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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

ヤドリギ

(うーむ…)
 また親父か、とハーレイがついた大きな溜息。金曜日の夜に。
 ブルーの家には寄れなかったから、食料品店で買い物などをして帰宅したけれど。ダイニングに足を踏み入れてみれば、先客の痕跡がありありと。
 合鍵を持っている父がやって来て、暫し寛いで帰ったらしい。どう見てもそういう具合の部屋。椅子はきちんと元に戻って、空のカップも皿も無くても、物言わぬ証拠が残されていた。父の字で書かれた置き手紙。「ブルー君に持って行ってやれ」と。
 テーブルの上に置かれたヤドリギ、ちょっとした花束になりそうなほどの大きさの枝。何処かで見付けて採って来たとみえて、「珍しいだろう」と誇らしげに書き添えてあった。
 今の季節は実もつけているから、地味ではあっても面白くはある。それに珍しいことも間違いはない。花壇や庭では育てられない、普通の植物のようにはいかない。ヤドリギは寄生植物だから。
 木の枝に鳥が残した種から芽生えて、その木を糧に育つものだから。



 父は恐らく釣りの途中でヤドリギに出会ったのだろう。これだけの大きさの枝ともなれば、低い木ではなくて多分、大木に宿ったヤドリギ。
 木登りをしたのか、はたまた釣竿に細工でもして採って来たか。いずれにしても自慢の収穫物。小さなブルーに見せてやってくれ、と。
(親父にしてみりゃ、珍しいだけで…)
 他意は無いと思う、これに関しては。ヤドリギの枝をわざわざ届けに来た件は。
 立派なものを見付けたから、と得意げな顔が目に浮かぶようだ。「滅多にお目にかかれないぞ」だとか、「花屋に頼んでも取り寄せだな」だとか。
 そう、ヤドリギにはそうそう会えない、普通の家の庭はもとより、公園でさえも。種を運ぶ鳥がいなくては駄目で、その種がまず必要で。鳥が実を食べ、中身を落としてくれなくては。
 そんな木だから、ヤドリギを見たいと探しに行っても、運任せ。この木にだったら確実にある、といった類のものではないから。端から見上げて探すしかない、丸く茂った独特の姿を。
 一つ見付かれば、同じ木の上に二つ、三つとくっついていることもあるけれど。よくもこんなに育ったものだと呆れるほどに、幾つもつけた木もあるのだけれど。



 とにかく珍しいのは事実で、花屋でも常に置いてはいない。だからこその父の置き手紙。小さなブルーに届けてやれ、と。
(趣味で果実酒も作るしなあ…)
 父がヤドリギに出会えば果実酒、熟した実を使って作り始める。此処に置いてある枝の他にも、ヤドリギを採って帰っただろう。これから作るか、とうに瓶の中に漬かっているのか。滋養強壮にいいらしい果実酒、色はこのヤドリギの実と同じで黄色。味の方もけして悪くはない。
 それに種からはトリモチが作れる、黄色く熟した実の中身で。粘り気を帯びた種を細かく砕けば出来るけれども、これが根気の要る作業。砕いただけでは出来ないトリモチ。何度も何度も叩いて潰して、その繰り返し。
 父には「噛んで作るのが王道だぞ」と教わったけれど、噛んでも時間は短縮出来ない。口の中が塞がるというだけのことで、けして早くは出来上がらない。
 とはいえ、面白かった経験、ヤドリギの種から作るトリモチ。棒の先に粘るトリモチをつけて、鳥が来るのを待ったりした。本当にこれで捕れるだろうか、と。
 何の鳥かは忘れたけれども、何度か捕った。家の庭でも、父と出掛けた釣りの途中にも。捕った小鳥は直ぐに逃がした、トリモチで遊んでいただけだから。



