シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
「人が植物に変身するという話は知ってるか?」
ハーレイの古典の授業中。生徒たちの集中力を取り戻すために始まる雑談。居眠りしそうだった生徒もハッと顔を上げる、聞き逃したら損をするから。楽しかったり、ためになったりする中身。
投げ掛けられた問いに「知ってます!」と返った幾つもの声。ブルーも「はいっ!」と勢いよく手を挙げた、「知っています」と。
人が化身した植物の話は幾つもあるから。水仙になった美少年やら、月桂樹になった女性やら。彼らの名前が植物の名前になっている。水仙も、それに月桂樹も。
てっきり、そういう話になるのだと考えたのに。クラスメイトたちもそうだったろうに。
「間違えるなよ、伝説や神話の人物じゃないぞ」
誰でも知ってる実在の有名人なんだが、と続いた言葉。名前を知らなくても存在くらいは、と。
藤原定家。百人一首を選んだ人だ、と。
「嘘…」
信じられない、と教室に広がる波紋。そんな馬鹿な、と。
古典の授業では必ず出て来る百人一首。SD体制が始まるよりも遥かな昔に、日本という島国で選ばれた有名な和歌。昔とはいえ、その時代にはもう歴史が記録されていたのだし、伝説や神話の時代とは違う。藤原定家も実在の人物、その人が植物に化身するなど有り得ない、と。
「いや、本当だ。藤原定家は植物になった」
定家カズラ、と教室の前のボードに書かれた文字。藤原定家はこれになった、と。ただし、命が尽きてから。定家がこの世にいなくなってから。
生きている間に定家カズラに化身したわけではないけれど。
定家の死後に、その恋人の墓を覆ってしまったツタ。それが姿を変えた定家で、そのツタは定家カズラと呼ばれるようになったという。
何度取り除いても、また恋人の墓を覆い尽くした定家カズラ。ツタに化身した藤原定家。
「本当ですか…!」
あちこちで上がる驚きの声。実在の人物が植物になってしまうだなんて、と。
「まあ、昔からあったツタの名前が変わったっていうオチだろうがな」
このツタは定家に違いない、と皆が考えれば、そういう名前になるってもんだ。
多分、本当に定家カズラが生えたんだろうな、恋人の墓の周りにな。なにしろ定家は有名人だ、噂は直ぐに広がっただろう。ツタになっても恋人の側にいようと頑張っているんだからな。
定家カズラって名前になる前は、マサキノカズラだったという説もある。同じ植物の名前がな。
さて、俺の雑談は此処で終わりだ。定家カズラを詳しく知りたいヤツは能の勉強をするといい。能の演目で、定家というのがあるからな。
授業に戻る、とハーレイはボードに書いた「定家カズラ」の文字を消したけれども。
(定家カズラ…)
凄い、とブルーは感心した。
死んだ後まで恋人の墓を覆ったほどの定家の愛。何度取り除いても、また生えたというのが定家カズラで、尽きない愛の結晶だから。ツタになっても愛し続けようと、側にいようと。
自分よりも先に亡くなった恋人、その人の側にいつまでも、と。
定家の想いも凄いけれども、それほどに定家に愛された人。定家よりも先に死んだ恋人。
その人は幸せだっただろうと、なんて幸せな人だろうかと。
(死んじゃった後も、ずうっと一緒…)
定家カズラに覆って貰って、永遠に寄り添い続けただろう恋人同士。
地球が滅びてしまうまで。でなければ、それよりもっと昔に、定家カズラに覆われた墓が風雨で朽ちてしまうまで。
(でも、きっと今も…)
恋人同士に違いない。自分とハーレイがそうであるように、何度も二人で生まれ変わって。
定家カズラが覆っていた墓が消えた後には、地球が滅びてしまった後は。
SD体制の時代にも二人はいたかもしれない、広い宇宙でまた巡り会って。
学校が終わって家に帰っても、忘れられない定家カズラ。遠い昔の愛の物語。
おやつの時間も頭の中から定家カズラが離れない。死んだ後にも寄り添い続けた恋人同士。定家カズラが覆い尽くして、愛し続けた恋人の墓。
