、公園のブランコは要らんな、昼間に行っても俺がヒーローになっちまうだけだしな。
家でのんびりデートってわけだな、ブランコは庭にあるんだからな。
「ううん、家で乗って、公園のもだよ…!」
昼間の公園だとハーレイを子供に取られちゃうから、昼間は家のブランコでデート。
夜になったら公園に行って、公園のブランコでデートするんだよ。二人で乗ったり、ハーレイの技を見せて貰ったり、公園のブランコでしか出来ないデートを。
庭のブランコが丈夫なものでも、ハーレイが逆立ちを披露できるほどの高さの枝に吊るすのは、多分、無理だから。小さな子供ならばともかく、ハーレイの背丈の高さを思えば無理そうだから。
ブランコの鎖をグッと掴んで逆立ちするハーレイを夜の公園で見たい。
「凄い!」と騒ぎ出す子供たちの姿が消えてしまって、静かになった夜の公園で。
もちろん、デートもするけれど。
ハーレイにブランコを漕いで貰って二人で乗ったり、それぞれ別のブランコに乗って、ゆっくり漕ぎながら話をしたり。
庭のブランコでも出来ることやら、公園のブランコでないと出来ないことやら。
どちらにもきっとまるで違った魅力があるから、ブランコは庭と公園と。
庭に作るなら、ハーレイと二人で乗れるブランコ、眺めが良くて丈夫な枝に。
「分かった、分かった。ブランコでデート、家と公園と、両方なんだな」
昼間は庭のブランコに二人で乗って、夜になったら公園に行って。
そんな感じでデートをしたい、と。
結婚するまでは庭のブランコは作ってやれないから、夜の公園だけになるがな。
「約束だよ? ブランコ、覚えていたら庭に作ってね」
公園のブランコでデートしたなら、きっと思い出すと思うけど…。
家にもあったらいいのにな、って思うんだろうし、そしたら思い出すだろうけど…。
ハーレイもちゃんと思い出してよ、庭にブランコを作るってこと。
そしたら昼間でもブランコに乗ってデートが出来るし、庭の木の枝に吊るしたブランコ、きっと素敵に決まっているから…!
いつかはハーレイと二人でブランコ、二人で乗ったり、ハーレイの技を見せて貰ったり。
ブランコで逆立ちするハーレイがヒーローに見えるくらいに幼かった頃には、ハーレイと出会い損ねたけれど。遊んで貰い損なったけれど。
今よりもっと大きくなったらデートが出来る。
前の自分と同じ背丈に育ったら。ハーレイと二人、恋人同士だと明かせるようになったなら。
ブランコはデートの定番らしいから、いつかはハーレイとブランコでデート。
公園でも、庭の木の枝にハーレイが吊るしてくれたブランコでも。
ゆらゆらと揺れる庭のブランコも、公園のブランコも、二人で乗ればきっと楽しい。
小さなブランコでも飛べそうだった空へブランコを漕いでゆくのも、二人並んで座るのも。
ハーレイと二人なのだから。
青い地球の上、幸せな時を二人きりで過ごすのがデートなのだから…。
ブランコ・了
※ブルーが久しぶりに乗ったブランコ。すると、ハーレイともブランコで遊びたい気分に。
なのに当分、お預けなのです。いつかは二人で乗りに行ったり、一緒で暮らす家の庭でも…。
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