 珍しい上に果実酒やトリモチも作れるヤドリギ、父がブルーに届けてやりたい気持ちも分かる。ましてこんなに立派な枝なら、なおのこと。
(だがなあ…)
 得意の薀蓄、あるいは雑学。ヤドリギについても持っているネタは幾つかあって。
 遠い遥かな昔の日本でヤドリギと言えば、長寿と幸福を祈るもの。地面に根を張る木とは違って空で育つ木、冬でも枯れない艶やかな緑。年中緑が絶えない常盤木、ゆえに珍重されたヤドリギ。枝を髪に挿して長寿と幸福を祈り、祝い事の時に飾りもした。
 それが自分たちの住む地域の昔の文化で、そちらは別に悪くはない。けれど…。
(この地域じゃあまり見かけないが、だ…)
 他の地域でヤドリギとくればとんでもなかった、クリスマスに飾られるヤドリギのリース。その下に立っている女性にはキスをしてもいいのだ、という迷惑な習慣。
 キッシング・ボウと呼ばれるヤドリギのリース。キスをしたらヤドリギの実を一つ毟って、実が無くなったらキスもおしまい。
 ヤドリギ自体は、その地域でも神聖な木ではあるけれど。遠い昔には黄金の鎌で採ったくらいに大切にされていたのだけれども、いつの間にやらキッシング・ボウ。
 そんな調子だから花言葉も酷い、イギリスだったら「私にキスをして下さい」。フランスならば「危険な関係」。
 なんとも厄介な植物がヤドリギ、父が「ブルー君に」と寄越したヤドリギ。



 しかも、それだけでは済まなかった。今の自分の薀蓄だけでは。
(シャングリラがなあ…)
 前の自分が生きていた船、ブルーと暮らした白い船。
 シャングリラではクリスマスの飾りにとヤドリギの造花を作っていた。本物のヤドリギは流石に育てられなかったから。アルテメシアへ採りに行くのもあんまりだから。
 それでも欲しかったヤドリギのリース、言い出したのは誰だったろう?
 ヒルマンやエラが率先してやるとも思えないから、誰かが昔の本などで読んで、そこから船中に広がってしまったという所か。そうなれば調子に乗るのがブラウとゼル。お祭り騒ぎが好きだった二人。始まりは多分、そういった所。シャングリラにもあったヤドリギのリース。
 造花を使ってまで作るのだから、目的は無論、キッシング・ボウ。その下に立っている女性にはキスをしてもいいのだと、大人なら誰でも知っていた。
 ヤドリギのリースを吊るしていた場所、居住区の入口や公園の入口。
(誰も立ってはいなかったがな?)
 前の自分は見掛けなかった、リースの下に立っている女性。
 けれども造花のリースについていた実は、いつしか消えてしまっていたから。綺麗に無くなってしまっていたから、前の自分が見ていないだけで、立っていた女性はいたのだろう。女性にキスを贈った者も。



(…俺は避けられていたってか?)
 今にして思えばそうかもしれない、ウッカリ立っていてキスをされてはたまらないと。
(薔薇のジャムが全く似合わなかった俺だしな…)
 シャングリラの女性たちが作った薔薇のジャム。希望者にクジで配られたけれど、クジを入れた箱は前の自分を素通りしていった。ゼルでさえも「運試しじゃ」と引いていたのに。
(俺だと逃げられていたってことはだ…)
 ブルーだったら、女性が何人もリースの下に立っていたかもしれない。あわよくば、と。
 白いシャングリラのヤドリギの思い出はクリスマスのリース、ブルーも覚えている筈で。小さなブルーが忘れていたとしても、話してやれば思い出す筈で。



(そういえば、あいつ…)
 シャングリラで暮らしていたブルー。前の自分が愛したブルー。
 ブリッジでの勤務を終えて青の間に行こうと歩いていた時、リースの下で待ち受けていた。皆が寝静まった居住区の入口、其処に吊るされたリースの真下に立って。
 キスしてもいいと、此処でキスを、と。
 誰も見ていないから今の内だと、この時間ならば大丈夫だと。
 あの日は仕事が遅くなったから、静まり返っていた居住区。普段だったら帰る時でも通ってゆく者が何人もいた。リースの下に立っている女性がいなかっただけで。
(………)
 前のブルーは待っていたのだろう、ヤドリギのリースが吊るされた場所が無人になるのを。前の自分が通るタイミングで、其処に人影が無くなる時を。
 させられてしまった、ヤドリギのリースの下でのキス。「ほら、取って」と促されてリースから毟り取った実。
 あの実は何処へやったのだったか、そこまでは思い出せないけれど。
 鮮明に蘇って来た記憶。ヤドリギの下で前のブルーに贈ったキス。強請られるままに。