二人は何処に行ったのだろうか、今の時代は。SD体制が敷かれていた頃も、巡り会って二人で暮らしただろうか。きっとそうだ、と考えていたら、母がダイニングに入って来たから。
「ママ、定家カズラっていう植物、知ってる?」
ハーレイの授業で聞いたんだけど…。写真は見せて貰ってないんだ、授業と関係無かったから。ツタだっていうのは確かだけれど。
「定家カズラ…。ああ、あれのことね」
ウチには無いけど、たまに育てている家があるわ。花が可愛くて香りもいいから。
手を出してちょうだい、ママの記憶を見せてあげるから。
これよ、と絡めた手から流れ込んで来た母の記憶の定家カズラ。艶やかな葉に、花びらが五枚の白ともクリーム色とも見える花。咲いた時には白なのだろう。時が経てば淡い黄を帯びていって、やがてクリーム色へと変わる。
花から漂う甘い芳香。ジャスミンを思わせる香りの花。
(綺麗…)
想像以上に美しかった定家カズラという名の植物。母に「ありがとう」と御礼を言って。
おやつが済んだら、部屋に戻って…。
(定家カズラ、ホントに綺麗だったよね…)
花は大きくないのだけれども、可憐な白やクリーム色のが幾つも咲いて。いい香りがして。
あんな花に覆って貰っていたなら、きっと幸せだったろう。そうして二人、離れることなく寄り添い合って、ずっと愛されていたのなら。
恋人の墓が朽ちてしまうまで、地球が滅びてしまう時まで、定家カズラが恋人を守って。
そういう愛の形もいいよね、と定家カズラに思いを馳せた。遥かな後まで語り継がれた恋物語。地球が一度は滅びた後まで、定家カズラも育たないほどに死に絶えた地球が蘇るまで。
(カズラって言えば…)
ふと思い出した、風船カズラに纏わる話を。今のハーレイから聞いた話を。
風船カズラの中にはハートのマークがついた種が三つ入っているから、その種を前の自分たちの心臓に見立てるという。ソルジャー・ブルーと、ジョミーと、キースと。SD体制を倒した英雄、その心臓が中に入っていると。
さほど知られてはいないらしくて、今の自分も知らなかった。風船カズラは風船カズラ。風船のように膨らんだ実をつける植物だと思って見ていただけ。
風船カズラにこじつけた話はあったけれども、それを除けば前の自分たちは植物に姿を変えてはいない。定家カズラのようにはいかない、植物の名前はとうの昔に完成されてしまっていたから。
秋に咲く朝顔の品種の一つに「キース・アニアン」の名がつけられていたから、そういう具合に朝顔や薔薇の名前の中には混じっているかもしれないけれど。ソルジャー・ブルーもキャプテン・ハーレイも、探せばあるかもしれないけれど。
定家カズラにはとても及ばない、誰もが「あれだ」と思い浮かべる植物ではない。どんな花かは直ぐに浮かばず、今の自分だって「ソルジャー・ブルー」の名前の花など知らないから。
(それに…)
前の自分の恋は知られていなかった。前のハーレイとの恋は。
誰にも決して知られないよう、隠し続けた秘密の恋。
その上、前のハーレイの墓碑も、自分の墓碑も空っぽだから。其処に葬られてはいないから。
(ハーレイカズラは無理だよね…)
前の自分の墓碑を覆い尽くしてしまうハーレイカズラ。前のハーレイの墓碑から蔓を伸ばして、前の自分の墓碑を覆って。
そうなっていたら、幸せだったろうに。死んだ後まで、ハーレイに墓碑を丸ごと覆って貰って、いつまでも二人、寄り添い合って。
そんなことを考えていたら、来客を知らせるチャイムの音。仕事帰りのハーレイが寄ってくれたから。部屋のテーブルを挟んで二人、向かい合わせに座れたから。
「ねえ、ハーレイ。…定家カズラの人、幸せだよね」
「はあ?」
幸せって…。今日の授業の俺の話か、雑談でやってた定家カズラ。
「そうだよ、あのお話の中の定家の恋人。とても幸せな人だと思って…」
あんなに愛されて、きっと幸せだっただろうな、って。
死んだ後までお墓を恋人に覆って貰って、ずうっと一緒にいられたんだから。
「なるほどな。お前、調べていないのか…」
そのようだな、とハーレイの鳶色の瞳が見詰めるから。
「何を?」
調べるって、何を調べるの?