 ヤドリギのキスを思い出したからには、出来れば持って行きたくないのがヤドリギだけれど。
 小さなブルーの家には届けず、知らないふりをしたいけれども。
(親父が訊いてくるに決まっているんだ!)
 あのヤドリギは喜ばれたかと、未来の息子の反応を。今の所は一人息子の自分が伴侶に迎えると報告してある、小さなブルーの反応を。
 もしもヤドリギを持ってゆかずに、適当な嘘をついておいたら…。
(いつか、ブルーと親父が会った時に…)
 バレないとも限らない、何かのはずみに。あのヤドリギは届かなかったと、ブルーはヤドリギを貰わなかったと。
 そうなるとマズイ、ヤドリギだけに。ヤドリギのリースの下で前のブルーに、キスを贈った思い出があるだけに。



(親父め…)
 よくもヤドリギなんぞを、とテーブルの上の枝を睨んでも消えてくれないヤドリギの緑。文字が消えてはくれない父の置き手紙。「ブルー君に持っていってやれ」と。
 ヤドリギの枝を持ち込んだ父は、ヤドリギと言えば果実酒かトリモチだとしか思っていないから仕方ないのだけれど。キッシング・ボウの習慣は自分たちの住む地域には無いのだから。
 この地域では、せいぜい、クリスマスの飾りくらいに思われているのがヤドリギの枝。リースの下でのキスまで知っている者は恐らくとても少ないだろう。
 父が何処かで耳にしたとしても、他の地域の文化なだけに、きっと忘れるに違いない。自分とは全く関係が無いと、覚えておく必要も無さそうだと。
(仕方ないか…)
 持って行こうと腹を括った、このヤドリギを。黄色い実が幾つもついた見事な枝を。
 明日は小さなブルーの家を訪ねてゆく日だから。それに合わせて、父がヤドリギの枝をブルーに贈ろうと隣町から来たのだから。



 翌日の土曜日、晴れた空の下、ヤドリギを持ってブルーの家へと出掛ける途中。
 散歩中の人に何度も声を掛けられた、「珍しいですね」と。「朝から採って来られたんですか」とも何度も訊かれた、ヤドリギの枝は下手な花束よりも人目を引くから。
 声を掛けて来た人に譲ってしまいたいほどの気持ちだったけれど、そうもいかなくて。
 父の好意を無には出来ないから、これはブルーに、とグッと堪えて歩き続けて、生垣に囲まれた
ブルーの家に着いてチャイムを鳴らしたら。



「あら、ヤドリギ…!」
 門扉を開けに来たブルーの母がヤドリギの枝に目を留めた。「どうなさいましたの?」と。
「昨日、父が届けに来まして…。ブルー君に、と」
「そうでしたの! ブルーもきっと喜びますわ。ヤドリギだなんて」
 クリスマスの飾りには早いですけど、そうそう見掛けませんものね。
 笑顔で言われた「クリスマス」という言葉にドキリとしたけれど、キッシング・ボウのことではなかった。クリスマスのリースに使われる植物の一つがヤドリギだと思っているらしい。
(心臓に悪い…)
 あの親父め、と心で毒づいておいた、ヤドリギのせいで俺は迷惑してるんだが、と。



 二階のブルーの部屋に案内されて。お茶とお菓子が運ばれて来た後、小さなブルーとテーブルを挟んで向かい合わせ。
 母の足音が消えると早速、ブルーはヤドリギの枝を指差した。花瓶に生けられ、テーブルの上に置かれた枝を。
「ハーレイ、花束持って来てくれたの?」
「そう見えるか?」
 お前の目にはこいつが花束に見えると言うのか、花束にしては地味すぎるんだが?
 それにだ、この枝は俺からじゃなくて、俺の親父からのプレゼントで…。
 昨日、帰ったら置いてあったんだ。「ブルー君に持って行ってやれ」という手紙つきでな。
「えっ、ハーレイのお父さんから?」
 ぼくにプレゼントなんだ、この枝。それじゃ珍しい木か何かなんだね、釣りのお土産かな?
 えーっと…。花は咲いてないけど…。でも、実がついてる枝が一杯…。
 これは何なの、とブルーが眺めているから。
「覚えていないか? 前のお前は知ってた筈だが」
「え?」
「シャングリラにあったぞ、本物じゃなくて造花だったがな」
 あの船じゃ本物は育てられなかった、木に寄生する植物なんだが…。
「ああ、ヤドリギ…!」
 そうだったっけね、クリスマスになったら造花を作っていたんだっけ。クリスマスのリースにはヤドリギじゃないと、って。



 これが本物のヤドリギなんだ、と瞳を輝かせているブルー。それにハーレイのお父さんに貰った素敵なお土産、と。
「黄色い実が沢山ついているけれど、この実は食べてもいいの、ハーレイ?」
 シャングリラのヤドリギは造花だったから、実なんか食べられなかったけれど。
「駄目だ、生の実は毒だからな」
 少しくらいなら問題は無いが、食わないに越したことはない。この実を食うなら果実酒なんだ。
「お酒…?」
 こんな小さな実でもお酒になるんだ、ヤドリギの実。
「親父が趣味で作っているぞ。小さな実だから、そんなに沢山は出来んがな」
 この枝を採って来たついでに、自分用にも採って帰って作っていると思うぞ、ヤドリギの酒。
 黄色い色の酒だ、この実を溶かしたような色になるってわけだ。ほんのり甘いぞ、チビのお前はまだ飲めないが…。いや、育っても酒は駄目だったっけな、お前の場合は。
「甘いってことは…。この実、甘いの?」
 さっき毒だって言っていたけど、ハーレイ、この実を食べたことはある?
「ガキの頃にな。実の中の種を取り出すついでに食ってみた」
 甘い実だったぞ、親父に「駄目だ」と言われなかったら、きっと山ほど食ってただろうさ。毒にあたって酷い目に遭ったと思うがな。
「ふうん…? 甘い実なのに毒なんだ?」
「ありがちだろうが、その手のものは。毒が必ずしも苦いとは限らん」
 それから、俺が食っていたのは実の中の種のためだからな?
 同じ出すなら食ってみようと思ったわけだな、その種だって口に入れんと使えないんだし。



 種でトリモチを作るんだ、と実を一つ取って。指先で黄色い果肉を破って、中にある種を見せてやった。粘り気がある種なんだ、と。
「こんな感じで指にくっつく、ヤドリギはこうやって増えていくのさ」
 鳥が実を食った後に落としていく種。そいつが木の枝にくっつく仕組みだ、この粘り気で。根が出るまで無事にくっついていられたら、其処にヤドリギが生えるってことだ。
 人間様はこいつを使ってトリモチ作りで、種を砕いてやるんだが…。
 親父が言うには、王道は「口の中で噛む」ってヤツでな、俺も頑張って噛んでいたもんだ。辛抱強く噛めば粘りが強くなってだ、見事トリモチが完成ってな。
「へえ…!」
 トリモチって、それで鳥が捕れるの?
 ハーレイ、鳥を捕まえられた?
「まあな。捕まえた鳥はもちろん逃がしてやったぞ」
 俺は遊びで捕ってるんだし、直ぐに逃がしてやらんとな?
 トリモチは噛んで作ったりもしたが、石とかで種を叩き潰して細かくしたりもしていたな。石を使おうが、口で噛もうが、かかる時間は変わらないわけで、面倒と言えば面倒だなあ…。
 トリモチってヤツはモチノキからも作れるぞ。そっちは木の皮を使うんだがな。



 モチノキのトリモチの作り方は…、と父の直伝の方法などを披露して、ヤドリギから逸らそうとした話題。小さなブルーがキッシング・ボウを思い出さない方へゆこうと。
 そうして子供時代のトリモチ作りや、トリモチで鳥を捕まえた話をしていたら…。
「ハーレイ、これって…。このヤドリギって…」
 ブルーがヤドリギの枝をまじまじと見詰めているから、「うん?」と先を促した。余計なことを思い出すんじゃないぞ、と祈りつつも「ヤドリギがどうかしたか?」と。
「こいつが何か気になるというのか、そういえばヤドリギは薬だっけな」
 種はトリモチだが、葉っぱや茎は薬草なんだ。確か腰痛に効くんだったか…。
 何処の地域かは忘れちまったが、金に困ったらヤドリギを採って薬屋に売りに行ったそうだぞ、けっこうな金になったってことだ。
「そうなんだ…? 造花だと薬はちょっと無理だね、ヤドリギの造花」
 シャングリラのヤドリギは造花だったし…。クリスマスにリースを作るための。
「そうだが? 今でもヤドリギはクリスマスのリースに使われてるぞ」
 お前のお母さんも「クリスマスには少し早い」と言っていたなあ、こいつを眺めて。
 少しどころか、まだまだ先だな、クリスマスはな。