「定家だが?」
「定家カズラはママに教わったよ?」
綺麗だったよ、ママの記憶で見せて貰った定家カズラ。白い花とかが沢山咲いてて…。とってもいい匂いがしてくる花で。
あんな花がお墓を包んでくれたら、きっと幸せ。それに、いつまでも一緒なんだし。
もう最高の恋人同士だと、素敵な恋の物語だと話したのに。
ハーレイは「定家だぞ?」と繰り返した。「能の定家は調べたのか」と。
「授業でも言った筈だがな? 詳しく知りたければ能の勉強をしておけと」
定家という名の能があるから、そっちも調べておくといい、と。
「その能は別に調べなくっても…」
ハーレイの授業で充分だよ。定家カズラの話は聞いたし、どんな花かももう分かったし…。
能は本物を見たことないから、調べてもきっと何のことだか…。
「俺は見ろとは言わなかったぞ、調べておけと言ったんだ」
能にはきちんと脚本みたいなものがある。それを読んでおけ、という意味だったんだが…。俺の話よりずっと詳しく書かれているしな、定家カズラの物語が。
そいつをちゃんと調べていたなら、幸せだなんて言えなくなるぞ。
「え?」
幸せな恋のお話なんでしょ、死んだ後まで一緒なんだ、って。定家カズラになった定家と、その恋人とのお話でしょ…?
「そうじゃないんだ、幸せな話じゃないってな。むしろ逆だぞ、能の定家は」
定家カズラに絡み付かれた恋人の方が話の主役だ、助けてくれと姿を現すんだ。都にやって来たお坊さんの前に、自分の魂を救ってくれと。
定家カズラに墓を覆われた、恋人の式子内親王。その人は定家の妄執に苦しみ、墓を覆われては成仏することも出来ないから、と僧侶に助けを求めたという。
自分を解放してくれと。墓を覆い尽くす定家カズラから、逃れて成仏したいのだと。
「なんで…?」
どうしてそういうことになっちゃうの、定家カズラから逃げたいだなんて。
せっかく恋人と一緒にいるのに、その恋人から逃げたいって頼みに行くだなんて…。
「さあな、とにかく能の定家はそんな話だ」
お坊さんに頼んで、有難いお経を唱えて貰って。
墓に絡み付いていた定家カズラはすっかり消えちまうってわけだ、内親王の願い通りに。これでようやく自由になれる、と内親王は御礼に舞を舞ってから墓に消えていくのさ。
「それで、どうなるの?」
消えちゃった後の内親王は何処へ行ったの?
「それは分からん。また定家カズラが墓を覆って終わりだからな」
内親王が成仏出来たのかどうか、分からないままで能は終わるんだ。もっと長かった話が其処で途切れてしまったんじゃなくて、最初から続きは存在しない。定家って能が出来た時から。
「ちゃんと捕まえられていたらいいのに…」
定家カズラがまた生えたんなら、内親王を元の通りに。お坊さんがお経を読む前と同じに。
「おいおい、それじゃ内親王がだな…」
可哀相だろうが、成仏出来なくなっちまうんだぞ。定家カズラにまた捕まったら。
「だって、定家の恋人でしょ?」
それでいいじゃない、捕まったままで。ずうっと二人で、離れないままで。
逃げるなんて、とブルーは呟いた。
それじゃ酷いと、死んだ後まで定家カズラが墓を覆うほどに、定家に愛されていたくせに、と。
「ぼくなら絶対、逃げやしないよ」
もしも定家がハーレイだったら。ぼくが内親王だったら。
「おっ? お前、そう言ってくれるのか?」
俺がツタになってお前の墓に絡み付いていても、お前は逃げないと言うんだな。迷惑なツタでも俺の自由にさせてくれる、と。
「迷惑だなんて…。ハーレイがそうやって来てくれたんなら、逃げないよ」
ツタになってまで来てくれるんでしょ、ぼくの所へ。ぼくのお墓へ。
ちょっと苦しくても、窮屈だな、って思ったとしても、ぼくは絶対、逃げないんだから。
「本当か?」
ギュウギュウとツタが締め付けていても、我慢して一緒にいてくれるんだな?