 もっと寒くなって雪が降る頃になってくれんと…、とクリスマスからも話を逸らそうとした。
 シャングリラにあったクリスマスのリースはキッシング・ボウで、小さなブルーが思い出したら何かとうるさそうだから。
 ヤドリギだけでも充分に危険なものだと言うのに、リースとなったら危険は一層高まるから。
 なのに…。
「思い出したよ、シャングリラのヤドリギ!」
 なんでわざわざ造花を作って、それをリースにしてたんだろう、と思ったけれど…。
 他の木とかじゃ駄目だったのかな、って考えてたけど、ヤドリギって所が大切だったんだっけ。
 ヤドリギのリースの下でキスだよ、これのリースの下にいる人にはキスをしたっていいんだよ。
 キスをしたら実を一つ毟って、実が無くなったらキスはおしまい。
 前のぼくもハーレイにキスして貰ったっけね、居住区の入口に立って待ってて。
「おいおいおい…」
 なんて話を思い出すんだ、親父はそういうつもりでヤドリギを採って来たんじゃないぞ?
 親父にとっては果実酒かトリモチの元になる木で、ただ珍しいっていうだけで…。
 お前に届けてやれというのも、デカイのを見付けて嬉しかったからだと思うがな?
 親父はキッシング・ボウを知らんし、クリスマスのリースに使うというのも知ってるかどうかは怪しいもんだ。おふくろが家に飾っていたって、クリスマスと結び付いてるかどうか…。
 単なるリースだと思ってそうだぞ、クリスマスだからリースを飾ってあるんだな、とな。



 このヤドリギはそういう親父からのプレゼントで…、と懸命に逃げた。キッシング・ボウの話は御免蒙ると、もうこれ以上は勘弁だと。
「いいか、親父は何も知らないんだ、お前が言ってるようなことはな」
 だからこそ「持って行け」と家まで届けに来たんだ、キスだと知ってりゃ持っては来ない。
 俺の顔を見る度に「あんな小さい子に手を出すんじゃないぞ」と言ってる親父だ、こいつに妙な意味があるんだと知っていたらだ、持って来ないで果実酒だな。自分用に全部持って帰って。
「そっか、意味…。あったね、ヤドリギの花言葉で「キスして下さい」っていうヤツが」
 何処のだったか忘れたけれども、シャングリラにいた頃に確かに聞いたよ。
 「キスして下さい」だからキスしてあげるよ、ハーレイに。
 ヤドリギを持って来てくれたんだもの、「キスして下さい」って意味になるよね。
「こら、チビのくせに…!」
 キスは駄目だと言ってるだろうが、お前からキスをするのも禁止だ!
 ついでに、ヤドリギを持って来たから俺にキスだと言うなら、俺よりも親父の方だろうが。このヤドリギは親父のプレゼントなんだ、お前がキスをするなら親父だ。
「…そうなっちゃうの? ハーレイのお父さんにキス…?」
 ハーレイにキスっていうのは駄目なの、ぼく、ヤドリギを貰ったのに…。
 ヤドリギの花言葉は「キスして下さい」なのに、ハーレイ、キスして欲しくないわけ…?
「当たり前だ!」
 俺からもキスをしないというのに、なんでお前がキス出来るんだ!
 チビのお前にキスは禁止だ、前のお前と同じ背丈に育ってから言え、そういう台詞は!