このツタを取って自由にしてくれ、と誰かに頼みに行ったりせずに。
「決まってるじゃない。そこで逃げちゃうようなぼくなら、今、ハーレイと一緒にいないよ」
生まれ変わってまで一緒にいないよ、とっくに何処かへ行っちゃってるよ。
「それもそうだな…」
今まで一緒にいるわけがないな、お前はお前で自由に何処かへ行っちまって。
「そうでしょ?」
前のぼくが死んだら、もう自由だもの。だけど逃げずに一緒にいたから、今だって一緒。二人で地球に生まれ変わって、これからも一緒に行きていこう、って言ってるじゃない。
ぼくなら絶対、ハーレイの側から離れないよ。ツタに絡み付かれて息苦しくても、窮屈でも。
だって、ハーレイが抱き締めていてくれるんだもの。ツタになってまで、ぼくのお墓を。
昔の人はよく分からない、と首を傾げた。どうして逃げてしまうのだろう、と。
定家カズラに化身してまで側にいてくれる恋人、それほど愛してくれる人がいるのに、どうして自由になりたいなどと言うのだろう、と。
「そういったものは煩悩だったんだ。死んだ後まで執着するっていうのはな」
執着する方も、されている方も、そいつのせいで成仏出来ずに苦しむものだと思われていた。
死んだらそういう気持ちは捨ててだ、真っ直ぐにあの世へ行くのが正しい道だったんだな。
「煩悩って…。愛や恋が?」
誰かを好きだと思う気持ちは煩悩だったの、死んだ後にはそれを持ってちゃいけなかったの?
それで内親王は定家カズラを外してくれって頼みに行ったの、お坊さんに…?
「うむ。自分の力じゃどうにもならないから、ってな」
定家カズラを払いのけたくても、定家の想いが強すぎて恋を捨ててはくれない。定家カズラから自由になれない。内親王も定家も、恋に囚われたままで成仏出来ないってことだ。
内親王が生きた時代は、それは悲しいことだった。生きていた時の煩悩ってヤツを捨てられないまま、いつまでも恋人と離れないでいるっていうのはな…。
遠く遥かな昔の日本。定家カズラが生まれた時代。
その時代には、死んだ後には恋した心は捨ててゆくものだったと言われたから。
どんなに恋して愛し合っても、そうした想いが煩悩になって邪魔をするから、命が尽きて旅立つ時には捨てねばならなかったと言うから。
「だったら、前のぼくはとても幸せだったんだ…」
愛も恋も持ったままでいられたから。
前のハーレイを好きな気持ちを、捨てないで持っていられたから。
ちゃんと大切に持って、持ち続けて、またハーレイと会えたんだから…。
「まあ、時代がとっくに違ったしな」
前の俺たちが生きた時代と、定家カズラの話の時代じゃ、全く違っていたからなあ…。
考え方だってまるで違うさ、SD体制があった頃には煩悩も何も無いもんだ。言葉はあっても、それを持ってちゃ駄目だと思いはしなかったろうが。ただの欲望くらいな意味で。
「そうだっけね…。ちょっと深めの欲望だったね、前のぼくたちの頃の煩悩」
今はどうだろ、煩悩の意味は変わっていないと思うけど…。
死んだ後にも持っていたってかまわないよね、好きって気持ち。恋をした人を好きなままでも。
「当然だろうが、愛や恋は今でも大切だろう?」
捨ててしまった方が酷いぞ、今の時代は。
お前がすっかり勘違いしていた定家カズラの話みたいに、恋はしっかり持ち続けんとな。自分の命が終わったからって、もう知らないと忘れちまったら、今の世の中、何と言われるか…。
「そうだよね?」
今の時代も、前のぼくたちが生きてた頃も。
忘れましょう、って言う方が変で、忘れずにいるのが本当の愛で恋なんだよね…?
そういう時代に生きているんだ、っていうことは…。
死んだ後にはツタに変身して、大好きな人を追い掛けて行ってもいいんだよね、と微笑んだ。
「ぼくを追い掛けて来てくれる?」と。
ハーレイカズラに姿を変えて。墓にしっかりと絡み付いて。
「もちろんだ。前の俺でも追っただろうさ」
ツタになって追って行けると言うなら、前のお前の墓に絡んで離さなかったな。
これは邪魔だと取り除かれても、また生えて来て。蔓を伸ばして、お前の墓を覆い尽くして。
「そっか…。前のハーレイでもやってくれるんなら、シャングリラで試してみたかったね」
前のぼくのお墓に、ハーレイカズラ。前のハーレイが地球で死んじゃった後に。
「おい、バレるぞ?」
ハーレイカズラがどんなツタかは知らんが、そんなのを本気でやっちまったら。
そいつは前の俺の墓から生えるんだろうし、お前の墓まで伸びてすっかり覆っていたら…。
俺たちの仲がバレると思うが、ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイは恋仲だったと。
「大丈夫。誰も定家カズラの話なんかは知らないよ」
だから絶対、分かりっこないよ、なんでハーレイカズラなのか。
前のハーレイのお墓から生えて来たツタが、前のぼくのお墓に絡んでるのは何故なのか。
きっと偶然だと思うだけだよ、いくら剥がしても生えてくるから迷惑だ、って考える程度。
「どうだかなあ…」
俺の墓から生えて、お前の墓まで。これは怪しいと思うヤツがいるんじゃないか?
「平気だってば、ヒルマンもエラもいないんだから」
二人とも地球で死んじゃってるから、調べようって人はきっといないよ。
ハーレイカズラの正体は何か、って植物の種類を調べるくらいで、なんで生えてるのかは気にもしないよ、「また伸びてるから剥がさないと」って剥がすだけだよ。
「それもそうか…」
深くは考えないかもしれんな、やたら活きのいいツタが生えて来たなと思う程度で。
しつこいツタだと、どうすりゃ伸びずにいてくれるのかと調べて対策を練るくらいでな。
キャプテン・ハーレイの墓から生えて、ソルジャー・ブルーの墓をすっかり覆い尽くすツタ。
遠い昔の定家カズラの物語のように、剥がしても剥がしてもツタが覆う墓碑。前のブルーの名が刻まれた墓碑。
とても素敵だ、とブルーはウットリと思い浮かべようとしたのだけれど。
「駄目だな、考えてみたら同じ墓碑じゃないか」
前のお前と俺の名前は同じ墓碑に刻んであった筈だぞ、シャングリラの墓碑公園で。
あんな所でハーレイカズラをやろうものなら、他のヤツらに迷惑がかかる。
俺の名前が刻んである場所まで這い上がる間に、何人かの名前を隠しちまって、そこから先も。前のお前の名前の所に辿り着くまでに、また何人かを隠しちまうぞ。
ハーレイカズラに隠されたヤツから直接苦情が来なかったとしても、墓碑公園の係だったヤツ。そいつの文句が聞こえるようだな、この辺の名前がいつも見えないと。
「うーん…。それはそうかも…」
誰の名前が隠れちゃうのかは分からないけど、苦情は出るかも…。
いつ出掛けたってツタが邪魔して、名前がちっとも読めやしない、って。
「ほら見ろ、ハーレイカズラは無理だ」
前の俺たちの仲がバレなくても、仲間に迷惑をかけるのはいかん。
俺も少しはやってみたいが、他の仲間の名前を隠して読めなくするのは申し訳ないしな、ツタは駄目だな。どんな種類のツタかは知らんが、ハーレイカズラは。
白いシャングリラでは無理だと言われたハーレイカズラ。他の仲間に迷惑だから、と。
けれども、諦め切れなくて。ツタに覆われた前の自分の墓碑を夢見てみたくて。
「じゃあ、記念墓地は?」
あそこだったら、他の仲間の迷惑にはならないと思うけど…。
前のぼくたちのお墓だけしか無いから、ツタのお蔭で名前が見えないとは言われないよ?