 それに親父からのプレゼントだし、とヤドリギの枝から小さな枝を一本、ポキリと折り取った。
「親父は多分、知らんと思うが…。ヤドリギは果実酒でトリモチだろうと思うんだが…」
 それでも日本の文化が好きな親父だからなあ、ここは日本風にいこうじゃないか。
 キスがどうのと言うんじゃなくてだ、前の俺たちが生きた頃には消されちまってた日本の文化もいいもんだぞ。日本じゃヤドリギは長寿と幸福を祈って、こうして髪に挿すもんだってな。
 こうだ、とブルーの銀色の髪に挿してやったヤドリギの小枝。上手く絡めて、落ちないように。
「髪飾りって…。日本風って、たったこれだけ?」
 キスとかは無いの、日本には?
 日本の文化にそんなのは無いの、髪の毛に飾っておしまいなの…?
「残念ながら、日本の文化には元々、クリスマスなんぞは無かったからな」
 クリスマスが無ければヤドリギのリースは必要無いしだ、その下でキスをすることも無い。
 ヤドリギとキスは結び付かんということだ。お前の目論見通りにはいかん。
 第一、何度も言ってるだろうが、このプレゼントは親父からだ。俺ではなくて親父だ、親父。
 せっかく見事なヤドリギなんだし、残りは飾っておくんだな。
 髪に一本挿してやったし、もうそれだけで充分だろうが。
「そんな…!」
 お父さんからのプレゼントにしたって、届けてくれたの、ハーレイなのに…!
 それに本物のヤドリギなんだよ、前のぼくたちにはヤドリギの造花しか無かったのに…。
 前のハーレイとキスをしたのも、造花のヤドリギの下だったのに…!



 酷い、とブルーは膨れたけれど。
 ヤドリギの花言葉は「キスして下さい」で、ヤドリギのリースはキスしてもいいリースの筈だと頑張るけれど。
「前のぼくは造花の下でしかキスを貰っていないよ、このヤドリギは本物だよ?」
 やっと本物に会えたんだから、キスのやり直しをしてもいいと思うよ?
 リースにしなくても、ヤドリギの側でハーレイとキスして、実を一個取って。
 やり直しのキス、此処できちんとして欲しいんだけど…!
「分かってるのか、キスはクリスマス限定だぞ」
 花言葉の方はともかくとしてだ、ヤドリギの下でキスをするのはクリスマスだけだ。やり直しも何も、今はクリスマスじゃないんだがな?
「だったら、このヤドリギの枝、クリスマスまで残しておいて…」
 リースにしようよ、それからキスのやり直しで…!
「クリスマスまで持つと思うか、この枝が?」
 木に生えたままなら枯れないだろうが、もう切り取られているんだぞ。どんなに注意して世話をしたって、クリスマスまでには枯れるだろうな。
「それなら、また採って来て貰うとか…」
 ハーレイのお父さんに探して貰って、またヤドリギの枝をプレゼントして貰うんだよ。
「そりゃまあ、ヤドリギを探すんだったら、冬の方が遥かに見付けやすいが…」
 木の葉が全部落ちちまうから、ヤドリギがついてりゃ一目で分かる。
 ヤドリギは冬でも青々と茂っているんだからな。
「じゃあ、リクエスト!」
 探しやすいんなら頼んでいいでしょ、ヤドリギ探し。ぼくはヤドリギが欲しいんだから。
 ぼくが気に入って欲しがってる、って伝えておいてよ、お父さんに。



 クリスマス前にもう一度ヤドリギを採って来て貰えるように頼んでよ、と強請られたから。
 本物のヤドリギでリースを作って、やり直しのキスだとせがまれたから。
「断固、断る」
 百歩譲って、親父にヤドリギ探しを頼んでやったとしても、だ。
 お前のお母さんに渡して「リースにどうぞ」ということになるな、クリスマスの飾りにピッタリですと。きっと素敵なリースが出来るぞ、そりゃあ綺麗なヤドリギのリースが。
 俺が来たら玄関のドアに飾ってあるかもしれないな。玄関の天井に吊るすんじゃなくて、ドアの外側によく見えるように。
 そういうリースになって良ければ、親父に頼んでやってもいいが?
 ドアにくっついちまったリースじゃ、その下でキスは出来ないからな。
「ハーレイのケチ!」
 やり直しのキスをしてくれる気なんか無いんだね?
 前のぼくたち、造花のリースしか無かったのに…。
 本物のヤドリギがある地球に来たのに、その下でキスはしてくれないんだ…?



 プウッと膨れてしまったブルー。頬を膨らませて不満そうなブルー。
 ヤドリギの下でキスをやり直したいという気持ちは分かるけれども、今のブルーは子供だから。
 十四歳にしかならない子供で、キスどころではないのだから。
「ケチと言われても、膨れられても、譲るわけにはいかんな、これは」
 駄目だと言ったら駄目なんだ。今のお前とキスは出来んし、やり直しのキスでもそれは同じだ。
 しかし、お前の気持ちも分かる。造花の下より本物のヤドリギの下で、というのはな。
 だからだ、いつかお前と結婚したなら、クリスマスにリースを飾ろうじゃないか。親父に頼んで探して貰って、本物のヤドリギで作ったリースを。
 お前はそいつの下に立つんだ、そうしてキスのやり直しだ。
「ホント? 本当にやり直してくれるの、キスを?」
 今は駄目でも、結婚したら。ハーレイと暮らせるようになったら、やり直しのキス。
「うむ。本物のヤドリギの下に立ってろ、ヤドリギの実がある間はな」
 キスをしたら実を一つ毟って、全部無くなったらおしまいだろうが。
 リースについてる実の数だけのキスをしてやる、前の俺たちのやり直しのキスを。
 前の俺がリースから外した造花の実は何処へやったか、まるで覚えていないんだが…。
 多分、お前とのキスがバレたら困ると捨てたんだろうが、今度は捨てなくてもいいからな。
 リースから毟った実は酒に漬けておくとするか、ヤドリギの果実酒の作り方を親父に習って。
 そうすりゃキスの思い出になるし、実だって美味しく食べられるし…。
 お前は酒は駄目かもしれんが、少しだけ舐めるくらいはな…?
「うんっ!」
 キスの数だけ、実が漬かっているお酒なんだね。キスしたら実が増えていくんだね、瓶の中の。
 やり直しのキスを貰った分だけ、ヤドリギのお酒の実が増えるんだね…。



 それまで待つよ、とブルーの機嫌が直ったから。膨れっ面ではなくなったから。
「待つだけの価値は充分にあるぞ、なにしろ本物のヤドリギだからな」
 そいつのリースだ、シャングリラの造花のリースとは違う。
 お前はキスにこだわっているが、ヤドリギってヤツは本来、幸福を運ぶものだったんだ。
 だからクリスマスの飾りにもなった、幸運を呼び込めるようにとな。
 ずうっと昔は神聖な木で、黄金の鎌で刈り取ったというくらいの木なんだ、ヤドリギの木は。
 それを吊るして幸せを祈っていたのがキスの始まりってわけだ、幸せになれますように、とキスしていたんだ、最初の頃は。
 いつの間にやら、意味が変わってしまったが…。本当は幸福を祈るキスだったのさ。
 つまりだ、俺たちのやり直しのキス。造花じゃない分、うんと幸せが来るってな。
「そうなんだ…。ただのやり直しのキスじゃないんだ…」
 本物のヤドリギが幸せを運んでくれるんだ?
 やり直したキスの数の分だけ、リースについてた実の数だけ。
「それ以上に幸せになれる筈だぞ」
 元々は実なんか数えちゃいないだろうが、キッシング・ボウが出来る前には。
 ヤドリギのリースがあればいいんだ、そいつを飾っているだけで幸せが来るさ、きっと山ほど。



 今は長寿と幸福の髪飾りで我慢しておいてくれ、と髪に挿し直してやったヤドリギ。
 銀色の髪に絡めて一枝、ヤドリギの緑。
 シャングリラで贈ったキスの証の、ヤドリギの実は失くしたけれど。
 前の自分がブルーとの恋を隠し通すために、何処かに捨てたらしいけれども。
 今度は隠さなくてもいいから、キスの数だけ毟り取った実を漬けて果実酒も作れるから。
 きっといつかは本物のヤドリギのリースを飾ろう、ブルーと二人で暮らす家に。
 そうして最初はやり直しのキス、前の自分たちが造花のリースの下で交わしたキスのやり直し。
 幾つも幾つもキスを交わして、やり直しのキスが済んだなら。
 ヤドリギの実が全部毟り取られて無くなったならば、今度は二人で幸せのキス。
 青い地球の上で幸せになろうと、何処までも幸せに生きてゆこうと…。




             ヤドリギ・了

※シャングリラでは造花だった、クリスマスのヤドリギ。キッシング・ボウに使われた物。
 前のブルーとハーレイにも、その下でのキスの思い出が。今の生でも、いつか本物の下で…。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv








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