「記念墓地って…。どれだけの距離を這って行くんだ、ハーレイカズラは」
前の俺の墓碑から生えてだ、一番奥のお前の墓碑まで伸びて行かんと駄目なわけだが…。
実に迷惑なツタになっちまうじゃないか、どう考えても。
墓参用の通路を塞いじまうか、ジョミーやキースの墓碑を踏み越えて進んで行くか。
でもって、ソルジャー・ブルーの墓碑をすっかり覆っちまうんだぞ、管理係が大迷惑だ。
記念墓地はきちんとしなけりゃならんし、毎日、毎日、ハーレイカズラと大格闘が続くんだぞ?
また生えて来たと、実にしつこいと、剥がして捨てては、また伸びられて。
そんな話が広がったとしたら、何処かの誰かが気付くだろうな。
俺みたいな古典の教師ってヤツが、そのツタは定家カズラと似たようなもので、ハーレイカズラなんじゃないかと。
SD体制を倒した英雄たちの墓碑が並んだ記念墓地。
前のブルーの墓碑が一番奥に佇み、手前にジョミーとキースの墓碑。前のハーレイの墓碑は他の長老たちと一緒に並んでいるから、ブルーの墓碑からは少し距離があって。
其処を毎日、いくら毟っても、ツタがせっせと伸びて行ったら。ソルジャー・ブルーの墓碑まで届いて、すっかり覆い尽くしていたら。
きっと誰かが気付くだろう。何のためにツタが生えてくるのか、前のブルーの墓碑を覆うのか。
「気付かれちゃうほどの愛もいいんじゃないかな、ハーレイカズラ」
いくら毟っても、全部剥がしても、また生えて来てぼくのお墓を覆って。
「冗談は抜きで、いつかバレるぞ。定家カズラの現代版だと」
キャプテン・ハーレイはソルジャー・ブルーと恋をしていたと、だからこうしてツタに変わって墓碑を覆いに伸びてゆくんだと。
あれだけ隠した恋がバレるが、そっちの方はかまわないのか?
シャングリラの墓碑公園で生えてる分にはバレないだろうが、記念墓地だと流石にバレるぞ?
「死んじゃってるからいいんじゃないかな?」
ぼくもハーレイも死んだ後だし、恋人同士だってことがバレても別に…。
困りはしないし、ハーレイとずっと一緒だったら、それだけでいいよ。ハーレイカズラに覆って貰って、いつまでも一緒。
「ふうむ…。生まれ変わるより、そっちがいいか?」
俺がハーレイカズラになってだ、お前の墓を覆い尽くしている方が…?
「それは困るよ!」
生まれ変われるんなら、その方がいいに決まっているでしょ、お墓より!
死んじゃった後も一緒っていうのも嬉しいけれども、二人一緒に生まれ変わる方が絶対いいよ!
ハーレイカズラになったハーレイと寄り添い合うのもいいけれど。
いつまでも二人、墓地で暮らすより、断然、生まれ変わりたいから。青い地球の上に新しい命を貰った、今の方がいいに決まっているから。
「…定家カズラの人もそうだったのかな?」
定家カズラから逃げたがってた内親王も、お墓にいるより生まれ変わりが良かったのかな?
こんなお墓で一緒にいるより、また新しく二人一緒に生まれて来よう、って。
「こらこら、自分の物差しで測るんじゃない」
定家カズラの物語の時代は、お前みたいな考え方とは違うんだ。
死んだ後には、出来れば生まれ変わりは避けたい、そういう風に考えたんだな。生まれ変わって戻って来るより、生まれ変わりの無い世界。其処を誰もが目指していたんだ、そんな時代だ。
「ぼくなら、生まれ変わりが無い世界に行くより、生まれ変わっても一緒がいいけど…」
ハーレイと何度でも、一緒に生まれて来たいけど…。
「現に、そうなっているってな」
まだ一度目だが、俺と一緒だ。生まれ変わって、また会えたしな。
「うん。ちゃんと会えたよ、ハーレイに」
地球に生まれて、前とおんなじハーレイに。
本当に前と全く同じで、誰が見たってキャプテン・ハーレイにしか見えないハーレイに…。
次も一緒に生まれたいな、と頼んでみた。
ハーレイカズラも素敵だけれども、お墓で一緒に暮らすよりかは、この次も一緒、と。
また二人一緒に生まれ変わって、巡り会って。そうして一緒に生きてみたい、と。
「もちろんだ。俺もお前と一緒に生きてゆける方がいいに決まってるだろう」
お前に出会って、また恋をして。手を繋いで二人で一緒に歩いてゆくんだ、人生ってヤツを。
それが駄目ならハーレイカズラだ、お前と離れてしまわんようにな。
迷惑なツタだと、邪魔なヤツだと毟られようが、剥がされようが、何度でも伸びてゆくまでだ。
「絡み付いてくれる?」
ぼくのお墓に。定家カズラがそうだったように。
ハーレイカズラに絡み付かれて、ちょっぴり息が苦しくっても、身体が自由にならなくっても、お坊さんを呼んだりしないから。取って下さい、って頼みに行ったりしないから。
「うむ、いつまでもな」
しっかり絡んで、絡み付いて。俺はお前を離しはしないし、何度剥がされても伸びてゆこう。
お前をすっぽり包み込むために、お前の側にいてやるために。
ハーレイカズラになるしかないなら、そうやってお前を抱き締めてやる。お前の墓ごと、ツタで覆って。どんなツタかは俺にも謎だが、まあ、生えてみれば分かるってな。
ツタになっても離しはしないと、ハーレイは言ってくれたから。
また二人、いつか生まれ変わっても、きっと巡り会って一緒に生きてゆくのだろう。
その時までは多分、生まれて来る前にいた場所で二人、寄り添い合って。
何処にいたのか分からないけれど、青い地球に来る前にいただろう場所、其処へ還って。
「ねえ、ぼくたちが生まれ変わってくる前にいた場所…」
其処だと、ハーレイはハーレイカズラだったのかもね。
前のぼくのお墓に絡むんじゃなくて、ぼくは小さな木か何かで。
ハーレイがそれを包んでくれてて、守られてるから強い風が吹いても折れないんだよ。
いつでもハーレイと二人一緒で、おんなじ所でお日様を浴びて、雨の水も二人一緒に飲んで。
「そうかもなあ…」
ハーレイカズラだったかもしれんな、ちっぽけなお前の木を守るために。
お前が風で折れちまわんよう、俺が絡んで、しっかり支えて。
そうやって一緒だったかもなあ、いつも二人で、離れないでな。
生まれて来る前に二人でいた場所、其処が何処だか知らないけれど。
どんな所だったか、想像すらもつかないけれども、きっとハーレイと一緒にいた。
二人でいつも寄り添い合って。ハーレイと手を繋ぎ合って。
そんな気がする自分たちだから、これからも共にゆきたいから。
定家カズラの物語になった恋人たちのように、別れを望みはしないだろう。
抱き締めるハーレイの腕の強さで、息をするのが苦しくても。身体が自由にならなくても。
この先もずっと、ハーレイと二人。
ハーレイカズラに覆い尽くされても、きっと辛いと思いはしない。
代わりに、きっと幸せが満ちる。
いつまでも二人一緒なのだと、けして離れることなどは無いと…。
定家カズラ・了
※定家カズラの話が生まれた時代と、まるで価値観が違う時代。死んだ後も一緒にいたいもの。
もしもハーレイカズラが出来ていたなら、どうなったでしょう。二人の恋の証でしょうか。
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